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私の誇り、日本の誇り
とある受験校の校長が生徒の前でこう発言した。「わが校は、『サンデー毎日』の全国大学進学一覧に載る進学校である。諸先輩の努力を無にすることなく○○高校生としての『誇り』を持って日々精進するように」。
当時、その高校に勤務していた私は、生徒と「誇り」とは何かを議論した。安易に進学率の高低で高校を序列化し、その序列の上位にいること、そしてそのような学校に在籍することを生徒の「誇り」とする校長の言葉を許せなかったからである。生徒の出した結論は、「『誇り』とは自らが所属する何かに起因するものでは無く、自らがどう生きているかに起因するものだ。それは○○大学に入学できたと言うことではなく、何を学びそのことを糧にどのように生きていくかにある」というものだった。私は、生徒の見識の高さにほっとした。
近年、各地の教育委員会は「学校目標の設定とその達成度の評価」をそれぞれの学校に命じている。「身を立て、名を上げ、やよ励めよ」という「仰げば尊し」の歌詞が浮かぶ。立身出世と学歴主義が戦後民主主義社会でも跋扈する。「進学」を目標に設定しようとして、国立大学進学者○○人、難関私学○○人などの学校目標が踊る。分かりやすいのは数字だ。
「教育」というおよそ測りようのない世界でも、管理職という個人の物差しで人の能力を測ろうとする。そうしなくては、誰もが一生懸命働かないかのような宣伝をする。尊敬される教員とそうでもない教員がいての「教育」。かの「坊ちゃん」の世界はそうではなかったのか。それでいいという余裕が社会にない。
「南極大陸」というテレビドラマが始まっている。戦後の第一次南極地域観測隊(1957年)の艱難辛苦を描いたものらしい。私の記憶にも、タロ・ジロのカラフト犬の話や砕氷船「宗谷」、西堀栄三郎などの言葉が浮かぶ。当時の日本の総力を挙げたプロジェクトであったのだろう。
テレビは「戦後の日本が失った自信と誇りを取り戻す」と宣伝する。敗戦で失った「自信と誇り」とは何であったのだろうか。そのことをしっかりと問う前に、日本社会は高度経済成長時代を迎えた。黄昏れていく米国を遠くに、今、台頭するアジア諸国が目の前にある。
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