ニュースペーパー

2020年10月01日

被災地仙台港の石炭火力を止める闘い

元東北大学大学院教授、尚絅学院大学大学院特任教授 長谷川公一

原発と石炭火力―――第2次安倍政権の負の遺産

2020年9月16日に退陣した第2次安倍政権の負の遺産・レガシーは多いが、代表的なものの一つは、福島原発事故にもかかわらず原子力政策・エネルギー政策の転換にはほとんど手を付けず、原発の再稼働推進・六ヶ所村での再処理推進政策をとってきたことと、国内・国外で石炭火力推進政策をとってきたことである。資源エネルギー庁元次長の今井尚哉首相秘書官兼補佐官をはじめ、第2次安倍政権では経産官僚の影響力の大きさが指摘されてきた。それゆえというべきか、にもかかわらずというべきか、原発過酷事故の当事国でありながら、変われない日本の構造は深刻だ。

この間ドイツは福島原発事故を契機に、2011年末時点で稼働中の9基原発を2022年末までに全廃すべく、すでに3基を閉鎖。再生可能エネルギーによる発電を増やし、2019年には全発電量の46%を供給した。2020年1月29日には、2038年までに、段階的に石炭火力発電所を全廃する法案を閣議決定した。石炭火力はドイツの発電量の約40%を占めている。ドイツは、脱原発と脱石炭双方をめざして世界をリードしている。

台湾も、2020年1月に再選された蔡英文総統のもとで、稼働中の原発3基を2025年までにすべて閉鎖する「非核家園(原発のない郷土をつくる)」政策を維持している(他の3基はすでに閉鎖されている)。

原発の年間発電量が世界5位の韓国も、大統領選挙期間中の公約にしたがって、文在寅大統領は2017年6月の就任直後に、石炭火力発電の見直しと今後40年以内に原発ゼロをめざし、再生可能エネルギーの推進と天然ガス火力に力を入れると宣言した(今後40年の目標が遅すぎるという批判も強い)。

韓国はすでに新規の石炭火力発電の建設を認めていないが、文大統領は本年9月、2034年までに国内の約60の石炭火力発電所を半減以下にすると述べた。2022年末までにまず10基を閉鎖、さらに20基以上を追加閉鎖する。太陽光、風力などの再生可能エネルギーによる発電は25年までに3倍増とし、再エネへの転換を加速する。さらに年末までに、2050年温室効果ガス排出ゼロに向けたロードマップを公表するとしている。

台湾・韓国ともに、日本と同様にエネルギーの海外依存度が高く、隣国からの電力供給が見込めない中で、政権トップが明確な目標を掲げて、エネルギー転換(energy transition)に真摯に取り組んでいる。

福島原発事故後、日本では石炭火力発電所50基の新設計画が発表され、比較的小型のものを中心に、17基は操業済みである。約3割にあたる13基は中止もしくは木質バイオマス100%に計画変更されたが、石炭依存は深まっている。新規の石炭火力発電所は、福島原発事故のいわば鬼っ子的存在である。

東日本大震災の津波被災地・仙台港で、2017年10月1日から操業を始めた石炭火力発電所・仙台パワーステーション(以下、仙台PSと略記)の操業差止めを求めて、2017年9月27日宮城県民124名が仙台地裁に提訴した。被告は、関西電力と伊藤忠商事の関連会社・仙台パワーステーション株式会社である。原告団の母体となった「仙台港の石炭火力発電所建設問題を考える会」の代表の私が原告団長を務めている。

原告団および支援の人々(2018年5月23撮影)

原告124名は全員、仙台市・多賀城市および隣接する市や町に居住している。しかも68%は仙台PS から5km圏内に居住している。100名を目標に募集を開始したものの、はたして原告がどれだけ集まるのか、気がかりだったが、仙台PSなど被災地に石炭火力発電所を立地しようとする企業に強い憤りを感じている人がこれだけの数に上った。公害・環境問題に関心を持つ仙台弁護士会所属の弁護士11名が原告代理人として弁護団を組織している。

仙台港の石炭火力の何が問題か

仙台パワーステーションは、出力11.2万kWの小規模の石炭火力発電所だ。出力11.25万kW以上の場合には国の法定アセスメントの対象となる。出力11.2万kWでは、自治体に条例がない限りアセスメントの対象にはならない。立地計画が発表された時点で、宮城県や仙台市には条例がなかった。宮城県・仙台市の制度の欠陥を突いた形であり、「環境アセスメント逃れ」の典型事例である。仙台港への立地計画を知った2012年10月時点で宮城県や仙台市が小規模石炭火力も環境アセスメントの対象となるように環境影響評価条例を速やかに改正していれば、アセスメントのしばりをかけることができたはずだが、宮城県も仙台市も黙認した。後手に回った仙台市が環境影響評価条例施行規則を改正して出力3万kW以上の火力発電所を新たに環境影響評価制度の対象事業に加えたのは3年半後の2016年5月1日(施行日)である。事業者側は2015年5月25日に電気事業法にもとづく工事届出書を提出、9月に起工式を行った。2016年3月2日には、宮城県、仙台市など6市町、計7自治体と公害防止協定を締結した。2017年6月12日には、住民らの反対を押し切って試運転を開始、10月1日から営業運転を開始した。

