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中村哲さんを悼む

誰もが行きたがらないところの、 誰かの幸せ
中村哲さんを悼む

2020年2月 1日

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 2019年12月4日、アフガニスタンで人道支援にとりくむNGO「ペシャワール会」の中村哲さんが、アフガン人スタッフのザイヌッラ・モーサムさんら5人とともに銃撃され命を落とした。心から哀悼の意を表したい。「共に撃たれしアフガンびとを悼みたる家族の声のとうとかりけり」「撃たれたる医師のひつぎを肩にして大統領の皺ふかき頬」年明けの朝日歌壇では、4人の選者がともに中村さんを悼む歌を選んだ。葬儀の日、中村さんの棺にはアフガンの国旗がかけられ、両脇には、中村さんの信頼の厚かったザイヌッラさんと4人の警備担当者の遺影が置かれた。選者のひとり佐佐木幸綱さんは、評の中で「福岡での中村哲氏の告別式における長男・健さんの挨拶は、アフガニスタン人の運転手、警備の人への哀悼の言葉からはじまったという」と書いた。同じく馬場あき子さんは、「沢山の中村医師追悼歌の一首。大統領の表情から事の重大さを察する」と書いている。中村さんの死は、大きな衝撃を持って迎えられた。

 中村さんは、生前「誰もが行きたがらないところへいけ」が信条といっていた。冒険家は、誰もが行けないところにあえて行く。そこは危険で誰もいない。誰も行きたがらないところではあるが、中村さんの行くところには誰かがいる。誰かがいるからこそ、中村さんは行く。違いは大きい。

 国会前の戦争法反対の場で、「家に帰れば愛犬が吠えて迎える。寝る前の缶ビール一本に平和がある」と言って笑われたが、ペシャワール会の村上優会長は、追悼の辞で、「人の幸せは、3度のご飯が食べられて、家族が一緒に穏やかに暮らせることだ」との中村さんの言葉を紹介していた。それは、誰も行きたがらないところの現実の中で中村さんが感じたこと、だから衆院テロ対策特別委員会の席上で彼は「自衛隊は有害無益でございます」と述べて、自民党議員の野次と怒号を買った。

 小さな命の積み重ねが平和であると考えれば、命は重たい。その重たい命を賭して中村さんは生きた。2008年に日本人スタッフ伊藤和也さんが銃弾に倒れた。中村さんは日本人スタッフを全員帰国させてひとりアフガンに残った。医師であった彼もまた、命の重さを知るひとりだった。

 小説「花と龍」のモデル玉井金五郎とマン夫妻が祖父母という中村さんは「侠気」の人、誰もがまねできる生き方ではない。がしかし、その中にある思いを、理解することはできる。理解してのち、ささやかでも自分のできることを探すこと、何か自分にできることがあるに違いない。私も、そう思いながら生きて行こう。
(藤本泰成)

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