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ニュースペーパー2012年4月号

2012年4月 1日

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 昨年の東日本大震災から1年目の3月11日、福島県郡山市の「開成山野球場」で、「原発いらない!3.11福島県民大集会」が開かれ、全国から16,000人が参加し、「安心して暮らせる福島をとりもどそう」と、脱原発への誓いを新たにしました。同集会は県内の様々な団体代表でつくる実行委員会が呼びかけました(呼びかけ人代表・清水修二福島大学副学長)。連帯のあいさつに作家の大江健三郎さんが駆けつけ、「原発事故を絶対に起こさない方法は、原発をなくすことだ。それは必ずできる」と、1000万人署名への協力も呼びかけました。また、県内の様々な立場の人が現状や脱原発への思いを報告、原発の全廃や事故に伴う補償などを求めました。大震災が発生した午後2時46分に全員で黙祷を行い、集会後、市内のデモ行進が行われました(写真はスタンドを埋め尽くした参加者)。

【インタビュー・シリーズ その65】
自分たちの好きな音楽でも運動に役立ちたい
日本音楽協議会(日音協) 事務局長 松本 敏之さんに聞く

【プロフィール】
1959年秋田県生まれ。82年に栃木県職員となる。栃木県職員労働組合員として活動。2005年に県職員を退職し、同年から自治労中央執行委員を務める。現在は、公務員制度改革対策室長。子どもの頃からピアノを習い、「気が付いたらピアノやギターを弾いていた」。ギター、キーボード、エレキベースの演奏をこなす。08年から日音協事務局長。

──まず日本音楽協議会の歴史から教えてください。
 1950年代の「うたごえ運動」が始まりだと思います。このうたごえ運動は、労働組合に限らず、当時の若者たちにまで広がったということでした。私も詳しい話は知りませんが、原水禁運動の分裂などいろんなことがあって、「日本のうたごえ全国協議会」から分かれて、旧総評系の労働組合で1965年に結成されました。最初の会長は作曲家の芥川也寸志先生でした。
 労働組合の集会では、当時は必ず歌が歌われていたと聞いています。三池闘争や安保闘争など、そういった時代の高揚などとも関連があると思います。初めはプロが歌をつくることが中心だったそうですが、それと同時に労働者が自分で歌をつくって、労働者のサークルで歌うということになったのでしょう。

──日音協では毎年「はたらくものの音楽祭」を開催していますね。
 今年は6月9日~10日に栃木県小山市で開催します。オリジナル曲をつくって歌うサークルが多いですが、歴史ある労働組合の歌を歌われる方、プロの歌やテレビで流れる歌を歌うサークルもあります。毎年開催地を変えていますので、地元の労働者サークル、組合員を中心としたサークルなどは本当に様々です。

──福島でも原発問題とも関わっておられますね。
 日音協福島県支部は、その前身として双葉地区音楽協議会というのがあったそうで、そこの反原発運動が母体となってつくられたと伺っています。しかし、ここ10年くらいはあまり元気な活動がなく、何とかしようよと言っていたところで、東日本大震災に見舞われました。中心になって活動していた人たちの中にも、今も20㎞圏内で家へ帰れない人がいます。昨年の7月31日に福島で開催された「原発のない福島を求める県民集会」では、まさに双葉で土地を追われた仲間のつくった構成詩を演じました。
 反原発運動にこだわってきたのに、結局事故を防げなかったということで、一時は歌がつくれないということが言われました。でも、何か福島が発信しなくてはと、強引だったかもしれませんが、故郷に帰れないという内容の歌をつくって歌いました。原発に反対する歌はたくさんありますが、7月末当時の福島の方々の心情にいちばん合っていたのではないでしょうか。

──原水禁運動にも福島第一原発事故を「それ見たことか」とはすぐに言えない気持ちがあります。
 やはり、3月11日という日が一人ひとりにとって何だったのか。震災であれ原発事故であれ、どういうふうに思って生活しているのか。私が言うのもおこがましいですが、一生懸命やってきたはずの反原発闘争の総括とでも言うのでしょうか。ある意味で、挫折もあるわけですよね。福島の方も「あなたの言ったとおりになりましたね」と言われるそうですが、それはうれしくないでしょう。言ったとおりにならないほうが良かったわけですから。すごい葛藤があって、それで歌はつくれないとずいぶん言われていました。

──やっぱり運動の中で歌が人の心を慰め、鼓舞する力はありますよね。
 日音協でスローガンのように言われているのが、「生活、労働、闘いを歌う」。もう一つが、「つくり、うたい、ひろげ、つなぎあう」。最初は労働組合丸抱えで始まったのですが、その中でただ与えられて歌うのではなく、一人ひとりが主体的に自分の歌をつくって歌おうということです。平和とか原発も言葉としてはなくても、その思いは含まれていると思っています。働く者として労働組合との関係はすごく大事にするけれど、依存でもないし、指示、指令に従うことでもないということです。

──主体性を大切にすれば日音協全体が一つの方向性を醸し出していくということはあるのでしょうね。


昨年、明治公園での
9.19脱原発集会で演奏する松本さん
  日音協には政治方針のようなものはありません。原発についても反対だ、という方針がないのです。だから、「さようなら原発1000万人署名」も、どういうふうに声をかけようかということで議論がありました。でも、こんなに平和フォーラム・原水禁の集会で歌っているのに署名はやらないというのはおかしいでしょうという話になりました。とにかく事務局長である私が声をかけて、日音協の名前で提出しますというところまでは了解いただきました。

