平和軍縮時評

2013年01月30日

平和軍縮時評1月号 核の飢饉(ニュークリア・ファミン)―限定核戦争で10億人が飢餓に  湯浅一郎

人類が作り出した兵器の中で、最もおぞましく、圧倒的な威力を持つのが核兵器であることに、異論の余地はない。核戦争に巻き込まれた国では、核爆発に伴う爆風、熱線、そして放射能による直接的かつ広範な影響を受け、あらゆるものが放射能に汚染される。核兵器の使用が、街を焼けつくし、あらゆる生命に襲いかかる暴力性は、広島・長崎の体験からよく知られている。
しかし、核戦争の結果は、戦争当事国における惨禍だけではすまない。おびただしい微粒子の放出に伴う気候変化が、農業生産に多大な影響を加え、新たな飢餓を生み出すことが懸念されている。この問題は、1980年代初めの米ソ冷戦時代に、米ソ間の大規模な核戦争が起きた時、放出される微粒子による気候変化が起こるとされ、「核の冬」として警告されてきた。
そして近年、地域的な限定核戦争によっても重大な非人道的影響が起こりうることが多くの環境科学者や医師たちによって警告されている。核攻撃で誘発される大規模火災で発生した微粒子の放出に起因する気候変化が、農業生産に多大な影響を与え、広範囲な「核の飢餓」(ニュークリア・ファミン)をもたらすという予測である。本稿では、核戦争防止国際医師会議、社会的責任のための医師の会(米国)のアイラ・へルファンド医師が2012年4月に発表した総説的な報告書と、同報告の基礎となった学術論文から、予測される甚大な影響について紹介する。

限定核戦争がもたらす気温低下と降水量の減少
ヘルファンド報告は、まず限定的な地域核戦争による気候変化について、アラン・ロボックらが、2007年に最新の地球規模の大気大循環モデルとシミュレーション技術を用いて行った計算結果を引用する。ロボックらは「インドとパキスタンの間の核戦争によって、ヒロシマ型原爆(TNT換算15キロトン)相当の原爆を相互に50発ずつ使用された」との想定の下で、次のような段階をへて重大な気候変動が生じると予測した。

  1. 攻撃目標が人口密集都市で、化石燃料が大量に保持されている結果、火災により0.1ミクロンの微粒子が大量に放出され、対流圏に充満する。
  2. 微粒子は、太陽エネルギーを吸収して、加熱により成層圏の最上部にまで運ばれ、長期にわたり滞留する。
  3. その結果、太陽エネルギーの反射率が高まり、地球全体が冷却される。

ロボックらは、「5月半ばに北半球亜熱帯の北緯30度、東経70度(インド、パキスタン国境)地点で核戦争が勃発」したと仮定し、緯度4度、経度5度(南北440km、東西550km)の範囲の対流圏上層にブラックカーボン(炭素を主成分とする「すす」)の微粒子500万トンが充満した状態を初期条件として、10年間のグローバルな気候の推移を計算した。

図に示すのは、核戦争後の地球表面温度と降水量の経年変化である。地球表面温度に対する微粒子の煤煙の影響は大きくかつ持続的である。1年後には平年との温度差(偏差)がマイナス1.25度の地表温度の低下が起こり、数年続く。10年経過後でも依然としてマイナス0.5度のままである。
この温度低下は、北半球の広い範囲に及び、大陸上で最大となる。核戦争の翼年の夏には、数度にもなる冷却が、ほとんどの穀倉地帯を含む北アメリカとユーラシアの広大なエリア一帯に生じる。冬の雪や氷に覆われる面積が、北半球の欧州や中国において15%ほど広がる状態が5年は続くと予測している。
さらに地表面の温度低下で蒸発と植物による蒸散が減少し、グローバルな水循環が弱まるために、降水量の減少が起こる。降水量の経年的な変化は、気温の変化とよく一致し、10年にわたり継続する。また、降水量の変化は熱帯で大きく、アジアの熱帯モンスーン地帯で著しい減少が起きる。
過去500年で最大といわれる1815年のタンボラ火山(インドネシア)噴火では、翌年、北半球では著しく気温が低下し、「夏のない年」となり、トウモロコシや干し草の収穫が大幅に減少した。それでも、その状態は1年で終結した。これと比べ、核戦争に伴う微粒子は、粒度が小さく滞留時間が長いため、影響がより長期にわたるとロボックらは説明している。
冷戦期の1980年代、米ソ間の大規模核戦争による「核の冬」の議論がなされたが、当時の計算モデルと計算技術は、微粒子の成層圏での滞留を考慮することができなかったため、影響は30日程度の短期にとどまっていた。ロボックらは「核の冬」は北半球中緯度が発生源であるが、今回は太陽エネルギーのより強い亜熱帯域に発生源があることが結果の違いに反映されていると考察している。
しかし、上記の計算結果は不確実性を含むものであり、ロボックらは、使用する計算モデルや仮定の妥当性の吟味を行っている。投入する物質を0.1ミクロンの黒色炭素に限定したが、実際の都市火災に伴う煙は、異なる粒度分布を持つ混合物であるかもしれない。また、煙の投入する場所として対流圏上層を選んだが、カナダやオーストラリアの森林火災の観察から、微粒子は直接、より上層の成層圏に達していることが示されており、影響を小さく見積もっている可能性がある。ロボックらは、これらを考慮して、物質を投入する高さ、投入量を変更して7ケースにつき計算を行っている。その結果、例えば対流圏下層に投入した場合は、微粒子の半分は15日以内になくなり、残り半分が成層圏へと打ち上げられた。また核爆発の規模がより少なく、投入する微粒子量を100万トンにしたケースでは、気温や降水量の変動幅は、先に示した500万トンの場合の約5分の1になった。いずれにせよ、条件による違いはあるが、地球規模の気温や降水量に影響を与える点において共通の傾向がえられている。

