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ニュースペーパー2013年1月号

2013年1月 1日

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 12月8日、「2012もんじゅを廃炉へ!全国集会」が福井県敦賀市で開催され、全国各地から800名が参加しました。最初に寒風が吹きすさぶ中、高速増殖炉もんじゅの目の前にある白木海岸で屋外集会とデモを行い、その後、日本原子力研究開発機構への申し入れ、午後には「もんじゅの廃炉を求める全国集会」が開かれました。この集会・行動は、1995年12月にもんじゅのナトリウム漏れ事故が起こって以来、毎年開かれています。2030年代の「原発ゼロ」の方針を示されてからも、もんじゅは運転再開を目論んでいます。参加者は「もんじゅは廃炉へ」「核燃料サイクルの中止を」と訴えました。(写真は白木海岸で開催された屋外集会)

【インタビュー・シリーズ その73】
憲法を活かし実現していく理念を掲げて
東京大学大学院総合文化研究科教授・哲学者 高橋 哲哉さんに聞く

【プロフィール】
1956年、福島県生まれ。南山大学講師などを経て現職。専門は哲学・歴史認識論。大学院では、哲学や人間の安全保障などを教えている。2012年10月13日に開催された「さようなら原発集会in日比谷」のステージに立って、「生きていく限り希望がある」と呼びかけて、参加者の共感を呼んだ。
単著のほか、翻訳を手がけたものなど著書多数。近著に『犠牲のシステム 福島・沖縄』(集英社)、『いのちと責任』(大月書店)など。

──原発問題をどのようにお考えになっていますか。
 3.11福島第一原発事故は日本の戦後史を画する大事件だったと思います。地震学者の石橋克彦さんは、戦前・戦中の日本は軍国主義だったが、戦後の日本は原発主義だったと喝破されています。「わが意を得たり」という思いです。ただ一方で、私自身3.11がなければそういう認識を今のようには持てなかっただろうし、そこは大いに反省すべきだと思っています。
 原子力発電所はすなわち核発電所であり、広島・長崎の経験を持っている私たちとしては当然、核の問題として原発を捉え、批判して来なければならなかった。その上にチェルノブイリ原発の大事故(1986年)、そして日本国内でもJCOの臨界事故(1999年)などもあって、原発が危険であることはわかっていたのに油断をしていたと反省しています。
 とくに私自身、福島で生まれ育っていますので、自分のふるさとがこれほど巨大なリスクを背負う一方、都市に住む自分は原発で作られた電気を享受していたという事実に突き当たり、このことの意味を考え抜かなければならないと思いました。そして原発は「犠牲のシステム」だと考えるようになりました。「犠牲のシステム」を簡単に定義すれば、ある人々の利益が別の人々の犠牲の上にのみ生み出され、維持されるシステムです。犠牲にされるのは、生活、財産、健康、そして生命。あるいは人権、尊厳、希望といったものです。
 原発にはまず、福島で起こったような過酷事故によってもたらされる膨大な犠牲があります。この期に及んで、「絶対に事故の起こらない原発をつくればいい」という安全神話にしがみつくことは、もうできないはずです。そして、なんと言っても重要なのは、原発は平常時の運転においても、被曝を生み出すということです。原発はウラン採掘に始まり、核燃料製造、被曝労働、最後のゴミ処理に至るすべての段階で、被曝の犠牲なしには、動かすことのできないシステムなのです。
 いま福島第一原発周辺の自治体で、当初指定された避難地域の再編がすすんでいます。そのなかで、年間空間線量が20ミリシーベルトに達しないと思われる地域は「避難指示解除準備区域」として、帰還準備をすすめることになっています。問題なのは、福島県内では年間20ミリシーベルト以下は居住可能だという前提に立っていることです。原発作業員の人たちの平時5年間の累積放射線量の上限が100ミリシーベルト、つまり1年平均で20ミリシーベルトです。要するに、福島の人々は、原発内で働く作業員と同じ放射線量のもとで生活することが前提化されているのです。しかも、そこには大人と子どもの区分もないのです。
 基準を厳しくすれば多くの住民が避難することになり、その補償が莫大な金額に達すること、また、人口が流出して福島県自体が成り立たなくなることを恐れているのではないかと思いますが、これでは棄民政策であり、健康的で文化的な最低限度の生活を営む権利、生存権が損なわれているとしか言いようがないでしょう。これは福島だけの問題ではありません。全国に原発は存在し、核燃料サイクル関連施設も含めたシステム全体が犠牲を不可欠としている。だから、脱原発こそ憲法に則った、日本が選択すべき方向だと思うのです。
 圧倒的な「原発ゼロ」の選択を求める大きな世論によって、政府もその方針を打ち出すことになりましたが、財界の圧力などによって閣議決定ができませんでした。いまの原発政策の持つ問題点、福島の置かれている状況に対して、多くの市民が声を上げることによって政策を変えさせ、脱原発を確定していくということがいま求められているのだと思います。

