2011年、平和軍縮時評

2011年01月30日

平和軍縮時評1月号 日本政府の核政策の変更を求めよう-核軍縮日本決議など変わらぬ「核の傘」への依存   湯浅一郎

 2010年は、「核兵器のない世界」へ向けて大きな節目となる年であった。5月のニューヨークにおける核不拡散条約(NPT)再検討会議では、国際人道法の遵守の必要性や、核兵器禁止条約などに言及した文言が最終文書に入るという大きな成果があった。また期限を決めた中東非核・非大量破壊兵器地帯設立のための会議の招集が決まった。しかしその会議で、米国をはじめ、核兵器国は、核兵器ゼロへの期限付きのロードマップを定めることに強く抵抗した。核兵器国の、自らが保有する核兵器の長期保有の意図が改めて明確になった。また12月22日、米ロ間の新戦略兵器削減条約(新START)の批准が米上院で承認された。オバマ政権は、このために向こう10年にわたって核兵器関連予算を大幅に増加させるなど、多くの妥協を強いられた。いずれにしろ、核兵器国は「核は減らすが、核抑止は保持する」という思想に固執し、その結果、核ゼロの世界への道筋は全く見えないままである。
 とはいえ、「核兵器のない世界」をめざす声が世界的世論となっていることに変わりはない。今、私たちは、核軍縮にむけた国際的な世論をして、現実を変える力とする流れを作らねばならない。そのために、「唯一の被爆国」を自認する日本政府に、「核兵器のない世界」への道を主導することが強く求められる。それを占うために、2010年以降の国際舞台を含めた核兵器問題に関する日本政府の立場と姿勢をフォローする。

1. 国連総会提出の核軍縮日本決議

 1994年以来、日本政府は、国連総会・第1委員会(軍縮及び国際安全保障)に核兵器廃絶に関する決議案を提出し続けており、この点については国際的に多くの支持を受けている。当初は、「究極的核廃絶に向けた核軍縮」という題名の決議であった。しかし、2000年5月のNPT再検討会議で、核兵器廃絶を「究極の目標」と位置づける論法に対して多くの非核国から強い批判を受けたため、これに代わる理念として、「核兵器国は、保有核兵器の完全廃棄を達成するという明確な約束を行う」という文言が最終的に合意された。この議論をふまえ、日本政府は、2000年秋から決議名を「核兵器完全廃棄への道程」に改めた。
 しかし、2001年の日本決議案は、「保有核兵器完全廃棄の明確な約束」というNPT最終合意の文言を、同会議を代表する成果としての位置づけから、「実際的措置の一つ」という位置に格下げしたことから、多くの批判を浴びた。とりわけ「明確な約束」の合意を勝ち取るのに中心的な役割を果たした新アジェンダ連合(NAC)から強く批判された。新アジェンダ連合7か国は、ブラジル、エジプト、アイルランド、メキシコ、ニュージーランド、南アフリカ、スウエーデンで構成され、核兵器国に対して核兵器廃絶の誓約と核軍縮の実行を求めて1998年に発足した国家グループである。そのとき、NACは、日本決議案に棄権した。
 さて直近の2010年、第65回国連総会では、17回目になる「核兵器の全面的廃絶に向けた団結した行動」注1を提出した。従来の「核兵器完全廃棄に向けた新たな決意」から「…団結した行動」にさらにタイトルを変えている。日本政府は、内容も一新されたことを強調し、「従来に比べ包括的で、『核兵器のない世界』に向けた国際社会の具体的行動を求める」ものであると自賛している。
 共同提案国は、米国も含め史上最多の90か国に達したが、賛成国は154か国で、前年の161か国より減少し、「棄権」が13へと増加した。反対は北朝鮮1国である。この投票結果は、ブラジル、メキシコ、南アフリカという新アジェンダ連合3か国が棄権に後退したことも含め、新しい国際的気運のなかで核軍縮に対する日本のリーダーシップの後退を示唆している。
 決議は2010年、NPT再検討会議の「最終文書」を評価しつつも、内容的には見るべきものはほとんどない。例えば、「最終文書」の成果であった核兵器の非人道性への言及は、主文には含まれず、前文で「最終文書」の表現をほぼそのまま引用しただけである。さらに「最終文書」のもう一つの大きな成果である「核兵器禁止条約に関する交渉」等に関する国連事務総長提案への言及には全く触れていない。
 また決議は、消極的安全保証(NSA)に言及しており、これは09年の決議にはなかった条項である。しかし、「NPT最終文書」がジュネーブ軍縮会議(CD)における協議の即時開始を求め、未だNSAを誓約していない核兵器国に誓約を奨励しているのと比べると、主張が不鮮明である。
 非核兵器地帯の追加設置に言及した部分も、09年の決議にない新条項でありその意味では評価しうる。しかし、NPT最終文書が強調した「中東」への言及はない。これはイスラエルを擁護する米国に配慮したものであろう。さらには、何よりも中東と並んで非核兵器地帯設立の意義が大きい北東アジアの一員である日本として、北東アジアの非核兵器地帯を想起させる文言が皆無であることはきわめて残念である。
 このように、日本決議は、米国への配慮によって核軍縮への具体的意思が曖昧にされている。さらに、従来と同じく、北東アジア非核兵器地帯に一切触れてないことに象徴されるように、核兵器国たる米国と同盟関係にある非核兵器国としての立場を活用しながら、核軍縮に実際的、効果的に貢献するという視点も欠落している。この「保守性」が、米国などの核保有国の賛成を得ることにつながっているという側面はあろう。しかし、それでは新しい局面を切り開くことはできない。

