2022年、平和軍縮時評

2022年11月30日

日中国交正常化から50年,日朝平壌宣言から20年の今年、 必要なことは軍拡ではなく、外交と対話だ

湯浅一郎

 2022年末、政府は、反撃能力という名の敵基地攻撃能力を含め、国家安全保障戦略などの「安保関連3文書」を改訂し、戦後の専守防衛政策をかなぐり捨て、日本の防衛政策の大転換を強行しようとしている。しかし、2022年という年は、日中国交正常化から50年、日朝平壌宣言から20年という北東アジアの平和を促進するために極めて重要な節目の年であったことを忘れてはならない。

日中国交正常化に際しての共同声明

 1972年の日中国交正常化から50年が経った。今、米中対立を背景に日本の中国との関係は希薄になっているが、私たち日本の市民は、前文と9項目の合意事項から成る1972年9月29日付けの日中共同声明(注1)を思い起こすべきである。声明は、その前文で「日中両国は、一衣帯水の間にある隣国であり、長い伝統的友好の歴史を有する。両国国民は、両国間にこれまで存在していた不正常な状態に終止符を打つことを切望している。戦争状態の終結と日中国交の正常化という両国国民の願望の実現は、両国関係の歴史に新たな一頁を開くこととなろう。」と国交正常化の意義を確認している。

 そして、「日本側は、過去において日本国が戦争を通じて中国国民に重大な損害を与えたことについての責任を痛感し、深く反省する」とした。また、「日本側は、中華人民共和国政府が提起した「復交三原則」を十分理解する立場」に立つことを再確認する。「復交三原則」とは、①中華人民共和国政府が中国を代表する唯一の合法政府である、②台湾は中華人民共和国の領土の不可分の一部である、そして③日本が台湾(中華民国)と結んだ平和条約(日台条約)は不法で無効であり、廃棄されねばならないの3点である。

 個別合意では、第2項で「日本国政府は上記①を承認する」とした。また第3項は、「中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第八条に基づく立場を堅持する」としている。ポツダム宣言第八条では「日本国の主権は、本州、北海道、九州及び四国並びに吾等が決定する諸小島に局限せらるべし」とされ、台湾は当時の中華民国、すなわち中国に返還されると書かれている。ポツダム宣言の受諾は、台湾が中国に返還されることを受け入れたことになり、その立場を堅持するということになる。また第5項は、「日本国に対する戦争賠償の請求を放棄することを宣言する」となっている。さらに第6項は、両政府は、「主権及び領土保全の相互尊重、相互不可侵、内政に対する相互不干渉、平等及び互恵並びに平和共存の諸原則の基礎の上に両国間の恒久的な平和友好関係を確立することに合意する。」さらに「日本国及び中国が、相互の関係において、すべての紛争を平和的手段により解決し、武力又は武力による威嚇に訴えないことを確認する」としている。この第6項は、台湾をめぐり緊張が高まる今となっては極めて重要な内容を含んでいる。当時の、中国にとっては、「中国は一つ」であることを日本に明確に承認させ、経済的な成長に日本の協力を得られる。日本側にとって最大のメリットは戦争賠償の請求を放棄することであったであろう。

 しかし、50年という年月は、それなりに長い。ここ10~20年で客観的状況は大きく変化している。中国は、2000年を前後して急激に経済成長し、2010年、GDPで日本を追いぬき、世界第2位の経済大国となる。軍事費も前年度比10%以上増を20年にわたり続け、中国の国防費は世界全体の14%を占める世界第2位の軍事大国となった。この結果、米国の対中国戦略が大きく変わった。2022年10月13日、バイデン政権が発表した国家安全保障戦略(注2)では、中国を「国際秩序の再構築を目指す意思と力を持つ唯一の競争相手」だとし、中国に対する持続的な競争力を維持するとしている。軍事、経済などあらゆる領域で中長期的な競争を進める意思を表明している。一方でこの間の台湾の経済的な成長は著しく、とりわけ半導体工業における発展に伴う台湾と米日との経済協力が強化されている。これらが複雑に絡み合って、近年、台湾問題が急浮上している。バイデン大統領は、台湾有事の時、米国は関わるのかと問われて、関与すると2回も発言している。これらの動きは、日中国交正常化の前提となった「中国は一つ」とする認識を放棄する愚かな選択である。

