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ニュースペーパー2014年7月号

2014年7月 1日

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「戦争をさせない全国署名」175万名分を提出
「戦争をさせない1000人委員会」は、5月15日に出された安保法制懇報告をもとに、安倍首相が「閣議決定による集団的自衛権行使容認」を強行しようとしていることに反対し、連続して集会や抗議行動にとりくんできました。6月12日には、全国各地でとりくんできた「戦争をさせない全国署名」の第一次分、175万6368名分を、政府と衆参両院に提出しました。衆院・参院ではそれぞれ副議長に直接、署名簿を手渡し強く要請しました。しかし、安倍首相宛の署名については直接の受け取りが拒否され、呼びかけ人の鎌田慧さん(ルポライター)などが官邸前で激しく抗議を行いました。
同日夜、日比谷野外音楽堂では「署名報告集会」が開かれ、市民など約3000人が参加。1000人委員会事務局長の内田雅敏さん(弁護士)が経過を報告し、作家の大江健三郎さんらが、「安倍首相は戦争を推し進める戦前のレジーム(体制)に戻そうとしている」と批判し、「安倍政権の暴走を許さない。全国でさらに大きな運動を作っていこう」などと呼び掛けました。集会後、参加者は総理官邸前や国会周辺に移動し、国会議事堂を取り巻いて「安倍政権の暴走をとめよう!」「戦争はさせないぞ!」などと力強くシュプレヒコールをおこない抗議しました。署名は9月末に第二次分を集約し提出の予定。(写真は6月12日夜、官邸前) 

インタビュー・シリーズ: 91
勝手にやられていること、危機的状況にあること。
作家 雨宮処凜さんに聞く

雨宮処凜さん
あまみや・かりんさんのプロフィール
 1975年、北海道生まれ。愛国パンクバンドボーカルなどを経て、00年、自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)を出版し、作家デビュー。06年からは新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『生きさせろ!難民化する若者たち』(太田出版)は、JCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。

─現在の活動に至るまでを教えてください。
 1993年に大学進学をきっかけに、北海道から上京しました。出身地で思い出すのは凍えそうな寒さと、学生時代にいじめがあったということでしょうか。最近の活動に至るまで、色々なことをしてきたんですけど、そのきっかけっていうのが、95年の1月にあった「阪神・淡路大震災」です。上京してからしばらくして、ほぼフリーターみたいな生活を送っていた時期があるんですが、ちょうどその頃に「阪神・淡路大震災」が起きて、そしてその後すぐに「地下鉄サリン事件」が起きました。ちょうど二十歳だったと思います。これまで延々と積み上げてきたものが、一瞬で崩壊していく様を目の当たりにして考えたんです。学校時代ずっと「がんばれば報われる」みたいに教えられ、受験戦争の中、いじめとかに堪えて勉強して来たことが、ある意味バブル崩壊のように、全部無になってしまう。これまでの、昭和の価値観が通用しない時代に突入しつつある。たぶん今までの戦後の価値観のままでは生きられなくなっていくのだろうと思って、社会とか政治のことを考えるようになりました。
 ちょうどその年は、戦後50年という年だったんです。戦争のこともよくわからないし、少し勉強してみようと思って、集会に行ってみました。最初に左翼的主張の集会に行ってみたんです。でも、何言ってるか、難しくて全然わからなかったんですね(笑)。それで次に、右翼の人たちの集会に行ったんです。そうしたら、そこで主張していることがすごくわかりやすかったんですね。で、とにかくアメリカと戦後民主主義が悪いと言う。どういう意味かよくわからなかったんですが、「自分が悪いんだ」って自分を責めてしまっていた時に、「悪いのは自分じゃないんだ」って、ちょうどぴったりと合ってしまったんだと思います。

─「がんばれば報われる」って言葉がありますが、その一言じゃ片づけられないことがありますよね。
 考えてみると、バブル期に「がんばる」っていうのと、今の時代の「がんばる」っていうのだと報われ方が違うと思うんですよ。例えば、就職だってそうですよね。超氷河期と言われた時と、バブル期では全く違いますよね。それなのに、就職できなかったら、「自己責任」だと言われる。状況がまったく違うのに、うまくいかなかったら、本人が悪いという扱いを受ける。それは違うんじゃないかな、と思うんです。時代状況が違うのに、同じ価値観を押しつけられて、みんな苦しんでいるというのが現状じゃないでしょうか。5月23日に出版した新刊(本の紹介コーナーを参照)があるのですが、その中でも書いていることなんですが、社会の中に、今までの価値観や倫理観では解決できないことが増えているんだと思います。経済的格差が広がって、そしてそのことがさらなる差別を生んでいる。例えば、大人が思う以上に子どもたちって敏感なんですね。今の子どもたちは、自分の与えられた状況を、将来を見切ってしまっている面があると思います。単純に勉強が嫌いな子もいるとは思いますが、自分が進学する経済状況にないことやそういった条件が整っていないことに対して、「勉強したくない」っていう言い方をして、親をカバーするというか、周囲を納得させるというか、あきらめるとかしてるんですよね。格差が広がるというか、格差が固定していくみたいな時代状況なんです。

─生きづらい若者たちというのは、いつ頃から顕著になったんでしょうか。
 いつ頃というか、ずっと生きづらい若者はいたんでしょうけど、やっぱり90年代からの雇用破壊というのが、若い人たちの生活基盤を根本から壊した原因ではないでしょうか。非正規雇用の拡大によって、どれだけ働いても、まともに収入を得られないというか、自立できないというか。爆発的にそういう若者が増えたのが、90年代からで、市場原理主義というか、社会が変わったんですよね。いまや、生活保護法も改悪されて、最後の助け舟であった部分、セーフティーネットも切り捨てられて、全く安心感がない社会になってますよね。今の社会には、一つも良くなる兆しがありません。がんばったらどうにかなるっていう安心感は全くないんです。

