2023年、平和軍縮時評

2023年11月30日

沖縄県は、「生物多様性国家戦略」違反の辺野古埋立て承認の再度の撤回を!

湯浅一郎

 2023年10月5日、国交相は、辺野古埋立て設計変更不承認に係る関与取り消し訴訟につき、沖縄県の玉城デニー知事に設計変更の承認を命じるよう求める「代執行」訴訟を福岡高裁に起こした。その第1回口頭弁論が10月30日に福岡高裁那覇支部で開かれ、双方が一方的に意見陳述を行った。国側は、9月4日の「最高裁判決で沖縄県の敗訴が決定したにもかかわらず、それに従わないのは法治国家の原理に反する」とし、「国の安全保障と普天間飛行場の固定化を回避する重要課題に関わり、著しい公益の侵害であることは明らかである」と主張した。これに対し玉城知事は、2019年の県民投票で辺野古反対票が7割を超えた結果に触れ、「沖縄県民の民意こそが公益として認められなければならない」と強調したうえで、「沖縄県の自主性や自立性を侵害する国の代執行は到底容認できない」と強調した。残念ながら双方が意見を主張しあっただけなのであるが、何と審議はその日だけで結審になった。双方の主張につき一つの質問すらしない、初めから答えありきの裁判である。

 司法の現状からは2023年中にも国の勝訴となる公算が高く、辺野古・設計変更申請をめぐる闘いは、厳しい局面を迎えている。今、沖縄県はどのような闘いを対置できるのかが問われている。この点に関して、11月17日、沖縄平和市民連絡会など15団体は、沖縄県に「辺野古・埋め立て承認の再撤回に向けて有識者による第3者委員会の設置を求める要請書」を提出した。さらに、11月24日、辺野古土砂搬出反対全国連絡協議会は、「辺野古新基地埋め立ては生物多様性国家戦略に反することを再度の埋め立て承認撤回の根拠にするよう求めます」との要請を行った。これらを踏まえ、本稿では辺野古新基地建設埋立ては、2023年3月に閣議決定されたばかりの新たな「生物多様性国家戦略」に照らして不当であり、沖縄県は埋立承認を再度の撤回することを通じて対抗できるはずだということを提起したい。

1.生物多様性の宝庫としての辺野古・大浦湾の海

 辺野古新基地の埋立て対象海域にはジュゴンやアオウミガメの生息に深く関わり、多様なサンゴが生息している。2019年には日本で初めてホープ・スポット(希望の海)に認定された貴重な生物多様性を残す場である。防衛省の環境影響評価書からでも5,334種の生物が記載され、そのうち262種が絶滅危惧種であるとされる。2016年4月、環境省が、生態学的及び生物学的観点から各種施策の推進のための基礎資料として「生物多様性の観点から重要度の高い海域」(注1)として、沿岸域270、沖合表層海域20、沖合海底海域31、合計321海域を抽出したが、その一つである「沖縄島中北部沿岸」(海域番号14802)(図1参照)の中に辺野古・大浦湾は含まれる。その調査票には、「大浦川河口域にマングローブ林。サンゴ礁海域と海草藻場が連続して続き、ボウバアマモ、琉球アマモ、ベニアマモなどの大きな群落があり、ジュゴンは、この海域で発見例が多い。沖に広がる藻場はアオウミガメの餌場となっている」と書かれている。

 ところが辺野古側の工事が始まってからジュゴン情報はほとんどなくなり、2019年3月には東シナ海側の今帰仁村の運天港にジュゴンの死骸が漂着し、沖縄島におけるジュゴンの絶滅が危惧された。それでも2022年7月、埋め立て地から南西数キロの久志でジュゴンの糞が確認されていたことが沖縄県のDNA鑑定から判明している(注2)

