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ニュースペーパー2009年6月号

2009年6月 1日

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【インタビュー・シリーズ その35】
「港を軍港にするな」─港湾労働者の闘いから
全日本港湾労働組合委員長 伊藤 彰信さんに聞く

【プロフィール】
1948年東京都生まれ。日本電気株式会社に勤めた後、横浜市役所へ。76年から全港湾労組書記局に入る。総務部長、書記次長、書記長を経て2008年に中央執行委員長に就任。

──伊藤さんはどのようなことから全港湾に入られたのですか。
 大学卒業後、日本電気株式会社(NEC)に就職してコンピューターの仕事をやっていました。その後、横浜市役所を経て全港湾へ入りました。当時、日雇い労働者が多い横浜・寿町の炊き出しもやっていて、昨年末からの「年越し派遣村」(東京・日比谷)と同じようなことをやっていました。だから、派遣村の動きには強い関心を持っていました。労働組合の経験から、政策要求や官僚と渡り合うことなどは、得意という訳ではありませんが、ノウハウは持っています。

──全港湾はどんな労働組合ですか。
 組合員数は約12,000人で、職種構成は、港湾労働者が61%、トラック運転手が21%、その他の労働者が18%となっています。港湾産業で働くすべての労働者を対象とした労働運動と、陸と海の結節点である港を中心とした物流産業労働者の組織化をめざしています。
 私が入ってすぐに、団体交渉があるからついて来いと言われました。私が入ったのは11月ですが、ちょうど12月にストライキを構えるということで交渉を続けていたのです。団交へ行くと組合の控室があるのですが、いろんな人がいろんな話をしていて、「すごいところへ来てしまったなぁ」というのが最初に入ったときの印象です。
 事務所には、私たちがストライキをやることに抗議の電話が殺到しました。それを全部受けなければいけないのです。港湾労働は、合理化や機械化が遅れた産業だったということで、昔ながらの労働者気質があるのだと思います。港湾労働者は戦後、常用4割、日雇い6割と言われました。現在では97%が常用となっています。これまでの「肉体労働・労働集約型」から「技能労働・装置産業型」の産業へ変化しています。

──全港湾の闘いの歴史について教えてください。


WORLD PEACE NOWで行進する全港湾組合員
(06年3月・東京)
 まず港湾労働の民主化です。これには暴力手配師との闘いがあります。そして、コンテナ化にみられる技術革新との闘い、さらに規制緩和との闘いです。
 全港湾は結成63年目になります。20年ごとに運動史を3巻作ったのですが、1巻目の特徴がズバリ民主化です。当時は、港湾労働者もほとんどが日雇いという中で、どうやって労働者の生活を守っていくのかというのが、港湾労働者の闘いだったと思います。それが転換していくのが、1966年の港湾労働法の施行です。「登録日雇港湾労働者」というのができて、日雇い労働者を組織化しました。
 それと同時に、コンテナ化が進みました。日本でコンテナ船が就航し始めるのが68年からです。ターミナル運営は船会社がやって、実際の荷役は港湾運送事業者が行うという住み分けをして、今まで50人から60人でやっていた仕事を1人でするという大合理化です。その技術革新との闘いを進めました。
 80年代後半から90年代に入ってからは、国際的な船会社の再編が規制緩和の動きと同時にやってくるわけです。日本の船会社も日本郵船、商船三井、川崎汽船の三社体制になりました。荷主が自由に船会社や港を選べて、大型船で安く一度に運べるようになったのです。コスト削減で、船会社も陸上輸送を行うなど、輸送手段を選び始めています。
 当面している最大の課題は規制緩和です。経済を支える最低限のライフラインとしての位置付けをして、産業政策の問題とか港湾のあり方も議論しなければいけません。規制緩和との闘いで印象に残るのは、書記長時代の清水港の新規参入反対闘争です。規制緩和の最初の闘いで、行政や船会社と交渉したり、国会議員を呼んだり大掛かりな仕組みを作って、最終的に参入を阻止しました。その後、新規参入にブレーキがかかった点でもうまく勝利できたと思います。

──これからの労働運動をどう展望されますか。
 現状の日本の労働運動は、組織率を10%台まで低下させ、有効な役割を果たせていません。こうした事態の原因と克服方法は、いくつかあると思います。ひとつは、日本の労働組合は、企業別に組織されており、企業の利益に大きく左右され、企業別労働組合運動の限界を超えることができません。産業別の労働組合運動をどう作っていくかということが重要な課題です。
 それと労働者の34.1%は非正規労働者であり、また派遣労働者も約380万人と言われています。昨年末には、「派遣村」などで社会的に大きな問題となりました。彼らの生活救済は絶対に重要です。と同時に派遣をなくすだけでは解決できない基本的な問題もあります。全港湾やサービス連合など労働組合で「労働者供給事業」を行っている23組合(85万人)が結集して、労働者供給事業関連労働組合協議会(労供労組協=ハローフォーラム)を作っています。この取り組みをどう評価するのかも重要なテーマです。
また、日雇い労働者や派遣労働者の権利をどう保障していくのか、非正規労働者の団結をどうすれば保障していけるのかなども問われています。例えば交渉権についてもフランス方式のように職場で働くすべての人による労働者代表制にしたらどうでしょうか。最低賃金制にしても、審議会方式をやめ、国会で決定するようにしたらどうでしょうか。「最賃」が選挙の焦点になります。いずれにしても、すべての労働者が参加できるシステムを作り上げることが重要です。

