平和軍縮時評

2019年11月30日

2020年NPT再検討会議へ向け 過去のNPT合意の履行を求め、政府に東北アジア非核兵器地帯の創設を求めよう 湯浅一郎

核不拡散条約(以下、NPT)の発効から半世紀、無期限延長から25年というメモリアルな2020年NPT再検討会議まで約4か月強となる中、核軍縮を巡る情勢は極めて深刻である。この現状を克服するには、核兵器廃絶を求める新たな国際的な流れを生み出さねばならない。そこで、2020年NPT再検討会議へ向けて何が問われているのかについて考える。

1)2020年NPT再検討会議へ向け情勢は厳しい
米トランプ政権は、「核態勢見直し(NPR)」(2018 年2月)で、低威力の核弾頭や海洋発射の中距離巡航ミサイルなど新型核兵器の開発をうちだした。一方、ロシアは、米国が2002年にABM制限条約を一方的に破棄した後、弾道ミサイル防衛(以下、BMD)を拡充させたことに対抗し、米BMD を無意味にする新しい大型ICBM 、原子力推進で無限の航続距離をもつ核巡航ミサイル、極超音速滑空弾、無人原潜など、新概念の戦略兵器の開発や配備を誇示している。中国は、2019年の「国防白書」で、核戦力は「必要最小限の水準に維持する」としつつも、米国のBMD に打ち勝つことを目指した核兵器の近代化を進め、核弾頭数を増やし続けている。さらに19年8月2日にINF全廃条約が失効し、北東アジアや欧州での中距離ミサイル陸上配備の新たな核軍拡競争が始まっている。2021年2月に失効する新戦略兵器削減条約(新 START)の延長に係る交渉は進みそうもない。このように核兵器国、とりわけ米ロは、NPT 6条や過去のNPT合意に反する行動に走っている。
この状況を背景として、19年5月、2020年NPT再検討会議第3回準備委員会において、サイード議長がまとめた2020年へ向けた勧告案に対して、米国をはじめとした核兵器国は、「核軍縮に関する表現が強化された」ことを理由に強く反発し、全会一致で勧告案をまとめることはできなかった。●1

2)これまでのNPT合意に照らし核兵器国の核政策を検証しよう
今日、核兵器国、とりわけ米国やロシアは、核兵器の有用性を、当然のように口にするに至っている。核兵器国はNPT第6条や、過去のNPT合意に明確に反する行為に走っている。たとえば以下のようなことが挙げられる。●2

  1. INF全廃条約からの離脱は、いったん合意した重要な核軍縮合意の放棄であり、軍縮合意の原則の一つである「不可逆性の原則」に反している。ちなみに2010年行動計画の行動2は全会一致で「条約義務の履行に関して、不可逆性、検証可能性、透明性の原則を適用することを誓約する」としている。
  2. 相手がINFの開発をしたからこちらも対抗してINFを開発するという米国とロシアの考え方は、まさに新しい核軍備競争の行為である。これはNPT第6条に反する。NPT第6条は「核軍備競争の早期の停止に関する・・効果的な措置につき、誠実に交渉を行うことを約束する」と定めている。
  3. 潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の核弾頭の一部を低威力核弾頭に置き換える行為は、ある種の核弾頭を減らして他の種類の弾頭を増やす行為である。これは、2010年行動計画の行動3「配備・非配備を含むあらゆる種類の核兵器を削減…の努力を行うことを誓約する」、行動5a「あらゆる種類の核兵器の世界的備蓄の総体的削減に速やかに向かう」という合意に違反する。
  4.  ロシアの新しい大型ICBMや無限の航続距離をもつ核巡航ミサイルなど新概念の兵器の開発は、核・非核両用であっても、NPT及び核兵器のない世界という目的に反する行為であり、2010年行動計画の行動1に違反する。行動1は「NPT及び核兵器のない世界という目的に完全に合致した政策を追求することを誓約する」と述べ、このような政策を根本的に禁じている。
  5. 核兵器国の中で唯一行われている中国の核弾頭数の増加は、行動3、行動5aに違反する。
    ここからわかるように、現時点の核軍縮における最大の障害は、米ロがNPTに定められた核軍縮義務に背を向けていることである。したがって、何はともあれNPT再検討会議において、これを正面から指摘し、米ロが核兵器削減についての協議を直ちに開始するよう強く要求すべきである。そのうえで、特に米ロに対しては、以下の2点を具体的に求めていかねばならない。
    ①    新START条約第14条で規定される条約の5年間延長を行う協議を直ちに始めること。
    ②    中距離核、極超音速兵器を含む戦略核兵器を含む攻撃的兵器全般にわたる協議を行い、核兵器削減の次の段階の目標について合意を目指すこと。

