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平和軍縮時評2015年2月号 被爆70周年に終末時計の針が3分前に―主因は停滞する核軍縮と止まらない気候変動―  湯浅一郎

2015年2月28日

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2015年、終末時計が3分前

   米誌「原子科学者会報」は15年1月22日、人類滅亡までの残り時間を象徴的に示す終末時計の針を2分進め、残り3分とした。同誌は、以下のように米ロを初めとした核兵器の近代化が進行し、核軍縮の取り組みが停滞していることのほか、地球温暖化を防ぐ取り組みが不十分であることなどをその理由に挙げている。

「制御されない気候変動、世界的な核兵器近代化、過大な保有核兵器は人類の存続に甚大で否定できない脅威をもたらしている。そして世界の指導者は、潜在的な大災害から市民を守るための行動を、必要な迅速さと規模でとることができずにいる。政治指導部のこれらの不作為は、地球上のすべての人を危険にさらしている。気候変動分野においてはいくつかの控えめな前進がなされているが、現在の取り組みは、壊滅的な地球温暖化防止のためには全く不十分である。一方、米国とロシアは、核の3本柱を近代化する大規模なプログラムに着手しており、それは既存の核兵器関連諸条約の弱体化をもたらしている。各国の指導者達が彼らの最も重要な任務、即ち人類の健康と活力を確保し、維持することを怠っているので、終末時計の針は今、終末までわずか3分のところにある。」

   この時計はマンハッタン計画に関与したシカゴ大学の科学者たちが、広島・長崎から2年後の1947年に創設し「原子科学者会報」(Bulletin of the Atomic Scientists)の表紙に掲載されてきた。過去の時計の時刻の変遷を図示した。

破滅に近づいた時期

   約70年にわたる変遷において破滅に最も近づいたのは、米ソが相次いで水爆実験に成功した1953年で、時計の針は午後11時58分、つまり終末まで残り2分と迫った。この年の解説は以下である。

「多くの議論の後、米国は、いかなる原子爆弾よりもはるかに強力な兵器である水素爆弾を追求することを決定する。 1952年10月、米国は初の熱核爆弾実験を行い、それは太平洋の小島を壊滅させた。 9ヵ月後、ソ連は、独自の水爆実験を行った。本誌は、「運命の時計の針が再び進んでいる」と発表する。「これ以上わずかに時計の振り子が往復しても、核爆発がモスクワからシカゴまで、西洋文明に終末をもたらすであろう。」

   次いで3分前になったのは、今回のほかに、旧ソ連が核実験に成功し、核軍拡競争が始まった1949年、米ソ冷戦の真っ只中で、米ソ間の対話が事実上閉ざされていた1984年である。まず1949年の解説文は以下である。

「ソ連はそれを否定するが、この年の秋、トルーマン大統領はソ連が初の核実験を行い、核軍拡競争が公式に開始されたと米国民に伝える。「我々は、終末の日が近い、あるいは原子爆弾が一か月か一年後に頭の上に落ちてくるだろうと米国民に忠告するつもりはない」と本誌は説明する。「しかし、我々は、米国民には警告を深刻に受け止め、重大な決定を準備しなければならない理由があると考える。」

   そして、同じく3分前となった1984年は、以下のように説明する。

「米ソ関係は、ここ数十年で最も冷え切っている。2超大国間の対話は事実上停止しており。 「コミュニケーションのすべてのチャンネルが制限または閉鎖されている;あらゆる形態の接触が抑制または遮断されている。軍備管理交渉はプロパガンダの類に格下げされている」との憂慮を読者に伝えたい。米国は壮大な対弾道ミサイル能力を追求することによって、ささやかな軍備管理合意を形成することにさえ背を向けている。これは新たな軍拡競争が始まるとの懸念を引き起こしている。」

   1984年は、米レーガン政権が、戦域核戦争も辞さずとして、北東アジアや西ヨーロッパを核戦場とするべく、核巡航ミサイル・トマホークの配備を始めた年である。ちなみに筆者は、当時、広島県呉市に在住していたが、これを契機に、広島を核の発射台にさせてはならないとの危機感から、「トマホークの配備を許すな呉市民の会」の結成に参加し、反戦・反基地運動に関わるようになった。
   このように終末時計の針は、米ソの核軍拡が本格化し、冷戦構造が強まっていく時期にもっとも深刻になった。次いで、1980年代前半、やはり米ソの緊張が高まり、ほとんど対話が成立しない関係性が強まった時期に、2回目の3分前となっている。そして、2015年に、三たび3分前となったわけである。