──全港湾の平和運動についてお聞かせください。
 出発点は、日本が中国人や朝鮮人を強制連行して港湾で働かせていたことです。侵略戦争の反省から「港を軍港にするな」ということで、平和運動に取り組むようになりました。中国人俘虜の遺骨返還運動、朝鮮戦争反対やベトナム戦争のときには軍事荷役拒否闘争もしました。また、金大中死刑判決抗議スト、自衛隊の海外派兵反対闘争、ガイドラインに反対しての平和港湾宣言運動、周辺事態法や有事法制の反対闘争など、一致できる課題や要求での幅広い統一運動の形成にも取り組んでいます。
 また、沖縄の抱えている問題を本土の人は知りません。過去の戦争を正当化し、死を美化することで、新たな戦争を準備し、国民を動員する体制が作られようとしています。沖縄の問題に関しては今回、全日建運輸連帯、全国一般全国協とともに、DVD「沖縄戦は消せない」を作成して、取り組んでいるところです(このDVDについては、本誌5月号で紹介)。

──全港湾は昔から日朝問題にも取り組んでいます。
 日朝問題では、相手との信頼関係が大切です。いつも敵だと思っていたら平和は作れません。戦争のとき、日本が朝鮮を植民地にしてどういうことをやったのか、過去の反省の上に立って友好関係を築いていかなければなりません。そうすれば、国交正常化や拉致問題の解決も早いでしょう。拉致は悪いことですが、「悪い」と言って叩いているだけでは何も解決しません。

──平和フォーラムに期待するものはありますか。
 平和・人権・環境問題で提起を続けるこの組織は重要です。今の状況の中で、平和フォーラムが無くなったら誰がそれをやるのでしょうか。そういうことができるのは、平和フォーラムしかないと思います。意見はいろいろあるかもしれませんが、そこは自覚して活動していただきたいと思います。

〈インタビューを終えて〉
 全港湾は「左派」労働組合として、労働運動に、平和運動に輝き続けている。連合は、今年で結成20周年を迎える。連合も、また、連合に結集しなかった全港湾、そして伊藤委員長も、日本の労働運動の位置の低下について危機意識を持ち、なんとか再生めざして奮闘している。課題は多い。格差社会の進行、そして年間所得が200万円以下の世帯が4分の1を占めるという勤労者の生活実態の深刻さ、非正規労働者が3分の1、未組織労働者が5分の4、また港湾のめぐる状況も大きく変化している。勝利への確信をもった全港湾の挑戦は続く。
(福山真劫)

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7月に「2009在日朝鮮人 歴史・人権週間」を設定
週間実行委員会共同代表  原田 章弘

恐怖をあおり、在日朝鮮人への差別横行
 4月6日に朝鮮民主主義人民共和国は人工衛星を打ち上げましたが、その前段の異様な騒ぎを思い起こしてみましょう。国連で安保理議長声明を出すという策動に躍起となった日本政府。「ミサイル」騒ぎで、保育園が避難訓練をするという例にも見られたように、列島全体に恐怖をあおり、ミサイル防衛構想(MD)を実働化しました。迎撃ミサイルの配備に異論を唱えることもできないような雰囲気。新聞もテレビも朝から晩まで報道。どこかに「敵を作って」危機を煽り、軍事大国化を推し進めるのは、「見え見え」です。事実、地対空誘導弾パトリオット3(PAC3)の移動に対して何も異論が出されず、防衛省構内をはじめとして街の中にも、危険なPAC3が配備されました。
 これまで、事あるごとに在日朝鮮人や朝鮮学校への嫌がらせや暴力が横行しました。恥ずかしい限りですが、こういう差別がどこから生まれるのでしょうか?
 2006年に国連の「人種主義、人種差別、外国人嫌悪および関連する不寛容に関するD・ディエン特別報告」は、日本の現状について次のように指摘しました。
 「最も甚大な表れ方をしているのは文化的・歴史的性質を有する差別である」「コリアン・中国人コミュニティーについては、こうしたマイノリティーに対する差別の歴史的・文化的根深さが、日本では認識されていない」
 私たちは、このD・ディエン特別報告の指摘を受け、3年前から、平和フォーラム等の理解もいただきながら「在日朝鮮人歴史・人権週間」全国実行委員会を構成し、今年度は以下の取り組みを行います。
 (1) 朝鮮人強制連行
 (2) 隠された強制連行被害者の年金問題
 (3) 現在の在日高齢者と障害者の無年金問題
 なお、この週間は「朝鮮人」の語を使用していますが、「朝鮮」とは当時の南北朝鮮全体を包括するものであり、現在の国家体制を言うものではありません。

朝鮮人強制連行─肉体的強制のみに矮小化の動き
 2007年3月、当時の安倍晋三首相は、日本軍慰安婦問題の「強制」について、「言わば、官憲が家に押し入ってきて人を人さらいの如く連れて行くという強制性はなかった」と述べました。この見解は、知ってか知らずか河野洋平官房長官談話(93年)も否定し、意図的に「肉体的」強制に限定したもので、安倍首相の見識不足とあからさまな歴史歪曲を如実に示しました。
 私たちのこれまでの見解は、1937年の大審院(当時の最高裁)の「『強制』とは『肉体的・精神的』強制を含むものである」という判例に依っていますが、彼は「強制」を肉体的強制のみに矮小化しようとしたのです。

