12月, 2020 | 平和フォーラム

2020年12月31日

「新冷戦」への道か、経済統合による平和への道か

渡辺 洋介

1. 対中包囲網外交を続ける日米の新政権

2021年1月20日、米国でジョー・バイデン新大統領が就任する。一方で日本も2020年9月に菅義偉新政権が誕生した。一般に政権交代は政策変更のチャンスといえるが、日米で政権交代が行われたにも関わらず、政策変更の兆しが見られない分野がある。その1つが両国の対中国外交である。

バイデン政権の対中国外交では、2020年11月に発表された政権移行チームで唯一のアジア専門家と目されるイーリー・ラトナー(Ely Ratner)新米国安全保障研究センター(CNAS)研究部長がおそらく大きな役割を果たすものと思われる。同氏はかつてバイデン上院議員の下で上院外交委員会の専門スタッフを務め、2015年から2017年まではバイデン副大統領の国家安全保障担当補佐官代理を務めた。2人は旧知の仲なのだ。

ラトナーの対中スタンスだが、米誌『フォーリン・アフェアーズ』に同氏が寄稿した論文によると、中国は米国の手ごわい競争相手であり、日本などの同盟国と共同で対抗すべきと考えている。具体的には、中国が南沙諸島に建設した軍事基地に長距離ミサイルや戦闘機を配備するなら、米国は南沙諸島の領有権を主張する東南アジアの諸国を支援し、武器を売り、共同軍事演習を行って中国軍の行動を抑止すべきと主張している[1]。バイデン政権がこうしたラトナーの意見に耳を傾ければ、同政権はトランプ政権の対中強硬策を継続し、日本、韓国、ASEAN、オーストラリア、インドといった友好国は共同で中国に対処するよう協力を求められるであろう。

一方、菅政権も基本的に安倍外交を引き継ぐようである。安倍外交は大雑把に言えば、中国との決定的な対決は避けながらも、中国と北朝鮮を共通の脅威として「自由で開かれたインド太平洋戦略」(以下「インド太平洋戦略」)という名の対中朝包囲網を築くというものであったが、菅首相が就任してからの外交に関する演説や発言を追ってみると、残念ながら前政権との違いはほとんど感じられない。例えば、昨年10月の所信表明演説では「我が国外交・安全保障の基軸である日米同盟は、インド太平洋地域と国際社会の平和、繁栄、自由の基盤となるもので」「ASEAN、豪州、インド、欧州など、基本的価値を共有する国々とも連携し、法の支配に基づいた、自由で開かれたインド太平洋の実現を目指します」[2]としている。これは安倍政権が進めたインド太平洋戦略そのものである。

また、菅首相は就任後最初の外遊先にASEAN(ベトナムとインドネシア)を選んだ。訪問先のベトナムで菅首相は「ベトナムは『自由で開かれたインド太平洋』を実現するうえで要となる重要なパートナー」であると述べ、両国間で、防衛装備品・技術移転協定が実質合意に至ったことを歓迎した[3]。さらにインドネシアとは「インド太平洋地域における海洋国家である両国の伝統的友好関係を一層強化」し、両国の外務・防衛閣僚会合の早期実施や、防衛装備品移転に向けた協議を進めることで一致した[4]

これはインド太平洋戦略の下、ASEANを日米豪印の4か国戦略対話(以下「クワッド」)に引き込もうとする動きといえる[5]。インド太平洋戦略もクワッドも、以下に述べる成立の過程から考えれば、名指しこそしていないが、実質的に中国を仮想敵国とする反中同盟である。反中同盟に仲間を引き入れるような外交を日本が続ければ、米中覇権争いで日本は米国の尖兵となり、日米の軍事協力と軍事一体化が進み、東アジアの軍拡競争は激化し、北朝鮮は核を放棄せず、朝鮮半島と台湾海峡の分断は固定化されてしまうだろう。果たして日本はこの道に進んでよいのだろうか。こうした問題意識から、本稿ではそうした道に進まないための提言を行いたいが、その前にまず、インド太平洋戦略とクワッドがどのような事情から成立したのか、その過程を振り返っておきたい。

2. インド太平洋戦略とクワッド

(1)自由と繁栄の弧構想

インド太平洋戦略は第1次安倍内閣(2006年~2007年)の麻生太郎外相が2006年11月30日に表明した「自由と繁栄の弧」構想をその前身とする。同日、麻生外相が行なった演説によると、日本外交の基本は「日米同盟の強化、それから中国、韓国、ロシアなど近隣諸国との関係強化にある」のは言うまでもないが、もう一本「新機軸」を加えるとして、「海のシルクロード」にあたる国々、すなわち、東南アジア、インド、中央アジアなどの旧ソ連諸国、中欧・東欧諸国との関係強化を訴えた。このうち旧東側陣営に属していた国々は冷戦後に社会主義経済から市場経済へ移行し、民主化を達成した新興の民主主義国であった。こうした国々において民主主義、自由、人権、法の支配、市場経済といった「普遍的価値」が定着するように米国、豪州、インド、欧州連合といった日本と「思いと利益を共有する友邦諸国」と協力して共に支援するというのが「自由と繁栄の孤」構想であった。

