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300人参加し「憲法と『建国記念の日』を考える2.11集会-安倍政権の暴走とナショナリズム-」

2015年2月11日

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   平和フォーラムは例年2月11日、戦前の「紀元節」を「建国記念の日」としていることに異議を唱え、集会を行っています。戦後の日本は、自民党内閣のもとで、東アジアとの関係、とくに歴史認識については繰り返し問題を引き起こしてきました。とりわけ現在、長期政権化の様相が強まり、改憲にまで着手を言及しはじめた安倍首相は、日本の戦争責任をはじめ歴史認識について、中国・韓国などの近隣アジア諸国はもとより、欧米諸国からもその姿勢に対する強い批判を受けています。しかし、国内世論は、政権への強い批判の一方で、偏狭なナショナリズムに流れる動きも看過できないものとなっています。これを踏まえて、「憲法と『建国記念の日』を考える2.11集会-安倍政権の暴走とナショナリズム-」を名称に、会場の日本教育会館に300人が参加して学習集会を行いました。
   福山真劫代表の主催者あいさつにつづいて、「若者とナショナリズム-『無邪気』なJ国家主義の深層」と題して横浜市立大学名誉教授の中西新太郎さんの講演、子どもたちに渡すな!あぶない教科書大阪の会の相可文代さんの「『戦争をする国』の『戦争できる国民づくり』を許してはなりません!-2015年夏、育鵬社・自由社教科書の採択を阻止するために-」との提起を受け、最後に藤本泰成事務局長のまとめと閉会あいさつで終了しました。
   このうち、中西さんはまず、「若者の右傾化」をめぐるさまざまな通説を検証し、そのほとんどを疑問とした上で、「若者が歴史の問題に接近していくときにネット社会の中で話や『正義』が組み立てられていく一つの特徴的な仕組み、メカニズムがある」と指摘。現代の若者がひかれる国家主義を「J国家主義」と名付けて、その特徴と基盤を分析しました。
   中西さんは、現在の右傾化現象の最大の基盤は若い世代ではないこと。主に団塊の世代が読者層の週刊誌で中国や韓国に対する辛辣な表現が頻繁に記事になっているように、より上の世代であること。ネット右翼は格差社会の下で困窮した若年層が中心だと言われているが、辻大介・大阪大学大学院准教授のレポートによると、ネット右翼は一概に低学歴とも言えず、所得階層についても、高低いずれかに偏るような有意な傾向は認められなかったこと。これらを指摘した上で、歴史修正主義に親和性を感じている有力な層は「現在の仕組みの中で利益を得て、その利益を失いたくない人たち」と分析しました。
   中西さんは、日本社会の右傾化現象を進行させている歴史的背景について、新自由主義・グローバリゼーションがもたらした東アジア世界の変化などにより、新たな歴史的条件の下での国家間紛争が拡大していることが、国家主義を広げていく基盤になっていること。80年代以降のこのような動きは、従来の国家主義より敷居が低く、伝統的な民族観念を持たなくても成立していることから、「J国家主義」と呼ぶとしました。その最重要の基準は「反日的でない」ことであり、反日と言っても中国や韓国の政府や人々を指すのではなく、辺野古基地建設に反対する人々や原発再稼働に反対する人々も反日と言われるのが実情であることから、安倍政権の政策などに問題提起する人々が反日勢力と規定されてしまうとしました。また、多くの若者にとって歴史問題は「過去の押しつけ」と感じられていること。この圧力から解放されるために「安心できる過去」へと「設定」を切り替えたいという誘惑を感じており、歴史像の焦点を変えられてしまった世界が、学校で教わることと並行して、ネットや雑誌などで作られている-としました。
   その背景・条件に関して、今の若者は「脱戦後化」の環境下で生育したこと。学校の授業でも憲法の権利保障や民主主義の建前を教えているが、子どもたちは身の回りに起きているいじめなどから、実感を持って主権者としての権利を受け止められず不信感を抱いていること-としました。とくに、いわゆる「若者の政治的無関心」について60年代70年代の学生運動の頃とは違い、80年代以降では、「政治的な関心を持ってはろくなことはないということを、明示的ではないが系統的に社会が教えてきた。それに従って行動しているだけ」と述べ、結果、違う規範のなかで、子どもたちは自分たちのルールを作っていったとしました。
   中西さんは、日常生活において、民主主義、政治的な話を持ち出すのは、独断的かつ抑圧的だというイメージを持ってしまっているため、そうしたお互いの雰囲気を感じ取りながら、上手く関係を結んでいく方が大切だと考えてしまうという逆転現象が起き、従来の公共性とは別の代替的な公共性が育ちつつあり、従来の正義とは全く逆のベクトルへ向かって、反日的なものは許しておけないという状態になってしまっている-と説明しました。
   中西さんは、自分たちが生きている現実は、民主主義や憲法から乖離している存在だ、と受け止めている人がいるということを認識する必要があると主張。権利を勝ち取る道筋をどうやって立てるのかが問われているとし、「制度的民主主義とは区別され、社会的に開かれた社会的民主主義の回路を広げていくこと」を提唱しました。身動きがとれない社会から、違った社会へと自らがしていくために、人とのつながり方や生きるのに役立つ知識が必要であり、「人間の尊厳」という感覚を手がかりに、「歴史的現実と今自分たちが生きている現実をつなげていくための努力」が必要なのではないかと問題提起しました。
   元中学社会科教員でもある相可さんは、2001年に「新しい歴史教科書をつくる会」の作った教科書が扶桑社より発行され、社会問題化した教科書採択について報告。「ネットで飛び交っているようなことが正式な日本の歴史、世界の歴史として教えられていけば、どのような日本人が育っていくのか。末恐ろしい」と警鐘を鳴らすとともに、現在、学校現場では、教科書をめぐる攻防戦が行なわれていること。育鵬社や自由社のつくる会系教科書は、過去の日本が行った戦争の正当化や、戦争の被害についても加害についても小さい描写になっていることなどを指摘しました。

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