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ニュースペーパー2012年2月号

2012年2月 1日

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 「自分の足下にある豊かさを再発見しよう!」──2011年12月16日~17日に愛知県名古屋市で開かれた「第43回食とみどり、水を守る全国集会」では、昨年の東日本大震災と福島原発事故問題が大きなテーマとして取り上げられました(詳細は6ページ)。その一方、震災を契機として、自らの地域のあり方を見つめ直そうという動きもありました。フィールドワークでは、岐阜県垂井町を訪ね、数々の泉をはじめ、井戸やため池など、独特の水環境を織り成している様子、そして住民主体のまちづくりを見て回りました(写真は今も使われている共同井戸)。

【インタビュー・シリーズ その64】
初めて原発反対の声が多数派になった
ルポライター、「さようなら原発1000万人アクション」呼びかけ人 鎌田 慧さんに聞く

【プロフィール】
1938年青森県弘前市生まれ。県立弘前高校を卒業後に上京し、零細工場やガリ版印刷の会社で働いた後、早稲田大学第一文学部露文科に入学。大学卒業後、鉄鋼専門紙記者や雑誌編集者を経てフリーライターとなる。トヨタ自動車の期間工の経験をもとに『自動車絶望工場』を発表、注目を集める。以後、被差別者・底辺労働者など、弱者の立場に拠ったルポルタージュを数多く執筆。1990年『反骨 鈴木東民の生涯』で新田次郎文学賞受賞。1991年『六ヶ所村の記録』で毎日出版文化賞受賞。原発問題では『日本の原発地帯』(潮出版社1982年、のち河出文庫、岩波同時代ライブラリー)、『原発列島を行く』(集英社新書 2001年)など。新刊は『原発暴走列島』(アストラ)、『さようなら原発』(岩波書店)。昨年、「さようなら原発1000万人アクション」を呼びかけ、講演などで全国を駆け回っている。

──高校や東京に出てこられた頃はどんなことをされていましたか。
 弘前高校は旧制中学の伝統からか、授業をサボっても平気なところがあって、私もほとんど授業を受けず、学校の勉強はまったくだめでした。東京に出て、最初は鉄工所で働きましたが、精密な作業があわず、すぐにやめ、ガリ版印刷の会社に入りました。ところが、労働組合をつくったら、経営者が偽装倒産をさせたので、職場を2ヵ月半の間占拠して、都労委で和解を勝ち取りました。
 そんなことを経験するうちに、労働問題のことを書きたくなり、大学に入ることにしました。ちょうど、60年安保の年に入学したので、勉強もできず、クラスでストライキ決議をして、国会へのデモを連日やっていました。私もよく演説しましたが、どもりがあって「そのどもりさえなければいい演説なのに...」と教授からも言われたものです。

──大学を出られてからルポライターになられるわけですね。
 卒業後、「鉄鋼新聞社」という専門紙の記者を1年半ほどやりました。当時は東京の下町にも鉄鋼所がたくさんあって、よく回りました。それから雑誌の編集者を1年ほどやり、それも飽きたので、68年にフリーのルポライターになりました。
 最初に長崎県の対馬での亜鉛工場によるカドミウム中毒(イタイイタイ病)の問題を取材しました。会社などの取材拒否も受けましたが、70年に『隠された公害』というデビュー作を出して、公害隠しを明らかにしました。国会でも取り上げられ、結局、汚染された田畑は覆土され、復旧しました。

──鎌田さんが様々な現場を体験してきたことが、「弱者」の視点から「強者」を告発するルポルタージュにつながっているようですが、その後、原発問題に取り組まれますね。
 高校卒業後から、様々な町工場で働き、首になったりしたことで、労働者としての権利に目覚めたことは確かです。中小企業での人権闘争が盛んな頃でしたし...。それで、2冊目に八幡製鉄所の労働問題のことを書き、3冊目が『自動車絶望工場 ある季節工の日記』でした。
 その頃、全国的に「開発」が声高に叫ばれ、青森では「むつ小川原開発」が騒がれ始め、取材に行きました。1969年に策定された新全国総合開発計画(第2次全国総合開発計画)をもとに、大規模工業開発の候補地として、苫小牧やむつ・小川原、鹿児島の志布志湾などが挙げられていました。72年の田中角栄による「日本列島改造」でさらに拍車がかかりました。しかし、それらの計画は、73年からのオイルショックで挫折しました。むつ小川原でも5,500haの土地が買収されましたが、結局、石油備蓄基地を六ヶ所村につくっただけでした。
 ところが、69年から六ヶ所村に原子力関連施設をつくる計画も密かに進んでいたのです。再処理や濃縮ウラン工場、放射性廃棄物貯蔵所などの計画がありました。85年になって、核燃料サイクル基地が発表されますが、その前から計画されていたものを、県知事が隠していたのです。『六ヶ所村の記録』で、そのような歴史を追及しました。
 その後も原発を追って、柏崎・刈羽(新潟)や伊方(愛媛)など、各地の取材に行きました。確か75年頃だったと思いますが、僕と樋口健二さん(写真家)、高木仁三郎さんの3人で、高校の先生向けに原発問題のスライドをつくったこともあります。でも、これはあまり売れなかったようですが...(笑)。

