2025年、平和軍縮時評

2025年07月31日

拡大する自衛隊の多国間演習 ―「タリスマンセイバー」(オーストラリア)と「バリカタン」(フィリピン)演習―

木元茂夫

2025年3月、自衛隊に統合作戦司令部が240人規模で編成された。この司令部は市ヶ谷に常駐して自衛隊全体の作戦指揮を執るものだと思っていた。

ところが、4月11日に統合幕僚監部が発表した「米比主催多国間共同訓練バリカタン25への参加について」(注1)という訓練広報には「実施場所」はフィリピン共和国としているが、「統合作戦司令部」が訓練参加部隊の一つとして明記されていた。同じく6月27日に発表された「米豪主催多国間共同訓練タリスマン・セイバー25への参加について」(注2)という訓練広報にも、実施場所は豪州及び同周辺海空域としつつ、「統合作戦司令部」が参加するとある。

これは一体どういうことなのか。統合作戦司令部はフィリピンやオーストラリアに出向いて、海外で自衛隊の指揮を執る訓練を実施するということなのだ。また、訓練広報には「我が国にとって望ましい安全保障を創出するため、参加各国との連携強化を図ります」と書かれている。これは、政治家が言うべきことであって自衛隊制服組の言動としては不適切である。訓練広報にはここ数年、こうした政治的な見解が散見されるようになった。制服組が防衛省の中で力を増大させていることの証明である。

統合作戦司令部の発足と歩調を合わせるように参加規模が拡大したオーストラリアとフィリピンでの演習を分析してみたい。

まずは、これまでの参加部隊の確認である。タリスマン・セイバー23では「訓練実施部隊」として、下記の部隊が列記されていた(注3)

水陸両用作戦 陸上総隊(水陸機動団、第1ヘリコプター団)、掃海隊群(護衛艦「いずも」、輸送艦「しもきた」)
対空戦闘   東部方面隊(第2高射特科群)。
対艦戦闘   西部方面隊(第5地対艦ミサイル連隊)、富士学校(特科教導隊)及び北部方面隊(第2情報隊)

それぞれの部隊について、簡単に説明をしておく。水陸機動団は長崎県佐世保市に司令部を置く約3000人の部隊。水陸両用装甲車やゴムボート、大型ヘリなどで上陸作戦を行う部隊。第1ヘリコプター団は千葉県木更津市を拠点とする大型ヘリの部隊。第2高射特科群は千葉県に配備されている地対空ミサイル部隊。地対艦ミサイル部隊を空からの攻撃から守るのが任務。第5地対艦ミサイル連隊は熊本県に配備。地上から海上の艦艇に向けてミサイルを発射する部隊。第2情報隊は北海道旭川市の第2師団の隷下組織。情報収集用の無人機スキャンイーグルを運用する部隊である。

タリスマン・セイバー25には、インド、オランダ、ノルウェー、フィリピン、シンガポール、タイの6ケ国があらたに加わり19ケ国参加(アメリカ、オーストラリア、カナダ、フィジー、フランス、ドイツ、インドネシア、ニュージーランド、パプアニューギニア、韓国、トンガ及びイギリス)となり、参加部隊4万人の大演習となった。期間は7月13日から8月4日までの約3週間で、これまでと変わらない。