 いずれにしても、辺野古・大浦湾はジュゴン、アオウミガメ、サンゴなどの生息にとって不可欠な、生活史の重要な一部をなす場である。それを人間の都合だけでつぶしてしまうということは、多様な生物種の生きる場を人間の都合で奪っていく行為である。今、工事を中止して大浦湾側の海を保持すれば、豊かな生態系は、まだまだ守られる。逆に大浦湾を完全に埋めてしまえば、ジュゴン、ウミガメ、サンゴなど重要種の生活史を寸断し、生息域を壊滅させてしまうことになりかねない。

2.「昆明・モントリオール生物多様性枠組」と生物多様性国家戦略

 この課題を考えるにあたり、生物多様性の保持や回復に関わって世界規模で進んでいる最新の動向を理解しておく必要がある。それを象徴するのが、2022年12月19日、モントリオール(カナダ)で開かれた生物多様性条約第15回締約国会議(以下、COP15)において採択された「昆明(クンミン)・モントリオール世界生物多様性枠組」(注3)である。枠組みは4つのゴールと「陸と海の少なくとも30%を保護区にする(30by30)」など23のターゲットで構成される。この目標は、2010年に名古屋で開催された第10回締約国会議で合意された愛知目標と比べ、約3倍の高い目標を掲げたことになる。つまり、愛知目標は、2020年までに「海の10%を保護区にする」というものであった。その後の10年間の世界規模での努力にもかかわらず、その目標は十分、達成できなかった。そこで、COP15では、「少なくとも30%」という高い目標を掲げることになったわけである。

 これを受け、日本政府は、生物多様性基本法第11条に基き「生物多様性国家戦略」の策定作業に入った。2023年1月30日には同戦略(案)が環境省のHPにアップされ、2月末までパブコメを行なった。これに対して私が関わる環瀬戸内海会議と辺野古土砂搬出反対全国連絡協議会(以下、辺野古土砂全協)は意見書を提出した。その結果、それらの意見(注4)は、多くは無視されたものの、いくつか反映された。

 2023年3月31日、政府は、「生物多様性国家戦略2023-2030-ネーチャーポジテイブ実現に向けたロードマップ」(以下、「新戦略」)(注5)を閣議決定した。本戦略は「今までどおり(as usual)から脱却」し、「社会、経済、政治、技術など横断的な社会変革」を目指すという基本理念を掲げている。その具体化のために2030年までに「陸と海の30%以上を保護区にする(30by30)」など25の行動目標が盛り込まれた。

 「第1章 生態系の健全性の回復」には6項目の行動目標があるが、とりわけ行動目標1-1「陸域及び海域の30%以上を保護地域により保全するとともに、それら地域の管理の有効性を強化する」が重要である。「30%以上」となっている箇所は、原案では「30%」であったが、辺野古土砂全協や環瀬戸内海会議の意見が取り入れられた結果、「以上」が入った。

 また2つの意見書は、「本戦略には法的拘束力がないため、国の事業についてさえ、ほとんど歯止めがない。そこで戦略は、事業官庁(国土交通省、経済産業省、防衛省など)を含め国のすべての事業に適用されることを確認する内容が盛り込まれる必要がある」と指摘した。この意見に対し環境省は、「生物多様性基本法第12条第2項において、『環境基本計画及び生物多様性国家戦略以外の国の計画は、生物の多様性の保全及び持続可能な利用に関しては、生物多様性国家戦略を基本とするものとする』と定めており、他省庁の施策についても本戦略の主旨に沿うものとなるよう、今後も関係省庁間で連携を進めてまいります」と答えた。生物多様性基本法第12条第2項があらゆる施策は新戦略に照らして検証されるべきことを規定しているというわけである。基本法とはいえ、新戦略が法的な基盤を有していることは重要であり、これは、政府のすべての事業が、新戦略に照らして妥当性が吟味されねばならないことを意味している。この点に着目すれば、司法は、例えば代執行をめぐる裁判において、審議すべき重要な論点として、生物多様性国家戦略に照らしての埋め立ての正当性を問うていたはずである。

