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憲法理念の実現をめざす第51回大会(護憲大会)分科会報告

2014年11月 2日

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第1分科会「非核・平和・安全保障」

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   第1分科会「非核、平和、安全保障」では、半田滋さん(東京新聞論説委員)から提起を受けました。現在改定作業がすすめられている「日米防衛ガイドライン」についての問題から始まり、安倍政権が閣議決定した「集団的自衛権」行使容認ついて、安倍政権の主張のなかのウソとでっちあげをひとつひとつ指摘し、その問題性を明らかにされました。
   会場からの質問に答えながら、「集団的自衛権」を確立させようとする安倍首相の原動力は、アメリカからの直接的干渉は無く、日米安保条約は「双務協定」であるべきという、安倍首相の個人的政治信念にあるのではとされました。また、アフガニスタン戦争、イラク戦争後、アメリカが「世界の警察」で有り続けることが不可能となり、地域で各々担って欲しいという要請も影響を与えているとも。
   日本飛行機が国際入札でP3Cの整備を請け負い、政府は同社に木更津のハンガーを提供している現状があるが、どういうことなのかとの質問については、陸上自衛隊はオスプレイを17機購入し、佐賀空港へ配備予定だが、商社経由ではなく、米国政府からの直接購入となる。購入後のメンテナンスについては、大韓航空組と日本飛行機組が競合しているが、政府としては日本飛行機組に勝たせたいため、こうした特別な優遇措置をとっている。これは、日本のF16の整備を大韓航空が請け負っている状況にあるが、オスプレイについては日本の企業に競争に勝たせて経費・整備手続きを適正化したいとの動機からだとしました。
   その後、各地からの活動報告を受けました。東京、神奈川、高知、新潟、埼玉、京都、鹿児島から発言がありました。とりわけ、オスプレイ飛来に対するとりくみについて報告がありました。
   沖縄からは辺野古新基地建設問題を中心に発言がありました。沖縄の有人島は約30島であり、面積では日本全体の0.6%だが、そのうち20%を米軍基地が占めている。日本に駐留している米国軍人5万人のうち2.5万人が沖縄に駐留し、うち1.5万人が海兵隊である。ただし、戦争や紛争が発生すれば、当地に移動してしまう。2014年7月1日、辺野古基地の陸上部分の建物解体が開始されたため、連日、座り込み抗議行動を実施した。8月18日、海底ボーリングが開始されたため、船による抗議行動を実施している。抗議行動のための船舶購入を予定していることが報告されました。

