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ニュースペーパー2018年9月

2018年9月 1日

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福島、広島、長崎で被爆73周年原水爆禁止世界大会
 「被爆73周年原水爆禁止世界大会」は、7月28日~8月9日にかけて、福島、広島、長崎で開催されました。それぞれの大会では、安倍政権の核兵器廃絶に後ろ向きの姿勢や、原発の推進政策に強く反対し、核絶対否定、脱原発、国内外の多くの核被害への補償と支援等を求めることを確認しました。
 さらに、安倍政権が国会における多数を背景に、沖縄・辺野古への新基地建設の強行など、平和や民主主義を破壊し、戦争をする国に変えようとしていることにも批判が集中。大会中の8月8日に、辺野古への基地建設に反対していた翁長雄志・沖縄県知事の急逝が伝えられたことからも「核も戦争もない平和な社会」をつくることを改めて誓う大会となりました。(写真は長崎での非核平和行進・8月9日)

インタビュー・シリーズ:136
「持続可能な社会を作ることをめざす」を原点に
特定非営利活動(NPO)法人ピースデポ 共同代表 山中 悦子さんに聞く


やまなか えつこさん プロフィール
 1946年神奈川生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、フリーアナウンサーとしてNHK、TBS、和歌山放送他で司会、パーソナリティー、ナレーションなどを担当。アナウンサーの経験を生かして78年から2000年頃まで日本点字図書館で朗読奉仕。80年代は生活クラブ生協神奈川で活動。90年から今まで約30年間国際協力NGO・NPO法人草の根援助運動で活動。この間、ODA改革ネットワーク、脱軍備ネットワーク・キャッチピースで全国運営委員をつとめる。2007年から8年間、神奈川県立保健福祉大学で非常勤講師として「多文化理解」を担当。現在かながわ国際政策推進懇話会副会長。ピースデポでは監事、運営委員を経て今年から共同代表。多忙な日々のなかで「楽しみは小学校時代の友人との花めぐり旅とベランダガーデニング」。

─まず、ピースデポ共同代表としての抱負をお聞かせ下さい。
 今年2月の総会で、湯浅一郎さんとともに共同代表になりました。ピースデポは「核兵器廃絶と軍事力によらない安全保障体制の構築をめざして」調査・研究・政策提言をしているシンクタンクです。その代表はこれまで、この道の専門家が担ってきました。服部学さん、梅林宏道さん、湯浅一郎さん、田巻一彦さんなど、どの方も重責を担うのにふさわしい方々でした。私はこの分野での実力、実績はありません。ですから私をよく知る人達を驚かせたと思いますが、実は一番戸惑っているのは私自身です(笑)。ただ私はこれまでさまざまな市民活動に携わってきましたので、その経験を生かして、組織運営に責任を持つ役割を担おうと引き受けました。具体的には会員を増やして財政基盤を確立し、スタッフ体制を安定させることでピースデポの活動の充実を図りたいと思っています。気力・実力を兼ね備えた新リーダーを迎えるまでの間、リリーフ役としてがんばります。

─これまでのこうした運動経験についてお聞かせください。
 大学を出てから少しの間働いていましたが、結婚と同時に和歌山に住んでからは、専業主婦をしながら朗読奉仕やベトナム難民の方に日本語を教えるなど身近なところでできることをしていました。転機は夫の東京転勤でした。消費生活協同組合生活クラブ生協に出会い、さまざまな社会運動に関わるようになりました。安全な食品を求めるだけでなく、せっけん運動、ごみ問題、脱原発、ヒロシマなどの課題に取り組み、地域自治を実現するために仲間を議会に送り出そうとローカルパーティー「神奈川ネットワーク運動」にも積極的に関わりました。
 こうした生協活動の中で第二の転機が訪れました。89年に日本のODA(政府開発援助)を問う国際シンポジウムが横浜で開催されたのですが、私は生活クラブの社会運動担当理事として実行委員会に加わったことで、シンポジウムを機に設立された国際協力NGO「草の根援助運動」の設立メンバーに加わることができたのです。アジア各国の貧困に対して日本の責任を問い、ODAが必ずしも現地の人々が必要とする支援になっていない現状を変えるために、人と人、地域と地域が直接つながる自治体版のODAとして、神奈川で草の根から援助活動を始めました。北沢洋子さん(国際問題評論家・2015年死去)の力強い宣言を耳にした時の感動は未だに忘れられません。
 自治体版ODAとは、行政、市民、労働組合、市民団体が協働する国際協力を意味しました。以来約30年間、私は北沢さんから数えきれないほどたくさんのことを学びながら世界の不平等、不正義の解消、国際平和と共生の実現に努力してきました。国内NGOのネットワークに参加して外務省へ政策提言を行なったり、NGOを代表して県の国際政策に提言する「NGOかながわ国際協力会議」で委員長をつとめました。