3)戦争被爆国としての責任放棄を表明した国連総会日本決議
ここで重要な役割を担うことが期待されるのが、「唯一の戦争被爆国」を自認する日本政府と、NPT第6条の軍縮義務の履行を求め続ける新アジェンダ連合(以下、NAC)の国々である。最新の第74回国連総会に提出された核軍縮決議から、その可能性を占うことができる。現在、出されている国連総会決議の中で、核兵器のない世界を実現するために必要な諸問題を包括的に取り上げているのは、新アジェンダ連合(NAC)決議と日本決議の2つである。今日の核軍縮における困難な情勢を踏まえたとき、この2つの決議の役割は極めて重要である。
日本決議は、94年に第1回目が提案されてから今年が26回目となる。今年の決議は、「核兵器のない世界に向けた共同の行動指針と未来志向の対話」と題され、昨年までの「核兵器の完全廃絶に向けた新たな決意の下での団結した行動」から一変した●3。内容的にも主文が6項目と極端に短縮され、過去の日本決議への言及がほとんどなくなった。
共同の行動方針として挙げられた6項目は、(a)透明性の強化、(b)核爆発のリスク低減、
(c)核分裂性物質生産禁止条約(FMCT)成立、(d)包括的核実験禁止条約(CTBT)成立 、(e)核軍縮の検証、(f)軍縮・不拡散教育など、核兵器国でも受け入れやすいものに限定している。過去の重要なNPT合意が履行されていない状況に踏み込む要素がまったくみられない。特に、2010年NPT合意で初めて盛り込まれた「核兵器使用の壊滅的な人道上の被害」や2000年合意の「核兵器国は保有核兵器の完全廃棄を達成するという明確な約束を行うこと」(13項目の6)を「共同の行動方針」から除外していることは大問題である。
これまで、日本決議は、NPT条約の合意履行を一つ一つ積み重ねることを基本方針としてきた。2016年では、主文3節で1995 年再検討・延長会議、2000年、2010年再検討会議の最終文書など過去のNPT合意の「諸措置を履行することを求める」としていた。ところが、2017年、2018年の日本決議は、2016年決議と比べて過去のNPT合意の履行を求める姿勢が極端に弱まっており、この現象は核兵器禁止条約(以下、TPNW)の成立とともに起こった。2017年になると同節は主文から消え、前文で「過去のNPT合意を想起」するだけになった。2018年、主文3節は復活したが、「グローバルな安全保障を発展させることへの配慮のもとで」という条件が付いている。
2019年の新決議は、NPT合意を尊重し、それに依拠するという基本姿勢を放棄したようにみえる。広島、長崎の被爆という人類史的な経験をもつ日本が、人類に対して負っている核兵器廃絶への責任を、どういう道筋で果たそうとしているのか、皆目、見当がつかない。
これに対し、新アジェンダ連合(NAC)決議は、NPT第6条義務を履行するよう求める原則を貫いている。例えば、核兵器国が、「安全保障ドクトリンにおいてますます核兵器を重視していることに…深刻な懸念をもって留意し」(前文第26節)、「新START条約の延長と後継条約に関する交渉の出来るだけ早期の締結」を求める(前文第29節)としており、2)の最後で見た2つの項目を意識したものとなっている。
NAC決議は、2018年の主文に新たに以下の2節を加えており、これらは、2019年も継続されている。
主文10節:核軍縮への誓約をないがしろにし、核兵器使用のリスクと新たな軍備競争の可能性を高める、核兵器計画の近代化に関する核兵器国の最近の政策表明に懸念をもって留意する。
主文19節:すべてのNPT締約国に対して、NPT条約及びその再検討プロセスの健全さを確保するために、第6条下の義務の履行を切迫感をもって前進させることを要請する。
この2節は、近年の米国、ロシア に見られる際立った核兵器依存への回帰とNPT上の義務を無視した言動に対する警告であり、2020年NPT再検討会議に向け多くの締約国が主張すべき内容を含んでいる。
以上より、新アジェンダ連合は、一貫してNPT6条とそれに依拠したNPT合意を根拠に、核兵器国に対して核軍縮の促進を求め続けているが、日本は、過去のNPT合意を軽視する姿勢を強め、安全保障を米国の核の傘に依存する道に固執している姿が浮かび上がる。

