平和軍縮時評

2020年06月30日

「戦争という病に終止符を打ち、ともにコロナと戦おう!」
~グテーレス国連事務総長によるグローバル停戦の呼びかけ~

渡辺洋介

 

新型コロナウイルスの世界的な感染は、残念ながら、いまだに収束の兆しが見られない。日本でも7月中旬から再び感染者が急増しているが、7月18日の世界保健機関(WHO)の発表によると、世界の1日あたりの新規感染者は約26万人で過去最高を記録した。こうした中、国連安全保障理事会はコロナの世界的流行に対応するため、世界の紛争当事者に対して、およそ3か月前にアントニオ・グテーレス国連事務総長が提起した停戦の呼びかけを支持する決議案を全会一致で採択した。「戦争という病に終止符を打ち、ともにコロナと戦おう」という趣旨である。

 

1.グテーレス国連事務総長のグローバル停戦の呼びかけ

7月1日の安保理決議の契機となったのは、3月24日にグテーレスが出したグローバル停戦の呼びかけである。当時は欧米ばかりでなく日本でもコロナの感染が急増し始めたころであった。グテーレスはコロナへの対応に集中するため、世界中の紛争当事者に対して即時停戦を呼びかけた。人類は新型コロナウイルスという共通の敵を迎え撃たねばならない局面にあり、戦争をしている場合ではないという認識に基づくものである。グテーレスは停戦を呼びかけたプレスリリースにおいて、ウイルスは、国籍、民族、党派、宗派に関わりなく、すべての人を攻撃するのであり、特に女性と子ども、障害をもつ人々、社会から隔絶された人々、避難民など、社会的弱者が最も大きな犠牲を払うことになると警鐘を鳴らしている。また、戦争で荒廃した国では医療制度が崩壊していることが多く、難民など紛争で故郷を追われた社会的弱者は、二重の意味で弱い立場に立たされている。こうした点をふまえつつ、グテーレスは次のように停戦を呼びかけた。

ウイルスの猛威は、戦争の愚かさを如実に示しています。

私がきょう、世界のあらゆる場所でグローバルな即時停戦を呼びかけているのも、そのためです。

紛争を停止し、私たちの命を懸けた真の戦いに力を結集する時が来ています。

紛争当事者に対し、私は次のように訴えます。

戦闘行為から離れてください。

不信と敵意を捨ててください。

銃声を消し、砲撃を停止し、空襲をやめてください。

それがどうしても必要なのは…

救命援助を届けるための道を確保できるようにするためであり、

外交に貴重なチャンスを与えるためであり、

COVID-19に対して最も脆弱な人々が暮らす場所に、希望を届けるためでもあります。

COVID-19対策で歩調を合わせられるよう、敵対する当事者間でゆっくりとでき上がりつつある連合や対話から、着想を得ようではありませんか。しかし、私たちにはそれよりもはるかに大きな取り組みが必要です。

それは、戦争という病に終止符を打ち、私たちの世界を荒廃させている疾病と闘うことです。

そのためにはまず、あらゆる場所での戦闘を、今すぐに停止しなければなりません。

それこそ、私たち人類が現在、これまでにも増して必要としていることなのです。(注1)

 

2.停戦呼びかけに対する各界の反応

グテーレスは停戦呼びかけから10日後に記者会見を開き、呼びかけに対する反応についての最新情報を共有した。グテーレスによると、停戦の呼びかけは4月3日の時点で、約70の加盟国、NGOや市民社会の団体、フランシスコ教皇を含む宗教指導者たちから支持を得たという。また、カメルーン、コロンビア、ミャンマー、フィリピン、シリア、ウクライナ、イエメンなどの紛争当事者が停戦の呼びかけに応じたことを紹介し、改めて世界中の紛争当事者に停戦を呼びかけた。(注2)

しかし、グテーレスも認めているように、停戦を宣言した紛争当事者であっても、言葉と行動の間には大きな隔たりがあり、また、コロナ禍という世界的な危機にあっても、一部の紛争は、戦いが収まる気配もなくさらに激化を続けていた。