──高度経済成長で、日本のGDPは大きく伸びましたが、その結果、原発など様々な問題も引き起こしてきました。
 資本は外縁的に広がっていくものなのです。経済成長は、最初は四大都市から始まり、各地に新産業都市をつくりました。それから、末端の地域に向かうわけです。しかし、同時にアジアにも向かうことになって、韓国の馬山やタイ、マレーシア、香港にも進出するようになります。低賃金で土地が安く手に入る所に資本は動いていくわけです。その間に挟まれていた地域が六ヶ所村だったのです。開発が失速する中で、核センター構想が急浮上したのです。
 特に原発は社会のモラルを壊し、人間の心を乱したことが問題だと思います。電源立地三法交付金がばらまかれ、原発に依存しなければ地域が成り立たないような体質をつくってしまいました。いわばアヘンのようなものです。だから、あんな重大な事故が起きても原発の再稼働を求めているのです。それに多くの業者が利権を握っていたり、天下りなど政官財が癒着した体質があります。「国策」という名で進められ、必ず電力会社が儲かる総括原価方式で電気料金が決められるなど、官民癒着の腐りきった体質になっています。

──そうした中で、福島原発事故があり、9月19日には6万人もの人が集まりました。これからの脱原発運動の展望をどう考えていますか。


9.19さようなら原発集会で
発言する鎌田さん(明治公園)
 私は60年の安保を知っています。あのときは運動にどんどん人が集まってきました。今回もそれに似て、かつてないほどの人たちが集まりました。ぜひ、もう一度やりたいと思います。そのためには、垣根を低くすることです。これまでの運動は、ともすると労働組合の内側だけの運動が主でした。国鉄民営化反対闘争がありましたが、必ずしも地域での広がりは無く、組合中心が多かったと思います。関係者だけの運動では広がらないのです。
 幸い、原発については、圧倒的に多くの人が反対しています。運動をやればやっただけの反応があります。一人ひとりが活動家になって広げていくしかありません。一般の人がどんどん入れるような運動のあり方を考えていきましょう。集会がおもしろく、入りやすいものにする工夫も大切です。地域集会でも、組合員だけの集会ではなく、市民が入りやすい運動をつくる努力をしましょう。
 もう一つは、マスコミだけが情報を独占する時代が終わったということです。今はインターネットで情報が広がっています。こうしたネットワークを活用してどう運動をつくれるかが大事になっています。集会などを見ていても、いろいろな人がいることで、豊かな感じがあらわれています。
 いま、歴史的に初めて、原発反対の声が多数派になっているのです。これで政治的に決着をつけられなかったら運動側が問われます。脱原発を成功させて、うまい酒を飲みたいものです。自信を持ってがんばりましょう。

〈インタビューを終えて〉
 Fさんと言う古い友人がいる。神奈川の大手自動車メーカーに勤務し、労働者の正当な権利を行使して解雇された。わずか数人の仲間とともに、解雇撤回を勝ち取り、労働者の権利確立に闘った。中学校卒業から夜間高校を出て、自動車メーカー一筋で無事退職した。彼の長い労働者としての闘いは、ほんの一握りの人しか知らない。鎌田さんは、東京新聞のコラムで彼を「労働者の鏡」と賞した。私は、そんな鎌田さんが好きだ。権力と闘い、不当な企業論理と闘い続けてきた鎌田さんが好きだ。そんな人だから、「脱原発」も本物だ。
(藤本 泰成)

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復帰40周年を迎えるにあたって
沖縄米軍基地、日米地位協定の根本的な見直しを

沖縄基地問題は何も解決していない
 1972年5月15日、沖縄の施政権が米国から日本に返還されました。今年は、この沖縄返還、いわゆる「本土復帰」から40周年を迎えます。当時の「本土復帰」とは、米軍統治からの解放であり、日本国憲法のもとで差別されることなく人権が守られ、とくに米軍統治下で沖縄県民から奪い去られた米軍基地(注)が返還されることであり、平和な沖縄を意味するものでした。しかし現実は、日本の米軍基地の75%が沖縄に集中し、さらに名護市辺野古に新基地を建設する動きが強まっています。また、昨年1月、米軍属による交通事故で日本人男性が死亡する事件が起きましたが、第一次裁判権はアメリカ側にあるといった日米地位協定のもとで、米軍による被害は、騒音被害とともに、沖縄県民の命とくらしを痛め続けています。
 復帰後40年の今日でも、沖縄の米軍基地問題は何も解決していません。日本政府はもちろん、日本社会そして私たち自身も沖縄復帰40周年をどう迎えるべきか、いま一度根本的に考えていかなければなりません。

(注)日本政府はサンフランシスコ講和条約(1952年4月28日発効)で連合国との平和条約を結び国際社会に復帰しますが、その一方で沖縄の施政権は分離され、米国(米軍)の沖縄統治は1972年まで続きました。その間沖縄では、米軍基地拡大のため「銃剣とブルドーザー」による土地の接収が続けられました。沖縄米軍基地の大半が民有地であるのはこのためです。

