2018年、平和軍縮時評

2018年04月30日

北東アジアの非核化・平和への好機を活かすために湯浅 一郎

1)はじめに
 「北東アジアの安全保障環境は厳しさを増す」という状況を根拠に、日本政府は、朝鮮民主主義人民共和国(DPRK。以下、北朝鮮)を敵視し、Jアラートなどを利用して市民にその意識を植え付け、戦争法ともいうべき安保法制を強行成立させ、その先に憲法九条の改悪を画策している。
 北朝鮮脅威論は、意識的に作られてきた側面が強い。1970年代からの冷戦時代の拉致事件、更には1998年、テポドン発射などを契機に、北朝鮮を悪者扱いすることが定着していった。1994年の米朝枠組み合意や6か国協議に関わって、全て北朝鮮が約束を破ったことによるとの宣伝が流布され、長年にわたる宣伝効果で累積された社会的雰囲気ができてしまっている。
 そうした中で、2016-17年、北朝鮮の核・ミサイル開発の飛躍的な技術的進展、軍備拡張を主張する米トランプ政権の登場が相まって緊張が高まった。日本では、北朝鮮が核・ミサイル開発を進める背景が何かという視点が全くないまま、一方的に北朝鮮を悪者扱いする風潮が社会を覆った。朝鮮半島が南北に分断されたままであることの意味を理解せず、朝鮮戦争が停戦協定でしかなく、朝鮮戦争は終わっておらず、北朝鮮がいつ攻撃され、一方的につぶされるかもしれないという脅迫感があるという状況は無視されていたのである。
 しかし韓国の文政権の誕生で、ピョンチャン(平昌)五輪への北朝鮮参加を契機にその構図から抜け出す道が動き出した。4月27日、板門店において南北首脳会談が行われ、38度線を挟んで両首脳が握手をした。これは、65年にもわたり継続した南北分断が、ようやく無くなっていくことを象徴する感動的な場面であった。朝鮮戦争を終わらせることができれば、欧州で1990年頃起きた米ソ冷戦の終結が、ようやく北東アジアにおいても具体化することになる。
そして、あげられた「朝鮮半島の平和と繁栄、統一のための板門店宣言」は、冒頭で「両首脳は、朝鮮半島でこれ以上戦争はなく、新たな平和の時代が開かれたことを8000万のわが民族と全世界に厳粛に宣言する」とした。朝鮮半島に生きる南北がこのように宣言したことこそ、今回の南北首脳会談の最大の成果であり、意義である。
 共同宣言には、3つのことが明記された。

  1. 南と北は南北関係の全面的で、画期的な改善と発展を遂げることで、断たれた民族の血脈をつなぎ、共同繁栄と自主統一の未来を前倒ししていく。
  2. 南と北は朝鮮半島で先鋭な軍事的緊張状態を緩和し、戦争の危険を実質的に解消するため、共同で努力していく。
  3. 南と北は朝鮮半島の恒久的で、強固な平和体制の構築のために積極的に協力していく。朝鮮半島で非正常的な現在の休戦状態を終息させ、しっかりとした平和体制を樹立することは、これ以上先送りできない歴史的課題である。

 言うまでもなく、この中で重要なのは3であり、とりわけ以下が最重要である。
・「南と北は、休戦協定締結65年となる今年、終戦を宣言し、休戦協定を平和協定に転換し、恒久的で強固な平和体制構築のため、南北と米国の3者、または南北と米国、中国の4者会談の開催を積極的に推進していく」とした。そして、「完全な非核化を通じて、核のない朝鮮半島を実現するという共同の目標を確認した」とする。
 日本における報道の多くは、「北朝鮮の非核化が焦点だが具体策がない」、さらには「拉致問題が全く宣言に出てこない」ことを批判している。非核化の議論は米国抜きにはできないし、拉致問題も日本抜きに議論の対象とはならないのだから、これらは、ピント外れの批判である。南北首脳会談の最大の意義は、当事者である2国が、共に暮らす朝鮮半島を戦場にさせないということ、朝鮮戦争の終結に向け共同で取り組むことに合意し、それを前提として「朝鮮半島の非核化」を共通の目標として確認したことである。
 今後しばらく、様々なことは起きり、流動的ではあるが、今後の動向を正確に読み解き、日本における民衆運動がどうあるべきかをうちだすくためにも、この間の経緯をみておくことは重要であろう。

