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復帰40年、講和60年 5・15平和とくらしを守る県民大会宣言

2012年5月13日

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   沖縄は、今年、沖縄と本土を分断し沖縄を米軍の統治に売り渡したサンフランシスコ講和条約締結から60年、また1972年の施政権返還「本土復帰」から40年の大きな節目を迎える。戦後沖縄を「基地の島」とし形成した二つの日米合意の基本戦略は今日なお踏襲され、冷戦の構図が崩壊し戦後67年が経過する今なお、沖縄を「基地の島」の鉄鎖につなぎ続けている。
   この長い戦後を通じて、県民は、米軍を相手にまた日米両政府を相手に「基地のない平和な島」の実現を要求し行動を続けてきた。しかしながら、日米両政府は、県民の切実な要求に耳を傾けるどころか、辺野古や高江に見られる米軍の新基地建設、また民主党政権になってから突如として浮上してきた与那国島での自衛隊基地の建設問題など県民要求に逆行する動きを強めている。その上、宮古島や石垣島、与那国島など先島諸島における民間空港や港湾の軍事利用がなし崩し的に強化拡大され、さる4月のPAC3配備の一大騒動の際には、大規模に民有地を囲い込んだ上、歩哨の自衛隊員に拳銃の携行をもさせた。さらに、ただでさえ危険極まりないと言われる普天間基地に、県民がこぞって反対するウルトラ欠陥機MVオスプレイの配備を強行すると米側は公言し、そのため普天間基地の継続使用すなわち「普天間基地の固定化」が喧伝される傍ら、その一方で、同基地の嘉手納基地統合の動きも強まっている。
   このように米軍基地と自衛隊基地強化の動きが急を告げる中、私たちは、今回2012年平和行進を与那国島でスタートさせた。国境の島を軍事の島に造り替えようとする政府に厳しく抗議するとともに、決して基地建設は許さないという決意を示すために多くの労組員が島に渡った。また、PAC3配備で揺れた宮古島で「戦争反対」の力強い行進が展開され、石垣島でも同様に行進が展開される予定になっている。
   沖縄本島では、東西・南の3コースで、高江、辺野古の新基地建設反対、オスプレイ配備阻止、普天間固定化・嘉手納統合反対など新基地建設と基地の機能強化に反対するシュプレヒコールととともに、沖縄戦の風化と教科書改ざんを迫る動きに反対する抗議の声がこだました。
   昨年は、突如として発生した3・11東日本大震災の復興支援を最優先する立場から、長年継続されてきた平和行進の全国募集が見送られたが、今年はあらためて全国から1500名に上る大行進団が編成され力強く今年の平和行進に合流した。その中で、福島第一原発事故で深刻な放射能被害に見舞われた福島県から、また同様に上関原発建設問題で揺れる山口県から、そして被爆地長崎県から本土代表団が選出され「反原発」「脱原発」「核兵器廃絶」を「反戦反基地」とともに高らかに訴えた。「基地」と「原発」。国策として押し付けられた「犠牲」を甘受することなく、各地が連帯し中央政府の無謀を許さず堂々と闘い前進していくことが確認された今沖縄平和行進の意義は限りなく大きい。私たちはそのことを確認し、核兵器も原発も、そして一切の軍事基地のない平和な時代を作るために一層団結を強めて闘いぬくことを確認した。そしてそのことを本大会の名において宣言する。

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