2021年、平和軍縮時評

2021年12月31日

「ポスト愛知目標」の策定が本格始動 ―第15回生物多様性条約締約国会議第1部で昆明(クンミン)宣言―

湯浅一郎

新型コロナウイルス(COVID-19)の世界的感染が止まらない。世界保健機構(WHO)(注1)によれば、2021年12月29日現在、世界の感染者は、約2億8200万人,死亡者、約541万人である。日本の感染者は173万2369人、死亡約18,389人である。7~8月にかけて日本では、毎日2万人を超える新規感染者が出続け、東京都では週平均4000人を超える新規感染者が出るという深刻な事態が続いていた。それが9月末になると急激に減少し、11月初めには週平均で10人程度にまでなった。ワクチン接種の割合が8割近くになったという事実はあるにしろ、政府が有効な対策を講じたという形跡は何もない中でのことで理由はわからない。そして年末になり、第6波への拡大が懸念されている。さらに南アフリカ発のオミクロン株なる新たな変異種が出てきて、今や、米国、フランス、英国、イタリアなどで爆発的な感染増が起こり、2019年末から始まったCOVID-19禍は丸2年を経ても世界的な感染は依然として予断を許さないままである。

本「時評」21年2月号で、筆者は、コロナ禍は1つの感染症としての意味にとどまらず、現代文明や人間社会全体のありようを問う重大事であり、コロナ事態としてとらえるべきだと述べた。
本稿では、その続報として、生物多様性の低下を食い止めるための2021年いっぱいの国際的な取り組みをフォローするとともに、時代が文明の転換期にあり、今こそコロナ事態を契機に生物多様性をキーワードに浪費型文明の変革に向かうべきこと,その際、自分史を見つめなおすことを通した市民としての活動の方向性について述べてみたい。

2020年は、2010年に策定した生物多様性に関する「愛知目標」の目標年であり、2030年、2050年に向けた「ポスト愛知目標」を定める重要な年になるはずであった。当初の予定では、2020年10月、中国の昆(クン)明(ミン)で開催する生物多様性条約第15回締約国会議(以下、COP15)でポスト愛知目標を定める計画であった。しかし、コロナ禍の発生で昆明会議は無期限延期となり、その後、20年7月15日、生物多様性条約事務局は、延期していたCOP15を2021年5月17日~30日にかけ昆明で開催すると発表した。しかし、これも21年10月に延期されたが、コロナ禍の世界的感染が一向に収まらない中、2021年8月5日、生物多様性条約事務局は、昆明で開催予定の第15回締約国会議を2部構成に分け、第1部を10月11~15日にオンラインと対面の併用で行い、翌22年4月25日~5月8日に第2部を昆明で対面形式で開催すると発表した。結局、当初、20年10月に予定していたポスト愛知目標の最終的な合意形成は、世界規模のコロナ禍が終息する気配がない中、22年5月まで伸びることとなった。

 

第15回生物多様性締約国会議(昆明会議)の第1部

2020年9月、生物多様性条約事務局は、世界の生物多様性の概況に関する報告書「地球規模生物多様性概況第5版(GBO5)政策決定者向け概要要約」(注2)を発表した。報告は、まず愛知目標の20の目標について一つ一つ達成状況を検証したところ、完全に達成された目標は無いとした。そのうえで、生物多様性の損失を少なくし、回復させるために、「今までどうり」から脱却し、社会変革(transformative change)が必要であるとした。

2021年7月、上記の結果を踏まえ、COP15 での合意を目指すポスト愛知目標の第1次草案が発表された(注3)。21の目標を設定しているが、目標3は「少なくとも世界の陸域、海域の30%を保護区にする」としている。愛知目標では、「陸域の17%、海域の10%を保護区にする」としていたのと比べ。今回は、これを大幅に拡大したことになる。ちなみに愛知目標では、目標は20あったが、今回は、気候変動に関する項目が追加されている。

