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ニュースペーパー2011年9月号

2011年9月 1日

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 「ノーモア・ヒロシマ!ノーモア・フクシマ!さようなら原発!」―8月5日の夕刻、広島市の原爆ドームを取り囲んだ1000人が、ケミカルライトを手に「人間の鎖」をつくり、シュプレヒコールを上げました。平和フォーラム・原水禁が進めている「さようなら原発1000万人アクション」の一環として、原水禁大会の開催にあわせて実施されました。集会では福島県平和フォーラムの原利正事務局長が「原爆と同様に原発もただちに無くさなければならない。この広島が復興したように、福島も必ず立ち直るようにがんばっていきたい」と切実に訴えました。8月7日には、長崎市でも同様に、「さようなら原発1000万人アクション」の集会とデモ行進が行われ、脱原発への運動を確認しあいました(写真は広島の原爆ドーム前の行動・8月5日)。

「さようなら原発1000万人アクション」へ力を示そう
政策転換へ! 組織の総力を挙げて
平和フォーラム・原水禁 事務局長 藤本 泰成

国の犯罪、原子力推進
 8月18日付の毎日新聞では、昨年の新潟県柏崎市、刈羽村で行われた防災訓練で、「地震と原発事故が同時に発生した」との県の想定を、原子力安全・保安院が「原発事故が地震で起きるとの不安や誤解を与える」として、「豪雪と原発事故」へ変更させていたと報道されました。2007年に発生した中越沖地震では、東京電力柏崎刈羽原発は放射能漏れも含めて極めて甚大な事故を起こし、すべての原子炉が停止しました。未だ3基の原発は再稼働できない状況にあります。原発震災が現実のものであると教えた重大な事故でした。そのような現実があったにもかかわらず、県の防災訓練において地震と原発事故を切り離そうとする国の安全行政の姿勢は許されません。
 加えて問題なのは、同じく原子力安全・保安院が、各地でプルサーマル計画推進の賛成意見を引き出す「やらせ依頼」をしていたということです。原子力政策は、国民の中で賛否が分かれています。それを、規制の側から推進の結論を導く役目を買って出るということは、まさに犯罪です。

地方自治体も住民の声を聞かない


福島県民集会には雨の中、
約1,700人が参加(福島市・7月31日)
 さらに絶望的なのは、地域住民の安全を守るはずの地方自治体も、古川康佐賀県知事の疑惑にあるとおり、同様のやらせに手を貸していたということです。北海道電力泊原発は東日本大震災以降、調整運転を続けてきました。8月17日、福島第一原発事故の原因究明の結論を見ない上に、泊原発に近い黒松内低地断層帯や沖合海底の活断層に新しい知見が見られている中で、原子力安全・保安院から言われるままに、高橋はるみ北海道知事は、営業運転再開を容認する立場を明確にしました。
 古川知事も、高橋知事も電力会社からの献金を受け取っている立場です。国の言いなりでしかない、電力会社の立場にしか立たない地方自治とはいったい何なのでしょうか。地方分権、地方主権という声は、全く実態のない絵空事です。国から地方へ、政治は全く住民の声に耳を貸さず、福島の現実を見ようともしていません。
 8月17日に、福島の子どもたちが国へ思いをぶつける集会が衆議院第一議員会館で開かれました。外に出ることもできず、友だちと別れて転校を余儀なくされた子どもたちの声を、行政はどのような思いで聞いたのでしょうか。

生活者が主人公の新しい社会へ
 今年の原水禁世界大会は、フクシマからヒロシマ・ナガサキを経て、オキナワまでをつないで開催されました。戦争や基地、原発という、合意なき国策によって多くの命が犠牲となってきた政治の、そして社会のあり方を見つめ直し、一人ひとりの命に寄り添う政治、社会をつくろうではないかと提起してきました。脱原発はそれだけにとどまりません。私たち生活者が主人公の、新しい社会のあり方が、そこから見えてくるのです。
 そのためにも9月19日、「さようなら原発全国集会」を圧倒的な力で成功させようではありませんか。明治公園をいっぱいにしようではありませんか。そして、「さようなら原発1000万人署名」をやり遂げようではありませんか。
 日本に住む私たちは、「我慢」と「自己犠牲」によって戦後の復興を勝ち取りました。そして、東日本大震災からも必ずや立ち上がるに違いありません。しかし、それでは政治の、社会のあり方を変えることはできません。私たちは、腹の底に貯めてきた「我慢」のエネルギーを、爆発させなくてはなりません。平和フォーラム・原水禁の組織をあげて、圧倒的な力を示そうではありませんか。

