2022年、平和軍縮時評

2022年06月30日

自民党安全保障調査会「国家安全保障戦略の策定に向けた提言」と「反撃能力」開発の現状

木元茂夫

 22年4月26日、自民党の安全保障調査会が「新たな国家安全保障戦略等の策定に向けた提言」を発表した。年内にもまとめるとされる国家安全保障戦略や防衛計画の大綱に影響をあたえることは必至である。

防衛政策全般の見直しを示した「提言」

 提言はA4で16ページあり、「反撃能力」だけではなく網羅的な内容になっている。「提言」には、「より深刻化する国際情勢下におけるわが国及び国際社会の平和と安全を確保するための防衛力の抜本的強化の実現に向けて」なる長い副題がついている。以下、目次を並べてみる。
 はじめに/3文書の在り方/情勢認識(中国)/情勢認識(北朝鮮)/情勢認識(中国)/情勢認識(ロシア)/防衛関係費/戦い方の変化(1)AI,無人機、電子技術などの先端技術、2)ハイブリッド戦、3)情報戦への対応能力、4)サイバー、5)海上保安応力、6)インテリジェンス、7)宇宙/弾道ミサイルを含む我が国への武力攻撃に対する反撃能力の保有/専守防衛/自由で開かれたインド太平洋の推進及び同盟国・同志国との連携強化/日米同盟の強化と拡大抑止/防衛生産・技術革新、研究開発/人的基盤/地域コミュニテイと連携/持続性・強靭性の強化/国民保護の一層の強化/気候変動/おわりに。
 通読すると、大急ぎで取りまとめた荒削りの提言という印象は否めない。全体をどうとらえるかは別の機会に譲るとして今回は、提言の情勢認識、「反撃能力の保有」がどこまで進んでいるか、という2点に絞って考察したい。

基本的な情勢認識-17年提言からの変化

 提言は冒頭で、「米国と中国の間では「第二の冷戦」とも形容される政治・経済・軍事等のさまざまな面で緊張が高まっている。中国は、2030年代前半にもGDPで米国を上回る見込みとなっているなど、覇権争いが深刻化しており、軍事面においても、近年、中国による台湾周辺の海空域における軍事活動が活発化している。わが国は、そのような対立の最前線にたたされている」とする。さらに「中国、北朝鮮、ロシアの軍事力の強化、軍事活動の活発化の傾向が顕著となっている中、これらの活動が複合的に行われ、わが国として複雑な対応を強いられる複合事態にも備えなければならない」という情勢認識を示している。
 今回の提言の前に、2017年3月に自民党政務調査会名で出された「弾道ミサイル防衛の迅速かつ抜本的な強化に関する提言」がある。A4 で1ページの短いものだが、「わが国としての「敵基地反撃能力」を保有すべく、政府において直ちに検討を開始する」と、この時から「反撃能力」という言葉が使われていた。17年提言と22年提言の最大の違いは、朝鮮の弾道ミサイルにどう対抗するかというシンプルな提言であったものが、5年の月日の経過の中で、中国とロシアへの対抗策も課題とし、防衛政策全般についての提言へと拡大したことにある。
 その上で、「弾道ミサイル攻撃を含むわが国への武力攻撃に対する反撃能力の保有」について、「憲法及び国際法の範囲内で日米の基本的な役割分担を維持しつつ、専守防衛の考え方の下で、弾道ミサイル攻撃を含むわが国への武力攻撃に対する反撃能力を保有し、これらの攻撃を抑止し、対処する。反撃能力の対象範囲は、相手国のミサイル基地に限定されるものではなく、相手国の指揮統制機能等を含むものとする」と提案している。「指揮統制機能」を加えたことにより、反撃実行のハードルはかなり下がったと言えよう。