─今の若者が、ヘイトスピーチなどに参加していますが、どう思いますか。生きづらい自分たちの不満のぶつけ方を間違っているように見えませんか。
 ヘイトスピーチは間違っている。しかし、一定数の人が絶対に報われない社会である限り、こういうことは起こりえると思います。社会における自分の状況、いろんなものを剥奪されている本当の原因を知ろうとすると、莫大な労力がいるんです。時間をかけて勉強しなくちゃいけない。でも、非正規や日雇いで働いている人には、時間もお金もないし、そんな労力もない。そこで、ネットで調べたりすると、右翼の思想の方が力をもっているというか、先に辿り着くんですよね。在日特権なんかフィクションだということはわかっているんだけど、「こいつらが悪いんだ」と敵を名指ししてくれて、ガス抜きをさせてくれるので、手軽なんだと思います。構造の本当の原因がわかったとしても、それを解決するのに、相当の労力を使わなくちゃいけない。それなら、「俺達を追いこんでいるのは、あいつらが悪い」とした方が、手軽にストレス発散も出来て、尚かつ、ある意味、正義感も満たしてくれるんです。自分が良いことをしているかのような錯覚をしてしまい、それが唯一の社会参加になってしまっているのがまずいところです。リベラル側は、彼らの行動を批判するのみになってしまっていて、本当はその不満だったり、原因だったりを名指ししたり一緒に解決するために考えるという方向になるといいと思うんですが、右翼思想の若者と対立してしまっている面がある。この構造はどうにかしなくちゃいけないと思います。

─貧困の中で自ら命を絶ったり、苦しんでいるような若者は、安倍政権の政策をどう思うと思いますか。
 中には、戦争のために犠牲になることも必要だと考える若者もいると思います。でも、それは自暴自棄になっているようなものじゃないかと思います。どうせ生きていても、最底辺で生きているだけだったら、戦争でも起きて流動化したら、自分が這い上がっていけるって考える人はいます。もう何年も前に「希望は戦争」という論文(赤木智弘・2007年)が話題になりましたが、今も「戦争待望論」をもっている人はいますよね。「戦争待望論」を若者に言わせるくらいに、社会がダメだというか、日本が病んでいるってことです。逆にいえば、今の平和な日本を守ろうということが、一部の人にとっては、辛い状況をこのまま我慢しろという意味に聞こえてしまっている。ブラック企業の蔓延など、いろんな他人の人権を踏みにじることで成り立っている社会を継続しようと聞こえてしまい、自分たちの既得権益を守ろうとしている人に見られてしまう場合もある。
 今が厳しいという方がかなり多数派になっている、今が戦争していないから平和というわけではなくて、そういう人たちにとっては、国は平和だけれども自分は生存競争という戦争の中にある、そういう見方もできると思うんです。単純なことではありません。
 労働法で自分が守られるということすらわからない、自分がどのような権利を持っているのか、そのことにリアリティーが持てないような人もいます。それほどに雇用の質が落ちているんです。労働基準法が適用されるような世界で働いていないというか、法律が自分を守ってくれるということも考えもつかないし、この厳しい状況で自分のようなものを雇ってくれるだけでもありがたいんだっていう風に思ってしまって、きびしいノルマを課せられたり、暴力を受けながらも働いているんです。そういう人たちからすると、労働組合なんかは既得権益と捉えてしまうこともあるでしょう。

─「戦争をさせない1000人委員会」に参加してもらっていますが、今、やらなきゃならないことは何でしょう。
 安倍政権がやっていることは全部が全部ひどいことだと思うんです。それに対して、いろんな動きがありますけど、集団的自衛権のこともそうですし、雇用の問題も、生活保護の減額の問題も、それぞれが批判しているけど、バラバラなんです。みんな一緒にやらないとなかなか現状を変えられないと思います。一つひとつの課題に対するのでは闘いきれないのではないか、とにかく安倍政権がダメだという運動にはなるべく参加しています。バラバラだと本当にきりがないですね。「安倍政権打倒」みたいなことが必要かも知れません。
 安倍政権は、なぜか支持率が高い、だから、好き勝手やっている。何とかしなくてはなりません。「戦争をさせない1000人委員会」の活動は、大きな希望でもありますね。というか、この活動がダメだったら絶望的ですね。集団的自衛権など、「自分たちが賛同していないのに、今の政権に勝手にやられていること、ものすごく危機的状況にあること」を伝えていくっていう責任があると思っていますし、しっかりやっていきたいと思います。

インタビューを終えて
 喫茶室のテーブルを挟んで窺う表情は、沈んでいる。雨宮さんは、真からこの国のあり方を憂いているのだ。経済成長を追い求めた日本社会は、バブル崩壊以降明らかに変わった。にもかかわらず、政治は変わらない。安倍首相がいう「再チャレンジのできる社会」。その虚妄がこの人の憂いなのか。チャレンジさえできない多くの若者がいて、不満は鬱積している。自身の権利さえ知らされずに、変わることができるなら「戦争」さえ選択肢にあがる。その若者の沸々とした思いを受け止める社会でないとならない。
(藤本泰成)

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集団的自衛権が「国民の命を守る」と説く虚構
安保法制懇報告と安倍首相の「基本的方向性」の問題点
名古屋学院大学准教授  飯島 滋明  

 5月15日、「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇)は報告書を安倍首相に提出した。報告書を受け取った安倍首相はその日の夕方に記者会見を行い、約30分間の記者会見で「国民の命と暮らしを守る」と20回近く繰り返した。その上で、「限定的な集団的自衛権の行使についての研究を進める」と発言した。
 「国民の命と暮らしを守る」ために今までの政府の憲法解釈を変更し、限定的な集団的自衛権を認めると言われると、なんとなく納得してしまうかもしれない。しかし結論から言うと、報告書の提言のような憲法解釈では、実際には日本人の生命や暮らしの保護にはほとんど関係のないアメリカの戦争や武力行使に無制限に参加させられ、かえって日本人が海外での戦争で犠牲になる可能性がある。安倍首相の記者会見の事例や、その後の15事例も、現実を無視した想定に基づく事例である。ここでは報告書の内容と安倍首相の記者会見の内容などについての問題を指摘する。