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被爆66周年原水禁世界大会・国際会議
「脱原発」へ熱い討論


長時間にもかかわらず
充実した討論が展開(8月5日・広島市)
 今年の原水禁世界大会・国際会議は8月5日、広島市のYMCA国際文化ホールを会場に約160人を集めて開催されました。
 今年の特徴は、3月11日に発生した東京電力・福島第一原発の事故を受け、「脱原発法」を制定したドイツの運動と一層連携を密にするとともに、事故後も原発輸出を実現しようとしている日本、そして韓国の動きを止めさせ、原発輸出の対象となっているアジアの人々による運動と連帯すること。さらに、脱原発の運動を世界に広げることを大きな目標として掲げたことです。
 このため国際会議の主催も「原水禁世界大会実行委員会」と「ノーニュークス・アジアフォーラム」、「日韓反核市民社会フォーラム」の3団体主催となり、アジア各国の反原発活動家も多数参加する会合となりました。また、これまで核兵器廃絶での共同行動をとってきた世界最大の原発大国・アメリカからも、反原発の活動家が参加しました。

収束の見えない福島第一原発事故を語る
 国際会議の「キーノート・スピーチ」(原水禁HP参照)を、藤本泰成・原水禁大会事務局長が行った後、福島第一原発事故についての報告が行われました。
 まず、福島県平和フォーラム事務局長の原利正さんが、福島第一原発事故後の県民の状況、とくに子どもたちの被曝線量が、政府によって年間1ミリシーベルトとするこれまでの基準が確約されていない不安を語りました。続いて、原子力資料情報室の上澤千尋さんから、福島第一原発事故の状況がいかに凄まじいものであったかについて話がありました。さらに上澤さんから、収束の見通しも立たない現状についても報告があり、医師でヒバク反対キャンペーンの振津かつみさんが、チェルノブイリ原発事故と福島第一原発事故での放射能汚染を比較しながら、汚染の深刻さを語り、改めて子どもの年間被曝線量1ミリシーベルトを守ることの必要性が訴えられました。
 この後、韓国・参与連帯のパク・チャンウンさん、米・ピースアクションのニューヨーク州事務局長のアリシア・ゴッズバーグさんらが、福島第一原発事故がどれほど衝撃的であったか、福島や周辺の人々のことを心配するとともに、韓国や米国での反原発運動について語りました。

欧米やアジア各国で進む運動
 第2部では、深刻な福島第一原発事故の収束も見られない中で、日本や韓国が原発を海外、とくにアジアへ輸出しようとしていることの問題を、原子力資料情報室・共同代表の伴英幸さんと、韓国のエネルギー正義・行動からイ・ホンソクさんが訴えました。第1部、第2部ともアジア各国から参加した人たちからの質問も多く、活発な討論となりました。
 午後からは「脱原発に向けて」というテーマで、日本から原子力資料情報室・共同代表の西尾漠さん、台湾から環境保護連盟元会長のリン・ビーヤオさん、ドイツ緑の党副代表で連邦議会議員のベーベル・ヘーンさん、そして先述のアリシア・ゴッズバーグさんがそれぞれ訴えました。
 ヘーンさんは、「ドイツでは2002年に原子力法を改正して、2001年から23年にかけて全ての原発の運転停止を決定していました。しかし、09年の総選挙で勝利した保守連立政権が10年12月に原子力法を改正し、脱原発期限をそれぞれ12年間延長したのですが、福島第一原発事故を受け、ドイツ連邦議会は再び2022年までに全原発の運転停止を決定しました。この再改正には国民の行動が政府に大きな影響を与えました」と語りました。
 ゴッズバーグさんは、「ピースアクションは核軍縮を運動の柱としていたが、今後は脱原発運動も積極的に進める。まず、自分の住んでいるニューヨークの『インディアンポイント原発』の廃炉の運動に取り組む」と語りました。
 なお、国際会議の進行役は原子力資料情報室の澤井正子さん、環境エネルギー政策研究所(ISEP)の竹村英明さんが務めました。報告も討論も充実したものでした。ぜひ、これから発行される記録集を読んでください。

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福島から広島、長崎、そして沖縄へ――原水禁世界大会開かれる
福島原発事故から「核社会」を問う