3.日本における海洋保護区(MPA)の設定状況と辺野古・大浦湾

 2010年、COP10は、2020年を目標年とした愛知目標に合意した。その第11項は「沿岸域及び海域の10%を保護区にする」との目標を掲げているが、日本はこれを2020年までに達成したとしている。しかし、環境省HPをいくら調べても、「明確に定められた区域」として海洋保護区の全貌を地図で示したものは全く見られない。そこで、ここでは、この間の経緯をたどっておく。

 COP10の直後、環境省は、「我が国における海洋保護区の設定の在り方について」(注6)で日本の海洋保護区を次のように定義した。

 「海洋生態系の健全な構造と機能を支える生物多様性の保全及び生態系サービスの持続可能な利用を目的として、利用形態を考慮し、法律又はその他の効果的な手法により管理され明確に特定された区域」

 そして、この「定義に合致する各種規制区域が制度化」されているとした。

 ➀自然景観の保護等(自然公園。自然海域保全地区)

 ➁自然環境または生物の生息・生育場の保護等(自然環境保全地域。鳥獣保護区。生息地等保護区。天然記念物)

 ➂水産生物の保護培養等(保護水面。沿岸水産資源開発区域、指定海域。共同漁業権区域)

 環境省の試算によれば、これらの重複を除いた合計面積は36万9200平方キロとなり、「領海及び排他的経済水域」面積の約8.3%に当たる。そのうち約8割は③の漁業法や海洋水産資源開発促進法を基礎にした水産資源管理を目的とした制度によるものである。これは日本型の海洋保護区と言われている(注7)。

 2018年5月28日の第35回中央環境審議会自然環境部会における配布資料 (注8)の「重要海域と海洋保護区のギャップ分析」という図によると、沿岸域の「重要海域」の68.3%が既に保護区になっている。そのうち51.8%は共同漁業権、14.2%が沿岸水産資源開発区域、13.9%が沿岸水産資源開発の指定海域である。計79.9%が水産資源管理に関する海域である。

 その後、2019年1月, 中央環境審議会が「生物多様性保全のための沖合域における海洋保護区の設定について 」(注9)を答申し、自然環境保全法の一部改正などを経て、2020年12月3日に沖合海底自然環境保全地域として4地域(伊豆・小笠原海溝、中マリアナ海嶺・西マリアナ海嶺北部、西七島海嶺、マリアナ海溝北部)が指定された。これにより、日本の海洋保護区の割合は13.3%となり愛知目標は達成したとされた。

 こうした流れからすると。沖縄島の周囲は基本的にすべて共同漁業権があるので、それらは既に「海洋保護区」として位置づけられているはずである。辺野古・大浦湾も本来は共同漁業権第5号の海域に含まれるのであるが、当該海域は、漁業補償により既に漁業権が消滅しており、海洋保護区には含まれていないのであろう。

4.沖縄県は、大浦湾の海洋保護区化を求め、辺野古埋立て承認を再度撤回できる

 それでも先に見た「生物多様性の観点から重要度の高い海域」の視点に立てば、日本で唯一のホープ・スポットに選ばれた辺野古・大浦湾はまっさきに海洋保護区にすべき場である。愛知目標の「10%海洋保護区」からは外れていても、むしろ、新たな世界目標や新たな「生物多様性国家戦略」の思想や目標に照らすとき、大浦湾を埋め立てることは、それらの国際的取り組みに真っ向から逆行する行為であることは明白である。まずは沖縄県がこの点を認識し、例えば公開質問状などにより「新戦略」に照らして正当性を説明せよと政府に迫るべきである。そのやり取りも踏まえて、新たな生物多様性国家戦略を根拠に再度の埋め立て承認の撤回を行うことができるのではないか。

 ここで2015年に翁長知事が作った「公有水面埋め立て承認手続きに関する第3者委員会」の「検証結果報告書」(注10)をみなおすことを提起したい。同報告書は、新基地埋立てを、①埋め立ての必要性、②国土利用上の適正さ、③環境保全上の適正さ、④法律に基づく計画への違背の4つの観点から検証し、埋立て承認手続きには法律的瑕疵があると結論付けた。特に④は以下のように指摘している。