この構想は、当時外務事務次官であった谷内正太郎を中心に企画・立案された。谷内氏は2012年に成立した第2次安倍内閣でも内閣官房参与に就任し、インド太平洋戦略の策定でも大きな役割を果たしている。この構想は第1次安倍内閣の基本的な外交方針となったが、2007年に安倍内閣が退陣し、2009年に民主党政権が誕生すると「自由と繁栄の弧」という看板は下ろされた。

(2)セキュリティーダイアモンド構想

「自由と繁栄の弧」構想が再び外交の表舞台に戻って来るのは2012年12月に安倍晋三が再び首相となってからである。内閣が発足した翌日の12月27日、プロジェクト・シンジケート(PROJECT SYNDICATE)と呼ばれるチェコのプラハに本拠を置く民間団体が、安倍氏が寄稿した外交構想に関する論文「セキュリティーダイヤモンド構想(Asia’s Democratic Security Diamond)」を掲載した。この論文で安倍氏は以下のように述べている。

中国海軍の拡充により南シナ海などの周辺海域を自由に航行できなくなると、これまで同海域を支配してきた米国や、米国の保護のもとに同海域を使用していた日本や韓国などの周辺諸国が損害を被る恐れがある。こうした事態を防ぐため、利益を共有する日本、米国、インド、豪州の4か国を中心に、さらに英国、フランス、東南アジアを引き入れて海洋権益を保護しようというのである[6]。この考え方は、その後、インド太平洋戦略に引き継がれることとなる。

(3)「一帯一路」への対抗戦略としての「インド太平洋戦略」

2014年9月、中国の習近平国家主席は訪問先のカザフスタンで「シルクロード経済地帯(絲綢之路經濟帶)」構想を、同年10月にはインドネシアを訪問し、「21世紀海上シルクロード(二十一世紀海上絲綢之路)」構想を発表し、両者を合わせて「一帯一路」と呼ぶようになった。前者は中国西部から中央アジアを経由してヨーロッパにつながる「陸のシルクロード」、後者は中国沿岸部から東南アジア、インド、アラビア半島の沿岸部、アフリカ東岸を結ぶ「海のシルクロード」と重なる。こうした国々のインフラ整備に積極的に協力するのが「一帯一路」構想である。たまたまかもしれないが、「一帯一路」と「自由と繁栄の弧」は支援対象国がほぼ重なっており、日本は改めて戦略を練ることとなった。

そうした中で、2016年8月、安倍首相はケニアを訪問し、当地で開かれたアフリカ開発会議(TICAD)で「インド太平洋戦略」を打ち出した[7]。その内容は「自由と繁栄の弧」構想と「セキュリティーダイアモンド構想」を合わせたうえで、アフリカ諸国を主な支援対象国に加えたようなものであった。アフリカ諸国を加えたのは、中国のアフリカ諸国におけるプレゼンス拡大を日本が意識した結果と思われる。

インド太平洋戦略に対しては、まずインドが積極的に呼応した。2016年11月、インドのモディ首相は安倍首相との会談で「インド太平洋戦略」とモディ政権が取り組む「アクト・イースト政策(Act East Policy)」との連携に前向きな姿勢を示し、2017年9月の両国の首脳会談ではさらなる連携強化で合意した。その背景には、2017年6月から8月まで中国とブータンの国境で中印両軍が対峙し、一触即発の事態に陥ったこと、また、1962年の中印国境紛争以来、インドは中国を脅威と感じ続けてきたという事情があった。

つぎに反応したのが米国であった。2017年10月18日、米国のティラーソン国務長官は米国国際戦略研究センターでの講演において「自由で開かれたインド太平洋」という概念を示し、将来、米国、インド、日本、豪州の4カ国を中心とする地域の安全構造(航行の自由、法の支配、公正で自由な互恵貿易といった開かれた秩序の保たれる地域)の構築をめざすという趣旨の構想を披露した[8]。このアイデアは日本から借りてきたようで、同年11月5日、日本の河野太郎外相が東京でティラーソン国務長官と会食した際、長官は「事前に断らずにアイデアをお借りして申し訳ない」と陳謝したそうだ[9]

その後、2017年11月にマニラで開かれたASEAN関連首脳会議に、米国のトランプ大統領、日本の安倍首相、インドのモディ首相、豪州のターンブル首相らが参加した。これを機に日米豪印4か国の外交当局者がマニラで一堂に会し、インド太平洋地域に関する協議を行なった[10]。このころから4か国戦略対話・クワッドは再活性化され、頻繁に会合を重ねるようになった。

3. 「新冷戦」への道か、経済統合による平和への道か

菅政権は安倍外交の負の遺産であるインド太平洋戦略とクワッドを引き継ぐようであるが、上に述べた通り、この戦略はもともと中国の「一帯一路」に対抗するために作られたものであり、クワッドも中国に対抗するための非公式同盟である。このままこの道を進めば、日本はバイデン政権とともに中国との新冷戦に突き進むことになるであろう。それでよいのだろうか。