2)流れを変えたのは韓国民衆の闘い
 2017年5月10日、韓国に市民が選んだ文政権が登場した。直後の7月、文大統領はベルリンで演説し、包括的な「新朝鮮半島平和ビジョン」を提案する。9月、国連総会演説で文大統領は、北朝鮮の核問題の根本的解決には、「多国間主義に基づいた対話を通じて世界平和を実現しようとする国連の精神が最も切実に求められている」とした上で、「北朝鮮の平昌(ピョンチャン)オリンピックへの参加を心から歓迎」すると呼びかけた。
 この時、6回目の核実験や弾道ミサイル発射が繰り返されることを念頭に、演説の中で、トランプ大統領は、金正恩を「ロケットマン」と揶揄し、「米国とその同盟国を守らなければならないときは、北朝鮮を完全に破壊する選択しかない」と述べ、安倍首相は「対話とは、北朝鮮にとって、我々を欺き、時間を稼ぐため、むしろ最良の手段だった」、北朝鮮の非核化のために「必要なのは、対話ではない。圧力なの」だと述べている。こうした中で、文大統領の演説は、最も本質を突き、建設的な提案であった。
 そして18年1月1日、金正恩DPRK国務委員長が、年頭演説で平昌オリンピックへの参加の意思を表明し、南北間の軍事的緊張を緩和し、朝鮮半島の平和な環境を整えようと提案する。その後、首脳特使の相互派遣を通じて、3月6日には、板門店での南北首脳会談の開催、首脳間のホットライン設置などに合意する。金正恩の米朝首脳会談の提案は、訪米した韓国特使を通じてトランプ大統領に伝えられ、トランプ大統領は3月8日受託を即答した。
 その後、3月26日には、非公式の中朝首脳会談が行われる。会談で習近平国家主席は、南北対話の動きを評価し、それを支援する姿勢を明確にした。そして金正恩委員長は、「朝鮮半島の非核化は故金日成大統領、故金正日総書記の遺志」と述べ、「韓国と米国が善意を以って我々の努力に応じ、平和で安定した雰囲気を作り出し、平和実現のために段階的で呼応する同時的措置を講じるならば、朝鮮半島の非核化問題は解決に至ることが可能となる」と述べた。また、「DPRKは米朝首脳会談を持つ積りだ」と初めて米朝首脳会談開催への直接の意思を表明した。
 こうして、4月27日の南北首脳会談、5月7-8日、中朝首脳会談、5月9日、日中韓首脳会談などを経て5月末~6月に史上初の米朝首脳会談の開催が予定されている。そして、米朝中韓の二国間首脳会談として、朝鮮戦争の当事者相互の首脳会談が順次進みつつある。
 このように経過を振り返ってみると、緊張と対立の局面を対話と和解へと転換させたのは、文政権であることが分かる。そして、文政権は、17年9月の国連総会演説で、文大統領が、「戦争を経験した世界唯一の分断国家の大統領の私にとって平和は人生の使命であり歴史的な責務です。私はロウソク革命を通して戦争と紛争の絶えない世の中に平和のメッセージを送ったわが国民を代表しています」と述べたように、文政権は、韓国民衆の闘いが産み出したものである。とすれば、流れを変えた原動力は、韓国民衆の闘いにあるといってもいいことが分かる。