4)カギは、東北アジア非核兵器地帯で日本が核抑止から抜け出すこと
これまでのNPT合意の前進を振り返ると、国際情勢を活用することによって前進を勝ちとってきたという経過がある。1995年はNPT無期限延長の是非が問われる中、1996年までのCTBT交渉の完了や中東決議が合意された。2000年はインド・パキスタンの核実験から生まれた危機感で、核兵器廃絶が国際的な共通目標となった。そして2010年はオバマ大統領のプラハ演説の勢いが「核兵器のない世界」をめざす声を作り出した。
それでは、2020年NPT再検討会議は何を契機として国際的な意欲を引き出せるのか。2020年NPT再検討会議の成功には2000年や 2010年NPT再検討会議の時のように核軍縮への機運を作りだす新しい国際的な努力が必要であり、核軍縮における困難な現状を打破するための新たなリーダーシップが求められている。
しかし、残念ながら2020年NPT再検討会議は、上記のように核兵器国間の核軍拡が勢いを増し、日本のような核兵器依存国は、その流れに押し込まれる状況が生まれており、核軍縮における停滞状況の中で開かれることになる。それを考慮すると、2020年NPT再検討会議は、まずはNACを先頭に、NGOも協力しながら、NPT第6条や過去のNPT合意を順守し、その強化に努めることの重要性を多くの国が指摘し、特に米国に行動の修正を求めていく場とせねばならない。
併せて核兵器禁止条約が採択された今の時点で、日本のビジョンと行動が問われていることを強調したい。NPT合意すら無視する方向に動く日本政府に対し、核兵器の非人道性を身をもって知る唯一の戦争被爆国としての道義的責任を果たす立場の堅持を求め、そのために自らの安全保障における核兵器の役割の見直し・低減に着手するよう求めていかねばならない。それには、日本が「核兵器依存政策」から抜け出す道を歩み始めることが必要である。
幸い膠着状態が続き、合意履行の行方は定かではないにしろ、2018年に始まった米朝、南北の首脳外交により朝鮮半島の平和と非核化が外交の現実的な課題となっている。この好機を活かすためにも、今こそ、日本政府は、核兵器に依存しない安全保障政策へと転換する具体的な政策として、東北アジア非核兵器地帯の創設を提案すべきである。これは、今年の日本決議からは、政府が自ら提案することは想像もできない政策であるが、そうであれば、市民社会は、日本政府を動かすために、東北アジア非核兵器地帯の設立を求める日本の世論を強めねばならない。ピースデポは、20年以上にわたり、東北アジア非核兵器地帯について「3+3」構想を提案し、努力してきたが、今こそ、日本の自治体や宗教者の取組みを強めるとともに、日韓の市民・労働団体、国会議員の協力、連携などに幅広く取り組んでいかねばならない。鍵は、東北アジア非核兵器地帯で日本が核抑止から抜け出すことである。

19年9月23日、国連の気候変動サミットでグレタ・トゥンベリさんは、世界の指導者へ向けて、「生態系は崩壊しつつあります。私たちは、大量絶滅の始まりにいるのです。なのに、あなた方が話すことは、お金のことや、永遠に続く経済成長というおとぎ話ばかり。よく、そんなことが言えますね」とスピーチした。これは、若者からの「未来世代につけを残すな」という強いメッセージである。同じことは、核兵器問題にも当てはまる。生命体が生きる場を瞬時にして奪いかねない核兵器を未来世代へ残すな!との訴えを世代を超えた取り組みとして強化せねばならない。

注:
1 「核兵器・核実験モニター」第569号(2019年6月1日)。
2 「核兵器・核実験モニター」第577号(2019年10月1日)。
3 「核兵器・核実験モニター」第580号(2019年11月15日)。

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