そして、2021年10月11日から15日、COP15の第1部がオンライン方式と中国・昆明での対面方式を併用して開催された。締約国・地域、市民団体等から約2,500人がオンラインで、約2,900人が対面で参加し、日本政府からは、外務省、農林水産省、経済産業省及び環境省からなる代表団が出席した。
10月12日~13日のハイレベルセグメントには、首脳級9名、閣僚級99名が参加し、2050年までの長期目標「自然と共生する世界」に向けた各国の取組が発信された。日本からは山口壮環境大臣がオンラインで出席し、以下の2点につき発言した(注4)。

1.生物多様性の損失を止め、回復軌道に乗せるため、「ポスト2020生物多様性枠組」(いわゆる「ポスト愛知目標」)の採択が必要である。同枠組に含めるべき要素として、2030年までに陸域と海域の30%を保全・保護するという目標(30 by 30)、自然を活用した解決策(Nature-based Solutions)を含めることが必要である。

2.日本政府としては、「同枠組の採択後、速やかに行動に移すため、次期生物多様性国家戦略の検討を既に開始」している。「生物多様性日本基金(Japan Biodiversity Fund:JBF)」の第2期(JBF2)として総額1,700万米ドル規模での国際支援により途上国支援を行う。

そして会議は、COP15第二部におけるポスト2020生物多様性枠組の採択に向けた気運を高めるため、「昆明宣言」(注5)を採択した。

昆明宣言

「 エコロジカル文明:地球のすべての命に共有される未来をつくる」と名付けた宣言には、2022年春のCOP15第二部での「ポスト2020生物多様性枠組」の採択に向けた決意や考え方が、まず前文に以下のように記されている。

「生物多様性と、それが提供する生態系の機能とサービスは、地球上のあらゆる形態の生命を支え、人間と地球の健康と幸福、経済成長と持続可能な開発を支えるものであることを強調し、」

「生物多様性の損失、気候変動、土地の劣化と砂漠化、海洋の劣化と汚染、そして人間の健康と食料安全保障に対するリスクの増加という、前例のない相互に関連した危機が、私たちの社会、文化、繁栄、そして私たちの地球に存亡の危機をもたらしていることを、深刻な懸念をもって認識し、」

「生物多様性の損失の主な直接要因は、土地/海の利用の変化、乱獲、気候変動、汚染、侵略的外来種であることも認識し、」

「したがって、持続可能な開発の不可欠な一部として、生物多様性が保全され持続的に利用され遺伝資源の利用から生ずる利益が公正かつ衡平に配分されるような、自然と人間の未来の道を形成するために政府のすべてのレベルでの政策一貫性と国レベルでの関連条約や多国間機関での相乗効果の実現を通じて経済のすべてのセクターと社会のすべての部分にわたる社会変革のための緊急かつ統合的な行動が必要であることを強調し、」

「生物多様性の損失を食い止め、反転させるためには、土地・海洋利用の変化への対応、生態系の保全と回復の強化、気候変動の緩和、汚染の削減、侵略的外来種の抑制、乱獲の防止などの行動、また、経済・金融システムの変革、持続可能な生産と消費の確保、廃棄物の削減などの行動を含む、複数の措置の組み合わせが必要であることを留意し、これらの 措置は単独でも、部分的な組み合わせでも十分ではなく、各措置の効果は他の措置によって高められることを認識し、」

「多くの国による、保護地域やその他の効果的な地域をベースとする保全手段のよく連結されたシステムを通じて、陸域と海域の30%を2030 年までに保護し保全するという呼びかけに留意し、」

「我々は、「国連持続可能な開発のための行動の 10 年」、「国連生態系回復の 10 年」、「持続可 能な開発のための国連海洋科学の 10 年」との関連において、生物多様性を回復への道筋に乗せることが今後 10 年の決定的な課題であり、条約の3つの目的をバランスよく推進する野心的で変革的なポスト2020生物多様性枠組を策定、採択、実施するための強い政治的モメンタムが必要であることを宣言する。」