武力攻撃に至らない侵害にも「実力行使」─報告書の問題点
(1)「集団的自衛権」について報告書では、「米国が攻撃を受けているのに、必要な場合にも我が国が十分に対応できないというのであれば、米国の同盟国、日本に対する信頼は失われ、日米同盟に甚大な影響が及ぶおそれがある。日米同盟が揺らげば我が国の存立自体に影響を与えることになる」とされ、集団的自衛権の必要性が説かれている。
 日米同盟がなければ日本の存立に影響を与える→だから集団的自衛権、との考えでは、アメリカの戦争すべてに日本は協力することになろう。報告書では「個別具体的な事例に則して主体的に判断すべきである」とされているが、最近の自民党政権がアメリカの要求を拒否したことがあっただろうか?
(2)「集団安全保障」について「集団安全保障」について報告書では、「軍事的措置を伴う国連の集団安全保障への参加については、我が国が当事国である国際紛争を解決する手段としての『武力行使』に当たらず、憲法上の制約はないと解すべきである」とされている。その上で、「イラクのクウェート侵攻のような国際秩序の維持に重大な影響を及ぼす武力攻撃が発生し、国際正義が蹂躙され国際秩序が不安定になれば、我が国の平和と安全に無関係ではありえない」と記されている。
 「イラクのクウェート侵攻」が「我が国の平和と安全に無関係ではありえない」との考えであれば、地球上のどのような紛争も「我が国の平和と安全に無関係ではありえない」ことになり、どのような国際紛争にも軍事介入が可能となろう。
(3)「グレーソーン」について「武力攻撃に至らない侵害への対応」、日本では「マイナー自衛権」とも呼ばれてきた「グレーソーン」の問題だが、「武力攻撃に至らない侵害への対応について、現代の国際社会では、その必要性が高まってきており、各種の事態に応じた均衡のとれた実力の行使も含む切れ目のない対応を可能にする法制度について、国際法上許容される範囲で、その中で充実させていく必要がある」とされている。「自衛権」というと「正しい戦争」というイメージがあるかもしれない。ただ、自衛権という概念は侵略戦争を正当化するために濫用されてきた。そこで国連憲章では「武力行使の禁止」が原則とされ(国連憲章2条4項)、例外的に自衛権が認められるのは「武力攻撃が発生した場合」(国連憲章51条)に限られている。
 ところが報告書は「武力攻撃に至らない侵害」に対し、自衛隊の「実力の行使」を認めるように提言している。「武力攻撃に至らない侵害」に「実力の行使」という報告書の提言は国連憲章、ひいては憲法の「国際協調主義」に合致するのだろうか?かつて「国際連盟規約」や「不戦条約」で「戦争」が禁止されていたが、日本は「武力の行使」「事変」と称して戦争を遂行した。だからこそ憲法では「国際協調主義」が基本原理とされ、「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする」(憲法98条2項)とされている。
 報告書は、「武力攻撃に至らない侵害」に対し、国連憲章では認められていない「武力の行使」でなく、「実力の行使」だから良いと主張するのだろうか?「武力攻撃に至らない侵害に対して措置を取る権利を『マイナー自衛権』と呼ぶ向きもあるが、この言葉は国際法上必ずしも確立したものではなく、また、国連憲章第51条の自衛権の観念を拡張させているとの批判を内外から招きかねないので、使用しないことが望ましい」と報告書に記されている。ただ、国連憲章に照らして避けられるべきは「マイナー自衛権」という「用語」の使用ではない。「武力不行使の原則」(2条4項)を基本理念とする国連憲章の理念にしたがい、武力攻撃が発生する前の段階では軍隊の実力行使を認めず、外交や警察で対応することである。


(図は総理会見時におけるパネル資料より)
限定的集団的自衛権の非現実性─首相記者会見の問題点
 安倍首相は報告書が提出されたのちの記者会見で「戦闘地域から日本に避難する日本人を乗せたアメリカ艦艇への攻撃」という事例を挙げ、集団的自衛権の必要性を説いた。戦場にいるアメリカ艦艇が外国人である日本人を乗せることがあるだろうか?戦闘地域にいるアメリカ艦艇が日本人を避難させるために戦場を離れて日本にむかうことがあるだろうか?あまりに非現実的な、少しでも考えれば噴飯ものの事例であり、恥ずかしくもなくこうした事例をテレビなどを前に真顔で挙げ、集団的自衛権の行使の必要性を説いた安倍首相には敬意を表する。
 記者会見で挙げたもう一つの事例である国連平和維持活動(PKO)の「駆け付け警護」も、国連やPKO司令部から駆け付け警護を求められることはない。また、中村哲さん(医師・ペシャワール会)や吉岡達也さん(ピースボート)など、実際に国際協力の現場に携わっている人が述べているように、自衛隊がいるからNGOに関わっている人が助けられるのではなく、自衛隊が来るからこそかえって武装勢力から攻撃対象にされ、危険になるのである。襲われている日本人NGOなどを自衛隊が助けるとした事例も、現実を無視した想定と言わざるを得ない。
 さらに安倍首相などの自民党政治家は「限定的な集団的自衛権」の必要性を力説する。しかし、1992年にカンボジアに派遣された自衛隊のPKOで第1次派遣施設大隊の大隊長だった渡辺隆さんも「(戦闘で)必要最小限度を考えながら戦う兵士はいない。持てる力を使って勝利を得ようとするのが正しい軍事的スタンスだ」と述べ、「限定的な集団的自衛権」という考え方が非現実的であることを批判している(『東京新聞』2014年6月8日付)。
 このように、安倍首相などは、現実的にはあり得ない、あるいは集団的自衛権でない事例を用いて、国民に集団的自衛権を必要だと思いこませようとしている。そのために安倍首相は記者会見に際し、「パネルにこだわり、米艦防護の事例では乳児や母親を入れて作り直すように指示」し、会見後には「『こう説明すれば国民の理解が得られる』と満足そうに語った」という(『東京新聞』2014年5月17日付)。
 与党協議で出ている15事例も噴飯ものの事例か、あるいは集団的自衛権でない事例にすぎない。『読売新聞』2014年5月17日付は「抽象的・神学的な9条論議から、『日本の平和と安定のために必要な対応は何か』という実効性の伴う9条論議へ」と「左翼・リベラル勢力」を批判している。ただ、「抽象的・神学的な9条理論」という批判は、日米同盟が日本を守る→集団的自衛権の行使が憲法で認められるなどとの結論を導き出している「報告書」や、現実を無視した噴飯ものの事例を記者会見で真顔で説明した安倍首相などにむけられるべきであろう。

