2016年、平和軍縮時評

2016年09月30日

平和軍縮時評2016年9月号 課題は米国社会の世論を変えること―オバマ政権8年間の核政策を振り返る  湯浅一郎

   2016年5月27日、バラク・オバマ大統領は、現職の米大統領として初めて被爆地・広島を訪問した。原爆死没者慰霊碑の前でのスピーチは、一貫して「我々」を主語にし、「核兵器を使用した唯一の国」の代表という自らの立ち位置を消しさったもので、米国が、被爆地広島に謝罪する構図にならないよう周到に配意されていた。それは、ともかくとして、このオバマ広島到着の直前、米国防省は、2015年9月末現在、米国は4571発の核弾頭を有するとした最新の核兵器備蓄数と核弾頭解体数を公表した※1。このタイミングは、何を意味するのか理解しかねる。「核兵器のない世界」をめざすと宣言した大統領としての努力にも拘わらず、米国はまだまだ膨大で過剰な核兵器を有しており、この仕事の困難性を示そうとしたのであろうか。ハンス・クリステンセンが論評※2するように、「これらの数字はオバマ政権が冷戦後の他のどの大統領よりも核備蓄を減らしておらず、2015年に解体された核弾頭数はオバマ政権になって以来最小であること」を示している。任期が残りわずかとなったこの機に、8年にわたるオバマ政権の核政策を振りかえる。

派手に打ち上げたプラハ演説

   スタートは華々しかった。それを象徴するのが、ノーベル平和賞受賞の一要因となった2009年4月5日のプラハ演説※3である。演説の冒頭で、「核兵器を使用した唯一の核保有国として、米国には行動する道義的責任がある」とした上で、「本日、私は、はっきりと、信念を持って、米国は核兵器のない世界の平和と安全を追求することを誓約したい」と述べ、核開発を主導してきた国の大統領としては初めての意欲的な姿勢を見せた。そして、進むべき道筋として、1)核兵器のない世界に向けた具体的措置、2)核不拡散条約(NPT)の強化、3)核保安の体制強化の3点を挙げた。1)の具体的措置としては以下をあげた。

  • 冷戦思考に終止符を打つべく、国家安全保障戦略における核兵器の役割を低下させる。
  • 米国の保有核兵器を削減する。
  • さらなる削減のためロシアとの戦略兵器削減条約の交渉を進める。
  • 包括的核実験禁止条約(CTBT)の批准を追求する。
  • 核分裂性物質の生産を検証可能な形で禁止する条約を追求する。

   しかし上記のうち実現したのは新たな戦略兵器削減条約(以下、新START)の発効、核保安の体制強化くらいしかない。核兵器の削減は702発にとどまり、冷戦後の政権の中で最も少ない。その陰で保有核兵器の維持管理のために過去最大の予算を投入し、核戦力の近代化を推進している。これが、オバマ大統領の本意とは思わないが、議会や軍産複合体という壁に押しつぶされた結果であることは否めない。

 

米上院の新START承認決議に縛られた8年

   オバマの核政策を終始、規定したのは、新STARTの発効に関わる米上院の承認決議である。2010年4月8日、米ロ首脳は、プラハにおいて新STARTに署名した※4。同条約は、米ロ両国が発効7年後(2018年)に達成すべき削減目標を配備核弾頭1550発、配備運搬手段700基(機)としている。これは、余りにも低い目標であるが、米ロの検証を伴う核兵器の削減が再開された意味は大きい。問題は、条約発効に不可欠な米上院による批准承認を巡るプロセスである。承認には上院の3分の2以上の同意が必要であり、共和党保守派の同意も得なければならないという高いハードルがある。

   10年12月の上院批准承認決議※5には、核戦力の安全性、信頼性及び性能を確保するために「必要な資金を、最低限2010会計年国防認可法1251節に従い議会に提示された大統領の10年計画に示されたレベルにおいて提供することを誓約する」との条項が盛り込まれた。これに基づきエネルギー省(DOE)国家核安全保障管理局(以下、NNSA)所管の備蓄核兵器維持管理計画(SSMP)の予算として10年間で総額844億ドルを充当し、加えて核戦力の近代化に1000億ドル以上を支出することになった。つまり10年にわたり、保有核兵器の維持と近代化予算の大盤振る舞いを約束させられたのである。この時点で、オバマ政権に出きる核軍縮の大枠は決定されたと言っても過言ではない。

   14年3月4日、オバマ政権は、2015会計年予算案を提出した。備蓄核兵器の維持・管理を任務とするNNSAの15会計年予算※6は、前年度より4.51億ドル多い、対前年度比4.0%増の総額116.6億ドルが計上された。全体の3分の2にあたる備蓄核兵器の維持・管理に関わる核兵器活動予算に83.2億ドルで、対前年比6.9%増である。国全体の財政逼迫により、予算管理法に基づく歳出の強制削減が実行される中で、核兵器予算の特別扱いが続いている。

