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ニュースペーパー2014年4月号

2014年4月 1日

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フクシマを忘れない!さようなら原発!
 2011年3月11日の東日本大震災と東京電力福島第一原発の事故から3年目を迎え、あらためて原発はいらないことを確認しようと、3月8日に「原発のない福島を!県民大集会」が開催されました。郡山市の「ユラックス熱海」をメイン会場に、いわき市、福島市でも同時に開催され5300人が参加。インターネットで3会場をつなぎ、それぞれの会場で原発の現状や県民の訴えを行い、最後に「県内原発の全基廃炉、原発依存からの脱却」を求める集会宣言を採択しました。(写真は郡山会場での「団結がんばろう」)
 3月15日には「フクシマを忘れない!さようなら原発3.15脱原発集会」が東京・日比谷野外音楽堂で開かれ、5500人が集まり、安倍政権が原発再稼働など原発推進の旗を振り続けていることに反対し、脱原発の行動を広げていこうと確認し、東京電力本店前で抗議をしながらデモ行進を行いました。
 さらに、8日の福島県民集会から15日の東京集会にかけて、NoNukesWeekとして、東北・関東・東海の各県を結んだ「フクシマ連帯キャラバン行動」が行われ、各地で、街頭宣伝や署名活動、自治体への要請、集会などが取り組まれました。

インタビュー・シリーズ:88
いまこそ戦争体験者が声をあげていくとき
地方公務員退職者協議会 会長 西澤 清さんに聞く

西澤 清さん
プロフィール 1938年東京生まれ、戦時中は群馬などに疎開、戦後すぐには「墨塗り教科書」を使った経験も。大学卒業後、61年に建設省建築研究所に技官として入省。62年から向島工業高校定時制に勤務し、65年頃から組合役員として活動。86年から日教組本部に入り、副委員長などを歴任、2000年に退職。その後、日本教育会館館長、日本退職教職員協議会の事務局長を経て、2012年から地公退の会長、翌年日退教の会長も兼務。他に「東京朝鮮人強制連行真相調査団」の代表として毎年、東京大空襲での朝鮮人犠牲者の追悼集会を開催。また「朝鮮学校を支援する都民の会」の世話人も。「退職したらのんびりと釣りや、たくさん買い込んでいたビデオでヨーロッパ映画を見たいと思っていたが、その時間がとれない」。

─地方公務員退職者協議会(地公退)の組織をご紹介ください。
 地公退は現在、全日本自治体退職者会、日教組退職者団体連合、日本都市交通退職者協議会、全日本水道退職者協議会、東京都退職者協議会の5つの組織で構成され、34万人の会員がいます。かつて総評運動の中では、地方公務員の労組が中心的な役割を担ってきました。そうした活動を担った方々は、退職後も社会的な問題に意識を持っており、1975年頃から退職者の組織化を図ってきました。活動課題として、地方公務員のことや年金問題の他に、脱原発や沖縄基地問題など平和や人権、環境の課題を掲げています。いわば「総評運動」を引き継いでいる組織だと自負しています

─西澤さんの活動履歴を教えてください。
 私は大学を出た後、建設省の研究所に技官として入りましたが、すぐに都立向島工業高校の定時制の教諭となり、工業化学を教えることになりました。1962年のことです。60年安保闘争後でしたが、反基地や原水禁運動が盛んになった頃です。結局、ここで85年まで勤めることになりましたが、すぐに組合の活動にも参加しました。
 東京都高校教職員組合(都高教)の大会に初めて出たとき、当時のソ連が水爆実験を行い、日本にも放射能の塵が降ったのですが、共産党系の人が「ソ連の原水爆は正しいのだから、我々もガマンすべきだ」と言ったのです。私は研究所で遮蔽コンクリートの研究をしたことから放射能の恐ろしさを学んでいましたから、それにすぐに反論しました。それをきっかけに組合の役員などを経験することになりました。
 86年に日教組本部に出て、副委員長などを務めました。日教組本部に所属するまでに、東京地評や東京都労働組合連合会の役員も担いました。日教組本部時代には、原水禁や部落解放共闘などにも参加させていただきました。日教組を退職後は、日本退職教職員協議会の事務局長などもやり、2012年から地公退の会長をやらせていただいています。もう50年近く、組合や様々な活動に関わってきたことになります。


地公退の高齢者集会(2013年9月14日・日本教育会館)
─そうした活動をされてきて、今の安倍政権の動きをどう見ていますか。
 極めて危険な政権だと思います。異常な財政出動や金融緩和による「景気回復」は一時的なもので、アベノミクスはいつか破綻します。そうなると、国債が値下がりし財政危機を招き、市民の生活は破綻してしまいます。内需を拡大して安心できる暮らしを作る事が必要であり、労働者ががんばらないと賃金は上がらないし、雇用を守れません。
 また、平和の問題でも、「特定秘密保護法」の制定や「国家安全保障会議(日本版NSC)」の設置などの状況をみて、高齢者からは「戦前と同じ状況に入ってきた」と言う声が多くなっています。以前、私たちは自民党の改憲案の勉強会をやり、最初は「馬鹿な」と笑っていましたが、現実的にその方向に動いてきているので、笑ってばかりでいることはできません。
 安倍が憲法96条を変えようとしたとき、これは9条を変えるために行うものだと言われましたが、私たちは96条を変えることで国の権力を強めることにつながるもので、立憲主義を守るためにも反対すべきとして、運動してきました。これから武器輸出三原則を変え、「集団的自衛権」を容認して、憲法9条をなし崩しにしようとしています。
 安倍の歴史認識はまったく間違っています。アメリカからも「ストロングナショナリスト」だとして警戒されています。長い間、私たちが積み上げてきたものがひっくりかえされようとしています。このままでは、私たち高齢者は「死んでも死にきれない」という気持ちです。いまこそ、戦時中の体験がある者が声をあげていく時ではないでしょうか。