政府・防衛省の強引な辺野古アセス提出問題
 防衛省は昨年12月28日未明、極めて姑息なやり方で辺野古新基地建設に向けた環境アセスメント評価書を沖縄県庁に提出しました(「環境アセスメント評価書問題」は本誌昨年12月号参照)。評価書の提出は、辺野古新基地建設そのものに沖縄県民が反対する中で、2年近く見送られてきた経過があります。今回の防衛省の行動は、県民の民意を踏みにじるものであり、田中聡・前沖縄防衛局長の暴言を実行した暴挙と言えます。
 9月に発足した野田政権は、沖縄より先に米政府と環境アセスメントの提出を約束し、基地建設・埋め立て工事着工に向けひた走っています。内閣改造で沖縄問題に無知で無理解な防衛大臣を交代させましたが、基本姿勢は変えていません。
 一方、昨年米議会は沖縄海兵隊のグアム移転費用削除を決めました。これについて日本政府は、「辺野古移設が進んでいないことが原因であり、辺野古に新基地を建設すれば、グアム移転経費が復活し沖縄の基地負担軽減になる」としています。しかし、これは全く逆であり、移転費削除は私たちが以前から指摘してきたように、辺野古新基地建設自体が不可能であるという米議会の的確な判断の表れでしかありません。
 当面、環境アセスメントの内容公開を求め、その矛盾を明らかにしながら埋め立て申請に反対し、政策転換を強く働きかけていかなければなりません。

民意を日米政府に突きつけよう
 沖縄では、日米同盟と米軍基地の負担が拡大しています。一昨年12月新防衛大綱の閣議決定で、これまでの専守防衛が見直され、脅威に対して攻撃力を備える「動的防衛力」という考え方に転換されました。そして脅威とは、言うまでもなく中国であり、北朝鮮の動向となります。このため、日本の最も西に位置する沖縄の与那国島に、自衛隊の沿岸監視部隊が配備されることになりました。新防衛大綱の具現化が与那国島で始まろうとしています。
 平和憲法のもとでの日本の防衛政策は、軍事的な衝突を回避し、武力によらずに解決するものでなければなりません。脅威に対して武力を対峙すれば、そのことで軍事的な衝突を誘発することは歴史が証明しています。与那国島は数百年にわたって台湾、中国との文化や経済交流を続けている、いわば平和を象徴する島です。島民世論の70%以上が反対する自衛隊配備について、現地とともに大きな反対の声をあげていかなければなりません。
 さらに、沖縄北部の東村高江ヘリパット建設工事は、地元の反対決議から12年が経ち、体を張って建設を阻止してきましたが、工事が強行される危険な状況が続いています。また来年秋には、米軍再編に伴って、テスト段階で何回も墜落事故など起こしている輸送機のオスプレイが普天間飛行場に配備される計画です。この計画を日本政府は容認していますが、危険性とともに、想像を絶する騒音被害を巻き起こすオスプレイの配備問題は、普天間問題解決を逆行させるもので、許すことはできません。
 本年は復帰40周年の年です。2月12日には普天間基地のある宜野湾市長選挙、6月には県議会選挙が行われます。宜野湾市長選挙には伊波洋一前市長が基地建設反対の立場で立候補を予定し、5.15沖縄平和行進直後の県議会議員選挙でも、沖縄の民意を日米政府に突き付けていかなければなりません。そしてこのことを日本社会全体が受け止め、根本的な沖縄基地問題の解決に向け取り組みを強めなければなりません。

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金正日国防委員長の急死と朝鮮半島をめぐる動き
日朝国交正常化に向けた転機の年に
日朝国交正常化連絡会共同代表兼事務局長 立教大学准教授 石坂 浩一

 2011年12月19日に朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の金正日(キムジョンイル)国防委員長の死去が発表されました。2012年は故・金日成(キムイルソン)主席の生誕100周年であり、北朝鮮は国を挙げてこれを祝い「強盛国家」建設の扉を開くことを国家目標に掲げていました。健康不安が伝えられていたとは言え、金正日国防委員長の死去は唐突であり衝撃を与えました。

日朝国交正常化連絡会が政府に緊急の要請


国交正常化に向けた前進を確認した
連絡会総会{2011年11月21日}
 私たち「東北アジアに非核・平和の確立を!日朝国交正常化連絡会」では、日朝国交正常化を実現できずに世を去った隣国のリーダーの死去に対して哀悼の意を表明するとともに、12月26日に日本政府に対して緊急の要請を送りました。(1)日本政府による弔意の表明、(2)朝鮮総連最高幹部の弔問に際しての再入国許可を認めること、(3)日朝平壌宣言の確認、(4)制裁措置緩和の表明、(5)人道援助再開、(6)国交正常化交渉に向けた接触再開、(7)拉致問題再調査のための折衝を行い懸案解決に努力すること、の7点が要請内容でした。
 金正日委員長の死去は、米朝協議が進み六者協議再開への道筋が見え始める矢先の出来事でした。米国は限定的ながら「栄養支援」という名目で北朝鮮への人道支援再開の方向性を探っており、死去が報じられた後にもすでにニューヨークチャンネルを通じて米朝の接触は維持されています。米国のデービース北朝鮮問題特別代表は12月28日に、韓国の林聖男(イムソンナム)朝鮮半島平和交渉本部長と会談した席で、対話の用意があることを認めています。韓国では、金日成主席の死去に際して弔意や弔問が国内の論争の的になったため、今回、李明博(イミョンバク)政権は、北の住民への「慰労」(おくやみ)を表明するというレベルで立場表明を行い、故・金大中(キムデジュン)元大統領の家族らの限定的訪朝を認めました。
 しかし、日本ではこれといった対応のないまま、12月27日に野田政権発足後初めての拉致問題対策本部の会合が開かれ、対策本部の組織強化といった方向で議論が進められるとの消息が伝えられました。連絡会はこうした状況を受けて上記の7点の緊急要請を行いました。けれども、この日の会合では七つの分科会を設置することが決定されたと報じられました。
 いま必要なのは拉致対策本部の組織強化なのでしょうか。むしろ北朝鮮といかに話し合いの糸口をつかむかが重要であり、話し合いがあってこそ拉致問題を含む懸案解決へ進展が望みうるのではないでしょうか。1月になって中井洽前拉致問題担当大臣が中国で北朝鮮側と接触したとの報道がなされました。日本政府はこれを公式には否定していますが、拉致問題解決には交渉が不可欠だということを確認し、日朝の接触を図るのが望ましい立場であるとあらためて表明してほしいと思います。

