2013年、ニュースペーパー

2013年08月01日

ニュースペーパー2013年8月号



南相馬市太田川河口付近の集落 2011. 4. 8



南相馬市太田川河口付近の集落 2013. 7. 1

 復旧が進まない福島県南相馬市を訪ねて
東京電力福島第一原発事故から1カ月後の2011年4月8日に、福島県南相馬市の太田川の河口の集落へ入りました。集落全体が津波で根こそぎ流され、無惨な姿を残していました(上写真)。そして2年後の今年7月1日に同じ場所を訪れました。2年たっても当時とほとんど同じ状態で、住民も戻らず、復旧も何も進んでいない「被災地」がそこにありました。ここにいつになったら元の生活が戻るのだろうか。原発再稼働に資金を投入するより先に、福島の復興が先のはず‥‥。

【インタビュー・シリーズその80】
政治家の暴言に負けずに歴史の真実を伝える
「女たちの戦争と平和資料館」(wam)事務局長 渡辺美奈さんに聞く

【プロフィール】
女性の人権や戦時性暴力問題に取り組むNGOのスタッフや運営委員を経て、現在はアクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」(wam)事務局長。「慰安婦」問題の解決に向けて、国連の人権機関等に対しても情報提供を続けている。全国ネットワークの「日本軍『慰安婦』問題解決全国行動」共同代表。共著に『「村山・河野談話」見直しの錯誤:歴史認識と「慰安婦」問題をめぐって』(かもがわ出版)。

―日本軍「慰安婦」に関する橋下徹大阪市長の発言が問題になっています。
 5月13日の「慰安婦が必要なのは誰だってわかる」、沖縄の海兵隊に対して「もっと風俗を活用してほしい」などの発言ですね。日本軍「慰安婦」制度と米兵による強かん事件をつなげて、暴力装置である軍隊そのものが女性に対する暴力を内包していることを、これほどあからさまに発言した政治家はあまりいないでしょう。多くの女性が驚き、怒り、呆れつつも看過できないと抗議しましたし、国際的な非難も浴びました。
 しかし、自分は本音を言ったのになぜここまで批判を受けるのか、その理由がいまだに橋下市長はわかっていないようです。慰霊の日にはわざわざ沖縄に出向いて「沖縄の女性が防波堤となり進駐軍のレイプを食い止めてくれた」と発言しました。歴史認識とともに女性に対する暴力の構造を理解する能力が決定的に欠けています。橋下徹氏は政治家になる前にも、中国での集団買春問題で「日本人による買春は中国へのODA(政府開発援助)」と発言して物議をかもしていましたし、昨年は「慰安婦の強制連行の証拠はなかった」「韓国側は証拠を出せ」と発言していて、今回はその延長線です。
 橋下市長の主張の根拠は2007 年の第一次安倍内閣の閣議決定で、「河野談話発表までに発見した資料には、軍や官憲による強制連行を直接示すような記述は見当たらなかった」というものです。今年の国会審議でも、安倍首相は自慢げに「いわば強制連行の裏づけとなるものはインタビュー・シリーズ: 80政治家の暴言に負けずに歴史の真実を伝える「女たちの戦争と平和資料館」(wam)事務局長 渡辺美奈さんに聞くなかった。それを多くの方々はご存じない」と発言していますし、稲田朋美行政改革相は、5 月24 日の記者会見で「慰安婦制度は合法であった」とまで発言しています。第二次安倍内閣が目論んでいた河野談話の見直しは外国政府からの圧力で取り下げているものの、「河野談話を踏襲する」と「発語」することを徹底して拒み、「慰安婦」被害者に対しては「痛みを感じる」としか言いません。責任を認めたくないので「お詫び」という言葉は使わないんです。
 今年の6 月に赤嶺政賢衆議院議員の質問主意書に対する答弁で、河野談話の時点で軍による「慰安婦」の強制連行を記したバタビア裁判の文書を政府は保持していたことが明らかになりましたが、いまだに2007 年の閣議決定の見直しはなされていません。橋下市長は今回の妄言で、「慰安婦」の強制連行否定論者として批判の的になっているものの、その源流は安倍内閣と捉えるべきだと思います。

―このような政治家の暴言は、渡辺さんの活動に影響を与えていますか?
 wamでは入館者が多い年がこれまでに3 回あって、1回目がオープンした2005 年の敗戦後60 年目、2回目が安倍首相による「狭義の強制連行否定」発言があった2007 年、そして3 回目が今回の橋下大阪市長の「必要だった」発言の後です。
 今年の5月、6月は「ハシモト・バブル」というくらい入館者が絶えませんでした。とりわけ6 月末日まで、沖縄「復帰」40年の節目に企画した「軍隊は女性を守らないー沖縄の慰安所と米軍の性暴力」展を開催していて、沖縄に140 箇所以上設置された日本軍の慰安所や、米兵による性暴力の実態を伝える展示をしていたので、橋下市長の発言はまさにドンピシャだったんです。
 6月だけで600人以上が来館してくれました。「慰安婦」制度の実態を知りたいとwam を見つけて来館してくれたのはとても嬉しいことです。しかし、ピンチをチャンスにすることまではできていません。橋下市長は「慰安婦」制度は必要だったという暴言は撤回せず、米政府に対してのみ発言を撤回して謝罪するという、権力におもねる許しがたい態度に終始しました。
 ちょうど5月に来日していた韓国の「慰安婦」被害者が橋下市長との面会を取りやめたのも、「慰安婦」は必要だったとの暴言は撤回しないと公言しつつ、橋下市長がハルモニたちに土下座して謝るパフォーマンスを準備していることがわかったからです。米兵による性暴力にしても、まずは根っこにある沖縄での米軍長期駐留そのものを減らし、不平等な地位協定を改正して強かんした米兵を日本で訴追できるように世論を持っていく必要があったのに、売春を容認しないという米国との認識格差の問題に矮小化されてしまいました。
 一方、日本が批准している人権条約の履行状況を審査する委員会では、日本の状況を委員会が的確に判断して厳しい勧告が出されました。社会権規約委員会では、在日特権を許さない市民の会(在特会)をはじめとした人種差別デモの情報を受けて、「慰安婦」被害者を貶めるようなヘイトスピーチ等を防止するために「慰安婦」被害を教育するように勧告しました。
 拷問禁止委員会の審査はちょうど橋下市長の暴言の直後で、私もジュネーブへ行って委員にホットな情報を提供することができました。その効果があったのか、締約国である日本は公人等による事実の否定や被害者に再びトラウマを与える動きに反駁すること、さらなる資料公開と事実の徹底調査をするよう勧告が出ました。