──高橋さんが昨年お書きになった「犠牲のシステム 福島・沖縄」(集英社新書)では、沖縄問題についても解き明かされていますね。


シンポジウム「撫順 加害と再生の地から 現代と未来を語る!」で
ジャーナリストの斎藤貴男さんと対談する高橋さん
(2006年8月20日・東京しごとセンター講堂)
 私は日米安保体制、戦後の日本国家の安全保障システムは、沖縄を犠牲とする「犠牲のシステム」であったと考えています。しばしば「戦後日本は憲法9条のおかげで平和だった」「憲法9条は世界の宝である」という言説が繰り返されてきました。しかし、そこには沖縄の視点が完全に抜けています。米軍基地の74%が沖縄に集中している異常な基地負担の現実があります。日米安保体制は沖縄を犠牲にすることで本土は基地負担を免れる「犠牲のシステム」だということです。
 沖縄は、戦中・戦後を通じて大きな犠牲を強いられてきましたが、1972年の復帰の時点では本土と沖縄の基地負担の比率はおよそ1対1でした。しかし現在では本土1に対して沖縄3の比率になっており、不平等は増大してきたのです。その矛盾が爆発したのは95年の米兵による少女暴行事件でした。そこから島ぐるみで日米安保体制そのものを揺るがすような抗議の声が高まった結果、普天間基地返還の合意へと至ったのですが、それにもかかわらずいま辺野古への基地移設という「県内たらいまわし」になってしまっています。鳩山政権が掲げた「最低でも県外」という公約はそんな沖縄の負担軽減の第一歩になるはずでした。
 しかし、ここでよく考えなくてはならないのは、現在の県外移設論の高まりと、沖縄と本土の間の亀裂です。保守も含めて沖縄が県外移設で固まる一方で、九州市長会でオスプレイ配備撤回の決議案が提起されたとき「沖縄県外のどこに持っていくかという議論になりかねない」との意見が出され修正されたことが象徴的です。
 そういうなかで「本土に基地を持って帰ってください」という主張があります。沖縄への基地の押し付けは本土の意識的あるいは無意識的な植民地主義の継続であって、そのことで本土が利益を受けている。基地撤去を本土の運動も訴えてはきたが、過剰負担が一向に減らない現状がある。であれば、本土の側がこれを負担すべきではないか、というものです。大変厳しい内容ですが、私は真剣に受け止めるべきだと思います。これまで反基地運動を担ってきた皆さんからすればもちろん異論があるでしょうが、そういう問いかけが発せられるほどの沖縄の現状があるのだということを認識しなくてはならない。本土の人間が、基地の問題を自分たち自身の問題として考える責任があるのです。
 かつての日本は「お国のため、天皇陛下のため」に国民が犠牲になることが当然のことだとされていました。戦前・戦中の日本国家は、それ自体が「犠牲のシステム」でした。それが破綻した戦後日本では、国家はあくまで国民一人一人の幸福追求のために営まれるものだとして、憲法や旧教育基本法は個人の尊重を基本に据えていたのだと思うのです。私は、「犠牲のシステム」は生存権、幸福追求権といった憲法の規定する基本的な人権を損なうものであり、現行憲法上正当化できないと私は考えます。

──原発、沖縄の問題を問う市民の運動が高まりを見せる一方で、領土問題など歪んだナショナリズムが扇動されています。
 3.11以後、大きく現れたのは人々の政府に対する不信感です。大本営発表を垂れ流すメディアと、その後ろにいる政府や東京電力への不信が非常に高まりました。原発は安全だと言っていたのに嘘だった、事故後も政府発表は信用できない。官邸前デモをはじめ反原発の運動の盛り上がりとその持続を考えると、まだまだ政府に対する不信感は続いていると思われます。
 ところが、領土問題になったとたん、竹島も尖閣諸島も日本固有の領土だという日本政府の見解が正しく、韓国や中国がおかしいという大前提で、世論が形成されました。原発問題ではあれだけ政府は信用できないということになったのに、なぜ領土問題では政府の判断をそのまま信じてしまうことになってしまうのでしょうか。これはメディアの問題もありますが、私たち自身の判断力や批判力が試されているのだと思います。領土問題は戦争と植民地支配の歴史から切り離して考えることはできません。明治以来の日本とアジアの関係をどう考えるかという、大きな歴史認識問題のなかで捉えるという視点が必要なのに、日本ではメディアが政府の見解を、無批判に垂れ流すだけの状態にあります。
 近代的な領土の観念が欧米から入ってきて、最初にそこを自国領土だとしたのがある国だったというだけで、それ以前にはそれぞれの国の民がさまざまなかたちで島を訪れ、自国として文書や地図に記載したりしました。そもそも国境が確定していなかったので、そういうことがあるのは全然不思議ではありません。ですから、どちらか一方が「固有の領土」と断言することはできないはずです。長期的には東アジア諸国の安全保障や経済に関する連携と信頼関係のなかで、共同管理にもっていくべきだと考えます。ヨーロッパでは、国民国家同士が石炭や鉄鉱石などの資源を奪い合って戦争を繰り返しました。しかし第二次世界大戦後の反省から、資源を共同で管理、開発する「石炭鉄鋼共同体」(ECSC)ができ、それが発展し現在のEUになっています。東アジアでもそういう方向へ進むしかないでしょう。
 したがって、第一に戦争回避の外交的手段を尽くすこと、第二に現状がどうしてこうなったかの歴史認識を共有すること、第三に「固有の領土」という観念そのものを批判的に見ることが必要です。やや哲学的になりますが、「固有の領土」という観念自体に問題があるという認識を持つことで、領土問題に対する態度も変わってくると思います。少なくとも「わが国固有の領土だ」と言い合って、戦争になるような愚は避けなくてはならないし、そうした冷静な視点をもつことが、それを避けるために役に立つと思います。

