2025年、平和軍縮時評
2025年01月31日
中国核戦力の現状—米国による分析
渡辺洋介
2024年12月18日、米国防総省は2024年版「中華人民共和国に関する軍事・安全保障の動向」(通称「中国軍事力報告書」)を公表した(注1)。これについて報道各社は、中国の核弾頭数が600発以上に増えたことに注目して報道した。例えば、朝日新聞は「中国核弾頭、米『600発以上』 国防総省報告 軍汚職にも言及」(注2)という見出しで、読売新聞は「中国の核弾頭『600発超』、4年で3倍…米国防総省『予測を上回る勢い』」(注3)、NHKは「米国防総省 “中国の核弾頭 推定600発以上” 中国側は非難」(注4)という見出しで報じた。こうした報道を見ると、一般の読者・視聴者は中国はすでに600発の核弾頭を保有していると単純に信じ込んでしまうかもしれない。しかし、これらの数字は、中国が発表したものではなく、米国防省が発表した推定値にすぎない。また、同報告書は、あくまで米国の視点から書かれた報告書であり、十分な検証が必要な文書である。一方で、中国政府が核弾頭数について情報を公開していない中で、それを窺い知るための重要な情報源の1つといえる。以下では、同報告書の核戦力の部分を批判的に紹介する。
中国が保有する核弾頭数
報告書(2024年版)の推定によると、中国は2024年現在、600発以上の運用可能な核弾頭を保有している。同報告書(2020年版)は、2019年の中国の核弾頭数を200発強と見積もっており、これらの推定値が正しければ、中国はわずか5年間で核弾頭を約400発増加させたこととなる。にもかかわらず、現在の中国の核弾頭数は米国やロシアに遠く及ばない。2024年6月現在で米国は約3700発、ロシアは約4500発の現役核弾頭(退役・解体待ち核弾頭を除いた核弾頭)を保有しているとみられる(注5)。
報告書(2024年版)は、今後の中国の核弾頭数の見通しについて、2030年までに1,000発以上の運用可能な核弾頭を保有するだろうという2023年版の予測を維持した。また、2022年版では、2035年には約1500発の核弾頭を保有すると予測していた。こうした予測に対し、米国科学者連盟(FAS)のハンス・クリステンセンらは、これまで米政府機関が過大な予測を何度もしてきた前歴を示し、こうした予測は割り引いて捉えるべきと批判している(注6)。
核戦力の増強はNPT違反
ハンス・クリステンセンらが指摘する通り、2035年までに約1500発の核弾頭を保有するとの予測は過大かもしれないが、中国が着実に核弾頭数を増やしていることは、おそらく間違いない。話は少しそれるが、核廃絶をめざす市民の立場からは、中国のこうした行為は核不拡散条約(NPT)およびNPT再検討会議における合意に違反する、あるまじき行為であることを指摘しなければならない。
周知の通り、中国はNPTの締約国である。NPT第6条は「各締約国は、核軍備競争の早期の停止及び核軍備の縮小に関する効果的な措置につき・・・誠実に交渉を行うことを約束する」(注7)としている。また、中国を含むすべての締約国は「核軍縮、核およびその他の軍備管理と削減措置に適用されるべき、不可逆性の原則」(2000年NPT再検討会議最終文書第15節5、注8)、すなわち、核軍縮を後戻りさせないことで合意している。中国の核軍拡が、こうした国際合意に違反している事実は見逃されてはならない。
ミサイル・サイロ建設の進捗状況
Mp> 話を報告書に戻そう。2021年ごろから中国北部の砂漠地帯では、約320基の大陸間弾道ミサイル(ICBM)サイロとみられる施設の建設が進められているが、2024年版報告書は、人民解放軍はすでに同サイロへのICBM(東風5型、東風31型)の配備を開始したと報告した。なお、これとは別に中国東部の山岳地帯においても合計30基ほどのサイロが新たに建設されている。一方で、クリステンセンらは、中国北部の3か所のサイロ施設については、完全な稼働まであと数年はかかるだろうと予測している(注9)。
プルトニウムの生産拡大?