―なぜ国際社会から批判されるのか、日本では理解されていないように思います。
 連人権機関や外国政府に対してロビー活動をしていると、日本社会の「慰安婦」制度の捉え方が世界の常識と異なっていると思うことがあります。1点目は、「慰安婦」制度における軍・政府の位置づけです。安倍首相や橋下市長の発言、テレビ番組でのコメンテーターの発言もそうですが、まるで女性や少女の「連行」に軍が関与していなければ責任がないかのようです。しかし、日本軍「慰安婦」制度は、旧日本陸海軍が発案し、慰安所設置の計画立案、業者の選定や徴集する女性の人数、女性の輸送、慰安所の使用規則・料金など慰安所の管理、慰安所の資材の提供や改築まで全面的に軍が監督・統制したことが、当時の文書からも明らかになっています。連行はそのシステムの入口に過ぎません。
 2点目は、1点目と密接に関わりますが、「慰安婦」制度の実態は、当時の国際法にも反する性奴隷制であったとの理解です。オバマ大統領は昨年9月のスピーチで、「少女が、私の娘たちと同じ年頃の少女が、困窮した家族によって売られ、または家から逃げ出し、あるいはよい生活があるという嘘の約束にだまされて、その後売春宿に監禁され、抵抗すれば拷問されるとき――これも奴隷制である」と象徴的な発言しています。
 日本政府は、「慰安婦」制度を性奴隷制度と捉えるのは不適切だと、根拠を示すことなく主張していますが、貧しい親に売られたから親が悪いとか、当時は合法だったという見解は、国際的には受け入れられません。
 3点目が「慰安婦」被害は「過去のこと」ではなく、現在進行形の人権侵害であるという認識です。国連の人権条約の委員会審査では、「慰安婦」制度は条約批准前のことなので審査の対象にならないと必ず日本政府は主張します。しかし、「慰安婦」にされた被害者が救済されることもなく、否定発言にさらされて再び傷ついているのに予防措置もしていない、これは現在進行形の人権侵害であるとして、繰り返し勧告されているわけです。
 これに対し、日本政府は条約の勧告に従う義務はないと閣議決定までしましたが、日本は条約に誠実に従う義務があります。国連人権理事国としての資格が疑われる、恥ずかしい状況です。

―日本は何をすべきでしょうか。
 「慰安婦」問題の解決のためには、公式謝罪、補償、教育の3 点におおよそ収斂されてきましたが、この間の暴言や否定発言を受けて、事実の認知、つまりどういう加害行為に対して謝罪し、補償し、何を次世代に伝えていくのかが、あらためて重要になってきたように思います。 今年の8 月で河野談話から20 年になりますが、この間の日本軍「慰安婦」制度の研究成果をふまえて、当時の法にも反する反人道的な行為だった事実を認め、被害者に謝罪し、補償し、歴史の事実を伝えていく一歩を踏み出すことが求められています。
 全国ネットワークである日本軍「慰安婦」問題解決全国行動では、「慰安婦」制度の事実と被害者の勇気を記憶していくために、8 月14 日を国連記念日にする運動を展開することにしました。8 月14 日は1991 年に金学順さんが最初に名乗り出た日で、この日を日本軍「慰安婦」メモリアル・デーにすることが、昨年12 月に「慰安婦」問題の解決のために開かれた第11 回アジア連帯会議で決まりました。それをアップグレードして国連記念日にするのです。実現まで時間はかかるかもしれませんが、今年の8月には国際シンポジウムも企画してキャンペーンをスタートさせますので、多くの方に参加してほしいですね。
 軍隊は女性を守ってこなかったし、住民も守ってこなかった。軍隊内部での人権侵害もすさまじい。この1年、沖縄での日本軍慰安所と米兵の性暴力の展示を見つめながら、軍隊をなくしていくという夢を諦めてはいけないと思いました。そのためには日本が歴史の事実を真摯に認めて東アジアで信頼を築くことが大前提です。「慰安婦」問題の解決は、憲法9 条を実現すること、そして日本とアジアのすべての人びとが平和に暮らす権利につながっていることを、もっと強調していきたいと思っています。

〈インタビューを終えて〉
 2時間に及ぶインタビューの全てをお伝えできないのが残念です。濃密な思想とそこから生まれる言葉は、洪水のように私を襲いました。比べて政治家の言葉がいかに貧困なのか。最後の「『慰安婦』問題の解決は、日本とアジアのすべての人びとが平和に暮らす権利につながる」この言葉を生かしたい。
(藤本泰成)

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第3回憲法問題連続学習集会から
反省をおそれる歴史観の空疎と孤立

 6月25日、東京・連合会館で120 人の参加者のもと、第3回憲法問題連続学習集会が開かれ、東京大学教授の高橋哲哉さんの「改憲論と日本の思想状況」、千葉大学教授の三宅晶子さんの「教育と改憲論」の2 つの講演が行われました。
 歴史をどのようにとらえるかというキーワードで、お二人のお話しは、競演に値いするものでした。

