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ニュースペーパー2012年6月号

2012年6月 1日

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  北海道電力泊原発の定期検査での停止に伴い、日本で稼働している原発が一つもなくなった5月5日、東京・芝公園で「原発ゼロの日 さようなら原発5.5集会」が開催され、好天の中、5,500人が参加しました。「さようなら原発1000万人アクション」の呼びかけ人の1人である鎌田慧さん(ルポライター)は、「いよいよ日本の原発が全て停まるという歴史的な瞬間を迎えました。今日の集会を『さようなら原発5.5(ゴーゴー)集会』と名付け、日本を原発社会から脱却させるために進んでいきましょう」と呼びかけました。奇しくも、この日は「こどもの日」。会場では、「さようなら原発鯉のぼり」を参加者一人ひとりが手に持ち、「原発はいらない」、「再稼働を許さない」の思いを表現しました(写真は「鯉のぼり」を掲げる集会参加者)。

【インタビュー・シリーズ その67】
原発ゼロという選択肢をつくり出していく
原子力資料情報室 共同代表・事務局長 伴 英幸さんに聞く

【プロフィール】
1951年三重県生まれ。69年に東洋大学哲学科に入学、その後、早稲田大学文学部社会学科に転入。大学卒業後、生活協同組合に勤めながら脱原発運動に関わる。90年に原子力資料情報室のスタッフになり、2000年から、西尾漠さん、山口幸夫さんとともに共同代表。著書の『原子力政策大綱批判』(06年)の他、共著は『原子力市民年鑑』『JCO臨界事故と日本の原子力行政』『検証 東電トラブル隠し』など多数。現在、「総合資源エネルギー調査会・基本問題委員会」「原子力委員会・新原子力政策大綱策定会議」「原子力委員会・原子力発電・核燃料サイクル技術等小委員会」でそれぞれ委員を務める。委員会対策や講演に追われる毎日で「釣りが趣味だが、去年の3月11日以降は1回も行くことができない」と言いながらも、「以前は、そうした場も与えられなかったことを思うとありがたい」と、奔走する日々を送る。

──原子力資料情報室に入られるまではどんなことをされていましたか。
 1969年に大学に入りましたが、その頃は大学闘争の真っ最中で、半年くらいはロックアウトで授業を受けられませんでした。私はノンポリであまり運動に参加せず、社交的でも無かったので、人との関わりも持てませんでした。今はこんなふうになるとは思いもよらず、どこかで変わってしまったようです(笑)。
 大学を出たときに、企業の儲け主義の論理の中では生きたくないと考え、生活協同組合(多摩生協)に入りました。70年代前半以降、大学闘争を経験した人たちが生協を作っていた頃でした。生協は生活に身近なテーマとして、大気汚染や食品添加物問題など様々な問題を取り上げていました。私もそうした雰囲気の中で市民運動に関わるようになりました。
 79年のアメリカのスリーマイル島原発事故以後、原発の勉強を始めましたが、特に86年のチェルノブイリ事故で運動が盛り上がりました。82年に生協の勉強会に高木仁三郎さん(原子力資料情報室代表・故人)を招きました。高木さんとはそれ以来のつきあいで、89年に「脱原発法制定運動」が行われたとき、1年間、そこの事務局を手伝いました。その縁で、90年に原子力資料情報室に入ることになったのです。
 私は生協にいた頃、経理やコンピューター導入など、内勤の仕事をやっていたので、資料情報室でも事務局長的なことをやるようになりました。高木仁三郎さんが亡くなられた後、共同代表の1人になりましたが、3人の代表の中では私が最も政治には疎いと思います。昔のノンポリ感覚が残っているからでしょう。政治的な駆け引きや損得勘定を考えずに審議会に臨んでいます。かえって、それがいいのではないかと思います。

──福島原発事故以後、原子力委員会の審議状況は変わりましたか。
 もともと原子力委員会は利害関係集団の集まりなのです。政策や予算まで決めていたので、利益配分をどうするかを検討していました。しかし、95年の高速増殖炉「もんじゅ」事故後、批判的な意見も聞くようになりました。そうした中で、私が04年に脱原発を掲げた人間として初めて審議会に参加しました。当初はわけもわからず、しゃにむにやってきましたので、議論がかみ合わなかった点もありました。審議は公開されているので、今は、できるだけ聴衆の方や他の委員の方にも共感を持ってもらえるようにと心がけています。
 原子力委員会の新大綱策定会議は、05年につくられた原子力政策大綱の見直しを事故前から始めていましたが、事故後、半年間ほど中断した後、慶応大の経済学者の金子勝さんと、気候ネットワークの浅岡美恵さんの2人の原発に批判的な人を入れて再開されました。今までは、全国消費者団体連絡会の阿南久さんと私が主張しても論点がなかなか広がらなかったので、2人が加わったのは良かったと思います。
 それでも、24人の委員の中で明確に脱原発を主張しているのは4人くらいです。原発事故を受けても、審議会の論議が大きく変わり政策に反映されるかどうかは難しい面もあります。