─フィリピンなどの支援の取り組みについて詳しく教えてください。
 草の根援助運動は、フィリピン、インド、インドネシアの3か国で現地のNGOと連携しながら支援活動を展開しています。特にフィリピンでは30年近くにわたってフィリピン農村再建運動(PRRM)という歴史ある大規模NGO最大時のスタッフ500名)をパートナーにしてきました。PRRMは90年代の初めからフィリピン政府に開発のモデルを示そうと「持続可能な地域総合開発計画」に取り組んでいました。私たちは彼らが住民主体で取り組む個々のプロジェクトに資金支援をしてきました。沿岸漁民の生活向上のための「マニラ湾環境回復プロジェクト」はマングローブの植林や禁漁区域の設置、不法漁法に対するパトロールなどに取り組んでいます。また女性の自立をめざして取り組んでいる「ジェンダーと開発プロジェクト」は、長年にわたり「全国退職女性教職員の会」(全国退女教)の資金支援で多くの成果を生み出しています。退女教の皆さんは今年2月フィリピンを訪問して支援先の「山岳民族・井戸プロジェクト」の視察や小学校訪問、プロジェクトに取り組む女性組織と交流を行いました。住民の現状をよく知る元PRRMスタッフの一人は現政権で社会福祉省の次官になって活躍しています。
 この他、インドネシアの住民組織が生産するバンダナのフェアトレードや、インドの山岳民族支援にも取り組んできました。バンダナは神奈川の教職員組合が購入支援をしてくれています。いずれの国のNGOも反核・平和、気候変動、MDGs(ミレニアム開発目標)やSDGs(持続可能な開発目標)などの課題に取り組んでいます。会えば「連帯!」が合言葉です。

─そうしたさまざまな活動を精力的に続けておられる山中さんの原点は何ですか。
 私は戦後の日本のあゆみとほぼ100%重なる時を生きてきました。この間、親の世代が体験した戦争を体験することなく平和な世界に生きてこられたことを本当に幸せなことだと思っています。また大規模な自然災害や人為災害にもあわずに今日まで生きてきました。その意味で私の人生は幸運であったと言えます。
 一方で世界にはどれほど多くの人々が理不尽な人生を強いられていることでしょうか。私はその人たちのことを思わない日は一日もありません。私は小さい時から他人の不幸や不運に人一倍心を寄せる子どもでした。それは私自身が人一倍恐しさや痛みに弱い人間だからだと自覚しています。もし私がその立場だったら...と想像するだけで恐くて涙が出ます。だから、世界中の誰であっても恐怖や欠乏から自由でなければならない、差別され、人権が侵害されることがあってはならないと思うのです。そして当然のこととして、それらの課題を解決するためにその時々自分に出来ることに取り組んできました。
 また、大学時代の経験も今の活動の原点になっていると思います。いろいろな大学で大学闘争が起こっていた時代で、早稲田大学でも全学部参加で学費値上げに反対し、学生会館の管理運営権を学生の手にと要望する学費学館闘争がありました。学生による100日間の授業放棄に対し大学側は学生のキャンパス内への立ち入りを禁止、そして、機動隊を導入しました。この時誰かがピーっと笛を吹けば私たちの自由は一瞬のうちに奪われることを知る体験をしました。それは今改憲で新しく加えられようとしている「緊急事態条項」の疑似体験といえるものでした。その時以来、私は何事もまず知る。そして、コトの良し悪しを自分で判断する。そのうえで黙っていないで意思表示のため行動する。それが今を生きる者の責任の果たし方と考えるようになりました。