同様に、軍事紛争の研究を続けている米国のNGO・ACLEDの報告からも厳しい現実が垣間見れる。同報告によると、同NGOが定義する「紛争地域」43か国(注3)のうち31か国はグテーレスの停戦呼びかけに応じなかったという。一方で、10か国における紛争当事者(上記7か国にアフガニスタン、インド、インドネシアを加えた国々)は呼びかけを歓迎し、実際に停戦に向けた行動をとった。また、タイとリビアの紛争当事者は国連の呼びかけとは別に、コロナの感染拡大を理由に自主的に停戦を宣言した。停戦に向けて行動した世界12か国のうち、8か国はアジアに位置し、4か国は東南アジアであった。以下においては停戦を受け入れた東南アジア4か国の事例を紹介したい。(注4)

 

紛争地域における停戦呼びかけに対する反応

青緑の国:紛争当事者が停戦に向けて行動をとらなかった国

オレンジ色の国:紛争当事者が停戦に向けて行動をとった国

 

第一に、インドネシアの事例である。同国最東部の西パプアでは、4月8日、独立闘争を繰り広げている西パプア民族解放軍が声明を発表し、「自由パプア運動および西パプア民族解放軍(OPM-TPNPB)は、…インドネシアが不注意に軍事作戦を実施してコロナウイルスを他の国々に蔓延させないよう、…人類と地球規模の正義のために国連とOPM-TPNPBの善意を尊重するよう要請する」と表明した。インドネシア政府はこの声明に対して何ら反応を示していない。ACLEDによると、TPNPBが停戦声明を発表してから軍事衝突は報じられていないとのことである。

第二に、タイ最南部のマレー人居住地域を拠点とするパッタニ・マレー民族革命戦線が、4月3日、人類の主敵は新型コロナウイルスであり、タイ政府軍から攻撃を受けない限り「すべての活動を停止する」という声明を出した。これに対してタイ政府軍はコロナは「関係ない」とコメントし、声明をほぼ無視している。4月30日、タイ警察は革命戦線と銃撃戦を起こし、革命戦線の3人が死亡した。これは革命戦線が一方的停戦を発表してから初めての衝突であった。

第三に、フィリピン共産党の軍事組織である新人民軍は、3月26日、国連の呼びかけに応じて停戦を実施すると発表した。一方、フィリピン政府は3月18日に新型コロナウイルス対策に集中するために一方的停戦を宣言しており、双方がそれぞれ停戦を表明するかたちとなった。4月16日、新人民軍は停戦を4月30日まで延長すると発表したが、その後、フィリピン軍・警察と新人民軍は互いに相手の停戦違反を非難し合うようになった。ACLEDによると、両者の間の衝突回数は停戦延長後にかえって増加した。

第四に、ミャンマー西部の反政府武装組織・アラカン軍は、4月1日、新型コロナウイルスの感染拡大を理由にすでに実施していた一方的停戦を4月30日まで延長した。一方、ミャンマー政府は、5月9日、国連の呼びかけに応じるという名の下に翌日から8月31日までテロ組織が活動する地域を除いて停戦を実施すると発表した。これに対してテロ組織に指定されているアラカン軍は、5月10日、ミャンマー政府の声明は実質を伴わない詐欺であり、新型コロナウイルスを利用して政治的軍事的優勢を確保し、国際司法裁判所(ICJ)からのプレッシャーをかわそうとするものにすぎないと激しく反発した。ICJは1月23日にミャンマー政府に対してあらゆる手段を用いてロヒンギャ族の集団虐殺を阻止するよう命じている。

以上はグテーレスの停戦呼びかけに応じた事例とされるものではあるが、具体的に見てみると、停戦呼びかけを歓迎した紛争当事者でさえ、多くの場合、呼びかけを都合よく利用したに過ぎないように思われる。形勢が不利な紛争当事者はコロナを口実に一方的停戦を呼びかけ、その間に態勢を立て直そうと試みた一方、軍事的に優勢な紛争当事者は停戦に無関心であるか、停戦を口にしても敵に対する暴力を完全に停止したわけではなかった。しかし、コロナ禍にあっても停戦の実現が容易でないことはグテーレスも認識しており、そうした厳しい現実を目の前にしても、粘り強く外交努力を続ける姿勢を貫いている。

 