高橋哲哉さん─歴史をすり替えることと改憲の関係

 安倍首相にとって、改憲と彼の歴史認識は不可分の結びつきにあります。歴史認識への彼の思いの目的達成が改憲にあると言っていい。なぜなら、日本国憲法は日本帝国主義による侵略と植民地の歴史をどのように見るのかということに依っているからです。戦後レジームの脱却について彼はこのように主張しています。「戦後の歴史」は日本人から日本という国を奪い取った時間であり、日本を日本国民に取り戻すたたかいが戦後レジームの脱却であると。
 今春、靖国神社の春の例大祭に安倍内閣の閣僚4人が参拝しました。この行為に韓国から抗議があると、「そのような脅しには屈しない」と首相は強弁し、「戦死者への尊崇の気持ちを表すことはどの国でも行っていること」「日本だけ批判されるいわれは無い」と答えました。その主張を補完して、安倍首相は米国のアーリントン墓地を引き合いに出しています。アーリントン墓地は南北戦争の戦死者が葬られていますが、「政治家がかの墓地を訪問したからと言って南軍が勧めていた奴隷制に賛成しているとは誰も思わない」と。
 これが安倍氏の詭弁であることはあきらかです。靖国神社とアーリントン墓地を一緒にすることはできません。靖国神社は単に戦死者を顕彰するための施設ではないのです。過去の戦争が自存自衛のための戦争であり、東京裁判は勝者の裁きによって一方的に濡れ衣を着せられた誤った裁判であったなど、靖国神社は特定の歴史観にコミットし、この歴史認識をアピールするための施設です。国立墓地でありどのような宗教にも開かれたアーリントン墓地と同一にとらえることはできません。
 また彼の最近の主張の中に、「侵略に定義はない」というものがあります。しかし国連は1974 年12 月、国連総会決議第3314 号で侵略の定義を定めています。国際刑事裁判所も2010 年に侵略の定義について合意し、日本の外務省は、日本の働きかけによってこの合意が成立したとHPに書いていました。植民地についても、また慰安婦問題についても同様な論理のすり替えがあり、これが安倍首相の言う戦後レジームの脱却なのです。慰安婦問題については、「騙して連れて行く」こと自体が強制連行であると国際的な常識となっています。吉見義明先生(歴史学者・中央大教授)がしっかりとした証拠を提出されています。侵略と戦争の歴史に向き合い、確信をもって反省をする政治指導者をもたなかったことに今日の不幸があるのです。

三宅晶子さん─「村山談話」を教わる独仏の学生

 1995 年に村山談話があります。政府はこの談話を千載一遇のチャンスで出し、日本は過去の戦争と植民地侵略について謝罪したのですが、この談話を国民は識っているのでしょうか。謝罪はしたが、談話の意味について国民には隠し続けたのではないでしょうか。教育の場では隠ぺいされてきたのではないでしょうか。国会ではこの談話が語られるけれども国民には知らされないようになっています。
 ドイツとフランスの高校生のために「独仏共通歴史教科書」があります。この本の戦後の年表の中に日本の項目があり、村山談話が日本初の公式謝罪と書かれています。ドイツとフランスの高校生は村山談話を知っているのに、日本の国民は知らないのです。ドイツは統一後もホロコースト記念碑を首都のど真ん中に造りました。国として一番の加害の歴史を残すことを決意したのです。このモニュメントだけでなく、小説や映画などドイツ政府が主導して集合的記憶を文化的記憶に高めています。
 戦争の当事者が無くなっていく時代に入りました。個人のコミュニケーションの記憶をどのように文化的な記憶に残していくのか問われているのです。アライダ・アスマンという研究者が「想起の空間」という本を著し、文化的記憶の役割について書いています。ドイツは意識して想起の空間、加害の歴史を文化的記憶として残すよう努めてきたのです。しかし日本では、当事者が亡くなっていく時、記憶がその手から滑り落ちていこうとするのを利用して、政府が歴史を記憶を書き換えているのです。
 歴史がギシギシと音を立てて変えられているのです。自民党はこれらの作業を子ども達の心を変えることからやり遂げようとしています。憲法を実現するためにあった教育基本法が変えられ、旧法が尊重してきた「学問の自由」は抑圧され、「個人」という言葉は抹殺されようとしています。自民党はさらに教育再生実行会議というものをつくり、参院選の公約には、「領土教育」という言葉も載っています。これらを自民党は教育の改革だと言っているのです。しかし今日の教育現場の現状はどうでしょう。日本は世界的に見て教育支出に占める私費負担が突出して高い一方、一人親世帯の貧困率も50%を上回り、OECD( 経済協力開発機構) 諸国中ワースト2位となっています。教育が格差の拡大再生産の場と化し、このような経済的な環境の事実上の叫びとして「いじめ」があるのです。この状況を道徳や国家という衣で覆い隠そうとすることはできません。

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日本の人権問題を指摘する国連の勧告
義務を果たさない安倍政権を許すな

 5月17日、国連の社会権規約委員会による総括所見が、また同月31日には拷問禁止委員会による総括所見が、相次いで発表されました。橋下徹大阪市長による「従軍慰安婦」をめぐる発言に対する国際的な批判が高まっていた時期であり、とりわけその部分に注目が集まりましたし、また重要な指摘であったことは論をまちませんが、それ以外の部分においても、日本社会の抱える人権問題を全般的に指摘したものであり、人権状況の進展に向けたひとつの「武器」として十分に検討され、活用されるべき内容になっています。

人権の向上を求める総括所見(勧告)
 国連は自らの基本目的のひとつとして人権保障を掲げており、1948年の世界人権宣言の採択以降、人権宣言の理念の実現をめざし、さまざまな人権条約がつくりだされてきました。人種差別撤廃条約、国際人権規約(社会権規約・自由権規約)、女性差別撤廃条約、子どもの権利条約などがあります。これらは客観的・普遍的な人権水準として、日本国内の法制度の問題性を示すにとどまらず、現実の立法にも大きな影響を与えてきました。
 これらの人権条約の実施を確保していくための措置として、報告制度、国家通報制度、個人通報制度、審査制度が用意されています。このなかで実際に多くの国が適用を受け、機能しているのは報告制度です。条約締結国自身が作成した報告書に基づいて審査を行い、それをもとに総括所見を採択し、そのなかで勧告というかたちで改善点を指摘するものです。
 条約の履行と人権状況の向上のための建設的対話を目的にしており、条約違反の有無を判断するものではないので、この総括所見には締結国に対する「法的拘束力」はありません。しかし、締結国が自らその条約を批准し、報告制度の適用を受けているわけですから、条約上の義務を履行するためのしくみとして、その内容を十分尊重・考慮していく義務、そして説明責任を負っていることは明らかです。
 日本政府自身も2007年の拷問禁止委員会の総括所見について、「法的拘束力を有するものではないが、その内容等を十分に検討した上、政府として適切に対処していく必要がある」と答弁しています。そのことを踏まえるなら、今回、「法的拘束力を持つものではなく」「従うことを義務付けているものではないと理解している」との答弁を閣議決定したこと(6月18日)は、責任・義務を回避しようとする、安倍政権の不誠実な態度のあらわれです。

総括所見の内容を活かしたとりくみを


人権機関を求める市民集会
(2012年2月1日・文京区民センター)

