2025年、平和軍縮時評

2025年11月30日

米軍・那覇軍港の浦添沖移設「環境影響評価方法書」を読む

湯浅一郎

はじめに

 2025年8月18日、沖縄防衛局は、米軍・那覇軍港の浦添沖移設に関する環境影響評価の項目や調査手法などを記した「方法書」を公告した(注1)。9月17日まで公告した書類を誰でも自由に閲覧できるようにする縦覧を行った後、10月1日を期限として市民などからの意見を受け付けた。10月23日、沖縄防衛局は、市民から245件の意見書が提出されたことを明らかにし、その意見概要を沖縄県に提出した。
 那覇軍港は、1974年に移設を前提に返還することで日米両政府が合意し、2022年10月には沖縄県と那覇・浦添両市が代替施設の建設に合意した。事業は、浦添市沖の約64haの公有水面を埋立て(約49haのT字型の代替施設(図1)、約15haの作業ヤード)することに加え、2つの防波堤(東西に延びる長さ約3900m、南北に延びる長さ約500m)の設置、浚渫工事などがセットで計画されている。ここでは方法書を読むことで問題点を列挙したうえで、生物多様性に関わる法的規制につき考える。


図1 那覇軍港の浦添移設計画図


1.生物多様性の保全に関しては当該事業も「生物多様性国家戦略」の主旨に沿ったものでなければならないことの自覚がない

 410頁という膨大な方法書(要約書)の中に「生物多様性国家戦略」(注2)という言葉は1か所も登場しない。事業者である沖縄防衛局は、この問題を明確に位置付けていないことがうかがえる。
 しかるに生物多様性基本法第12条第2項(生物多様性国家戦略と国の他の計画との関係)は、「環境基本計画及び生物多様性国家戦略以外の国の計画は、生物の多様性の保全及び持続可能な利用に関しては、生物多様性国家戦略を基本とするものとする」としており、すべての省庁の事業について生物多様性国家戦略の主旨に沿うものとなるよう定めている。したがって沖縄防衛局の本事業も生物多様性や生態系の保全に関しては生物多様性国家戦略に沿ったものでなければならない。その国家戦略は、ネイチャーポジテイブ(自然再興)を掲げ、昆明・モントリオール生物多様性枠組(注3)により2030年までに「陸と海の少なくとも30%を生物多様性の保護区」にする、いわゆる「30 by 30」を中期目標にしている。この点についても「方法書」には記載はない。

2.本事業の埋立て予定海域は生物多様性の保全を目的とした「海洋保護区」であることが明記されておらず、海洋保護区内での埋立て、防波堤の設置、浚渫が「生物多様性の保全」に矛盾しないことを保証する方策は何ら検討していない

 2010年、名古屋で開かれた生物多様性条約第10回締約国会議で各国は、2020年までに海の10%を保護区にすることを含む「愛知目標」に合意した。これを受け、環境省は、2011年5月、「我が国における海洋保護区の設定の在り方について」(注4)を作成し、海洋保護区を「海洋生態系の健全な構造と機能を支える生物多様性の保全及び生態系サービスの持続可能な利用を目的として、利用形態を考慮し、法律又はその他の効果的な手法により管理される明確に特定された区域」と定義した。
 環境省は、この定義により以下の「特定された区域」を「海洋保護区」と総称した。
・自然公園(規定法:自然公園法、管轄:環境省、以下同じ)
・自然海浜保全地区(瀬戸内海環境保全特別措置法、環境省)
・自然環境保全地域(自然環境保全法、環境省)
・鳥獣保護区(鳥獣保護管理法、環境省)
・海洋水産資源開発区域(海洋水産資源開発促進法、水産庁)
・共同漁業権区域(漁業法、水産庁)
 それにより2020年には海域13.3%が保護区となり、愛知目標は達成されたと報告され、沿岸域の相当部分が海洋保護区である。沖縄島の周りにはほぼ100%共同漁業権が連なっている。その結果、沖縄島の周囲の海域は、大浦湾の一部海域を除き、すべて海洋保護区である。各国の海洋保護区は生物多様性条約に基づく国際データベース(注5)に登録されており、そこから沖縄島、及び浦添沖を取り出したのが図2.a)、b)である。沖縄島と慶良間諸島は海洋保護区でつながっており、その多くはサンゴ礁が存在しているとみられる。