そして、17項目について約束するとした。以下に、そのいくつかを列記する。


1.「自然との共生」という 2050 年ビジョンの完全な実現に向けて、遅くとも2030年までに生物多様性の現在の損失を回復させ、生物多様性が回復軌道に乗ることを確実にするために、条約に沿った必要な実施手段の提供、及びモニタリング、報告、レビューのための適切なメカニズムを含む、効果的なポスト 2020 生物多様性枠組の策定、採択、実施を確実にする;
4.ポスト2020 生物多様性枠組の国レベルでの効果的な実施を確実にするため、生物多様性国家戦略及び行動計画の策定と改定を加速、強化する;
10. 環境及び社会的保護のための強固な予防措置をとおし、生態系を活用したアプローチの適用を拡大することで、生物多様性の損失に対処し、劣化した生態系を回復させ、回復力を高め、気候変動を緩和・適応させ、持続可能な食料生産を支援し、健康を増進し、また、その他の課題への対処、ワン・ヘルスやその他の包括的アプローチの強化、持続可能な開発の経済的、社会的、環境的な側面にわたる利益の確保に貢献するとともに、このような生態系を活用したアプローチが、パリ協定の目標に合致する形で温室効果ガスの排出 量を早急に削減するために必要な優先行動に取って代わるものではないことを強調する;
11. 海洋及び沿岸の生物多様性を保護し、気候変動に対する海洋及び沿岸の生態系の回復力を強化するために、人間の活動が海洋に及ぼす負の影響を軽減するための行動を強化する;
13. 財務・経済に係る省庁やその他の関連省庁と協力し、インセンティブの構造を改革するため、生物多様性に有害な補助金やその他のインセンティブを排除、段階的に廃止、または改革するとともに、脆弱な状況にある人々を保護することで、あらゆる資源からの追加的財源を動員し、生物多様性の保全と持続可能な利用を支援のためすべての資金の流れを調整する;

こうして昆明宣言で示した決意に基づき、22年5月の昆明会議で,「ポスト愛知目標」が合意される見通しである。日本政府は、それを受けて22年内にも「第6次生物多様性国家戦略」を閣議決定する。これまで日本は、1992年、生物多様性条約が採択された直後にいち早く条約を批准し、2008年、生物多様性基本法を作り、5次にわたり生物多様性国家戦略を閣議決定してきた。そして2020年1月、COP15で合意されるであろうポスト愛知目標に呼応して、新たな第6次生物多様性国家戦略策定の準備作業を進めた。具体的には、環境省が生物多様性国家戦略研究会を組織し、2020年1月7日の第1回を皮切りに9回の研究会を開催し、2021年7月30日、研究会報告書(注6)を発表した。こうした流れからは、ポスト愛知目標枠組みや日本の第6次生物多様性国家戦略は、昆明宣言にある「経済のすべてのセクターと社会のすべての部分にわたる社会変革のための緊急かつ統合的な行動が必要である」というトーンを基調として作成され、キーワードとして「社会変革」が盛り込まれることは確実である。

今後に向けて

2022年以降、日本政府は、「ポスト愛知目標」や第6次生物多様性国家戦略を推進せねばならない立場になる。その時、政府は、両者に照らしてあらゆる国策、公共政策を見直すことができるのであろうか。そもそもそういう意思があるのであろうか? 例えば、辺野古新基地建設、原発の再稼働や新増設、とりわけ上関原発予定地の海面埋め立てなどはどうするのであろうか。

愛知目標や第5次国家戦略に対しては、これらは「法的拘束力を持たない」という言い訳をして、「これまでどうり」の施策を強行してきた経過を見れば、今後も同じ対応をする可能性が高い。岸田政権は、「新しい資本主義」などと称して、成長と分配を両立させるべく、新たな装いをこらそうとしているが、その程度の発想で、この問題に対処できるわけがない。政権交代でもない限り、どう見ても「社会変革」を本気で取り組むとは考えがたい。そうであれば、我々市民が、政府としても取り組まざるを得なくなった政策をチェックしつつ、市民社会としての構想を描き、具体的に政府の責任を追及していく態勢を整えねばならない。