米ソ関係が改善すると遠のく終末

   これに対し、終末が遠のく機会(12分以上)は4回あった。最も終末から遠くなったのは1991年の17分前である。

「冷戦が公式に終了したことを受けて、米国とロシアは核兵器の大幅削減を始めた。戦略兵器削減条約によって二つの元敵対国が配備していた戦略核兵器数は大幅に減った。さらに一連の一方的イニシアチブによって、両国の大陸間弾道ミサイルや爆撃機の大部分が一触即発の警戒態勢を解除されたのも前向きな変化であった。「数万発の核兵器が国家安全保障の保証者であるとの錯覚のメッキは剥げた」と本誌は宣言する。」

   次いで1995年の14分前がある。

「冷戦後の大きな平和の配当と核兵器の廃棄への期待は萎えてしまった。特に米国の強硬派は、復活したロシアがソ連時代と変わりのない脅威であると主張し、自らの発言や行動を軟化しようとしない。このような強行論が、グローバルな核戦力の削減を遅らせている。世界には40,000発以上の核兵器が残っている。テロリストが旧ソ連の保安が不十分な核施設を悪用するかもしれないとの懸念もある。」

   これらは、米ソ対立の激化で再び3分前となった1984年から、1986年のレイキャビクでの米ソ会談、1987年の中距離核戦力全廃条約を経て冷戦終結に向かう流れによって達成された。
   次いで12分前が1963年、1972年の2回ある。まず1963年の解説文は以下である。

「ほとんど途絶えることなく核実験が続いた10年間の後、米ソは、すべての大気圏内核実験を中止する部分的核実験禁止条約に署名した。地下核実験を禁止してはいないが、この条約は、少なくとも核軍拡競争を減速するという前進をもたらす。それはまた、核による絶滅を防ぐために協力する必要があるとの覚醒が米ソの間に芽生えたことを示す。」

   そして、1972年は、

「米ソは、戦略兵器制限条約(SALT)と弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約に署名することにより、核優位性競争を鎮静化することを試みている。 2つの条約は、兵器種ごとの均衡を求める。 SALTはそれぞれの国が持つことができる弾道ミサイル発射台の数を制限し、ABM条約は防衛兵器における軍拡競争を開発段階から規制する。」

   前者は部分的核実験禁止条約が発効した年、後者は米ソが戦略兵器制限条約やABM条約に署名した年である。ともに部分的ではあるが核軍縮に関する米ソの歩み寄りが実った年である。要するに米ソ関係が改善すると終末が遠のき、緊張が高まると近づくということが繰り返されているのである。

悪化の一途をたどる冷静終結からの四半世紀

   しかし、冷戦終結後の四半世紀は一貫して悪化をたどる。特に21世紀に入ってからは、気候変動の問題も加わり悪化したままの状態が続いている。ちなみに気候変動への着目が始まるのは1989年である。この時から国際的な安全保障を核兵器の脅威だけでなく、大気や水の汚染などグローバルな環境問題も包含するものとして定義しなおすとした。そして、気候変動が理由の一つとして登場するのは、以下のように2007年からで、このとき5分前となる。

「世界は2度目の核時代の入り口に立っている。米国とロシアは数分以内に核攻撃を実行可能な態勢を残したままである、北朝鮮は核実験を実施し、国際社会の多くはイランが核兵器の取得を目指していることを懸念している。気候変動もまた、人類に差し迫った課題を提示している。生態系の破壊は既に進行している。洪水、破壊的な暴風雨、拡大する干ばつ、そして極地の氷の融解によって、生命や財産の損失が引き起こされている。」

   いずれにせよ広島・長崎の被爆から70年、冷静終結からの四半世紀もの年月を経て、三たび終末まで3分前となり、一向に状況は好転していない。終末時計は、人類滅亡までを象徴的に示すものに過ぎないという面はある。しかし、冷戦終結により、核戦争の危機は遠のいたと思われる状況ができたにもかかわらず、2010年に一度、6分前へとやや回復したのを除き、四半世紀の間、基本的に徐々に悪化する方向に向かっている事態を見過ごすことはできない。
   2010年NPT再検討会議の最終文書に、核兵器禁止条約への留意や国際人道法の遵守が盛り込まれてから5年がたつ。しかし核兵器の近代化を進める核兵器国、安全保障を核抑止に依存する国々(日本も含まれる)の姿勢により核ゼロの世界への道筋は見えないままである。第69回国連総会では核兵器の非人道性を訴える5回目の「核兵器の不使用を求める共同声明」への賛同が155か国になった。しかし、それが核兵器を禁止する法的拘束力のある枠組み作りに繋がる気配はなく、核軍縮は停滞している。国連総会や核兵器の人道的影響に関する国際会議(ウイーン会議)を経ても、現在の停滞を突き破る国レベルの動きが顕在化する気配はない。
   4月には5年に1回、核不拡散・軍縮に関して議論する場となる第9回NPT再検討会議が国連本部において開催される。現在の閉塞した事態を深刻に受け止め、市民社会の声を高め、核兵器を禁止する実効的なプロセスの開始に向け各国政府を動かしていくことが切に求められている。

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