第2分科会「地球環境-脱原発に向けて」

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商工会議所 参加者116人

問題提起・助言者   明治大学名誉教授藤井石根さん
 NPO原子力資料情報室   伴   英幸さん

   第2分科会では、問題提起・助言者の伴英幸さんから「原発再稼働および原子力政策の方向と市民対応」として提起を受けました。
   まず、福島第1原発の現状として、汚染水との格闘が続くが計画は大幅に遅れているが、「凍土壁」については実証されていない技術を持ち込んだもので、東電救済のために国の技術開発費を活用している。格納容器の中の様子が分からないのに原因究明が終わったとして反省がないまま川内原発を再稼働させようとしている。18歳以下の甲状腺ガンの検査は約8割の30万人弱が終わったが58人が手術をしたことは、放射能の影響として深刻に受け止めるべきだと指摘しました。
   川内原発の再稼働についてヤマ場の県議会判断を迎えようとしているが、地元周辺自治体は反対の態度を多くが明らかにしており、報道でも、反対60.2%・賛成31.9%が実際である。9月28日に開催された鹿児島現地での集会も7500人が集まり反対の声を上げている。地震以外にも九州では火山の問題も含めリスクがつきまとう。事故がおきれば大量被ばくなしに避難が出来ないことなど、周辺の首長・議会への働きかけを強くするべきだと述べました。
   いずれにせよ本年4月に出たエネルギー基本計画は問題である。福島の再生・復興も住民軽視でゼネコン重視だし、真摯な反省がないので住民からの裁判も増えていく。使用済み燃料対策や高レベル放射能廃棄物の対応についても簡単に進むものではない。「もんじゅ」にしても六ヶ所再処理工場も破産させない仕組みづくりの方策を検討しているのが実態だ。
   どう考えても政府方針は原発推進・再稼働ありきで、原発をベースロード電源として維持し核燃料サイクルの確立を正当化しようとしていることなどを訴えました。まさに国の原発に対する政策・方針が明確に表れてきたものだと言えます。
   次に藤井石根さんからは、「持続可能な社会には必須の自然エネルギー」と題して問題提起を受けました。
   冒頭からアベノミクスの品格のない経済政策の数々にふれながら、持続可能な社会とは穏やかに生きられる場を保障することであって、CO2や放射能を排出する化石燃料や原発に依存する社会の進む先には、一層の環境悪化と資源の枯渇が待っているという基本の考えを述べました。
   そして、エネルギー消費の増大は必ずしも幸福に繋がらないと認識すべきで、健全な環境を保持することなしでは万物は生を保てない。だから環境負荷の少ない自然エネルギー(NE)への関心が高まることは当然で重要な課題であると強調されました。
   太陽光発電などのNEの推進は世界85ヶ国以上が取り組んでおり、その利用促進を計画的に増やす動きは定着してきている。ところが、日本は九州電力などが固定価格の買い取り制度を条件付きで取りやめることを一方的に決めたことは約束違反であり、電力供給の安定などとごまかしている。日本は実は自然エネルギーの宝庫と言える恵まれた国なのに、どうしても原発依存の体質が抜けきらない。川内原発の再稼働に対しての安全対策は、国も地元も電力会社も誰も考えておらず無責任だと述べました。
   世界的に紛争の根っこは資源の取り合いであるが、自然エネルギーなら奪い合うこともないし、NEを地方から積極的に取り組めば産業や雇用が生まれる。そこに個人の自立が生まれ安定した社会が築かれるのではないか。
   NEだけでは電力は満たされないという人も今は多いが、太陽熱はかなりのものがあるし、海上も含めた風力も相当だ。雨が多いことは水力も恵まれているし、植物バイオの活用も出来る。日本はまさに自然大国であって、これらを総合すると原発782基にも相当するもので、うまく組み合わせることで実現できるので、そのためのインフラ整備をしていく政策を立てるべきだ。大企業にお金が集まる政策を見直し地方にお金が落ちることで活性化が可能となってくる。
   いま世界の多くが自然エネルギーによる発電を国が支援する政策を取っており、将来目標の数値を出して促進している。何が何でも原発ありきの見苦しい立ち振る舞いの本質を、多くの国民が見ぬことがエネルギー政策の転換につながる。私たちが力を合わせてこのことを共有化し社会に発信していきたいと訴えました。
   会場からの質問意見・報告は、神奈川・石川・群馬・福島・青森・香川の6人から発言があり、「原発事故後の作業実態の現状」「福島の事故を避けられなかった反省と教訓を今後の力合わせにしたい」「最終処分地の問題と課題。原発は核兵器を持っているという認識を」「太陽光発電や風力による蓄電池など新エネルギーは地場産業を生む」「福島の事故後の除染は進んでないし何も終わっていない」などの発言に対し藤井さんと伴さんが丁寧に答え活発かつ有意義な討論となりました。
   脱原発社会を求めるにあたっての具体的な提起は何かということが、今回の分科会の議論を通じ見えて来るものを感じました。