 社会権規約委員会による総括所見は、31項目に及ぶ勧告となっています。国内人権機関の速やかな設置、性差別の解消、移民労働者の権利、社会保障制度の後退への懸念、最低年金保障の導入と生活保護申請者の取扱いにおける尊厳の確保、障害者基本法の改正、女性や婚外子等に対する差別的な法律の見直し、朝鮮学校への高校無償化制度適用、そして日本軍「慰安婦」に関して社会権享有の保障等のために必要な措置をとること、「慰安婦」に対するヘイト・スピーチ防止のために公衆に対する教育を行うことなどについても言及されています。また、東日本大震災・福島原発事故について、人権を基本にした復興策、原子力施設の安全に関する透明性確保や原発事故対策の確立についても求めています。
 拷問禁止委員会の総括所見は、代用監獄制度廃止の検討、自白偏重への懸念、取調べの可視化、難民認定制度と入管収容施設の問題、死刑制度の問題、国内人権機関設置などについて指摘しています。そして「慰安婦」問題について、被害者中心の解決策をとるよう強く求めています。
 この拷問禁止委員会の日本政府報告書の審査の場(5月22日)で、「自白に頼りすぎる取調べは中世の名残」との委員からの指摘に、日本を代表する上田秀明人権人道大使が傲慢にも「日本は世界一の人権先進国」と発言し、失笑した聴衆に「シャラップ!(黙れ)」と暴言を吐くというという失態を演じました。総括所見が示す山積みの人権課題に向き合うこともしない日本政府が「人権先進国」とはとんだお笑い種です。 こうした日本の人権状況を実際に揺り動かし、変えていくのは人権確立を求める人々の闘いをおいて他にはありません。平和フォーラムは、今後も人権状況の進展にむけて、関係団体とともに運動を進めていきます。

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安倍政権における農業政策の動きと課題
「農業所得倍増」「輸出拡大」などの看板に偽り

規模拡大、効率化優先で企業参入の動きも


自然と共存できる農業をめざす
取り組みも広がっている(宮城県大崎市)

 日本は環太平洋経済連携協定(TPP)交渉に7月23日から参加することになりました。しかし、すでに多くの分野で交渉が進んでおり、年内に交渉の大枠合意をめざす中で、これまで参加国間で合意した事項は無条件で受け入れなければなりません。特に焦点の農産物の関税撤廃をめぐっては、基本的には例外が認められないため、日本の主張を反映することは極めて困難と言われています。
 こうした中で安倍内閣は、農林水産業を「成長戦略」の柱の一つとして、競争力強化をめざし、農業の担い手への農地集積をはじめ、生産現場の強化や、生産・加工・販売を一体的に担う6次産業化(1次産業、2次産業、3次産業をかけあわせたもの)、農産物輸出倍増などを柱に、「今後10年間で農業・農村の所得を倍増させる」との目標を掲げました。それらの実効性について検証してみます。
 まず、今後10年間に全農地面積の8割を担い手に集約し、米生産費を現在の全国平均(60㎏当たり16,000円)から4割削減する目標を掲げました。そのために農地集積の管理機構を県段階に整備し、基盤整備も行って担い手に貸し付けるとしています。すでに、全国的には担い手への農地の集約は約5割程度になっています。これに経済界からは、現在は株式会社に認められていない「企業の農地所有の自由化」を求めています。しかし、農業経営を知る企業からは、「保有でなく現在のリース方式で十分」(新浪剛史ローソン社長)という声があり、企業の農地所有は投機目的になるとの懸念から、今後の焦点になりそうです。
 一方、山間地域が多い日本の農地の特性から、大規模化、集約化だけで対応できない地域も多く存在します。現在、このような地域は「中山間地域等直接支払い制度」によって、一定のまとまった地域の維持を条件に補助金が出されています。こうした制度の持続や、集落営農組織、生協など消費者と直結した団体による農地利用なども必要です。さらに、40万ヘクタールという埼玉県の面積よりも大きな、耕作を放棄した農地をどのように活用すかも課題です。

TPP参加で大きく減少する農業生産
 政府の成長戦略では、農家が農産物を加工して販売する6次産業の市場規模を現在の1兆円から、2020年には10兆円にするとしています。また、農林水産物・食品の輸出額も20 年までに倍増して1兆円を目標にしています。いずれも「攻めの農業」を旗印にしたものですが、その実現性には疑問が出されています。
 最も大きな問題はTPP交渉の行方です。現在10%以上の関税をかけている農林水産物33品目の国内生産額は7.2兆円ですが、これが3兆円も減少すると農水省が試算しています。学者・研究者からは、輸送や加工などの関連産業を含めると、10 兆5千億円減少し、約190 万人の雇用が減るという厳しい指摘があります。
 また、市場拡大をどこが主導するのかもポイントです。今の食品の流通システムでは、流通、加工、販売業者の取り分が大部分となっており、生産者の取り分は10 ~20%に過ぎません。生産者主導でなければ農業、農村の再生にはつながりません。農産物輸出でも、現在の輸出の多くは原材料を輸入して加工したものが圧倒的部分を占めています。米や野菜・果物そのものの輸出は全体の3%程度でしかありません。さらに、福島原発事故の影響で、いまだに日本の農産物輸入を規制している国も多くあります。
 このように「10年間での農業・農村の所得倍増」は、一見、個々の農家の所得が倍になると受けとめられていますが、結局、競争に打ち勝った企業経営だけが成功することによって、所得が倍になるという指標にすぎません。そもそも農業所得は、世界貿易機関(WTO)体制になってからの20 年間で半減しています。これは自民党政権によってもたらされたもので、倍増とは、これを元に戻すことでしかありません。しかも、この目標の中にはTPPへの参加は条件になっていません。ここにも看板に大きな偽りがあると言わざるを得ません。
 日本農業の長所は単位面積当たりの生産量や高品質、安全・安心の生産体制にあります。こうした強みを最大限に発揮し、現在、先進国中で最低になっている食料自給率の向上や、安定的な農業生産の振興を図ることが必要です。そのために効率化一辺倒の農政からの転換を求めていくことが大切です。

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被爆68 周年原水禁世界大会に向けて(2)
核燃料サイクルを断ち切ろう
ウラン採掘と六カ所再処理工場の停止を