   著しい増額要求がされているのは備蓄核兵器維持管理(SSMP)活動で、15会計年予算は27.5億ドル(対前年比12.5%増)である。これは、核兵器の維持、監査、改修、信頼性評価、兵器解体・廃棄、研究・開発、認証など備蓄核兵器の維持管理を行う業務である。増額の大部分は、老朽化した核兵器の非核部品を交換することで退役寿命を延長させる寿命延長計画(LEP)である。15年予算では、フェーズ6.3の開発段階にあるB61-12弾頭(爆撃機搭載用)LEPに6.43億ドル(対前年比20%増)を見込んでいる。W76弾頭(潜水艦発射弾道ミサイル用)LEPも前年比4.3%増の2.59憶ドルである。更に空軍のW78弾頭(ICBM「ミニットマン」用)と海軍のW88弾頭(潜水艦発射弾道ミサイル用)の相互運用をめざすW78/88-1弾頭LEPは、2019年までのある時点まで延期するとした。これらにおいては、弾頭タイプの末尾に付与された枝番号に示されるように、核兵器の著しい変更を意味する「改造」(modification)が含まれ、改造という名の新型核兵器の生産が意図されている可能性もある。これらは核態勢見直し(NPR)※7において「満額の資金が提供されるべきである」と明記されている。15会計年予算書で示された「5年計画」によれば、2019年までに核兵器活動を97.0億ドルにし、現在より25%増やす計画である。

最も控えめな1000発までの削減すら進まず

   2013年6月19日、オバマ大統領は、ベルリンにおいてプラハに次いで2度目となる核兵器に関する包括的な演説※8を行った。ここで、オバマは、「配備戦略核兵器を最大3分の1削減したとしても、米国と同盟国の安全保障を確かにし、強力かつ信頼性のある戦略的抑止を維持することが可能である」と述べ、そのためにロシアとの交渉を追求するとした。新STARTの最終到達点である核弾頭1550発の3分の1削減ということは、1000発程度まで削減可能という提案である。この背景には、同日発表されたオバマ政権初の「核使用戦略」※9と呼ばれる政策文書がある。これは、2010年核態勢見直し(NPR)の追加分析を通じて、米国の核兵器政策を、その当時の安全保障環境に合致させるべく作成された。当初、政権内部の作業では、約1000~1100発、700~800発、300~400発という3つの選択肢が検討されていたが、その中で最も消極的な案が選択されたことになる。

   しかし、その後、シリア内戦での化学兵器の使用、さらにウクライナ政変に伴うクリミヤのロシア編入などを巡り米ロの対立が激化し、新たな削減目標に関するロシアとの交渉は全く進展を見ていない。世界全体で約1万5000発ある核兵器の約93%を占める米ロの核削減が進まなければ核軍縮に前進がないことは明らかであり、このままでは、当分の間、核兵器の削減は見込めない。この際、オバマ大統領は、残った任期内に、核使用戦略に沿って、米国が一方的に1000発までの削減を実行するべきであろう。

繰り返された保有核兵器の維持のための新型核実験

   一方、備蓄核兵器を維持するためにNNSAの研究施設において実施されてきた新型核実験は継続されている※10。米国は、ネバダ国家安全保障施設において1997年から臨界に達する前の状態でプルトニウムの挙動を調べる未臨界核実験を開始し、今日までに計27回行ってきているが、12年12月5日を最後に実施されていない。一方、オバマ政権になってからZマシン実験という新たな実験が始まり、2010年11月から14年10月3日までに12回行われた。これはサンデイア国立研究所(ニューメキシコ州)の強力なX線発生装置であるZマシンにより、ごく小量のプルトニウム使用で核爆発時のプルトニウムの挙動を調べることができるとされる※11。これらの実験は、オバマ大統領が誓約した「核兵器のない世界」に逆行するものであるが、備蓄核兵器を維持するために今後も継続されていく可能性が高い。

   オバマ大統領は、プラハ演説でも、また先般の広島の演説でも、「核兵器のない世界」という目標は「直ちに達成できるものではない、おそらく私の生きている間には」というフレーズをくりかえし述べている。この時、彼の脳裏には、米上院に象徴される連邦議会や軍産複合体の体質、それを支持する米市民社会の世論の現状が常に浮かんでいるのであろう。今、我々は、最も核軍縮に熱心で、努力もしようとしたオバマ政権にあって、核兵器削減は最少に留まってしまったという現実の背景要因を直視せねばならない。オバマ政権の公約違反をあげつらってみても仕方がない。カギを握るのは、米国の市民社会における安全保障を核兵器に依存することを是とする世論である。これこそが、核兵器のない世界への道を拒んでいるのである。これを壊し、米国内での核兵器廃絶の声を盛り上げることが「核のない世界」を求める世界中の人々の課題である。その中で、日本の市民社会に出きる最も大きな貢献は、日本政府に対して日本が核抑止力に依存しない安全保障政策を取るよう強く迫ることであり、それを通じて、安全保障を核兵器に依存する米国社会の世論に影響を与えていくことであろう。

注(※)

  1. URLは以下。

    http://open.defense.gov/Portals/23/Documents/frddwg/2015_Tables_UNCLASS.pdf
  2. FAS(全米科学者連盟)戦略的安全保障ブログ、ハンス・クリステンセン、2016年5月26日。
  3. 「核軍縮・平和2014年版」(ピースデポ刊)、資料1-10(264ページ)。
  4. 「核軍縮・平和2011年版」、キーワードA5(70ページ)に関連記事。
  5. 「核軍縮・平和2011年版」、資料2-7(284ページ)。
  6. NNSA予算要求書。http://www.cfo.doe.gov/budget/15budget/content/volume1.pdf
  7. 「核軍縮・平和2014年版」、資料1-11(266ページ)。
  8. 「核兵器・核実験モニター」427-8号(2013年7月15日)に抜粋訳。http://www.peacedepot.org/nmtr/bcknmbr/nmtr427-8.pdf
  9. 注(※)8と同じ。
  10. 「核軍縮・平和2014年版」、データシート4(101ページ)。
  11. 14年11月4日付「共同通信」。

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