第3分科会「歴史認識と戦後補償」

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   第3分科会では「歴史認識と戦後補償」をテーマに、弁護士の内田雅敏さんからの問題提起、また村山首相談話の会理事長の藤田高景さんから報告を受け、その後討論が行われました。
   問題提起では、ポツダム宣言から新患法制定、戦後補償、「集団的自衛権」行使容認の閣議決定などについて提起されました。とくに靖国神社参拝問題は、「聖戦」史観によって、無断合祀による戦死者の魂独占の虚構が問題であるとしました。そして、遺族の死者への想いに依拠して靖国神社が生き延びてきた実態などについて詳しい解説を受けました。
   討論では、靖国神社に代わる国立の追悼施設の建設も選択肢としてあるのではないかという提起に対して、参加者から現在千鳥ヶ淵戦没者墓苑があり、国立の新たな追悼施設は、第二の靖国神社になるのではないかとの意見が出されました。
   これに対して内田さんは、本来千鳥ヶ淵戦役者墓苑がその役目をするはずだったが、靖国神社の反対も外国の元首の参列を許さない現在の形になった。「集団的自衛権」が閣議決定され、今後自衛隊員が戦死した場合に新たな国立の追悼施設は第二の靖国神社となる可能性はある。しかしより「悪さ」の少ない追悼施設として考える価値はあるとの意見を述べました。
   また、安倍首相の誤った歴史認識をどう阻止していくべきかとの質問には、安倍首相の歴史認識は靖国神社の認識と同じであり、戦争においてアメリカには負けたが、アジアや中国には負けておらず、また侵略戦争ではなく、アジアを解放するためだったという認識に立っている。しかし日本は戦争で東京大空襲、広島・長崎の原爆などによって悲惨な状況になったが、その状況は日本が以前にアジアにしてきたことでもあるという事実にしっかりと目を向ければ、間違ったイデオロギーから脱却できるのではないかと述べました。
   日中共同声明について日本は批准しているのか、また中国の国民が個人で戦後補償の裁判をおこした場合どうなるのか、との質問には、目中共同声明は条約ではないので批准はないが、その後に批准された日中平和友好条約では日中共同声明の精神を踏襲している。日中共同声明の本文5項の「中華人民共和国政府」の字句については、当時国と国民とを区別して考えていなかったのではないか。賠償では時効や除斥期間の壁があり請求棄却されてきた。しかし、法律や条約がどういうものであれ、日本が戦争責任を明確にし、何らかの補償で精神的に癒されるならば、日本はそれをしなければならない。現在では戦争は生まれる前のことだから関係ないといった発言をする者もいるが、そうではなく、戦争の責任は今後も引き継がなければならないとしました。
   特攻隊についての議論では、自発的に国を守るために志願したのではなく、命令であった。若者が時代の「大義」に殉じる美談ではなく、本土防衛と国体維持という名目のもとに行われたものである。知覧の特攻平和記念館や靖国神社の遊就館での特攻出撃した若者たちの写真や遣書には涙するが、特攻という無謀な作戦を遂付した軍指導者の責任を問う展示などは何もないことが指摘されました。
   敗戦記念日を9月2日とするとりくみをしていくべきではないか、との意見には、国際法上は確かに9月2日であり、理論的にはそうなるが、これまでの歴史的経緯についても考えなければならないとの意見を述べられました。
   座長は、戦争やその責任を考えていくうえで、若い世代への継承が課題であるとしました。
   まとめでは、靖国問題の本質を学習し、村山談話を継承し発展させる意義を学び、安倍首相の誤った歴史認識に惑わきれず、事実をしっかり押さえ、また遺族にも目を向け、歴史認識の重さを共有し、着実に運動を進めていかなければならないとしました。