18世紀の産業革命に端を発し、科学技術の進歩を背景に、資本主義的社会経済システムを運用し、特に1970年代初めからは石油漬け文明とでもいうべき時代が続いた。その中で、半ば予想されていたことではあるが、人類は生物多様性を急激に低下させ、地球規模での気候変動を左右するに至った。1970年代の石油危機からほぼ半世紀を経て、その弊害が気候危機という形で表面化し、生物多様性の低下はとどまる気配がない。21世紀の直前、人類は、このままのありようを続けた場合、極めて深刻な事態になるとの危機感から、変化を食い止めようとする国際的な努力を始めた。1992年、リオデジャネイロでの国連環境会議において、生物多様性条約と気候変動枠組条約を作り、遅まきながら具体的な対応を始めた。しかし、それから30年近くたつ今、状況を打開できる見通しは全くたたないままである。そうした中で、21世紀の5分の1を経た時点で、コロナ事態に遭遇したことの意味は重い。

残念ながら、政府の施策は、そのような大局的で、長期にわたる視野での重大な事態をほとんど対象化できないまま、コロナ禍への対応や経済的繁栄を目指す施策に追われ、かつコロナ感染が収まれば元の膨張する社会経済システムに戻ることだけを目指しているように見える。

今は、産業革命以降の人類の歩みを省察すべきときである。時代は、現代文明の転換期の渦中にある。転換を迫る課題は、いつごろから表面に現れ始めていたのであろうか?私は、生物多様性や気候変動を通しての生存の危機は、第2次大戦後、とりわけ1960年代後半から始まっていたと考える。例えば、呉の海岸生物調査(図1)から見える1960年代後半からの生物多様性の急激な低下は、それを示唆している。


また、もう少し長くみれば、19世紀の後半から、そこに入っていったとみることができる。1868年9月、ドイツの地理学者フェルデイナント・フォン・リヒトホーフェンが、中国へ向かう船旅での日記において、瀬戸内海の風景を絶賛したのち、「かくも長い間保たれて来たこの状態が今後も長く続かんことを私は祈る。その最大の敵は、文明と以前知らなかった欲望の出現とである」と懸念を示した時、彼の脳裏には、文明の暴走により、将来、自然が、社会が壊されていくことへの不安を感じていたに違いない。この時、既に大気中の二酸化炭素濃度は徐々に上昇を初め、グリーンランドの氷中の鉛濃度は徐々に増加し始めていた。

時代の転換は、根本的な構造的変革が求められるので、半世紀とか1世紀をかけて進むものであろう。その際、一人の人間の人生全体は、その転換の中の一端を担うことになっているはずである。自分史をその観点から見つめなおしてみることには重要な意義があるのではないか。例えば筆者の1971年から女川原発反対闘争を皮切りとした反公害闘争への関与の半世紀強にわたる経験(注7)は、現代文明の転換期における世界規模の変遷の一部をとらえているはずである。そこで感じ、行動し、取り組んだことの中には、社会のありようを変革していくうえで、貴重な指針が含まれているはずである。今、我々一人一人のかけがえのない人生の中で経験してきたことを活かしながら、生物多様性と脱軍備をキーワードに社会を変えていく取り組みを精一杯生きていくことが求められている。

注:
1.世界保健機構ホームページ。URLは以下。
https://covid19.who.int/
2.生物多様性条約事務局:「地球規模生物多様性概況第5版(GBO5)政策決定者向け概要要約」(2020年9月)。
3.生物多様性条約事務局(2021年7月16日):「ポスト愛知目標第1次草案」。環境省訳は以下。
http://www.biodic.go.jp/biodiversity/about/treaty/files/1.0draft_post2020gbf.pdf
4.www.env.go.jp/press/files/jp/116957.pdf
5.昆明宣言のurlは以下。
http://www.env.go.jp/press/files/jp/116959.pdf
6.第6次生物多様性国家戦略研究会報告書。環境省ホームページの以下のURL。
https://www.biodic.go.jp/biodiversity/about/initiatives5/index.html
7.湯浅一郎:『科学の進歩とは何か』94ページ、第三書館(2005年)。

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