会場いっぱいの850人が参加した福島大会(7月31日)
 「被爆66周年原水爆禁止世界大会」は、3月11日の東京電力・福島第一原発事故を受け、初めて福島市で大会をスタートし、広島、長崎、そして沖縄へとつなげていきました。
 福島第一原発事故は、原子力開発史上最悪の事故として国内外に大きな衝撃を与え、ドイツやスイス、イタリアなどの国々が脱原発政策を選択しました。今回の事故は21世紀を画する世界的・歴史的な出来事であると捉え、核の軍事利用も商業利用も含め、それを支える「核社会」そのもののあり方を問う大会としました。
 さらに、沖縄大会を含めることによって基地も原発も合意なき「国策」の結果、「命」が軽視され、そこに暮らす人々に大きな負担を強いていることを訴えました。弱い立場にある地域や、そこで暮らす人々の負担の上に、「繁栄」が築かれてきたことなど、これまで私たちの社会が抱えてきた「核」や「基地」に対する問題を提起しました。

被災地福島から脱原発をめざす
 「福島から声を上げ、大きな行動に結びつけていこう!」――「被爆66周年原水爆禁止世界大会」は、7月31日に福島市で開催されました。大会に先立ち、市内では県民集会が行われ、約1,700人の参加者が「原発はいらない」「放射能のない福島を返せ」と訴え、原水禁福島大会に合流しました。大会には県内外から約850人が参加し、「フクシマ」をスタートに、脱原発の実現をめざすことを確認しました。
 主催者を代表し、川野浩一大会実行委員長(原水禁議長)は「私たちはこれまで『核と人類は共存できない』と、原発にも反対して長く運動をしてきたが、今日の事態を招いたのは、その力が及ばなかったからで、残念でならない」とし、「広島・長崎の被爆者は66年間闘ってきたが、それがこの福島でも始まる。ノーモア・ヒロシマ・ナガサキ、そして『ノーモア・フクシマ』の声をあげていこう」と呼びかけました。
 地元の福島県実行委員長の竹中柳一さん(福島県平和フォーラム代表)は、「原発から40㎞も離れた飯舘村では食べ物を生産できない大地が広がっている。これ以上、ヒバクのある世界をつくってはならない」と訴えました。さらに双葉地方原発反対同盟の石丸小四郎さんからは、「県民は病み苦しんでいる。学校の校庭では高い線量の放射能があり、子どもたち達に押しつけている。農業者などの自殺者も増加している」と、切実な実態を語りました。
 ルポライターの鎌田慧さんからは、「どうして福島に東京電力の原発がつくられたのか。中央が東北へ押しつけたからだ。これまで原発が作られたところは、反対運動が負けてきたところだ。原発は巨大な利権でできている。しかし、その危険性と、何万年もかかる廃棄物処理を考えると、コストは膨大だ。もう世界は脱原発に転換している。私や大江健三郎さんなどが呼びかけている『さようなら原発1000万人アクション』の署名や9月19日に東京で開催される全国集会に参加してほしい」と呼びかけました。

「核兵器」「ヒバクシャ」も討議された広島と長崎
 広島大会は8月4日~6日、長崎大会は8月7日~9日にかけて行われ、国際会議は8月5日、広島で開催されました。それぞれ参加者は、約6,800人(平和ヒロシマ大会)、約4,500人(平和ナガサキ大会)、約160人(国際会議)でした。大会では「脱原発」、「核兵器廃絶」、「ヒバクシャ援護・連帯」の三つの柱で分科会やひろば、フィールドワークが取り組まれました。
 「脱原発」課題では、福島第一原発事故の現地の現状について、地元福島の関係者から多くの分科会で報告がなされ、今も放射能に曝され、故郷を奪われた人たちの苦しみが語られました。その上で今後の運動課題として、とくに脱原発に向けた、日本のエネルギー政策について議論を深めました。再生可能エネルギーの拡大に向けた展開について、「日本は水力、バイオマス、地熱など豊富な自然エネルギーを持っている」(藤井石根・明治大学名誉教授)ことなどが指摘されました。
 「核兵器廃絶」の課題では、昨年の核拡散防止条約(NPT)再検討会議以降の動き、それに対する日本政府の姿勢とともに、東北アジアの平和と安全保障の問題を取り上げ、議論を深めました。先のNPT再検討会議で確認された中東非核化会議の開催(2012年)が中東の政変で危ぶまれていること、米ロの核兵器削減条約(新START)以外に進まぬ核保有国の核軍縮の足踏み状態を是正させるために、日本政府への働きかけや国際的な連帯行動の重要性が指摘されました。
 日本をめぐる状況では、米軍再編や、「新防衛計画大綱」による中国や北朝鮮への「軍事的脅威」をつくることによる緊張政策に対し、どう対抗していくべきか議論されました。また、沖縄の基地の闘い(普天間基地移設、高江ヘリパッド建設、辺野古新基地建設など)に学び、連帯することが確認されました。その上で、日本の核の傘からの離脱、東北アジア非核地帯構想の実現に向けた提起がなされました。
 「ヒバクシャ」の課題でも、福島原発事故による大量の放射能の放出による被曝が大きな問題として、討論が行われました。事故の収束のめども立たない中で、常に放射能に曝される現地の苦しみは、「二度とヒバクシャをつくらない」として運動を進めてきた私たちに重い課題を残しています。避難や除染、そして補償などさまざまな課題が事故をめぐって出されました。子どもたちの「命」や「未来」をどのように守るのか、私たちに問われました。
 さらに、原爆による被爆者が高齢化する中で、残された課題が山積していることも確認されました。行政区域の違いによって切り捨てられた長崎の「被爆体験者」や、援護法の平等の適用から排除されている「在外被爆者」、援護法からも除外されている「被爆二世・三世」などの課題解決が求められることが報告されました。また、今年はチェルノブイリ原発事故から25年目に当たり、現地からゲストを招き、現在のチェルノブイリ周辺の状況や自身の経験が語られました。