第4分科会「教育と子どもの権利」

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   まず、山梨学院大学法科大学院教授の荒牧重人さんから子どもの権利に関しての問題提起を受けました。
   子どもの権利条約は、25年前に条約になり、20年前に日本で批准された。
   その当時、子どもの権利条約の学習会が盛んだった。20年経つと普通は、条約も普及するはずだが、現実はそうはなっていない。
   今、政府は、子どもの「ども」に漢字を使うようになっている。私たちは「供」が大人に伴うという語感を持つことから、極力使わないようにしている。言葉の使い方ひとつに安倍政権の考えがわかる。
   子どもの権利条約は、グローバルスタンダードであり、安倍政権による子どもの政策への対抗軸として位置付けている。そもそも条約は、法律よりも上位に位置付くし、国際条約であるから政府が勝手に変更したりできない。さらに国際的なチェックを受けることになる。
   日本には、子どもの権利というと子どもがわがままになるという間違った考えが根強い。しかし、子どもたちは、権利を学べば、相手を尊重するようになる。尊重すると言うことは、言いなりになることではない、聞きっぱなしではいけない。学校の中に、組織的に子どもの意見を聞く仕組みをつくりことが子どもの権利委員会からも勧告されている。
   さらに子どもは、未来の担い手ではなく社会の一員という考えが大事となる。私たちは子どもに頼っているのだろうか。さらに今、私たち自身が子どもに対する許容度が狭くなっていないか。子どもが本来持っている力を見る視点が大事である。子どもの課題ばかりが目につき、子どもの良さが気づきにくい。また、今の子どもは、自分が自分であって大丈夫という「自己肯定感」が低くなっている。当然、親の自己肯定感が高くないと、子どもの自己肯定感が育まれないし、教職員の自己肯定感が高いことも必要であるが、それも高くない。子どもたちに意見を聞くと、先生たちはかけがえのない大切な存在と言うけど、いつも点数で比較し、指摘ばかりするとの声が返ってくる。課題は比較すると見つけられるが、かけがえのないものを見つけるには子どもに向き合わなければならない。そのために教職員に余裕が必要になる。そもそも、教職員は伝えることに一生懸命になるが、聞く、受けとめることが苦手である。
   今、私たちは、ユニセフが提唱者している「子どもに優しいまちづくり」にとりくんでいる。この間の政府の政策は、親や家庭がダメだ、教師の力がダメだ、地域がダメだを基本としており、何も信頼していない。その対抗軸となるのが、子どもの権利条約を活かすまちづくりとして「子どもに優しいまちづくり」である。
   その後、質疑応答を行いました。

   道徳に対して子どもの権利条約を生かしていくには、どうしたら良いのか。

  • 道徳は、戦後ずっと強化され続けていた。しかし政府の思う通りに進んでいないのは現場の努力の賜物。早い段階で子どもの権利条約を取り上げる。「命を大切にしよう」ではなく「命の権利を持っている」。「ルールを守りましょう」ではルールとは何か。全面的にカルキュラムを変えることができないのなら、権利の観点を付け加えていくことが大事。
     

   学校の再編成が進んでいる。学校にスクールバスで地方から集める。子どもの権利の観点から見た時、少子化対策にどう対応したら良いのか。

  • 統廃合の問題は、子どもの学習権の観点からどうなのか。子どもにやさしい街づくりとの観点からどうなのか。さらに子どもはどう考えているのか。地域はどうなのか。地元で学習することが大事であることを示していくことが大事。
     

   東京で子育てサロンを担当している。子ども貧困の問題があり、家庭で育てられない子どもをどう考えるのかが大事。子どもの権利を代弁する研究者がいないのでは。福祉分野でどのように扱ったら良いのか。

  • 子どもの権利とは、従来の学校に対峙するもの。そして日教組とかの運動を進めるもの。そして教育委員会の学校教育課が一番のネックになっている。子どもの権利を代弁する役割をNPOとかが担っている。子ども自身が発言する機会が少なかった。児童福祉に、子どもの権利の発想が少ない。子どもために精一杯になっている。しかし、児童福祉の方が教育よりも主体のニーズに応じる観点がある。
     

   コミュニティスクールについてどのように考えているのか。子どもたちが、自分たちで決めていく事例や子どものたちの変容について。

  • 地域などがコミュニティスクールをつくるという発想は悪くない。しかし現状では、地域や子どもが運営に参加できる地域の学校の方がベストではないか。地域や保護者・子どもなどの当事者を参加させるという川崎市の前例がある。立場が違うと意見が対立するが、対立した意見を話し合いでまとめていくことが重要。
     