報告書は、中国は1990年代初頭以降、核兵器の原料であるプルトニウムを大量に生産しておらず、中国が核弾頭数を増やすのであれば、今後数年以内に新たにプルトニウムを生産する必要があるとの見解を示している。中国は福建省霞浦県にナトリウム冷却プール型高速炉(CFR-600)1基の建設を完了し、もう1基の建設を進めている。報告書は、中国はこれらの施設が平和目的のためであると公言してはいるものの、将来、新しい高速増殖炉や再処理施設を利用して、核兵器用プルトニウムを生産する可能性が高いと述べている。
中国の核兵器先行不使用政策
中国は核実験に成功した1964年以来、核兵器の「先行不使用」を宣言しており、現在もこの政策を維持している。すなわち、中国はいかなる時も、いかなる状況においても、決して先に核兵器を使用せず、また、いかなる非核兵器国や非核兵器地帯に対しても無条件で核兵器の使用あるいは使用の威嚇を行わないと公言している。これに対して、報告書は疑いの目を向けている。報告書は、中国の核戦力や指揮統制の存続可能性を脅かすような非核攻撃を受けた場合、また、台湾での通常兵力による敗北が中国共産党政権の存続を脅かす場合、核の先行使用が考慮されるかもしれないとの見解を示している。しかし、中国が先行不使用政策から逸脱したことを示す確たる証拠は存在しない(注10)。
核戦力増強の背景
報告書は、中国人民解放軍の近代化を2035年までに「基本的に完了」させるという中国共産党の目標に向けて、さらに習近平主席が掲げた2049年までに「世界一流」の人民解放軍を実現するという目標に向けて、中国の核戦力は引き続き増強されるだろうと予測する。なぜなら、米中間の長期的な戦略的競争が続く中で、中国が競争力のあるグローバルな大国となるためには、強力な核戦力が必要であると認識しているからだと報告書は述べる。
現状では、中国の核弾頭数(約600発)は、米国の核弾頭数(約3700発、現役核弾頭数)と比べて圧倒的に少ない。さらに、中国との国境紛争を抱えるインドも核弾頭の数を増やしている。こうした要素も中国が核兵器を増やそうとする要因となっている可能性がある。
推定の技術的限界
報告書は、中国政府が核弾頭数に関する情報を一切公開していない中で、衛星写真や関係者との接触などから得られた情報をもとに、核弾頭数を推定していると思われる。ハンス・クリステンセンらは、中国が保有する核弾頭数(推定値)は、例えば、以下の不確定要素によって変わってくると但し書きをつけている(注11)。
・中国が有するミサイル・サイロのうち、何基のサイロに実際にミサイルを配備するのか。
・ミサイル1発に何発の核弾頭を搭載するのか。
・核・非核両用ミサイルが何発配備され、そのうち何発に核弾頭を搭載するのか。
すなわち、中国にあるミサイル・サイロやミサイル発射台の数は衛星写真のデータなどからある程度把握することはできるものの、それらに何発のミサイルが実際に配備されているのか、配備されたミサイル1発に何発の核弾頭が搭載されているのか、搭載されているのは通常弾頭なのか、核弾頭なのか、衛星写真からはまったくわからないのである。衛星写真に加えて関係者との接触などから情報を入手している可能性もあるが、600発という数は、あくまでも上述の不確定要素がある中で出された推定値であることを認識しておく必要がある。
おわりに
報告書は、米国防総省が集めた資料に基づいて米国の視点から中国の軍事力を分析したものである。上述の通り、情報収集には限界があるうえ、展開される議論は米国の利益と分かち難く結びついており、正確性、客観性の双方において不完全なものだ。例えば、報告書は中国が保有する核弾頭数を600発としているが、すでに述べた通り、これは不確定要素が多い中で予測した推定値にすぎない。また、報告書は中国の核兵器先行不使用政策に疑いの目を向けているが、これは米国の懸念に基づいた一方的な議論という印象を拭えない。実際には、中国は米ロ英仏に対して先行不使用条約締結に向けた交渉を開始するよう、2024年のジュネーブ軍縮会議で呼びかけている。報告書は中国の急速な核兵器増強を強調しているが、その原因の1つが米国の核兵器近代化にあることには目をつむっている。この視点の欠落は、この報告書が米国のために作られたものにすぎず、客観性に限界があることを端的に示している。
注1 「中華人民共和国に関する軍事・安全保障の動向」(2024年12月18日)
https://media.defense.gov/2024/Dec/18/2003615520/-1/-1/0/MILITARY-AND-SECURITY-DEVELOPMENTS-INVOLVING-THE-PEOPLES-REPUBLIC-OF-CHINA-2024.PDF
注2 『朝日新聞』(2024年12月19日)
https://www.asahi.com/articles/DA3S16109233.html
注3 『読売新聞』(2024年12月19日)
https://www.yomiuri.co.jp/world/20241218-OYT1T50218/
注4 NHK NEWS WEB (2024年12月19日)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20241219/k10014672191000.html
注5 「ピース・アルマナック2024」112頁
注6 Hans Kristensen et.al. “Chinese Nuclear Weapons, 2024”
https://thebulletin.org/premium/2024-01/chinese-nuclear-weapons-2024/
注7 「ピース・アルマナック2024」241頁
注8 「ピース・アルマナック2024」70頁
注9 注6と同じ
注10 注6と同じ
注11 注6と同じ
※本稿は『脱軍備・平和レポート』第31号に寄稿した拙著「『中国軍事力報告書』にみる中国核戦力の現状」に加筆したものである。