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「裁判勝利・空襲被災者の援護法制定-戦後66年放置から差別なき国家補償の確立を」めざすつどい

2011年3月 8日

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 東京大空襲訴訟原告団と弁護団は3月8日、東京の台東区民会館で「裁判勝利・空襲被災者の援護法制定-戦後66年放置から差別なき国家補償の確立を」めざすつどいを開き、約150人が参加しました。また、全国空襲被害者連絡協議会と東京空襲犠牲者遺族会が協賛しました。
 主催者あいさつで星野弘原告団長は、「3月10日は66回目の東京大空襲の日、東京都平和の日。戦後66年間われわれが苦しめられてきた日本の民間人に対する救済政策、本当に不条理な差別政策に歯止めをかけて、皆さんが誇りを持って活動できる第一歩にしたい」とするとともに、東京大空襲訴訟控訴審での原告による証言を成功させ、戦争被害の真実を裁判官に納得させる決意を述べ、裁判勝利と救済制度の法制化に全力を挙げるとしました。中山武敏弁護団長もあいさつし、「裁判勝利と援護法立法化は車の両輪。そのための大きな世論をつくろう」とよぴかけました。
 つづいて、昨年結成された全国空襲被害者連絡協議会の共同代表も務めるジャーナリストの斎藤貴男さんが「私がなぜ戦後裸償問題にかかわるのか」をテーマで講演。「消えた高齢者」問題で法務省が昨年、戸籍が存在しながら現住所が確認できない100歳以上の高齢者が東京都で約2万3000人に上ると発表したことに触れ、うち半数は東京大空襲被害を受けた江東区や台東区などに集中していると指摘。この問題を契機に監視社会の強化がもくろまれているとして「空襲被害の結果が共通番号導入のだしにされている」と批判しました。
 激励あいさつに立った作家の早乙女勝元さんは、日本の軍事費が1944年度予算の85.5%を占め、1945年8月時点の現役兵力が約720万人に上ったとした上で「これだけの軍隊組織が国民を守りきれたのか。沖縄や中国を見るまでもなく、国民を救う訓練を何ら積んでいなかった。戦争は66年前に終わったが、民間人の心と体に残した戦争はまだ続いている」と述べました。
 「裁判経過と今後の焦点」を報告した弁護団の黒岩哲彦弁護士は、第3回口頭弁論における原告本人の話しが感動するものであったこと、裁判勝利のポイントは裁判官の心をつかむことができるかが大きいと指摘。また、東京地裁判決からさらに「立法の不作為の違憲論」と「受忍論の破綻」に向けた組み立てを説明しました。「民間空襲被害者の援護制度に向けて」と題して報告した児玉勇二弁護士は、1970年代から続けられてきた空襲被害者の援護の歴史・補償を求める運動と国会審議について詳細に整理しました。
 集会は、2月28日の控訴審の第3回口頭弁論で証言した原告の草野和子さんが、「私と同じ悲しい思いを、絶対に子どもにさせてはならない。生きている限り平和を守っていく」と発言。同じく証言した吉田由美子さんは、「生後3カ月で亡くなった妹など、ものを言えない死者の代弁者として証言した。日本政府が戦争の後始末をしない限り、空襲で亡くなった人の死は無駄死にになってしまう」と発言。重慶大爆撃裁判原告の文仲さんが、「日中友好のため、無差別な残虐爆撃を地球上からなくすために、日本政府は謝罪と賠償を行わなければならない」と連帯の発言をしました。この他、高井崇志民主党衆議院議員や藤岡一昭平和フォーラム副事務局長の連帯あいさつも行われ、空襲被害者への謝罪と補償、犠牲者の調査と追悼施設の建設を求めるアピールを採択して終了しました。

 →アピール

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