制裁措置を止め、日朝対話を
 また4月には北朝鮮に対する日本政府の制裁措置の期限がめぐってきます。金日成主席生誕100年を迎えた北朝鮮は、金正日国防委員長亡きあと、周辺各国と関係を改善し経済再建を図ろうとする意志を持っているはずです。日本政府は制裁措置を見直すことで日朝の対話を主導していく必要があります。これまで、「北朝鮮はじきに崩壊する」といって圧力にばかりに重きを置きながら、実質的には何の進展も得られず、在日朝鮮人への人権侵害を続けてきたことを反省すべき機会ではないでしょうか。
 まして、朝鮮高校に対する無償化措置の検討が年を越したことは、国際的人権の基準を無視した恥ずべき行為にほかなりません。小泉純一郎元首相が日本の首相として初めて訪朝し日朝平壌宣言を発表してから10周年の今年を、平和と信頼醸成の転機の年としていこうではありませんか。

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名古屋市で「食とみどり、水を守る全国集会」を開催
大震災と福島原発事故をめぐり多方面から討議


震災・原発問題と食・農・環境問題をテーマにした
全体シンポが開かれた(12月16日・名古屋市内)
 2011年12月16日~17日、愛知県名古屋市で「名古屋からの発信 支えあおう!"食・みどり・水"そして暮らしと生命」をスローガンに、「第43回食とみどり、水を守る全国集会」が開催され、全都道府県から労働組合、農民・市民団体の代表など850人が参加しました。
 今集会は、3月の東日本大震災と福島原発事故問題を最大の課題として、地震と津波等による農林漁業の被害と復旧・復興や、原発事故による農地等の放射能汚染や、食品の安全対策、規制のあり方など、多方面から検討がされました。

被災地の復旧・復興と放射能対策が急務
 第1日目は全体集会が開かれ、情勢と運動の提起(基調報告)では、「東日本大震災の突き付けている諸問題と原発事故に伴う放射能汚染問題をすべての課題の共通テーマとしながら、食の安全と安定確保、農林業と食料政策、森林・水など環境政策を中心に議論を進めよう」と提起されました。
 提起を受け、「震災、原発事故と食料・農林漁業・環境問題」をテーマとした全体シンポジウムが行われ、被災地である宮城県の東北大学教授の工藤昭彦さん(食・緑・水を創る宮城県民会議会長)が、大震災による農林漁業の被害と復旧の経過、被災農家の意向調査をもとに「参加型農業・農村改革による震災復興が大切だ」と強調しました。
 一方、原発事故による放射線被曝問題について、市民運動の立場から安田節子さん(食政策センター・ビジョン21代表)は、「現在の飲食物の暫定基準値は安全値ではなく、がまん強要値だ。放射能対策は徹底した測定と公表、そして、東京電力や政府の責任を求めていくことが必要だ」と訴えました。
 こうした意見に対し、愛知県選出の衆議院議員で環境委員会筆頭理事の近藤昭一さん(前環境副大臣)は、「不幸にも事故が起きてしまったが、そもそも日本には原発はあってはならないものだ。今後は除染対策をしっかりするとともに、大震災を契機に政策を見直し、地産地消や自給率向上、森林の再生を大事な課題にしなければならない」と述べました。また、福島現地からの報告も行われました。

TPP問題なども含め活発な討論
 第2日目は分科会討議が行われ、原発による放射能汚染をめぐっては「食の安心・安全」をテーマとする分科会で、福島県内の学校給食現場から地場産の農産品使用をめぐり「県産の食材を利用しなければならないのかどうか。栄養教職員は疑心暗鬼に陥っている」(福島県教職員組合)との状況報告や、京都の有機農家から「原発と有機農業は相容れない」という提起もされました。また、「環境問題」の分科会でも、「放射性物質と水・環境問題を考える」と題しての講演も行われました。このほか、原発問題入門のビデオが上映されました。
 一方、「食料・農業・農村政策」の討議では、11月に野田佳彦首相が実質的に参加を表明した環太平洋連携協定(TPP)をめぐり、「これ以上、農無き国の食無き民にすることはできない。TPPには絶対反対だ」(愛知県内の元農協組合長)、「韓国で、米国との自由貿易協定(FTA)批准の強行採決が行われたが、それに反対する運動が激しくなっている」(農業新聞記者)などの提起をもとに、意見が交わされました。また、震災に関しても、森林が東日本大震災の津波被害の軽減をもたらしたことが実証され、森林・林業の多面的機能も強調されました。
 このほか、2010年に名古屋市で「生物多様性国際会議(COP10)」が開かれたことから、「食と農から生物多様性を考える市民ネットワーク」の報告も行われ、「会議で決まったことを実現するための国内法の整備が遅れている」との指摘もありました。