自衛隊は1500人の部隊・機関という大規模な参加となった。まず、統合作戦司令部、陸上総隊、自衛艦隊、航空総隊、航空支援集団の5つの司令部組織の参加が明記された。(統合幕僚監部2025年6月27日)。旧軍用語で言えば「軍令組織」で部隊に作戦行動を命令する組織である。陸上総隊司令部は水陸機動団と第1ヘリコプター団などの陸自部隊を指揮する。自衛艦隊司令部は護衛艦隊、潜水艦隊、海自の航空集団(哨戒機と輸送機、ヘリコプター)を指揮する。航空総隊司令部は空自の戦闘機部隊を、航空支援集団司令部は空自の輸送機と空中給油機部隊を指揮する。また、統合幕僚監部、陸上、海上、航空の各幕僚監部も参加。この4組織は防衛省設置法第19条に定められている「特別の機関」で、「防衛及び警備に関する計画の立案、行動計画の立案、行動計画に必要な教育訓練、編成、装備、配置、経理、調達、補給及び保健衛生」業務をその任務としているが、演習中の「行動計画」を作成し、司令部組織を助けるということなのだろうか。バリカタン25にだけ参加した陸自需品学校は(千葉県松戸市)、「糧食、燃料、給水、入浴、洗濯、空中投下、補給管理」をその業務とする。同盟国の軍隊への糧食の空中投下などを将来的な課題と考えてのことだろうか。

資料 二つの演習への自衛隊の参加部隊と機関
●バリカタン25 150名
統合幕僚監部、陸上幕僚監部、航空幕僚監部
陸上自衛隊中央輸送隊、同武器学校、同需品学校、同輸送学校、
海上輸送群、航空システム通信隊
自衛隊中央病院、
統合作戦司令部、陸上総隊、自衛艦隊、航空総隊、航空支援集団、
護衛艦「やはぎ」
●タリスマン・セイバー25 1500名
統合幕僚監部、陸上幕僚監部、海上幕僚監部、航空幕僚監部
陸上自衛隊東部方面隊、同中部方面隊、同西部方面隊、同富士学校、同高射学校
宇宙作戦群、自衛隊入間病院、航空自衛隊補給本部
統合作戦司令部、陸上総隊、自衛艦隊、航空総隊、航空支援集団
護衛艦「いせ」、護衛艦「すずなみ」、大型揚陸艦「おおすみ」

タリスマンセーバー演習で陸自は2023年、2025年と地対艦ミサイル連隊を参加させ、海上に浮かべた退役した軍艦をめがけてミサイルを撃つ訓練を行った。使用したミサイルは12式地対艦ミサイルで射程距離約200km。石垣島、宮古島、沖縄島、奄美大島、湯布院駐屯地などに配備されているミサイルである。その「能力向上型」(射程距離は約1000km)が九州熊本の健軍駐屯地と沖縄に配備されようとしている。

その他の訓練項目としては、海上作戦訓練、水陸両用作戦訓練、実弾射撃訓練、宇宙作戦訓練、統合衛生訓練があげられていて、自衛隊はすべてに参加する。宇宙作戦訓練と統合衛生訓練は今回初めて加わった。自衛隊入間病院が参加したということは負傷兵の治療も重視している表れである。

日豪両国のトマホーク巡航ミサイル購入と「もがみ型護衛艦」の共同開発

共同訓練の効率化のためには、双方が保有する武器と兵器の性能が同一であることが望まれる。防衛省は2023年度予算にトマホーク巡航ミサイルの取得予算を2113億円(400発分)計上した。オーストラリア国防省は2023年8月、トマホーク200発を約1200億円で購入することを米国政府と合意した。これで、数年先、日米豪はトマホークの運用能力をもつことになる。さらに両国は対空・対艦ミサイルSM-6(射程距離370km)の購入予算も計上した。米国のイージス艦も搭載しているミサイルである。中国の艦艇と対峙した場合、日米豪は同等の対艦戦闘能力をもつことになる。こうした「武器の共有化」は、今後の多国間訓練に反映されることになろう。中国の艦艇もこれに対抗するミサイルをすでに装備しているが。

オーストラリアの次期フリゲート艦建造計画に、機雷戦能力(機雷の敷設と掃海)をもち、長射程ミサイルも搭載予定の「もがみ型護衛艦」を共同開発という形で輸出しようとしている。製造メーカーは三菱重工である。ライバルはドイツのティッセンクルップ・マリン・システムズ(TKMS)社。三菱重工は2025年2月に首都キャンベラに事務所を開設した。7月21日には泉澤清次会長がオーストラリアに出向いて、閣僚らに直接売り込みをかけた。建造費は防衛予算に計上された価格で比較すると、もがみ型1049億円対ドイツ850億円となる。この共同開発計画、日本が受注すると武器輸出は一気に拡大することになり、要注意である。決定は本年末とのことだ。(注4)