日本が攻撃をされてなくても海外で戦争をすること
 報告書では「主権者である国民の生存の確保」、記者会見でも「国民の命と暮らしを守る」ことが、集団的自衛権など海外での武力行使を認める理由とされてきた。しかし実際に海外で戦争をするようになれば、アメリカの戦争でアメリカ人の代わりに日本人が人を殺し、殺される可能性が出る。そして、戦地に行った人は人を殺した罪悪感、あるいは残虐な光景を目の当たりにした衝撃からそれまでのような生活を送ることができない人も少なくない。実際にアメリカでベトナム戦争やイラク戦争に参加した兵士は、人を殺した罪悪感から心的外傷後ストレス障害(PTSD)になったり、アルコールや麻薬に走ったり、暴力事件や性犯罪に走ったり、家庭内での暴力で離婚率が高くなるなどの状況に置かれている。戦争に夫や子どもを送り出す家族も、日本で心配の日々を送らざるを得ない状況に置かれる。
「集団的自衛権」を認めることで、日本も海外での戦争に参加することになる可能性が出て、こうした状況が社会問題になるかもしれないが、それでも良いか。元自民党議員の加藤紘一さんや元防衛省官僚の小池清彦さんは、海外での戦争→自衛隊員の死者→自衛隊への志願者の減少→徴兵制という事態を危惧するが、それでも良いか。尖閣諸島や竹島の問題などを挙げ、集団的自衛権の行使が必要だと説く市民も少なくないが、尖閣諸島や竹島が日本の領土だと考えるのであれば、これらの問題は集団的自衛権の問題ではない。集団的自衛権とは、日本が攻撃されてもいないのに海外で武力行使・戦争をする権限のことである。海外に日本人を派兵して殺しあいの戦争をさせるようにすることが果たして適切なのか。子どもや孫の世代に良い社会を残すためにも、私たちは主権者として適切に「集団的自衛権」の問題に向かい合う必要がある。

『すぐにわかる 集団的自衛権ってなに?』七つ森書館(1200円+税)
「戦争をさせない1000人委員会」呼びかけ人などによる書籍です。
序章 考えてみましょう「集団的自衛権」
第1章 集団的自衛権の行使容認に反対します!(各界からの提言)
第2章 集団的自衛権ってなに?(法律や外交などの問題点)
第3章 集団的自衛権ができるとどうなる?(秘密保護法、教育、原発等)
【執筆者】雨宮処凛、飯島滋明、内田雅敏、大江健三郎、奥平康弘、小山内美江子、落合恵子、鎌田慧、香山リカ、組坂繁之、佐高信、澤井正子、清水雅彦、辛淑玉、高橋哲哉、高良鉄美、福山真劫、前田哲男、矢崎暁子、山崎朋子、山口正紀、山内敏弘(五十音順)

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求められる「森林・林業基本計画」の推進
森林資源の活用による山村地域の再生を
全日本森林関連産業労働組合連合会 書記次長 犬飼 米男

温暖化対策などに持続可能な森林を
 世界の森林面積は、2000年からの10年間に、平均で四国の面積のおよそ3倍に当たる521万haが毎年減少しています。1分間につき、東京ドーム2個分に相当する森林が減少していることになります。地域別に見るとアフリカと南米では、主に熱帯林の伐採により、それぞれ年平均300万ha以上の大規模な減少が起きています。一方、アジアでは、主に中国における大規模な植林により、年平均224万haの増加が見られます。
 こうしたことから、持続可能な森林経営の実現に向けた国際的な取り組みが展開されています。また、世界の気候は温暖化傾向にあり、国際的な地球温暖化対策が森林分野でも進められています。
 一方、日本は国土の3分の2の2500万haが森林で覆われた世界有数の森林国であり、戦後、積極的に造成された1,000万haの人工林は、資源として本格的な利用が可能となる時期を迎えつつあります。特に、1年間の森林資源の増加量は1億m3で、日本全体の木材需要量約7千万m3を上回る水準にあります。
 地球温暖化対策では、2013年11月にポーランド・ワルシャワで開かれた、気候変動枠組み条約第19回締約国会議(COP19)で、日本政府は2020年度における温室効果ガス削減目標を2005年度総排出比で3.8%削減するとして、そのうち森林吸収源によって2.8%以上(約7割)の削減を確保することを表明しました。この目標では2013~2020年において、1990年度総排出量比で平均3.5%の吸収量を確保することが必要となり、そのためには、年平均52万haの間伐の実施などを位置付けています。


機械化が進む林業の現場
適正な管理が出来ない森林が増えている
 しかし、これを担うべき林業は長期にわたる材価の低迷や担い手不足などにより、森林所有者が施業を放棄するなど森林の適正な経営管理ができない現状となっており、山村における雇用機会の減少や過疎化・高齢化に拍車がかかっています。
 こうした中、森林・林業・木材関連産業政策については、先の民主党政権下で決定された「森林・林業再生プラン」を踏まえた、「森林・林業基本計画」に基づく取り組みが行われています。その後、自公政権に変わってからも、森林経営計画制度の要件緩和などの措置を講じながら、引き続き「基本計画」に沿った政策を進めています。安倍内閣の成長戦略においては、「攻めの農林水産業」をスローガンに、新たな木材需要の創出や国産材の安定的・効率的な供給体制の構築、施業集約化を進めることなどを通じ林業の成長産業化を図るとしています。
 しかし、現状の山村地域の林業は、(1)所有形態が小規模(5ha未満が75%)、(2)不在村森林所有者(森林の所在する市町村に在住していない)の保有する森林が4分の1(約327万ha)を占める、(3)世代交代による林業への関心の低下、(4)境界の不明箇所の増大、(5)鹿などの鳥獣被害の増大など、課題が多くあります。
 このため、(1)施業の集約化、路網(作業のための道)などの基盤整備、(2)人材の育成(フォレスター、施業プランナー、林業技術者・技能者)、(3)CLT(直交集成板)等の新たな製品・技術の開発、公共建築物の木造化等による新たな木材需要の創出、(4)安定供給体制の構築などを計画的に推進する必要があります。

林業労働力の確保対策が重要に
 こうした政策を実行するためには、林業労働力の確保が不可欠ですが、2010年度国勢調査では、51,200人と05年度より973人減少となっており、減少のペースは鈍化したものの、増加に転ずるまでには至っていません。2003年から始まった林野庁の「緑の雇用」事業により、毎年約1,300名(03年~2012年の平均)が就業するなど、03年以降は年間3,000人を上回る新規就業者が生まれています。しかし、東日本大震災の復興需要や公共事業の増加等により雇用の回復が進む中、12年から13年度の「緑の雇用」による新規就業者は1,000名を割り込む状況となっています。
 このことからも、現在劣悪な条件下に置かれている林業労働者の安全確保対策をはじめとする職場環境の改善、賃金等の処遇改善を図り、若者が山村地域に定住できる環境を総合的に整えることが重要です。
 今、美しい景観や憩いの場を求める国民の声が高まる中、「里山資本主義」という言葉も使われ、山村社会が今後どうあるべきかという提言もされるなど、山村に熱い目が向けられつつあります。林業や農業の再生は、山村振興対策としても有効な手段であり、日本の森林はこのような要請に十分応える資源を持ちつつ行政と市民の連携による有効な活用を待っています。
(いぬかいよねお)