─しかし、いまは特に労組はかつてのような運動の盛り上がりがないと言われています。
 いまは労組や市民が活動する自由が少なくなっているように思えます。仕事やノルマに追われて、ゆっくり考える時間も無いようです。1973年に関西電力美浜原発の事故があり原水禁は原発反対を打ち出しました。1979年、アメリカのスリーマイル島の原発事故の衝撃的な出来事を受けて、私たち(原水禁国民会議)はアメリカに、事故や自然エネルギーの視察に行ったことがあります。そのときは1ヵ月近くもかけて様々な人達と交流してきました。昔はもっと休みも権利として取れたような気がします。
 ベトナム戦争さなかの1972年に、神奈川県相模原市の在日米陸軍相模補給廠(しょう)で戦車の搬出を100日間止めた反戦運動がありましたが、あれも地公労の人達が座り込みをしました。石川一雄さんの不当逮捕の後の狭山集会の際にも、よく逮捕者が出ました。それでもひるまず、政治闘争をとりくんでいたものです。
 地公労はそうした犠牲者があっても闘いを積み上げてきました。そうした中、70年代は東京や大阪など各地で革新的な知事や首長が次々と誕生し、広がっていきました。ある意味、楽しい時代でしたね。いまは現場の管理の厳しい圧力の中で、市民運動の権利が奪われているのが現状です。

─これからの社会を生きる上で、どういう姿勢が必要でしょうか。
 よく「自助・共助・公助」と言われますが、私はそれ以外に「互助」が求められていると思っています。例えば、今は3000万人を超える高齢者がいて、400万人を超す介護を必要とする人がいます。そうした「介護共生社会」が求められています。これは今までどの国でも経験したことのない社会です。地方公務員として現場にいると、住民からの様々な声を聞きます。公務員は市民と接していることが仕事です。その仕事を通じて、市民から切実な要望を聞くことができます。それを政治に反映する役割が私たちにあると思います。これからの高齢化時代を考える時、自治的な互助組織を作っていくことが必要であり、公務員の経験がある私達は、このような地域社会の「つなぎ役」になる使命があると思います。

─平和フォーラムへの期待や注文がありましたらお願いします。
 私たちは昨年の9月から平和フォーラムに参加をさせていただきました。先ほども言いましたように、退職してものんびりしていられません。もっと多くの人達と一緒にやっていこうと、加盟をさせていただいたのです。安倍政権の暴走は、この国の民主主義のあり方に関わっている問題です。
 私は「高齢者は若者と結託しよう」と言っています。現役世代、特に中年は忙しくて、そうした関わりができなくなっているようです。高齢者と若者がスクラムを組むために「平和・人権・環境」が重要なキーワードになると思います。
 平和フォーラムが結成される1990年台には、私も組織整備に日教組で関わっていました。連合に持ち込めない課題をすすめるために作られましたが、それが逆に、原発や基地問題などは、平和フォーラムでやっているから連合で議論しなくてもいいという風潮になっていないかと不安に感じます。労組は賃金や労働条件だけでなく、平和や人権の課題を考え、実現をめざすことが社会的に求められていると思います。最近はそうした議論の場が少なくなっており、労働組合もきちんと議論をしてほしいと思います。そのためにも、平和フォーラムの果たす役割はますます大きいと思います。私たちもがんばります。

インタビューを終えて
 地方公務員退職者協議会(地公退)のみなさんが、昨年の9月10日に平和フォーラムに加入されました。地公退は、全日本自治体退職者会、日教組退職者連合、都市交通退職者協議会、全水道退職者協議会、東京都退職者協議会の5団体で構成されており、総評労働運動の地公分野の燦然たる歴史を刻み、牽引されてきた先輩達の集まりです。言葉にはされませんでしたが、西澤会長のお話しからは、次世代に平和運動の大切さと「気構え」を伝えることが、最大の任務であると感じました。昨年11月末から急きょとりくんだ特定秘密保護法案阻止の連続的な国会行動に多くの地公退のみなさんが参加されました。戦後民主主義の危機を共有しながら、しかし西澤会長のお話しは、爽快で剛毅な世代の明るさに充ちていました。
(道田哲朗)

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辺野古基地建設を止めるために
安倍政権の暴走に、全国・国際世論で対抗
沖縄平和運動センター 事務局長 大城 悟

民意が明確になった稲嶺進名護市長の再選
 1月19日の名護市長選挙の稲嶺進市長の再選は県民のみならず、全国の同じ思い寄せた仲間に勇気を与えた。昨年暮れの12月27日に仲井眞弘多沖縄県知事が、埋め立てを承認し、県民は怒りと落胆の入り混じる中での市長選挙になったが、逆に県民を裏切り埋立てを承認した知事への不信任と、多くの市民が辺野古移設反対であるという民意を明確に示した。そのことは名護市だけでなく、基地受け入れによる振興策に頼らない自立する沖縄の将来に大きな布石になる。
 政府は、選挙結果の重要性から、多くの閣僚を投入して辺野古推進の相手候補の応援に奔走してきた。応援した閣僚や相手候補も「選挙結果が市民の民意だ」と訴え運動を展開したことから、県民、市民の民意や選挙結果から辺野古基地移設問題に本当の意味での終止符を打たなければならない。
 これまで、政府の言う「普天間の危険性の除去のため」、「県民に寄り添い丁寧に理解を得る」という決まり文句はもはや通用しない。県民、そして地元名護市民が強く反対していることを政府は真摯に受け止め、辺野古移設を即刻断念すべきである。県選出自民党国会議員や自民党県連は翻意させても県民はそうはいかない。これが県民の声であり、基地押し付けは我慢も限界であることを政府は認識する必要がある。
 本来であれば、普天間飛行場が「世界一危険な飛行場」と日米で認めた時点で閉鎖、返還が道理であるが、そこに代替施設という言葉が加わった。辺野古に建設しようとする新たな基地は、単なる普天間飛行場の移設ではない。面積は小さくなるものの、滑走路は2本になり、当然として海岸を埋め立てて建設されることから全長257mの強襲揚陸艦が接岸できる護岸を備える。キャンプ・シュワブやキャンプ・ハンセン、周辺演習場、辺野古弾薬庫など多くの米軍施設が一体的に利用可能になり、未来永劫の軍事基地の要塞を造る計画である。アジアの安定を標榜する米国の国益に追従し、尖閣問題でゆれる東シナ海の緊張を高めるだけで、状況はさらに悪化することは素人でもわかる。