3)求められる粘り強く丁寧な外交交渉
 相次ぐ首脳会談が行われる現在の機会は、過去に例がないきわめて貴重な歴史的好機である。圧力一辺倒のままの日本政府に対して、この機会を北東アジアの非核化と平和のために有効に活かしていくよう求めていくことが重要である。ピースデポは、そうした問題意識から4月16日、「北東アジアの非核化と平和に関する要請書」を外務省に提出し、以下の5項目を要請した。現在の問題を包括的にとらえる上で意味があると思われるので、その要請項目を紹介する。
(1) 包括的な視点での取り組みを要請する。
 「北朝鮮の非核化」という狭い視点をもって現在の流動する朝鮮半島、北東アジアの情勢に対処するのは、誤りである。解決には、より包括的な視点とアプローチが要求される。
北朝鮮の核・ミサイル開発の一貫した論理は、米国の脅威の除去と安全の保証、そして体制の維持のための自衛の措置というものである。この論理は、2006年の最初の地下核実験の予告声明の時から一貫している。最近の例では、2017年9月の国連総会で、李容浩(リ・ヨンホ)外務大臣は、「我が国核戦力の唯一の意図と目的は、米国の核の脅威を終わらせ軍事的侵略を阻止するための戦争抑止力である。従って、我々の究極的な目的は、米国と力のバランスを確立することである」と述べている。「南北会談に関する韓国政府発表文」(2018年3月6日)では「3.北は、朝鮮半島の非核化に向けた意志を明らかにし、北に対する軍事的脅威が解消され、北の体制の安全が保証されるなら、核を保有する理由がないという点を明確にした」とある。つまり、北朝鮮の主張は、一貫して「北朝鮮の非核化」だけを切り離すことはできず、朝鮮半島の平和と安全全体にかかわる他の課題が同時に解決されることを求めるものである。
(2) 交渉の失敗の歴史を事実に則して正しく総括するべきである。
 1990年代以来、朝鮮半島の非核化に関する多国間の努力は失敗を経験してきた。失敗の背景には、相互の積年の不信がある。1994年の米朝枠組み合意の米国側の代表者であるロバート・ガルーチ大使は「姜錫柱(カン・ソクチュ)外務副大臣は、私に対し『米国を信用していない』と話し、私も、勿論、彼に『我々は北朝鮮を信用していない』と言った。では、これをどう交渉するのか」と回顧している(2002年5月「Arms Control Today」)。この状況は今後も交渉の前提となる。いかなる合意も、このように相互に信用しない相手同士であることを前提に交渉され、薄氷の合意が作られ、合意を順守する過程で信頼を回復してゆくことが必要である。
(3) 拙速を戒め、粘り強い交渉へのリーダーシップを要請する。
 すべての非核化はCVID(完全、検証可能、不可逆的)であるべきという主張に異論はない。しかし、根強い相互不信があるなかでこれを実現するためには忍耐強い努力が必要となる。拙速ではなく粘り強く知恵を絞った外交が求められる。米国で政権が変わると過去の合意が覆されるという経験があるなかで、北朝鮮は自国の安全と安心を積み重ねつつ段階を踏む非核化にしか応じない。3月26日の中朝首脳会談で、金正恩氏が「平和実現のために段階的、同時的措置を講じるならば、朝鮮半島の非核化問題は解決に至ることが可能となるだろう」と述べたとされるのは、それを示している。したがって、6か国協議で採択された「誓約対誓約、行動対行動」という段階的な履行の原則は、今日でも大切な方法論となる。
(4) 6か国首脳宣言の必要性を主張すること。
 こうした状況下で、6か国首脳宣言は、この地域の持続的な平和と安全保障についての最終目標(エンド・ピクチャー)と原則について合意するためのふさわしい形態である。それは、その後長く続くであろう外交交渉の目標と原則についての基本合意となる。最終目標としては、戦争状態の終結とすべての2国間関係の正常化や検証システムを備えた北東アジア非核兵器地帯の設立(例えば、南北朝鮮と日本が非核地帯を形成し、地帯に米ロ中が消極的安全保証を供与する)などが考えられる。原則としては相互の主権尊重、敵対的意図の解消などが考えられる。これらが実現すれば、北東アジアでは軍事的対立構図に基づく安全保障ジレンマの構造ではなく、軍事力によらない安全保障の枠組みができることになる。首脳宣言の機会としては、ASEAN地域フォーラム(夏、シンガポール)における首脳会議などが考えられる。
(5) この機会を日本の新しいアジア外交の起点と位置付けた取り組みを要請する。
 現在の機会は、日本がいつかは解決しなければならない北朝鮮との戦後処理、関係正常化への好機でもある。のみならず、中国との関係を含む日本の新しいアジア外交の起点とすることができる。6か国協議の9・19声明で「北朝鮮及び日本国は、平壌宣言に従って、不幸な過去および懸案事項を解決することを基礎として、関係を正常化するための措置を取る」と合意したことを実行に移すために、政府はこの情勢を活かすべきである。日本にとって拉致問題の解決も重要な懸案の一つであろう。核・ミサイル問題と拉致問題の関係は、いずれかの前進が他の問題への障害となるようなものではなく、一方の前進が他方の前進への好材料になる。その意味では相互にリンクさせない並行的な努力が求められる。
 また、この機会は地域の非核兵器国である日本と韓国が、朝鮮半島の非核化へのより安定で持続可能な形態として北東アジア非核兵器地帯の設立に取り組む好機でもある。とりわけ日本は、それによって「核の傘」から出て昨年成立した核兵器禁止条約に参加することが可能になり、被爆国としての懸案を達成することができる。また、北東アジア非核兵器地帯はミサイル防衛の必要を軽減させ、ミサイル防衛をめぐる中国、ロシアとの地域的緊張を緩和することにも貢献するはずである。

 北東アジアにおける国際政治の状況は、軍事力による安全保障ジレンマという悪循環に陥っていた。これを、朝鮮戦争を終わらせ、冷戦構造をなくしていくことを契機に、外交に基づき平和の枠組み作りへと向かうために、現在の動きを、丁寧に強めていくべきである。そのために、上述した5項目の要請は、今、改めて認識を共有することが重要である。過去の二の舞にならないように、共通の安全保障をめざして、相互に敵視せず、「誓約対誓約、行動対行動」の原則に立ち、粘り強く交渉を進めていくべきである。この状況下で米国の核の傘に安全保障を依存する日本の姿勢が問われている。そのために、新ガイドライン(拡大核抑止の確認)と核軍縮(核兵器のない世界へ)で相矛盾する立場をとる日本政府を徹底的に批判し、包括的な平和の枠組み作りを求める世論を形成していかねばならない。

TOPに戻る