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全国最初の再稼働に前のめりの県知事
川内原発に反対する鹿児島での闘い
川内原発増設反対鹿児島県共闘会議 事務局長 山崎 博

県民の6割が反対、市民や漁民も立ち上がる
 原子力規制委員会は鹿児島の川内原発を優先して 「新 規制基準」 の適合性審査を進めています。九州電力は4 月末に提出した原子炉設置変更許可申請の修正 「補正書 」 をいまだ提出していませんが、原子力規制委員会が川 内原発の 「審査書案」 に係るパブリックコメントを経て 「審査書」 を決定(「規制基準」 に適合)すれば、九州電 力は再稼働が可能となります。しかし、4月2日の原水 禁と原発・原子力施設立地県全国連絡会による経産省と 原子力規制委員会への要請行動で「再稼働には地元の理 解・協力が不可欠」、「避難死など福島の悲劇を繰り返さ ないようにする」 などと回答しています。実効性のある 原子力防災・避難計画が策定されていない中での原発再 稼働は許せないという県民の声を背景に、川内原発の再 稼働をさせないとりくみを進めています。
 地元紙の南日本新聞社による県民世論調査(5月5日 付け)で、再稼働に 「反対」 「どちらかといえば反対」 は59.5%(前年調査比2.8%増)で、「賛成」 「どちらか といえば賛成」 の36.8%(2.4%減)を大きく上回って いることが明らかになりました。また、川内原発再稼働 に際して同意を得るべき自治体の範囲について、原発立 地自治体の薩摩川内市と鹿児島県だけでよいとする回答 は7.4%に過ぎず、立地自治体以外の意向も広く踏まえ るよう望む声は8割に達しました。また、川内原発に隣 接する阿久根市の北さつま漁協は5月12日の理事会で、 原発事故で深刻な海洋汚染は避けられないとして再稼働 に反対することを決めました。さらに 「原発なくそう! 九州川内原発訴訟」 原告団が5月30日に再稼働しない よう求める仮処分を鹿児島地裁に申し立てました。


鹿児島県議会前での集会(6月13日)
避難計画がない再稼働に周辺自治体で不安広がる
 「川内原発増設反対鹿児島県共闘会議」は、市民団体とともに「ストップ再稼働!3.11鹿児島集会実行委員会」に参加し、鹿児島市中央公園に6,000名が結集した3月16日の「さよなら原発!かごしまパレード」や、6月13日の鹿児島県議会開会日にあわせた「『再稼働させない』行動集会」を展開しています。
 また5月1日~9日に「原発はいらない九州連絡会議」などとともに、湯野川守福島県平和フォーラム事務局次長等の参加を得て、鹿児島県や原発から30km圏の緊急時防護措置準備区域(UPZ)内9市町へ「実効ある原子力防災計画が策定されない中での川内原発再稼働に反対する申入れ」をおこいました。
 病院等医療機関や社会福祉施設の「避難計画」は、川内原発から5km圏内の予防防護措置域(PAZ)の7施設しか定められておらず、この夏までにUPZ圏内の5km~10km間を策定したいと回答があったものの、UPZ圏内233施設のほとんどを占める10km~30km圏内の「避難計画」作りは全くめどが立っていないことが明らかになりました。在宅の寝たきりのお年寄りや障がい者、乳幼児なども含め、原発事故の際の要援護者の生命と安全確保がなされていない中での原発再稼働を許すことはできません。
 また、甘い基準地震動を見直すこと、リスクの大きい破局的噴火の予知は困難だ、などを指摘した「再稼働に反対する申入れ」を九州電力へおこないました。さらに、福島原発国会事故調査委員だった田中三彦さんなどを招き、21回に及ぶ脱原発講座を開いて、市民への働きかけを粘り強くとりくんでいます。
 全市域がUPZ圏内のいちき串木野市において、「避難計画を考える緊急署名の会」の呼びかけに応え、5月に3回の統一行動を組んで全戸訪問しながら「市民の生命を守る避難計画がない中での川内原発再稼働に反対する緊急署名」活動を取り組み、原発反対派と賛成派が拮抗する市議会での多数派形成を後押ししてきました。署名は市民の過半数近くの13,500筆を超えています。
 伊藤祐一郎県知事は、「審査書」確定後の国による住民説明会を当初の2市3か所から5市町5か所に拡大するとともに、再稼働に関する判断時期を「6月議会には間に合わない。臨時議会も含めて総合的な判断になる」ことを明らかにしています。また、国の「指針」や県の「原子力防災計画」に定めている、川内原発から30km圏内の病院や社会福祉施設の入院・入所者や在宅のお年寄り、障がい者、乳幼児などの要援護者の避難計画について、「10kmまではつくるが30kmまでの避難計画は現実的でない」と、国や県の施策を否定する暴言を吐き、再稼働に前のめりとなっています。
 私たちは、県民世論をさらに大きなものにしながら川内原発再稼働を阻止するために全力をあげる決意です。
(やまざきひろし)

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勝訴!大飯原発差し止め判決の意義
司法の良心が原発を止める画期的な判決
脱原発弁護団全国連絡会事務局 松田奈津子

人格権の侵害のおそれがあれば請求を認める
 2014年5月21日、福井地裁(樋口英明裁判長)において大飯原発3,4号機運転差し止め判決が言い渡されました。2006年3月24日の志賀原発2号機の運転差し止め判決(金沢地裁)以来の勝訴判決でした。福島第一原発事故の被害から、原発事故が起きた場合に生ずる事態を人格権に対する侵害であるとし、そのような具体的な危険が万が一でもあれば原発の運転を止めると判断しました。難解な科学論争に入ることなく、生の事実を拾い、その危険性を認定しています。本判決は福島第一原発事故後、初めての原発差止訴訟における判断で、各地の原発訴訟等に影響を及ぼすことは確実です。(「福井から原発を止める裁判の会」のサイトに判決文掲載:http://adieunpp.com/
 本件は、人格権に基づく差止請求ですが、裁判所は「個人の生命、身体、精神及び生活に関する利益は各人の人格に本質的なものであってその総体が人格権である」とし、「とりわけ生命を守り生活を維持するという人格権の根幹部分に対する具体的侵害のおそれがあるときは」「人格権に基づいて侵害行為の差し止めを請求できる」と真正面から人格権に基づく差止請求を認めました。
 次に、福島第一原発事故については、「15万人もの住人が避難生活を余儀なくされ、避難の過程で少なくとも入院患者等60名が命を失」い、「家族の離散という状況や劣悪な避難生活の中でこの人数を遙かに超える人が命を縮めたことは想像に難くない」とし、さらに、班目春樹原子力安全委員長(当時)のいわゆる「最悪のシナリオ」に触れ、250㎞圏内に居住する住民に避難勧告の可能性を生じる事態が生じたと認定。このような根源的な権利が極めて広汎に奪われるという事態を招く具体的危険性が万が一でもあれば、「差し止めは認められるのは当然である」としました。