一方で中国は米国との対立を望んでいない。2020年12月7日に新華社が報じたところによると、習近平主席は、バイデン次期大統領に宛てた祝賀電報で「(米中)双方が不衝突、不対抗、相互尊重、協力、共通利益の精神をもって、協力に焦点を当て、対立をコントロールし、中米関係の健全で安定した未来志向の発展を推進し、各国及び国際社会と協力して世界の平和と発展という崇高な事業を推進することを希望する」と述べている[11]。また、2020年12月31日に新華社と中央電視台が行ったインタビューによると、王毅外相は「現在、中米関係は新たな十字路に差しかかっており、新たな希望の窓を開くことを望んでいる。米国新政府が理性を回復し、対話を再開し、両国関係が正常な道に戻り、協力が再開されることを希望する」と語っている[12]。このように中国は、米国との間に意見の相違はあるものの、対話によって対立をコントロールしようという方針である。

こうした情勢の中、日本はどの道へ進むべきであろうか。東アジアが新冷戦に向かわないようにするためには、日本は米豪印と組んでASEANを引き入れ、中国を封じ込める、あるいは、コントロールするという外交方針を転換し、対敵同盟ではない多国間協力による安全保障の道を追求すべきである。第二次世界大戦後の欧州はまさにこの道を歩んできた。周知の通り、西欧の6カ国で始まった欧州石炭鉄鋼共同体は、欧州経済共同体、欧州連合(EU)に成長し、今日では欧州全域にまたがる27か国が加盟する超国家組織となっている。EUは経済統合を主な目的としたものではあるが、加盟国間で経済統合と人的交流が進み、それが加盟国間の戦争を抑止する力ともなっている。

この欧州の経験は東アジアでも生かせるはずである。東アジアにもRCEP(東アジア地域包括的経済連携)、APEC(アジア太平洋経済協力)、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)といった経済統合を進める多国間機構が存在する。このうち、中国が加盟していないTPPに同国が加盟できるよう、日本が後押しをしてはどうだろうか。中国がTPPに加盟すれば、加盟国間で貿易が盛んになり、経済統合が進むであろう。経済統合が進めば、武力衝突が起きそうだという噂ですら株式市場を混乱させ、武力行使を思いとどまるよう経済界から圧力を受けることとなる。こうした力が、米中対立を新冷戦に、新冷戦を戦争にエスカレートさせようとする動きを抑止する力となるはずである。


  1. 米誌『フォーリン・アフェアーズ』(英語)Beyond the Trade War
    A Competitive Approach to Countering China

    Course Correction
    How to Stop China’s Maritime Advance
    ↩︎
  2. 首相官邸 第二百三回国会における菅内閣総理大臣所信表明演説 ↩︎

  3. 外務省 日・ベトナム首脳会談 ↩︎

  4. 外務省 日・インドネシア首脳会談 ↩︎

  5. 日米豪印の戦略対話(クワッド)は2007年に初めて実施された。2008年に豪州が離脱してしばらく4か国が揃うことはなかったが、2017年頃から再活性化され、その後、頻繁に会合が持たれるようになった。 ↩︎

  6. プロジェクト・シンジケート(英語) Project Syndicate
    Asia’s Democratic Security Diamond
    ↩︎

  7. 外務省 TICAD VI開会に当たって・安倍晋三日本国総理大臣基調演説
    (2016年8月27日(土曜日))(ケニア・ナイロビ,ケニヤッタ国際会議場)
    ↩︎

  8. 米外交問題評議会(英語) Tillerson on India: Partners in a “Free and Open Indo-Pacific” ↩︎