──政治の動きが極めて流動的になっています。これから私たちがめざすべき方向はどのようなものでしょうか。


「さようなら原発集会in日比谷」では
集会後のデモにも参加(2012年10月13日)
 原発問題にしても、沖縄の米軍基地問題にしても、戦後日本の国のあり方が、根本的に問われているのだと思います。本来憲法の原則に則って、原発事故の収束や、原発政策の見直しがなされるべきだし、沖縄の状況も改善されなくてはならないのですが、福島や沖縄の問題が深刻化しているまさにこのときに、憲法を改正しようとか、憲法を破棄しようと叫ぶ政治家が台頭し、現憲法の人権や平和の理念が危うくなっているのです。
 2005年の安倍政権のとき、戦後レジームからの脱却を掲げて、憲法にとっての双子の兄弟のような位置にあった教育基本法が改悪されました。その勢いで憲法にまで手をつけようとしたのですが、政権交代もあって、憲法問題はやや下火になっていた。ところが今、一挙に改憲の方向に振れようとしており、かつてなく大きな憲法の危機がやってきているのです。
 安倍政権のときも憲法の危機が叫ばれ、それに対抗する市民運動が全国的につくられ、広がりました。そうした「憲法を守ろう、活かして実現しよう」という運動が油断し、一息ついているなかで、態勢を整える間もなく情況が急速に悪化している。私たちの側がそういう勢力の台頭を許してしまっている面があるのではないかと思います。
 いまの日本が抱えている根本的な問題に対して、憲法を改悪するのではなくて、むしろ憲法を活かし実現していくという理念を掲げて政治を行う。そういう方向へ行かないと、市民にとっては非常に不幸なことになりかねないという危惧を抱いています。早急に声を上げ、運動を盛り上げていく必要があるのではないでしょうか。

〈インタビューを終えて〉
 2009年9月に始まった民主党政権が終わりました。その非自民党政権の時間があった分だけ、歴史の振り子は大きな振幅で新年を迎えようとしています。高橋さんの研究室を訪ねたのは総選挙前の11月でした。この日は、これからの「反動」を予兆させるような寒い昼下がりでした。原発で「政府は信用できない」と高揚した日本の民主主義が、領土問題や沖縄問題でどのように推移するのか。遠くを見つめるようにして語られた高橋さんのまなざしが、とても鋭かったように思えました。
(道田 哲朗) 

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2013年、平和・民主主義・脱原発のため、民主・リベラル勢力の総結集を
フォーラム平和・人権・環境 共同代表 福山 真劫

 世界は、米国の軍事・政治・経済における一極支配が大きく揺らぎ、新しい秩序の形成に向け、激動している。また日本社会も、東日本大震災・福島原発事故からの復旧、経済不況と失業・不安定労働の拡大、格差社会の進行、東アジアでの緊張激化、オスプレイ問題、脱原発のエネルギー政策など多くの課題に直面している。その中で日本社会はめざす方向性を失い、大きく揺れ続けている。
 2009年に国民の期待を担って誕生した民主党政権はこの3年10ヵ月の間に「事態対処力量」が低下し、「漂流」し続け、その結果、自民党を中心する野党勢力によって解散総選挙に追い込まれた。もちろん「安倍や橋下、石原」にこの日本が直面する事態への対処能力があるわけではない。自民党や日本維新の会の政権公約には、新自由主義路線の推進と米国追従の政策、とりわけ集団的自衛権行使の合憲化、自衛隊の国防軍化、憲法改悪、原発の復権など日本社会を右旋回させ、矛盾をさらに深刻にさせる公約が並べられている。橋下に至っては、後で修正したが最低賃金制の廃止まで言い出す始末である。
 時代を右旋回させず、私たちのめざしてきた目標である、憲法理念の実現、「平和・社会民主主義・脱原発の社会」は、中央・地方の「民主リベラル勢力」が総結集することでしか実現できない。

米軍再編成と高揚する沖縄の闘い
 2005年10月に米政府は、日本政府との間で「日米同盟・未来のための変革と再編」に合意し、米軍の再編成が進みだした。その本質は日本の自衛隊を米軍の軍事戦略の中にさらに深く位置づけ、米軍とともに中東から東アジアまでの地域において闘う体制を作り上げることである。もう一つは、敗戦後65年を超える中でもなお、沖縄県名護市辺野古に米軍基地を新設することである。
 そして現在の最大の焦点は、自衛隊が米軍とともに闘うことを可能とするため「集団的自衛権の行使」の合憲化とオスプレイの沖縄配備である。そのため尖閣諸島や竹島、北方領土などの領土問題をめぐる「東アジアの軍事的緊張」が米国政府と日本政府によってつくりだされている。安倍、橋下は米国のジャパンハンドラー(日本を操る政治家・官僚・知識人たち)の意向とも重なり合いながら、その危険な路線を突き進めようとしている。
 沖縄では知事も含めて、全県あげて、「オスプレイは来るな、普天間基地即時撤去、辺野古基地建設阻止」の闘いが高揚している。沖縄の闘いに連動した「ヤマト地域・東京」の闘いがいま求められている。

「明日の日本」のための脱原発政策を
 東京電力福島第一原発事故から1年9ヵ月が経過しようとしている。しかし福島県民のうち16万人は避難したままであり、原発事故は収束せず、放射能は拡散し続けている。そんな状況でも「原子力ムラの巻き返し」が始まり、野田佳彦首相の在任中に「大飯原発を再稼働」させ、政府のエネルギー基本計画を骨抜きにしようとしている。安倍・橋下は、「原発の復権」を図ろうとしている。民主党は「2030年代原発ゼロ」を決めたが、政府は決めることができなかった。
 大江健三郎さん、鎌田慧さんを中心とする「さようなら原発1000万人アクション」の取り組みが、従来の「脱原発」運動と合流し、全国的に大きく高揚している。事故の収束、生活支援、損害完全補償、新規原発建設や再稼働阻止、核燃料サイクル路線の放棄、使用済み燃料などの最終処分計画の作成、再生可能エネルギーへの転換などの脱原発政策を「明日の日本」のため政府に決めさせなければならない。