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試験再開に動き出した六ヶ所再処理工場
「建設中止」を強く求めていこう

原子力政策そのものが見直されようとする中で


「反核燃の日」集会で発言する竹中柳一
福島県平和フォーラム代表(2011年6月4日・青森市)
 日本原燃㈱は、2008年から事故により中断していた六ヶ所再処理工場のガラス固化施設に関わるアクティブ試験再開に向けて、1月4日、ガラス溶融炉の熱上げの準備作業を開始しました。1月中旬には試験が再開されようとしています。さらにMOX燃料工場の建設も今春から再開する意向を表明しました。このような動きに対して枝野幸男・経済産業大臣は、「国が承認する、しないという段階ではない」として、試験再開になんら注文さえつけることなく、事実上黙認しています。
 しかし福島原発事故によって、エネルギー環境会議や新原子力政策大綱策定会議などで原子力政策そのものが見直されようとする中で、六ヶ所再処理工場を含めた核燃料サイクル路線の見直しも議論されています。核燃料サイクルの中核を担う高速増殖炉の原型炉である「もんじゅ」の予算も大幅に減額され、次年度での試験再開はできなくなり、高速増殖炉開発そのものが実質的に困難となりつつあります。その中で六ヶ所再処理工場は、存在意義そのものが問われています。今回の試験再開は、既成事実の積み上げをはかることによって、プルトニウム利用政策の見直し議論の広がりを抑えようとするものです。

再処理をめぐる状況は大きく変わった
 六ヶ所再処理工場が停止していた3年の間に、原子力をめぐる状況は大きく変わりました。昨年3月11日に発生した東日本大震災を受けて、福島第一原発では、水素爆発や大量の放射能を放出するなど、日本の原発事故史上最悪の事故を引き起こしました。さらに地震により女川原発、東海原発、六ヶ所再処理工場なども緊急停止や電源喪失など「あわや」という状態を招いていました。各地の原発も津波や耐震の見直し、避難区域の拡大など、これまでにない情勢の変化がありました。
 さらに核燃料サイクルをめぐっては、もんじゅの研究開発の見通しがさらに悪化し、頼みのプルサーマル計画も「2015年までに16基~18基の原発で実施」という計画は、原発の再稼働さえままならない状況の中で、もはや「幻の計画」となっています。プルトニウム利用計画そのものが「破たん」しています。その現実をしっかり直視する必要があります。

最大スポンサーの東電は支えられるか
 六ヶ所再処理工場を動かすことによって、これ以上プルトニウムを生産し続けることに何の意味があるというのでしょうか。国際公約として余剰プルトニウムを持たないというこれまでの立場との矛盾が拡大するばかりです。国民に納得できる説明もないまま見切り発車することは、ますます日本の原子力政策に対する不信を高めるもので、原子力推進派の傲慢さを表しています。今回の枝野経済産業大臣の傍観者的な態度も問題です。
 さらに六ヶ所再処理工場を支えている最大のスポンサーは、福島第一原発事故を起こした東京電力です。全体の4割とも言われています。その最大のスポンサーは、いま福島第一原発事故の賠償さえままならない状態で、「東電解体」まで言われています。今後も安定して六ヶ所再処理工場を支えていけるかどうかもまったくもって不透明です。不安定な経営状況を抱えて六ヶ所再処理工場が今後も「商業工場」としてやっていけるのか。その答えは明らかです。
 六ヶ所再処理工場をめぐる状況の変化を見れば、再処理再開の大義などありません。むしろ国民的合意なき再処理政策の推進に、傲慢さと無謀さを感じます。これ以上「ムリ・ムダ・キケン」な再処理工場の建設に、貴重な私たちの電力料金をつぎ込んではなりません。六ヶ所再処理工場の建設中止を、今後も強く求めていきましょう。

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政府のエネルギー政策の検討の動き
どうなる原子力政策の見直し

夏頃にも戦略決定のスケジュール
 昨年の原発震災以降、急務となったエネルギー政策の再検討ですが、政府の原子力政策を含むエネルギー政策の検討体制としては、国家戦略会議の「エネルギー・環境会議」の下に、「経済産業省資源エネルギー庁総合資源エネルギー調査会」の「基本問題委員会」と、「原子力委員会」とその中に「新原子力政策大綱策定会議」が置かれ、これらより報告を受けながら、ベスト・エネルギー・ミックスの議論などが進められています。
 一方、11月に第一回会合を開いた「電力改革及び東京電力に関する閣僚会合」では、原発問題の他、発電・送電分離などの電力事業改革等を検討するとしています。この二つの政策決定の構造が、連携して検討を進めるとなっていますが、実質的な権限は閣僚会合が握るというのが一般的な見方のようです。また、業界に詳しい電気新聞では、外向け会合とは別に、内部の少人数で実質的な議論を進める構えと報道しています。
 また、議論の前提ともなるべき「東京電力福島原子力発電所における事故調査・検討委員会」の報告は、その中間のものでも750ページもの大部になりましたが、昨年末に出たばかりです。
 検討のスケジュールは、「エネルギー・環境会議」がベスト・ミックスの基本方針を示し、春頃、エネルギーシフト、核燃料サイクルの選択肢を提示、これを受けて、国民的議論を開始、夏頃、「革新的エネルギー・環境戦略」を決定するとされています。
 もともと原子力政策の基本を検討していた、原子力委員会の「新大綱策定会議」の作業は、原発震災を受け中断していましたが、9月に再開されてから、非常に早いペースで進められています。夏をめどに「戦略」を策定することになっている「エネルギー・環境会議」のスケジュールに合わせようということなのでしょうが、複雑な構図の下、原発震災を受けた原子力政策の見直しがきちんとなされるのかどうか、見極めることが必要です。この春から国民的議論を開始するというのですから、官僚主導によって議論のチャンスを失わないように、各会合で出てくる膨大な資料を含めて、注目していなければなりません。