万が一の危険性でも差し止めの判断
 そして、大飯原発で過酷事故を招く「具体的危険性が万が一にでもあるか」につき、以下の事実を認めて、原発差し止めの判断を示しました。
(1)4つの原発に5回にわたり、想定した基準地震動を超える地震が2005年以後わずか6年の間に到来している。一方、基準地震動は従来と同様の手法によって策定されている。
(2)700ガルを超えて1260ガルに至らない地震について、被告はイベントツリー(定量的な安全性解析手法)を策定してその対策をとれば安全としているが、イベントツリーによる対策が有効であることは論証されていない。とりわけ、地震によって複数の設備が同時にあるいは相前後して使えなくなったり故障したりすることは、機械というものの性質上当然考えられる。
(3)地震における外部電源の喪失や主給水の遮断という冷却にとって最も重要な設備が、700ガルを超えない基準以下の地震動によって生じ得る。
(4)使用済み核燃料は、原子炉格納容器ほどの堅牢な施設に囲われることなく保存されている。
上記のうち(1)、(2)、(4)は関西電力も特に争わない事実でした。地裁の審理において、関電は重要な争点である基準地震動についての裁判所の求釈明にも答えることができませんでした。
そして(2)は福島第一原発事故を経て誰の目にも明らかになったことです。判決文において「各手順のいずれか一つに失敗しただけでも、加速度的に深刻な事態に進展し、未経験の手作業による手順が増えていき、不確実性も増していく。事態の把握の困難性や時間的な制約の中でその実現に困難が伴う」と認定しています。これは、先日明らかになった前・福島第1原発所長の「吉田調書」を読めば、このような状況が原発過酷事故なのであると容易に想像がつきます。

すべての原発の再稼働を許さない運動へ
 これらを踏まえ「本件原発に係る安全技術及び設備は万全ではないかという疑いが残るというにとどまらず、むしろ、確たる根拠のない楽観的な見通しのもとに初めて成り立ち得る脆弱なものであると認めざるを得ない」と判断しています。
 また、「新規制基準には外部電源と主給水の双方について基準地震動に耐えられるまで強度を上げる、基準地震動を大幅に引き上げこれに合わせて設備の強度を高める工事を施工する、使用済み核燃料を堅固な施設で囲みこむ等の措置は盛り込まれていない」として、実質的には規制基準の不十分さを指摘しています。
 最後に、原発が電力供給の安定性、コストの低減につながるとの主張について、その議論の当否を判断すること自体、法的には許されないと断じ、同様に二酸化炭素削減に資する旨の主張についても、はなはだしい筋違いと切り捨てています。
 本判決は福島第一原発事故の被害の大きさに向き合い、原発の持つ本質的な危険を指摘し、運転差し止めを判断しました。その内容は脱原発を求める市民の声そのものであると言えます。この判決を武器にすべての原発の再稼働を許さない運動をさらに拡げていきましょう。(まつだなつこ)

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プルトニウム保有量を640kg過小報告
玄海3号装荷後使用せず取り出したMOX燃料

 日本政府は、2012年9月、前年末の国内保有分離済みプルトニウムの量を9.3トンとして国内外に向けて報告し、翌2013年9月にも同様の数字を前年末のものとして使いましたが、2011年3月に九州電力玄海3号機の原子炉に装荷し、使わないまま2年後に取り出した「ウラン・プルトニウム混合酸化物(MOX)」燃料を計算に入れていません。この燃料に含まれるプルトニウムは640kg。8kgが行方不明なら1発の核兵器ができているかもしれないとするIAEAの「有意量(SQ)」で計算すると80発分です。これを加えると、2011年末の日本の国内保有量は9.9トンに、英仏に保管中のものも入れた総保有量は、約44.3トンから約44.9トンに増えます。

福島事故のため未照射のまま2年後に取り出し
 2010年12月11日に発電を停止して第13回定期検査に入った玄海3号機では、2011年3月8日~12日に燃料装荷を行った際、プルトニウム640kgを含有する新しいMOX燃料も原子炉に装荷しました。しかし、この期間に起きた福島第一原子力発電所の事故の影響で原子炉の運転を再開できないまま、2年後の2013年3月6日~11日に取り出して使用済み燃料プールに戻しました。現在は、新燃料が最初から使用済み燃料プールに置かれていたのと同じ状態にあります。
 核物質の軍事転用防止のためのIAEAの「保障措置」の関係では、炉内に装荷されたMOX燃料は、使用中のものも未使用のものも「照射済み燃料及び原子炉内の燃料要素に含まれるプルトニウム」として扱います。原子炉に装荷し蓋をすれば、未使用のMOX燃料の中のプルトニウムも軍事転用できないという考え方からです。
 普通は、原子炉は燃料を装荷した後、間もなくMOX燃料は照射されます。その後は、定期検査の際の短期間を除けば、炉内に留まり、最終的には「使用済み」となって取り出されます。今回は、福島原発事故のために炉が運転されず「、普通」でない事態が発生してしまいました。

「未照射」と「使用済み」しかない日本の報告書の概念
 日本は、毎年、『我が国のプルトニウムの管理状況』という文書(以下、「文書」)を発表し、冒頭の表で国内とヨーロッパにある日本のプルトニウムの量を示し、これに9カ国の自主的な取り決めの下に「国際原子力機関(IAEA)」に提出する報告書を含む参考資料を添付するという形で、日本のプルトニウム保有量を報告・説明しています。保障措置上の義務とは別に、プルトニウムの「利用の透明性の向上を図ることにより国内外の理解を得る」ことをめざしてのことです。
 「文書」の冒頭の表にあるのは、「国内にある保管中の分離プルトニウム量」「海外に保管中の分離プルトニウム量」だけです。保管中の未使用MOX燃料内のプルトニウムは前者の中の「原子炉施設等」に入ります。保障措置の概念を模してこの範疇から外された640kgの未照射分離プルトニウムの行方は、この表からは分かりません。IAEAへの報告の区分は「未照射」と「使用済」だけです。
 640kgのプルトニウムは、2011年末の段階で、同年3月から8カ月半以上未照射のままであり、「文書」が公表された2012年9月の段階では、1年半も未照射状態が続いていて、照射開始の見込みがないものでした。2012年末の段階では、1年8カ月以上、「文書」が公表された2013年9月の段階では、2年半も未照射状態が続いていました。両年の「文書」では、そのことを全く明記せず、国内保管量約9.3トンと報告したのです。