中国軍との緊張を激化させるバリカタン演習

一方、バリカタン25は、フィリピン、米国、オーストラリア、日本が参加する。米軍9000人、フィリピン軍5000人など約1万5000人の演習である。期間は4月4日から5月9日までの1ケ月強である。実動訓練として多国間海上機動、統合兵站訓練、水陸両用訓練、対艦戦闘をあげている。「多国間海上機動」とはあまり使われない言い方であるが、艦隊航行や洋上給油を指しているのだろうか。他の訓練は、自衛隊はオブザーバー参加である。

タリスマン・セイバーとバリカタンでは訓練の想定そのものに大きな差がある。前者は訓練場のあるオーストラリアで戦闘が起きることを想定しない。日本にはない広大な訓練場(3600km2)を使用して大部隊の訓練を行うことを行うことに主眼がある。対照的にフィリピンのパラワン島は中国が岩礁を埋め立てて基地を造成した南沙諸島に近く、フィリピンの沿岸警備隊と中国の海警局は何度か衝突を起こしている。また、ルソン島はバシー海峡をはさんで台湾に近い。ここは、各国の潜水艦にとっての重要海域である。つまり、バリカタン演習は「紛争地域」の直近で行う演習であり、自衛隊も慎重にならざるを得ないということなのだろう。

バリカタン24において、米海兵隊は「タイフォン・ミサイルシステム」をフィリピンのルソン島に空輸した。トマホーク巡航ミサイル(射程距離1600km)と対空対艦ミサイルのSM-6(射程距離370km)を組み合わせたシステムである。簡単に言うと相手国の領土も、自国の領土に上陸してきた部隊も攻撃できるし、接近して来る相手国の艦艇も攻撃できるシステムである。これを演習が終わったあとも、フィリピンに残置した。米軍はフィリピンに継続的な駐留はできないため、フィリピン軍に管理させている。これは、実質的にフィリピンへの長射程ミサイルの配備にほかならない。

バリカタン25では、これまで使用されてきた高機動ロケット砲システムハイマースに変って、無人地対艦ミサイル搭載車両ネメシスが持ち込まれた。小型の車両にミサイル2発を積んだ簡易なものであるが、対艦ミサイルなので海上を航行する艦船への命中率は格段にあがる。しかも、フィリピンのルソン島と台湾の中間地点にあるバタン島(フィリピンの領土)に持ち込んだのだ。

この1年の政治的な動きをフォローしておこう。2024年5月3日にハワイで開催された日米豪比防衛相会談では、「4大臣は、危険で不安定化をもたらす行為となる、中国によるフィリピン船舶の公海における航行の自由の行使に対する度重なる妨害及びセカンド・トーマス礁への補給線への妨害に対して、深刻な懸念を改めて表明した」とする共同声明をだしている。2025年5月にシンガポールで開催された第22回アジア安全保障会議では、中谷防衛相は「説明責任の著しい軽視です。南シナ海では、以前、サンゴ礁の埋立を伴う係争地形を「軍事化する意図はない」と宣言しましたが、まさに、その国が軍事化を急速に進めています。また、この地域には、透明性を欠いた核戦力を含む軍事力の急激な増強や警備艇や軍艦の哨戒・監視などの挑発的な軍事活動が増加しています。これは、防衛分野の信頼関係の維持の大きな障害となっています」と演説した。6月1日には日米豪比防衛相会談が行われ中谷防衛大臣は「同盟国・同志国のネットワークを重層的に構築して拡大し、抑止力を強化していくことは重要なことだ」と発言した。