隠された強制連行被害者の年金問題─名簿の公開を
 朝鮮は1945年に植民地支配から解放されましたが、強制連行被害者は、厚生年金に加入させられず、加入していても名簿が公表されず、多くの被害者は年金を支払われることもなくお亡くなりになっています。しかし、今、ご遺族にも遺族年金を支給すべきで、関係名簿の公開が望まれるのです。

在日高齢者と障害者の無年金問題─在日の切り捨て


昨年の「在日朝鮮人歴史・人権週間」まとめ集会
(08年11月・総評会館)
 在日外国人は1959年の「国民年金」発足時から、国籍条項により排除されてきました。1982年の難民条約批准で国籍要件が撤廃され、制度には加入できましたが、在日コリアンは切り捨てられ、無年金状態で放置されてきました。障害者の無年金問題もあります。









名古屋で全国集会 リーフレットも作成
 3年目の今年も、高校生が読んでわかるレベルのリーフレットを作成し、頒布します。週間を7月に設定し、全国集会を名古屋で8月29日~30日に開催します。その前段には東西各地での集会を企画します。特に、青年・学生を対象にした「在日朝鮮人歴史・人権奨励賞」を授与する計画も立てました。9月末に締め切られ、11月の「まとめの会」で発表と表彰を行う予定です。
 こうした行動を実施しながら、差別の歴史的・文化的な根深さを知り、現在の人権状況を考えることにしています。

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「つくる会」教科書を考える(1)
存在しない民衆の視点─歴史教育にそぐわない

「つくる会」の教科書が検定合格に
 4月9日、文部科学省は、自由社から申請のあった「新しい歴史教科書をつくる会(つくる会)」の中学歴史教科書(「つくる会教科書」)を検定合格として発表しました。「つくる会」は、2000年に、扶桑社から中学歴史教科書を初めて検定申請し合格しましたが、アジアを蔑視し侵略戦争を正当化しているなど、韓国や中国などから大きな批判を浴びました。
 「つくる会」の教科書の問題点を、2回に分けて考えてみます。

権力者の側に立った歴史教科書
 この教科書には、いろいろな問題がありますが、ひとつは権力者の側から書かれた歴史教科書であるということです。古代から中世にかけて公地公民制による収奪や、荘官や地頭などによる収奪で、生活に苦しむ農民の姿はほとんど出てきません。
 資料として一般的に使用される「防人の歌」「貧窮問答歌」「紀伊の国阿氏河荘農民の訴状」「嘉吉徳政令制札」「正長元年の柳生徳政碑文」など、他の教科書にあるような資料も全く掲載されていません。きびしい収奪の中で、逃亡、逃散、一揆などを繰り返し、自らを主張しようとした農民の姿はありません。
 江戸時代、封建社会の農民については、「百姓は年貢を納めることを当然の公的な義務と心得ていたが、不当に重い年貢を課せられた場合などには百姓一揆を起こしてその非を訴えた。幕府・大名は、訴えに応じることもしばしばあった」としています。極めて一方的な解釈で、「しばしば」がどれほどのことを表すのか不明であり、表現は権力者の側に寄っています。
 この教科書は、本百姓と水呑百姓の区別を記載しない、農民の生活を規制する「慶安の御触書」もない、年貢率についても記載がないなど、農民の生活に具体的に触れようとしていません。

苦しむ農民や働く者を軽視


各社から出されている中学校歴史教科書
 「武士道と忠義」「明治維新とは何か」というコラムでは、武士が「公のために働く」存在だったとし、「明治維新は、公のために働くことを自己の使命と考えていた武士たちによって実現した改革だった」としています。つまり四民平等は武士の自己犠牲によって実現したとしています。
 学校現場で一番多く使用されている東京書籍版の教科書には、明治維新を「少数の公家や、薩摩藩、長州藩などの出身者たちが政治の実権を握りました」として、「新政府は天皇のもとに国民を一つにまとめようと、皇族以外は全て平等であるとしたため、それまでのきびしい身分制度はくずれました」と四民平等を説明しています。
 近代産業の発展においても、「職業選択の幅が広がった」とか、「子女を製紙工場の女工に出稼ぎに出した」などとその表層のみを捉え、「女工哀史」や「あゝ野麦峠」に描かれた、貧しい農村に生まれ「前借金」に縛られて低賃金・長時間労働に苦しむ女工の姿は見えてきません。

都合のいいように歴史を解釈
 古代から近代まできびしい搾取の中で、農民は苦しんできました。年貢を基本にした武士社会は、貨幣経済の進展と商業資本の台頭の中で、その役割を終えたのです。近代資本主義の黎明期にあっては労働者の権利は極めて矮小化されていました。その矛盾を克服すべく、労働者は立ち上がったのです。
 しかし、つくる会の教科書は、権力側の都合のいいように歴史を解釈し、あたかも権力者が歴史を変え、民衆の権利が与えられたかのような印象を持たせることとなっています。過去に学び、現在を捉える歴史教育に、この教科書は全くそぐわない内容であると言えます。
 次回は、戦争と平和の視点で、つくる会の教科書を考えます。

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新たな「食料・農業・農村基本計画」に向けた課題
食料自給率50%目標の実現へ具体的政策を
農政ジャーナリスト  神山 安雄