「反撃能力の保有」-長距離ミサイルの検討状況

 提言は「弾道ミサイル攻撃を含む我が国への武力攻撃に対する反撃能力の保有」と題した項では、「ミサイル技術の進化により迎撃は困難となってきて」いる状況を踏まえ、「憲法および国際法の範囲内で日米の基本的な役割分担を維持しつつ、専守防衛の考え方の下で、弾道ミサイル攻撃を含むわが国への武力攻撃に対する反撃能力(counterstrike capabilities)を保有し、これらの攻撃を抑止し、対処する」としている。
 弾道ミサイルを迎撃するミサイルとしては、2006年から日米共同開発を進めて来たSM-3ブロックⅡAが米海軍省にすでに発注済である。しかし、このミサイルはもっぱら大気圏外で、運動エネルギーで相手が発射したミサイルを破壊するもので、ミサイル基地等の攻撃には適さない。
 そして、2017年の提言以降、さまざまな長距離ミサイルの導入が検討された。ノルウェー製のJSM(射程500km)、アメリカ製のLRASM(ロラズム、射程900km)とJASSM(ジャスム、同)の3つは航空機に搭載するミサイルである。SM-6(射程340km)は艦艇に搭載するミサイル。海自艦艇の標準装備であるSM-2(射程167km)の後継の対空ミサイルとして導入が決定された。単なる対空ミサイルではなく、①大気圏内での弾道ミサイルの迎撃、②対艦攻撃、③対地攻撃、に対応する「マルチ・ミッション・ミサイル」である。6月にグアム周辺海域で行われた米海軍・海兵隊の演習バリアント・シールドにおいて、SM-6は標的艦を撃沈する対艦ミサイルとして使用された。
 では納入状況はどうか。JSMについて21年度予算に149億円が計上されたが、防衛省に22年2月に確認したところ、「現在、ノルウェー・米国両政府及び関連企業と調整を行っている段階であるため、現時点で確たることを申し上げることはできません」という回答であった。つまり、納期が遅れているということである。また、SM-6については22年度予算に207億円が計上されたが、これも納入は26年度となっている。防衛省は「確実かつ早期に調達できるよう、引き続き米国と協議を行ってまいります」としている。こうした実情から、海外のミサイルは発注から納品までかなりの時間がかかることがわかる。
 国産のミサイルはどうか。航空機に搭載するミサイルとして「ASM-3改」がある。防衛装備庁は「敵艦艇等に対し脅威圏外から有効に攻撃するための空対艦誘導弾」と位置づけ、「2025年まで技術試験を実施し、その成果を検証する」としている。射程距離は公表されていないが約400kmと報道されている。
 陸自が保有する12式地対艦ミサイルの「能力向上型」は、21年度予算で335億円が、22年度予算には393億円が計上され、地上、艦艇、航空機から発射できるものを開発すると予算資料に明記した。つまり、完成時には単なる地対艦ミサイルではなくなるということだ。こうしたミサイルは他にはない。また、射程距離も1000kmから1500kmと報道されており、防衛省が検討してきたミサイルの中では最も長い。そこで、12式地対艦ミサイル「能力向上型」の導入目的と運用構想について、やや詳細に検討したい。
なお、この他に開発中のミサイルとして「島嶼防衛用高速滑空弾」がある。発射直後は弾道を描いて飛翔し、その後は低空飛行をするとされているが、公表されているデータが少ないので、別の機会に検討したい。