戦争につながる基地─「命どぅ宝」を忘れるな
 他方で、安倍政権は民主主義を崩壊させ、戦後レジームからの脱却を謳い、憲法改正などの極端な保守政治の暴走は止まる気配がない。先日、石垣島への自衛隊警備部隊の配備を報じた地元紙に対し、防衛省が抗議文を送付し訂正を求めたことが明らかになった。政府のこのような圧力は、報道の自由を脅かす公権力の言論介入であり看過できるものではない。また。文科省が八重山教科書採択問題で竹富町教育委員会に是正要求をしたことは、政治の教育行政への不当な介入であり職権乱用である。沖縄の歴史の上からも現在の米軍基地の過重な負担にあえぐ沖縄の現状を隠し、保守色の極めて強い教科書を押し付けることは論外である。
 以上のような今のこの国の政治や外交、防衛を中心に保守化、右傾化が加速する中で、沖縄の米軍基地、とりわけ辺野古新基地建設問題がある。現状では、基地に反対する地元民意は侮蔑され続けている。政府は知事の埋立て承認をもとに工事の前提となるボーリングなどの調査、設計を4月以降実施する計画だが、論なく県民は現地での阻止行動に運動の柱を移すことになるだろう。
 政府は、2004年の海上での反対運動により調査を断念したことを踏まえ、刑事特別法の適用をはじめ、あらゆる手段を使って現地での対応を検討していると報じられている。それを地元選出国会議員が、国会で反対運動をあらかじめ弾圧するかのような対策を政府に迫ったことは言語道断である。また、「市長権限を行使して辺野古移設を阻止する」と主張した稲嶺名護市長を権力の乱用と批判したことは県民を愚弄している。
 私たちは、国のいかなる圧力にも屈せず、戦争につながる新たな米軍基地は造らせない。そして、県民、市民の結集で、ジュゴンや多くのサンゴが棲む県民の財産である自然を守り、平和と展望の持てる沖縄をつくるため、取り組みを強化していく。私たちは過去の大戦の悲惨さから、反戦平和として語り継がれている「命どぅ宝」を忘れてはならない。
 今、全国各地で米軍基地問題や原発問題で多くの市民が政府の横暴に反対し取り組んでいる。あの東日本大震災による福島第1原発事故から3年が経ったが、依然として事故の収束の見通しは立っていない。そうしたなかで、原発の再稼働を推し進める国のやり方は、主権者である国民を蔑にする強権的政治であり許してはならない。国策に翻弄されてきた原発と米軍基地の問題は同根であり、しっかりと対応していかなければならない。
 今回の辺野古移設問題で、世界の著名な映画監督やノーベル平和賞受賞者など多くの識者が、沖縄の尊厳が脅かされていることに反対する声明を発し、辺野古移設取り消しを求め、国際的署名に取り組んでいる。全国的、国際的な世論をさらに拡大していくことは、辺野古移設を止める重要なファクターであり、地元沖縄としての情報の発信や体制強化は不可欠だ。これまで、沖縄では米軍基地問題についてオール沖縄という表現で、政治スタンスの枠を超えた県民総ぐるみで取り組んできた。このことをさらに全国、世界に拡げ米軍基地問の解決、辺野古基地建設を止めるため、全力で取り組んでいきたい。
(おおしろさとる)

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障害者の権利確立に向けた、日本社会の状況と課題
自立生活センターSTEPえどがわ事務局長/DPI日本会議事務局員 今村 登

今年1月の国連障害者条約の批准までの経緯
 「Nothingaboutus,Withoutus!」(私たち抜きに、私たちのことを決めるな!)という国際的なスローガンのもと、各国から障害当事者も数多く参加しながら4年間かけて議論を重ね、2006年12月に国連総会で採択された障害者権利条約。日本はそれからさらに7年の年月を経て、2009年の政権交代で発足した障害者制度改革推進会議が、条約批准に見合う国内法の整備を担い、2011年に障害者基本法の抜本改正で権利条約の趣旨を落とし込み、12年に障害者自立支援法を改正した総合福祉法、そして13年に障害を理由とした差別を禁止する障害者差別解消法が成立しました。これを受けて、14年1月20日、ようやく日本は国連の障害者権利条約の141番目の批准国となり、2月19日より、国内においてこの条約が効力を持つ状況となっています。
 141番目というのは遅いという印象を持たれるかもしれませんが、これは条約が憲法と国内法の間に位置するため、先述のとおり条約に見合った国内法の整備に時間を要したためです。これまで国連の条約を批准する際に日本政府がとってきた手順は、まずは批准してから徐々に国内法を整備していくというものが主流でしたが、それでは実際の条約の効力が発揮されるまでに時間がかかり過ぎたり、あまり効力がないケースがあったため、その教訓を活かそうと、障害者団体が国内法の整備を優先するよう強く働きかけたことにより、このような「急がば回れ」的な手順を踏むこととなりました。それだけ条約の批准は障害当事者の悲願でもあったのです。

めざすものは障害のない人との機会均等
 障害者の権利条約というと、障害者に特別な権利を認めたり、特別扱いを義務付けたりするような条約ではないかと勘違いされるかもしれませんが、条約の条文の中に繰り返し登場する「他の者との平等」というフレーズが示すように、この条約が目指すものは障害のない人との平等、機会均等です。
 これまで障害のある人は「保護の客体」とされてきたものから「権利の主体」へと転換させることであり、そのために障害を治療や克服すべき対象と捉え、本人の問題とする「医学モデル」から、社会の側に問題があると捉える「社会モデル」へのパラダイムシフトを謳っています。言い換えれば、誰も排除しない・されない、インクルーシブな社会ということです。
 こうして条約批准という悲願を達成することができましたが、それだけで世の中が劇的に変わっていくことはないでしょう。この条約は21世紀に入って最初にできた人権条約ですが、世界や日本の情勢は、残念なことに条約が目指すような人権尊重やインクルーシブとは程遠い状況が散見されます。世界中を震撼させ未だ収束の目途すら立たない原発事故でさえ、誰一人責任を取ることもなく、再稼働、新増設、輸出などが実施されそうになっています。
 そんな政治への諦めや無関心からか、低投票率な選挙を繰り返し、その結果、左右とも中道派の議員が激減し、大きく右寄りになってきたと、国内外から危惧する声を頻繁に聞きます。ただ不思議なことは、差別の象徴ともいえる原発を決して止めようとしないエネルギー政策や、公約と裏腹のTPP推進、国民の8割が反対した秘密保護法の強行採決、集団的自衛権の行使は可能とする憲法解釈変更議論の推進など、ねじれ国会解消を機に、人権尊重の視点は敬遠されているかのような政策を次々と送り出してくる現政権下で、障害者差別解消法が成立し、権利条約が批准されたことです。純粋な保守系の方たちにとっては、「愛する我が国、我が国土の中で、障害者への差別があることは許し難い」ということだったようで、なるほど、そういう考え方もあるのだと知れたことは良かったのですが、実は条約の趣旨をきちんと理解した上での批准というより、まだ「保護の客体」的思考の議員が多かったために批准できたとも言えるのではないかとの思いを抱いています。

