平和軍縮時評

2011年10月30日

平和軍縮時評10月号 核兵器の近代化へ邁進する核武装国―核兵器ゼロはどこへ行ったのか?― 湯浅一郎

2011年10月30日、NGO「英米安全保障情報評議会」(BASIC)の「トライデント委員会」は、「英以外の核武装国の動向」と題した報告書を公表した。英国は現在、4隻のトライデント原潜を運搬手段として、225発のトライデント核ミサイルを配備している。しかし財政難への対処などのため、2010年以来その在り方に対する見直し作業が進行している。その過程で、「世界の核軍縮促進のために英国に出来ること、するべきことは何か」を提言するべく、2011年2月、この独立・超党派委員会が創設された。本報告書は、委員会による検討作業の基礎として、英国以外の世界各国の核戦力近代化の現状を評価したものである。オバマ大統領のプラハ演説に象徴される「核兵器のない世界」をめざすと言う掛け声の中で、核兵器を実質的に保有している各国が、どのような思想に基づき、どのような核兵器政策を進めているのかを整理する上で役立つと思われるので、ここに紹介する。
まず、報告書の冒頭にある要約の「英国以外で進行中の核戦力近代化計画」を国別に列挙してみる。ちなみに今日、世界で核兵器を保有していると見られる国は、NPT5核兵器国(米国、ロシア、フランス、イギリス、中国)、インド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮の9か国である。報告書では、これらを「核武装国」と総称している。

◆米国

  • 次の今後10年間、核兵器および関連分野に7000億ドルが投入される。
  • この内、1000億ドル以上が運搬システムの保持および近代化に使われる。
  • さらに920億ドルは同じ期間中の核弾頭および核弾頭生産施設の近代化と維持に使われる。
  • ミニットマンⅢ大陸間弾道弾(ICBM)の耐用年数は延長中であり、後継の新型ICBMが計画されている。
  • 新たに12隻の弾道ミサイル原潜(SSBN)の建造も計画され、一番艦は2029年就役予定である。
  • B-52H爆撃機は2035年まで作戦配備を保持される。代替爆撃機の研究が進行中である。
  • 空軍は2025年、空中発射核巡航ミサイルの、より長射程のスタンドオフ核ミサイルへの更新を開始する。

 

◆ロシア

  • 2020年までに戦略核3本柱(陸・海・空の運搬システム)の改良に少なくとも700億ドルを投入する計画である。
  • 新型多弾頭・移動式ICBM= RS-24を導入する。
  • 2018年までに、10弾頭を搭載可能な全く新しい級のICBMが計画されている。
  • 2013年から、弾道ミサイル年産能力を倍増する。
  • 既存のデルタIV級弾道ミサイル原潜(SSBN)には、改良型シネバ・ミサイルを装備する。
  • 射程8,000-9,000kmの16基の新型ブラバ・ミサイルを搭載し、2040年までロシア海軍の中核となる8隻の第4世代ボレイ型原潜が建造される。
  • 海上発射弾道弾のみならず巡航ミサイルも搭載可能な第5世代SSBNを開発中と伝えられる。
  • ステルス能力を有する長距離爆撃機が、2025年までに配備されると予想される。
  • 今後10年間に、新型短距離核ミサイルを10の隊軍旅団に配備するとの報告がある。

 

◆中国

  • ドンフォン(東風)-21中距離核ミサイル及び米国を標的としていると見られるドンフォン-31A道路移動式ICBMを急速に増強している。
  • 多弾頭及び多突入体を備えた新型道路移動式ICBMも開発中であると考えられる。
  • 36-60発の海上発射弾道ミサイルを発射可能で、継続的な海上抑止力を提供する能力がある新型SSBNを最大5隻建造中である。

 

◆フランス

  • 射程距離を6,000-8,000kmに拡大したM51ミサイルを段階的に装備してきた4隻の新型SSBNの配備を完了した。
  • M51(潜水艦発射弾道ミサイル)には、新型でより強力な弾頭が装備されている。
  • 核爆撃機部隊は、陸上配備は旧来のミラージュ2000Nに代わるラファールF3攻撃機に、海上配備は空母シャルル・ドゴールに搭載されたシュペル・エタンダール攻撃機に代わるラファールMK3攻撃機(海軍型)へと近代化される過程にある。ラファールF3には、新しく、改良されたミサイル新クラスの弾頭を装備している(筆者注;海軍用核爆弾は、現在、作戦配備におかれていないことが、後日、判明している)。

 

◆パキスタン

  • 射程2,000kmに及ぶ核能力を持つシャヒーンⅡの開発によって弾道ミサイルの射程を拡張しつつある。
  • ともに射程約320kmの地上発射ハトフ7および空中発射ラ・アド(ハトフ8)という2つの核能力巡航ミサイルを開発している。これらは主としてインド軍を標的としている。
  • 核兵器設計の改良と兵器級核分裂性物質の生産を増大しつつある。
  • 長距離もしくは短距離用で、より小型、軽量の戦術核を開発していると信じられている。

 

