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廃墟からの声を聞け ─軍艦島に立って

2019年8月 1日

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 息子と二人、軍艦島(長崎県端島)に行こうという話になった。なんでそうなったかは覚えていないが、一度は行っておきたい場所だと思った。南北約480m、東西160m、周囲1.2kmに過ぎない小さな島に、1950年代後半のピークには、約5300人が住んでいたという。

 水もない小さな島に、石炭は多くの人を呼び込んだ。日本初の高層住宅、日本唯一の7階建て小中学校校舎、海底電気ケーブル、海底送水管、神社とお祭り、パチンコ屋、社交場、テレビの普及率は全国一、映画館は封切館。時代を先取りした生活が紹介される。日本産業の勃興期の底を支えた石炭産業の重要性が説かれる。だからこそ世界遺産なのだと。

 しかし、その評価にあらがう場所がある。坑道に降りる第二竪坑の入口、気温40°湿度90%以上の立つこともままならない危険な切り羽に、働く現場に降りていく場所。この竪坑を降りて、しかし再び昇ってこなかった人は、経営者三菱の記録では215人、いやもっといただろう。日本人だけじゃなくいろんな人々がいただろう。「ここには、様々な理由で、様々な思いを持って人が来た。廃墟の中で最後に残るのはこの階段だ。この石炭の粉塵で黒光りする階段が、地獄の入口の階段が、最後まで残る。なぜなら仲間たちの執念がここに残っているから」と、ここで働いた人が言う。

 世界遺産の意義を否定するわけではないが、廃坑の坑口に立って、かつてここで働いていた者たちが何を思うか、その視点がなくては、遺産は歴史の中で意義を持たない。そこに生きて、死んでいった人々の声を聞けなくては、遺産としての価値はない。

 軍艦島でも、朝鮮半島からの強制連行者約600人が働き、122人が亡くなったと言われている。彼らは、軍艦島を地獄島と呼んだ。戦前の日本の炭坑のほとんどに、そのような強制連行者が存在した。世界遺産に申請されたときの、韓国などからの批判は、そのことに目を向けない日本政府の姿勢にあった。植民地時代の徴用工問題で、韓国と日本の対立は深刻だ。世論調査では56%が韓国への輸出規制が妥当だとし、妥当ではないの21%を大きく上回る。是非一度、日本人は、世界遺産登録した軍艦島に立って欲しい。そこに木霊する働く者の声を聞いて欲しい。植民地から連行され過酷な労働を強いられた人々の声を聞いて欲しい。明治日本の勃興が、どの様な形で、どの様な人々によって築かれたかを知って欲しい。そのことを知らずして、韓国やアジア諸国と新しい歴史は築けない。
(藤本泰成)

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