条約の考えを広めて差別禁止条約づくりを
 それは3.11を経験してもなお、更に頑丈な原発を造るとか、巨大防潮堤に造り替えるという旧態依然とした政策に至るのは、「自然を克服することが良し」という発想がベースだと思いますし、それは「障害を克服することが良し」とする医学モデルの発想と同じだと思うのです。つまり、国会承認を得て条約を批准したと言っても条約の趣旨を理解した政治家や官僚はごく一部であり、他の政策を見る限り、本当に条約の趣旨を理解しパラダイムシフトが起きて(浸透して)批准に至ったのでは、まだないと見ておいた方がいいと思うのです。
 こう言ってしまうと、とても悲観的に聞こえてしまうかもしれませんが、むしろ、だからこそこの条約を一般に広めていく意味があり、ひいてはそれができれば国の方針や政策自体も、人権や自然が尊重されたものに大きく変えられるという希望がそこにあると思うのです。冠に「障害者」とついているために障害者の為だけの条約や法律のように受け取られがちですが、それをいかに自分にも相通じるものとして理解者を広げていけるか、その手法が問われてくると思います。
 2020年に東京でのオリンピック・パラリンピックの開催が決まったので、これを機にハード・ソフト両面とも、条約の趣旨を具現化させた財産を残し、その効能を東京から全国に波及させていける取り組みが重要です。その為に、各地で障害を理由とした差別を禁止する条例づくりなどを通じて、色んなジャンル、様々な主義主張の人達と繋がり合っていくことが、今後の障害者運動に求められる課題だと考えています。
(いまむらのぼる)

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水俣から水銀条約を問う 世界の水銀汚染防止に向けた第一歩
NPO法人水俣病協働センター理事/水俣病被害者互助会事務局 谷 洋一

2013年10月に「水俣条約」として採択
 昨年10月7日から11日まで,熊本市及び水俣市で水銀条約外交会議が開かれ、「水銀に関する水俣条約」が採択、署名されました。現在、94か国が署名、1か国(アメリカ合衆国)が批准しています。今後50か国が批准を行えば、数年後に条約は発効することになっています。1972年に国連人間環境会議がスエーデンのストックホルムで開かれ、3人の水俣病被害者が「2度と水俣病を繰り返すな!」と訴えてから41年の歳月が経過しました。ようやく、被害者たちの思いが実現するのではと期待する方も多いと思います。
 しかし、政府間交渉会議の議論やその条文を詳細に読んでみると、深刻化した水銀汚染を確実に防止できるのか?大きな疑問が湧いてきます。そして世界における水銀採掘や利用の現実を分析していくと、今回の水銀条約が、「被害拡大をしてはならない」という被害者サイドからの要求によって作られたというよりも、「世界における水銀採掘がほぼ終了し、水銀使用に関する代替案ができたことによって作られた」というべきものであることがわかってきます。水俣で1968年のチッソ・アセトアルデヒド工場の操業停止後、水俣病の政府公害認定がなされたように、経済活動と政府の施策は密接不可分であり、その上でこの条約の意味を理解し、水銀規制をどう進めるかの視点を持たなければなりません。
 水銀汚染防止に向けた国際的な取り組みは、国連環境計画(UNEP)を中心に進められています。UNEPは、2002年の「世界水銀アセスメント」等を踏まえ、人為的な水銀汚染を減らすための取組みを本格化させました。07~08年の作業部会で検討が始まり、10年から13年にかけて政府間交渉委員会(INC)が、ストックホルムや千葉市、ナイロビ、プンタデルエステ、ジュネーブで計5回開催され、2013年10月の熊本・水俣での外交会議で条約が採択されました。


水銀条約外交会議の会議場(2013年10月・熊本)
使用や貿易も禁止されない規制力の弱い条約
 条文は序文に始まり、35条まで目的、定義、水銀供給源と貿易、水銀添加製品、水銀又は水銀化合物が使用される製造プロセス、人力小規模金採鉱、排出、放出、水銀廃棄物、汚染サイト、財源とメカニズムといった内容が盛り込まれていますが、「協力」、「奨励」、「努力」などの言葉が並び、義務づける規定は余りなく、各国の自主性を尊重する内容になってしまいました。それは各国の利害を調整し、参加しやすいものにするといった「政治的配慮」という側面も持ちますが、結果として規制力の「弱い」条約となったのです。
 新規鉱山開発は禁止となりますが、既存のものは15年間も操業が許されました。塩素アルカリ製造工場で使用される水銀については2025年まで許容されました。水銀添加製品についても、禁止品目は、電池、蛍光ランプ、化粧品、農薬、殺生物剤、気圧計、湿度計、圧力計、温度計などですが、これらはポジティブリストと呼ばれ、これ以外の使用は認められることになりました。また、小規模金採鉱の問題も「採鉱及び処理装置での水銀および水銀化合物の環境への放出を削減し、実行可能なら廃絶するための措置をとらなくてはならない」とするだけで、水銀の使用を禁止していません。また、貿易も禁止されていません。
 現在、金の採掘は世界各地で拡大し、アジアでもフィリピン、インドネシア、ベトナム、ミャンマー、中国、モンゴルなど多数の地域で、水銀の利用が拡大しています。これらの現場は劣悪な環境にあり、健康障害が最も懸念される地域ですが、金採掘が優先され、対策は進んでいません。
 水銀条約会合へのメッセージの中で、安部晋三首相は「水銀による被害とその克服を経た我々だからこそ、世界からの水銀の被害をなくすため、先頭に立って力を尽くす責任が日本にはある」と述べ、多くの被害者たちの反発を招きました。水俣病の公式確認から57年を経て、未だ被害の全容解明の調査もなされず、多くの訴訟が起こされる中、2013年4月の溝口訴訟と関西原告Fさんの最高裁判決によって、水俣病認定基準の誤りが明白になりました。水俣病の闘いはまだまだ継続中です。そして、世界の水銀汚染を防止し、被害拡大を防ぐ闘いも、ようやく一歩を歩みだしたばかりです。
(たによういち)

 熊本の「水俣病」と並んで、メチル水銀化合物汚染と して大きな問題となった「新潟水俣病」の解決を求め る「新潟水俣病共闘会議」は、2013年4月の最高裁判 所の「水俣病義務付け訴訟判決によって明確にされた国 の責任を踏まえ、全患者を対象とする網羅的、恒久的な 救済制度の確立を求める」提言を発表し、4月末まで全 国的な賛同署名に取り組んでいます。提言の全文・要 約、署名用紙は次のアドレスからダウンロードできます。
http://www8.ocn.ne.jp/~heiwa/minamatatop.html