5年ごとに見直される農業政策の指針
 来年(2010年)3月の閣議決定に向けて、新たな「食料・農業・農村基本計画」(以下、基本計画)を策定するための議論が本格的に始まっています。今回の基本計画づくりでは、食料自給率の目標を50%に据えて、これをどう実現していくのかを、具体的な政策として示すことが最大の課題です。
 基本計画の策定と5年ごとのその見直しは、食料・農業・農村基本法(1999年制定)によって定められています。1回目の基本計画は、2000年3月に閣議決定され、食料自給率の目標を45%に置きました。2回目の基本計画は05年3月の閣議決定ですが、このときの食料自給率の目標も45%に据え置きでした。
 1回目の基本計画では、条件不利地域対策として中山間地域に直接支払い制度を導入するとしました。2回目の基本計画は、農業経営への所得安定対策で所得を補償し、認定農業者などの「農業の担い手」に農地の利用を集めることで、食料自給率も上げるとしました。あわせて、農地や農業用水などの資源と自然環境の保全対策も導入するとしました。
 確かに今、認定農業者や集落営農組織などの「農業の担い手」への農地の利用集積など、農業の構造改革が進められています。しかし、食料自給率は40%のままです。政策自体の再検討が必要です。

世界的な穀物価格の高騰と食料危機


経営危機を訴える北海道農民集会
(07年12月・北見市)
 穀物国際価格は、08年夏には、05年価格の3倍近くにまで高騰しました。その原因のひとつは、中国やインドなどの新興成長国が、飼料穀物などの需要を高めたことです。さらに、もっと大きな原因は、穀物輸出大国アメリカが、エネルギー政策、食料・農業政策を転換したことです。エネルギー(石油)の中東諸国への依存度を引き下げるために、トウモロコシを原料にしたバイオ燃料の製造を増やしているのです。
 アメリカは世界1位のトウモロコシ輸出国です。その輸出量を上回る量をバイオ燃料の原料にまわしています。世界の穀物需給がおかしくなるのも当然です。また、そのために穀物価格が上がれば、国内農業補助金もそれほど必要でなくなります。世界貿易機関(WTO)交渉の中で農業補助金の大幅な削減を迫られているアメリカは、穀物価格が上がるに任せました。その上、国際的に過剰な資金が石油や穀物などの投機に走り、穀物輸出国が輸出規制をしたために、食料輸入国などでは深刻な食料危機になりました。
 日本でも、食パンやインスタントラーメンなどが大幅に値上がりしました。外国産の飼料穀物に依存している畜産農家は、エサの価格高騰で廃業する農家が増え、牛乳などの供給が心配されています。また、農業従事者の減少と高齢化が進む中で、肥料など資材も高くなり、国内の農業生産力が落ちています。

長期的、多角的な視点での議論を
 農水省は08年12月初めに、「食料自給力強化のための取組と食料自給率50%のイメージ─食料自給力・自給率工程表─」を公表しています。これは、耕地面積を維持しながら、耕地利用率を110%に引き上げること(現状は93%)、そのために、10万haの耕作放棄地の復旧などを行うこと、米と米粉の消費拡大、飼料用米の生産拡大、麦・大豆の生産拡大、牛乳・乳製品の生産拡大、といった取り組みを強めることが内容です。
 問題は、そのための予算が、08年度補正予算、09年度予算、09年度補正予算と"選挙目当て"の対策として出されていることです。政府・与党内の「農政改革関係閣僚会合」など限られた場での議論が幅をきかせています。基本計画は、10年先を見据えた計画です。食料の安全で安定的な供給、食料自給率の向上、疲弊した農業・農村や地域経済社会を立て直して、どう再生させるか、自然・生態系・環境を守る農業・農村のあるべき姿など、生産者と消費者、国民全体での腰を据えた議論が大切です。

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ポリネシアの元核実験労働者が裁判闘争
健康被害補償求め、フランス本国を訴える
フランス核政策研究家・神戸市外国語大学講師 真下 俊樹


核実験被害者裁判の法廷(4月27日・タヒチ)
 去る4月27日、ポリネシアで初めて元フランス核実験労働者が起こした核実験被害補償請求裁判の最終弁論が、タヒチのパペエテ労働裁判所で行われました。
 フランスは、ポリネシアで1966年~96年まで大気圏核実験を46回、地下核実験を147回行いました。1990年代半ばから、市民団体の手でようやく被害者の掘り起こしが始まり、2001年に元労働者の被害者団体「モルロアと私たち」協会を結成。フランス政府に対して、健康調査や除染工事などの交渉を進めてきました。

急速に高まる核実験被害の認識
 フランス本国では、2001年に、核実験に動員された軍人や核科学者、技術者、下請け民間会社社員などが「元核実験要員協会(AVEN)」を結成し、現在までに約400件の補償請求裁判を起こしており、うち15件で勝訴が確定しています。
 ポリネシアでは、2004年まで20年間にわたって、核実験賛成を表明してきたガストン・フロス大統領が地域の政治・経済を支配し、被害者の運動を弾圧・妨害してきました。また、裁判に必要な被害者の書類がなかなか揃わなかったこともあって裁判闘争が遅れていました。
 しかし、2004年に反核派で原水禁大会にも参加したことのあるオスカー・テマル・ポリネシア議会議員が大統領に就任してから、核実験被害の認識と被害者の社会的認知が住民の間で高まりました。
 そして、08年5月に、8人の元労働者がポリネシアで初めて、健康被害への補償を求める裁判を起こしました。「核実験被害者補償法」がまだ法案段階のフランスでは、民間人の核実験被害を補償する道は、職業病としての認定しかありません(軍人の場合は軍人恩給)。そのため、今回の裁判も、パペエテ労働地方裁判所に職業病としての認定を求める形を取っています。ポリネシアでは、自治権拡大政策の下で、各種権限の移譲が少しずつ進められていますが、司法権は依然としてフランス本国に帰属しているのです。