 

─これからのピースデポの運動や平和フォーラム等に期待することをお話しください。
 ピースデポの今年度の基本方針の一つは、昨年7月に国連で採択された「『核兵器禁止条約』の発効を通じて『核のない世界』へ向かうスタートを」です。唯一の被爆国をうたいながら核保有国との架け橋の役目を果たすためと言い訳して条約を無視する日本政府に、条約に賛成せよと各地の地方議会が迫る運動が始まっています。ピースデポはこのキャンペーンに取り組んでいます。
 また今年になって劇的変化を見せている朝鮮半島の非核化実現に向けて、20年来提唱してきた「北東アジア非核兵器地帯構想3+3」を進めます。これは、韓国、北朝鮮、日本の3か国が非核兵器地帯を宣言することで中国、ロシア、米国の3か国はこの地域を核攻撃できなくなるというものです。これが実現可能な北朝鮮完全非核化の道です。世界には5か所の非核兵器地帯がすでに存在しており、夢ではない話だと思います。
 ピースデポは日本で唯一無二のこの分野でのNPOです。市民目線で調査・研究・政策提言を続け核なき世界の実現をめざします。このピースデポの活動を、委託事業や、「イアブック核軍縮・平和」(日本と世界の平和・安全保障問題をコンパクトに整理・解説した年鑑)の購入、キャンペーンの支援協力を平和フォーラムからいただいています。心から感謝し、同じ目的に向かってともに歩みたいと願っています。
 私には労働組合のキャリアがありませんが身近な存在だと思っています。草の根援助運動のメンバーの多くが県立高校の教員で教職員組合員です。プロジェクト支援やスタディツアーにも参加していただいてきました。また毎年草の根援助運動は連合神奈川のメーデーに国際協力NGOとして唯一物販参加をさせてもらっています。その他、神奈川での米軍基地問題や憲法問題などの集会やイベントでもいつも一緒です。ピースデポもこの恵まれた環境を享受してさらなる活動の充実を図っていきたいと思っています。
 先日、結成から20年を記念してこれまでの活動をまとめた「ピースデポ20年のあゆみ」(頒価300円)を発行いたしました。ご高覧いただけましたら幸いです。
NPO法人ピースデポウェブサイト:http://www.peacedepot.org/

インタビューを終えて
 山中さんは、長時間に渡るインタビューにもかかわらず、山中さんには、やさしく丁寧にお応えいただきました。そして、一つひとつの言葉の中に、これまで海外で育んでこられた草の根の援助運動やピースデポの活性化に向けた力強い決意がうかがえました。特に、ピースデポをはじめとした運動組織にとって、会員拡大や財政基盤の整備、スタッフ体制の充実は、それぞれ大変重要であり時間のかかる仕事です。ご本人は、「リリーフ役」としてがんばるとのことですが、これまでの海外支援活動の経験などを活かしながら、「ロングリリーフ」としてがんばっていただきたいと思います。
(勝島一博)

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オール沖縄からオール日本へ!─沖縄知事選絶対勝利
フォーラム平和・人権・環境 共同代表 藤本 泰成