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玄海原発の再稼働阻止に向けて
佐賀県平和運動センター事務局長 栁瀬映二


さようなら原発!九州総決起集会(2月16日・佐賀市)
九州総決起集会に2200人集結
 「原発再稼働にNO!いのちが大事!さようなら原発!九州総決起集会」を2月16日、佐賀市の「どんどんどんの森」で開催し、全国、九州各県から2200人が結集しました。主催者の佐賀県平和運動センター原口郁哉議長は、「原発が電力会社の経営のためだけに再稼動されようとしている。原発ゼロは無責任だと言うが、核のごみの処分場のあてもないのに原発を進める方がよほど無責任だ」と批判。激励に駆けつけた鎌田慧さん(さようなら原発呼びかけ人)は、「原発は安価というけれど最も高い。安全と言われたが危険だった。電気が足りないと言われてきたが原発がなくとも現実に電気は足りている。今や脱原発の声は多数派、その声を再稼働反対にどうつなげていくかが問われている」と訴えました。

無責任な九州電力や県知事の姿勢
 3月11日の東日本大震災と原発事故から4年目を迎えるにあたり、佐賀県でも様々な集会が開催されました。3月8日には、佐賀県平和運動センターで「脱原発!福島と連帯する佐賀県集会」を開催し400人が結集。放射性物質で故郷を奪われ、家族が離散した住民の苦悩や葛藤に目を向けました。
 また3月9日には、市民団体が映画「飯舘村~放射能と帰村」を上映、3月11日には各団体が県に対して脱原発の申し入れを行いました。いずれも、原発に群がる一部の企業や政治家の利権だけを考え、国民の命をないがしろに再稼働へと暴走する安倍内閣への憤りと、原発事故を風化させてはいけないとの切実な思いからです。
 しかし、再稼働に対する電力事業者としての見解を求めた質問に「原発は、エネルギーセキュリティ、地球温暖化問題、石油・天然ガスの輸入で4兆円の国富の流失から考えて必要である」と言い切った九州電力の答弁は許せません。福島原発事故により全域避難させられている5町2村の面積の合計は840平方キロ。これは玄海町、唐津市、伊万里市の合計(780平方キロ)より広いものです。避難指示区域だけでも80,000人の方々の仕事と生活、将来の夢を奪っておきながら、そこに思いがいたらない九電の経営姿勢に対し、交渉参加者の怒りが渦巻きました。
 佐賀県知事は原発について「短期的に必要、再稼働も安全性が確認されたものを動かすことは必要。中長期的には、依存度を下げ代替できる基幹的なエネルギーの開発を加速化させるべき」と公言しています。しかし、具体的に再稼働について問えば、「適合性審査が行われており、現時点で再稼働について述べることは時期尚早、規制委員会がどういう説明責任を果たすか注視している」と述べるだけで、原発立地県としての主体性は全く感じられません。県主催の県民説明会についても「審査後について述べる段階でない。再稼働について国にプロセスを求めていく」と述べるだけです。

県民の同意なき再稼働はさせない
 私たちは2014年1月28日~2月6日にかけて全首長、議会議長に「原発の拙速な再稼働に反対し、原子力防災の充実を求める」申し入れを行ってきました。その内容は、「(1)玄海原発3、4号機の拙速な再稼働に反対して下さい。(2)使用済み核燃料の処理計画について具体的に示すよう国及び電力会社に求めて下さい。(3)再稼働にあたっては、『住民の避難に対する実効性ある避難計画』の作成が不可欠であることを国・県及び原子力規制委員会に求めて下さい。」という極めて当たり前の内容で、各自治体、議会とも否定できず、理解を示す以外にありませんでした。
 福島原発事故から3年を迎え、県と20市町の首長に問うた佐賀新聞のアンケートで、原発再稼働については賛成1人、条件付き賛成15人、反対4人となっています(県は無回答)。再稼働する場合の地元同意の範囲については「立地自治体と緊急時防護措置準備区域(UPZ)圏内」8人、「県内全自治体」6人、「立地自治体」2人、「その他」5人となっています。私たちの今後の運動では、一つは「福島の現状を忘れない」こと。2つには県民に見える運動をつくるためにも市民団体や全国及び九州ブロックとの連帯と連携を強めること。3つ目には「県民の同意がなければ再稼働はさせない」という大衆レベルでの運動をどうつくるか、にあると思います。
 そのためには、コアキャッチャーの設置義務や国際原子力機関(IAEA)が提唱する5層の多重防護を課すことなど、規制委員会に対して「新規制基準にない安全対策」を求めること。使用済み核燃料の最終処分のあり方を国民の前に明確にさせることなど執拗に求めるべきと考えます。また、地元同意の範囲を明確化させ、最低でも再稼働に対するUPZ圏内全自治体の同意を条件に入れさせる必要性があると思います。玄海原発3・4号機の再稼働が目の前に迫ってきていますが、全国の仲間とともに、さらに運動を強めていきたいと決意しています。
(やなせえいじ)

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《投稿コーナー》
日本はなぜ男女平等が進まないのか?「男性稼ぎ主型」が作る差別と貧困
I女性会議 事務局次長 池田万佐代

 世界経済フォーラム(WEF)の男女平等度ランキング(2013年版)で日本は136カ国中105位となりました。そこで、格差が拡がるばかりの日本の女性差別の原因を考えてみたいと思います。


男女別・年齢階層別相対的貧困率(2010年)
国連も民法や戸籍法改正を勧告
 政府は法的差別的規定について国連の差別撤廃委員会から以下の勧告を受けています。(1)婚姻最低年齢を男女同じ18歳にする(現行は女性のみ16歳)、(2)離婚後女性にだけ課せられる再婚禁止期間の撤廃、(3)選択的夫婦別姓制度の採用、(4)婚外子とその母の差別的取り扱いの撤廃―などです。婚外子の相続分規定については昨年12月に法改正が行われましたが、婚外子か否かの記載を義務付ける戸籍法は手つかずのままです。(1)~(3)にいたっては議員立法案さえ提出されていません。
 女性が自立し差別されず生きていくことを「見えない家族制度」で縛っているのが今の民法と戸籍法だといえます。現在、民法の夫婦同姓規定は憲法や女性差別撤廃条約に違反しているとして「国家賠償訴訟」が闘われています。請求は昨年5月に棄却され、3月28日に出される控訴審判決に注目したいものです(3月17日時点)。I女性会議も、選択的夫婦別姓訴訟を支えていきたいと思いますが、実は民法の問題は日本の女性差別構造の氷山の一角といえます。
 格差と貧困の拡大が問題にされていますが、深刻なのは女性、特に母子家庭と高齢女性の貧困です。「男女別配偶者の有無別子どものいる世帯の貧困率」(平成22年内閣府男女共同参画局資料)では、父子家庭で最も貧困率が高いのは20代の36%。母子家庭は全ての年代で貧困率が高く、20代では80%に近くなっています。また、年齢別の貧困率では80代女性が最も高くなっています。