仙台パワーステーション(2020年8月31日撮影)

仙台パワーステーションの問題点は少なくないが、環境アセスメント逃れによって当初の計画どおり短期間に営業運転に漕ぎつけている。事業者側は最低でも約2年間、数十億円を節約できたことになる。事業者側が県知事に候補地選定を依頼してから公害防止協定締結まで3年10ヶ月を要しているが、後述のように、環境アセスメントのしばりをかけるべきだという問題意識は、遺憾ながら、宮城県にも仙台市にもなかった。

事業者側は、自主アセスメントを求める私達の再三の要求を無視し、また2017年3月8日に実施した住民説明会でも、「自主的な環境アセスメントを実施してほしい」とする要望に対して、「環境アセスメントを実施すると稼働が延期となってしまうことから、実施する予定はありません」と回答したにもかかわらず、裁判の準備書面(1)(2018年2月16日付、5頁)では、「仙台PSの稼働前後において、周辺の大気環境に有意な差がみられるような変化は生じないことを確認するなど、自主環境影響評価を行っている。」(下線部筆者)と強弁した。

はじめてづくしの石炭火力差止訴訟

この訴訟は、石炭火力発電所単体の差止めを求める日本初の訴訟である。松下竜一が本人訴訟を提起し、『豊前環境権裁判』(1980年、日本評論社)を刊行した豊前火力建設差止訴訟(1973年提訴、1985年最高裁判決原告側敗訴)、日本で初めての環境権訴訟として著名な伊達火力建設差止訴訟(1972年提訴、1980年札幌地裁判決原告側敗訴)などがあるが、それらはいずれも重油を燃料とする火力発電所の訴訟だった。尼崎公害訴訟(1988年提訴、2000年控訴審で和解)では国・道路公団と9企業が被告だが、被告の中に尼崎東発電所(石炭と重油の混燃)を操業する関西電力が含まれていた。

この訴訟は、石炭火力差止訴訟の先陣を切ることになった。健康被害の恐れと気候変動の影響による人格権侵害、干潟の生態系にかかわる環境権の侵害を請求の根拠とし、被災地への立地を問う、日本で初めての訴訟である。仙台の訴訟につづいて、神戸製鋼らを被告とする石炭火力発電所(65万kW2基)の建設差止訴訟が2018年9月神戸で提起され、同年11月には同じ発電所をめぐって、環境アセスメントを不服として、国を被告とする行政訴訟も始まった。2019年5月には横須賀市に建設中の石炭火力発電所(65万kW 2基)をめぐって、国を被告とする行政訴訟が始まった。これら後続の差止訴訟および運動と連携をはかり、司法的救済の可能性を探究している。石炭火力発電所についても、原発と同様に「訴訟リスク」があることを企業側や政府に提起し、石炭火力発電所抑制に向けた規制強化と政策転換を求めている。

そのほか、幾つもの重要な点で、公害・環境裁判の歴史の中で注目すべき「はじめて」の特質を持つ訴訟となった。

原告側は、PM2.5などの大気汚染による早期死亡数を大気拡散モデルをもとにシミュレーションを行い、全体では年間9.7人、被害のもっとも深刻な多賀城市では人口10万人あたり年間2.16人(宮城県全体の交通事故死者数人口10万人あたり2.20人に匹敵)と明示した。大気拡散モデルから早期死亡者を推算する手法の信頼性、早期死亡者数の信用性が争われる日本初の裁判となった。

この手法および早期死亡者数の妥当性を判断するために、日本の公害・環境裁判ではじめて専門委員(内山巌雄京大名誉教授・公衆衛生学)が関与し、これらの妥当性が裁判の大きな焦点となった。

2020年2月17日、民事の公害・環境裁判ではじめて、被告企業の代表者の尋問が行われた。この点も注目される。

結審を含め口頭弁論が14回、公開の弁論準備手続きが3回、計17回法廷が開かれた。

原告および原告弁護団としては最善の立証努力を尽くしてきたつもりである。被告側は、環境基準を順守し、宮城県などとの公害防止協定も順守している。法令違反はない。石炭火力は政府によって重要なベースロード電源として位置付けられていると超然としている。

日本では、予防原則が重視されていないこともあって、公害・環境訴訟で差止めを認めた判例は残念ながら、きわめて限られている。主なものには、計8例の原発訴訟(もんじゅ訴訟を含む)のほか、大阪国際空港公害訴訟控訴審判決(1975年、最高裁判決(1981年)では訴えそのものを却下)、宮城県丸森町耕野地区での産廃処分場の操業停止の仮処分申請を認めた一審判決(1992年、確定)、尼崎道路公害訴訟一審判決(2000年)、自動車の排気ガスと工場排煙による複合大気汚染公害の名古屋南部公害訴訟一審判決(2000年)がある程度だ(尼崎・名古屋南部ともに控訴審段階で和解成立)。

2020年8月26日に結審し、10月28日に判決言い渡しがある。全国初の石炭火力差止訴訟であるだけに、どのような判決が下されるのかが、注目される。歴史的な画期的判決が出されることを願っている。(はせがわ こういち)

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