注目の判決は6月25日に─原水禁も支援続ける
 今回の原告8人の疾病は、すべてフランスの放射線関連労働にともなう職業病のリストに含まれています。フランス本国では、同じような条件の被害者がすでに何件も勝訴しています。ただ、職業病認定の面では、制度が若干異なっています。また、フランス本国では、職業病に関する係争は社会保障裁判所が行うことになっていますが、ポリネシアでは労働裁判所が行うことになっているなど、司法制度の運用も若干異なります。
 今回の裁判の最大争点は、この制度面での違いにあります。とくにポリネシアでは職業病の申請を発病から2年以内に行うことになっている点で、これを原告全員が過ぎてしまっている点で労働裁判所がどう判断するかにあります。しかし、フランス本国の社会保障裁判所は、放射線障害について申請の遅延を認める判決をすでに下しているため、「モルロアと私たち」協会は、「同じ場所で同じように被曝した人が、フランスでは職業病として認められ、ポリネシアでは認められないとすれば、フランス司法の公平性そのものが問われることになる」と主張しています。
「モルロアと私たち」協会とテマル・ポリネシア自治政府は、今回の裁判を「ポリネシア史に新たなページを開く歴史的事件」ととらえており、6月25日の判決を大きな関心をもって見守っています。最終弁論が行われた4月27日、裁判所には500人以上の元労働者や支援者であふれました。
 日本からも、長崎県平和運動センター・被爆者連絡協議会事務局長の奥村英二さんが、原水禁を代表して出席しました。また、パペエテ市内の「太平洋核実験記念碑」に広島と長崎の爆心地から持参した石を連帯の印として贈呈したほか、現地の新聞やテレビを通して、ポリネシアの被害者への支援を表明しました。

 関連写真:http://gallery.me.com/mashimot/100065

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2010年NPT再検討会議を核に依存しない安全保障体制の構築の場に
ピースデポ代表 湯浅 一郎

核軍縮へ動き出す世界の流れ
 いま核兵器に関して国際的に議論し方向性を決めていける場は、5年ごとに国連本部を舞台に開かれる核拡散防止条約(NPT)再検討会議の場しかありません。2000年のNPT再検討会議は、新アジェンダ連合などの活躍で、「保有核兵器の完全廃棄に関する約束」など核廃絶へのステップとして13項目が最終合意される画期的な会議でした。しかし、9.11同時テロやブッシュ政権の登場により、前回の2005年のNPT再検討会議は具体的な前進を見ることなく終わりました。
 そして、2010年の第8回NPT再検討会議を前に、核兵器廃絶への風が吹いてきました。4月5日、プラハでオバマ米大統領は「核兵器のない世界」をめざした演説を行いました。シュルツ元国務長官(レーガン政権)、キッシンジャー元国務長官(ニクソン政権)らが呼びかけた「核兵器のない世界」への声が、唯一核兵器を使用した国の責任者によって、その道義的責任を引き受ける態度が示され、世界の注目を集めました。これを受け、日本でも4月27日、中曽根弘文外務大臣が、「ゼロへの条件」と題する演説を行い、日本政府としての包括的な核軍縮の方針が示されましたが、空虚と言ってよい内容にとどまっています。
 政府だけに任せておくだけでは、状況は前進しません。60年にわたり核兵器体系を基礎に世界政治の構造が形成され、日本も含めて主要国では核兵器による抑止に依存して安全を得るという考え方が網の目のごとく浸透しています。これを解きほぐすには、それぞれの国が、核兵器に依存しない安全保障体制の形成に正面から取り組み、「核ゼロ」へのロードマップを示し、それを具体化していく必要があります。とりわけ、原爆による無差別攻撃を受けた日本が率先してこれに取り組むことは、国際的に大きなインパクトを持ちます。
 北東アジアでは、38度線が厳然と存在しているように、6つの国が歴史的な相互不信を抱えたままです。この困難な構造を解く糸口を、北東アジア非核地帯の形成に見いだすことができると確信します。

北東アジア非核地帯の実現を!


05年のNPT会議での原水禁、連合等のデモ(ニューヨーク)
 北東アジア非核地帯構想には、二つの切り口があります。直接的には北東アジア地域の非軍事的な安全保障体制の構築に大きな糸口を与える側面です。6ヵ国協議などの多国間協議を通じて条約が締結されていく過程で相互の信頼ができ、非核を突破口に不戦の条約へと進んでいける契機になるはずです。
 第2は、世界的に「核兵器のない世界」をめざす声が盛り上がってきている情勢下で、地域での非核化がグローバルな核廃絶にも大きな有効性を持ってきていることです。「核兵器のない世界」を作るためには、核兵器保有国や核兵器に依存する非核兵器国も、その安全保障を核兵器に依存しない政策として具体化しなければなりません。日本と韓国は、米国の核の傘による核抑止に依存しています。従って、日本には、核兵器に依存しないで安全を保障する道を作る義務があるのです。「核ゼロ」という最終到達点に向かう過程において、核兵器への依存を無くしていくための最も有効な方法として、非核地帯の設立が注目されています。

