2021年、平和軍縮時評

2021年10月31日

今こそ、日米地位協定の抜本改定を求めよう

ドゥブルー達郎 湯浅一郎

 日米地位協定は、正式名称を「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定」という。1952年の旧日米安保条約発効に伴ってできた日米行政協定を引き継いだものである。1960年1月19日、米国の首都ワシントンで、改定された日米安保条約と同時に署名され、半年後に発効した。日米安保条約第6条は、「日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍および海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される」とし、日本に米軍基地を置くことができると定めている。それに続いて、基地提供の手続きや使用のあり方、在日米軍の地位などは、「別個の協定及び合意される他の取極により規律される」としているが、ここで言う「別個の協定」が日米地位協定である。
 この28条から構成される地位協定により、日本に駐留している米軍、米兵、軍属とそれらの家族に、義務を免除したり、一般の外国人と異なる特別の地位ないしは特権を与えている。本稿では、いくつかの条文を取り上げ、それらにまつわる問題点を整理することで、日米地位協定と日本の外交のあり方について考える。

1.米軍人らへの刑事裁判権の行使に消極的な日本政府

 通常は、ある国の領内にいれば、その国の法律が国籍や属性に関係なく適用される。これを属地主義という。属地主義の原則では日本の刑法に違反する事件を起こした米兵は日本の裁判所で裁かれることになるはずだが、日米地位協定17条3(a)は以下の2つのケースで米国側が第一次裁判権を行使できるとしている。
 (i)もつぱら合衆国の財産若しくは安全のみに対する罪又はもつぱら合衆国軍隊の他の構成員若しくは軍属若しくは合衆国軍隊の構成員若しくは軍属の家族の身体若しくは財産のみに対する罪
 (ii)公務執行中の作為又は不作為から生ずる罪

 一方、公務外で米兵が事件を起こした場合は、日本側に第一次裁判権があるが、米国側が被疑者の身柄を日本の警察より先に確保した場合、以下の規定のように、日本の検察が起訴するまでは米国側が拘禁することになっている。
 地位協定第17条5(c)
 日本国が裁判権を行使すべき合衆国軍隊の構成員又は軍属たる被疑者の拘禁は、その者の身柄が合衆国の手中にあるときは、日本国により公訴が提起されるまでの間、合衆国が引き続き行なうものとする

 したがって、それまでの間、日本の警察は被疑者を逮捕して強制捜査をすることはできない。1995年9月の、米兵3人が12歳の少女を車で拉致して暴行した事件の際、米国側は引き渡しを拒否した。事件に抗議して開かれた、日米地位協定の改定を求める「沖縄県民総決起大会」は8万5千人という、本土復帰後最大規模の集会となった。それへの対応として、同年10月の日米合同委員会で、以下のような公務外で起きた犯罪でも殺人と強姦事件の場合には、起訴前の身柄の引き渡しができるようにする運用改善の合意がなされた。

 刑事裁判手続に係る日米合同委員会合意(1995年10月)(注1)
 一 合衆国は、殺人又は強姦という凶悪な犯罪の特定の場合に日本国が行うことがある被疑者の起訴前の拘禁の移転についてのいかなる要請に対しても好意的な考慮を払う。合衆国は、日本国が考慮されるべきと信ずるその他の特定の場合について同国が合同委員会において提示することがある特別の見解を十分に考慮する
 二 日本国は、同国が一にいう特定の場合に重大な関心を有するときは、拘禁の移転についての要請を合同委員会において提起する。(下線は著者)

 しかし、この合意では、米国側は起訴前の身柄の引き渡しの義務を負わず、殺人と強姦に限定して日本側の要請に「好意的な考慮を払う」としただけである。実際、2002年に沖縄県具志川市で起こった米海兵隊少佐による女性暴行未遂事件では、米軍は身柄の引き渡しを拒否した(注2)。その他の犯罪についても日本側の見解を「十分に考慮する」と、極めて弱い表現にとどまっている。筆者が警察庁に要請して得た情報によれば、2016年から2020年の間に凶悪犯罪(殺人、強盗、放火及び強制性交等)で摘発された米兵10人のうち、6人が逮捕されず、不拘束のまま事件処理がされていた。強制性交等では、米兵被疑者7人のうち、5人が不拘束で事件処理されていた。以上のような状況から判断して、1995年の日米合同委員会合意が十分履行されているとは言い難い。
 更に問題なのは、公務外の犯罪は日本が第一次裁判権を行使できることになっているが、実際は裁判権を行使しない場合が多いことである。日本が米兵の裁判に消極的な理由は、初期の密約に始まる長年の歴史的経過がある。行政協定を改定することが決まった1953年10月、法務省の交渉担当者は、日本にとって重要だと考えられる事件以外は「合衆国軍隊の構成員若しく軍属又はそれらの家族で合衆国の軍法に服する者に対し、裁判権を行使する第一次の権利を行使する意図を通常有しない旨述べることができる」と米国に約束し、議事録に署名していた。これは、できる限り自国兵士の権利を米国法の下で保護したい米国との妥協の産物であった。筆者が法務省に情報公開請求をして得た2016年から2020年の「合衆国軍隊構成員等犯罪事件人員調」と同省のホームページにある検察統計を見る限り、現在もその約束が根強く残っている面がうかがえる。この5年間の一般刑法犯(刑法犯全体から自動車による過失致死傷などを除く)の起訴率を罪種別に見ると以下の表1のようになる。強姦事件は9件中8件が不起訴で、起訴率は11%(同じ期間、日本全体は36%)。強制わいせつは9件中9件が不起訴で、起訴率は0%(日本全体は36%)。暴行は26件中22件が不起訴で、起訴率は15%(日本全体は29%)。窃盗は141件中134件が不起訴で、起訴率は5%(日本全体は42%)である。ただし殺人と強盗は起訴率が高い(前者は2件中1件が不起訴。後者は2件のうちどちらも起訴)。