 2014年11月1日、菅原文太さんの「仲井眞さん、弾はまだ一発残っとるがよ」と言う台詞に、沖縄セルラースタジアム那覇は、大きな歓声につつまれました。「今日は、自分から立候補して、ピッチャー交代、知事交代、ということで押し掛けてきました」という、文太さんは、11月28日、その月の内に亡くなりました。末期ガンを押して、「うまんちゅ1万人大集会」に駆けつけ、翁長雄志さんを応援した、文太さんの思いはいかほどだったのか。国の役割は二つ、飢えさせないこと、戦争をしないこと、との言葉が今も耳に残ります。おつれあいの文子さんは「すでに祖霊の一人となった今も、生者とともにあって、これらを願い続けているだろうと思います」と述べています。
 この日、候補者として壇上に上がった翁長雄志沖縄県知事は、沖縄の未来を力強く語りました。沖縄の自然、歴史、伝統、文化、琉球王朝の『万国津梁』の精神を基本に、国際物流拠点として、国際観光リゾートとして、発展するアジアの力を吸収していく、アジアの中心として子どもたちにしっかりとした沖縄を引き継いでいく、「基地は沖縄経済の阻害要因」でしかないと明確に述べました。保守政治家を名乗る翁長知事は、しかし、基地を単に経済の面だけで見ているわけではありません。彼は、1956年の基地の地代の一括払い、土地買い上げの必要を報告した「プライス勧告」に対して、県民が保革一致して闘った「島ぐるみ闘争」を引き合いに、「沖縄県民が自ら差し出した土地はひとつもない」と沖縄の誇りを強調し、「辺野古を容認するならば、初めて自らが基地を差し出すことになる」と述べています。
 翁長知事誕生のスタートだったこの集会の演説のその内容と意味を、9月30日に行われる知事選挙を前にして再確認することが重要だと思います。
 8月8日、膵臓がんを患っていた翁長知事は、志半ばで他界しました。祖霊となって、菅原文太さんと肩組み合って私たちを、沖縄の推移を見下ろしているのでしょうか。これまでの闘いに敬意を表し、哀悼の意を表したいと思います。
 選挙前に、「後戻りできない」と県民に植え付けるがごとく基地建設の既成事実化をもくろむ沖縄防衛局は、8月17日にも埋め立ての土砂搬入を行うとしてきました。7月27日、翁長知事は辺野古新基地建設を巡る埋め立て承認の撤回に向けた手続きに入ることを表明しました。既成事実化を阻止し、選挙前に自らの意思を表明することが重要との判断であったと思います。沖縄県は、撤回の方針を変更していません。政府も、土砂搬入と埋め立ての強行が選挙にどう影響するのかを慮り、現在気象条件を理由に延期しています。「移設は喫緊の課題」としてきた政府の姿勢が問われかねない状況に至っています。
 翁長知事の遺志を継ぐ後継者に、玉城デニー衆議院議員(自由党)が選ばれました。軟弱地盤への対応などによる工法の変更も含めて知事権限の行使が問われる今後の辺野古問題の推移を考えれば、絶対に負けることのできない知事選挙です。「オール沖縄で、イデオロギーよりもアイデンティティー、保守と革新をのりこえ心一つにして、基地問題にぶちあたっていこう」と叫んだ翁長知事の主張を、絶対に忘れてはなりません。選挙の勝敗を決する課題がそこにあります。翁長知事の信じた、沖縄の将来にむけて、オール沖縄の一致する思いをどう作っていくのかが問われる選挙です。
 一方で、安倍政権の継続が明らかになるにつれて、沖縄と日本政府の対立構造を危ぶむ声も聞かれます。全国一低い「最低賃金」、全国一高い「子供の貧困率」「離婚率」。沖縄県のきびしい現実が、県民の目の前に、その日常にあります。そのことを、私たち沖縄に連帯し辺野古新基地建設に反対する者は、決して忘れてはなりません。決して、沖縄と本土の分断を許してはなりません。沖縄への基地負担の代替措置として「沖縄振興予算」など他県に比べて優遇されていると言う日本政府の主張は、数的な分析をすすめると全くの虚言であることが明らかになります。もし政府の主張が事実ならば、なぜ沖縄県民の生活の質が向上していかないのでしょうか。「基地は経済発展の阻害要因」という翁長知事の言葉は、説得力のあるものです。「辺野古新基地建設反対、平和を守れ」だけでは、私たちの主張が理解を得ることはできません。私たちの側の「沖縄連帯」の質が問われています。
 翁長知事が信じた沖縄の将来を、沖縄県民と私たちの連帯の中で語り合おうではありませんか。そして日本の将来を語ろうではありませんか。「転換期の日本へ-『パックス・アメリカーナ』か『パックス・アジア』か」(NHKブックス/2014年刊)の中で、ジョン・W・ダワー(マサチューセッツ工科大学名誉教授)は、こう言っています。「日本の難題は、新しい『アジア太平洋』共同体をイメージし、敵対的対立ではなく経済的・文化的な協力関係に資源とエネルギーを注ぐことのできる指導者が存在しないことにある」
 辺野古新基地建設反対の闘いは、沖縄を超えて日本全体がどのような未来を描くかを問うているのだと思います。
 「うちなーんちゅ、うしぇーてぃないびらんどー」と言う翁長知事の言葉が聞こえます。沖縄の人をないがしろにして日本の未来はありません。沖縄知事選絶対勝利!