  9. 『毎日新聞』風知草
    インド太平洋戦略=山田孝男
    ↩︎

  10. 外務省 日米豪印のインド太平洋に関する協議 ↩︎

  11. 新華社(中国語)王毅:中美应一道努力,争取下阶段中美关系重启对话、重回正轨、重建互信 ↩︎

  12. 新華社(中国語)王毅就2020年国际形势和外交工作接受新华社和中央广播电视总台联合采访 ↩︎

2020年12月17日

「馬毛島基地問題」に揺れる西之表市

防衛省は、馬毛島への軍事施設建設のための海上ボーリング調査に必要な許可申請書を11月9日、塩田鹿児島県知事に提出しました。
申請には、八板西之表市長の反対意見書と西之表漁協組合の賛成意見書が付帯されましたが、塩田知事は、11月27日に「法令に従い精査したところ、申請書に問題がなかった」として許可することを、県議会で報告しました。しかし、防衛省は法律に従っていません。県は、元の所有者タストンエァポート社が行った森林伐採の違法性を知りながら現地調査を行ってこなかった行政の責任には一切触れずに許可したのです。 また、種子島漁協の投票で組合員175人のうち反対13人と棄権した40人が実際に馬毛島近海で漁をしていて、残り122人は基地ができても全く影響を受けない組合員だということが分かりました。
種子島の高速船トッピーが着岸する西之表港の対岸奥では、大型クレーンを装備した自走式大型台船上で調査に必要な機材の積み込みが行われ、その横で調査船(スパット台船・写真中央)の1号機の、更に反対側の新港では、2号機の組み立てが行われ準備が着々と進んでいます。12月10日の夕方、中種町に近い立山公民館で行われた八板西之表市長との意見交換会では、参加者30人から「基地建設が観光に与える影響は」「防衛省の説明では、肝心な所が抜けている」「税金が安くなるとか、交付金が市民全員に配られるとか、様々な情報が飛び交い何を信じていいかわからない」などの意見がでました。その中で、埼玉から移住してきた方から「移住者は、基地がないからこの種子島に移ってきた。基地ができればネットで繋がっている「移住を希望している全国の人たちの相談にのれない。基地が出来れば、移転を考えますよ。移住者全員の意見を聞く場を作るべきです」と、市長に訴えました。ここにきて移住者が反対の声を上げ、集会に参加しはじめたことは大変意義があります。また、実際に馬毛島で漁をしている漁師との意見交換では、11日に防衛省に「調査差し止めを求める」仮処分を東京地裁に申請、18日には塩田知事を相手に同様の行政訴訟を鹿児島地裁に起こし、憲法で保障されている漁業権を争点に、特に知事に対しては、種子島漁協の理事会の手続きに不備があることを、訴えていくとしています。
反対派は11日の午後から、機材搬入作業が続く西之表港近くで、市民60人参加して抗議集会を行いました。馬毛島の問題は、鹿児島県のみならず全国の問題です。基地による海洋汚染が進めば、黒潮で恩恵を受けている漁協関係者に影響が及ぶからです。全国の皆さん、馬毛島の米軍施設建設に反対してください。(写真は12月9日・西之表港での機材搬入)

馬毛島への米軍施設に反対する市民・団体連絡会が、西之表全戸配布するチラシを作成しました。PDFで開く

 

2020年12月14日

控訴審逆転勝訴!防衛大いじめ国に責任! 防衛大臣は福岡高裁の判決を受け入れ上告断念を! 再発防止へ国は謝罪を!

12月9日、福岡高裁(増田稔裁判長)は防衛大学校(国)の責任を認めなかった一審福岡地裁判決を変更し、「元学生に対する暴力や、精神的苦痛を与える行為を予見することは可能だった」として、国の責任を認め約268万円の支払いを命じた。増田裁判長は防衛大が導入している「学生間指導」で暴力が横行していたのは上級生らへの指導を怠ったとして同大側の安全配慮義務違反を認めた。原告の青年は判決後の記者会見で「防衛大の組織と仕組みそのものに問題があるのではないか。判決を機に防衛大が変わってくれることを願っている」「二度と同じ被害者が出ないように」と、訴えました。

防衛大人権侵害裁判とは

 2016年3月18日、福岡県内に住む元男子学生が、防衛大学校の学生寮(神奈川県横須賀市)で起きた暴行事件を巡り、「上級生らからいじめを受け、大学側も適切な対応を怠った」として、国と上級生ら計8人に慰謝料など計約3697万2380円(学生1400万円・国2297万2380円)の賠償を求める訴訟を福岡地裁に起こしました。
教官については「暴行を認識しつつ、助けたり予防したりする対策をとらなかった」として安全配慮義務違反を訴えています。防衛大学校の実態を問う全国初の裁判です。
一審判決は昨年2月5日、学生7人の行為の大半を「指導の範囲を逸脱した」、「およそ指導とは言えず原告に苦痛を与えた」として、7人に計95万円の支払いを命じ、1人について請求を退けました。一方、集団的ないじめが原因との原告の主張は、「各被告の嫌がらせ行為に関連性は認められない」として原告の主張を避けました。
国(防衛大)に対する一審判決は昨年10月3日。どの学生が、いつどこでどのような加害行為を行うかは予見不可能であるとして、防衛大の安全配慮義務違反を認めませんでした。これは学生が学生を指導する学生間指導において、現実に多発する暴力を追認すると言わざるを得ない内容でした。今回の判決は学生間指導により、具体的な危険が発生する可能性がある場合には、この危険の発生を防止する具体的な措置を講ずべき義務も含まれる、と安全配慮義務の内容についてより踏み込んだ判断をしました。
国及び防衛大臣は福岡高裁の判決を受け入れ上告断念をすべきです。そして再発防止を徹底するべきです。