もう一度私たちの原点に帰ろう
 小泉自民党政権が始めた「新自由主義路線」の中で、日本社会はなかなか立ち直れず、希望退職募集・整理解雇、失業や不安定労働者の増大、格差社会の進行、年間3万人の自殺者に代表されるように、日本の勤労者の深刻な生活実態が浮かび上がる。雇用保障、労働環境の整備、社会保障・福祉制度の抜本的対策が必須である。
 私たちは、多くの人々の犠牲の上に戦後の平和と豊かさを享受してきた。沖縄に米軍基地を押し付け、原発を福島に押し付け、勤労者の3分の1といわれる非正規労働者と年収200万以下といわれる低所得者に矛盾をしわ寄せしてきた。この責任は「財界と政府」にあるが、私たちの連帯のありようが問われ続けている。
 もう一度私たちの原点に帰ろう。そして掲げよう。平和・民主主義・脱原発の旗を。そして闘いを前進させるためには、「民主・リベラル」勢力の総結集が求められている。
(12月14日記)

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戦後最大の憲法の危機
理念なき「改正」を許すな
平和フォーラム・原水禁 事務局長 藤本 泰成

論理的破たんをものともしない改憲論
 東京都議会の会派「東京維新の会」が、9月の定例会で「日本国憲法は無効で、大日本帝国憲法が現存する」とする請願に賛成したと報道された。紹介議員は、東京維新の会の代表の野田数(かずさ)東京都議会議員で、今回の総選挙では東京20区において日本維新の会から立候補した。憲法「改正」を主張する勢力は幾多あると思うが、「大日本帝国憲法」が正当な憲法という主張はあまり聞かなかった。1946年の戦後初の総選挙も、それによる議会も、全て占領下として否定する意見には賛成者は少ないだろう。しかし、日本の憲法をめぐる現状は、そのような議論が出てくるほど厳しいと考えなくてはならない。
 自民党の片山さつき参議院議員は、「義務を果たさなくてもいいと思ってしまうような天賦人権論をとるのはやめよう、というのが私たちの基本的考え方です」と主張している。しかし、自民党憲法改正案(自民党改正案)前文には、「基本的人権を尊重するとともに」と記載されている。「天賦人権論はやめる」と「基本的人権は尊重する」という、この二つの間にある矛盾を彼女は感じないのだろうか。
 憲法改正を進めようとする勢力は、論理的な破たんをものともせず主張する。しかし、その主張が具現化した社会のあり方を見せようとはしない。それは、その先の社会が国民にとって受け入れ難いものだからに違いない。社会のあり方を規定しない改憲論は、そのことでそもそも破たんしている。

近代憲法の精神をゆがめる自民党「改正」案
 法は、近代市民社会の成立の中で生まれてきた。それまでの専制的権力を制限して、広く国民の権利を保障するという、立憲主義の思想に基づくものであり、決して国民の権利を制限したり、国民生活のあり方を具体的に言及したりするものでないことは自明である。
 しかし、自民党「改正」案は、「全て国民は、この憲法を尊重しなくてはならない」とし、国旗・国歌の尊重規定や緊急事態への対応まで新設している。「家族は助け合わなければならない」との文言の新設まで行くと笑うしかない。また、国民の権利の項において、財産権・表現の自由の制限、幸福追求権の公益による制限、公務員の権利制限規定などを新たに挿入し、個人の権利を制限する方向が明確になっている。
 議論になっている「外国人地方参政権付与」に関しても、国籍条項を挿入し排除している。グローバル化の中で国境という壁が低くなっている現在、隣国韓国では日本人に地方参政権を付与している。自民党案の排他性は国際社会から受け入れられないだろう。近代憲法の精神を理解しない、近代以前を意図する憲法「改正」案である。そして、そのことで権力を維持していこうとする邪な精神にしか感じられない。

これまでの運動を集大成して闘おう
 安倍晋三自民党総裁が主張した国防軍の創設が、総選挙で問題となった。彼は党首討論の席上、現在の自衛隊では捕虜となった場合に、ジュネーブ条約に規定される人道的扱いを受けることができないとした。しかし、ジュネーブ条約は非正規の戦闘員にまで人道的扱いを求めている。わざとか、知らないのか、全くデタラメを主張しながら憲法の平和主義に関わって言及する者に政治家の資格はない。他党の党首から戦争を行うことを前提としていると批判されたが「他国が侵略する場合がある」と答えた。だから、専守防衛の自衛隊であり、ここにも論理の破たんが見える。
 いま戦後最大の憲法の危機と言ってよい。そのような事態であるからこそ、平和フォーラムの出番ではないか。これまでの運動を集大成し、全力を挙げて闘わなくてはならない。「戦前」の精神の大転換の中で生まれ、「戦後」と言う時代を規定してきた憲法の理念が、憲法「改正」論が跋扈している今だからこそ重要なのである。理念なき政治勢力に、私たちは勝利しなくてはならない。
(12月14日記)

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大阪市で「食とみどり、水を守る全国集会」を開催
地域からいのちと暮らしを守る運動を進めよう


全体集会でのシンポジウム
(11月30日・大阪ガーデンパレス)
 2012年11月30日~12月1日に大阪市で「第44回食とみどり、水を守る全国集会」が開催され、全都道府県から労働組合、農民・市民団体の代表など850人が参加しました。今集会は、間近に迫る衆議院総選挙も見据えながら、公共財としての食・みどり・水を再評価し、それぞれの課題と運動を連携しあいながら、地域の自立と共生社会に向けたメッセージを発信しようと、討議を深めました。