核兵器物質保有の重大性に関する認識の欠如
 不注意のミスといえばそれまでですが、非核兵器国として唯一工業規模の再処理工場を持ち、すでに溜め込んでしまった核兵器5000発分以上のプルトニウムの消費の目処も立たないまま六ヶ所再処理工場を動かそうとしている国として、余りにもお粗末です。これでは国内外の理解は得られません。
 鈴木達治郎前原子力委員長代理は、取材に応えて「委員会が気付かなかったのは反省材料。今回の教訓を踏まえ、改善の努力をすべきだ」と述べています。また、「核情報」の指摘で共同通信がこの問題を報道したことを受けて、6月10日の原子力委員会定例会議で議論された際、阿部信泰委員長代理は、「拡散を心配する人からすると分離をして未照射のプルトニウムが危ないとなる。それが、何キロ、何トン、何処の国に残っているかとこれが非常に心配...そう言う意味においては640kgが大事な数字だったんですね。炉に入れたけど照射しないで、その気になればまた加工できるプルトニウムだったのですね」と指摘しています。しかし、原子力委員会の事務局が修正発表を早期に行うか否かは不明です。

MOX燃料のプルトニウムは気にすることはない?
 さらに問題なのは上述の定例会議における岡芳明委員長の次の趣旨の発言です。「MOX燃料になっており、分離されたものではない。日本の分離されたプルトニウムも、混合酸化物(MOX)でウランと混じっている。核拡散という観点で言えば、燃料に加工されたものは、また戻すまでにずいぶんかかる。プルトニウムとウランは混合した状態で分離されているから、核拡散上の懸念は、少しステップがあるというようなことは事実・・・海外の方によくこの辺りを分かって貰うということも非常に重要」。IAEAの『保障措置用語集』によると「核爆発装置の金属構成要素に転換するのに必要な時間」は、二酸化プルトニウムとMOXはともに「週のオーダー(1~3週間)」です。日本はIAEAの見解に挑戦しようということでしょうか。
(田窪雅文:核情報主宰)

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《被爆69周年原水禁世界大会に向けて 1》
世界は大軍拡の時代に─非核兵器の高度化・多様化を知る

きっかけは米国のアフガン、イラク侵攻
 いま、軍拡が世界中で広がりつつあり、法の論理よりも力の論理が主流となりつつあります。そのきっかけを作ったのは、ブッシュ前米大統領による、アフガニスタン、イラクへの侵攻にあるでしょう。イラクではシーア派とスンニ派、さらにクルド人を含めて激しい攻防が続いており、次第に統一国家としての姿を失いつつあります。アフガンも米軍の撤退後を見通すことは不可能といえるでしょう。現政権の腐敗は民衆の憤激をかっていて、タリバンが勢力を回復するのは時間の問題ともいわれています。リビアは国境はあっても、国家としての形はとっくになくなっています。シリアでも政府軍と反政府軍の戦闘を誰も抑えることは不可能な状況です。
 このような状況のなかで、ウクライナ問題が発生したのです。クリミア半島にはロシアの重要な軍港があり、ロシアはどうしても手に入れたい要衝であったのですが、そもそもウクライナのEU入りをためらった大統領への反政府デモの中で銃撃戦が始まり、大統領はロシアに亡命します。この発端から非民主的な力の論理が働いていたのです。
 ただロシアは大国であり、G8にも参加しています。またロシア自身も国内にイスラム過激派を抱えていて、各国との共同行動が必要です。こうしてロシアは一度は、ウクライナ東部の親ロ派を切り捨てようとしましたが、最近ではまた戦車をロシアが提供するなど、状況は二転三転しています。


ロシアのSu-35長距離多用途戦闘機
熾烈なロシアと米国の戦闘機開発
 こうしたなかロシアは中国との結びつきを強め、強力なロ中関係を作り上げつつあります。ロシアはまず、天然ガスを中国に輸出する合意を結び、一方、中国はロシアの最新型迎撃ミサイルS-400トリウームフをロシアから購入し、さらにSU-35戦闘機の購入にまで進んでいます。S-400は射程400㎞で、中国軍は東シナ海、黄海の沿岸部に配備するとしています。SU-35は米空軍のF-22ラプターに匹敵するといわれる、ロシア最新の戦闘機です。
 これまでF-22はステルス性能、推力偏向ノズル、超音速巡航性能を持つ世界最強の戦闘機といわれてきました。2005年から配備が始まり、09年までに200機弱が米空軍に配備されたのですが、米国防総省は余りにも高価な上、装備の漏洩を恐れて、他国には一切売却しない方針で、日本も購入を要請しても売却されませんでした。1機が1億5千万㌦といわれる高価な戦闘機です。
 ロシアのSU-35がどれほどの威力をもつのかは、明らかでありませんが、かなりの威力を持っていると考えられます。中国に対して強気な発言を続けている安倍政権ですが、中国がロシアのSU-35を購入したとなると、航空自衛隊の戦闘機・F-15では歯が立たないでしょう。米軍がF-22の後継機種として開発を進めているF-35は航空自衛隊も購入予定ですが、生産は遅れに遅れています。

広範囲に拡散する爆弾も
 米国は非核兵器でも威力のある兵器を開発しています。米軍が保有する非核兵器で、広範囲に衝撃波を発生させる威力を持つ兵器が「燃料気化爆弾」です。秒速2000mで広範囲に拡散し、高温・高圧で燃焼する爆弾で、この燃焼による被害はもちろん、多くの酸素を使うことによる酸欠でも死をもたらします。
 さらにクラスター爆弾があります。国際的な禁止運動によって条約ができ、日本も所持しないと署名していますが、米軍はCBU87、CBU103の名称で所有しており、高高度、中高度から投下して、数百メートルの高さで200個ほどの殺傷力をもつ兵器としてはじけます。範囲は約5Kmといわれイラク戦争で米軍が使用しています。また、アフガン戦争で米軍が使用した、「地中貫通爆弾(バンカー・バスター)」があります。タリバンが山岳地帯に逃げ込んだ際に使用し、多くの兵士が殺傷されています。
 現在、米軍が開発を急いでいる兵器に、1時間以内に地球の裏側を攻撃出来るミサイルがあります。「即応型宇宙システム兵器」とも言われれますが、日常的に地球をまわる衛星で、あらゆる情報を収集し、なにかことがあれば、直ちに攻撃するミサイル兵器といえます。
 現在、アフガンで使用している無人航空機攻撃もあります。無人航空機は攻撃するだけでなく、情報収集も行っていて、個人情報をため込み、精度を高めて攻撃を行っています。いまや個人情報はどこで収集されるかわからない時代に入りつつあるといえます。また、劣化ウラン弾もあります。
 このような軍拡が続く中で、2015年に核不拡散条約(NPT)再検討会議が開催されます。これについては次号で述べます。
(原水禁専門委員和田長久)