──松本さんと音楽の出会いを教えてください。
 気が付いたらピアノやギターを弾いていました。大学の頃はブルーグラスをやっていました。マイナーな音楽です。担当はマンドリンでした。私以外の仲間でもそうですが、職場に入って労働組合運動に参加して、そうすると自分が好きな音楽で、大切だと思っている労働組合運動にも役に立ちたいという感覚ですね。
 自治労の青年女性の交流集会で歌うとか、地方自治研究集会の開会集会で歌おうとか。ずっと青年部などばかりで、固定したバンドはなかったのですが、東京に出てくる少し前からトリオのロックンロールスタイルのバンドで、私はギターを弾きながら歌っています。
 やっぱり好きではないと続きませんよね。2月11日のさようなら原発1000万人アクションの集会のとき、デモで歌っている私の映像を見た人から「松本さん、本当にうれしそうに歌っているね」と言われました(笑)。私は60年代~70年代の運動を経験していません。当時の名残で集会の中で歌うということをやってきましたが、今ではそれも少なくなりました。でも、大衆運動ですから音楽は大切だと思いますし、無くならないと思っています。外国の集会では労働者が歌ってばかりで日本人は驚きます。日本だって、もう一度そうなるのではないか。そのためにも明るく楽しく歌い続けていこうと思っています。

──日音協の今後の構想と平和フォーラム・原水禁にひとことお願いします。
 2008年11月に、それまでの労働組合頼みから、会員がお金を出し合って運営する形で独立しました。とは言っても、援助はありますから縁が切れたわけではありませんが、最後の責任は一人ひとりの会員が持つというふうに切り替えました。ですから、前みたいにお金があっていろいろできる状態ではありません。
 そうではあっても、年に一回の音楽祭や、毎月発行している機関紙、ブロック合宿と称した年一回の合宿は続けていきたいと思っています。あとは内輪だけではなく、駅前広場などに出て、いろんな人に聴いていただく活動をやっていくつもりです。音楽のグループはたくさんありますが、日音協の運動は労働組合に組織されていても、いなくても、働く者の運動なのだということを申し上げたいと思います。
 平和フォーラムには歌う場をたくさんつくっていただきたいです(笑)。招かれなくても演奏することは大切ですが、同時に集会等には主催者があるのですから、主催者とちゃんと関係をつくることが大切だと思っています。私たちには先輩方の積み重ねとして、訴える力のある歌があると考えています。それは勝手な自負ですが、若い人たちとも一緒に力を付けていきたいですし、通りかかった人に立ち止まってもらえるような演奏をしていきたいと思っています。

〈インタビューを終えて〉
 歌うことの苦手な私ですが、音楽が大好きです。音楽というものの「力」を信じます。高校時代にJAZZに出会い、それからずっとJAZZと向き合ってきました。故郷から切り離されて米国南部の綿花地帯で働かされてきた黒人労働者。その中から生まれた、ワークソングやゴスペル。JAZZの根幹をつくっている要素の一つです。働く者が生活の中から表現すること、自然と生まれてくる人の思いを大切にする社会であってほしい。日音協、がんばってください。
(藤本 泰成)

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「人権委員会の設置」の検討始まる
市民の声に応え得る人権機関を
国内人権機関と選択議定書を実現する共同行動 福井 昌子

人権侵害をしない社会へ
 2011年12月15日、法務省は「人権委員会の設置等に関する検討中の法案の概要」を発表しました。これは、2009年に民主党政権が「人権侵害救済機関を設置する」と打ち出してから、細々と議論されてきた人権機関(人権救済機関とも人権委員会とも呼ばれていますが、本稿では人権機関とします)を設置するための法案の大枠です。
 国際的なガイドラインであるパリ原則によれば、人権機関の主な役割には、1) 人権侵害を受けた人の申立を受け、解決をはかる、2) 司法関係者、公務員、一般市民などを対象にした実効性のある人権教育やトレーニングを行う、3) 人権に関する提言を行う、4) 国際的な機関に協力する、などがあります。具体的な取り組みを積み重ねていけば、人権侵害として許されない行為が明確になり、一定の目安ができます。そして、人権侵害は許されない行為だという認識が社会全体に共有されていくでしょう。人権機関とは、社会を人権侵害しない体質に変えていく制度であると言えます。

「概要」から見えてくる問題点
 「国内人権機関と選択議定書を実現する共同行動(人権共同行動)」はこの間、他団体と連携して、概要から見えてくる問題点を国会議員などに指摘してきました。ここでは三つに絞って紹介します。

1.「人権擁護施策を総合的に推進し、人権尊重社会の実現に寄与する」という目的規定
 概要には、人権機関の機能として、人権救済、人権啓発、政府への意見提出、国会への報告等が列挙されています。しかし、「(参考)」として示されている人権侵害と差別助長行為の定義を見ると、人権侵害は特定個人に対する行為でなければならず(=集団に対する人権侵害は対象としない)、司法上の違法行為でなければならない(=裁判で違法と認められていない行為は対象としない)などとなっています。つまり、外国人に対する排外行為、女性に対する差別発言といった集団に対する行為、刑務所などの拘禁施設での虐待や生活保護申請の不受理といった現行制度や運用上の人権侵害、裁判で権利侵害として認められない精神障がい者の保護入院などの事案も、人権機関が扱う事例とはならないのです。

2.法務省外局として設置され、法務局長・地方法務局長に事務が委任される組織規定
 パリ原則は、人権機関の財政的、人的、組織的な独立性を確保するよう求めていますが、概要が示すように、法務省外局として設置され、法務局長に事務を委任するとなれば、人権機関の予算は法務省予算に組み込まれ、法務省職員が実務にあたることになります。これでは、他省庁の管轄で起きる人権侵害にも、役所などの公的組織による人権侵害にも対応することは難しいでしょう。

3.「中立公正で人権問題を扱うにふさわしい人格識見を備えた者」という人権機関委員の要件規定
 組織を動かすのは人である以上、人権侵害の実態を知り、取り組んだ経験のある人材や、人権侵害の当事者が委員となれば、出来のよくない組織でもましに機能する可能性はあります。しかし、概要が示す委員の要件は、人権問題に関わった活動経験を問わず、日本社会の多元性を反映するものでもありません。このような有識者委員では、人権侵害を敏感に察知し、対応するような実効性のある組織にはなりがたいでしょう。