グローバルな流れの中での地域づくり
 「地域からいのちと暮らしを守る運動をどう進めるか」をテーマにした全体シンポジウムでは、京都府綾部市で地域おこしや、生き方・暮らし方としての「半農半X」(農のある暮らしをしながら、自分が大切だと思うことを実践する生き方)を提唱して、若者を中心に共感を広げている塩見直紀さんが「すべての人が半農半社会的起業家になる時代がきている。大好きな地域の人と暮らし、小さな改革を広げていこう」と、綾部での取り組みが日本各地や韓国、台湾、中国などでも注目されていることを紹介しました。
 関西や四国を拠点とする生協運動を展開している「コープ自然派事業連合」の小泉佳久理事長は、「国産派宣言をスローガンに掲げ、日本農林業を守り、食料自給率を向上させることを基本方針に、食と農、環境を一体として、地域の食文化、自然環境、生き物を守る活動を進めている」として、環境と結びつけた有機農業の推進、地域の木材を使った家造り事業、国産飼料米生産など、地域を軸にした多彩な活動を強調しました。
 さらに、関西や東海地域で様々なネットワークを結び活動をしている「西濃環境NPOネットワーク」副会長の神田浩史さんは、地元の岐阜県垂井町での街づくりや環境保全事業などを紹介。「かつてあったような川の流域を地域単位とする考えを広げ、身の丈に合わせて、地域社会で真の豊かさを実現する場を作っていきたい。足下の課題を解決することが、南北格差などのグローバルな問題につながる」と提起をしました。

地域から確かな実践を積み重ねよう
 分科会討議では、福島原発事故について「食・みどり・水を守ることと、原発推進は対極であり、早期の原発ゼロ社会をめざすこと」(集会の基調)をもとに、原発問題の入門講座のほか、放射能汚染による食の安全、産直や有機農業にも大きな影響を与えていることが取り上げられました。さらに食の安全行政と食品表示のあり方、学校給食での地場農産物活用で地域と繋がっている活動も紹介されました。
 農業政策の課題では、神戸市内で都市農業を守るために営農グループを立ち上げ、米の販売等を通じた都市住民との交流や地産地消の推進、地域の企業と協力した農産物加工を進めている報告や、京都府南丹市で日本初の家畜・食品廃棄物を利用したメタン発酵施設を運営し、電気と熱と肥料を作り出している事例が発表されました。
 討議の中で、「政府や経済界は大規模化で強い農業をと言っているが、地域から確かな農業や実践を積み重ねることが大事。それが環太平洋連携協定(TPP)の対抗軸になる」(助言者の農業ジャーナリスト・大野和興さん)と指摘がありました。
 森林や水などの環境問題では、「良好な水環境を享受する権利や、地下水を含め水は公共財として位置づけ、流域・広域的な水政策を作り上げることを目的とした『水基本法(仮称)』」の制定をめざす」(連合・福井直幹社会政策局部長)運動や、大災害や原発事故による森林や水への影響なども報告されました。まとめでは「2010年に国連の場で水は基本的人権であるとの合意が得られた。今後、水や森林問題などを検討する場合は、住民参画を基本に施策化することが大事」(神田浩史さん)と助言がありました。
 このように、全体を通じて、「地域」を核とする活動を広げていくことが強調された集会となりました。

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実用化の見通しのないもんじゅを廃炉に

 1995年12月8日、高速増殖炉もんじゅは、試験運転中にナトリウム漏洩火災事故を起こして以来、まともに動いたことがありません。2010年5月に性能試験運転を再開しましたが、8月には炉内中継装置の落下事故を起こし、再び停止となり今日に至っています。もんじゅは、「メーカー丸投げ」で作ってきたことにより、運営側の原子力研究開発機構(旧動燃)側に設計ミスを見抜く能力がないとも言われています。さらに当初から開発に携わってきた開発担当者は退職しており、人材面からも問題となっています。
 さらに、建設から20年以上が経過しており、老朽化が指摘されています。現にいまなおナトリウム漏えい警報の発報が続いています。このまま運転を再開することは事故のリスクが非常に高いと言わざるを得ません。そもそも佐藤一男元原子力安全委員長が、もんじゅの設置許可無効確認裁判で証言したように、「現在の安全基準では許可は出ない」代物で、この発言からすれば、もんじゅの許可は無効となるはずです。

直下には地震を引き起こす活断層
 2012年12月10日、原子力規制委員会は、日本原子力発電敦賀原発(福井県敦賀市)の原子炉直下にある破砕帯が「活断層の可能性が高い」とし、「今のままでは再稼働の安全審査はとてもできないと判断した」としました。それにより敦賀1、2号機の再稼働は困難となり、特に原子炉直下に活断層が走る敦賀2号機は廃炉の可能性が高いと言われています。今回の問題は、敦賀原発だけでなく若狭湾全体で活断層の見直しが問題となってきます。
 もんじゅも例外ではありません。もんじゅは、施設直下にマグニチュード6.9の地震を引き起こす2本の活断層(破砕帯)があることが明らかになっています。これまで政府は活断層の真上に原発は作らないと説明していましたが、直下に活断層があることが隠せないとなると、今度は、計算を弄して、耐震安全性バックチェックを承認しました。「もんじゅ」の試験運転の再開を優先した対応だったことは言うまでもありません。
 新しい原子力規制委員会は、断層の見直しを進め、最新の知見を遡及させるとして、今回敦賀原発については上記の見解を出しましたが、もんじゅについても厳格に調査し、判断するべきで、原子力施設の安全確保にとっては極めて重要なポイントです。もんじゅのある敦賀半島は、ひずみエネルギーが蓄積された空白地域であるため、地震学者が「原発震災」を警告している要危険地域です。
 今後、敷地内断層の見直しが行われ、シビアアクシデント対策が求められますし、これまで軽水炉の放射能の拡散予測が発表されていますが、もんじゅや六ヶ所再処理工場などは、そのような放射能の拡散予測すらなされていません。防災対策を練り上げる上でも想定されるシビアアクシデントの内容も重要であり、周辺の自治体にとっても対応が求められています。