第5分科会「人権確立」

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   東京造形大学教授の前田朗さんから「表現の自由を守るためにヘイト・スピーチ処罰を日本国憲法と国際人権法に従って考える」について講演を受けました。その概要は以下の通り。
   現在、在日コリアンをはじめとするマイノリティの人々に対する差別扇動・ヘイト・スピーチが日本全国各地で起こっている。
   浦和レッズスタジアムの通路に「JAPANESE ONLY」と人種差別にとれる内容の横断幕が掲げられた事件では、無観客試合と厳しい処分が下された。
   ヘイト・スピーチの背景は、国家的レイシズムやグローバルファシズムだ。ヘイト・スピーチという言葉はヘイト・クライムとともに英米で用いられた言葉である。英米における立法はヘイト・クライム法という。ヘイト・クライムと呼べば犯罪であることが理解できるが、ヘイト・スピーチと呼ぶと言論と誤解される。
   ヘイト・スピーチは単なる差別表現ではなく、差別の扇動、暴力の扇動だから犯罪である。歴史的にも、特定のマイノリティの差別迫害が大量虐殺に至ってきたからだ。
   日本国憲法の前文の平和主義、国際協調主義、第13条の個人の尊重、人格権、幸福追求権などに基づき、人間の尊厳を守るためにヘイト・スピーチを処罰しなければならない。また、ヘイト・スピーチが「表現の自由」との関係で論じられるが、差別する表現の自由はなく、憲法12条には濫用と責任が明記されており、誰(マイノリティ)の自由が侵害されているのか、考えれば規制すべきである。
   ヘイト・スピーチは、明らかに人種差別撤廃条約に違反しており、この条約を批准している日本は、国内法を整備して禁止・処罰するべきである。しかし、日本政府は、「表現の自由」や人種差別撤廃条約第4条(a)差別扇動(b)差別集団を犯罪と規定。これらを留保している事を理由に取り組もうとしていない。
   2013年、人種差別撤廃条約に基づいて設置された人種差別撤廃委員会は、一般的勧告35「人種主義的ヘイト・スピーチと戦う」を採択した。勧告は、人種主義的ヘイト・スピーチの定義、表現の自由の尊重とヘイト・スピーチの処罰は矛盾せず、両者は両立することが唱われている。日本政府は、国連人権委員会、人種差別撤廃委員会などから何度も勧告を受けている。しかし、日本政府は、以下のような理由で勧告を拒否している。日本には、深刻な人種差別は存在しない。各種法律に差別禁止規定があるので人種差別禁止法の必要がない。ヘイト・スピーチ処罰は、憲法21条(表現の自由)に抵触する。ヘイト・スピーチ法は明確性の原則に反する。
   民主主義国家ではヘイト・スピーチを処罰するのが当たり前である。世界100カ国にヘイト・スピーチを規制・処罰する法律があり、EU諸国はすべて処罰法を持っている。その多くは、基本的犯罪であることが規定されている。一部は、ヘイト・クライム法、メディア法などの特別な法律までつくられている。また、ヨーロッパ各国では、ナチスのユダヤ人迫害を否定する発言があった場合、重大な人権侵害であるとして処罰する法があり、歴史を繰り返さないために作られている。
   憲法学者の多くはヘイト・スピーチの刑事規制にほぼ全面的に否定的な姿勢を示してきた。特徴は、憲法13条(個人の尊重)・14条(法の下の平等)を無視して21条(表現の自由)だけ論じる。国際自由権規約第20条には言及しない。人種差別撤廃委員会では「ヘイト・スピーチの刑事規制は表現の自由と矛盾しない」「表現の自由を守るためにヘイト・スピーチを処罰すべきだ」と指摘したが、理由を示さず無視してきた。
   しかし、このような憲法学者の表現の自由の理解には重大な疑問がある。第1に、表現の自由には責任が伴う。第二次大戦期における侵略、人種差別、重大な人権侵害は、表現の自由を口実とした戦争宣伝、人種・民族差別に由来する。このことを反省すれば、民族差別を扇動するヘイト・スピーチは表現の自由に含まれないことは明らかである。憲法第12条(権利濫用の禁止)を無視してはならない。第2に、ヘイト・スピーチはマイノリティの表現の自由を侵害・抑圧する。憲法学の多数説は「マジョリティの表現の自由」を絶対視する特異な見解である。憲法学は「日本人には表現の自由があるが、朝鮮人には表現の自由を保障する必要がない」と言っているのと変わらない。個人の尊重や人間の尊厳を傷つけ、マイノリティを侮辱する「差別表現の自由」擁護になぜ固執するのか、理由を示していない。多くの諸国においてヘイト・スピーチが処罰されるのは、単に表現の自由と唱えても何も解決しないからである。
   講演の後、浦和レッズ「JAPANESE ONLY」事件に対するJリーグの処分は、何故厳しかったのか、差別問題と天皇制との関係をどう見るのか。今の安倍政権とヘイト・スピーチの関連をどう見るのか。憲法学が表現の自由にどうして、引きずられるのか。学校での教育の重要性がよくわかった。などの質問・意見が寄せられました。
   討論では、狭山事件の再審闘争の状況や大きな山場を迎えたことが強調され、支援が呼びかけられた。I女性会議からは、東京都議会議員による議会でのセクハラ発言を契機に、議会の傍聴行動や署名活動に取り組んでいる。議会でのセクハラ発言は、数多く起こっており、制度上の問題や問題を正面から捉えていない事が明らかになった。との意見が出されました。