防衛大人権侵害裁判を支援する会 事務局長 前海満広

2020年12月9日

声明文

弁 護 団

 本件は、一審提訴が2016(平成28)年3月18日でした、国に対する一審判決は、2019(令和1)年10月3日でした。本日の高裁判決まで提訴以来、約4年9ヶ月が経過しました。
一審判決は、どの学生が、いつどこでどのような加害行為を行うかは予見不可能であるとして、防衛大の安全配慮義務違反を認めませんでした。これは学生が学生を指導する学生間指導において現実に多発する暴力を追認すると言わざるを得ない判断でした。
今回の高裁の判決は、学生間指導により、具体的な危険が発生する可能性がある場合には、この危険の発生を防止する具体的な措置を講ずべき義務も含まれる、と安全配慮義務の内容について、より踏み込んだ判断をしています。
その上で、防衛大は、学生間指導の実態を具体的に把握する必要があるのに、その意識を欠き、実態の把握のために調査等の措置を講じていなかったとしています。
本件で問題となる、学生による加害行為のうちA学生が、粗相ポイントの罰と称して、一審原告の体毛に火を付ける行為について、見回りにきた教官が、確認を怠ったこと、同じA学生が一審原告に反省文を強要していることを、母親が防衛大に情報提供したにもかかわらず、注意だけですませ、そのような事案についての対応の検討を防衛大内部で行わなかったこと、指導記録に記載しなかったこと、ボクシング部の主将B学生による暴行行為についても注意するだけで、情報共有しなかったことを安全配慮義務違反としました。さらに、一審原告2学年時に福岡帰省の事務手続き不備を指摘され、中隊学生長のC学生から暴行行為を受けた際、指導を指示した教官が、C学生が暴力を振るう可能性があると認識できたとしてやはり安全配慮義務を怠ったとする。
しかし、やはり事務手続き不備とされる件についてのD E学生の暴行、3年生のF学生の恫喝的指導、G H学生による一審原告に対する葬式ごっこと退学を迫る大量のラインスタンプの送付行為、相談室相談員が相談に訪れた一審原告に対して何の対応もしなかったことについては、安全配慮義務の違反を認めませんでした。
損害額については、請求額の約2300万円を大幅に減額しています。一審原告が請求していた幹部自衛官の収入と全国の平均収入との差額約776万円の他、慰謝料についても50万円しか認めませんでした。しかし他方で、医療費、休学により学生手当を受けられなかったことのほか、2学年で退学せざるを得なかったことによる、3学年と4学年の学生手当を失ったことによる損害賠償を認めたことは評価に値します。
不十分な点はありますが、学生間指導に名を借りた3人の学生の加害行為について防衛大の安全配慮義務違反を認めたことは画期的で、学生間指導に司法のメスが入ったことを意味します。国と防衛大に対しては、この判決について上告せず受けり入れ、暴力が蔓延する防衛大の現状を改善することを強く求める次第です。

2020年12月09日

ブックレット『日本社会は本当にこれでいいのか?安倍政権の7年を問う!』のご紹介

昨年11月、北海道・函館市で開催された「平和・自由・人権 すべての生命を尊重する社会を 憲法理念の実現をめざす第56回大会」(第56回護憲大会)のメイン企画「日本社会は本当にこれでいいのか? 安倍政権の7年を問う!」は、清末愛砂さん(室蘭工業大学大学院准教授)、雨宮処凛さん(作家・活動家)、中野麻美さん(弁護士・日本労働弁護団常任幹事)がそれぞれ重要な提起をしていただいたこともあり、とりわけ多くのご感想を寄せられました。

このたび、北海道地方自治研究所からのご協力を得て、このシンポジウムの内容をブックレットとしてまとめ、刊行しましたので、ご紹介します。

ブックレット『日本社会は本当にこれでいいのか? 安倍政権の7年を問う!』

著者:清末愛砂(室蘭工業大学大学院准教授)
/雨宮処凛(作家・活動家)
/中野麻美(弁護士・日本労働弁護団常任幹事)
発行:フォーラム平和・人権・環境
発売:八月書館 →紹介ページはこちら
内容:A5判並製・64ページ
定価:本体700円+税

→ amazon でも購入できます

 

2020年12月07日

12月7日、環境省との意見交換会を実施


平和フォーラムも参加する「きれいな水といのちを守る全国連絡会」で、12月7日に、環境省との意見交換会を実施しました。

PRTR法の見直しに伴い、8月より環境省へ意見書を提出し、回答をいただくなど、書面での意見交換を行ってきました。
今回の意見交換会は、これまでのやりとりをふまえ、「石けん成分の脂肪酸ナトリウム塩と脂肪酸カリウム塩が、PRTR物質から除くのがふさわしい」ことを伝えるものです。

連絡会の事務局長の「市民社会の声を環境省に持って帰っていただく」という挨拶で始まり、水の問題をライフワークとして活動する森山浩行衆議院議員が場を設定した意義を話しました。
その後、環境省職員が、事前に提出していた文書に対する回答を述べ、PRTR法の改正の趣旨を説明しました。
PRTR法に関するパブリックコメントに対し、2月に環境省と文書でやり取りをしたという吉野輝雄教授(国際基督教大学)の「PRTR法に石けんの成分が指定されることには、率直に違和感がある」との発言を皮切りに、一時間半近い意見交換が行われました。

環境省のみならず、経済産業省、厚生労働省とも事務的に重なる部分のある問題であり、2022年施行予定の法案が、今後どのように運用されていくのか、注視が必要です。

また、コロナ禍において、手洗いの際に石けんを使うことは欠かせません。アルコール消毒などにより、化学物質過敏症の相談も多く寄せられています。
石けんという「健康と環境にやさしい」生活の必需品を改めて見直すとともに、市民社会から環境省への働きかけを強めていく必要があります。

2020年12月05日

上越市で日米共同訓練反対の集会とデモ

新潟県の陸上自衛隊関山演習場で12月7日~18日に予定されている日米共同訓練に反対する集会が12月5日、上越市で行われ、約380人が集まりました。主催は戦争法廃止!総がかり行動in新潟実行委員会。集会では、オスプレイの訓練参加に抗議するとともに、米軍500人と自衛隊員400人が参加する訓練で、新型コロナウイルス感染症のリスクについて懸念が示されました。また、11月27日には新潟県平和運動センターが新潟県庁を訪問し、訓練中止を求める要請書を佐久間豊副知事に手渡しました。

2020年12月01日

「誠信の記憶」を見て

歴史を学ぶ、そして今をつくる!