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各地からのメッセージ
他県の闘いにも学び取り組みを強化
徳島人権・平和運動センター 議長 富永裕史


福島から徳島へ 子どもふれあい事業 歓迎会(2013年7月)
徳島でも、連合結成時に引き継げない課題を担う組織として県評センターを発足させ、取り組みを進めてきました。その後、現在の徳島人権・平和運動センターに運動を継承し、今年で20年目を迎えます。
 原発も米軍基地も誘致されてない徳島では、原発立地県や米軍基地を抱える他県の取り組みに比べると、運動の低下が危惧されています。そのような状況を打開するために、原発立地県、米軍基地など、運動の最前線で取り組まれている他県の闘いに学び、自らの課題としてもらうため、できる限り各地の行動に参加し、各地の思いを徳島の地で継承するよう取り組みを進めています。
 原発をめぐる闘いでは、過去にあった徳島県阿南市における原発建設反対の運動が挙げられます。原発建設を認めなかった県民の思いは、徳島と隣接する高知県東洋町の高レベル放射性廃棄物処分場の誘致問題でも反対の声を上げました。そして、毎週のように東洋町に足を運び、撤回を勝ち取ることができました。
 福島原発事故以降は、私どもの呼びかけで2012年3月に「さよなら原発徳島実行委員会」が多くの市民や党派を超えて結成され、脱原発に向けた講演会や自然エネルギーの視察などの活動を進めています。特に、福島の親子に夏休み期間中、徳島でリフレッシュしていただこうと企画した「福島から徳島へ子どもふれあい事業」は、実行委員会でカンパを募り取り組みを進め、今年で3回目の開催となります。
 米軍基地をめぐる闘いも、沖縄をはじめ各地の行動に参加し、課題を共有化し取り組みの強化を図っています。米軍機の低空飛行やオスプレイ配備では、徳島も和歌山県から愛媛県を結ぶオレンジルート下にあり、1995年に起こった早明浦ダムへの墜落事故からも他人ごとではなく、学習会の開催や県への要請行動など取り組みを強化しています。
 安倍政権の右傾化に対抗すべく、4月19日に「戦争をさせない1000人委員会」徳島を結成し、街頭での署名活動や講演会を開催してきました。7月からは、4回の連続講座を開催し、県民と共に戦争をさせない取り組みを強化していきます。
 今後とも、全国の仲間と連携し、脱原発、平和な社会の実現に取り組んでいきます。
(とみながひろし)

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〔本の紹介〕
14歳からわかる 生命倫理
雨宮処凛著 河出書房新社(14歳の世渡り術シリーズ)


 科学技術というか、医療技術の進歩が、私たちひとり一人にどのように関わってくるのか、この本はやさしく丁寧に説明し、しかも偏らず問いかけています。「出生前診断」が当たり前になる時代に、生むか生まないかの選択、「命の選別」というきびしい問題を、筆者は、染色体異常、検査の精度、そして選別する親の側、選別される側、多くの視点から問題点を指摘し、いろいろな人の声を聞きながら、私たちに考えさせます。
 私は「『障害児』の高校入学を実現する会」で活動し、日本社会がいかに「障害者」に対して排他的かを目の当たりにしてきました。普通の高校で、普通に高校生としてなぜ学校生活を送れないのか。「障害児」と言われ、小学校に入学するときから普通学級から排除される。なぜ一緒にみんなの中で高校生活を終えることが出来ないのか。教育委員会も学校も、その素朴な疑問に答えようとはしませんでした。
 そして「障害児」は「障害児」だけで学ぶことを余儀なくされていきます。かくして、高校を卒業した子どもたちは、社会に出て突然「障害者」と向き合うこととなるのです。このような日本社会にあたりまえに存在する選別は、今、生まれるところからの選別になっていこうとしています。
 戦争の時代に、闘う能力を持たない「障害者」は、非国民とされ、家の恥とされ、隠れて生きることを余儀なくされました。インクルージョン、つまり「共に学び、共に生きる」という考え方が徐々に主張されるようになって、やっと「障害者」は外に出て自ら主体的な生活を営むきっかけを得ました。しかし、医学の進歩は、人間の生命のその端緒において選別するしくみを作ろうとしています。
 この本の最初に書かれた「自分は生まれてこない方がよかったの?」という「障害者」の言葉に、私たちはどう答えていくのでしょうか。帯封に書かれた「安楽死・尊厳死」「出生前診断」「代理出産」「デザイナーベビー」など、人間の命の尊厳に関わるきわめて倫理的課題に、私たちはどのような答えを出すのでしょうか。「ひとり一人の命に寄り添う社会」と言い続けてきた私たちに、その「命」とは何かを突きつけられた思いがします。
(藤本泰成)

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核のキーワード図鑑


アベ政権、集団的自衛権で戦死者の山

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被爆69周年原水爆禁止世界大会の案内


 今年の「被爆69周 年原水爆禁止世界大 会」は、核兵器の廃絶、 原子力政策の根本的 転換と脱原子力、ヒバ クシャの権利確立な どをテーマに、福島、 広島、長崎で開催され ます。大会実行委員会 (川野浩一委員長)で は、多くの方の参加を 呼び掛けています。
福島大会
7月27日(日)福島市「福島県教育会館」集会、デモ行進
広島大会
8月4日(月)折り鶴行進、開会総会(グリーンアリーナ)
8月5日(火)分科会、ひろば、メッセージfromヒロシマ
8月6日(水)まとめ集会(中国新聞ホール)
長崎大会
8月7日(木)開会総会(長崎ブリックホール)
8月8日(金)分科会、ひろば、ピース・ブリッジinながさき
8月9日(土)閉会集会(県立体育館)、平和行進
国際会議 8月5日(火)広島市「アークホテル」
2015年NPT再検討会議と日本の役割―プルトニウム政策と核拡散

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