原発輸出やエネルギー政策を討論・国際会議
 国際会議は、「ノーニュークス・アジアフォーラム」と「日韓反核市民社会フォーラム」との共催で行われ、アジアを中心に韓国、台湾、フィリピン、インドネシア、タイ、インド、イラク、ドイツ、アメリカなどから多彩な顔ぶれが参加しました。会議は、「福島原発事故を考える」「原発の海外輸出を考える」「エネルギー政策の転換にむけて」の三つのセッションに分けて報告と討論がなされました。福島原発事故を受けて、海外代表の間では「安全な原発はないこと。核の平和利用というものがどれほど反平和的であるかがわかった」(韓国・参与連帯)などの発言に代表されるような認識が共通していました。


国際会議で福島の現状を報告する
原利正・福島県平和フォーラム事務局長
(広島市・8月5日)

長崎大会のまとめ集会の様子
(長崎市・8月9日)

原発も基地も押し付けられた国策・沖縄大会
 8月11日、原水禁世界大会の最後となる沖縄大会が宜野湾市内で、約320人が参加して開催されました。講師を務めた元琉球新報論説委員長で沖縄国際大学教授の前泊博盛さんは、原発の推進と、沖縄での基地の問題は、「命の危険を地域に押し付けて、国策の名の下に政策が進められる点では同じ」とした上で、これまで地域社会の発展が、基地経済や原発経済に依存して進められてきたことを指摘しました。しかし沖縄では、基地経済が果たしてきた経済効果の実態は、言われているよりも小さく、基地経済からの脱却が必要であるとも語りました。
 今、あらためて「脱基地」、「脱原発」が求められていることを確認し、福島からスタートした原水禁世界大会を閉幕しました。

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「日米安保条約による米軍駐留は違憲」
「伊達判決」砂川事件裁判記録が公開
三多摩平和運動センター

砂川事件と歴史的な伊達判決
 1955年、日本政府は米軍立川基地(当時)の拡張計画を発表しました。これに対して拡張予定地の砂川町(現在の東京都立川市)の農民や労働組合、学生が強く反対し、接収予定地の強制測量をめぐって警官隊と度々衝突する事態となりました。57年7月には反対する労働者や学生が米軍基地内に入り警官隊と対峙する事態となり、基地内に侵入したことが日米安保条約に基づく刑事特別措置法(刑特法)違反であるとして、後日、7人の学生と労働者が起訴されました。
 この裁判で東京地裁の伊達秋雄裁判長は「米軍の日本駐留は、米政府の一方的な決定(占領統治)に基づくものではなく、わが国の要請と協力(安保条約)によるものであり、これは憲法9条が禁止している戦力の保持に該当するもので、憲法上その存在は許されないものである。それゆえ米軍基地に立ち入った事は罪にはならない」とし、起訴された被告全員を無罪としました。これが59年3月30日に出された「伊達判決」と言われる歴史的な判決です。これらの裁判の記録が最近公開されました。

