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湯浅一郎

懸念される米ロの核軍拡競争の再燃
湯浅一郎

2019年5月31日

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 2020年4月の核不拡散条約(NPT)再検討会議まで残り1年を切った。1970年に第1回再検討会議が開かれてから半世紀、1995年に無期限延長されてから4分の1世紀、そして2017年に核兵器禁止条約(以下、TPNW)が成立してから初めての再検討会議である。この間、NPTは,「不拡散」条約としての制約を持ちつつも、「核なき世界」をめざして、多国間での議論、交渉ができる最も重要な場の1つとして機能し、2000年や2010年合意など幾多の成果をあげてきた。しかし、その重要な節目を前に、米国のINF(中距離核戦力)全廃条約からの離脱などを契機に、新たな核軍拡競争が起きるという深刻な事態となっている。そこで、ここでは、「力による平和」を目指すトランプ政権の核軍事戦略の現状とそれに対抗するロシアの動向をフォローし、米ロの新たな核軍拡競争を食い止めることの重要性を指摘したい。

1)「力による平和」を目指すトランプ政権の核軍事戦略
 核兵器国は、TPNWへの反対では一致しているが、相互の敵意を丸出しにして新たな軍拡競争に邁進している。特にトランプ政権は、「力による平和」を前面に打ち出し、国家防衛戦略(NDS)、核態勢見直し(NPR)を相次いで発表し、オバマ政権の8年間でようやく緒についた「国際協調に基づく核兵器のない世界」への道筋を否定する方向に向かった。トランプNPRには、局地攻撃を想定した低威力弾頭や、新型の巡航ミサイル開発が盛り込まれ、核兵器の役割を高める方向で安全保障政策を再構築しようとしている。さらにイラン核合意からの脱退、宇宙軍の創設や中距離核戦力(INF)全廃条約からの離脱表明、宇宙への展開も含むミサイル防衛見直し(MDR)策定など核軍縮に逆行する動きを強めている。
 2019年2月2日、米トランプ政権は、米国と旧ソ連間で締結したINF全廃条約(中距離核戦力全廃条約)からの離脱をロシアに正式に通告した。声明文は、ロシアが2017年から配備している核弾頭搭載可能な地上発射型巡航ミサイル「ノバートル9M729」(NATO名SSC-8)が500kmを超える射程を有し、同盟国に脅威を与えていることを離脱の理由にあげている。そして、「ロシアが条約不履行を続けることは米国の至高の利益を危うくするものであり、米国はもはや条約に制限されないと結論づけた」と新型ミサイルの開発・配備の意志を明確にした●1。これに対してロシアは、9M729は短距離弾道ミサイル「イスカンデルM」の精度を向上させたものであり、重量が増した分だけ射程が短くなり、最大でも480kmを超えることはないと主張している●2。そして、むしろ米国がルーマニアやポーランドに配備したイージス・アショアこそ海洋発射型巡航ミサイルを陸上から発射する形に置き換えたものとして条約違反だと応酬しています。ロシアは、米国の主張を受け入れる様子もなく、INF条約の履行停止を宣言し、米国の行動と同様の措置をとるとした。条約は通告後6か月の8月2日で失効しますが、すでに事実上の失効状態となってしまったと言える。
 INFとは、中距離核戦力のことを言う。INF全廃条約とは、1987年12月8日、核弾頭・通常弾頭の搭載を問わず、射程500~5,500kmの中距離及び準中距離の地上発射型の弾道及び巡航ミサイルの保有・生産・飛行実験を禁止することを米ソ2国間で結んだ条約である。ただし、海洋及び空中から発射するミサイルは条約の対象にはなっていない。
 条約の前文には、「核戦争がすべての人類に壊滅的な結果をもたらすことを認識し、戦略的安定性を強化するという目的に導かれ、本条約に規定された諸措置が、戦争勃発の危険を減少し国際の平和と安全を強化するのに寄与することを確信し、ならびに核兵器の不拡散に関する条約の第6条の下における義務に留意し」協定したと格調の高い共同意思が示されている。つまり核戦争勃発の危険を減少させて国際の平和と安全に寄与すること、核不拡散条約(NPT)第6条にうたう核軍備の縮小撤廃の義務を果たすことを掲げている。条約により米ソ間の核兵器が撤廃されるのは初めてで、これがきっかけとなり米ソ冷戦が終結へと向かい、その後の戦略兵器削減条約(START)にもつながっていったという歴史的に大きな役割を果たした。INF全廃条約は核軍拡から核軍縮へと歴史を大転換させた大きな意義がある。