 皆さんはNHKで10回に渡り放映された著名な映画監督、オリバー・ストーンが語る「もう一つのアメリカ史」をご覧になったでしょうか?観ていない人は、歴史家のピーター・カズニックも参加した同じ題名の3巻本が、早川書房から発売されているので購入されるのをお薦めします。この中で、第2次世界大戦後、歴代の米国大統領がどれほど各国に軍事介入したかを、これでもか、これでもかと私たちに迫ってきます。
 ルーズベルト米大統領の副大統領にトルーマンでなく、ヘンリー・A・ウォレスが選ばれていたら、広島、長崎に原爆は投下されただろうかと、オリバー・ストーンは語っています。トルーマンは広島、長崎への原爆投下を後悔したことはないと、終始一貫主張し、むしろ誇らしげな態度を取ったことを述べています。
 オリバー・ストーン監督は今夏、ヒロシマ、ナガサキの日に向けて来日し、原水禁大会にも顔を見せると伝えられています。

米国の先住民の犠牲で成り立つ原子力/核産業
 今年の原水禁世界大会には、昨年と同じくウラン採掘に反対するナバホ先住民代表が参加します。米国で元々居住していた先住民族は、居留地という名称で一定の地域に押し込められてきました。一定の自治権も与えられてきましたが、ウラン鉱の多くがその居留地にあるため、鉱山会社は、先住民の人たちを鉱山で働かすとともに、周辺地域の放射能汚染などにほとんど配慮することなく採掘を進めたのです。ウラン鉱開発問題は、先住民への強い差別の存在を抜きには語れません。
 ウラン鉱山で働く労働者・周辺地域の多くの人たちが、肺ガンなどに苦しみますが、鉱山会社は、長期間、環境整備や労働者に対する補償を放棄してきました。先住民の人たちは裁判に訴えましたが、最初は敗訴続きで、ようやく一般市民も抗議運動に参加するなどして、「放射線ヒバクシャ補償法」が米議会で成立するのは、1990年10 月に入ってからです。この補償法ではウラン鉱のヒバクシャ(コロラド、ユタ、ニューメキシコ州)と共に、核実験による風下住民(ネバダ、ユタ州)のヒバクシャも初めて補償されることになりました。しかしウラン価格の低下で収益が上げられなくなった鉱山会社は、乱開発した鉱山を閉鎖したまま放置するなど、環境を限りなく汚染し、周辺住民を苦しめてきました。
 今もナバホ族の人たちが聖なる山と崇めているマウント・テイラー周辺は、ウラン鉱跡地が散在し、現在でも周辺住民は放射能汚染で苦しんでいます。マウント・テイラーの地下にも巨大なウラン鉱脈があることが知られており、何回か採掘の話が出ていました。その鉱山を日本の住友商事とカナダのストラスモア鉱山会社が合弁で「ロカ・ホンダ・ウラン鉱床開発」を設立し、2007 年から調査を行ってきており、いよいよ本格的な採掘が始まろうとしています。私たちは原子力発電が、こうした米国の先住民の苦しみの上に成り立っているという認識を共有し、共に反対の声を強めたいと考えます。

もはやゴミでしかないプルトニウム
 原発の再稼働のメドが立たないなか、六ヵ所再処理工場に置かれている使用済み核燃料のプルトニウムを、取り出して利用する価値があるものと考えるか、始末に困る核のゴミと考えるかによって、電力会社の資産評価は大きく変わります。
 すでに日本は44トンものプルトニウムを分離して保有しています。高速増殖炉の開発は研究炉「もんじゅ」以降の見通しはなく、MOX燃料として使うには余りにも多いプルトニウムの保有です。 残るは核兵器ですが、ブーストという技術の発展によって現在では、44トンで1万発以上の核爆弾が製造できます。現在の核爆弾は、プルトニウムを中空の球体にし、そのなかに重水素、三重水素の混合ガスを注入してあります。強力な爆薬で内側に圧縮、核分裂が始まるとすぐに混合ガスが核融合し、発生する大量の高エネルギー中性子線で残りのプルトニウムを核分裂させるという仕組みです。
 日本がもし本気で核武装の道をたどるとすると、日本の技術力を考えれば、短時日の内に核武装ができます。実際のネックは核実験する場所の確保が困難なことです。核兵器は使う兵器ではなく、保持していると他国に知らせることに大きな意味がある兵器ですから、核実験は不可欠なのです。
 しかも日本の核武装にはまず米国が強く反対し、世界も強く反対するでしょう。貿易立国の日本は経済的に成り立たなくなります。そこまでして核武装するメリットはないでしょう。石破茂・自民党幹事長は核オプションを維持するために核燃料サイクルは必要と語りましたが、実現しない核オプションのために、核燃料サイクルは必要ではありません。もんじゅの廃炉と六ヵ所での再処理計画の廃止を実現しましょう。もしも、六ヶ所再処理工場が稼働すれば、クリプトン85、炭素14、トリチウム、プルトニウムと、書き切れないほどの多くの放射性物質が、空、海に放出されることになります。

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被爆68周年原水禁世界大会の課題
ヒロシマ・ナガサキ・フクシマを風化させない


昨年の原水禁世界大会広島大会(8月4日・県立体育館)

 被爆68周年原水爆禁止世界大会が今年も、福島大会(7月28日)、広島大会(8月4日~6日)、長崎大会(8月7日~9日)と開催されます。ヒロシマ・ナガサキと同様、福島原発事故の風化が懸念されています。私たちは、ヒロシマ・ナガサキ、フクシマを決して忘れてはならないし、今大会ではそのことを共有し、「フクシマを核時代の終わりの始まりに」との決意を固めあいたいと思います。

核兵器廃絶にむけた動きを加速させよう!
 米・オバマ大統領の登場によって核軍縮に対する期待が高まりました。2010年の核不拡散条約(NPT)再検討会議でも核軍縮へ向けた様々な取り組みが確認されましたが、多くの点で核保有国の核軍縮への努力が進展していない状況にありました。しかし、2012 年4月、北大西洋条約機構(NATO)で、比較的短距離の戦術核削減の方向と核兵器非保有国に核兵器を使用しないとする「消極的安全保障」の導入が決定されました。また米ロ間でも新戦略核兵器削減条約(新START)が発効し、2018 年までに戦略核の30%を削減していくとしました。さらに今年6月19日には、米・オバマ大統領が、新START に基づき1550 発まで減らすとした配備済み戦略核弾頭をさらに最大3分の1の1,000 発水準まで減らす用意があると発表するなど、2015年のNPT再検討会議を前に核軍縮の動きが出てきました。
 日本を含む東北アジアでは、朝鮮民主主義人民共和国で繰り返される核実験、韓国の核燃料再処理工場建設要求などの動きがあります。日本は非核三原則を国是としながらも、アメリカの核の傘に依存し、44トンもの核兵器の材料にもなるプルトニウムを保有しています。米軍再編による基地強化やオスプレイの配備など日米軍事一体化が強化され、安倍政権によるアジア外交に対する強硬姿勢など不安定要因が山積しています。
 大会では、核保有国の現状や核戦略の分析と東北アジアの平和と安定に向けた課題を考えます。米国の核戦略や対アジア政策(在日米軍の基地強化など)を検証し、核の傘からの脱却と脱基地の問題を考えます。その中で東北アジア非核地帯構想につなげていきます。さらに日本のプルトニウム保有問題が、東北アジアの不安定要因となり、原発輸出は核兵器開発にからむ機微技術の流出につながることなど、核拡散の面からも原発問題を捉えることの重要性を考えます。