10億人を越える飢餓を起こす穀物の減産
次にヘルファンド報告は、ロボックらの気候への影響に関する計算結果を前提にして、その結果が農業生産に与える影響を推測した2つの論文を引用する。その結果、世界の現状に照らして10億人ともいう人々を巻き込んだ飢餓が発生すると警告している。
ムトル・オズドガンら(2012)は、包括的陸上生態系モデル(Agro-IBIS)と呼ばれ農業生産などに活用されている計算モデルを用い、降水量、太陽放射、気温などの減少を前提に米国の穀倉地帯4州(インデイアナ、イリノイ、アイオワ、ミズーリー)でのトウモロコシ、大豆生産への影響を予測した。その結果、どの州においても、トウモロコシ、大豆は戦争後10年にわたり平均10%の減産となり、5年目に最も厳しい約20%の減産が見込まれる。またヒアらによる別の研究は、ロボックらの気候変動予測を前提として、中国の中期的な米生産の重大な減産を見いだした。核戦争後の最初の4年間、米生産は平均21%の減産となり、次の6年にわたって平均10%の減となるとしている。以上から、両論文とも期せずして世界の穀倉地帯において主要作物の10~20%の減産を予測している。しかも、両論文とも、オゾン層破壊につながる紫外線の増加や、不作の要因となる日最低気温の影響を考慮しておらず、評価は保守的なものになっており、実際は、これよりも大きな減産をもたらす可能性がある。
このような有用食物の減産は、世界の何億人もの貧困層にとって食物の入手が困難になるような、食品価格の高騰を招くであろう。仮に農産物市場が正常に機能し続けても、新たに2億1500万人が10年間、栄養不良に加えられることになる。しかも(核戦争の直後において)市場が正常に機能することは考えにくい。重大で長期にわたる農業の不振は、食糧輸出国が、自国用の十分な食糧供給を保証するために輸出を規制することにより、国際的な規模でパニックと買いだめをもたらすことがほとんど確実である。農産物市場のこの混乱は、入手可能な食物をさらに減らすことにつながる。この結果、穀物価格の上昇、貧しき国では食糧確保が困難な状態が発生する恐れが強い。
ヘルファンドは、「世界の9億2500万人は、必要エネルギー量の最低基準、1日当たり1750キロカロリー以下の栄養不良にある」との2010年の国連食糧農業機関(FAO)の報告を引きながら、穀物の世界的減産がこの人々を直撃し、飢餓を生みだすと警告する。更に食料輸出国が自国民の食料確保を名目に輸出規制を行えば、10年間の累積的影響は、新たに日本、韓国も含む数億人を栄養不良に追い込み、10億人を越える人々に飢餓が発生するとしている。更にコレラなど感染症の流行や食糧確保のための新たな紛争の可能性も懸念される。

上記の計算結果は、ロボックらも指摘するように不確実性を含むものであり、モデルや仮定の妥当性の吟味が必要である。しかし、たとえ限定核戦争でも、直接的影響の他に地球規模の気候変化をもたらし、ひいては農業生産への影響から飢餓を産み出すという指摘は重く受け止めねばならない。化石燃料の使用に伴う二酸化炭素など、温暖化ガスの放出が、グローバルな気候変動を左右することが国際社会の主要テーマになっている現在、同様の問題が、大量の微粒子の放出に伴い、気候変動をもたらすという提起は考慮せねばならない課題である。これらの研究は、南アジアにおける核兵器開発競争、および他の核兵器保有国が有するより巨大な核兵器がもたらす人道への脅威に対して大きな危険信号を発している。
ヘルファンド報告は、「核の飢饉」を回避するためには、すべての核兵器国が核兵器への依存度を縮小し、「可能なあらゆる速度をもって、核兵器禁止条約の交渉へと進む必要」があるとの勧告で締めくくられている。

文献:

  1. アイラ・ヘルファンド、『核の飢饉:危機にさらされる10億人―限定的核戦争が農業、食料供給、人類の栄養に与えるグローバルな影響』。発行:核戦争防止国際医師会議(IPPNW)、社会的責任のための医師の会。
    www.ippnw.org/pdf/nuclear-famine-ippnw-0412.pdf
  2. アラン・ロボックら、「地域核戦争による気候への影響」。「環境化学及び物理」、第7号(2007年)。
    www.atmos-chem-phys.net/7/2003/2007/
  3. ムトル・オズドガンら、「南アジアの核戦争による合衆国中西部の大豆・トウモロコシ生産への影響」。「気候変動」、2012年6月22日。

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