過小に見積もられる原発コスト
 「新大綱策定会議」が作業するはずだった、核燃料サイクルコストについての試算は、原子力委員会に設けられた「原子力発電・核燃料サイクル技術等検討小委員会」が行い、10月25日には、福島第一原発事故を踏まえて事故リスクをコストに反映させた試算を示しました。これは、1kWhあたり1.2円上昇というあまりに過小評価された金額が報道されましたが、試算のもとになった想定の、例えば福島原発事故の損害費用見積もり約5兆5,000億円は、すでに明らかになっている東京電力による損害賠償額を参照しているにすぎず、除染費用、放射性廃棄物処理等の行政費用、自主避難および汚染地域に残っている人への賠償費用、晩発性障害への賠償費用等が含まれていません。
 事故収束・廃炉の見通しも未だ立っていない中で、福島第一原子力発電所1~4号機の廃炉費用追加分が約9,600億円と、非常に過小な見積もりです。同委員会の参考資料にも48兆円の損害費用が提示されており、実際は1~2桁違うのではないかと言われています。

社会的費用を加味した確実な評価を
 このように、前提条件でコストは大きく異なります。前提、計算手法、根拠となる考え方やデータの開示、透明性が大事です。小委員会の報告を受けた、エネルギー・環境会議のコスト等検証委員会では、12月19日に報告書を公表。エネルギー・環境会議の「基本方針」も21日に出されました。
 検証委員会報告書には、その考え方として社会的費用を加味すると謳われています。事故リスク対応費用や政策経費も一部試算に含めたようですが、例えば核兵器物質プルトニウムなどを扱う核燃料サイクルでのテロの想定はどうなのかといったことも気になるところです。さらには、高速増殖炉や使用済み核燃料再処理などの巨額の技術開発費用や、原発等いわば迷惑施設の立地コストである各種交付金や寄付金なども本来含まれるべきでしょう。エネルギーの未来を決めるこれからの国民的議論の中で、確実な評価が必要です。

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核兵器廃絶への絶えざる運動を
イラン核武装疑念への過剰反応を考える

予測できない米国によるイラン制裁
 沖縄・普天間問題解決の展望もなく、福島第一原発事故の収束もはっきりしない中で、年が明けました。現在、焦点の一つはイラン核開発問題です。昨年11月18日、国際原子力機関(IAEA)理事会がイランの核開発に深刻な懸念を表明する決議を賛成多数で可決して以来、欧米や日本のマスコミがすぐにもイランが核兵器を保有するかのように伝えています。
 昨年末、ユダヤ系団体の会合に出席したオバマ米大統領は「絶対にイランの核武装は阻止する」と語り、さらに1月1日、米国でイランの金融・エネルギー部門と取引する企業への制裁強化を柱とする対イラン制裁法案に署名、成立させました(但し半年の猶予期間を置く)。
 この新法によって、イランから石油を輸入している銀行がドル決済すると、その銀行は米国ともドル決済ができなくなるため、事実上イランと石油取引はできなくなります。一方のイランは、制裁新法が発動されれば、ホルムズ海峡を封鎖するとして、年末から年初にかけて大規模な軍事訓練を開始しました。
 イランの石油の禁輸は米国にはほとんど関係なく、影響を受けるのはEU、中国、インド、韓国、日本などです。しかし、中国は人民元とイラン通貨・リアルとの相互決済を早くから始めていて、当面ドル決済に頼る必要はありません。インドは企業にイランとの取引を停止する必要はないと通達を出し、米国に制裁の解除を求めています。韓国もイラン石油の禁輸は自国経済の死活問題だとして、韓国を例外にするよう求めています。日本だけが訪米した安住淳財務相発言のように、早々と協力姿勢を打ち出しています。
 ではイランは本当に核兵器製造に進んでいるのでしょうか。今年1月8日に米CBSテレビに出演したパネッタ米国防長官は「イランは核兵器を開発していない」と明言しています。イランの核武装の疑念とイスラエルのイラン攻撃説は早くから出ていますが、米軍のイラク完全撤退が確定すると、一挙にイランの核武装説が高まってきました。イスラエルは米軍のアフガン撤退も近いこと、今年開催される予定となっている中東非核化会議やエジプトの選挙結果などに危機感を強めていると考えます。またオバマ政権が、軍事費の大幅削減を打ち出したことに危機感を持つ軍産複合体なども、イスラエルと軌を一にして動いているのではないでしょうか。オバマ大統領がどこまでイラン制裁を貫くのかは予測できず、したがって不測の事態への懸念も高まっていると言えます。