市民の声をニューヨークに届けよう
 2010年のNPT再検討会議は、そのような問題意識でNGOの声をニューヨークに届け、グローバルな方針を作る場にしなければなりません。この問題意識に基づき、3月末、ピースデポは、ピースボート、韓国平和ネットワーク、参与連帯と共同呼びかけ団体となって賛同署名を始めました。原水禁をはじめ、平和市長会議等多くの賛同を得ています。
 今年の5月8日、NPT再検討会議の第3回準備委員会が開催されている国連本部内で「北東アジア非核地帯の可能性」のワークショップを行いました。この流れを8月の広島・長崎などを経て、NPT再検討会議に向けてより大きくしていかねばなりません。NPT再検討会議は、2010年5月3日から28日まで国連本部で行われ、開会前日の2日には世界のNGOが集結した大きなラリー(デモ)が行われる予定です。
 核兵器廃絶への大きなチャンスを迎え、一人ひとりの力が必要で有効です。核兵器廃絶への努力を通じて、社会の構図を変えていくきっかけが得られるはずです。

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6ヵ国協議は終わったのか
北朝鮮の核問題を考える

北朝鮮の衛星発射と安保理の対応
 今年4月5日の朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)による「人工衛星」発射は、国連安保理の議長声明(4月13日)、さらに25日に国連安保理制裁委員会が、貿易会社「朝鮮鉱業貿易開発会社」など3社の資産凍結を決めるという事態となりました。
 北朝鮮はこうした国連安保理の対応に反発。14日に「6ヵ国協議に二度と絶対に参加しないし、どのような合意にもこれ以上拘束されない」「われわれの自衛的核抑止力をあらゆる面から強化していく」と声明。25日には使用済み核燃料棒の再処理に着手したと表明し、再度、核兵器開発に取り組む姿勢を明らかにしました。

北朝鮮の非核化をめぐる混乱
 6ヵ国協議はさまざまな曲折を経て05年9月19日に、6ヵ国協議の目標が朝鮮半島の非核化であり、北朝鮮は一切の核兵器開発計画を放棄し、米国も北朝鮮を一切攻撃しないことを約束。さらに「行動対行動」の原則などを確認する「共同声明」を採択しました。一方、北朝鮮の崩壊を求める米国ネオコンはさまざまな妨害を加え、非核化計画は遅延していきます。こうした中、北朝鮮は06年7月5日に、テポドンなど7発のミサイルを発射し、10月6日には地下核実験を行います。
 07年に入って、米朝の直接交渉を拒否していたブッシュ米大統領が方針を転換し、米朝直接交渉などがあり、07年10月の6ヵ国協議主席代表会合は、北朝鮮の核3施設(黒鉛減速炉、核燃料加工工場、再処理施設)の無能力化、07年末までに全ての核計画の申告、核物質・技術の移転をしないことで合意しました。
 08年6月26日に北朝鮮は核計画を申告し、ブッシュ米大統領は北朝鮮に対するテロ支援国家指定解除を決定。議会に通告しましたが、米議会内から核計画の申告が不十分であるとの批判が出る一方、米朝当事者間でも検証をめぐる不一致が明らかとなります。
 ヒル・米国務次官補と金桂冠・北朝鮮外務次官が長時間の協議を続けて合意が成立。10月11日に米国はテロ支援国家指定解除の声明が発表されました。声明は「10月初めの米朝協議で数々の重要な検証問題について合意した」と述べています(世界08年12月号「ドキュメント激動の南北朝鮮」)。
 北朝鮮の核廃棄は具体化(第3段階)へと進むかと見られましたが、08年12月に開催された6ヵ国協議で、核サンプルの採取をめぐって、日米韓とロシアは国際原子力機関(IAEA)が主導すると主張し、北朝鮮がこれを拒否したため、合意に至りませんでした。
 また、日本が北朝鮮に対するエネルギー・経済支援で、日本が負担すべき重油20万トンを、拉致問題が進展しないことを理由に拒否してきたことに、北朝鮮は「エネルギー・経済支援に参加しない日本は6ヵ国協議を妨害するもので、会議への参加資格を失った」と主張しました(10月21日「民主朝鮮」)。日本は核廃棄費用の負担を考えていると一部で報じられましたが、具体的には明らかにしていません。

北朝鮮はなにを求めているのか
 08年12月の6ヵ国協議がなんの進展もなく休会となった中で、米国でオバマ新政権が発足したのです。今年1月中旬にボスワース(2月20日に北朝鮮問題担当特別代表に任命)らと訪朝した、米国際政策センターのセグリ・ハリソンは、2月4日、ワシントンでの報告講演会で「北朝鮮の朴宜春外相らが『オバマ政権が北朝鮮政策を変更するという政治決断をすれば、米朝両国は親密な友好国になれる』と述べました。一方で、『北朝鮮は既に核保有国になった』との主張を繰り返し、『核検証問題では試料採取に応じる必要がない』と主張した」と報告しています(2月5日共同通信電子版)。つまり、「北朝鮮を核保有国として認めた上で、米朝交渉を進めよう。その場合、6ヵ国協議は必要ない」という北朝鮮の立場を報告しました。
 しかし、北朝鮮を核保有国として認めることは、核兵器廃絶を訴え、包括的核実験禁止条約(CTBT)の批准をめざすオバマ政権としては、とうてい認められず、6ヵ国協議の枠組みもまた、東アジアの今後の平和を考えるとき、極めて重要です。ただオバマ政権の北朝鮮政策は、前政権の方針を引き継ぐというだけで、十分明らかになっていません。朝鮮半島の非核化への戦略をほとんど描くことができない日本への対応等、6ヵ国協議で見えてきた課題をどうするのかなどもあります。
 4月24日にカート・キャンベル元国防次官補が、東アジア・太平洋担当国務次官補に指名されたことからは、アジアにおける日米軍事協力の強化した姿しか見えてきません。そして日本(米国も当初)は北朝鮮の衛星発射に軍事的に過敏に反応したのです。
 オバマ政権にはブッシュ前政権とは異なった新しい米朝関係、平和に共生する東アジアの構築という政策を明示し、北朝鮮と交渉することが求められます。