表1 2016年から2020年の在日米軍人らによる一般刑法犯の起訴状況

※()内は日本全体の起訴率
※法務省の合衆国軍隊構成員等犯罪事件人員調と検察統計をもとに筆者作成

2.米軍の基地内外の活動に法的な歯止めがかけられていない

 日米地位協定では、米軍や米軍基地に日本の法律が適用されるか否かの規定はないが、第3条1では「合衆国は、施設及び区域内において、それらの設定、運営、警護及び管理のため必要なすべての措置を執ることができる」とあり、米国が事実上、基地管理権を持つことになっている。
 琉球新報が独自入手した、1983年に外務省が作成した日米地位協定の解釈・適用についてのマニュアルである「日米地位協定の考え方 増補版」(琉球新報社編)は、条文の中にある「すべての措置を執ることができる」を、「施設・区域について米側が排他的使用権を有していることを意味する」と説明する。つまり、日本側の権限は基地の中には及ばない。米国側にこのような排他的使用権を与えている理由を「右の如き法的地位が与えられない限り米軍の有効な機能の発揮が妨げられる」からだとする。米軍機の深夜・早朝の離発着や低空飛行による基地周辺の騒音被害や環境汚染の原因は、地位協定第3条で米軍が基地とその周辺で必要な措置を取れるとされていることにある。
 一方で、同書では「米軍の軍隊としての活動が施設・区域外で無制限に行われれば我が国の社会秩序に大きな影響が与えられることが予想されるので、米軍の軍隊としての活動は右の如き特別の法的地位を有する施設・区域内に限られるべきである」とも述べている。この説明の限りでは米軍基地の外では日本の法律が適用され、米軍の行動に規制がかかるように思われるが、実際にはそうなっていない。
 「派遣国と受入国の間で個別の取決めがない限り、受入国の法令は適用されません」と外務省のホームページにあるように、そもそも日本政府は、日本の法律は原則として米軍に適用されないという立場を取っている。その1つの典型的な例として米軍の低空飛行訓練を挙げることができる。1952年に施行された「日米地位協定の実施にともなう航空法の特例に関する法律」(航空特例法)により、人口密集地で最も高い建物から300メートル、それ以外では150メートルより上を飛ばなければならないとする日本の航空法は米軍機には適用されないことになっている。最低安全高度の適用を除外されていることから、米軍機は低空飛行訓練を行うことができるのである。
 騒音被害や事故が日本各地で起こり、自治体や地域住民から低空飛行訓練の中止を求める声が高まる一方で、外務省はそのホームページで「日本において実施される軍事訓練は、日米安全保障条約の目的を支えることに役立つものである。空軍、海軍、陸軍及び海兵隊は、この目的のため、定期的に技能を錬成している。戦闘即応体制を維持するために必要とされる技能の一つが低空飛行訓練であり、これは日本で活動する米軍の不可欠な訓練所要を構成する」と説明し、日米安保条約を根拠に低空飛行訓練の既成事実を追認している。