日米政府が画策して最高裁で逆転判決
 この判決は、旧安保条約を改定し、1960年に新安保条約を結ぼうとしていた日米両政府にとっては大きな衝撃となりました。そこで、日本政府は東京高裁を飛び越し、いきなり最高裁に上告(跳躍上告)する暴挙に出たのです。そして最高裁(田中耕太郎裁判長)は、半年後の59年12月、「(安保条約が)違憲か合憲かの法的判断は、裁判所の司法審査権の範囲外のもので、条約締結権を有する内閣及びこれに承認権を有する国会の判断に従うべき」とし、最高裁の憲法判断権を放棄し、政治従属の司法体制に繋がる判決を下しました。
 その後、米国立公文書館の公開文書から、伊達判決の翌日にあたる59年3月31日付の駐日米大使と米国務長官宛の電報や、米国政府が当時の日本政府側の藤山愛一郎外相に対し、跳躍上告を迫るなどの裏付けとなる公文書が発見されました。当時の国際情勢、とくにアジア情勢は朝鮮戦争が休戦(53年7月)となったばかりで、米ソの冷戦が最も厳しい時代であり、米国にとって在日米軍基地は最前線基地としてきわめて重要な役割がありました。つまり、日米両政府の安全保障政策にとって、伊達判決は絶対に容認できないものだったのです。

伊達判決は米軍基地、憲法問題の原点
 伊達判決は、駐留米軍の存在を違憲とし刑特法の罰則を不合理とした点で、憲法9条の空洞化に警鐘を与えるものでした。そして同時に、独立した立憲国家として、政府や国会に対して憲法を遵守するための司法権の確立といった点からも、三権分立の基本原則を貫くものと言えます。
 しかし、最高裁はこれを逆転させてしまうとともに、当時米国軍政下におかれていた沖縄が、1972年に本土復帰する際も米軍基地は存続・強化され、伊達判決を活かすことはできませんでした。それどころか、76年~77年には、沖縄海兵隊の県道104号線越えの実弾射撃演習を命懸けで阻止しようとして逮捕された労働者が、再び刑特法で起訴されました(このときの弁護団長は伊達元裁判官)。
 普天間基地の閉鎖・返還、普天間新基地建設反対、嘉手納爆音訴訟など沖縄を中心とした米軍基地問題を考えるとき、伊達判決の意義を学習することは極めて重要です。また砂川闘争や伊達判決は、三多摩平和運動センターの運動の原点でもあります。

日米関係・安保問題で意義ある資料
 今回、公開された砂川事件の裁判記録は、「伊達判決を活かす会」(砂川事件の被告をはじめ当時の砂川闘争を闘った皆さんが中心に参加)が、裁判記録(砂川事件刑事訴訟記録)を保管する検察庁に公開を求め実現したものです。
 主な内容は、東京地裁での第1審訴訟記録(伊達判決)と最高裁の跳躍上告審の訴訟記録ですが、最高裁では弁護団への人数制限を加えられようとしたことや、弁護側から在日米軍の法的性格、刑事特別措置法の本質、司法の裁判権の在り方など、独立した国家と憲法の本質的な関係も含めて論拠が示されています。
 「活かす会」では、これらの記録をCD-ROMに収録しました。今後の基地問題、日米関係と安全保障問題に取り組む上で、意義ある資料として紹介いたします。問い合わせは下記の「活かす会」まで。

●砂川事件・伊達判決と公判全記録 CD-ROM 2,000円
※砂川基地拡張反対闘争、アメリカ公文書、外務省開示文書などの資料付き
※申し込み先:「伊達判決を活かす会」東京都千代田区6番町1自治労会館自治退気付
TEL03-3262-5546 FAX03-3239-7870

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森林資源の活用による大震災の復旧・復興を
多面的な機能を活かした地域再生へ
全日本森林林業木材関連産業労働組合連合会(森林労連) 犬飼 米男