2. 他の決議への投票行動

 国連第1委員会では、毎年、軍縮及び安全保障に関して60近くの決議が採択されている。第65回でも、58の決議注2が採択され、日本政府は、その多くに賛成しているが、以下には棄権している。

●マレーシア提案の核兵器禁止条約の交渉開始を求める決議案(正式名称は、「核兵器の威嚇または使用の合法性に関する国際司法裁判所の勧告的意見のフォローアップ」)。
●キューバやインドネシアが提案する「核軍縮」決議案。
●エジプト、インドなどが提案する「核兵器の危険性の低減」に関する決議案。
●エジプト、インドなどが提案する「核兵器使用の禁止に関する条約」を求める決議案。
●インドネシアなど非同盟運動が提案する「軍縮及び核不拡散における多国間主義の促進」に関する決議案。

 決議の中身から言えば、どれも賛成すべきものであるが、誰が提案国であるかも投票に当たっての判断材料であることが伺える。中でも一番の問題は、マレーシア提案の核兵器禁止条約の交渉開始を求める決議案注3に一貫して棄権していることである。
 これまで国連総会で、日本政府は、核兵器禁止条約に関する早期の多国間交渉の開始は時期尚早であるとしてきた。その前提条件として、核軍縮及び核不拡散における安定して、段階的な進展を達成する具体策をとらなければならないとする。毎回、決まって投票説明を提出しているが、2010年には、核軍縮を追究し、誠意をもってこの問題に関する交渉を終わらせるために、国際法の下の既存の義務に関する国際司法裁判所の一致した意見を支持すると述べたが、その義務を果たすために「我々は、核兵器国のかかわり合いも含め核兵器の完全廃棄に向かって更なる実際的なステップと効果的な措置を採らなければならない」と述べた。核兵器禁止条約のアプローチは「これと異なる」と主張。他方で、2008年、日豪政府が設立したICNND(核不拡散・核軍縮国際委員会)は、報告書で、モデル核兵器禁止条約案を改善し,発展させるための国際的な研究を主導するべきであるとした。
 一方、「核兵器のない世界へ-核軍縮に関する誓約の履行を加速する」と題された新アジェンダ諸国(NAC)の核軍縮決議案には、当初は棄権していたが、近年は賛成している。この決議案は、核軍縮の加速という主張を、毎年、鮮明に打ち出している。提案説明でNACは、5月NPT再検討会議の成果の試金石は「1995年と2000年の会議でなされた約束が履行されるか否かにある」と述べた。2010年の場合、さほど新規性はないが、NPT再検討会議の合意を基礎とした具体的な行動目標を明示するという姿勢は貫かれている。米国は今回もNAC案に反対票を投じた。その理由としては、1)イスラエルを名指しにしていること、2)イランのNPT違反に言及がないこと、3)NPTの「三本柱」のバランスを欠いていること、そして4)FMCT交渉に触れていないことなどである。