2)ロシアは、弾道ミサイル防衛網に対抗し新型核・ミサイルを開発
   ―プーチン大統領の最近の年次教書演説から
 米国のこうした動きに対してロシアは、21世紀に入って以降、米国のBMDシステム設置に対抗して、BMDシステムを無力化するために次世代ミサイル開発を継続し、新型巡航ミサイルや無人潜水機など新たな核兵器運搬システムを開発してきた。
 2018年3月1日、プーチン大統領は、モスクワで当面の施政方針を包括的に述べる年次教書演説の中でロシアの軍事、核政策の強さをアピールした。。約2時間にのぼる演説の3分の1の時間をさいて、大きなスクリーンに映し出された動画を背景に、世界中が射程に入るとする巡航ミサイルなど新型の核・ミサイル兵器を公表し、米国による世界規模の弾道ミサイル防衛(BMD)網に察知されることなく攻撃できる体制を確保していることを誇示した。
 まずプーチン大統領は、2001年の米国の対弾道ミサイル制限条約(以下、ABM条約)からの一方的な撤退と、米国による世界規模のBMDシステムの実戦配備を批判しつつ、この間の流れを振り返った。2001年12月13日、ブッシュ米大統領は、「ABM 条約は、テロリストやならず者国家のミサイル攻撃から守るための方法を開発しようとするわが政府の能力を妨げるものである」●3と主張し、ABM条約から脱退する旨をロシアに一方的に通告した。ロシアは、この決定に強い懸念を表明したが、米国は、2002年6月13日に同条約から正式に脱退した。
 ABM条約とは、戦略弾道ミサイルを迎撃するミサイルシステムの開発、配備を制限するために、1972年5月に署名された米ソ間の条約で、両国間の安全保障システムの基礎と見なされていた。この条約の下で、米ソは、当初2ヶ所、74年7月の議定書によりそれぞれ一ケ所にBMDシステムを配備する権利を有していたのである。
 しかし、米国のABM条約からの脱退により、BMD配備を制限する構図が崩れた。ロシアの言い分では、米国のABM条約からの撤退から15年間、ロシアは一貫して戦略的安定の範囲内で合意に達するため米国と交渉を続けた。2010年には、ロシアと米国は戦略核兵器のさらなる削減と制限のための措置を含む新START条約に調印した。しかし、ロシアからの多くの抗議と要請にもかかわらず、米国の弾道ミサイルの無制限な増加とBMDシステム設置の動きは続いた。アラスカ州とカリフォルニア州に新たなBMD基地が設置され、西ヨーロッパでは東方拡大されたNATOの一員であるルーマニア、ポーランドで2つの新たなBMD基地が創設された。更には韓国にサード・ミサイル、日本に陸上アショアと北東アジアにおいても建設の動きが起きた。

 ロシアは、上記の米BMDシステムを無力化するために、次世代ミサイル開発に乗り出した。2004年、プーチン大統領は、「他国が武器及び軍事上の潜在能力を増強する時、ロシアも新世代の兵器及び技術を確実に持てるようにする必要がある」とし、「近い将来、ロシア連邦軍、とりわけ戦略ミサイル軍が、大陸間をまたぐ距離にある標的を攻撃することが可能で、飛行中に飛行高度及びコースを調整できる極超音速で高精度な新しい兵器システムを手にするであろう」と述べた。