 図2.b)からわかるように事業計画の対象海域はすべて生物多様性の保全を目的として選んだ海洋保護区である。しかるに方法書には「海洋保護区」という単語は一度も登場しない。認識していないのか、または認識しているが無視をしているのかは定かではないが、沖縄防衛局は、「事業計画の対象海域はすべて海洋保護区である」点を明確に認識すべきである。その上で、埋立て、防波堤建設、浚渫工事、そして作業ヤードに係る工事など一連の工事が、「生物多様性の保全」に矛盾しないことを方法書の第3章3.2.9「環境の保全を目的として法令等により指定された地域その他の対象及び当該対象に係る規制の内容等」に明記すべきである。


図2.a)沖縄島周辺の海洋保護区。青色部が海洋保護区


図2.b)浦添沖の海洋保護区


3.当該海域のサンゴ礁は沖縄島でも最も優れたものであることを無視している

 方法書においても、対象地域における重要な動物は計214種、植物は86種、重要な植物群落が9群落生育している可能性が考えられるとする。さらに「サンゴ礁は、対象事業実施区域の北東側は被度5%未満、一部に30~50%、50%以上、南西側は礁縁部に30~50%、礁池内に被度50%以上の範囲が分布する。防波堤の沖側の自謝加瀬、干ノ瀬、浅ノ瀬は、サンゴ類の被度が高く、特に干ノ瀬では、被度50%以上の範囲が分布する。」(頁3-4)と記述されている。ここで被度とは、地表面を覆っている割合を示す。また方法書の一つ手前の手続きで、2024年に作成された配慮書段階の専門家の意見として「近年、当該箇所のサンゴ被度が高くなっているのではないかと推察される」(頁4-26)、「最近は八重山地方よりも沖縄本島の方がサンゴの被度や多様性が高くなってきている。」(頁4-27)と浦添沖のサンゴ礁の価値が相対的に高まっていることも指摘されている。

 国土交通大臣の意見8(頁5-3)でも、「高被度のサンゴ群集が見られるほか、「環境省レッドリスト2020」に絶滅危惧Ⅰ類として掲載されているホソエガサ等の海藻類、絶滅危惧ⅠB類として掲載されているタナゴモドキ等の魚類、絶滅危惧Ⅱ類として掲載されているアジサシ類、シギ、チドリ類等の鳥類、ヒロオウミヘビ等の爬虫類、リュウキュウアサリ等の水生貝類等が生育・生息している可能性がある。」と希少種の生息を強調している。
 また当該海域は、海洋保護区の選定などの基礎資料として、環境省が2014年3月に「生物多様性の観点から重要度の高い海域」として「沿岸域」270海域を抽出した中で「宜野湾沿岸」(海域番号14804)に位置付けられている。絶滅危惧種としてコアジサシ(鳥類)、イイジマウミヘビ(爬虫類)、アマミカワニナ(貝類)が記載され、八放サンゴ類の分布など生物多様性の豊かな海である。この点は、国土交通大臣の意見8(頁5-3)でも指摘され、「本事業の実施による想定区域における埋立てに伴う直接改変及び水環境の変化により、動植物及び生態系への影響が懸念される。」としている。
 これらの意見を踏まえれば、方法書の段階で事業計画そのものを見直すのが本来のあるべき姿である。

4.当該事業は埋立て、防波堤設置、浚渫など総合的で、それらの複合的な影響を評価すべきである

 本事業は、約64haの埋立て(約49haの代替施設、約15haの作業ヤード)に加え、2つの防波堤(東西に延びる長さ約3900m、南北に延びる長さ約500m)の設置、浚渫工事などがセットとして実行される。まず埋立ては海洋保護区の一部をそのまま抹殺する行為である。埋立地および防波堤の設置は、潮流の変化だけでなく、海域全体の閉鎖性を強めることになり、ひいては海岸線と防波堤で囲まれた海域において夏の成層期に下層の貧酸素化現象に至る可能性もある。さらに浚渫工事は、海底にたまる懸濁粒子を拡散し、藻場やサンゴ礁に悪影響をもたらす可能性がある。これらが同時に進行することで、海域全体の生物多様性や生態系への複合的な影響がどう進み、どのような悪影響をもたらすのかは、極めて重要な課題であるが、方法書には複合的な影響を予測する視点が盛りこまれていない。