林業・木材関連産業にも壊滅的な被害
 3月11日に発生した東日本大震災では、林業・木材関連産業も影響を受け、太平洋沿岸地域の木材・製紙関連工場が軒並み壊滅的な被害を受けました。特に、岩手県・宮城県の沿岸にある合板工場群は、国産材合板生産量の約3割を占めていたため、当初、供給不足が心配されましたが、全国各地の合板工場が増産体制を図り、現在、供給不足の不安は解消されています。
 また、福島第一原子力発電所の事故により、30㎞圏内にある約30の製材工場、建材店などは避難を余儀なくされています。林業関係では、避難区域を含め屋外作業ができずに、休業に追い込まれる事業体等があるため、失業問題など深刻な事態が続いています。
 林野関係の被害状況は、林地崩壊424ヵ所(被害額238億円)、治山施設267ヵ所(1,148億円)、林道施設2,585ヵ所(41億円)、森林1,065ha(10億円)、木材加工・流通施設112ヵ所(508億円)などとなっています(7月26日現在)。
 こうした中、第1次補正予算(約4兆円)が5月に成立し、林野関連(約345億円)では、(1)治山・林道施設や海岸保安林の復旧、(2)木材加工・流通施設の復旧、(3)がれき処理用木材粉砕機の導入、(4)港湾に流出した木材の回収対策、などが進められています。

課題となっている森林の放射能汚染


復旧が遅れる海岸林被災地
(仙台市若林区・7月末撮影)
 さらに今後、復興を図っていくためには、40~50万戸と言われる住宅等の復旧に必要な木材を全国規模で安定的に供給する必要があります。
 課題となっている森林の放射能汚染については、木材搬出などがない限り放射性物質は、その多くは土壌の表層に留まるとされています。木材・木製品については、樹木(丸太)を剥皮(はくひ)してから製材加工されるので、放射性物質の付着の影響もほとんどないと言われています。一方、土壌内の放射性物質は徐々に減少する一方で、一部は成長に伴って根を通して蓄積されるという報告があります。日本の樹木については調査事例がない状況であり、長期間での調査・監視が必要となっています。
 復興に向けた林野庁の「東日本大震災に係わる海岸防災林の再生に関する検討会」中間報告の重点項目には、(1)防災林は減災面で一定の効果がある(津波エネルギーを弱めることで到達時間を遅らせる。漂流物を捕捉するなど)、(2)美しい景観の維持や保健休養、海浜生態系の保全など多面的な機能がある、(3)林帯幅の確保が可能なところでは、がれき処理と共に行える「多機能海岸防災林」が造成できる、などがあります。

豊かな自然と共生し、災害に強い町づくり
 また、森林は、栄養塩類等の供給や土砂流出防止等により豊かな漁場を育む機能を持っており、「森は海の恋人」と言われるように、森林・林業と水産業の再生とは密接な関係にあります。災害に強い町づくりに向けては、豊かな自然と共生できる復興が必要です。
 さらに、木質系震災廃棄物などを活用したエネルギー利用も検討されています。震災で発生したがれきは約2,500万tで、このうち再生可能な木質系がれきは約500万t(環境省発表)と言われます。林野庁は、木質系がれきをエネルギー化して町づくりを進めるため、バイオマス発電と、熱供給事業(集中暖房システム)を推進し、本格復興に貢献したいとしています。
 政府の復興会議は「防災」から「減災」への理念を打ち出し、その中で森林の役割が注目され、森林を活かした地域再生ビジョンが不可欠とされています。復旧基本方針においても、林業については地域の基幹産業として再生すべきとされています。東北各県は林業県であることから、木材産業を活用して復興に結びつけることが重要であり、森林資源の活用による東日本大震災の復旧・復興が望まれます。

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さようなら原発1000万人アクション
9.19さようなら原発全国集会
集会に先立って呼びかけ人の講演会も開催

 作家の大江健三郎さんら9人の呼びかけ人によってスタートした、「さようなら原発1000万人アクション」の一環として、9月19日に「さようなら原発全国集会」が開催されます。集会後には、新宿、青山、原宿方面の3コース(予定)でデモ・パレードも行われます。また、9月8日には、呼びかけ人による講演会も開催されます。どなたでも参加できます。

さようなら原発全国集会
日時:9月19日(月・休)13:30~
場所:東京・明治公園
(JR「千駄ヶ谷駅」7分、地下鉄「国立競技場」5分)
内容:集会(40分程度)~デモ・パレード

講演会「さようなら原発」
日時:9月8日(木)18:00開場 18:30開会
場所:東京・日本青年館大ホール
(JR「千駄ヶ谷駅」9分、地下鉄「国立競技場」7分)
内容:ピアノ演奏(チェ・ソンエさん)、詩の朗読(落合恵子さん)、お話(内橋克人さん、大江健三郎さん、鎌田慧さん、澤地久枝さん)

連絡先:「さようなら原発」一千万人署名市民の会
03-5289-8224(原水禁)

※さようなら原発1000万人アクションHPはこちら http://sayonara-nukes.org/

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