 演説で、プーチン大統領は、今日、ロシアは、米国による世界規模のBMD網に察知されることなく攻撃できる新たな核兵器運搬システムを開発したと動画を使って説明した。まず、重量が200トンを超え、加速段階が短い開発中の新型の大陸間弾道ミサイル「サルマット」(RS-28)●4を示した。「サルマット」は北極や南極を経由してターゲットを攻撃することができ、最先端のBMDシステムでさえも攻撃の障害にはならないとした。
 さらに、ターゲットに向かう際に弾道軌道を全く使用しない新型の戦略兵器の開発を始めたとする。その1つが最新のX-101空中発射ミサイルである。これは、核弾頭を搭載した低空飛行ステルス・ミサイルで、制約のほとんどない射程、予期せぬ軌道、迎撃境界を迂回する能力を備え、すべての既存および将来のBMDシステムに対して無敵であるとする。
 もう1つは、長距離ミサイルを発射できる無人潜水機の開発である。ロシアは、最先端の魚雷の速度よりも数倍高い速度で、相当な深度で移動可能な無人潜水機を開発したとする。
 さらに、キンジャル(短剣)と呼ぶ高精度の極超音速空中発射ミサイルシステムを構築しており、実験は完了し、17年12月から試験運用を開始した。発射航空機は、数分以内でミサイルを発射地点に運搬することができ、音速の10倍速い極超音速で飛行するミサイルは、飛行軌道のあらゆる段階で操縦可能であり、2000キロ以上の射程で核及び通常の弾頭を運搬し、将来のBMDシステムを無効にすることも可能であるという。

 演説の最後で、プーチン大統領は、発表されたばかりのトランプ核態勢見直し(NPR)によれば、「通常兵器による攻撃及び、サイバー空間での脅威に対してさえ」核兵器を使用しての反撃がありうることになると深刻な懸念を表明した。これに対して、「ロシアの軍事ドクトリンには、核による攻撃に対してのみ、または、その他の大量破壊兵器によるロシアまたは同盟国への攻撃、または、通常兵器を使用した、まさに国家の存亡を脅かすロシアへの侵略行動に対してのみ、ロシアは核兵器を使用する権利を保有する」と米国との違いを強調した。


3)新たな核軍拡を食い止めよう
 現状のままでは、2019年8月2日にINF全廃条約は失効する可能性が高い。このまま進めば、2002年、米国のABM条約からの脱退を契機に、米国が始めたBMD体制の構築に対して、ロシアが、米BMDを無力化するための新型兵器の開発を推進することで、結果として、相互の軍拡が進んできたのと同じ状況が生み出されてしまう。ロシアが新たな兵器の開発を進めれば、それによって、米国によるミサイル防衛態勢の構築が止まり、縮小されるとは考えられない。むしろ、トランプ政権の軍備拡張の方針を考えれば、米国は、ロシアの新型兵器の開発に対抗できるBMD体制の強化や、先行してきた極超音速・通常戦略兵器の更なる開発に向かうだろう。その結果、米ロのかつての冷戦時代の核軍拡競争の再燃が懸念される。人類が、「核兵器のない世界」へ向け前進していくためには、この状況を打開する国際的努力が強く求められる。


●1 米国務省「INF条約から脱退する米国の意思」、2019年2月2日。
https://www.state.gov/secretary/remarks/2019/02/288722.htm
●2  セルゲイ・ボビレフ「ロシアの新ミサイルはINFに違反しない―軍事トップは言う」、タス通信、2019年1 月23 日。
●3 ピースデポ刊『核兵器・核実験モニター』第154-5号(2002年1月15日)。
●4 ニュークリア・ノートブック;「ロシアの核戦力2017」、原子科学者会報。
https://thebulletin.org/2017/03/russian-nuclear-forces-2017/

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