再稼働を許さず、フクシマ課題の解決に全力を尽くそう
 福島原発事故は、政治や社会、経済そして健康など様々な分野で多くの影響を与えています。事故の収束も遅々として進まず、汚染水、除染、帰村、健康、賠償など様々な問題が深刻化しています。フクシマ課題は、原発問題や被曝問題だけでなく多岐に渡るものとして、多角的に考え、すでに懸念されている風化に抗していきます。いまも事故が続き、福島県民をはじめ多くの人々がその被害に直面していることを強く訴えます。
 さらに福島原発事故の原因究明も不十分な中で、原発の新規制基準が7月8日に施行されました。今後原発の再稼働が大きな焦点となります。原発なしでもこの夏は乗り切れることは政府も電力会社も認めており、電力不足で再稼働という昨年のキャンペーンは破綻しました。しかし、電力料金が上がることを理由に原発再稼働を強行しようとしています。その欺瞞を明らかにします。
 さらに破綻しているにもかかわらず強引に進められる核燃料サイクル政策の現状を明らかにし、原子力政策全体の矛盾と破綻を明らかにします。同時に原発に依存しないエネルギー政策の展開についても考えます。

残された被爆者課題の解決と世界の核被害者との連帯
 ヒロシマ・ナガサキの被爆者は高齢化し、残された時間も少なくなっています。被爆体験者や在外被爆者、さらに被爆二世・三世の問題など解決が待たれている課題も山積しています。それらの解決にむけて、どのような運動課題が残されているのかを明らかにします。これは、今後のフクシマの課題とも結びつくもので、しっかりした補償と援護を国の責任で取らせることは、フクシマの被曝問題を解決させることにつながります。
 さらに、今年の大会では、ウラン採掘の核被害と闘うアメリカの先住民の方を招聘します。核の「軍事利用」「商業利用」を問わず、その出発点となるウラン採掘での被曝労働の実態や周辺環境への被害について報告していただきます。そして、核の利用はその出発点から被曝を伴わなければ成り立たないことを明らかにして、あらためて「核と人類は共存できない」ことを大会を通じて確認し、発信していきます。

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原水禁世界大会に今年も多彩な海外ゲスト

レオナ・モルガン(米国・ウラン採掘反対ナバホ・ディネ)
ニューメキシコ州のナバホ族居住地でのウラン採掘に反対する運動を展開している。

キム・ポンニョ(韓国・エネルギー正義行動)
エネルギー正義行動の国際連帯スタッフ。日韓の反原発団体等の連絡窓口としても活躍。

イェンス・ケンツィア(ドイツ・緑の党)
ドイツの原発の段階的廃止および再生可能エネルギー移行などエネルギー政策担当。

イ・サンホン(韓国・慶州環境運動連合事務局長)
福島日韓市民調査団に合流し、放射汚染地域を調査。現在は月城1 号基閉鎖運動に邁進。

ピーター・デッキー(米国・ピースアクション)
1957 年に設立されたアメリカの代表的な平和団体であるピースアクションで長年活動。

イム・ピルス(韓国・社会進歩連帯)
社会進歩連帯の創立から活動。朝鮮半島での戦争と平和の問題について研究している。

チョン・ヒョンユン(韓国・市民社会団体連帯会議)
6・15 共同宣言実践南側委員会の委員長、民族和解協力汎国民協議会事務局長等を歴任。

カク・キフン(韓国・元韓国原爆被害者協会会長)
日本軍に召集され広島で被爆。在韓被爆者の援護を求め勝訴。03 年3月から援護法適用。

チョン・テホン(韓国・在外被爆者)

オリバー・ストーン(アメリカ・映画監督)
『プラトーン』、『7 月4 日に生まれて』でアカデミー監督賞受賞、米国を代表する映画監督。

ピーター・カズニック(アメリカ・歴史学者)
アメリカ近現代史を専攻。『原発とヒロシマ「原子力平和利用」の真相』など。

このほか、韓国の「社団法人5.18 拘束負傷者会」代表団、韓国とフィリピンの高校生も参加します。

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原発の新たな規制基準が施行
不十分な内容、運転再開は許されるか
原子力資料情報室共同代表 伴英幸

 原子力規制委員会が大急ぎで作った規制基準が7月8日に施行され、これに基づいて4電力会社が12基の運転再開手続きを申請しました。いよいよ再稼働が迫ってきました。新基準で規制が強化された面がありますが、とても納得できるものではありません。根本的なことは、どれほど規制を厳しいものにしても、福島原発事故で示された過酷事故、あるいはこれをはるかに超える規模の事故の恐れは無くならないということです。
 規制基準で強化された点は過酷事故対策が導入されたことと、原子力災害対策が指針となり避難範囲が半径30kmへ拡大された点でしょう。これらはIAEA のガイドラインに倣っており、欧米ではすでに導入されていたものです。日本では規制当局が「電力の虜」になっていたため、福島原発事故という犠牲を払ってようやく導入できたのです。規制強化と言っても、ようやく国際社会に仲間入り出来た程度で、しかも、これらは規制体系のほんの一部に手を付けた段階で、「世界最高水準の安全」などと、とても言えるものではありません。旧来の規制体系で言うと、立地、設計、安全評価、線量目標の4つの基本指針がありました。このうち、立地は廃止、設計が少し強化、安全評価と線量目標は従来のまま、過酷事故と災害対策を新設といったところでしょうか。
 改定基準は過去にさかのぼって適用(バックフィット)することになりました。この当たり前のことも、今回初めて導入されました。2006年に耐震指針(基本指針に対して補完的指針と位置付けられている)の見直しがありましたが、これに基づいて行われていたのは、既設炉の「耐震バックチェック」でした。チェックですから、極端な話をすれば、クリアしてなくてもよかったわけです。今回の審査でどこまで踏み込むのか注目しておきたいところです。

