ニュースペーパー

2021年01月01日

米大統領選挙そして菅政権誕生から見る日本

フォーラム平和・人権・環境 共同代表 藤本 泰成

混迷する米国と大統領選挙

米国大統領選挙は、予想を覆す接戦を演じ、トランプ大統領による「全票再集計」によって混乱しましたが、バイデン候補有利は、保守派で占められたとする最高裁でも覆ることはありませんでした。2021年1月20日には、バイデン新大統領が就任式に臨むこととなりました。ラストベルトに代表される製造業の極端な不振、黒人やヒスパニック系住民の増大による白人社会の不安、ラテンアメリカからの移民の増大、一部富裕層との極端な所得格差など、米国はこの間極めて深刻な課題に直面してきました。トランプ大統領は「自国第一主義」「バイアメリカン」などを主張しながら、台頭する中国への「力」による政策を打ち出し、TPP交渉、パリ条約、イラン核合意、INF撤廃条約などから一方的に離脱など、「強い米国」を誇示しながらアメリカ社会の支持を勝ち得てきました。しかし、これまでの米国がとってきた「自由と民主主義、人権尊重の価値観外交」を無視した一方的な外交姿勢は、世界秩序を著しく混乱させ、世界各国から大きな批判を浴びています。

バイデン新大統領も、選挙期間中には「ラストベルト」を中心にした労働者の支持拡大に力を注ぎ、「バイアメリカン」の政策をアピールしてきました。中国政府の香港政策や、新疆ウイグル自治区の少数派イスラム教徒に対する政策などを強く批判し、習主席を「悪党」と呼んだことさえありました。また、朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)に対しては、朝鮮との対話を重視したトランプ政権を批判し「(核開発に進んだ)朝鮮に正当性を与えた。悪党を仲間だと呼ぶ」と述べています。バイデン新大統領は、オバマ政権の副大統領との経歴から、またトランプ大統領の外交姿勢への批判から、「価値観外交」の復活を期待されるに違いありません。しかし一方で、トランプ政権の持ち込んだ米国の深刻な分断と向き合いながら、コロナ禍の中で経済の立て直し、雇用の増大を求められるとともに福祉へのとりくみも期待されています。経済の立て直しがままならない中では、中国との関係回復やその他様々な課題に対してトランプ政権から後退したと捉えられることは、白人労働者などからの支持を一挙に失いかねません。トランプ政権のコロナ対策をきびしく批判してきたバイデン新大統領は、極めて困難な状況に立っていると考えざるを得ません。

変わらない東アジア政策

このような情勢からは、バイデン新大統領に対して、対中政策の大きな変化を求めることは簡単ではありません。混迷する香港、中国に席巻される米国経済、中国の南シナ海への覇権拡大、増大する米軍の東アジア駐留経費、あげるならばキリのない課題は、トランプ政権下から大きく変化することは考えられません。中国は、米国が大統領選挙で外交の舞台から退場している間に、日本を説得して「東アジア地域包括的経済連携(PCEP)」を成立させました。インドの不参加という課題はありますが、中国を中心とした経済圏は、米国の脅威と見えるに違いありません。このような中で日本政府は、米国の「環太平洋パートナーシップ協定(TPP)」交渉への復帰を期待しているかに見えますが、米国の経済状況がそれを許す環境にあるとは考えられません。東アジアでの大きな課題の一つである米国の対朝鮮政策は、トランプ政権の対話による非核化交渉の行き詰まりから膠着状態にあります。バイデン新大統領は、副大統領としてオバマ政権下で「戦略的忍耐」の政策を採り続け、制裁の強化をすすめました。トランプ政権を「核保有に正当性を与えた」と批判していますが、トランプ大統領は、「戦略的忍耐」の政策が、朝鮮が核保有に至る時間を与えたと逆に批判しています。バイデン新大統領は、米朝首脳会談の条件が「非核化の約束」とし、会談を全否定するに至っていません。2021年1月に党大会を予定する朝鮮は、「国家経済発展五カ年計画」が決定されることを含めて「我々は自らの道を進む、米国への期待はゼロ」としています。間近に迫る米韓軍事演習の実施規模・内容もあって、米朝関係が進展するかどうかは不透明と言わざるを得ません。

トランプ政権からバイデン政権へ、移行の手続は進んでいます。しかし、米国が置かれている状況はきわめてきびしく、米国の外交政策が一気に転換していく情勢ではありません。むしろ「同盟重視」を標榜するバイデン政権は、「米国第一主義」で突き進んだトランプ政権より難しい選択を迫られるのではないでしょうか。