WE INSIST!

今年の「憲法理念の実現をめざす第57回大会」は、大会が始まって初めて湖国滋賀県で開催された。コロナ禍の中の集会で、WEBを十二分に活用した大会になった。大会二日目のはじめに上映された「誠信の記憶」と題したビデオに感動した。朝鮮半島と滋賀のつながりの中で、日韓、日朝の問題を捉えたもの。戦争をさせない1000人委員会滋賀の共同代表で日朝交流を研究されてきた京都芸術大学の仲尾宏さんと朝鮮史研究を専門とされている滋賀県立大学の河かおるさんのガイドに誘われ、朝鮮との交流の陰と陽を学ぶ。日韓の間では、元徴用工裁判を中心に対立が続き、日朝関係は安倍前首相の「拉致三原則」が立ちはだかってびくとも動かない。国内では、朝鮮学園で民族教育を学ぶ子どもたちに、授業料無償化措置からの排除が続く。朝鮮幼稚園は幼保無償化から、朝大生は学生緊急支援金制度からも外された。現在の日本と朝鮮半島の不幸な関係はいつまで続くのか。解決の方法はないのか、このビデオを見ながら、もう一度日本と朝鮮半島の歴史を学びなおして、考えてみてはどうだろうか。

飛鳥の時代から、日本人の目は西へ、大陸へと向いていた。古代から様々な文物をもたらすのは西方であり、朝鮮半島だった。そこは、日本人にとって憧憬の地であり、新文化の摂取の地でもあった。日本列島と朝鮮半島は、旧石器時代や縄文時代から交流のあることが様々な出土品から証明できる。特に百済との交流は活発で、論語を伝えたとされる王仁や五経博士の段楊爾などは著名だ。石上神宮の七支刀や仏教の公伝などは百済第26代聖明王の時代とされている。様々な資料が、朝鮮半島南部の百済との交流を明らかにしている。660年の百済滅亡後は、多くの百済人が近江大津の宮に渡来したが、彼らの知識は律令制度を中心とした政治制度の確立に大きな役割を担った。

近江大津宮はわずか5年、壬申の乱後政権を掌握した大海人皇子は、飛鳥浄御原宮に遷都した。それから1000年の時が経過した1607年、秀吉の朝鮮出兵の過去を清算して「朝鮮通信使」が滋賀を通るようになる。最初の通信使は「回答兼刷還使」と呼ばれ、朝鮮出兵に対する謝罪と捕虜の刷還(帰還)を求めるものであったらしい。対馬藩の働きもあって4回目からは通信使となり、江戸時代に12回も実施された。仲尾さんが話されるように、それは対等な関係であり、朝鮮人街道の名称が残る滋賀県を含めて全国にその遺構が残る。鈴鹿市東玉垣町や瀬戸内海に面した岡山県牛窓町の唐子踊りなどは、朝鮮の文化が大きく反映されている。ビデオを見ながら、是非ゆっくりとその跡を尋ねる旅がしたいと考えた。

近江ゆかりの儒学者に、新井白石・室鳩巣ともに木下順庵門下の十哲に数えられた雨森芳洲がいる。芳洲は、幕府より朝鮮方佐役に任命され朝鮮に7度も足を運んでいる。仲尾さんは、芳洲が秀吉の朝鮮出兵を「無謀の極み」と批判したこと、そして「争わず、偽らず、真実を以て交わり候を、誠信の交わりと申し候」との芳洲の言葉を紹介している。

日本は、1910年に朝鮮半島を植民地として、敗戦まで過酷な政策を強要した。滋賀県各地にも強制連行・強制労働の痕跡が残っている。河さんは、滋賀県内で確認できる範囲で700人くらいが強制連行されてきたと語っている。

敗戦から75年、日本政府は韓国の元徴用工が起こした裁判に対して、解決済みとして一切応じようとしない。加えて、在日朝鮮人の民族教育を認めず、無償化措置から排除し日本の学校に通えとの植民地政策同様の主張を繰り返している。11月3日の国会議事堂前で開催された憲法集会で朝鮮大学4年の学生は、「私たちは自国の言葉を学ぶことも許されないのですか」と、朝鮮学園への差別に抗議した。75年も経過しながら、日本と朝鮮半島は、心から理解し合えているとは言いがたい。これまでの政治の不作為としか言い様がないのではないか。仲尾さんは、芳洲の「誠信の交わり」は多文化共生の考え方と評した。河さんは、強制連行の歴史の中から「平和っていうものを作っていこうと思ったら、市民こそが歴史を忘れたら絶対だめだと思う」と結んだ。滋賀朝鮮初級学校の鄭想根校長は最後にこう話した。「朝鮮通信使が通った東海道(朝鮮人街道)は、実は本校の真横、そこを2000人の行列が行く。鳥肌が立つ。そんな実体験がこの近江の地にある。じゃあ、私は、あなたは、ともに何をなすべきか。何ができるか。」私たちも考えたい。(藤本 泰成)