「反撃能力の保有」とその典型としての12(ひとに)式地対艦誘導弾能力向上型

 12式地対艦ミサイルは、熊本の健軍駐屯地、奄美大島と宮古島に配備されている射程距離約200kmのミサイルである。防衛省が作成・公開している「我が国の防衛と予算(案)-防衛力強化加速パッケージ」には、「令和3年度から開発している地上発射型(地発型)に加え、令和4年度から艦艇発射型(艦発型)及び航空機発射型(空発型)の開発に着手」とあり、22年度初日の4月1日に三菱重工業と341億7150万円で契約が結ばれている。
 予算計上に先立ち防衛省が21年8月に実施した「政策評価書-12式地対艦誘導弾能力向上型」に、その詳細が記されている。「着上陸侵攻事態(本土及び島嶼)に際して、侵攻する相手の脅威圏外である遠方から火力を発揮して、洋上の敵艦艇などを撃破するとともに、我が守備部隊などを掩護するために使用する、多様なプラットフォームからの運用が可能なスタンド・オフ・ミサイルとして12式地対艦誘導弾能力向上型を開発する」としている。
 政策評価の観点及び分析」には、「相手の脅威圏外である遠方から火力を発揮して、隊員の安全を確保しつつ、侵攻する敵艦艇等や我の来援の妨害等を図る敵艦艇等を被侵攻島嶼正面の全海域及び周辺の海峡部において撃破するため、より遠方からの火力発揮を可能とする射程距離の延伸が図られた対艦誘導弾が必要である」、と勇ましい言葉が並んでいる。
 さらに、「艦発型及び空発型については、我が国への侵攻を試みる能力向上した艦艇等に対し、発射プラットフォームの多様化により相手方の対応をより困難にできることから、令和4年度から速やかに着手する必要がある」とある。
 「能力向上した艦艇」とは中国海軍のレンハイ級ミサイル駆逐艦を指すと思われる。高性能のレーダーを装備したイージス艦である。20年1月に1番艦「南昌」が、21年3月に2番艦「拉薩」、同年4月に3番艦「大連」が次々に就役した。全長180m、満載排水量13,000トンで、海自最新鋭のイージス艦「まや」と「はぐろ」(同170m、10,250トン)を上回る大きさである。射程距離1500km以上とされる巡航ミサイルCJ-10を搭載し、ミサイル垂直発射装置のセル数は112で、「まや」の96を上回る。ミサイル搭載数で比較すると、アメリカ海軍のイージス巡洋艦(セル数120)とほぼ同等となる。
 「被侵攻島嶼正面の全海域」とは、奄美大島から石垣島にいたる琉球弧周辺の海域、つまり東シナ海のかなりの部分を指し、「周辺の海峡部」とは中国海軍の艦艇が通過する沖縄島と宮古島の間、宮古海峡を指すと思われる。
 政策評価書は、「本装備の導入により、長射程化によって対艦攻撃能力が向上するとともに、陸上自衛隊、海上自衛隊及び航空自衛隊の共同対艦攻撃が可能となる。また、島嶼防衛用高速滑空弾等と連携した敵部隊等への対処が可能となるため有効である」としている。
 防衛省は「12式地対艦誘導弾能力向上型(空発型)の搭載母機はF-2能力向上機とする予定であり、F-2能力向上事業の中では、令和4年度予算案において、12式地対艦誘導弾能力向上型(空発型)を搭載するために、機体側に必要となる改修費約4億円を計上しています。なお、令和5年度以降に実施予定である量産改修に係る費用については、改修の内容や改修を実施する機数により変動するため、現時点で総額をお答えすることは困難です」(2月21日付防衛省回答)が返って来た。
 F-2とはアメリカ空軍のF-16戦闘攻撃機をベースに三菱重工が開発した機体で、現在約94機が航空自衛隊に配備されている。23年度からの「量産改修」が準備されているとは驚いた。
 政策評価書はさらに、「誘導弾データリンク、衛星を経由した各プラットフォーム及び誘導弾間UTDC(アップ・トゥ・デート・コマンド)技術の確立」を掲げる。長い射程距離をもつミサイルの誘導には測位衛星からの位置情報の提供、そして、移動する艦艇を目標とする場合、位置情報の更新データの提供が不可欠となるからである。
 政策評価書は「敵基地攻撃能力」を保有するかどうかを検討していた21年8月時点での文書である。だから想定は、「対艦攻撃」に焦点をあてている。
 しかし、自民党が「反撃能力保有」の方向性を明確にしたいま、次に出てくるのは12式地対艦誘導弾を、相手のミサイル基地や「指揮統制機能等」、地上の施設を攻撃するミサイルとして使うことであると推測される。衛星による誘導技術が確立されれば、それは十分可能であろう。とりわけ、艦艇や航空機という「プラットフォーム」に搭載した場合には、移動できることから攻撃範囲はさらに広がることになる。政策評価書は地発型の実用試験を2025年までに、艦発型を26年までに、空発型を28年までに完了させるとしている。総事業費(試作総経費)は約999億円と高額である。
 防衛費GDP比2%を自民党は掲げた。しかし、その財源については明確にされていない。SM-6の購入のように国債の増発によってまかなうのか、年金などの減額によって捻出するのか、いずれにせよ私たちの生活に大きな影響がでることは間違いない。
 
参考
自民党(安全保障調査会)「新たな国家安全保障戦略等の策定に向けた提言」22年4月26日
防衛省「我が国の防衛と予算(案)-防衛力強化加速パッケージ」22年1月
防衛省「政策評価書-12式地対艦誘導弾能力向上型」21年8月
海人社 「世界の艦船-中国海軍2022」22年4月号

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