 これは、男女の賃金格差が一向に改善されない(正社員で男性の70.2%:2013年)うえに、出産を権利として保障する企業の姿勢がなく、保育所などの社会的インフラや育児休業補償などの不備もあって退職せざるを得ず、再就職の際は低賃金で不安定な非正規職しかない実態(M字型雇用)から、十分な年金が受けられないといった、何重もの社会システムの不備がもたらしたものです。付け加えれば、女性労働者の57%が非正規であり、4割強が年収300万円未満で低賃金です。

女性の経済的自立をはばむ税制や法制度
 男性稼ぎ主型の雇用形態は、扶養手当、住宅手当、祝金、弔慰金などもいわゆる「世帯主」に支払われ、男女の所得格差は増えるばかりです。
 税制も健康保険制度も「夫が稼ぎ、妻が補助的に働くか専業主婦プラス子ども」という世帯構成で作られています。いわゆる「103万円の壁」は所得税がかかるか、配偶者控除を受けられるか否かの年収ライン。「130万円の壁」は夫の扶養から外れ、国民年金・国民健康保険を支払うラインです。これが女性の経済力をそぎ、年金権をも奪う悪法だとわかっていても、世帯の収入が減ったり、妻が不安定雇用では、その範囲内で働かざるを得ないのが現状です。
 この考えは災害時も適用されます。「災害弔慰金の支給に関する法律」では主たる生計維持者の死亡には500万円、他は250万円となっており、「主たる生計維持者」の判断は所得税法の「扶養」を基準としています。その結果、共稼ぎ世帯では遺族は250万しか受け取れません。住宅再建のための被災者再建支援金も、東京電力の補償金や義援金さえも主に「世帯主」にしか支給されないのです。しかし、必ずしも家族が同居しているとは限らず、DVで別居している場合もあります。その場合、女性や子どもには支援金が全く行き渡らないのです。
 このようにあらゆる制度にある「男は仕事・女は家庭」という「男性稼ぎ主型」の考え方こそがジェンダーバイアスであり、男女差別と女性の貧困をシステムとして作り出している原因といえます。
 では、いま政府から出されている配偶者控除見直しと世帯課税はどうでしょう?安倍政権は、さらなる非正規雇用と労働者の無権利状態を生むような労働法制の改悪とセットでこの税制を検討しており、女性の経済的自立や均等待遇とはかけ離れています。女性の経済的自立がはばまれることで、税制、法制度でも不利に扱われ、「男性に依存しなければ生活できない」状況がDVや不本意な婚姻「、女性に対する差別意識」を醸成しているのが日本の現状なのです。
 平和フォーラムで一緒に運動している皆さん。ぜひ、組合の春闘要求や国への政策要求の時に、ジェンダーフリーの視点で「要求」を見直してください。女性が生きやすい国は男性も生きやすい国です。一緒に、女も男も経済力を持ち、真に平等な社会をめざしましょう。
(いけだまさよ)

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核セキュリティーサミットで議題─日本のプルトニウム問題

300kgのプルトニウムを返還
 3月24日からオランダ、ハーグで開かれた第3回核セキュリティーサミットでは、日本のプルトニウム問題がついに議題となりました。ウクライナ情勢など不確定要素もありましたが、発表された日米共同声明案では、主に東海村の高速炉臨界実験装置のプルトニウム約300kgが米国に返還されることについて盛り込まれています。原発の使用済み燃料から取り出した44トンものプルトニウムが使い道もなく貯められ、さらに年間8トンものプルトニウム生産を六ヶ所で開始しようとしている異常な状態にも、国際社会のスポットライトが当てられました。
 日本原子力研究開発機構(JAEA)の東海研究開発センター「高速臨界実験装置(FCA)」で保管されているプルトニウム約300kgは長崎型原爆40発分以上もの量で、そのまま核兵器の製造に使えるものでもあり、米核管理研究所の故ポール・レベンサール所長や米プリンストン大学のフランク・フォンヒッペル名誉教授などの専門家が、警備体制のない研究所に置いておくことの問題点を指摘し、米国への返還を提唱していました。同センターには兵器級高濃縮ウラン約200kgも保管されています。
 FCAは、もんじゅのような高速炉の模擬実験を行うためのもので、1967年に初臨界、70年からは高速実験炉「常陽」の模擬実験、75年からは「もんじゅ」の模擬実験を行っていますが、実際にはほとんど燃焼させないので、プルトニウムなど核分裂性物質の量は減っていません。同様の核燃料サイクル研究に関わる臨界実験施設が日本には10施設も存在し、8ヶ所がIAEAの保障措置の対象となっています。

プルトニウム保有量の最小化を約束
 今回53か国の首脳級が参加した核セキュリティーサミットでは、核兵器の製造につながる高濃縮ウランやプルトニウムの保有量の最小化を図るよう各国に奨励するコミュニケを採択しました。この原則に則して、日本政府も自ら再処理のモラトリウムを宣言するなどのイニシャティブを取ることが、最も国際社会に対して、わかりやすい明確な選択ではないでしょうか?安倍首相が「利用目的のないプルトニウムは持たない」とサミットの席上で断言したところで、増殖炉の当面の代替のはずだった経済性のないMOX使用のめども立たない中、再処理を動かせばプルトニウム在庫の倍増が目に見えている状態では、名目だけの「利用目的」が虚しく聞こえます。


プルトニウム約300kgを返還する高速炉臨界実験装置(FCA)
─ 日本原子力研究開発機構のサイトより
44トンのプルトニウムは?
 米国に返還するプルトニウムと、その他の44トンとは、日本の原子力発電所内の核反応で出来たプルトニウムなので、米国が返還要求しないという違いがあるだけで、性質に違いがあるわけではありません。核テロなどの危険性も同じです。東海村の300kgのプルトニウムをテロ対策として米国に返還して処分してもらうなら、ヨーロッパにある日本保有の約34トンのプルトニウムも「処分」してもらうのが妥当ではないでしょうか?間もなくエネルギー基本計画に入れられるプルトニウム保有量を数年で倍増させる「核燃料サイクル計画」は、核セキュリティ上も許されるものではありません。
 オバマ大統領自身、前回の核セキュリティーサミットが行われたソウルでの演説で、「テロリストの手に渡らぬようにしようとしている、まさにその物質─分離済みプルトニウムを大量に増やし続けることは、絶対にしてはならない」と述べています。日本のプルトニウム問題は、国際社会の核拡散上の問題として、言い訳のつかない状態のまま、のっぴきならない最終段階に突入しようとしています。