◆インド

  • 多様な射程距離の一連の改良型陸上配備ミサイル(アグニⅠ、Ⅱ、Ⅲ、IV及びV)を開発している。アグニIVは射程約5,000kmで、パキスタン全域および北京を含む中国の大部分を標的とするのに十分である。アグニVは、ほぼ大陸間射程であると考えられている。
  • 射程約300kmのサガリカ・ミサイルを搭載する5隻のSSBNを計画している。これらのミサイルに配備する小型核弾頭を開発していると疑われるが明確ではない。
  • 射程350kmの海上発射核巡航ミサイルを既に開発した。

 

◆イスラエル

  • 射程4,000-6,500kmのジェリコⅢの開発によりミサイルの射程を拡張している。
  • シャビット衛星発射ロケット計画を利用して、実はICBM能力を開発していることが疑われている。
  • 核弾頭を搭載可能な巡航ミサイル能力を持った、攻撃型潜水部隊の規模をさらに拡大している。
  • 核能力爆撃機というオプションすでに保有しているイスラエルは、これらによって、核運搬システムの3本柱を持つことになる。

 

◆北朝鮮

  • 日本とグアムに到達可能とな射程2,500-4,000kmを有するムスダン・ミサイルを、2010年に初公開した。
  • 米国本土の半分を攻撃するのに十分な、10,000km以上の射程を備えたテポドン2の実験に成功した。
  • しかしながら、北朝鮮がこれらのミサイルに搭載できるほどの小型核弾頭を製造する能力を既に開発したかどうかは不明である。

一方、当の英国の核戦略は、2020年代半ばまでに備蓄核弾頭を180発以下、作戦配備120発以下にする目標を掲げている。これは、現在より約2割ほど核戦力を縮小し、核兵器の役割を限定的にしようとする選択である。
これらの検討を通して、BASIC報告書は現状を以下のように整理している。

  1. 1980年代中期に比べて、核兵器数は大幅に減少したが、核兵器保有国は増加した。しかも、世界の最も不安定で暴力が潜在する地帯(北東アジア、中東、南アジア)にも核兵器保有国が存在している。
  2. すべての核武装国は、核戦力の近代化もしくは能力向上のための長期的なプログラムを進行させている。これらのプログラムには新型核兵器の開発が含まれる。例えば、インド、パキスタンは競うようにミサイルの射程距離の延長を図るとともに弾頭の小型軽量化によって、ミサイルの射程、使用状況の多様化を図ろうとしている。
  3. これらの国は全て、核兵器が安全保障にとって本質的に重要であるとみなしている。のみならず、多くの国は核兵器に核抑止以上の役割を与えている。中国は、核兵器の役割を核攻撃の抑止に限ると明言しているが、他の国はそれを明言していない。
  4. 近代化・能力向上プログラムを正当化する共通の理由は「脆弱性」もしくは「潜在的脆弱性」である。たとえば、ロシアは米国の「通常型迅速グローバルストライク」を核戦力近代化の理由の一つにしている。インドはパキスタン、中国の脅威を理由にあげる。一方、パキスタンはインドの通常戦力の優位に対抗するためだと説明している。
  5. いくつかの国は、潜在的敵国に比べた通常戦力の劣勢を補うために非戦略核兵器が必要であると考えている。これは冷戦下のNATO核戦略にもあった考え方であるが、それは、核兵器の戦闘での使用の敷居を低くする。
  6. 米ロ新STARTは、重要な前進であるが、同条約両国の核兵器数の意味ある削減を義務付けてはいない。さらなる削減交渉を進めるために、解決するべき政治的・技術的課題は多い。
    そして報告書は次のように結ばれる。「核武装国が核軍縮に関してどのようなレトリックを弄そうとも、さらなる主要な軍縮・軍備管理における躍進がない中では、現状は世界的な核戦力近代化の時代といわざるをえない。」

核武装国は、各々の事情は異なるにせよ、潜在的敵国との相互の競争意識のもと、核兵器を中心とした軍事力が平和を担保するという信念に基ずき、結果として安全保障ジレンマに陥っている構図が浮かび上がる。どの国も自国の安全を得るために、「核戦力の近代化もしくは能力向上のための長期的なプログラムを進行させ」、核抑止に依拠した安全保障政策を基本に据えた政策以外に選択肢はないとでも言いたげな核政策が、ほとんど共通にまかり通っている。このような核抑止力の維持をめざした核兵器近代化の現状からは、核兵器をゼロにしようとする論理も道筋も見えてこない。2009年、オバマ大統領のプラハ演説に象徴されるように、「核兵器のない世界」を目指すことが一つのステータスになってきた世界的流れはどこに活かされているのか。2010年NPT再検討会議の最終合意において、核兵器禁止条約という文言が入り、国際人道法に照らして核兵器の使用や存在そのものが不当であるとの認識がもりこまれたことは、核兵器を持つ国々にとって関係ないとでも言うのであろうか。このような情勢が反映されて、国連第1委員会での核軍縮に関する議論はなかなか進展が見えてこない。核兵器保有国の身勝手な姿勢を改めさせるためには、世界中の市民が、核兵器の存在そのものを禁止すべきであると主張し、世論を形成し、世界に訴えていくことが不可欠であろう。

参考文献:
ピースデポ・イアブック「核軍縮・平和2011」(2011年6月30日)、データシート4.地球上の核弾頭全データ(116-125ページ)。

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