※11月1日の「うまんちゅ1万人大集会」の菅原文太さんと翁長雄志さんの演説は下記より https://iwj.co.jp/wj/open/archives/201796
https://www.youtube.com/watch?v=sKG9c6akZOk
(ふじもとやすなり)

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被爆73周年原水爆禁止世界大会開かれる情勢変化を捉え、核社会からの脱却を


広島・開会総会
(2018年8月4日)
 「核も戦争もない平和な21世紀に!-くり返すな核被害!めざそう核兵器廃絶と脱原発社会」をメイン・スローガンに、被爆73周年原水爆禁止世界大会は、7月28~29日の福島大会を皮切りに、8月4~6日に広島大会、7~9日に長崎大会を開催しました。

安倍政権の危険な動きと対決
 今年の大会は、南北首脳会談や米朝首脳会談が行われ、朝鮮半島情勢の変化がみられるにもかかわらず、安倍政権が、核兵器禁止条約に背を向け、米国の「核態勢の見直し(NPR)」や核の近代化などを後押しし、軍事体制強化や憲法改「正」にまで踏み込もうとする危険な動きが強くなる中で開催されました。8月8日には、沖縄の翁長雄志知事の急逝の知らせが入り、沖縄・辺野古の新基地建設問題をめぐる情勢が変化しようとする中で、平和と非核化をどう創り出すかが問われました。
 安倍政権は、エネルギー基本計画を改訂し、原子力推進を明確にしました。しかし、福島原発事故以降、21基の原発が廃炉になり確実に原子力政策は行き詰まっています。再稼働した原発は現在9基にとどまり、今後、再稼働が順調に進むには厳しい状況にあります。原発の新規増設・リプレースも困難で、核燃料サイクルは、高速増殖炉もんじゅの廃炉により破綻は鮮明となり「脱原発社会」を求める声は高まっています。
 このように核や平和、原発を巡る状況が大きく変化する中で、核兵器廃絶、脱原発、ヒバクシャの援護・連帯の3つのテーマを中心に議論が進められました。
 福島大会で西尾漠・大会副実行委員長は「原発再稼働が進んでいるようにみえるが、実際には半数以上が廃炉になり確実に原発廃炉時代が始まる」と指摘しました。
 福島県平和フォーラムの角田政志代表は「今年6月に東京電力は福島第2原発の廃炉表明をした。これは県民が求めてきた成果だ」と歓迎しながらも、被災者の支援策の後退は許さず、国・東電に責任を求めていくことを表明しました。
 原子力資料情報室の山口幸夫・共同代表の講演では、福島の置かれている状況を全世界に発信することや、原発事故の真相を究明すること、そして核兵器、核の商業利用の矛盾を明確にしていくことの重要性を強調しました。
 全体集会後の分科会で、「放射線被ばくと健康・心のケア」、「放射性廃棄物・除染廃棄物の処理問題」、「賠償問題」などの課題で議論を深めました。