日朝平壌宣言が、まずめざしているのは日朝国交正常化の早期実現である

 一方、朝鮮半島に目を転じると2002年9月に小泉純一郎首相が訪朝し、金正日国防委員長(総書記)との間で合意された日朝平壌宣言(注3)は、現在も日朝関係を正常化するための基礎的外交文書と考えられる。2022年は、宣言から丁度20年の節目の年であるが、この20年間、見事に何も進んでいない今、平壌宣言が何に合意したのかを改めて振り返る意義は大きい。安倍、菅両政権、そして岸田政権も平壌宣言を引用しながら北朝鮮政策を説明している。しかし、平壌宣言の何を大切に考えているのかについて、政府の考え方は何も示されていない。

 平壌宣言は、前文において「日朝間の不幸な過去を清算し、懸案事項を解決し、実りある政治、経済、文化的関係を樹立することが、双方の基本利益に合致するとともに、地域の平和と安定に大きく寄与するものとなるとの共通の認識を確認した」と述べ、その上で、第1項で「双方は、この宣言に示された精神および基本原則に従い、国交正常化を早期に実現させるため、あらゆる努力を傾注する…。実現に至る過程においても、日朝間に存在する諸問題に誠意をもって取り組む」と述べている。すなわち、宣言の根幹は、諸困難を乗り超えて国交正常化の早期実現に向かうという両国の決意にある。拉致、核、ミサイルといった諸懸案は個別の障害であり、そのどれかを突出させて国交正常化を困難に陥れるとすれば、それは平壌宣言に反することになる。とりわけ日本政府の拉致問題を特別視する姿勢は異常である。これでは何も進むはずはない。安倍・菅両政権は拉致問題をあらゆる交渉の入口を阻む壁のように位置付けてきている。和田春樹氏が指摘するように(注4)、安倍、菅政権が今も繰り返している「拉致問題の解決なくして北朝鮮との国交正常化はあり得ない」という考え方(注5)は平壌宣言に反しており、破棄されるべきである。

 2022年10月3日、岸田首相は、第210回臨時国会における所信表明演説(注6)で、「私自身、条件を付けずに金正恩委員長と直接向き合う決意で」あり、「日朝平壌宣言に基づき、拉致、核、ミサイルといった諸懸案を包括的に解決し、不幸な過去を清算して、日朝国交正常化の実現を目指す」と述べている。「条件を付けずに金正恩氏と向き合う」と述べている岸田政権の対北朝鮮政策は、今後も維持されるべきものである。しかし、その政策が功を奏するためには、この政策に見合った日本の外交・安全保障政策の包括性と首尾一貫性を示すメッセージが必要であり、また、平壌宣言が日朝国交正常化をこそ目標としているという認識を明確にすることが求められる。「拉致問題の解決なくして北朝鮮との国交正常化はあり得ない」という考え方を変えることが必要である。

求められることは軍事的対処ではなく、外交による「共通の安全保障」体制構築への道だ

 台湾問題で日本が軍事的に関与する事態に至るまでには、いくつものハードルがある。しかし、安保法制下で、それらすべてが絡む状態が生じたとき、日本が戦争に参加せざるを得ないという事態は起きかねない。例えば、台湾で独立の動きが強まり、中国が、台湾独立を阻止するために台湾を武力によって統一するという方針が出てくる可能性はゼロではない。その時、米国がどうするのか。確率は高くはないが、仮に直接的に米軍が関与すれば、最前線部隊は在日米軍になる。その結果、中国が、沖縄島をはじめ、佐世保、岩国、横須賀などの在日米軍基地を中距離ミサイルで攻撃する事態が起きないとは限らない。それをもって、安保法制における存立危機事態と認定すれば、日本は安保法制にのっとって米軍とともに戦争に関わらざるを得なくなる。台湾を戦場とした熱い戦争が始まれば、沖縄を初め日本列島も戦火に見舞われることは避けられない。これが最悪のシナリオである。安倍元首相や麻生副総理が、しきりにいう「台湾有事は日本有事」という主張は、このような事態を想定している。

 同じことは、朝鮮半島にも言える。朝鮮半島は北緯38度線に沿って南北に分断されたままの状態が続いている。1950年6月に始まり、1953年7月に停戦協定が結ばれた朝鮮戦争は、いまだ終結のめどはたっていない。朝鮮半島で戦争になれば、在韓米軍や在日米軍が、その中心を担うことはさけられない。その際、安保法制に基づいて、やはり「存立危機事態」と認定されれば、同じように日本が戦争に加わらざるをえないという事態は起こりうる。北朝鮮は、すでにノドンなど中距離弾道ミサイルを200発は持っており、在日米軍をめがけてミサイルが飛び交うこともないとは言えない。