人権侵害から実質的に救済される機関を
 法務省はこうした不十分な概要を基に法案を作成しようとしており、政府も民主党もそれでよしとしている節があります。しかし、人権侵害から実質的に救済されるような権限と機能を備えた機関でなければ、人権侵害の被害当事者、その支援者、一般市民の支持は得られません。私たちが支持したいと思うような機関にするために、市民団体が今以上に広く連携して取り組むことが必要です。

概要の内容はこちら(pdf)

解説パンフレット「『国内人権機関』をつくろう」(「人権共同行動」編集・発行)をご希望の方は平和フォーラム事務局まで。送料負担のみでお分けします。

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危険で不要な放射線照射食品
原発事故を機に反対の声を広げよう
照射食品反対連絡会 世話人
健康情報研究センター 代表 里見 宏

放射性物質の内部被曝はなぜ危険か
 福島第一原発は今も放射性物質をたれ流しています。今いちばんの問題は放射性物質を体内に入れる危険です。チェルノブイリの被曝者が身をもってその問題の広がりと深刻さを伝えていますが、福島で内部被曝した人たちの危険がわかってくるのはこれからです。
 放射性物質の内部被曝の危険性として、次の点があげられます。まず、放射線を浴びると細胞の中に新しい化学物質ができます。例えば脂肪酸はシクロブタノンに変わります。このシクロブタノンは発ガン性があります。また、発ガン性のある活性酸素もできます。この代表例が放射線照射食品です。
 次に放射線の毒性でなく、原子そのものの毒性があります。ウランだけは0.2μg/㎏/日の耐容1日摂取量がありますが、セシウムなど他の放射性物質は毒性について調べられていません。
 また、放射線は遺伝子に突然変異を起こします。遺伝子に傷が付くとガンや免疫系など人の命を脅かすのです。さらに、精子や卵子の遺伝子に突然変異が起きると、遺伝病やガンなど、様々な健康障害を子孫に残す危険が高くなります。

原発を推進するための照射食品


放射線照射されたジャガイモ
(北海道・士幌農協で製造)
 日本では、食品衛生法で食品への放射線照射を禁じています。しかし、原子力にアレルギーを持っている国民に対し、原発を身近に感じさせるため、農作物の殺菌や芽止めのためとして、「照射食品」を強引に推進しようとしてきました。当初は、米や小麦、ジャガイモ、タマネギなど7品目が選ばれ、このうち、1972年に照射ジャガイモが許可になりました。現在、北海道・士幌農協で唯一、照射ジャガイモがつくられています。
 しかし、放射線を当てた食品中に新しい物質ができ、毒性を示すことがわかり、消費者団体などから反対運動が起きて、ジャガイモ以外には認められませんでした。ところが、原発推進派は、深刻な原発事故が起きたにもかかわらず、照射食品をあきらめていません。今こそ照射食品はいらないという意思表示が必要です。
 照射食品の問題点として、1) 照射で「2-アルキルシクロブタノン類」という発ガン物質ができる。2) 1977年に国際機関も照射生成物の毒性実験が必要としたが、その毒性試験は30年以上経っても行われていない。3) 照射食品は食品衛生法の例外を認めてまで認可する必要性がない。4) 照射しなくても殺菌、殺虫、発芽防止などの代替方法がある。5) 照射施設には放射線源があるため、テロの対象となる。6) 照射ベビーフード事件(78年)のような悪用・乱用が起きる。7) 飢え防止、食中毒防止など、これまで言われてきた照射食品の必要性は根拠が明確でなく、論理的に破たんしている、といった点があげられます。

原子力政策大綱から食品照射の削除を
 2006年に原子力委員会は厚生労働省に、食品への照射推進を求め、特に野菜を含むスパイス94品目を優先して解禁するよう要請しました。これに対し厚労省は、2010年5月、「(発ガン性を否定する)科学的知見が不足している」「国民との相互理解がない」と、審議にかけうる条件が整っていない旨の通知を原子力委員会に送っています。事実上の否定でした。
 しかし、福島原発事故で追い込まれた状況下でも、原子力委員会は新原子力政策大綱の作成を開始し、原発の再開とともに、照射食品も推進したいとしています。こんな横暴は許せません。照射食品反対連絡会(50以上の団体で構成)は、原子力委員会と新大綱の策定会議構成員に向けて、原発の推進はもちろん、照射食品の推進をやめるよう次のような申し入れをしました。

  1. 照射食品の危険性を示すデータがあり、その危険を否定できるデータがない。よって、原子力政策大綱にある食品照射についての記述は削除すること。
  2. 食品衛生法11条で食品への放射線照射は禁止されている。法に従い食品への放射線照射の解禁要請を一切やめる旨を明記すること。
  3. 今後、原子力委員会は照射食品の推進を行わない旨を新原子力政策大綱に明記すること。
 今こそ原発廃止とともに、照射食品反対の運動を起こしましょう。

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ガラス固化試験再開、そして中断
六ヶ所再処理工場でまたトラブル
原子力資料情報室 澤井 正子

