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オリンピックに「日本」を考える!

2010年3月 1日

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 バンクーバーで、冬季オリンピックが開幕した。開会宣言をしたのは、国家元首のミカエル・ジャン総督だ。政治的権限は持たないが、カナダ国王(英国王エリザベス2世)の代理であり、カナダ国軍の名目上の最高司令官を兼ねる。彼女は1957年に、世界の最貧国と言われるハイチに生まれ、独裁政権下で迫害を受け、68年に難民としてカナダに移住したアフリカ系カナダ人である。カナダには200以上の民族が生活し、人口増加の半分以上が移民によるものと言われる。カナダは71年に、社会は異なる文化を持つグループが「対等な立場」で構成すべきとする「多文化主義」を政策として採用し、憲法にも規定している。難民であったジャン総督は、「移民にやさしい国」の象徴である。
 世界は、国際人権規約の他、30の国際人権条約を積み上げてきたが、日本はようやく12の条約に加入したにすぎない。戸籍法やそれに伴う国籍の問題、そして入国管理法の改悪など、グローバルな時代に世界基準から最も遅れた実態が浮かび上がる。新政権は「永住外国人地方参政権」を成立させようと努力しているが、自民党などの大きな抵抗にあっている。
 2月11日に開催した「建国記念の日」を考える集会では、在日二世のソン・プジャさんが、差別と陰湿ないじめに自殺まで考えた波乱の人生を淡々と語り、その苦悩を超えて「私は日本が好きだ」と話した。人間の命をも切り裂くような差別意識を、未だ日本は乗り越えることができないでいる。
 アメリカの庇護の下に、「名誉白人」などと呼ばれた時代は終わった。南アフリカのアパルトヘイト、オーストラリアの白豪主義も終えんした。今やオーストラリアは「多文化主義」を採用している。福沢諭吉は1885年、「其國民の精神は既に亞細亞の固陋(古い考えに固執して新しいことを好まない)を脱して西洋の文明に移りたり」と主張した。いわゆる「脱亜論」である。しかし、今や外国人の地方参政権を確立した韓国から、「固陋」と非難されかねない。
 

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