  • 停戦に向けた国連の外交努力と安保理決議の採択

グテーレスは4月3日の記者会見で、停戦実現に向けて国連が行なっている外交努力として次の4つの事例を挙げた。第一に、アフガニスタンにおける外交努力である。アフガニスタンでは戦闘が激化する中、3月26日にアフガニスタン政府と反政府勢力・タリバンとの間における直接交渉のために21人から成るチームが結成され、また、捕虜解放のための連絡手段も開設された。両者は敵対行為を終わらせる時が来たと感じているようだ。グテーレスも全面的なサポートを約束している。

第二に、リビアでは、国民合意政府と反政府武装勢力・ハフタル軍の双方が停戦の呼びかけを歓迎した。ところが、軍事衝突は全ての戦線で激化しており、グテーレスは両紛争当事者と関係するすべての勢力に対して、国連の支援の下で議論してきた停戦を実現し、当局がコロナの脅威に効果的に対処できるよう、敵対行為を直ちに停止するよう求めている。

第三に、シリアでは4月初めに最初のコロナによる死者が報告された。国連シリア担当特使は、こうした中でコロナに対する取り組みを徹底するため、シリア全土における「完全かつ即時」の停戦を呼びかけた。トルコとロシアによって交渉が進められたイドリブでの停戦は今も続いているが、全ての人々に人道的支援を拡大するためには全土における恒久的な停戦が不可欠だからである。

第四に、イエメンでは、政府が停戦への支持を表明しているにもかかわらず、反政府のフーシ派や共同軍司令部など他の多くの勢力が紛争を激化させている。こうした中、国連イエメン担当特使はコロナの危機管理と全国的な停戦体制について話し合うために紛争当事者を招集する準備をしている。同時にグテーレスも、この破壊的な紛争と人道上の悪夢に終止符を打ち、交渉のテーブルに着くよう呼びかけている。

このように国連は停戦実現に向けて今も外交努力を続けている。同時にグテーレスは繰り返し、停戦実現とコロナに対する地球規模での団結した対応の重要性を力説している。例えば、4月3日の記者会見でグテーレスは次のように訴えている。

 

私は紛争当事者に影響を与えることのできる全ての国に対し、停戦実現のために可能な限りのことをするよう特別な呼びかけを行います。…平和を実現し、世界を団結させるため、我々は可能な限りのことをする必要があります。コロナウイルスと全力で戦わなければなりません。我々はコロナを打ち負かすために全てのエネルギーを注がなくてはなりません。(注5)

 

こうしたグテーレスの姿勢は国連安保理をも動かした。安保理では、冒頭でも触れたように、7月1日にグテーレスの停戦呼びかけを支持する決議が全会一致で採択された。コロナの世界的流行への対策として、国連が指定するテロ組織や過激派組織を除く世界各地の紛争当事者に対して、人道支援を実施するため、90日以上の戦闘停止を求めている。(注6)これは停戦実現を推進するうえで決して小さくない一歩である。第一に、安保理決議には法的拘束力があり、事務総長による呼びかけより一歩踏み込んだ強い措置となっている。第二に、米露中英仏の常任理事国が一致して停戦呼びかけに合意したことの政治的な重みは決して小さくない。

グテーレスは、6月25日の記者会見で、停戦呼びかけには180近くの国と20以上の武装勢力が支持を表明したと述べている。4月の時点で支持を表明した国は約70か国に過ぎなかった。「戦争という病に終止符を打ち、ともにコロナと戦おう」というグテーレスの訴えは国際社会で着実に支持と理解を広げている。

 

  1. 国際連合広報センターHP「アントニオ・グテーレス国連事務総長 グローバル停戦の呼びかけ」(2020年3月24日)
  2. 国連事務総長HP「コロナウイルス(COVID-19)流行後のグローバル停戦の訴えについての最新情報に関する事務総長の記者会見」(2020年4月3日、英語)
  3. 2020年に入ってから50件以上の組織的暴力事件があった国を紛争地域とする。
  4. ACLED「反応のなかった呼びかけ:国連のグローバル停戦の訴えに対する反応についての考察」(Call Unanswered: A Review of Responses to the UN Appeal for a Global Ceasefire)。「紛争地域における停戦呼びかけに対する反応」の世界地図の出典も。
  5. 注2と同じ
  6. 国連安保理決議2532 (2020)

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