高速増殖炉開発からの撤退を
 1950年代から始まった高速増殖炉開発は、これまでに実用化できた国はなく、開発先進国はすべて撤退しました。インドや中国を引き合いに出しても、実用化の展望などありません(旧ソ連は高濃縮ウラン燃料)。原子力委員会原子力発電・核燃料サイクル技術等検討小委員会の資料ですら、高速増殖炉の実用化は早くても60年先としていました。
 そのような中で、民主党政権において「革新的エネルギー・環境戦略」が発表され、もんじゅについては、研究炉として廃棄物の減容化や有害度の低減の研究を行って廃止するとされました。5年ほど研究しての廃炉ではどれだけの成果が見込めるのかも不透明です。
 しかし問題は、それを目的とした実用炉(大型炉)を建設しない限り、研究する意味がないと言われることです。一方で、2030年の原発稼働ゼロを目標にする限り、炉型を問わず原発の新設はしないことが前提となり矛盾するものです。これはかつての原子力船「むつ」の二の舞になるだけです。
 もんじゅは放射性廃棄物の減容に寄与すると、新たな言い訳が付けられるようになりましたが、これは研究続行のために無理やり付け加えられた理屈と言えます。そもそもどの程度の効果があるのか、冷静な議論をすれば、期待するほどの効果は得られないとの結論になるでしょう。しかし肝心の「革新的エネルギー・環境戦略」は、政権が代われば、また振り出しに戻るかも知れません。
 もんじゅ開発に政府はこれまで9600億円以上の資金をつぎ込んできました。東海再処理工場やMOX燃料加工、常陽など高速増殖炉関連の開発を含めると、1兆7千億円に達します。実用化の見通しのない開発に膨大な予算を支出し続けることは、とりわけ福島原発事故の後では、到底許されません。このまま動かさずに廃炉にし、高速増殖炉開発から撤退するべきです。

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福島燃料プール危機の教訓
全国の原発でプールから乾式に

 福島第一原子力発電所の事故がもたらした使用済み燃料貯蔵プールの危機状況は、全国の原発の使用済み燃料をできるだけ早くプール貯蔵から自然対流空冷方式の乾式貯蔵に移すべきだということを示しています。

福島第一の使用済み燃料の状況
 福島第一原発には、三つの種類の使用済み燃料貯蔵施設があります。(1)原子炉建屋の高い所にあるプール(それぞれの原子炉にある)。(2)共用プール:各号機のプールの使用済み燃料を降ろして入れる。(3)乾式貯蔵施設:円柱状の容器(キャスク)に入れて貯蔵する方式。(現在はキャスク9基が貯蔵。欧米では一般的となっているこの乾式貯蔵方式の施設を持っている日本の原発は福島第一の他は、東海第二原子力発電所のみ)。
 福島原発4号機は、3.11の地震・津波発生当時、定期検査のため運転停止となっており、炉心は空の状態で、炉の損傷による事故の心配はありませんでした。しかし、そのプールには、事故の直前に炉心から取り出したばかりの発熱量・放射能の大きな全炉心分の燃料集合体548体を含め、1,331体の使用済み燃料集合体がギュウギュウ詰めの状態で入っていました(この他に新燃料が204体)。このため、冷却水が失われた際に、空気の流れによる冷却が効きにくく、核分裂生成物の崩壊熱によるジルカロイ製の燃料棒被覆管の発火の可能性がそれだけ高くなります。また、発火事故で放出される放射能の量も大きくなります。それで4号機のプールの安全性が事故直後からとりわけ心配されていました。余震を心配する反原発グループが地震や水素爆発で弱体化した4号機のプールから早急に使用済み燃料を運び出せと要求しているのもこのためです。
 一方、海岸に近い乾式貯蔵建屋は津波で破損しましたがキャスクは無事でした。自然空冷なので冷却に問題はありませんが、壊れた建物からキャスクを移動する必要があります。中の408体の検査はこれからです。

プール内にある燃料の移動計画


ドイツの暫定貯蔵施設
(敷地内の本格的施設完成まで使用)
 東京電力の計画はこうです。
 【各原子炉の使用済み燃料を地表レベルの共用プールに移したい。各号機にあるのは、新燃料も入れて現在合計3,106体(7月18~19日に4号機の新燃料2体の運び出し実験)。ところが、容量6,840体の共用プールには6,377体あってほぼ満杯。そこでまずは、共用プールの使用済み燃料を乾式キャスクに入れ、仮置き場に移す。仮置き場には、乾式貯蔵建屋のキャスクも移す。共用プールへの移動は、4号機、3号機、1~2号機の順に行う。
 仮置き場は、再処理中止を決めたドイツで2000年代半ばに一部の原発で使われたのと同じ暫定貯蔵用コンクリート・モジュール方式を採用。キャスクを1基ずつコンクリートの「箱」の中に横置きに収め、全部で65の「箱」を設置。11月14日発表の東電の計画では、仮置き場の使用は来年3月に始まり、共用プールからの移動は、2014年5月に終わる。4号機からの共用プールへの移動開始時期を決めるのは受け入れプールの状態ではなく、クレーン建設工事の進捗状況。これは、元々あった原子炉建屋の天井のクレーンが事故で破壊されてしまっており、いわば外付けのクレーンを建設する必要があるため。12月3日の発表によると、4号機からの移動開始が来年11月。終了が2014年末。】