憲法理念の実現をめざす第57回大会で上映:「誠信の記憶https://youtu.be/HBCuxMY7MsY

2020年12月01日

きれいな水といのちを守る全国集会にむけて

オンラインシンポジウムを開催

10月10日、「きれいな水といのちを守る全国連絡会」の第31回総会がオンラインで開催され、それに続き、「きれいな水といのちを守る全国オンラインシンポジウム」が行われました。岐阜県垂井町で開催予定であった第36回全国集会は1年延期となりましたが、運動継続の観点から、オンラインシンポジウムを実施したものです。

「きれいな水といのちを守る全国連絡会」の第31回総会

開会のあいさつを兼ね、岐阜県実行委員会の岩間誠実行委員長(西濃環境NPOネットワーク)から、オンラインシンポジウム開催の経緯、来年へ向けて継続的に準備を進めていくことなどが説明されました。

シンポジウムの第1部では、垂井町の会場(写真)から現地実行委員を代表して、神田浩史さん(NPO法人泉京・垂井/副代表理事)が、「多彩な水環境から学ぶ私たちの未来 樽井・揖斐川流域で紡ぐ穏豊社会」をキーワードに、垂井の多彩な水環境について多くの写真を用いて報告しました。続いて、揖斐川流域の様々な取り組みをテーマに、3人が報告を行いました。小寺春樹さん(NPO法人「山菜の里いび」理事長)は、「織田信長の薬草園再生プロジェクト」のほか、地元の小学生に森の未来を考えてもらえるようにフィールドワークを実施していることを報告するとともに、林業衰退で山が荒れてきていることに警鐘を鳴らしました。松久幸義さん(NPO法人「里山会」副理事長)は、高度経済成長を経て燃料としての木材が不要になったことから林業が衰退していること、荒れた山は大雨の影響で山林崩壊につながることを指摘しました。地元自治会と共同で山の清掃をし、里山つくりに力を入れていることが報告されました。安田裕美子さん(NPO法人「ピープルズコミュニティ」理事長)は、NPO法人を立ち上げたきっかけが「生ごみの回収」の不経済性であったこと、身近なごみの分別が未来の環境問題の解決につながり、循環型社会に寄与することの大切さを訴えました。

第2部では、岐阜県垂井市と東京の全水道会館のそれぞれの会場をつなぎ「水から考える私たちの未来」をテーマにディスカッションを行いました。オンラインでの開催を考慮し、配信会場全体の様子がうかがえるような画角も取り入れるなどの工夫を行いました。

シンポジウムの進行は、現地実行委員の神田浩史さんが担当し、登壇者各々に簡単な活動報告を求める形で始まりました。片岡栄子さん(ふぇみん婦人民主クラブ)が「石けんの共同購入から合成洗剤追放運動を始めた」と自身の体験談を交えて話し、水俣病、琵琶湖の汚染問題、東京の下水処理問題など、日本が公害列島であったことを提起しました。また、熱帯雨林破壊の問題をフィールドワークで目の当たりにした経験から、グローバルな視点でとらえていく必要性を訴えました。全国実行委員会の辻谷貴文事務局長は、全水道として水道事業にかかわっている経験から、「蛇口の向こう側」をキーワードに、地域コミュニティがあるところは上下水道職員が存在し、エッセンシャルワーカーとして奮闘しているが、人員削減、効率化が進み、大変なことになっていると訴えました。大坪久美子さん(NPO法人「Nプロジェクトひと・みち・まち」理事長)は、持続可能な社会をめざし、SDGsにある「ジェンダー平等」を推進していると報告しました。老若男女共同参画こそが、災害時にも対応できる環境づくりをすることができると、自身の取り組みを具体的に話しました。中村賀久さん(西濃環境NPOネットワーク会長)は、河川へのごみ散乱問題が自身の活動のきっかけであるとして、子どものころは川に入って遊べたのに、そうできないのは、自分たちの世代が汚してしまったという反省から清掃活動を始めたと話しました。今井和樹さん(22世紀奈佐の浜プロジェクト・学生部会代表)は、大学3年生であり、環境教育サークルでの活動を楽しみながらやっていると発言しました。活動のポリシーは「答志島だけではなく流域全体の問題であり、ごみを拾うことを目的にせず、問題の現状をしり、学びながら活動をつなぎ、広めていく」ことだとし、自分事として考え、持続可能な活動をしていくことの必要性を訴えました。

登壇者の報告に続き、お互いに質疑応答を行いました。報告に対するもののみならず、コロナ禍の対策など、今だからこそ話し合うべき事項が取り上げられました。最後に、神田さんが、「オンラインにすることで若者との交流が広がる。岐阜県と東京をつないで開催すると考えられたのも、コロナ禍だからこそ」と述べ、岐阜県の揖斐川流域の話だけではなく、水の問題を世界に訴えていかなければならないとまとめました。

きれいな水といのちを守る全国集会は、2021年の岐阜県内での実施を目標に、引き続き準備していきます。(橋本 麻由)

