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社会の責任に眼を向けよう!

2018年7月 1日

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 東海道新幹線「のぞみ」の最終便で、男が乗客にナタを振るって、男性1人が死亡、女性2人が重傷を負うという衝撃的事件が起こった。何とも言えない、重い課題に胸がふさぐ。前日の新聞は、秋葉原殺傷事件から10年を知らせていた。

 この類いの事件が起こると、いつも1968年秋の永山則夫による連続射殺事件を思い起こす。母の故郷函館市の郊外でタクシー運転手を射殺するなど、連続して4人を射殺した事件は衝撃的だった。彼は犯行当時19才の少年だったが、「永山規準」なるものが作られ極刑が言い渡された。1971年に手記「無知の涙」が出版され、永山はその中で「無知こそ自分をこのような境遇に陥れた。貧乏こそすべての悪の温床だ」と叫んでいる。犯罪報道に接するとき、個人的責任を問うべきか、社会的責任を問うべきか、そのことが常に頭に浮かぶ。個人による犯罪であっても、その個人を生み出した社会は責任をとるべきではないのか。日本社会にあっては、個人の責任を問う声が大きい。そのことが死刑制度存続の理由にもなっていないか。

 東京都目黒区で、5才の少女が虐待され亡くなった。両親が保護責任者遺棄致死の疑いで逮捕された。「もうパパとママにいわれなくてもしっかりとじぶんからきょうよりもっとあしたはできるようにするからもうおねがいゆるしてゆるしてくださいおねがいします」この5才の少女のつたない文字に、涙しない人はいないに違いない。6月7日の朝日新聞は、「SOS何度も」との見出しで、児童相談所とのやりとりを書いている。この事件に接した多くの人が、児相のふがいなさと両親の行為に憤るに違いない。しかし、社会的責任に目を向ける人はいるだろうか。母親は、少女を連れて再婚した。父親との間の1才の子は虐待されていない。母親は、再婚相手に虐待される少女をどう思っていたのだろうか。日本社会は、働く女性にきびしい。正規男性労働者の賃金を100とすると、非正規の女性の賃金は60にも満たない。母子家庭の半数以上は、相対的貧困の状態にある。父親に物言えない母親の立場を、賃金は象徴している。貧困と格差が、児童虐待や育児放棄をつくり出していないか。個人の責任を問う前に、自身を取り巻く社会に目を向けようではないか。でなければ、社会は変わらない。
(藤本泰成)
 

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