試験を中断して「異物」を回収
 六ヶ所再処理工場のガラス固化製造試験は、2008年12月以降、約3年間中断したまま、2011年3月11日の東日本大震災を迎えました。工場は外部電源を喪失し、非常用発電機で使用済み燃料プールや高レベル廃液の冷却が行われ、2日後の13日に電源が復帰したのです。しかし、東北電力の供給力は以前のレベルに回復せず、大量の電気を使用するガラス固化体製造試験は想定外の「電力不足」のために遅れてもいました。
 青森県知事と地元である六ヶ所村の「早期試験再開」という意向を受けて今年1月10日、ガラス固化体製造試験が再開されました。日本原燃は事故・トラブルが続発したA溶融炉ではなく、今回はB溶融炉を使用し、24日から非放射性の模擬ガラスビーズ1本分を炉内に投入し、ガラスを流下させました。しかし、流下速度が遅くなり、温度操作や直棒による撹はんが行われましたが回復しませんでした。日本原燃は試験を中断し溶融炉の熱を下げ、炉底部にある流下ノズル内の内容物を確認するため、ノズル底部から異物除去装置(ドリル)を挿入して「異物」を回収したのでした。

「本格稼働」延期はほぼ確実
 日本原燃の分析結果によれば、クロムやアルミニウムなど、炉内でガラス溶液と接する部分にあるレンガの成分が確認されました。「炉のレンガのはく離片がノズルに流れ込みガラスの流下が低下」したと推定されています。レンガはく離の原因や破片の大きさ、数量等は不明ですが、炉内にまだ残っている可能性もあります。そのため原燃は今後、再度炉の熱上げを行い、すべてのガラス固化を抜き出す予定です。
 レンガのはく離は、東海村にある実規模試験炉でも確認され、A溶融炉では2008年に天井部レンガが落下する事故が発生しています。原因は「急激な温度低下」とされているのですが、これを防ぐ具体的な対策はありません。B溶融炉は、「アクティブ試験の第4ステップ、第5ステップでA溶融炉系列が運転している間、並行して熱上げした状態で保持され、流下を行ったのは一度だけ」(日本原燃)だと言います。本来のガラス固化製造試験前の作動確認における今回の事故によって、ガラス固化体製造技術の問題点がさらに明らか になったと言えます。
 今回の試験は、「事前確認」として5~6ヵ月かけて非放射性の模擬廃液でガラス固化20本を製造、後半の「安定運転」で高レベルの放射性廃液を使って、最大40本のガラス固化体を製造する計画でした。後半の期間は明示されていません。順調に進んでも、試験再開は4月以降になる模様で、今年10月の工場本格稼働の予定は、ほぼ確実に延期されるでしょう。

東京電力に迫られる「脱プルトニウム」
 六ヶ所再処理工場を運転する、日本原燃の最大の株主である東京電力は、福島第一原発によって事実上の破産会社となり、今後も事故による膨大な賠償負担を背負っていかなければなりません。一方、再処理工場が本格稼働すれば、今後も相当な費用負担の増大は確実です。再処理事業を継続するような余裕は、もはや東電にはありません。福島県民の気持ちや国民感情から言っても「許されない」というのが現実です。東電は再処理に振り向ける資金があるなら、真摯に賠償問題と向き合うべきです。
 さらに、東電が再処理から撤退しなければならない最大の理由は、もはやプルトニウムを必要としなくなった、という一言に尽きます。六ヶ所再処理工場の再処理契約(約32,000トン)の約6割が東電との契約です。しかし、福島の全10基の原子炉は事実上廃炉になります。使用しない原発に燃料は必要ないし、ましてMOX燃料(プルトニウム燃料)はなおさらです。
 では、新潟の柏崎刈羽原発でMOX燃料を利用できるかと言えば、それもあり得ないと考えるのが妥当でしょう。2001年の刈羽村住民投票によって、いわゆる「プルサーマル」は拒否されています。福島第一原発事故を受けて、新潟県の泉田裕彦知事は、「福島第一原発事故の原因究明がなければ、柏崎刈羽の再稼働など議論しない」ことを明言しています。柏崎刈羽原発の再稼働さえ霧中の状態です。東電は、あらゆる意味で、「脱プルトニウム」を迫られているのです。
 六ヶ所再処理工場計画は、1985年の地元受け入れから約30年、建設開始から約20年の歳月を費やしています。この間、原子力をめぐる状況は大きく変容し、核燃料サイクルを推進する根拠は、ことごとく霧散しました。福島第一原発事故を受けて、原子力委員会でも原子力政策大綱の議論が進められています。
 核燃料サイクルの「要」と位置付けられていた高速増殖炉もんじゅ、 六ヶ所再処理工場とも技術的困難によって研究開発が進まないという現実を直視することが重要でしょう。

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前原水禁議長・市川定夫さんを偲ぶ
ムラサキツユクサを再び世界に
原水禁国民会議 専門委員 和田 長久

 前原水禁議長の市川定夫さんが、昨年9月に亡くなられて、間もなく半年になります。75歳でした。知られているようで知られていない市川さんとムラサキツユクサについて紹介し、追悼にしたいと思います。