3.日本の上空で米軍が航空管制を行っている

 米軍が基地外での活動の自由を確保している問題は低空飛行訓練にとどまらない。米軍は最高高度2万3千フィートに達する横田空域(東京、神奈川、埼玉、群馬、栃木、静岡、山梨、長野、新潟、福島)と、最高高度7千メートルに達する岩国空域(広島、山口、島根、愛媛)の2つの空域で民間機の進入管制を横田基地と岩国基地から行っている。米軍が管制業務を行う権利は地位協定には明記されていないが、このことに関して「地位協定の考え方 増補版」は、「合同委員会の合意のみしかなく、航空法上の積極的な根拠規定はない」と説明する。航空交通の協力について定めた日米地位協定第6条には「すべての非軍用及び軍用の航空交通管理及び通信の体系は、緊密に協調して発達を図るものとし、かつ、集団安全保障の利益を達成するため必要な程度に整合するものとする」とあり、航空の安全をどう確保するかという規定がない。このことは、「集団安全保障の利益」を日米両政府は優先していることを示す。その結果、これらの空域では米軍が優先的に飛行するので、民間機は迂回ルートを取ることになる。それが航空路の混雑や、ニアミスをもたらす。

4.米軍は日本のどこにでも基地を置ける

日米地位協定と日米安保条約には基地の提供に関して以下の規定がある。

日米地位協定第2条1(a)
合衆国は、相互協力及び安全保障条約第六条の規定に基づき、日本国内の施設及び区域の使用を許される。個個の施設及び区域に関する協定は、第二十五条に定める合同委員会を通じて両政府が締結しなければならない。(略)

日米安保条約第6条
日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される。(略)

 これらの条文の意味に関して、「日米地位協定の考え方 増補版」はより分かりやすく「米側は、我が国の施政下にある領域内であればどこにでも施設・区域の提供を求める権利が認められている」としている。外務省のホームページでは「日本側の同意なしに、米国が日本国内に施設・区域を設置することはできません」とあるが、同書には、日米安保条約は「日米間に基本的な意見の一致があることを前提として成り立っていると理解すべきである」と書かれているので、米国が基地を必要だと判断すれば、自治体とその周辺に住む住民の意向にかかわらず、それに応じることが日本の正しい対応ということになる。例えば、米国との安全保障上の関係を理由に、選挙で示された沖縄県の民意を無視し、普天間基地の代替施設となる辺野古新基地建設を強行している。この対応は、日米安保体制のためならば日本のあらゆる土地を米軍に提供するという政府の強い意志を表わしている。

5.世論の力で日米地位協定の抜本的改定を

 地位協定によって引き起こされる問題への日本政府の対応は、運用の改善や補足協定といったその場しのぎのものであり、地位協定の抜本的な見直しではない。その結果、米軍は法的制約を受けることなしに、基地内外で自由な軍事行動を行うことができている。地位協定第25条には「いずれの政府も、この協定のいずれの条についてもその改正をいつでも要請することができる。その場合には、両政府は、適当な経路を通じて交渉するものとする」とあるが、実際には、1960年に地位協定が発効してから、日本政府は、一度として改定を米国に提起したことはない。外務省のホームページには「日米地位協定は、(略)日米安全保障体制にとって極めて重要なものです」と書かれている。本稿で何回か触れているように、政府は在日米軍の活動は周辺諸国への抑止力になり、日本の安全保障に寄与しているから、その活動に制約を課すべきではないと考えている。これは、市民の安全な生活を守ることより国防を優先する考え方である。その結果、安全な生活を脅かす可能性のある、米軍基地にまつわる事件や事故、被害が引き起こされていても、安全保障のためにやむを得ないとして、政府は改善に向けて真剣に取り組もうとしないのである。
 そうであるならば、政府がするべきことは、北東アジア非核兵器地帯の設立を目指すなどの外交努力により、ロシアや中国、北朝鮮との関係を改善し、米国の抑止力に頼らなくて済むような安全保障環境を日本の周辺に作るよう努力することであろう。脅威がなくなれば、米軍に特権を与え続ける必要はなくなる。
更に言えば、冒頭に述べたように、米国は安保条約第6条により「日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため」、日本に基地を置けることになっている。しかし湾岸戦争以降、在日米軍が関与した戦争はアフガニスタンやイラク戦争である。このことからも分かるように、在日米軍基地はインド太平洋地域を初め、中東やアフリカなどを含むグローバルな規模で米軍が展開するための前戦基地としての本質を有しており、日本の防衛が主な目的ではない。そして米国の世界戦略の一環としての在日米軍の運用に伴って市民の安全な生活が脅かされているのである。
 この現実を変えるために市民は、安全と生活権を最優先にする立場から、地位協定を抜本的に改定せよとの世論を盛り上げていかねばならない。

注:
1. 外務省「日米地位協定第17条5(c)及び、刑事裁判手続に係る日米合同委員会合意」https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/usa/sfa/rem_keiji_01.html
2. 外務省「日米地位協定 Q&A」https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/usa/sfa/qa09.html

参考図書:
伊勢崎賢治、布施祐仁『主権なき平和国家』集英社(2017年)
松竹信幸『〈全条項分析〉日米地位協定の真実』集英社(2021年)
琉球新報編『日米地位協定の考え方 増補版』高文研(2004年)

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