オバマ政権下で続く核開発
 米国は昨年11月16日に、Zマシンという装置を使って高温、高密度のX線を発生させ、プルトニウムの反応を調べる実験を行ったことが、1月初めに明らかになりました。これはオバマ政権が進めている、老朽化した核兵器の寿命延長計画(LRP)のための実験です。
 米国は昨年10月26日にB-53という水爆の最後の1発を廃棄したと報じられましたが、現在の核爆弾はブースター型と言われ、仕組みは水爆と似通っていますが、円形のプルトニウムの内部に、重水素(D)と三重水素(T)の混合ガスを入れ、まずプルトニウムを核分裂させ、発生する高温、高密度のX線で核融合(DT反応)させ、発生する大量の中性子で、ほぼ全てのプルトニウムを核分裂させる爆弾です。プルトニウムの代わりにウランを使っても、同じ原理で爆発します。
 現在、広島型のウラン爆弾はどの国も製造していないでしょう。長崎型のプルトニウム爆弾も、爆縮(内側へ向かう爆発)という難しい技術を開発してつくられましたが、この爆弾の問題は、最初の爆発で大部分のプルトニウムが飛散してしまい、核分裂連鎖反応が続かないため、破壊力に限界があることでした。こうして水素爆弾が開発されたのです。原理は、核分裂―核融合―核爆発ですが威力はもの凄く、先に述べたB-53は広島原爆の560倍もの破壊力を持っていました。
 しかしこのような核爆弾は、一旦使用すれば世界に回復不可能な破壊をもたらすだけでなく、核の冬(立ちのぼる大量の塵埃で何ヵ月も太陽光が遮られ、世界中が極寒の世界となり、植物は全滅する)によっても世界の破滅を招くため、使用不可能なのです。
 核保有国は、破壊力を調整できるブースター爆弾の開発へと進んでいったのです。現在では一定の核技術があり、核武装するとの意思さえ持てば、どの国でも核兵器保有が可能なのです。イランも核兵器保有の意思があるかどうかの問題ですが、現在イランに、その意思はないでしょう。核兵器保有国自らが核兵器廃絶の方向をめざさない限り、こうした問題は今後も続く恐れがあります。日本もその一つです。
 脱原発と核兵器廃絶運動を今年も進めましょう。

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TPPの問題は農業への打撃だけではない参加は医療基盤崩壊への道
長野県・佐久総合病院 地域ケア科医長
色平(いろひら) 哲郎

 野田政権が環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の交渉参加に前向きであるという報道を見るにつけ、ますます危機感が募っている。地方の農山村地域で医療・福祉に携わっていると、野田佳彦首相や前原誠司民主党政調会長の積極姿勢は、正気の沙汰とは思えない。

すでに影響が出ている韓国の公的保険制度
 「自由貿易至上主義」の象徴とも言えるTPPは、日本の社会システムを大きく改悪する可能性が高い。経団連などからは、一足先に米国と自由貿易協定(FTA)を結んだ韓国をうらやむ声が聞こえてくるが、韓国はさらなる格差社会へと突き進んでいる。たとえば米韓FTAによって、韓国の医療・医薬品分野の自由化が急速に進められようとしている。韓国でも国民皆保険制度が機能しているが、FTAの締結によって経済特区では「保険適用外」の規定が認められ、高額の治療費で診療が行われる大型病院の建設が進められる見込みだ。
 経済特区の一つである仁川では現在、600床規模のニューヨーク基督長老会病院が建設されている。病室はすべて個室で、医療費を病院経営者が決められる。この病院は、韓国の健康保険で定められた医療費の6~7倍を請求すると言われる。また、従来、病院は出資者や債権者には利益配当ができなかったが、特区ではできるようにもなったという。さらに、医薬品の認定も国から独立した機関が担う仕組みに変更された。米国との協議機関を新たに設置し、そこで認証が行われる方向だ。
 このほかに、外資の医療保険分野への進出も懸念されており、韓国の公的医療保険制度は、危殆に瀕している。韓国政府は、米国との交渉中に一貫して教育と医療分野での開放はしないと断言してきた。しかし、経済特区で例外として自由診療を認め、営利病院の設立を許可したことで事実上、公的健康保険の基本的構図を崩したと言えるだろう。

公的分野のあり方について国民的合意形成を


TPPに反対する市民集会では医療問題も討論
(11年10月31日・東京・文京区、左から2人目が色平さん)
 日本の外務省は、TPP交渉の現状について、医療は交渉分野には含まれておらず、混合診療や医療への企業参入は議論の対象外だとしている。だが、ひとたび交渉のテーブルにつけば、皆保険制度の堤が崩されるのは火を見るより明らかだろう。
 米国政府が日本に突きつけた08年の年次改革要望書には「医療制度改革で米国業界の意見を十分に考慮せよ」「米国製薬業界の代表を中央社会保険医療協議会(中医協)薬価専門部会の委員に選任せよ」など露骨な要求が多く盛り込まれている。最大の狙いは、医療側が勝手に値段をつける「自由診療」と公定価格(診療報酬)に基づく「保険診療」を組み合わせた「混合診療」の全面解禁だろう。
 一部には、交渉に参加して、日本の国益に反することになればTPPの枠組みから抜ければいいとの意見もあるが、全くのナンセンスだ。TPPへの交渉入りは、米国の議会承認を経て初めて可能となる。「不利だから抜けます」と簡単に足抜けできるものではない。交渉の輪に入ることは、TPP参加と同義なのだ。
 米国のオバマ政権が日本にTPP参加をしきりに促すのは、今年の大統領選挙に向け、日本への輸出を増やし、雇用状況を上向きにして貿易赤字を減らして、大統領選を有利に進めたいのである。しかし、関税が撤廃されたところで、輸出産業の大口である自動車メーカーは既に米国内の現地生産に切り替えており、ほとんどメリットはない。逆に米国の大規模農場や人件費の安い東南アジアから農産物が大量に流れ込み、物価を押し下げ、日本はデフレが続く。国内産業の空洞化に歯止めはかからない。
 今は、農業、医療・保険、金融・投資、労働、教育など、自由化の大波にさらされる公的分野のあり方を立ち止まって考え、国民的合意の形成を図るときであろう。新たな行動を起こすのは、それからでよいはずだ。もしかすると、米国の大統領選さえ終わってしまえば、TPPが話題になることもないのかもしれないが。