他の原発でも早急に乾式貯蔵を
 米国では、9.11同時多発テロ事件の後、テロにより使用済み燃料プールの冷却材が失われれば、ジルカロイの発火事故をもたらし得るとの警鐘が鳴らされました。炉からの取り出し直後は発熱量が大きく水で冷やすほかないが、5年ほど経って空冷が可能となったものは乾式に移して、プールの燃料の貯蔵状態に余裕を持たせるようにとの主張です。
 原子力規制委員会の田中俊一委員長も、各地のプールについて、「私はどう考えても、乾式タイプの容器に入れるのがより安全だろうと思う」から、乾式への移行を要請したいと述べています。安全確保のための措置ですが、実現すれば、使用済み燃料の置き場がないから青森の六ヶ所に送って再処理するしかないとの再処理推進の論理も崩れることになります。
(田窪 雅文:ウェブサイト核情報主宰)

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勢いづく韓国の脱原発運動
韓国反核団体「エネルギー正義行動」
高野 聡

 2012年1月に衝撃的なニュースが飛び込んできました。76万5000ボルトの高圧送電塔が建設中のミリャン(密陽)でおじいさんが焼身自殺をしたというものです。この送電塔は建設計画中のコリ(古里)原発5、6号機で生産される電気を大都市へ送るためのもので、ミリャンでは激しい反対闘争が7年前から繰り広げられてきた中でのご老人の死は、韓国の強力な原発推進政策によって引き起こされた悲劇とも言えるでしょう。
 福島第一原発事故以降、韓国の脱原発運動の勢いは衰えることなく、特に懸案事項を抱える地域では激しく闘争を行っています。現在の韓国の脱原発運動を振り返ってみたいと思います。

コリ原発とウォルソン(月城)原発の寿命延長問題


コリ原発を囲むヒューマンチェーン(2012年3月)
 2月9日に定期点検中だったコリ1号機が作業員の手違いと機械の故障が重なり、全電源喪失を12分間起こし、その間に21度もの温度上昇を引き起こすという事故を起こしました。しかし、韓国国民がこの事実を知ったのは3月13日でした。
 コリ1号機は1978年に運転を開始し、2007年に寿命を迎えたのですが、10年間運転が延長されました。運転以来129回の故障や事故を起こしています。反対運動の最中、こんな大きな事故と隠蔽が重なり、住民は再稼動阻止と閉鎖を求めて激しく闘うことになります。
 3月には地域住民と全国から応援に駆けつけた人とで、コリ原発を囲むヒューマンチェーンを敢行し、査察に入った国際原子力機関(IAEA)に反対する脱原発文化祭も開催しました。結局8月6日に原発を管轄する知識経済部がコリ1号機の再稼動に踏み切ります。再稼動は阻止できなかったですが、地域住民は9月から1ヵ月以上プサン市庁前で篭城闘争を行い、閉鎖を求める運動を継続しました。
 またウォルソン原発1号機も2012年11月20日に寿命の延長を迎えます。原発の前でリレー形式での1人デモを現在まで続けています。最近、寿命延長が困難な点が2つ指摘されました。1つは「非常時冷却系等熱交換器」が1台しかない点。2つめは原子炉内の「水素監視器」が設置されていない点です。熱交換器に関しては、91年の基準改定により2台ないといけないことになっています。しかし82年運転開始のウォルソン1号機は1台しかなく、もう1台設置しようにも「原発の設計の根幹を揺るがす変更が必要なので追加の設置は不可能」と原発を運営する公営会社「韓国水力原子力」(韓水原)は説明しています。水素監視器も福島事故の教訓を踏まえ、新しい原発には設置をする方針を出しましたが、ウォルソン1号機に設置しようにも1年近くかかるため、安全性に懸念が生じています。そのような中、ウォルソン1号機は9月と11月に故障を起こし、現在運転を停止しています。しかし韓水原や知識経済部は原発の閉鎖の方針を出していません。

原発の誘致に反対して闘争
 2011年の12月23日に韓水原がカンウォンド(江原道)のサムチョク(三陟)とキョンサンプクド(慶尚北道)のヨンドク(盈德)を新規原発の候補地に選定し、知識経済部が2012年の9月に正式決定しました。
 これに対し、両地域は反発、特にサムチョクではカトリック教会と地域住民が結束し、原発を誘致したキム・デス市長のリコール運動を展開します。リコールはサムチョク市の6万705名の有権者の15%以上の署名を集めたことにより、投票の実施が確定されました。10月31日に運命の投票が行われました。投票は有権者の3分の1以上が投票しなければ開票されないのですが、投票率は25.68%で、基準を満たしませんでした。
 残念ながらリコールは成功しませんでしたが、原発反対闘争委員会のイ・グァンウ企画広報室長は「90年代にも政府はサムチョクを新規原発の候補地に選定したが、6年余りの強い反対により計画を撤回させた。先輩たちが闘い、原発のないサムチョクを守ったように私たちも退くつもりはない」と述べています。
 大統領選の結果で今後の展開が大きく変わるかもしれません。野党第一党のムン・ジェイン候補は原発の寿命延長不可と建設計画中や新規の原発不認可を掲げているからです。彼が大統領になれば少なくともこれらの問題は大きく前進するでしょう。しかし、韓国がいつまでに原発を全廃するのか、どのようなエネルギーを推進するのかなど大きな枠組みはまだ不透明です。