立地指針の廃止はするな
 原水禁と原子力資料情報室は6月24日に原子力規制庁と新規制基準に関する要請と話し合いを行いました。中でも重点は、立地指針を廃止するな、過酷事故対策に5 年間の猶予期間を設けるな、災害対策も含めて一体のものとして審査するべし、というものでした。
 従来の立地指針は、「重大事故」により全身で0.25シーベルトの被曝を与えるかもしれない距離の範囲は非居住区域とすることを定めていました。重大事故とはある割合の希ガスとヨウ素が環境に放出される事故です。これを廃止した理由について規制庁は、同指針の事故想定が過小で間違っていたので、今後は使わない。その代わりに過酷事故対策をいれたと説明しました。事故の想定が過小であることはかねてから指摘していたことです。しかし、過酷事故対策で立地指針の条件をクリアできれば廃止する必要はないはずです。
 過酷事故対策を実施しても、実はセシウムが100兆ベクレル程度放出される事故の確率は100万分の1としています。セシウムだけですから、これと同時に出る希ガスやヨウ素などを考慮すれば、非居住区域は今よりはるかに広く取る必要が出てきます。地震に象徴されるように同時に複数の機器が故障することをちゃんとは想定していないので、確率は500 分の1 程度(国内事故実績)かもしれません。これからは、バックフィットさせるわけですから、立地指針を残しておけば、国内全ての原発を止めるか、周辺住民の立ち退きを求めるかになります。どちらもできないから採用しないというのが真相だと受け止めました。
 5年の猶予などせず、対策が完備してから運転再開の審査を受け付けるべきとの主張は至極当然のことだと思います。また、原子力災害対策では、対策がいまだ策定されていない自治体もあれば、数十万人を避難させる対策の実効性に疑問もあります。災害対策も含めて審査するべきとの私たちの主張に対して、規制庁は、災害対策計画を作るのは地方自治体で、法的にも国が口を出せないと、これまた屁理屈を付けて逃げました。
 このような状況では、運転再開など到底許されないことです。規制庁の審査は公開で行われるようです。市民派の専門家とともに監視を強めて問題点を指摘すると同時に、その内容をそれぞれの自治体へ突き付け、運転再開阻止の闘いを進めていく必要があります。
(ばん ひでゆき)

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長崎被爆68周年を迎えて
年間1000発分を追加する六ヶ所再処理工場

 68年前の8月9日に長崎市に投下された原爆には約6kg のプルトニウムが入っていました。長崎原爆投下記念日を迎えるに当たり、プルトニウムに関する数字を整理してみましょう。

核兵器に必要なプルトニウムの量4kg~8kg

 「国際原子力機関(IAEA)」は、8kgのプルトニウムが行方不明になれば、工程でのロスを計算に入れても、1発の原爆ができている可能性があると見なすという基準「有意量」を採用しています。原子力発電所の使用済み燃料から分離される「原子炉級」プルトニウムで核兵器はできないと主張する人々が日本にはまだいますが、国際的にはそのような主張は通りません。日本の原子力委員会もこのことは認めています。そして、IAEAの基準は、「兵器級」、「原子炉級」などの質に関係なく当てはめられる数字です。
 長崎原爆の頃より進んだ設計の米国の核兵器に含まれるプルトニウムの量はどの程度でしょう。2010年4月13日にヒラリー・クリントン国務長官(当時)が、軍事用の余剰プルトニウムの処分に関するロシアとの合意に署名するに当たって行った発言がヒントになります。
 「いま、私たちは、両国の相互安全保障を高め、二国間協力を深めるためにもう一歩進もうとしています。今署名しようとしているこの協定のもと、米ロは、それぞれ、逆転不能な透明な形で34 トン以上の兵器級プルトニウムを処分します。合わせると、これは、核兵器1万7000発近くになります。」
 両国合わせると(34,000kg x 2) ÷ 17,000 = 4kg。つまり、約4kgということのようです。

日本の保有量 44 トン= 5500 発分
 日本が英仏の再処理工場と東海村・六ヶ所村の再処理工場での再処理の結果蓄積した分離済みプルトニウムは、約44トンです。英仏に約34 トン、国内に約10トンあります。来年にも商業運転開始が予定されている六ヶ所再処理工場の使用済み燃料の年間処理量は、約800トンです。使用済み燃料の約1%がプルトニウムですから、年間約8トンのプルトニウムが取り出されることになります。各地の原子力発電所に運び込まれている未使用の「ウラン・プルトニウム混合酸化物(MOX)」燃料に含まれているプルトニウムは、5月末時点で、約960kg でした。6月に関西電力高浜3号機用MOX燃料が搬入され、約900kgが追加されました。
 IAEAの数字を使って控えめな計算をすると、日本がすでに保有するプルトニウム44トンは、原爆約5500発分になります。六ヶ所再処理工場の運転によって分離されるプルトニウムは、原爆約1000発分になります。

世界のプルトニウム 非民生用230トン、民生用260トン
 表は、2011年末の世界の高濃縮ウラン及びプルトニウムについて「核分裂性物質に関する国際パネル(IPFM)」がまとめたものです。世界の分離済みプルトニウムの量は、合計約490トンで、230トンが非民生用、260 トンが民生用です。
 米国の非民生用83.2トンの内、政府が余剰と宣言してるのが、前述の34トンも含め、49.3トンです。核弾頭に入っているものと、保管しているものと合わせた軍事用が33.9トンです。軽水炉でのMOX 使用を主体とした余剰プルトニウム処分計画はMOX 工場の建設費高騰に悩まされ、オバマ政権は、地下処分の可能性を検討しています。

世界の核分裂性物質の量(単位:トン 出典:IPFM)
高濃縮ウラン 非民生用プルトニウム 民生用プルトニウム
ロシア 695 128 50.1
米国 604 83.2 0
フランス 31 6 57.5
中国 16 1.8 0.014
英国 21.2 3.5 91.2
パキスタン 3 0.15 0
インド 0.8 5.2 0.24
イスラエル 0.3 0.84
北朝鮮 0 0.03
その他 15 61
(日本:44.3)
(ドイツ:5.8)
合計 1,390 230 260