原発事故の現実を直視しエネルギー政策転換を
 核兵器廃絶と平和の課題では、朝鮮半島に「新しい風」(前田哲男さん)が吹きはじめている現状にどう対応していくかが課題となり、「東北アジア非核兵器地帯化構想を具体化するチャンス」(湯浅一郎さん)と提起されました。
 その一方で安倍政権の「戦争できる国」への危険性が指摘されました。憂慮する科学者同盟のグレゴリー・カラキーさんは、米国の資料から、核戦力の充実と拡大抑止、日本への核兵器の再配備さえ求める日本政府の被爆国としてあるまじき誤った姿勢を明らかにしました。さらに、米国の東アジア戦略の要としての沖縄への新基地建設の撤回に向けた取り組みの重要性を訴えました。
 脱原発課題では、福島原発告訴団団長の武藤類子さんが、東京電力幹部の刑事責任を追及する中で、事故の原因と責任を明らかにすることが「脱原発社会」への一歩につながると発言。元原子力資料情報室の澤井正子さんからは、あふれ出る放射能汚染水、行方が分からない溶融燃料、拡散し続ける放射性物質の現実を報告されました。
 福島原発事故の現状は、まさに「原子力緊急事態発令中」と言えます。この現実を直視しエネルギー政策の転換を求めていくことが必要です。
 核被害者への援護・連帯の課題では、被爆者の平均年齢も82歳を超え、解決が急がれていることが訴えられました。韓国から被爆者と被爆二世の2名を招き、戦後補償も含め実相を学びました。また、広島原水禁代表委員の金子哲夫さんからは、7月に朝鮮民主主義人民共和国を訪問して、在朝被爆者の現状調査をした報告があり、日本の加害の歴史も含め認識を深めました。
 被爆二世・三世の課題では、現在進められている集団訴訟や国連人権委員会への働きかけの現状と課題が討議されました。長崎の開会総会では、「被爆体験者」からの報告も行われ、いまなお被爆者として認められない苦しい実情が訴えられました。さらに、世界に拡がる核被害者の置かれている厳しい実態と連帯については、チェルノブイリの被害者であるジャンナ・フィロメンコさんをお呼びして、その実情を聞くとともに、医師でチェルノブイリ・ヒバクシャ救援関西の振津かつみさんからは、核利用が社会的抑圧、差別、搾取の構造の上に立ち、核の開発と利用は、核の被害なしにあり得ないと言う指摘がなされました。
 一方、今年も高校生平和大使や高校生1万人署名活動、「メッセージfromヒロシマ」の取り組みを通じ、若い世代への運動の継承が呼びかけられました。
(井上年弘)

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原水禁世界大会で「東北アジアの平和と非核化」の国際シンポ

 広島大会2日目の8月5日、「東北アジアの平和と非核化」をテーマに、国際シンポジウムが行われました。
 はじめに藤本泰成・大会事務局長が基調報告を行ない、核兵器禁止条約が国連で採択され、核兵器の非合法化が進むなか、日本政府が核廃絶への歩みを先導すべきところ、逆に足を引っ張っているのではないかと指摘しました。また、アメリカのトランプ政権が核兵器の役割の重視を明示し緊張が高まる中で、2018年4月27日、韓国の文在寅大統領と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の金正恩委員長による南北首脳会談、そして6月12日のトランプ米大統領と金委員長の米朝首脳会談が行われ、朝鮮半島情勢の劇的転換がおきている。そこで広く情勢を見ながら、日本政府の果たしている役割、運動状況等について議論を進めたいと提案しました。その後、藤本事務局長の司会進行で、3名のパネリストによりシンポジウムは進行しました。

現実的課題となった東北アジア非核地帯構想
 最初に湯浅一郎さん(ピースデポ共同代表)が、南北、米朝共同声明の内容を比較検討し「北の非核化ではない。朝鮮半島の非核化が明確にされている」と説明しました。また両会談の実現により、朝鮮戦争の終結・平和条約締結や南北統一も現実的課題に上がってくると述べました。そして、朝鮮半島の非核化には東北アジアの非核化を保障する国際法が必要であり、そのために「東北アジア非核地帯構想」がいよいよ現実的課題になり、その実現に向けて、"3+3"と表現する当該である非核兵器国3か国(日本と南北朝鮮)が核を所有せず、それらの国に対して核保有国である米中ロ3か国が核攻撃を行わないという消極的安全保障の確証を行う方法が適切であると主張しました。


国際シンポジウム・右からグレゴリー・カラキーさん、
ハッサン・エル・タィヤブさん、湯浅一郎さん、
左は司会の藤本事務局長
(8月5日・広島市)
日本政府が核廃絶を妨害する中心となっている
 次にグレゴリー・カラキーさん(憂慮する科学者同盟アナリスト)が、日本政府・外務省が核廃絶、核軍縮を進める上で決定的な障害物になっていると批判しました。2009年の米議会「戦略態勢委員会」で核抑止力の強化を訴える証言を行った秋葉剛男駐米公使(当時・現事務次官)の発言内容を明らかにしました。それは、様々な種類の核兵器を開発、通常兵器での攻撃への反撃にも核兵器を使用し、沖縄での核貯蔵も賛成、推奨するというものでした。またオバマ大統領(当時)の核先制不使用政策を採択しようという動きに外務省が激怒し、広島訪問時の発表を阻止するために当時の国防相、国務相、エネルギー省長官など米政府高官に強力なロビーイングを行い、ついに米国が政策変更を断念するに至ったことをあげ、外務省は核政策をすすめる日米の軍民官僚の中心であると指摘しました。