運動に大きな勇気を与えたムラサキツユクサの話


議長に就任し、本誌のインタビューに
答える市川さん(2007年6月)
 市川さんは京都大学農学部で、特に放射線遺伝学を専攻され、1965年に米原子力委員会の管轄下にあるブルックヘブン国立研究所の研究員となります。当時は原子力の未来に希望が広がっている時代でした。しかし、研究所のスパロー博士らとともに「ムラサキツユクサ」を使った放射線の影響研究を進める中で、突然変異の出方が、これまで考えられていた放射線の「安全」とされていた基準値をはるかに超えて出てくることから、原子力開発に強く疑問を持ちます。
 ムラサキツユクサには6本の雄蕊があり、雄蕊の軸に毛(雄蘂毛=ゆうずいもう)がたくさん生えています。この雄蕊毛の1本に20~35ほどの細胞が、数珠のように1列につながっています。実験では、青い色素をつくる優性遺伝子と、ピンク色の色素をつくる劣性遺伝子を一つずつ持っている株を使いますが、放射線を当てることによって、青い色素をつくる優性遺伝子に突然変異が起こると、いつもは隠されているピンクの花が雄蕊に出てきます(花弁にもピンクの斑点が出ます)。またムラサキツユクサの雄蕊毛は、基本的に1個の分裂細胞をもつ単一細胞であって、微量放射線の影響を調べる上で適した植物なのです。
 ブルックヘブン研究所のムラサキツユクサでの研究で、0.7レム(7mSv)~0.25レム(2.5mSv)でも、突然変異が起こることが明らかとなります。市川さんはムラサキツユクサの研究を通して原子力開発反対の思いを強くして、73年に京都大学に戻ってきます。その頃は、日本で反原発運動が大きく盛り上がろうとしている頃でした。原水禁が69年11月に柏崎市で反原発全国活動者会議を開催する一方、大学の原子力研究者らも「全国原子力科学・技術者連合」(全原連)を組織します。両者は72年の敦賀での活動者会議で合流し、全国的に反原発運動を展開していくのですが、市川さんの帰国はこの時期と同じだったのです。
 市川さんのムラサキツユクサの話は、運動に大きな勇気を与えただけでなく、原発周辺の住民の間で、ムラサキツユクサを植えて観察する運動へと発展していきます。最初は浜岡原発周辺で始まり、やがて島根、高浜、東海、大飯と広がり、毎日のつらく厳しい観察の結果、微量放射性物質による突然変異が確認されていきました。各地の観察は、ヨウ素131が生体内で2万倍にまで濃縮されることを示しました。
 こうした動きに電力会社や原発推進派学者、科学技術庁(当時)が危機感を抱き、2回にわたってムラサキツユクサと放射線の関係を否定する討論会が、市川さんを排除して開催されました。1回目は市川さんが突然出席したため失敗しますが、2回目は市川さんが出席できず、ずさんな内容でムラサキツユクサと放射線の関係を否定することに成功しました。

その研究成果は世界に広がる
 しかし、ムラサキツユクサ低線量放射線の話は世界に広がっていきます。ドイツ緑の党の創設者の一人、ペトラ・ケリーさんは、原水禁大会に参加した際、市川さんからムラサキツユクサの話を詳しく聞き、原発反対に一層強い確信を持って帰国しました。そして、76年のスウェーデン・イェーテボリの「反原発国際会議」、77年のオーストリア・ザルツブルグの「核のない未来のための国際会議」に市川さんの参加を求め、会議の前後にスウェーデン、フィンランド、スイス、フランス、ベルギー、ドイツ、オランダで、市川さんの講演会を設定します。
 さらに78年には、原水禁世界大会に参加した人たちによって、全米各地とカナダでの講演旅行が実現しました。講演と同時に実験用のムラサキツユクサの株も世界に広がっていきました。79年に市川さんは埼玉大学に移り、以前ほど時間が取れなくなりましたが、原水禁大会には病に倒れるまで参加されていました。
 市川さんが亡くなられ、私たちは改めてムラサキツユクサと微量放射線の関係を知った当時を思い起こします。私たちは再度、市川さんの研究とその思いを伝えていくことが必要だと考えます。

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オバマの新国防戦略と中国
アジアの軍拡は何をもたらすか

新戦略は日本に大きな負担を強いる
 オバマ米大統領は1月5日、国防予算を大幅に削減する「新国防戦略」(新戦略)を発表しました。それは陸軍や海兵隊を縮小する一方、中国の軍事力増強を脅威と捉え、アジア太平洋地域に重点をおいた配備を進めるとともに、日本などにこれまでよりも、より大きな負担を求めていく内容です。
 米国は深刻な財政危機の中で、昨年春に今後10年間で総額4,900億ドルの軍事費を削減する方針を示しており、これに沿った戦略と言えます。しかし新戦略はイランの核兵器開発を阻止するとともに、イスラエルの安全保障と中東和平を支援する軍事プレゼンスを重視し続けるとも述べています。
 それでも右派のシンクタンクは中東地域から手を引くことに危機感を募らせ、新戦略は「スーパーパワー・スーサイド(超大国の地位の自発的な放棄)」とまで語っています。私たちは流動的な状況にある中東であっても、2010年の核拡散防止条約(NPT)再検討会議で再確認された「中東非核化構想」だけが状況を切り開くと考えますが、イスラエルが反対のため、米欧も日本もこれに触れようとはしません。

中国に対する軍事的包囲網をつくる
 米国の軍事力が世界最強であることに変わりはありません。ミサイル防衛や通常型即時地球打撃(CPGS)など宇宙戦力以外の実態を見てみましょう。米空軍はすでに、2009年8月に核爆弾搭載可能な重爆撃機部隊と大陸間弾道ミサイル(ICBM)部隊を統括する「グローバル・ストライク・コマンド」(AFGSSC)を編成しています。当時の保有重爆撃機数は、B-52Hが56機、B-2Aが20機でしたが(B-1Bは通常爆弾爆撃機)、米ロ間の新START条約によって機数は50機以内に削減されると言われています。しかしB-52Hは老朽化し、B-2Aは過剰装備や価格などで問題があるため、低価格で、さらに中国の接近拒否戦略※に対応する新機能の爆撃機開発が模索されています。
 一方米海軍は、西太平洋配備の艦艇は50隻で、半数が日本とその近海に配備されています。また昨年オーストラリアに米海兵隊部隊が駐留することが確定し、シンガポールに新型艦艇「沿岸戦域戦闘艦」(LCS)の配備が決まり、韓国では米艦船寄港が可能な軍港が、済州島に建設されようとしています。こうして米国は中国に対する軍事的包囲網をつくりつつ、米韓合同軍事演習に見られるような着・上陸訓練を、米本土を含めて頻繁に行っています。これらの演習はイランや北朝鮮にも強いプレッシャーとなっていることは明らかです。