フィリピンとは「日本国の自衛隊とフィリピンの軍隊との間における相互のアクセス及び協力の円滑化に関する日本国とフィリピン共和国との間の協定」を結んだ。2024年7月8日署名、2025年6月6日参議院で可決された。オーストラリア、イギリスに続く3ケ国目の協定である。前文には「両締約国間の安全保障関係及び防衛関係を深めることを希望し」とあり、第4条では領海・領空ではない、「水域及び上空において実施される協力活動にも適用される」とある。第14条には「接受国において協力活動を実施するため、武器、 弾薬、爆発物及び危険物を輸送し、保管し、及び取り扱うことができる」とある。運用によっては公海上で武器・弾薬を使用した「協力活動」も可能になる。

「あぶくま」型護衛艦の輸出

日本はフィリピンへ警戒監視レーダーを輸出し、巡視船12隻を供与してきた。7月になって防衛省が「あぶくま」型護衛艦の輸出を検討していることが明らかになった。最新鋭の「もがみ」型とは対照的に、1989年から1993年にかけて順次就役した6隻シリーズの護衛艦である。7月8日の記者会見で中谷防衛大臣は、「海上自衛隊では、平素からフィリピンを含む同志国海軍との交流を積極的に実施しているところ、装備品の紹介・視察を含む部隊間交流について先方と調整を行っております。また、お尋ねの国際共同開発・生産を中古の装備品に適用することにつきましては、あくまで一般論として申し上げれば、国際共同開発・生産に該当するか否かについては、個別具体的に判断をすることとしておりまして、具体的な移転に当たりましては、移転の可否を厳格に審査をしてまいります」と答えている(注5)。手っ取り早く言えば、厳格な審査はするが可能だという認識である。「あぶくま」型は、旧式の小型護衛艦とはいえ、76ミリ砲、ハープーン対艦ミサイル、アスロック対潜ミサイル、魚雷といった基本的な武器はすべて装備している。現状では長距離ミサイルをもっていないだけである。「厳格な審査」の課程で最新の兵器が付加される可能性だってある。

終わりに

オーストラリアとフィリピンで開催される多国間演習の変化を見てきた。演習への参加にとどまらず両国への武器輸出までが検討されるにいたった。今後はさらなる大規模参加と、自衛隊の役割の増大が求められていくであろう。9月、2月、6月と3度にわたる海自護衛艦の台湾海峡に対抗するかのように中国の空母遼寧、山東が硫黄島周辺にまでやって来た。日本が軍事的役割を増大させ続けていることに、中国国防部は、明確な批判を突き付けて来るようになった。7月30日にはロシア海軍太平洋艦隊が中国海軍との合同演習「海上連合2025」を行うと発表した。(注6)

年間34億円規模の国防費を投入し続けている中国に対し、こちらも同様の軍拡をもって対抗することは愚かの極みではないだろうか。対話によってお互いの軍事費を抑制し、軍事行動を制限する取組がいまほど求められている時はない。

注1 統合幕僚監部報道発表資料 令和7年4月11日
https://www.mod.go.jp/js/pdf/2025/p20250411_02.pdf
注2 統合幕僚監部報道発表資料 令和7年6月27日
https://www.mod.go.jp/js/pdf/2025/p20250627_01.pdf
注3 陸上自衛隊ニュースリリース 令和5年7月3日
https://www.mod.go.jp/msdf/operation/training/TalismanSabre2023/
注4 井上麟太郎「初の護衛艦輸出となるか?」(『世界の艦船』25年6月号所収)
注5 防衛省HP防衛大臣記者会見25年7月8日
https://www.mod.go.jp/j/press/kisha/2025/0708a.html
注6 「産経新聞電子版」25年7月30日
https://www.sankei.com/article/20250730-7Q4CFRHNZ5LJFMPNUT7QE5WGBI/

TOPに戻る