 2022年秋、2度にわたり、日米韓3か国共同訓練が行われた背景は、ここにある。2022年9月30日、海上自衛隊は、日本海において米韓海軍との3か国による対潜戦訓練を実施した。訓練には、護衛艦「あさひ」、米軍から原子力空母「ロナルド・レーガン」、ミサイル巡洋艦「チャンセラーズビル」、ミサイル駆逐艦「バリー」(これらは横須賀配備)、及び原子力潜水艦「アナポリス」、そして韓国から駆逐艦「ムンム・デワン」が参加した(注7)。潜水艦「アナポリス」を北朝鮮の潜水艦と想定し、これを3国の艦船が探知・追跡することで相互運用性を確かめる訓練が行われた。潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)能力の高度化を進める北朝鮮潜水艦に対応するために実施されたとされる。日米韓3か国合同訓練は、2017年4月3日~5日、済州島沖で展開している北朝鮮の潜水艦を探知、追跡することを想定した対潜水艦訓練として初めて実施された。今回は、それ以来約5年半ぶりの訓練である。

 更にその1週間後の10月6日には、護衛艦「ちょうかい」、「あしがら」が、米巡洋艦「チャンセラーズビル」、駆逐艦「ベンフォールド」(これらは横須賀配備)及び韓国海軍駆逐艦「セジョン・デワン」とともに、日本海において弾道ミサイル対処を含む戦術技量の向上及び米・韓海軍との連携強化を図るとする日米韓3か国でのミサイル防衛共同訓練を実施している(注8)。これらの訓練は、地域の安全保障上の課題に対応するためのさらなる3か国協力を推進し、共通の安全保障と繁栄を保護するとともに、ルールに基づく国際秩序を強化していくという日米韓3か国のコミットメントを示すものであるとされる。安保法制施行前に日米韓3か国合同訓練が行われたことはなく、自衛隊が、従来タブーであった日米韓3か国合同訓練に参加していくハードルが相当低くなっているのである。

 いずれにせよ、このようなシナリオが動き出すことは何としても阻止せねばならない。そもそも台湾問題は中国の内政に関わる課題である。日中国交正常化の際の日中共同声明を尊重すれば、他国である日本が台湾問題で軍事的に関与するなどということはあり得ない。一方、北朝鮮の核・ミサイル開発に対抗し、敵基地攻撃能力を保有するなどということも、「北朝鮮との国交正常化」をまず目標とする日朝平壌宣言の根幹に反する行為である。ましてや、万が一、第2の朝鮮戦争が起きてしまった時、安保法制に基づいて日本が参戦するという事態も可能性がゼロとは言えない。こうした事態が勃発した時、日本の憲法9条が今のまま存在しているかどうかは決定的に重要である。9条があれば日本の軍事的関わりを相当程度、抑制することができ、せいぜい後方支援しかできないはずである。

 今、日本の防衛費を倍増し、反撃(実際は敵基地攻撃)能力を保有することは、軍事緊張をより高め、矛盾を拡大させ、<軍事力による安全保障ジレンマ>という悪循環をさらに深めるだけである。ウクライナ危機が問うていることへの答えは、防衛費増という軍拡ではなく、北東アジア非核兵器地帯などを切り口として、北東アジア地域に共通の安全保障体制を作る方向で外交的努力をすることである。日中国交正常化50年、日朝平壌宣言20年の今こそ、必要なことは軍拡ではなく、憲法9条の精神を活かした外交と対話であることを改めて確認せねばならない。

注:
1. 「日中共同声明」、1972年9月29日。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/china/nc_seimei.html
2. バイデン政権の「国家安全保障戦略」、2022年10月。
https://www.whitehouse.gov/wp-content/uploads/2022/10/Biden-Harris-Administrations-National-Security-Strategy-10.2022.pdf
3. 「日朝平壌宣言」、2002年9月17日。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/kaidan/s_koi/n_korea_02/sengen.html
4.「『日韓の亀裂の修復』を和田春樹さんと考える」;『論座』2019年7月5日。
https://webronza.asahi.com/politics/articles/2019070200004.html?page=4
5.「拉致問題の解決その他北朝鮮当局による人権侵害問題への対処に関する政府の取組についての報告」2019年度、外務省。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000099426.pdf
6. 第210回国会における岸田首相の所信表明演説。
https://www.kantei.go.jp/jp/101_kishida/statement/2022/1003shoshinhyomei.html
7. 2022年9月29日, 海上幕僚監部「日米韓共同訓練について」。
https://www.mod.go.jp/msdf/release/202209/20220929.pdf
8. 2022年10月7日、自衛艦隊ニュース「日米韓共同訓練の実施について」。
 https://www.mod.go.jp/msdf/sf/news/2022/10/1007.html

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