核燃料サイクル計画の変更を
 オバマ大統領も、次のサミットが2016年に米国で開かれることもあって、各国の取り組みを加速させるよう呼びかけています。日本の核燃料サイクル政策の変更が六ヶ所再処理工場の本格稼働を前にしたまさに今、問われています。核テロ対策としての原子力施設の関係者の個人情報を確認する制度が無いのは、原発をもつ主要国の中では日本だけです。さらに、東京電力福島第1原発事故で燃料プールのリスクが問題になった経緯から、使用済み核燃料や高レベル廃棄物などの「核のごみ」の管理についても「適切なセキュリティー計画」の策定が必要とされました。安倍首相は、オランダ・ハーグから迅速な対応を迫られる宿題を持ち帰ってきました。核セキュリティの面からも核燃料サイクル計画を変更しなければなりません。

もんじゅで減容を謳いながら「増殖」も維持
エネルギー基本計画の小細工

 2月25日、政府は、原子力関係閣僚会議を開いてエネルギー基本計画の政府案をまとめました。自民党と公明党の話し合いを経て近い内に最終案が閣議決定されると見られています。もんじゅの高速増殖炉としての役割について変更があるのではとの噂がありましたが、「増殖」という文字は消えたものの、実質的には、もんじゅの高速増殖炉研究は生きており、これが六ヶ所再処理工場の本格運転開始の正当化に使われようとしています。

消えた「増殖」の文字
 増殖の文字が消えたのは、小泉元首相の核廃棄物問題を巡る発言などを背景に、廃棄物の「減容・毒性低減」に高速炉が役立つかもしれないということを前面に出した方がもんじゅ延命が受け入れられやすいとの判断があったからでしょう。
 しかし、元々、もんじゅは、プルトニウムを消費しながらこれを増やす「夢の」高速増殖炉の原型炉として設計・建設されたものです。高速増殖炉は、使用済み燃料を再処理してプルトニウムを取り出す核燃料サイクルの中核をなすものとなるはずでした。プルトニウムを普通の原子炉「軽水炉」で燃やすプルサーマル計画は、高速増殖炉の開発が遅れている間の暫定的措置として位置づけられてきました。プルトニウムを増やさないで、他のゴミと共に減らすためだけを目指す炉の研究にもんじゅを使うとなると、六ヶ所再処理工場を含む核燃料サイクル推進の正当化がますます困難になります。
 昨年12月の経済産業省総合資源エネルギー調査会基本政策分科会の案と2月25日の政府案の間の違いを見てみましょう。
《12月案》
もんじゅについては...もんじゅ研究計画に従い、高速増殖炉の成果のとりまとめ等を実施する。
《2月25日案》
もんじゅについては...もんじゅ研究計画に示された研究の成果を取りまとめることを目指す。
増殖という文字が出てくるのは、12月案全体の中でもここだけです。2010年6月のエネルギー基本計画で2050年より前の商業炉導入を謳っていたのとは大分違います。2月案では完全に姿を消してしまいました。

「もんじゅ研究計画」でサイクル計画を正当化
 しかし、注目すべきは「もんじゅ研究計画に示された研究の成果を取りまとめる」という部分です。文部科学省「原子力科学技術委員会もんじゅ研究計画作業部会」(主査:山名元京都大学原子炉実験所教授)が昨年9月にまとめた「もんじゅ研究計画案」はもんじゅを次の「3点を担う中核的な研究開発の場」と位置づけているのです。(1)「高速増殖炉プラントの技術成立性の確認を含む高速増殖炉技術開発の成果の取りまとめ」(2)「高速増殖炉/高速炉システムを活用した廃棄物の減容及び有害度の低減等を目指した研究開発」(3)「原子力発電システムとしての高速増殖炉/高速炉の安全技術体系の構築を目指した研究開発」。
 2月案はこのもんじゅ研究計画の実施を組み入れたままとし、「核燃料サイクル政策については...再処理やプルサーマル等を推進する」と述べています。六ヶ所再処理工場を抱える青森県の東奥日報はこの決定について2月26日の記事で次のようにまとめました。「結果的に増殖炉の研究計画は継続となったが、減容化への看板掛け替えとなっていれば、本県が中核施設を抱えるサイクル政策は大きく後退していた。現行のもんじゅの技術研究計画は、増殖技術と減容化技術の確立を併記している...。今回は現行のもんじゅの研究計画が維持され、核燃料サイクル政策へ大きな影響を与えることにはならなかった。」

「核変換」で減容・毒性低減の夢と再処理の矛盾
 減容・毒性低減というのは、基本的には、寿命が長く発熱性の超ウラン元素を再処理で取り出した後、核分裂(核変換)させて短寿命のものにするということです。しかし、六ヶ所再処理工場で使われているピューレックス法では、プルトニウムとウランだけを取り出すので、プルトニウム以外の超ウラン元素は他の高レベル廃棄物と一緒にガラス固化されてしまいます。減容・毒性低減を目指すなら使用済み燃料をそのまま貯蔵し、新しい再処理技術・燃焼技術の開発を待つべきです。
 また超ウラン元素の核変換には時間がかかります。これらを高速炉で核変換させるというのを何百年もかけて繰り返せば、廃棄物内の超ウラン元素の総量は、軽水炉の使用済み燃料内の量の数パーセントまで減らすことができるでしょう。しかし、「全米科学アカデミー(NAS)」による大がかりな研究の結論は、「被曝量のいかなる低減も、核変換の費用と運転のリスク追加を正当化するようなものではないと見られる」というものでした。

もったいないプルサーマル計画とセキュリティー
 それに、プルトニウムを増やすことを目指すなら、今再処理で分離して、無理矢理軽水炉で燃やしてしまうのはもったいない話しです。しかも近い将来にプルトニウムを燃やせる原発がどの程度再稼働となるかまったく分からないという現状では、高速増殖炉の実用化まで使用済み燃料を中間貯蔵しておくべきでしょう。増やしたいのか減らしたいのか分からない曖昧な政策の下、すでに核兵器5000発分以上のプルトニウムを持つ日本が、プルトニウムをさらに分離し続けるというのは、核セキュリティーの面から言っても大きな問題であり、その意図が国際的に問われることになるでしょう。
(田窪雅文:核情報主宰)

