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復帰43年 5.15沖縄平和行進始まる 辺野古新基地建設に抗議

2015年5月15日

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    平和行進1.JPG

 43年前の1972年5月15日に、沖縄は日本に復帰しました。それを記念し、また基地のない平和な沖縄をめざして、毎年行われている「5.15平和行進」がスタートしました。今年は、昨年7月から名護市辺野古に新たな米軍基地建設が強行されていることに抗議し、全員で辺野古・米軍基地「キャンプ・シュワブ」周囲を行進して、基地ゲート前での座り込みと集会を開催しました。(写真は大浦湾を臨みながら行進する参加者)

出発式.JPG

 10時からの出発式は、新基地建設予定地の真向かいにある瀬高海岸に1200人が集結。折から台風で中断していた工事が再開され、それに抗議するカヌー隊と、過剰警備をする海上保安庁の巡視艇の姿を間近に見ながら開かれました(写真上は出発式)。
 平和行進副実行委員長の福元勇司さんは「国土の0.6%しかない沖縄に、74%の米軍基地が押しつけられている。そこにさらに新基地を作ることは許せない。絶対に阻止しよう」と力強く訴えました。連帯挨拶に立った平和フォーラムの藤本泰成事務局長は「この大浦湾の豊かな自然を壊すことが平和につながるのか。武力で平和は作れない」と、安部内閣の戦争法案閣議決定を批判しました。
 地元からの歓迎挨拶は、「辺野古・大浦湾に新基地はいらない二見以北住民の会」会長の松田藤子さんが「43年間、日米政府は沖縄で人権がないがしろにしてきた」と怒りをあらわに訴え、また名護市選出の県議会銀の玉城義和さんも「平和憲法への復帰を願ってきたが、犠牲になってきた。しかし、いま各地域で『島ぐるみ会議』ができて変わりつつある」と報告しました。
 海外ゲストとして、韓国・参与連帯のファン・スヨンさんが「韓国の反基地運動、とりわけ済州島の海軍基地建設と沖縄の基地問題は密接に関係している。今後も連携を深めて闘っていこう」と呼びかけ、最後に、行進団団長の澤岻亜有子さんと本土側代表の野中和納さん(佐賀県平和運動センター副議長)の決意表明を受けて、行進に移りました。
 
キャンプシュワブ.JPG

 行進参加者は、手に手に横断幕やプラカードを持ち、「辺野古新基地建設反対!」「大浦湾の埋め立てをするな!」など、シュプレヒコールを繰り返し、基地建設予定地の大浦湾の周りを、30度の暑さの中でも元気よく7キロ近くの行進をして、キャンプ・シュワブのゲート前に再結集。ゲート前では、すでに300日を超える抗議の座り込みが行われ、多くの市民が出迎えて、さらに拡大してのシュプレヒ・コールや現地集会、座り込みが夕方まで行われました(写真はゲート前での抗議)。
 16日は、政府が辺野古への移設を表明する普天間基地を包囲する行進が行われます。
 

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