3. 核兵器禁止条約と北東アジア非核兵器地帯を併行させよう

 日本決議や、他の決議への投票行動に見える日本政府の立場は、元はと言えば防衛政策に示されている。日本が、安全保障上、核抑止力に依存すると言うことは、従来から「防衛計画の大綱」に明記されてきたが、「核兵器のない世界」への潮流が形成されてきた今も、依然として核抑止に依存しようとしていることは、2010年12月、新たに策定された新防衛大綱で述べている。
 「核兵器の脅威に対しては、長期的課題である核兵器のない世界の実現へ向けて、核軍縮・不拡散のための取組に積極的・能動的な役割を果たしていく。同時に、現実に核兵器が存在する間は、核抑止力を中心とする米国の拡大抑止は不可欠であり、その信頼性の維持・強化のために米国と緊密に協力していくとともに、併せて弾道ミサイル防衛や国民保護を含む我が国自身の取組により適切に対応する。」
 「核兵器が存在する間は」と断っているとは言え、この論理の先に、「核兵器のない世界」をどう描こうとしているのかまるで見えてこない。この方針が、「核兵器のない世界」を追求する立場と矛盾することは自ずと明らかであろう。
 ここで、米国の核政策の基本をなす2010年4月に発表された核態勢見直し(NPR)注4に、日本政府が依拠すべきヒントが含まれていることを思い起こしたい。NPRは、軍が核兵器を柱とした抑止を継続することを示しているが、「核兵器のない世界」に向かおうとする外交姿勢をくり返し確認し、拡大抑止に関して同盟国との協議を重視するとしている。そして、「地域的な安全保障構造の非核要素を強化することは、『核兵器のない世界』に向かって進むのに極めて重要である」としている。「非核要素」には、「『全政府』手段を十分に統合した、改善された平時のアプローチ」が含まれる。この点に着目した外交が今、日本政府には求められる。
 問われていることは、2010年、NPT再検討会議の最終文書で、核兵器禁止条約や国際人道法の遵守を求める文言が残ったことを活かし、包括的なアプローチを前進させるために、特に広島・ 長崎の体験を持つ日本の果たすべき役割は何かである。その具体的な方向として、核兵器禁止条約の一刻も早い交渉の開始と北東アジア非核兵器地帯の世論形成という包括的アプローチを2本柱とした取り組みが考えられる。核兵器の非人道性を最も良く知る立場にいる日本として、核兵器を非合法化する核兵器禁止条約を推進することは、きわめて自然な流れである。また北東アジア非核兵器地帯の設立に向けた取り組みは、日本が核兵器に依存する安全保障政策から脱却し、世界的な核兵器廃絶を前進させるためにますます重要性を増している。政府は、これらの点を自覚的に取り出す立場で、核兵器問題に取り組むべきである。
 そうしたなかで、先頃、一定の期待を持たせる演説が、ジュネーブで行われた。1月27日、ジュネーブ軍縮会議(CD)において、日本の須田大使注5は、核兵器禁止条約に以下のように前向きな言及をした。
「日本は、核軍縮の最終段階における多国間の核軍縮枠組みあるいは核兵器禁止条約―としばしば呼ばれるもの―がどのようなものになるかについて、長期的な観点から、議論に参加していきたいと考えている」。
 「最終段階」「長期的」ということを強調した、まわりくどい言い方ではある。それでも、「核兵器禁止条約」という言葉に前向きに言及したのは、公的な場での日本政府演説としては初めてであると思われる。これは重要な一歩として評価したいが、日本政府が次にどのような行動をとるのかに注目していきたい。何がしかでも政権交代の成果を見せてもらいたいものである。

  1. 『核兵器・核実験モニター』364-5号、2010年12月1日。
  2. 『核兵器・核実験モニター』367-8号、2011年1月15日。
  3. 『核兵器・核実験モニター』369号、2011年2月1日。
  4. 『核兵器・核実験モニター』349-50号、2010年4月15日。
  5. http://www.reachingcriticalwill.org/political/cd/2011/statements/part1/27Jan_Japan.pdf

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