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永田町から ――
一瞬息がとまってしまうような本末転倒

 ドイツの歴史ジャーナリスト、セバスチャン・ハフナーの歴史書が好きだ。そのリズム感、論理の明快さ、エピソードの豊富さなどで読むものを引き込んでいく。最も読まれた本が『ヒトラーとは何か』(草思社)だろう。「ヒトラーという疑問、ナチスという異常現象の謎をこんなに明快に解いてみせた人はいなかった」と翻訳者の赤羽龍夫が書いているとおり(昨年1月に瀬野文教の新訳が出たが)。
 1939年9月、ポーランドに侵攻し第二次世界大戦を引き起こしたヒトラーはその2ヶ月後、「口はばったいことをいうようだが、最後の決断を下すのは私だ。余人をもっては代えがたいのだから。帝国の運命は私ただ一人にかかっている」と発言をした。これを引用した後、へフナ―は言う。「ようするにこの男は結局のところ、歴史より自叙伝のほうが好きだったのだ。国家や民族の運命よりも自分一個の人生を優先したのである。ほんとうに一瞬息がとまってしまうような本末転倒、誇大妄想的な考えだ」。
 このヒトラーと同じような男の姿が浮かんできますよね。そうそう、安倍晋三首相。この間、安倍はなぜこのような時代に逆行した乱暴なことをするのか、と聞かれることが幾度かあり、その都度「岸元首相のできなかった憲法改正をやってのけ、出来の悪い孫として見返したい」「一度政権を途中で投げ出し、思いがけずに再び政権を手にしたので、中途挫折のリベンジ」「戦後保守が政権をほとんど担ってきたにもかかわらず、奇妙なほどに被害者意識が強く、その被害者意識がなせる過激さ」「憲法に穴をあけるという一点だけが目的だから、96条先行改憲であれ集団的自衛権の解釈合憲であれ、論理も整合性も歴代内閣の継続性も裏口か表口かなども一切関係ない」などと述べてきた。
 でも、これからは「ようするに安倍晋三は、歴史よりも、日本の社会や自然よりも、アジアどころか日本の人びとよりも、憲法を壊したという自叙伝のほうが好きな本末転倒男なのだ」と言おう。それ故、ヒトラー同様に破壊力はすさまじい。心してかからなければならない。
 ただ、弱点はある。彼の人生プログラムを変更させれば躓く。集団的自衛権について、安倍が描く政治日程をくるわせること。「首相周辺からは『今国会は難しい』と弱気な声も漏れ始めた」(『朝日新聞』3月7日)と伝えている。弱気を拡大させるのに最も効果的なのは、集団的自衛権行使反対の声だ。その声を響かせることだ。
(立憲フォーラム事務局福田誠之郎)

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〔本の紹介〕
宮本常一短編集 見聞巷談
宮本常一著 田村善次郎編 八坂書房 2013年刊

このところ、全集の刊行や雑誌等で取りあげられる機会の多さなど、その周辺はにぎわっている印象がある。宮本常一は1907年、現在の山口県周防大島町に生まれ、81年に没するまで、日銀総裁や大蔵大臣を務めた渋沢敬三に「宮本君の足跡に赤インクを落とすと、日本地図が真っ赤になるであろう」と言わせたほど、日本中を旅して歩き、膨大な文章を書き遺した民俗学者である。
 私にとって宮本は長い間、「とても気になるけれど、どこから入ればよいかわからない」というような存在だった。多くの著作を前に立ち尽くし、いくつか読んでみて、それなりに思うところはありながら、どこか消化不良の感が否めない自分がいた。宮本についての評論や分析が行われた文章を読めば、さらにそうした思いが募っていた。
 そんなところへ刊行されたのが本書である。「短編集」とあるように、本書は宮本が新聞や雑誌などに書いた短い文章を集めて収録したものだ。編者あとがきに、「要点が簡潔・軽快に書かれた短文を通読すると、厖大な著作群を読まずして、宮本常一の考えがくっきりと浮かび上がってくる」と記されているように、入門書としても適した内容となっている。6つの章で構成される本書の中でも、やはり旅に関する章はひときわいきいきとしている。幕末の時代に旅した学者、菅江真澄のことを取り上げて、「こうした旅人の多くは、単なる旅人ではなく、旅さきの人たちの味方でもあった。だからいつでも相談相手になったのである」(旅にまなぶ―ほしい心のふれあい)と書いている。宮本もそれを実践し、旅で出会う人々に、廃れてしまった地域の伝統芸能を復活させるためのアドバイスを行ったり、地域の振興策についてともに考える場を持ったりするなど、積極的に地域になじんでいた。
 宮本は戦前から戦後の高度経済成長の時代にかけて、その波に取り残される農山漁村に対して、地域の自然や伝統を活かしながら自立する道を説いた。それは原発や基地を誘致して、交付金を当てにするような考え方とは対極にあるものだ。人々の欲望を吸収し、「光り輝いていた」都市というものが年老いた今だから、余計にそんな宮本常一が求められるのではないだろうか。
(阿部浩一)

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核のキーワード図鑑


首相の頭は富国強兵

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「戦争をさせない1000人委員会」が出発集会

 3月20日、東京・日比谷野外音楽堂で、「憲法を破壊する集団的自衛権行使反対!戦争をさせない1000人委員会出発集会」が開催されました。悪天候の中でも約4000人もの参加者が集まり、大江健三郎さん(作家)や鎌田慧さん(ルポライター)、山内敏弘さん(憲法研究者)、池田頼将さん(元イラク派遣航空自衛隊員)、小山内美江子さん(脚本家)、落合恵子さん(作家)、佐高信さん(評論家)などが「集団的自衛権行使容認へ突き進む安倍政権の暴走を止めよう」などとアピール。各党代表からも決意表明があり、最後に福山真劫・平和フォーラム代表が署名活動への協力や集会・学習会などを呼びかけました。

戦争をさせない全国署名への協力を
 安倍政権は、早ければ今夏にも「解釈改憲」と閣議決定による「集団的自衛権行使」容認を強行することが予想されています。この動きに強く反対するため、「戦争をさせない全国署名」運動をすすめています。皆様のご協力をお願いします。

第1次署名締め切り:5月31日
署名集約先:戦争をさせない1000人委員会事務局
〒101-0062東京都千代田区神田駿河台3-2-11
「平和フォーラム」気付詳しくはこちらから
http://www.anti-war.info/shomei/

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