米中の狭間にあるアジア各国
 こうした米国の中国を意識した新戦略は、中国に強い警戒感を与え、結果としてさらなる軍拡がアジアで進むことを意味します。
 2月7日発表の英国・国際戦略研究所(IISS)の「ミリタリーバランス」は、アジアの軍事費が欧州を初めて上回るとの見方を示し、中国だけでなくアジア全体で軍事費が増加していると述べています。3月の全国人民代表大会では前年比11.5%増の7,018億元=1,114億ドルと発表されています。南シナ海では現在、中国とベトナム、フィリピン、台湾、ブルネイが南沙(スプラトリー)諸島の領有権問題で対立関係にあり、インドも領有権で対立し、ベトナムは西沙(パラセル)諸島についても中国と領有権を争っています。
 米国はこうしたアジア各国との対立を好機と捉えて、軍事的支援を積極的に行おうとしていますし、一方、中国も、対話で解決をと訴えつつ、領有権問題では一歩も引かない姿勢を示しています。こうした対立構造の中で、中国は初の空母(旧ソ連の空母「ワリャーク」を改造)を昨年夏から試験航行させ、いよいよ年内就役を明らかにしました。さらに昨年1月に試験飛行を行った中国のステルス戦闘機「J-20(殲-20)」の行動範囲は、現在のJH-7(殲轟7)戦闘爆撃機より広いことが明らかとなり、領有権問題を抱える国々を悩ませています。
 アジア各国は軍事拡大を図る一方で、経済的には中国に依存しなければならず、こうした状況の中で米国が新戦略を打ち出したのですから、各国の関係は複雑化していきます。インドネシアの政府高官は米国に対し、「見捨てないで欲しい。だが、われわれに(中国と米国のどちらかを選ぶような)選択を強要しないで欲しい」(「フォーリン・アフェアーズ」2012年3月号、ヘンリー・キッシンジャー「アジアにおけるアメリカと中国」)と語っていますが、新戦略で強い関与を求められている日本は、このような悩みとは無縁のようです。新戦略については、今後とも検証していきます。

※接近拒否戦略 遠方から来る敵を防衛戦内に入れさせず(接近拒否)、防衛戦を突破されてもその内側で敵に自由な行動を許さない(領域拒否)という概念の戦略。

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《各地からのメッセージ》
原発立地県、「反戦・平和、反基地、脱原発」の闘いに奮闘中
佐賀県平和運動センター 事務局長 柳瀬 映二

 佐賀県平和運動センターには、自治労、佐教組など官公労8単産、民間3単産、退職者組織の佐賀県高問連、部落解放同盟、社会民主党、I女性会議などの組合・団体が結集しています。また、現在2名の方が個人加入しています。
 県内には八つの地区平和運動センターがあり、二つの地区で書記局員を配置し反戦・平和、反基地、脱原発の闘いを取り組んでおり、2.11建国記念の日、5.3憲法記念日、原水禁佐賀県平和行進、10.21国際反戦デーは各地区が独自に運動を展開しています。
 また、佐賀県は玄海原発を抱え、玄海原発設置反対佐賀県民会議を1973年に結成して以来、県や玄海町、九州電力に対して数々の申し入れや集会、学習会等を取り組んできました。特に玄海原発再稼働に向けた県や九電の「やらせ」が発覚してからは、県・九電への抗議と申し入れ、抗議集会をはじめ、1000万人署名と併せた地域へのチラシ配布など取り組んできました。
 今年2月26日に開催した「原発再稼働にNO!いのちが大事!さようなら原発九州総決起集会」には、呼びかけ人の鎌田慧さんをはじめ、九州各県から2,100名に参加いただき、県民へのアピールを行うことができました(写真はあいさつをする宮島康博議長)。
 佐賀県でも3.11福島第一原発事故の後、「原発に頼らない持続可能な社会の実現」をめざす新しい市民団体もいくつか結成されました。「原発運転中止」を求める裁判も起こされており、これを支援しています。
 反戦・平和の闘いとして8月15日には「敗戦の日・平和の集い」、12月8日には「不戦平和の集い」を必ず開催し、佐賀県の労働運動・平和運動を担ってきた先輩諸氏から戦前、戦中、戦後の状況を「語り部」として訴えてもらっています。しかし、高齢化により「語り部」を探すのに苦慮しているのが現状です。また、5月には「憲法講演会」を毎年開催してきました。
 佐賀県は人口84万人の小さな県ですが、原発立地県でもあることから「さようなら原発1000万人署名」については人口の1割を実現できるように奮闘しています。全国の仲間の皆さん、共にがんばりましょう。

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【本の紹介】
阿賀は訴える
新潟水俣病共闘会議 編


2012年 新潟日報事業社
 「ミナマタの『教訓』をフクシマへ」が、もし「国を信用してはならない」だったら悪夢だろう。しかし、SPEEDIやメルトダウンの情報隠しを考えれば、「国を信用してはならない」は、あながち間違いではない。私たちは過去の公害から何を学び、どう「教訓」を生かすか。ミナマタほど事例に富んだ公害はないだろう。本書は、半世紀に及ぶ新潟水俣病の闘いの記録をまとめ、被害者が偏見や差別を乗り越えて闘った歴史を綴ると共に、今後のフクシマを見据えた内容となっている。『阿賀は訴える』はミナマタを学び、今後のフクシマを考える上で、うってつけの一冊だ。
 当初から胎児性水俣病が発生していたが、当時の科学的知見で毒物は胎盤を通さないとされた。ところが自然界に存在しないメチル水銀が、妊婦の胎盤を通過することが証明された。メチル水銀は、プラスチックの原料となるアセトアルデヒドをつくる過程で発生する副産物だが、このことは20世紀初頭の化学界では"常識"だった。国や企業はこれを知りつつ、利益優先で、浄化装置を取り付けもせず汚染水を垂れ流した。
 私たちは、ミナマタの「教訓」を生かすべきである。低線量被曝が、現代の科学的知見で予測が難しいならば、それは遠ざけるべきである。放射能を含む汚染水が垂れ流されても、東電は海水に希釈すれば大丈夫と言うが、放射能は生物濃縮することがわかっている。現代の科学でわかること、わからないことに対し何をすべきかは、ミナマタの「教訓」から知っているはずだ。特に現代の科学的知見でわかっていることを、国や東電が経済優先で無視すれば、「ミナマタ」を繰り返すことになる。断じて許してはならない。
 ミナマタは、被害者への偏見、差別、風評被害、住民の不和、行政による患者や被害地域の線引きなど、今まさにフクシマ等で起きていることをすでに経験している。同じことを繰り返さないために「阿賀の訴え」に耳を傾けてほしい。
(新潟県平和運動センター 有田 純也)