5.先行する他の埋め立て事業との累積的な影響も検討されねばならない

 さらに大きな問題として、ごく近接して先行する事業が同時に進行している。軍港移設予定海域の南西の海岸線付近では「交流・賑わい空間公有水面埋立事業」(浦添市土地開発公社、那覇港管理組合)(注6)の約32.2haの埋立て計画が先行して動いている。2023年12月、同計画の環境影響評価方法書が公告されている。当該事業は、これに少し遅れて動いており、両者が実行された場合の累積的な影響は包括的に検討されるべき大きな課題である。しかるに、これは沖縄防衛局だけの責任ではないが、この点に責任を持って対処する枠組みは存在していない。環境省や沖縄県が調整役をすべき課題なのかもしれないが、被害を受けるのは自然の側である。ネイチャーポジテイブをめざし、2030年までに海の30%以上を保護区にしようと国を挙げて努力しているときに、このような累積的埋め立て計画が海洋保護区において進行しつつあること自体が不当である。一機関の責任ではないかもしれないが、政府、自治体などによる未来への犯罪とも言えることが責任の所在もわからないまま進行しているのである。少なくとも両計画を推進していくのであれば、沖縄防衛局と浦添市土地開発公社及び那覇港管理組合という3つの事業者が共同で累積的な悪影響を包括的に評価するべきである。

6.検討されていない2つの重要な課題

 この他にも検討されていない重要な課題として少なくとも以下がある。
①供用開始後の軍港としての運用に関わる環境影響も対象として評価すべきである。例えば、那覇軍港で始まったオスプレイの離着陸、想定される出入港する船舶の危険性などが対象になると考えられる。現在ホワイトビーチに限定している米原潜の寄港が始まるといった事は想定しなくていいのかどうかも明確にすべき問題の一つである。
②埋立て用材の必要量と、供給先及び搬送方法を明確にすべきである。関連して浚渫土砂の扱いも大きな問題である。


7.結論

 1~6で述べてきたことをトータルに振り返ると以下のような結論となる。

 自然は縫い目のない織物(シームレス)のようにつながっている。どこか壊せば思わぬところに波及する。自然のなかに埋立地や防波堤などの人工構造物を設置することは、物質循環を分断し、微妙なバランスによって生かされている海の生き物の生活史を分断することになる。こう考えると、生物多様性の保全を目的として海洋保護区として選定した以上、海洋保護区の中で埋立て、防波堤などの人工構造物を設置し、浚渫を行う当該事業は、方法書の段階において中止すべきである。

おわりに

 ―環境影響評価法に生物多様性の保全を目的とした海洋保護区における埋め立てや浚渫の禁止などを盛り込むべきである―
 このあと沖縄県は、環境影響評価法にのっとり、移設に関係する那覇・浦添・宜野湾の3市にも意見を照会した上で意見を取りまとめ、事業者である沖縄防衛局に意見をのべることになる。事業者は、沖縄県からの意見を踏まえて、環境アセスメントで評価する項目と手法を選定する手続きに入る(注7)
 しかし、このプロセスの中に事業計画を根本的に見直す機会は存在しない。本稿で指摘した生物多様性の保全を目的として選定した海洋保護区の中で、大規模な埋立て、長大な防波堤建設、それに伴う浚渫工事を行うことの是非は一切問われることがないのである。ここでは環境影響評価法の中に「生物多様性の保全を目的として選定した保護区においては、生物多様性を抹殺してしまう埋立てや浚渫は禁止する」との法的規制を盛り込むべきであることを強調しておきたい。
 本事業は国の税金により、国家が未来に託すべき海洋保護区を埋立て、もとに復すことはできない行為を行おうとしている。世界のホープスポットを埋めてしまう辺野古新基地建設と同じ構図であるが、まさに「未来への国家による犯罪」とでもいうべきことが表向き、合法的に進もうとしているのである。



1.沖縄防衛局;「那覇港湾施設代替施設建設事業に係る環境影響評価方法書(要約書)」2025年8月。
https://www.mod.go.jp/rdb/okinawa/effort/base/nahaport/hohosho/pdf/070818Youyakusyo.pdf
2.「第6次生物多様性国家戦略」
https://www.env.go.jp/content/000293532.pdf
3.「昆明モントリオール世界生物多様性枠組み」
https://www.env.go.jp/content/000296182.pdf
4.環境省:「我が国における海洋保護区の設定の在り方について」(2011年5月)
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kaiyou/dai8/siryou3.pdf
5.日本の保護地域情報が登録されている国際データベースのURL,
https://www.protectedplanet.net/country/JPN
6.「交流・賑わい空間公有水面埋立事業環境影響方法書」
https://www.city.urasoe.lg.jp/doc/65cc6b636e33864cca69157e/file_contents/20240607120039284.pdf
7.環境影響評価法
https://laws.e-gov.go.jp/law/409AC0000000081

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