第7分科会「憲法」

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   第7分科会「憲法」は第2次安倍内閣での「特定秘密保護法」強行や改憲手続きの国民投票法改正、そして7月1日の「集団的自衛権」行使容認の解釈改憲の閣議決定など、憲法の原則「平和主義」「主権在民」「基本的人権の尊重」に対する攻撃が強まるなか、憲法を捉え返し、今後の焦点となるポイントを考えながら、どのように取り組んでいくべきかについて討議しました。

   問題提起は、前日のシンポジウムから引き続いて飯島滋明先生(名古屋学院大准教授)からおこなわれました。10月28日に審議入りした労働者派遣法やホワイトカラーエグゼンプションの導入で、非正規社員の増加や残業代ゼロになるかもしれない。また、原発については私たちが進めて行くことで、その管理、負担を未来の子ども達に負わせることになるがこれでいいのか。これらについても憲法に絡めながら、集団的自衛権問題、秘密保護法、教育、原発、労働、福祉問題など憲法にまつわる課題について提起いただくとともに、これらの取り組みをわかりやすく国民に広めていくことが重要であり、「集団的自衛権」「原発再稼働問題」に関しても国民の間に広め、デモ・集会、選挙で安倍政権のあり方はゆるさないということを示すのが、本来の憲法の三大原則の一つ「国民主権」のあり方ではないかなど、国民としてどうすべきかについて提起をいただきました。

   つづく質疑・討論では、延べ11人の参加者から、1.戦争のイメージが我々とはとらえ方が異なる若者に対して、また一般の人に対して伝えていく有効な手段はないか、2.軍事費を上げて、社会保障費を削減することが国民の利益につながるのか、3.安倍政権の世論操作・戦術にどう対するか、4.我々の取り組みも一つの運動体となって、方向性をもって闘っていくことが重要ではないか、5.朝日新聞の誤報に対する各メディアの対応をどう思うか、6.最近では中国船の珊瑚の密漁など、中国また韓国とは様々な課題がある中で、日本はどう対応してくべきか、7.アメリカでは共和党が勢力を伸ばしている中で、今後の日本の対応はどうなるのか、8.安倍首相は以前、「侵略」の定義はないといっていたが、それについてどう思われるかなど、「憲法」が我々の生活すべてに影響してくる大きな中身であることから、「教育」「原発問題」「集団的自衛権」の問題に限らず幅広い内容についての質問や活動報告がおこなわれました。

   最後に、飯島先生から「今日は、皆さん真剣に聞いて頂いた。これは真剣に取り組まないととんでもない日本、子ども・孫達にごめんなさいと言わなくてはいけない世の中になるという危機感の表れ。そうさせないためには憲法の何が問題でそれをどう伝えていくべきか、その課題がこの会で見えたのではないか。このことを職場や地域に持ち帰って頂いてさらに検討を進めて頂きたい。最後に「教育」について。戦前の教育は権力者による思想注入の手段であった。戦後の教育は「個人の権利」「成長のため」との観点から「教育を受ける権利」が憲法に定められたはずだが、安倍政権は再び「教育」を権力者の思想注入の手段にしようとしている。これが本当に子ども達にいいことなのか。そのことを特に教員の方は職場に持ち帰って考えて頂きたい。私たち主権者がどう政治と向き合っていくかが今後の日本社会を作っていく。問題意識を持ちながら互いに協力していこう。」とのまとめをいただき分科会を終了しました。

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