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《各地からのメッセージ》
先輩たちが築いてきた運動の灯りを消さないために
富山県平和運動センター 事務局次長 湊谷 茂

 富山県内の労働団体の構成人員は、連合(58,000名)、平和運動センター(28,000名)、県労連(5,000名)の構成比率。また、各政党の議員数(国・県・市町村)は、自民党142名、社民党23名、民主党11名、共産党20名、公明党10名、みんなの党1名。そんな環境の中での労働運動であります。
 県平和運動センターは、官公労6産別・民間10産別が加盟し、県内5ブロック協議会と20地区連絡会で構成されています。また、「9条をまもり憲法をいかす富山県民会議」「憲法擁護富山県民連合」「原水爆禁止富山県民会議」「みんなで教育を考える富山県民会議」「富山県勤労者協議会」「食とみどり・水を守る富山県民会議」の大衆組織の事務局も兼ねています。この間、月一度の街宣・ビラ配布行動、2ヵ月に1回の集会・デモの活動を地道に進めてきています。
 県内全域を対象とした5月の憲法キャラバン、6月の憲法講演会、11月の憲法フェスティバル、8月の平和をつなぐ親子の映画会、反戦・反核平和の火リレー、アジア・アフリカ支援米活動、不戦の誓い・ピースアクションin富山、10.21国際反戦デー、2.11集会と講演会、3.19集会とデモは、毎年、通年行事としてしっかり県内労働運動に定着させています。
 また、3.11以来、原子力政策の見直し求める富山県は行動を実行委員会(12団体で構成)をつくり、県知事・北陸電力交渉、北陸電力前座り込み、県庁前座り込み(写真は2011年10月27日の行動)、シール投票、講演会、署名行動などを行っています。特に、北陸電力前座り込み行動は、5月以降、毎週水曜日に正午から午後5時まで、歌あり、演説あり、詩の朗読あり、喫茶ありで賑々しくやっています。また、多くの市民団体の行動(夫婦別姓・DV・人権裁判・朝鮮労働者強制労働等など)も積極的に支援し、県内における唯一の平和・環境・人権団体として行動も強化しています。
 私たちの先輩が血と汗と涙で築いた労働運動の灯りを消さないために頑張っています。

動画配信サイト「Youtube」で「北陸電力前」と検索していただければ、いろいろな行動の様子がご覧いただけます。

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【本の紹介】
首長の暴走
─あくね問題の政治学─
平井 一臣 著


2011年 法律文化社
 著者は鹿児島大学法文学部教授。2008年8月に竹原信一・前鹿児島県阿久根市長が当選して以降、約2年半の間、人口2万数千人の小さな自治体の政治が全国的な注目を浴びるようになりました。
 「辞めさせたい議員」ネット投票、ネット上での市役所職員個々人の給与公表、障がい者問題をめぐるブログ書き込み問題、専決処分の乱発など、何か事が起こるたびに全国のマスコミが取材に訪れ、この小さな自治体の混乱が全国に報じられました。本書では問題が起こった背景やあくね問題の何が問題なのかを事態の経緯をたどりながら、竹原前市長がどんな考え方の持ち主なのか、彼が展開する政治手法とはどのようなものかを考えます。
 そして、なぜ地域住民の少なからぬ部分が竹原市長を支持するのか、つまり首長の暴走を許容し支持する構造や背景の問題を取り上げ、今日における地方自治のあり方、政治や政治家に私たち自身が何を期待し、求めたらよいのかといった問題を取り上げています。
 実は私は、本書を大阪市長・府知事選挙の直後に取り上げるつもりでした。「あくね問題」は大阪維新の会(ハシズム現象)や名古屋の河村たかし市長の「減税」公約と同様の問題を抱えているからです。共通するのは、①単純な「〇か×か」で問い、「白黒はっきりしようぜ」という手法、②相手をこてんぱんにやり込めることで民意の喝采を浴びるやり方、③「多数決」で決めるのだから文句はあるまい、と言わんばかりの姿勢です。
 経済評論家の内橋克人さんも「ハシズム現象」について、「『政治のリーダーシップ不足』と言われるが、民主政治を基盤とする国でのヒーロー待望論ほど異常なものはない。政治の混乱を面白がり、自虐的に、極めて反射的に、表面的に評価して選挙権を行使する」(1月8日・朝日新聞)と指摘しています。ご一読を。
(鈴木 智)

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さようなら原発1000万人アクション
2.11─3.11 各地で集会やパレード

【2月11日】

【2月12日】

【2月18日】

【2月26日】

3月11日は福島で県民集会が開催されます。
時間:13:00~ 郡山市「開成山球場」(パレードあり)

その他にもアクションが予定されています。詳細はこちらから
sayonara-nukes.org/2011/12/120211yotei/

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