2020年12月01日

バイデン新政権と日本の反核運動の課題

先制不使用に焦点を

核兵器禁止条約が2021年1月22日に発効とのニュースを受けて、条約に好意的な各紙の社説は、核兵器国との橋渡し役となるよう政府に呼び掛けています。「唯一の被爆国日本」は米国の核の傘の下にあるが、核戦争の悲惨さをよく理解していて、核廃絶を強く願っているはずだ。だから「非核保有国(核兵器禁止条約推進国)」(A)と「核保有国」(B)(とりわけ米国)の間の橋渡しをすることができるはずだし、また、そうすべきだ、という主張です。以下、このA、日本、Bという位置関係の想定がそもそも正しいのかどうかを検討してみましょう。

米国における先制不使用議論と日本

オバマ政権は2016年、「米国は決して先に核兵器を使うことはない」との「先制不使用」宣言をすることを検討しましたが、結局断念しました。ニューヨーク・タイムズ紙は、16年9月5日の記事で、同年4月に広島を訪れたばかりのジョン・ケリー国務長官が「米国の核の傘のいかなる縮小も日本を不安にさせ、独自核武装に向かわせるかもしれないと主張した」ことが一つの理由だと報じました。ウォールストリート・ジャーナル紙は、その1カ月前の8月12日に、7月に開かれた「国家安全保障会議(NSC)」の関係者の話として、アシュトン・カーター国防長官が「先制不使用宣言は米国の抑止力について同盟国の間に不安をもたらす可能性があり、それらの国々の中には、それに対応して独自の核武装を追求するところが出てくる可能性があるとして、先制不使用宣言に反対した」と伝えていました。

クリントン政権において先制不使用宣言が検討された際にも、オバマ政権が誕生した2009年に、「核態勢の見直し(NPR)」の中で「米国の核兵器の唯一の目的(役割)は他国による核攻撃の抑止とする」との政策の採用が検討された際にも、日本の不安や独自核武装の可能性が断念の理由の一つとされました。

日本側の懸念とそれによる核武装の可能性が、米国の核の役割を減らす政策の採用を妨げているという構図です。つまり、「非核保有国(核兵器禁止条約推進国)」、「米国核穏健派」、「米国核保守派+日本政府」というのが正確な位置関係ということです。

米国による先制不使用宣言に反対する日本

日本政府は、日本に対する核攻撃だけでなく、生物・化学兵器及び大量の通常兵器による攻撃にも核報復をするオプションを米国が維持することを望んでいます。例えば、1982年6月25日の国会で、政府は次のような解釈を示しています。米国の「核の抑止力または核の報復力がわが国に対する核攻撃に局限されるものではない」。また、1999年8月6日には、高村正彦外務大臣が、「いまだに核などの大量破壊兵器を含む多大な軍事力が存在している現実の国際社会では、当事国の意図に関して何ら検証の方途のない先制不使用の考え方に依存して、我が国の安全保障に十全を期することは困難である」と述べています。この種の答弁が、民主党政権時代も含め、繰り返されてきました(民主党の岡田克也外相は先制不使用に理解を示しながら、外務省が首相用に準備する文章は変えられなかったようです)。

下線部分は、「先制不使用条約」についての反論のようです。しかし、米国で議論されているのは、米国による一方的宣言です。敵国の先制使用は、米国側の核報復の威嚇で抑止する考えです。核攻撃に対する核報復は否定されていません。そもそも、一般の人々は、日本が頼っている核の傘は核攻撃を抑止するだけのものだと理解しているのではないでしょうか。

バイデン元副大統領の信念と米国の核軍縮運動

オバマ政権のバイデン副大統領は、退陣直前の2017年1月11日に行った演説で、「核攻撃を抑止すること──そして、必要とあれば核攻撃に対し報復すること──を米国の核兵器の唯一の目的(役割)とすべきである」との信念を表明しました。「唯一の目的」は、定義に曖昧な点があり、敵の核攻撃が目前に迫っているとの判断あるいは口実の下での核使用を認める可能性が残るが、「使用の可能性は核攻撃に対する報復に限る」と強調すれば、「先には絶対使わない」とする先制不使用と同じ意味になると理解されています。米国では、今回の大統領選挙に向けて、民主党のどの候補が大統領となっても先制不使用宣言をするよう保証することを目指す運動が展開されました。

例えば、集会などで各候補の見解を質すという戦術が採用されました。バイデン候補は、2019年6月4日の集会で、先制不使用を支持するかと問われ、20年前から支持していると応じています。また同じ6月、NGOによるアンケートの「米国は、核兵器を最初に使う権利を保持するという現在の政策を見直すべきか」という問いにイエスと答えました。

バイデン候補は2019年7月11日、17年1月に表明した信念に触れ「同盟国及び軍部と協議してこの信念を実現するために力を尽くす」と述べています。

日本の反核運動は米国の運動に呼応できるか

米国の軍縮運動は、バイデン新政権に対し、先制不使用宣言を要請する取り組みを強化していくでしょう。その時、「核を先に使うことはしない」という最低限の宣言を米国がするのを日本政府がまた邪魔することになるのでしょうか。日本の運動が米国による先制不使用宣言を支持する声を上げ、日本政府の政策を変えさせられるかどうかが鍵となります。それさえできないなら「橋渡し」の話をしてもしょうがないし、日本政府による条約支持など望みようもないでしょう。(核情報主宰 田窪 雅文)

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