トランプの核政策に対抗するアメリカ平和運動
 続いてハッサン・エル・タィヤブさん(ピースアクション・シカゴ地域政治組織担当ディレクター)が、トランプ政権の核政策には巨額な予算を要する核近代化などオバマ政権から引き継いだものもあるが、「核態勢見直し」は核の役割を強めるなど大きく転換していて、民生インフラ整備や保健システムを破壊しながら進められることを指摘しました。また、行政、立法、司法の三権を保守派に握られるという、平和運動には厳しい状況だが、米朝会談の実現など緊張緩和など希望も見え、特に米朝会談は、韓国民衆のキャンドル革命が文政権を生み出し、北朝鮮のオリンピック参加からの劇的な変化を作り出した成果であると主張しました。
 ピースアクションは、米大統領が一元的に握っている核使用命令を、議会の承認なしには行えない立法化のためのロビーイングに力を入れています。またトランプの政策にすべて反対という傾向の民主党議員には、米朝間の緊張緩和を支持するよう働きかけていること、さらに、北朝鮮についてほとんど知識がない議員などへの教育にも重点を置いていることを報告しました。その上で、今年の秋の議会の中間選挙や、2020年の大統領選挙での変化を生み出すことを意識して活動をしていると述べました。
 最後に秋葉忠利・広島原水禁代表委員(元広島市長)が、朝鮮半島の情勢の発展が、為政者だけでなく南北の市民の意志により起きていること、世界各地の非核地帯の実現には短くても10年以上かかっていることから、「北東アジア非核地帯」は1年や2年ではできないと覚悟して、中長期的に進めなければならない。核兵器は1986年をピークに削減されており、さらに核廃絶に向けてデータを駆使し、作戦を練り、メディア、SNSを活用して影響力を拡大していくことが求められており、この国際シンポジウムはそのための起点になったとまとめました。
(菊地敬嗣)

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加盟団体の活動から(第9回)
中小労働者の立場で様ざまな共闘を
中小労組政策ネットワーク 書記長 鳥井 一平


マーチ・イン・マーチ2018(3月4日・上野公園。
移住労働者の生活と権利のための行動で、
毎年3月、中小ネットなどの組合が
パフォーマンスを行っている)
 中小労組政策ネットワークは、リストラ、雇用破壊の嵐の中、1999年12月に結成されました。その原動力となったひとつは、1998年の労働基準法改悪NO!の全国キャラバンのエネルギーでした。そしてもう一つは中小零細企業をフィールドとする各地の労働組合、ユニオンが直接的に国会でのロビー活動を行うための下支え組織の必要性でした。以降、「NO!運動」など数次にわたる全国キャンペーンの下支えや、倒産・自主生産、パート、派遣、非正規労働者、外国人労働者の権利確立の先駆けとしての運動づくりに関わってきました。また、国際連帯、とりわけ韓国の日系企業における争議での韓国民主労総傘下労組の遠征闘争(来日闘争)を支援してきました。
 現在の組織構成は11労組・地域共闘組織で約1万人の組合員を擁し、東京・神奈川、北関東、大阪の3地方に合同労組・ユニオンのネットワークを持っています。また、市民団体・労組との協力関係が結ばれています。
 運動においては、中小労働者の立場と視点を基本に、あらゆる労働者の権利拡大、生活向上をめざしたネットワークづくりをさまざまな分野、領域で働きかけてきています。そして地方議員、国会議員との連携で政策への提言など地方、国政を通じたロビー活動に取り組み、年間の課題としては、春の共同行動や東京総行動、争議支援・連帯、けんり春闘、平和フォーラム・原水禁の一員としてヒロシマ・ナガサキ、護憲大会など平和や環境・生活・人権の確立を求める活動、戦争法反対、さようなら原発の運動や被曝労働者連帯の運動、沖縄をはじめとする反基地運動、雇用共同アクションなどの共同行動、移住労働者の諸運動、そして労働安全衛生分野での活動、各地で活動しているNPO組織や市民運動、アジア・欧米など各国の労働運動との協同作業や共闘などを取り組んでいます。
 中小労組政策ネットは弱小組織ですが、身の丈以上の活動に、加盟組織の争議に強いオルグたちが奔走、活躍していると自負しています。
(とりいいっぺい)