申し込みはTEL025-281-8100(県平和運動センターまで)

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橋下市長の暴虐が続く大阪からの報告
大阪府教育文化総合研究所 新居 晴幸

ダブル選勝利でますます増長する橋下大阪市長
 大阪府知事を辞して、大阪市長に立候補し、知事には自らの政治団体「大阪維新の会」幹事長の松井一郎を擁立、ダブル勝利した橋下徹大阪市長は、初登庁するや否や、前代未聞の「民意は市長にある」という「通知」を全部局に発する。そして、学校現場に対しても、大阪市教育委員会教育長名で各校長を通じて全教職員へそのことを徹底せよ、とした。
 さらに、「あなたは組合活動に参加したことがありますか」に始まる「組合活動・政治活動に関するアンケート」に回答することを「全職員に対する業務命令である」としたり、大阪市役所の庁内メールを一括調査したりするというまさに民主主義に反する「暴虐」の限りを尽くしている。しかも、「憲法違反」の指摘が日弁連などからなされると、強制ではないかのような言い方をし、いつものパターンだが、「論理のすり替え」や「詭弁」で居直っている。
 その上で、「大阪都」をめざす「維新の会」の代表として、大阪市長でありながら、大阪府の行政推進の基本は全て「府市統合本部」で決定するという手法で、事実上、橋下市長が大阪「都」知事となっている。しかも、古賀茂明ら元・霞が関官僚たちが特別顧問として「府市統合本部」全体を牛耳っている。今、大阪府の政治は完璧にロシアのプーチン首相状態の橋下市長によって凌辱されていると言っても過言ではない。

「大阪維新の会」は総選挙で全国展開をめざす
 「大阪維新の会」(維新)は、昨年の統一地方選挙で圧倒的な勝利を収めた。政権与党である民主党の府議会議員が24人から11人になったことから見れば、その勝利の凄まじさを想像できるだろう。一挙に過半数を制したのである。(109人中57人)。「維新の会」が、選挙後に即、提案し、成立させたのが、全国で初の「日の丸(常時掲揚)・君が代(斉唱起立)」強制条例である。また、9月に市長選を控えていた東大阪市で、育鵬社の公民教科書が採択されたことの背景の一つとして、「維新」の勝利の影響は否定できない。
 「維新」の議員は「育鵬社の教科書」を支持するネオコン議員を主流としている。実際、2月26日には東京から創生「日本」会長の安倍晋三元首相を招き、松井大阪府知事と維新のメンバーが教育シンポジウムを開催している。2月26日、大阪維新、昭和維新、2.26事件、という連想は思い込みすぎだろうか。3年後は、大阪の教科書採択が危ない状況になっている。
 さらに、「維新の会」は、統一地方選、大阪府・市ダブル選の勢いで、次期総選挙での全国展開を考えている。いよいよ、ヒットラーのナチスと同じように全国制覇の道を歩み出そうとしている。
 2月24日、橋下市長は新聞記者たちを前に、「憲法9条の改正」について、「一定期間議論して、日本人全体で決めなければいけない」と述べ、2年かけて国民的議論をした上で、国民投票を実施すべきだとの考えを明らかにした。次期衆院選の政権公約となる「船中八策」とやらに、9条改正に関する国民投票の実施を盛り込む方針だ。橋下市長は「9条は他人を助ける際に嫌なこと、危険なことはやらないという価値観。国民が(今の)9条を選ぶなら僕は別のところに住もうと思う」とまで述べている。逆に言えば、憲法改正に反対する者はこの国から出ていけという論理だ。

法に違反して「教育」に介入
 橋下市長はもっとたちが悪い。彼は、「教育」を弄んでいる。教育を政治闘争の道具にしている。だから、たちが悪いし、危険なのだ。
 2008年1月27日、知事選に勝利した橋下は、知事の任期は2月6日からだが、その一週間前から自民党控室に用意された橋下の部屋に入った。そして、各部長を呼び出し様々な指示を与えていった。教育の部長は教育長だ。橋下は教育長に何を言ったか、「学力の45位という結果は気にしていない。学力には、大学受験の学力と社会の構成員として必要な基礎学力とは異なる。日本は経済協力開発機構(OECD)による『生徒の学習到達度調査』(PISA)で6位とよくやっている。英・数・国・理・社がダメでも、他に得意なものがあればそれを伸ばしてやればよい。公立がその要請に応えるべき」と言っていたのである。
 そして、彼にとっての「行財政改革」「公務員制度改革」、私たちにとっては、「福祉」「文化」「弱者」切り捨て、前代未聞の退職手当カットを含む「巨額な賃金削減」攻撃にまい進していく。折からの「公務員バッシング」に依拠したこの攻撃は、マスコミ、そしてそれに煽動された府民の「大喝采」を受け、支持率は新聞発表で、「80%」と書き立てられるのである。
 私たち大阪府労働組合連合会(大阪府従・大阪府水道・自治労府職・大阪府教組)と橋下知事との熾烈な闘いが7時間に及ぶ徹夜交渉などを挟んで、7月22日、この段階での闘いを終える。
 しかし8月、文科省の「学力調査」の都道府県別結果が発表されると、FM局の公開生放送に出演した橋下知事は、全国学力テストの結果公表に消極的な市町村教育委員会などを指して、「クソ教育委員会が、みんな『発表しない』と言うのです」と発言。これが、マスコミに大きく報道されると、「2009年度から(テスト結果の)開示・非開示によって、予算をつけるかどうか決めさせてもらう」とエスカレートして行く。つまり、「教育」は「公務員バッシング」とともに彼の政治の「餌」になることを察知するのである。
 以降、橋下知事は就任前の彼の「発言」とは真逆の方向に舵を切り、「読み・書き・計算」の徹底した反復学習と「早寝、早起き、朝御飯」の生活習慣確立の二本柱で低学力が克服できるという「陰山メソッド」・「100ます計算」で有名な陰山英男を大阪府の教育委員に据える。また、東京都杉並区立和田中学校の元民間人校長であった藤原和博を教育顧問にしたり、漢字検定や任天堂のゲーム機を学校現場に導入したりしてマスコミの関心を教育と橋下に呼び込んでいく。そして、地方教育行政法24条「首長の予算権」を盾に、「教育」に強力に介入して行く。つまり、「公立の教育は教育委員会の権限である」とする同法23条に違反した状態が常態化していくのである。

