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「武力で平和はつくれない」 中身のない改憲論

2014年6月 1日

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 「憲法施行から67年、日本を巡る状況は様変わりした。米国の力が相対的に低下し、北朝鮮と中国の軍事的脅威は拡大している。領土・領海・領空と国民の生命、財産を守るため、防衛力を整備し米国と同盟関係を強化することが急務である。そのために集団的自衛権の行使容認は欠かせない」─5月3日の憲法記念日の読売新聞の社説の要旨である。ここには主張はあるが、それを裏付ける具体的指摘は全くない。「集団的自衛権は行使できないとする内閣法制局の憲法解釈は国際的には全く通用しない」と主張するが、通用しないとはどのようなことを指すのか、どの国が異議を唱えているというのか。

 また「内閣には憲法の公権的解釈権があるから、手順を踏んで解釈を変更することが何で立憲主義の否定になるのか理解に苦しむ」という。理解できないのはこちらのほうだ。日本国憲法が成立した歴史的意義、その下での戦後社会の営み、なぜ国民が憲法9条改憲を選択してこなかったのか、そのことが社会にもたらした功罪、戦後の日本を諸外国はどう見てきたのかなどに何の言及もない。

 憲法論議を聞いていると、中身のないことに唖然とする。礒崎陽輔首相補佐官は、朝日新聞の紙面で「今の憲法をもう少し国柄を反映したものに変えろ」と主張している。しかし、その「国柄」なるものを示していない。戦前の天皇制社会を言わんとしているのか。ジャーナリストの櫻井よしこさんは「民族の価値観や、歴史伝統というものをまったく踏まえておらず、憲法の体をなしていない。無味無臭でいったいどこの憲法かと思う」と主張している。民族の価値観とか無味無臭とか、何を意味するのか。

 「敗北を抱きしめて」でピュリツァー賞を受賞した米国の歴史家ジョン・ダワーさんは「日本国民はこれまで一貫して、憲法の掲げる反軍国主義の理想を支持し、改憲は実現してこなかった。私はそのことに敬服している」と朝日新聞に書いている。フリーアナウンサーの小林麻耶さんは、「『聴く』日本国憲法」の朗読を担当して「高らかな理想宣言、かっこいい」と憲法を評している。その理想を掲げ続けることにどれほど価値があったか。ジョン・ダワーさんは最後にこう書いている。「日本は米国の軍事活動に関与を深める『普通の国』ではなく、憲法を守り、非軍事的な手段で国際問題の解決をめざす国であってほしい」まさに、私たちの言う「武力で平和はつくれない!」だ。

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