 「本件埋立て承認出願が、「法律に基づく計画に違背」するか否かについて、十分な審査を行わずに「適」と判断した可能性が高く、「生物多様性国家戦略2012-2020」及び「生物多様性おきなわ戦略」については、その内容面において法(公有水面埋立法)第4条第1項第3号に違反している可能性が高く、(略)法的に瑕疵があると考えられる。」

 残念ながら翁長知事は、訴訟において、第4の論点を採用しなかったため、この指摘が政府に突き付けられることはなかった。

 今も同じ論理が成り立つ。しかも、昨年末の昆明・モントリオール枠組みやそれを踏まえた新国家戦略の閣議決定は、すべて翁長知事の承認撤回の後のごく最近の新たな動きである。従って、この際、沖縄県は、大浦湾埋立ては生物多様性国家戦略に照らして瑕疵があるとの観点から再度の埋立て承認の撤回を打ち出すことができるはずである。生物多様性をめぐって政府の事業につき「新戦略」に照らしての正当性を自治体を挙げて問いかけたことはかつて一度もない。政府による「未来への犯罪」ともいえる行為を、県民の声をバックにして自治体が政府に問いかけていくことは、中長期的に見て歴史的な意義がある。

 1993年に生物多様性条約が発効してから30年を経たが、成果らしいものが見えてこない。その中で、生物多様性条約COP15は、生物多様性の保全・回復へ向け「少なくとも30by30を保護区にする」という高い目標を掲げた国際枠組みに合意した。日本政府は、迅速に新たな国家戦略を閣議決定し、各府県は、これに対応した地域戦略の策定に入っている。しかし、本稿で述べたように国家が先頭に立って、生物多様性国家戦略や「おきなわ戦略」に明確に反する辺野古新基地埋立てを継続しようとしているのである。これに対し、沖縄県が、生物多様性国家戦略や「おきなわ戦略」に依拠して埋め立て承認を再度撤回することは、この点を正そうとする行為に他ならない。司法が完全に国の御用機関になりさがっている今、自治体が、長期にわたる生存基盤を保持すべく努力することは極めてまっとうな行為である。

 
注:
1.環境省:「生物多様性の観点から重要度の高い海域」(2016年)。
https://www.env.go.jp/nature/biodic/kaiyo-hozen/kaiiki/index.html
2.沖縄県自然保護課:「令和 4 年度 ジュゴン保護対策事業 報告書」(2023年)
https://www.pref.okinawa.lg.jp/site/kankyo/shizen/documents/r4jugon_houkokusyo.pdf
3.「昆明・モントリオール世界生物多様性枠組み」環境省仮訳。
https://www.env.go.jp/content/000107439.pdf
4. 環境省:「次期生物多様性国家戦略(案)に関する意見募集(パブリックコメント)の結果」。
https://www.env.go.jp/council/content/12nature03/000126097.pdf
5. 環境省: 「生物多様性国家戦略2023-2030」(2023年3月)
https://www.env.go.jp/content/000124381.pdf
6.環境省:「我が国における海洋保護区の設定の在り方について」(2011年5月)。
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kaiyou/dai8/siryou3.pdf
7.釣田いずみ、松田治;「日本の海洋保護区制度の特徴と課題」沿岸域学会誌、Vol26,No3(2013年)。
8.環境省:「重要海域の抽出を踏まえた海洋保護区の設定に向けた 課題と今後の取組」(2018年)
https://www.env.go.jp/council/12nature/y120-35/900433322.pdf
9.中央環境審議会;「生物多様性保全のための沖合域における海洋保護区の設定について (答申)」(2019年1月)。
https://www.env.go.jp/content/900512773.pdf
10.普天間飛行場代替施設建設事業に係る公有水面埋立承認手続に関する第3者委員会;「検証結果報告書」(2015年6月)。
https://www.pref.okinawa.jp/site/chijiko/henoko/documents/houkokusho.pdf

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