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〔本の紹介〕
日本軍兵士-アジア・太平洋戦争の現実
吉田裕著/中央公論新社/2018年12月刊


 「一応服は着ていますがとても軍服とは言えるものではありません。銃はなく(中略)まるで乞食同然の姿です」。これは、戦争末期の留守部隊の状況を語った兵士の言葉です。著者の吉田裕・一橋大学大学院社会研究科特任教授は、「凄惨な戦場の現実を歴史学の手法で描き出したい」として、「『兵士の目線』で『兵士の立ち位置』から戦場をとらえ直してみること」を主眼にしたと言います。散逸する様々な兵士の言葉や統計的数字を拾い、日本軍兵士の惨状をしっかりと描き出しています。
 最初に、太平洋戦争に突入する直前の1941年の時点で、戦死者の数を戦病死者(50.4%)が上回り、「絶望的抗戦期」と著者が指摘する44年以降は73.5%に上り、藤原彰の先駆的研究の推計では、日中戦争以降の戦没者230万人のうち餓死者の合計が140万人(全体の61%)であったと紹介しています。米軍と比較し、対策の立ち後れによって、多くの兵士がマラリヤ感染の後に極度の栄養失調で死んでいく状況を指摘しています。歯科医不足、放置される軍隊内でのいじめ、自殺、能力の限界を超える装備量、無鉄軍靴、竹製の飯盒と水筒、なさけない限りのすさまじい物資不足は、とても精神力では追いつかない現実を表現しています。
 著者は、戦闘にすべてを優先させることで、補給、情報、衛生、防禦、海上護衛などが軽視されたと指摘。私は「見よぼくら一銭五厘の旗」で花森安治が指摘した「貴様らの代りは一銭五厘で来る軍馬はそうはいかんぞ」に象徴される命を軽視する思想、日本軍の兵士を牛馬以下に考える思想が底流にあって、そのような戦闘・作戦優先の状況が生まれたのだと思います。吉田は対談で「最近、若い世代に、戦争あるいは戦闘に対する関心が生まれてきたのではないか。『この世界の片隅で』がヒットしましたし、『ペリリュー-楽園のゲルニカ』と言う漫画も出ています」と話しています。そうであることを望みたい。
 『不死身の特攻兵軍神はなぜ上官に反抗したか』(鴻上尚史・講談社現代新書)、『戦争調査会幻の政府文書を読み解く』(井上寿一・講談社現代新書)、『歴史と戦争』半藤一利・幻冬舎新書)、『十五歳の戦争陸軍幼年学校「最後の生徒」』(西村京太郎・集英社新書)、『戦争で死ぬ、ということ』(島本慈子・岩波新書)も紹介します。
(藤本泰成)

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そしてアベちゃん、地球を死の星に

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9.17「 さようなら原発 全国集会」

 福島原発事故から7年半が過ぎても、原発事故の収束の先行きが見通せない中、いまだ5万人近い被災者が苦しい避難生活を強いられています。政府は補償を打ち切り、帰還の強制を進め、被災者をさらに苦しい立場に追い込んでいます。また、安倍政権は、原発再稼働・核燃料サイクルの推進、原発輸出などに邁進しています。
 このような状況を受けて「さようなら原発」一千万署名市民の会の呼びかけで、今年も「さようなら原発全国集会」が9月17日に開かれます。多くの方々の参加を呼びかけています。

日時:9月17日(月・祝)11:00~15:10
会場:東京・代々木公園B地区、けやき並木、野外ステージ
内容:
 11:00~出店ブース開店
 12:30~コンサート
 13:30~開会・発言(鎌田慧、落合恵子ほか)/各地の報告(福島、東海第二原発、自主避難者から)/総がかり行動からの訴え
 15:10~デモ出発(渋谷コース、原宿コース)
主催:「さようなら原発」一千万署名市民の会
協力:戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会

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