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【本の紹介】
憂国」と「腐敗」
日米防衛利権の構造
野田峯雄/田中稔 著


09年・第三書館刊
 社会新報の編集局の田中稔さんが共著で書かれました。守屋事件、軍需産業の利権、政治家の防衛利権へのかかわり方が書かれています。自衛隊、防衛予算が肥大化する中で、私たちの認識を深めるため、読んでほしい一冊です。
 ここでいう「憂国」とは、「集団的自衛権行使」が、現在はまだ「違憲」となっている事態に対する自衛隊幹部の嘆きであり、「腐敗」とは、年間5兆円を超える防衛予算にたかる日米の軍需産業と企業家、防衛省官僚、ロビイスト、政治家たちの腐敗です。企業、官僚、政治家、ロビイストたちが防衛予算に群がり、甘い蜜を吸い続けています。戦後64年間、基本的に自民党に代表される保守政党が権力を握り続けてきた結果です。
 そして中心的には、2007年から08年に暴露された山田洋行、日本ミライズ社、守屋元防衛省事務次官等にまつわる腐敗が東京地検特捜部の動きとも連動させながら書かれています。これが防衛省の事務方のトップかと思うとその腐敗ぶりに、読み進むうちに当時を思い出しながら再び怒りがわきあがってきます。
 しかし、この本の中でも指摘されていますが、山田洋行の利権は小さいものであり、問題は軍需産業の中核である三菱重工などの利権、旧田中派の久間議員など政治家の利権を暴き出すことです。ところが、特捜部の捜査はそこへは「意図的」に踏み込まず、闇のまま残されています。次の私たちの課題は、こうした企業、政治家の利権を暴きだすことです。
 自衛隊は膨張し続け、国連常任理事国に次いで第6位の軍事力を誇るまでになり、そして、陸上、海上、航空の3自衛隊とも、米国のアフガン・イラク侵略戦争に加担し、インド洋へ、イラクへと派兵されました。また昨年は航空自衛隊幕僚長(航空自衛隊のトップ)が、日本の侵略の歴史、東京裁判を否定する「論文」を発表しました。私たちにとっての「憂国」はこの現状に対してです。平和の危機であり、新たな戦前をむかえようとしているとも言えます。もう一度憲法を。
(福山真劫)

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【映画評】
未来の食卓
(08年/フランス ジャン=ポール・ジョー監督)


 いま世界を震撼させている新型インフルエンザの発祥地が、「メキシコにある、汚く、危険で、非人間的な巨大な多国籍養豚工場である」と言われています(フランス農民連盟など)。そうだとすると、牛海綿状脳症(BSE)と同様に、効率優先の農畜産業のあり方が問われなければなりません。
 その流れとは全く逆の動きも、各地で起きています。フランス南部アルル地方の近くにあるバルジャック村では、村長の発案で、子どもたちの給食をすべて有機農産物(オーガニック)に切り替えています。この映画は、それが始まった2006年~07年の1年間を追ったドキュメンタリーです。オーガニック給食の導入や、校庭の菜園で野菜を育てることによって、食の大切さを学んだ子どもたちは、自分の家族や村の大人たちにも影響を与えはじめます。村では有機農法に切り替える農家や、オーガニック食材を扱う店も増え始めます。
 「ヨーロッパではガンの70%が環境と食料に原因がある」(ニュー・イングランド・ジャーナル誌)、「フランスでは過去25年で男性のガンの罹患率が93%増加した」(フランス国立公衆衛生監視研究所)、「地球全体で年間1億4千万トンの化学肥料が散布されている」(国連食糧農業機関)──映画の冒頭に国連のユニセフの会議でがん研究者が、「人間の行動が病を生むのです。その最たるものが化学物質汚染です」と発言するシーンと重なって、こうしたデータが示されます。フランス以上に、農薬や化学肥料を多く使い、そして、食料を海外に頼る日本は、もっと、こうした事実に目を向けるべきでしょう。
 バルジャック村の試みは、わずか200人の子どもたちの給食でしかありませんが、その美しい自然環境と豊かに実る野菜や果実、そして何より子どもたちの生き生きとした姿は、その意味を十分に語ってくれます。この映画と正反対に、徹底して工業化された農業の姿を描いた「いのちの食べかた」が昨年公開されました(本誌08年3月号で紹介)。それと対比することで、さらに有機農業の意義が見えてきます。
 映画の原題は『子どもたちは私たちを告白するでしょう』。8月から東京などで公開予定。
(市村忠文)