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《各地からのメッセージ》
市民運動との連携で平和運動の前進を!
滋賀県民平和・人権運動センター 議長 大谷 和雄

   滋賀県民平和・人権運動センターは、旧総評の流れを継ぐ労働組合が集まり、1996年に結成されました。労働運動を基軸におきながら、平和・人権・環境などに関わる運動を行ってきました。
 滋賀県には、高島市に自衛隊の駐屯地があり、あいば野演習場ではこれまで12回ほど、日米合同軍事演習が行われてきました。私たちはフォーラム平和関西ブロックの仲間とともに、毎回反対集会やデモなどの取り組みを行ってきました。2008年からは、市民運動のネットワーク組織である「あいば野に平和を!近畿ネットワーク」の皆さんとの共同行動として取り組んできました。今年も10月27日に反対行動を4回目の共同行動として取り組みました。
 また、毎年2月11日には「これからどうする日本!!平和・靖国・教育・人権そして貧困を考える滋賀集会」(写真)を、市民団体や宗教者のグループと共催してきました。これまでに佐高信さん、金子勝さん、小森陽一さん、湯浅誠さん、伊波洋一さん、寺島実郎さんらを招いて集会を開いてきました。今年は、第7回として小児科医の山田真さんを招き、福島の現実を知り、考える機会を得ました。
 滋賀は、隣の福井県に14基もの原発があることから、これまでももんじゅ反対集会などにも積極的に参加してきました。今年は大飯原発再稼働反対の取り組みにも参加してきましたが、昨年立ち上げられた「さいなら原発・びわこネットワーク」とも連携し、滋賀での脱原発の運動を担っています。
 また、護憲・原水禁滋賀(労働組合の他に社民党、解放同盟、個人などが参加)との共闘として、毎年夏に全自治体への要請行動を行い、平和のさまざまな取り組みの強化などを訴えてきました。その成果として、昨年までに県下全市町で平和市長会への参加を得ることができました。
 福島の事故以来、脱原発の流れは強まっています。その流れを強化していくために、今後も全国の仲間とともにがんばっていきます。

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【本の紹介】
さようなら原発の決意
鎌田 慧 著


創森社 2012年刊
   2012年7月16日の「さようなら原発10万人集会」は、かつて経験したことのない規模で、その規模に相当する数々の実務課題があった。客観的条件と主体的条件がそろって歴史は動くと言う。原発を告発する人々の力強い自然発生的な高揚、これが客観的条件であったとしても、数々の実務課題を解決し、団結して集会の裏舞台を支える「人々」の主体的条件がなければ歴史は動かない。「7.16集会」の成功もなかった。
 「人々」の中にあって、呼びかけ人の一人である鎌田慧さんこそは、「7.16集会」をはじめとする闘いの主体的条件の中心だ。主体的条件がぶつかる数々の実務上の難題、運動体同士でも時には衝突する現実の屈折、これらに対し、逃げることなく当たられた。このような鎌田さんの態度こそが「さようなら原発の決意」であったのだと思う。
 本書は、事を終えた総括の書ではない。これからも続く闘いの中間総括の書ではあるだろう。この中間総括の中に、闘いの現場の深層を歩いてきた著者の熱意が塗りこめられている。福島県浪江町の舛倉隆さん、新潟県巻町の元町長笹口孝明さん、鹿児島の前田トミさん、青森県六ヶ所村の寺下力三郎さん、そして「下北核半島」の小泉金吾さん。金と圧力と謀略の「総力戦」で推し進める、原発建設に抗し闘ってこられた人々。鎌田さんが振り返る中間総括には、欠かすことが出来ない人々の姿が脚色抜きに著されている。拒絶を貫いた人々、これらの方々が鎌田さんの決意の背中を押している。
 本書の第5章「柏崎・原発拒絶の陣形」は、1970年から始まった柏崎原発反対同盟の闘いを主体的条件の立場から記録されている。運動に共に参加されてきた鎌田さんの現場感覚が、人々の闘いを追う。孤立を恐れず拒絶し、しかし連帯の回路を残し、闘ってこられた地域の陣形(人々)のドラマを伝えている。
 しかし、本書の全体に感じる哀しさは何だろう。悲観や失望をも拒絶する運動の推進者である鎌田さんが、この種の哀しさに甘んじられるはずはない。フクシマの事故に対する端的な総括が、本書全体の基調にあるからだろうか。
(道田 哲朗)

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パンフレット
「脱原発法をつくろう!」の紹介

 脱原発基本法の制定をめざして、2012年8月に設立された市民団体「脱原発法制定全国ネットワーク」(原水禁・平和フォーラムも呼びかけ団体)が、法案の内容やそのねらいをQ&A形式で解説するパンフ「脱原発法をつくろう!」をつくりました。原水禁・平和フォーラムでも取り扱っています。ご活用ください。

「脱原発法をつくろう!」
体裁:A5判37ページ
内容:脱原発基本法案/脱原発基本法 提出・賛成・賛同議員/脱原発法案Q&A/脱原発法で原発推進の国策にとどめを/代表世話人・呼びかけ団体
頒価:300円(送料別)
製作・発行:脱原発法制定全国ネットワーク
申し込み:原水禁(TEL03-5289-8224)
list@gensuikin.org

脱原発法制定全国ネットワークのホームページ
http://www.datsugenpatsu.org/

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