政治利用のための「教育基本条例案」
 「維新の会」は、6月に「日の丸(常時掲揚)・君が代(斉唱起立)」強制条例を成立させたときに、「違反した者を罰するための条例案を9月議会で提案する」としていた。しかし、8月に明らかになった条例案はそんなものではなかった。
 教育に「民意」が反映されていないというデマゴギーを前提に、「教育を府民の側に取り戻す」、「民意は知事にある」、「知事が教育を支配する」、「それに従わない教職員は処分する」、「そのために教育基本条例を制定する」、というのである。そして、地方教育行政法25条「条例に基づいて教育に関する事務を行う」としていることを曲解し、府で「教育基本条例」を制定すれば、前述した23条と24条の教育委員会と知事の役割分担(権限)は関係ないんだとする無茶苦茶な論法である。
 しかも、そこでめざす教育は「国際競争に勝ち抜く人材づくり」や「愛国心」の育成であり、また、条例案の半分以上が教職員の「人事評価」や「処分」に関わるもので構成され、「教育基本条例」というよりは「教職員管理統制条例」という名称の方が似つかわしい内容の「条例案」であった。
 実際、大阪府においては、橋下知事の下で事実上、地方教育行政法23条に違反した状態にある中で、「教育基本条例案」を出してきた目的とは何か。それは、維新の会・橋下のダブル選を見据えた選挙戦術、政治パフォーマンスとしてあった。「日の丸・君が代」強制条例と同様に府議会過半数を制する大阪維新の会が9月議会で教育基本条例案を可決させることは簡単である。しかし、それをせずダブル選で「大阪都構想と共に府民に信を問う」としたのである。
 憲法や教育基本法、学校教育法、地方教育行政法などに「教育基本条例案」が違反していることなど関係なく、府民の中に醸成されている「公務員批判と公教育への不信・不満」をさらに煽ることによってダブル選勝利への弾みをつけて行ったのである。つまり、橋下にとって、「教育」とは政治利用にうってつけのものなのである。しかし、教育の政治的引き回しによって被害を受けるのは他でもない子どもたちである。大阪府教育委員会をはじめとする教育に関係するほとんど全ての団体、機関が反対の声をあげたのも当然である。また、日本ペンクラブが異例の声明を出したことに象徴されるように多くの学者・研究者・文化人等有識者が反対の意思表示を行った。しかし、大阪維新の会が仕掛けた大阪府・市ダブル選は圧倒的に「維新の会」両候補の勝利するところとなった。

違法性はなくても危険な条例
 選挙結果を受けて、知事部局、教育委員会事務局は、「維新の会」提案の「教育基本条例案」と「職員基本条例案」を元に、法令等との整合性を考慮して四つの条例案(教育行政基本条例・府立学校条例・職員基本条例・関係条例整備条例)を作成し、「府市統合本部」での協議、決定を経て、2月府議会に提案された。元の「教育基本条例案」の中にある違法性は一部を除いて一定排除されたものの、依然として危険な条例であることには変わりはない。
 例えば、教育行政基本条例では、「委員会と知事の役割分担を踏まえる」としつつ、教育基本計画の「教育目標を知事と協議する」とか、「教育委員の罷免」条項が残されている。また、府立学校条例には、「3年連続定員に満たない学校は再編整備の対象」、「通学区域の全廃」なども盛り込まれた。特に注視すべきは教職員の勤務成績の評定において、「生徒または保護者の評価を踏まえる」ということが記載されていることである。
 また、職員基本条例では、教職員以外の「職員の人事評価を相対評価とする」ことや、給与決定にあたっての「賃金センサス」の活用、「職務命令違反5回・同種命令違反3回で」免職なども盛り込まれている。

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基地のない平和な沖縄をめざして
復帰40年 5.15平和行進

 今年は沖縄が日本に復帰して、40年です。この間、様々な運動が取り組まれてきましたが、現在も県民の声を無視して辺野古への新基地建設が進められようとしています。そうした中で、普天間基地の閉鎖、新たな基地はいらないの声をあげて、沖縄では今年も5.15平和行進が開催されます。

期間:5月10日(木)~13日(日)
主催:5.15平和行進実行委員会
協力:フォーラム平和・人権・環境
概要:


会場:宜野湾海浜公園屋外劇場

復帰40年事業資金造成 泡盛記念ボトル「与那国」販売
頒価1,500円
問い合わせ:TEL098-833-3218(沖縄平和運動センター)

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