第1次安倍政権から

昨年9月、憲政史上最長の在位日数を更新して、安倍政権の7年8ヵ月が突如終了しました。健康上の問題とは言え、突然の辞任は第168国会の所信表明演説の2日後に辞任した第1次安倍政権と同様に、「坊ちゃん政治」と呼ぶにふさわしく、責任感の不在を象徴するものでした。安倍首相は、2007年9月から2009年9月までの第1次安倍政権下において、「美しい国日本」をつくるとして「戦後レジーム」からの脱却をスローガンに、教育基本法を改正し、愛国心の涵養の規定、道徳教育の項を創設、普通教育9年や男女共学の削除を行いました。安倍晋三は、「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」で事務局長を務めるなど、「新しい歴史教科書をつくる会」「日本会議」と意を共にして、日本国憲法を基本にした「戦後秩序」への闘いをすすめることとなります。第1次安倍政権下では、「日本再生機構」や「主権回復を目指す会」「在日特権を許さない市民の会」など、侵略と植民地支配、大日本帝国憲法下の社会秩序にシンパシーを感じている組織が立ち上がり、政治的活動を重ねるようになります。

排外主義の安倍政権

2012年12月、再び政権を奪取した安倍首相は、文科大臣に「日本会議国会議員懇談会」の副会長、下村博文を任命し、民主党政権が導入した高校授業料無償化制度から朝鮮高校を除外しました。この行為に対しては、国連の社会権規約委員会の「日本の第3回定期報告に関する総括所見」において、「締約国の公立高校授業料無償制・高等学校等就学支援金制度から朝鮮学校が排除されており、そのことが差別を構成していることに懸念を表明する」と記載されています。しかし、安倍政権は、文科省令の改正を行って排除を常態化しました。そのような政権がつくり出す差別状況の中で、京都朝鮮学園に向けられたヘイトスピーチや川崎市や東京・新大久保などでの朝鮮出身者へ向けられる激しいヘイトスピーチが繰り広げられ、社会問題化しました。韓国大法院での元徴用工裁判の判決には、一方的に解決済みを主張し、韓国との対立をも深めてきました。安倍政権は、コロナ禍の中でも経済的弱者に目を向けることなく、その差別性は顕著なものとなっています。

日米統合軍へ、進む日米軍事一体化

安倍政権は、朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)との間の拉致問題やミサイル発射実験、中国の尖閣列島や南シナ海への進出をことさらに脅威と喧伝し、2014年集団的自衛権行使容認の閣議決定を行い、市民社会の反対を押し切って安全保障関連法(戦争法)を強行成立させました。特定秘密保護法や改正組織的犯罪処罰法など反動的法改正もすすめました。

集団的自衛権行使容認・戦争法成立の中で安倍政権は、いずも、かがのヘリコプター搭載護衛艦をSTOVLタイプ(短距離離陸・垂直着陸)のF-35Bステルス戦闘機を搭載する空母に改修し、南シナ海などで中国軍を仮想敵として日米合同演習を頻繁に実施しています。自由で開かれたインド太平洋構想は、自衛隊と米軍の一体化を進め、南シナ海ではこれまでにない緊張状態が続いています。国内では青森県車力、京都府経ヶ岬、韓国では星州(ソンジュ)にある米軍Xバンドレーダーの情報網を基本に、米国よりイージス・システムを導入して米国と一体となったミサイル防衛を構築し、日米統合軍としての自衛隊運用をも視野に入れています。いまや、後戻りできないほど自衛隊と米軍の関係は深化し、情報収拾能力に秀でる米軍の指揮の下に自衛隊が展開することも想定されます。

安倍政権は、多文化共生を謳いながら、国内における在日コリアンを中心とした外国人差別を助長し、朝鮮半島や中国との対立を深め、米国との同盟の深化から逃れられない状況を迎えています。

新鮮味のない菅政権の今後

このような安倍政権を継承するとした菅政権は、臨時国会冒頭の所信表明演説でも何ら新鮮味を感じさせず、安倍政権の本質をそのまま引き継ぐこととなっています。日韓関係においては、元徴用工問題も解決済みの姿勢を強調し、朝鮮政策では拉致三原則を引き継ぎ、自由で開かれたインド太平洋の実現もそのままです。このような「米国第一主義」のトランプ政権との蜜月を誇った安倍政権の外交政策で、「同盟重視」を謳うバイデン政権の東アジア政策に対応できるのかどうか、今後菅政権はきわめて困難な選択を迫られていくものと考えられます。今、菅政権に求められるものは、安倍・トランプの中で作りあげられてきた日米の頸木を断って、東アジア諸国との関係改善に努めていくことです。バイデン政権が混迷する内政の課題に向けられている中で、RCEPを中心とした東アジアの繋がりを確固たるものにしていく必要があるのだと思います。そのためには、森友、加計、桜を見る会に象徴される政治的腐敗を一掃し、日韓、日朝、日中関係の新たな構築に向けて動き出さなくてはなりません。

全国結集で闘った高江ヘリパッド建設阻止闘争(2016年10月沖縄)

全国結集で闘った高江ヘリパッド建設阻止闘争(2016年10月沖縄)

ポストコロナ社会を想像しながら

2021年は、必ず衆議院総選挙が実施されます。安倍政権下で進んできた貧困と格差、差別と分断、排外主義を乗り越えて、コロナ禍で顕在化した新自由主義的な社会のあり方を一掃しなくてはなりません。東アジアでの対話と協調の流れをつくり出さなくてはなりません。日米同盟の深化から放れることが、東アジアでの日本の立ち位置を決定すると思います。そのために平和フォーラム一丸となって頑張って行きましょう。(ふじもと やすなり)

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