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投稿コーナー
「ホッキョクグマを救おう!キャンペーン」にご協力を
ホッキョクグマを救おう!キャンペーン東京事務局

ホッキョクグマは「絶滅危惧種」です
 メディアでは毎日のように、ホッキョクグマの愛らしい姿が取り上げられています。動物園で飼育されているホッキョクグマの映像をテレビで見るたびに、気分が和まされているのではないでしょうか。
 しかし、私たちはその愛らしさに喜んでばかりはいられません。皆さんは、ホッキョクグマが「絶滅危惧種」に指定されていることをご存知ですか? 国際自然保護連合(IUCN)が発行している「レッドリスト」では、それまで「保護活動に依存するが、絶滅のリスクは低い」とされていたものが、2006年版において絶滅のおそれが高い「絶滅危惧種」に変更となりました。
 そして、近刊の2008年版でも、「絶滅危惧種」に分類されています。その中の記述によれば「3世代(45年)のうちに生存頭数の30%が減少する」と推計されています。さらに、2100年には、「ホッキョクグマは絶滅する」という推計報告すら出ているのです。その原因は、北極の氷の減少があげられます。

地球温暖化は進んでいます
 北極の氷は1970年以来、一貫して減少傾向にあります。これは、ホッキョクグマの生態を脅かすだけのものではありません。北極は地球の一部です。ですから、私たちが暮らすこの日本でも、美しいといわれる四季の変化や異変に戸惑いを覚えることがあるはずです。
 さらに、世界に目を向けてみれば、多くの異変に気づくはずです。森林の減少や劣化などが地球規模ですすみ、温暖化や砂漠化が加速しています。これは、「地球温暖化」の影響であることは間違いありません。
 温暖化の主な原因は、人間がエネルギーを使うことによって排出された二酸化炭素などの温室効果ガスであるとされています。また、温暖化が進んでしまったのは、人間が「環境の保全」や「資源の再生・再利用」よりも「経済」を全てに優先させたからです。

温暖化を防止し、ホッキョクグマを救おう!


愛らしいホッキョクグマのぬいぐるみ
 では、どうしたら温暖化による地球環境の悪化を防止し、ひいてはボッキョクグマを救うことができるのでしょうか。それは、地球温暖化防止のためのエネルギー政策の転換を急ぐ必要があります。安全・安心な自然エネルギーをもっと活用するための積極的施策と、エネルギーの無駄づかいをせず、少ないエネルギーを効率的に使って暮らすための施策が求められています。そして、私たち自身の暮らし方も見直してみることが必要です。
 現在、ホッキョクグマが危機的な状況にあるにもかかわらず、そのことに対する環境団体の基金、援助などが不足しています。このような状況を知り、一人の韓国のテディベア作家が活動を始めました。ガンジーを尊敬し、自然を愛し、環境に優しい自然主義をモットーにした作品を制作しているジョアン・オさんです。ジョアンさんは、自らの会社を設立し、韓国だけでなく、アメリカやドイツ、フランスでも活躍しています。
 「常日頃から"ホッキョクグマを助けるために何ができるか"と考えていました。自分一人の力は微々たるものだが、少しでもテディベア作家として、環境問題に貢献し、自分の踏み出す一歩から多くの人が環境問題に賛同し、皆が手に手を取り合って問題の解決に取り組んでいけたらいい」という思いからエコ・プロジェクトがスタートしました。それが、「STPB(Save The Polar Bear)」です。

 ホッキョクグマの危機は、地球温暖化による悪影響の一部です。地球上に生息する全ての生き物は、それぞれがお互いに影響しあって生きています。ホッキョクグマの危機は、私たちへの危機だとも言えるかもしれません。

 ホッキョクグマのぬいぐるみはベロアの心地よい手触り。足の先にマグネット付き。赤ちゃんグマのチビちゃんは冷蔵庫に這い上がって遊ぶのが大好きです。
 種類は、お父さん4,200円(40cm)、お母さん3,100円(30cm)、お兄さん2,100円(20cm)、チビちゃん800円(12cm)です。日本国内でのこのぬいぐるみの売り上げから、5%以上が地球温暖化防止のMAKE the RULEキャンペーン(www.maketherule.jp 本誌3月号参照)に寄付されます。問い合わせは平和フォーラム・石出まで。

平和フォーラム・原水禁の総会を開催

 4月23日に平和フォーラムは第11回総会、原水禁国民会議は第84回全国委員会を、東京・自治労会館で開催し、2009年度の活動方針などを決めました。
 平和フォーラムの総会では、政権交代などの重要な局面のなかで、政治や社会の変革に向けて、熱心に討議しました。主な活動課題は、「憲法改悪に反対し、憲法理念の実現」「米軍再編・戦争する国づくり・対テロ戦争に反対する」「東アジアの非核・平和の確立」「偏狭なナショナリズムに基づく教育改悪を許さない」「多文化・多民族共生社会に向けた人権確立」「環境問題」「食の安全」「WTO・FTA交渉、食の安定、農林業問題」です。
 また、原水禁は、「核兵器廃絶」「ヒバクシャの権利確立」「原子力政策の根本的転換と脱原子力」などを進め、とくに、10月3日に東京・明治公園で開催する「NO NUKES FESTA2009」の取り組みに全力をあげることにしています。
 さらに、市川定夫代表(原水禁議長)が勇退し、新たに川野浩一さん(長崎)を選出しました。

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