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「平和の俳句」大切に

2015年5月 1日

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 「平和とは一杯の飯初日の出」。2015年、戦後70年を迎える1月1日から、東京新聞・中日新聞で「平和の俳句」が始まった。この18歳の浅井将行さんの句に対し、選者のいとうせいこうさんは、「まずささやかな満足が個人にある。それなしに国の平和などない」と評している。たった16の文字の中に、なんと深遠な世界が広がっていることか。毎日毎日、驚きと感動の連続だ。

 3月10日、東京大空襲の日は「三月十日南無十万の火の柱」。91歳の古屋治さんの句。東京大空襲は一夜にして推定10万人もの無辜の市民が炎に焼かれ犠牲になった。古屋さんは、黒焦げの遺体が転々とし骸が山積みになった中で、幹線道路のがれき撤去作業についていた。「サイレンは正午の知らせ夏の空」。これは、浜口忠男さん74歳の句。平和な空に時報のサイレンは響く。1945年8月6日の朝、広島の空に空襲を知らせるサイレンは響きそして止んだ。直後の悲劇を私たちは忘れてはならない。戦争を知る世代の高齢化は止めようがない。だからこそ、これらの俳句は大切だ。

 3月11日は東日本大震災から4年目。「今日もまた子どもの布団かけ直す」。42歳の山本博之さんの句。日常とはそのようなごく些細な出来事の積み重ねなのだ。そしてその積み重ねが人々の幸せなのだ。震災からの復興は遅れている。一人ひとりの我慢と自己犠牲による復興だ。それは、東京大空襲、敗戦からの復興と違わない。しかし、その生活の中にもささやかな日常の積み重ねがある。

 俳句は、人々の日常から怒りや悲哀、権力の横暴とあきらめや慰め、そして抵抗、様々な感情を伝える。その表現活動を弾圧する芽が生まれようとしている。さいたま市大宮区の三橋公民館が発行する「公民館だより」の俳句コーナーで、「梅雨空に『九条守れ』の女性デモ」と言う句が掲載を拒否された。公民館側の説明は、「憲法を見直そうという動きが活発化している中、『九条守れ』は公民館の考えとの誤解を与える」というものだった。そもそも公民館は憲法を守らなくてはならない義務を負う。「何をか言わんや」である。表現を弾圧する社会は、戦争へと突入する。1937年、日中戦争のまっただ中、雑誌「川柳人」の同人が検挙された。問題の句「手と足をもいだ丸太にしてかへし」「射抜かれて笑って死ぬるまで馴らし」。
(藤本泰成)
 

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