 非核兵器国の民生用約61トンの内、日本が44.3トン、ドイツが5.8トンで、日本のプルトニウムの量がいかに突出しているかが分かります。(北朝鮮のプルトニウムは約30kgです。)日本の保有量は、数年で倍になる可能性があります。前号で見たとおり、現在ある世界の核兵器の数は、解体待ちの退役核を入れると総数約1万7000発。実際に配備されているものと予備を含めた「軍用保有」核が約1万200発。総数をひとまず1000 発にし、不要なプルトニウムを処分するとすると、核兵器用の総量が4~5トンとなります。経済的に意味をなさない再処理を続け、プルトニウムの量を増やすことは、核軍縮の障害を大きくすることを意味します。
(田窪 雅文:ウェブサイト核情報主宰)

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【映画の紹介】
アニメーション映画『火垂るの墓』
1988 年、高畑勲 監督

 1967 年、野坂昭如が直木賞を受賞したことでも知られる『火垂るの墓』を原作に、漫画、実写映画、テレビドラマ化もなされ、本作品を知らないという人は少ないのではないだろうか。著者本人の実体験を反映した内容は、兵庫県神戸市と西宮市近郊を舞台に、親を亡くした幼い兄妹が終戦前後の混乱の中で力強く生きようとするも、悲劇的な死を迎えるというものである。

 主人公の清太は14歳の少年である。神戸大空襲に会い、母親も家も失い、まだ4歳という幼い妹の節子と、西宮の親戚に身を寄せることになる。親戚の叔母とも次第に軋轢が生まれ、兄妹は河原の防空壕で暮らし始める。そこでの生活は、自由ではあるものの、配給もなく、食料も得られない。次第に清太は、空襲で無人になった人家に盗みに入ることや畑から野菜を盗むことなどで、どうにか食料を得ようとする。しかし、兄妹だけでの生活も思うようにはいかず、節子は重度の栄養失調により、目に見えて弱っていく。清太は妹のために奔走するが、時はすでに遅く、妹は短い生涯を閉じる。清太は自ら、妹を荼毘にふし、妹が好きだったドロップの缶の中に骨片を入れ、防空壕を離れていく。物語の最後には、清太自身も駅のホームで衰弱死してしまう。

 子どもたちが初めて戦争の悲惨さを知るのは、アニメーション映画『火垂るの墓』ではないだろうか。アニメという点からも、構えることなく見ることができ、感情移入もしやすい。劇中で、まだ幼い節子が無邪気に笑うからこそ、悲惨な場面が対照的に浮かび上がってくる。また節子が、サクマドロップの缶を手にしながら、おはじきをドロップと勘違いして舐める場面は涙なしに見ることはできない。鑑賞した際に流す涙は、感動からくるものではないかもしれないが、確実に心に突き刺さるものがある。

 この夏、平和学習と気負うことなく、戦争とはどれだけ悲惨なものかを再確認するためにも、親子で鑑賞してみてはどうだろうか。
(橋本麻由)

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【本の紹介】
『魚群記』
目取真俊(めどるま しゅん)著 影書房 2013年刊

 この人はどんな小説を書くのだろう。この人の日々更新されるブログ「海鳴りの島から」には、オスプレイパッド建設に反対するやんばる高江の住民の非暴力直接行動に自らも参加して、その日々の出来事を書き連ねている。一方、たたかいのあいまに自然に恵まれたやんばるの森を散策し、昆虫や植物の写真を撮りブログにアップし続けている。その写真は、けっしてプロではないだろうに、じつにやんばるの自然に対する深い愛情を感じさせる。

 ブログを見ることで関心を持ったこの人、目取真俊の短編小説選集が発刊されたというのでさっそく買い求め、一気に読了した。第一巻『魚群記』に収められた八篇は、著者が20歳代のときに書かれた初期の作品である。1960年生まれである目取真と私は同世代で、同じ時空間を生きてきたことになる。幼少から学生時代の実体験に基づいて書かれたものであろう作品にある、その時代の空気、社会環境の変化の描写、そして誰しも若い世代が持つ性に対する鬱屈した押し込められた感情など、私にとって強い共感を持つものであった。
 しかし当然にして沖縄の近現代の歴史が、彼の生きてきた時間に突き刺さり、重層的な時間をかたちづくっている。作品に出てくる時空間を錯綜する描写は、まさに沖縄に流れる時間であり、生半可な理解や、安易な共感を拒絶している。そしてまた目取真のまなざしは低い。決して大上段に振りかぶったものはない。いわば虫瞰図という視点であり、作品の繊細さと執拗さをかたちづくっている。

 作品群に流れる彼の時間とまなざしは、沖縄に流れる底流であり、TV から流れる「なんくるないさ~」という軽やかな沖縄ではない。肌にまとわりつく重く湿った海風なのだ。沖縄に、観光でも闘争でもいい、訪れる際には一読しておくべきと思う。
 短編小説選集は全3巻(第1巻『魚群記』、第2巻『赤い椰子の葉』は既刊。第3巻『面影と連れて』は2013年10月頃刊行)。
(近藤 賢)

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核のキーワード図鑑・短信


原発次々再稼働、子どもたちの未来は(橋本勝)


お知らせ:9月1日にさようなら原発1000 万人アクション講演会、14 日に再稼動反対集会

9月1日に小出裕章さんらを迎えての講演会、14日には亀戸中央公園を会場に再稼働反対の大集会を行います。

●さようなら原発講演会 つながろうフクシマ!くりかえすな原発震災
日時:9月1日(日)13:00 ~ 16:30
場所:東京都千代田区「日比谷公会堂」(地下鉄「霞ヶ関駅」、「日比谷駅」)
内容:音楽(ジンタらムータ with リクルマイ)、講演(大江健三郎さん、小出裕章さん・京都大学原子炉実験所助教)、発言(澤地久枝さん、内橋克人さん、落合恵子さんなど)、報告(福島現地から)、コント(ザ・ニュースペーパー)、参加費1000 円、定員2000 人・先着順

●再稼働反対! 9.14 さようなら原発大集会in 亀戸
9月14日(土)11:00 ~
亀戸中央公園(東武亀戸線「亀戸水神駅」、JR「亀戸駅」「平井駅」)
内容:ブース等出店、スピーチ、リレートーク、呼びかけ人・賛同人発言など。パレードもあります。

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