──今後の原子力政策では推進側も巻き返しを図っています。
 原発の推進側は、これまでのようなことはさすがに言えませんが、一定レベルはとにかく維持したいと必死になっています。そこが確保できれば、何年か後にはまた元に戻るのを期待しているようです。「基本問題委員会」で出ている選択肢では、2030年時点で原発はゼロか、全電力の20%、25%、35%かの四つのパターンが示されています。
 実は、原発の「40年間稼働」ということはまだ国会で承認されていないのですが、それを前提に考えて行くと、20%以上というのは、新たに原発をつくらないと達成できないのです。あるいは、新規につくらないとなると、50年間以上の稼働が前提になるのです。
 経済産業省の本音としては、2030年時点で20%に導こうとしているようですが、とにかく、複数の案を示して国民的論議をすると言っています。私たちも原発ゼロという選択肢を支持するという動きをつくり出して行く必要があります。

──福島原発事故のときに、何を考えていましたか。
 想定の中で最悪のパターンは溶けた燃料が原子炉容器を突き破って水の中に落ちて、それによって水蒸気爆発を起こして格納容器も壊れ、大量の放射能が放出することでした。そうなれば100㎞圏内では急性の放射能障害が出てくることも考えられました。幸い、そこまでの最悪のシナリオにはなりませんでしたが、事態は極めて深刻です。
 政府は12月に言葉だけの収束宣言を出しましたが、決して収束していません。しかし、役所的なものの見方をすれば、食品などの基準値を下げることができたのは、一定の収束宣言があったからと思われます。

──再処理の問題も深刻ですが、すでに核燃料サイクルは破たんしています。


「さようなら原発5.5(ゴーゴー)集会」で
パレードの先頭に立つ呼びかけ人の皆さん
(5月5日・東京・芝公園)
 金子勝さんなども、経済的な観点からも再処理は事業破たんしていると言っています。しかし、なかなか審議会の議題として俎上にあげられないのです。その背景には、三村申吾青森県知事が六ヶ所再処理工場を存続させようと強烈に働きかけていることがあります。これまで使用済み燃料の貯蔵をどうするかを議論せずに、再処理に回そうとしてきたツケがあると思います。
 重要な課題であるにもかかわらず、「国策・民営」ということで、政府も電力会社も責任を取ろうとせず、ずるずると続けようとしていることが大きな問題です。

──原水禁・平和フォーラムへの期待をお願いします。
 これまでの市民運動は、どうしても昔からやっている人だけがそのまま続ける形になって、新しい人が入りにくい状態でした。福島原発事故後はそれが大きく変わって、新しい人が参加するようになりましたが、前からの人たちと一緒にやるのには抵抗があるようです。そうした中で、組織運動は、組合で言えば、一定の期間で役員が交代して新しい人が活動を担うような体制ができています。この世代交代ができる構造があるところが、組織としての強みだと思います。今やるべきことは、そうした経験も活かして、運動のすそ野を広げ、いろいろな人たちが参加できるようにしていくことだと思います。
 また、最近は原発と核抑止論を関係づけて言う人がいます。ある意味では、原子力の必要性の本質が表われてきていると思います。原水禁は以前から、核兵器と原発問題の両方を運動として続けてきました。そういう論点がますます重要になってきていることから、原水禁・平和フォーラムの存在は大きいと思います。

〈インタビューを終えて〉
 「嘘のない人生」と言うのはなかなか難しいもので、人は多かれ少なかれ自分の気持ちに嘘をついている部分があるに違いない。しかし、そのことで「他人を陥れる」となったら事情は違ってくる。これまでの原発推進派にそういう人がいかに多かったかと思う。伴さんと話していると、嘘のないさわやかな人生が見えてくる。この人を信じようと思う。
(藤本 泰成)

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復帰40年の「沖縄」から見えてくるもの
米国支配から独立し、アジアとの友好を
平和フォーラム・原水禁 事務局長 藤本 泰成


今年の沖縄平和行進は与那国から始まる
(5月6日)

熱気あふれる沖縄県民大会
(宜野湾市・5月13日)

「戦争になれば元も子もない」―国境の島・与那国
 5月6日、国境の島・与那国は晴れ渡っていました。ぎらぎらと輝く太陽の下、自衛隊配備に反対する平和行進は、島内の久部良・比川・祖納の三集落を全て回って14㎞を完歩しました。島民70人を含む150人は、陸上自衛隊レーダー基地の建設予定地とされる南牧場を、さわやかな風と心洗う風景を楽しみながら、牛や馬と一緒に歩きました。
 自衛隊配備に反対する与那国改革会議議長の崎原正吉さんは、「国境の島・与那国は、目の前にある台湾と長きにわたって平和・友好の取り組みを行ってきた。その思いに水を差し、敵視するように自衛隊を配備するのは許せない」と、その憤りを隠しません。783世帯1,578人の島は、自衛隊誘致で二分され、国の重要文化財にも指定される「タマハティ(魂貼)」などの島の祭事を連綿と受け継いできた地域社会に亀裂が入ることも予想されます。原発誘致で二分されてきた立地町村と同様の状況が引き起こされています。
 太平洋戦争の末期、本土防衛の捨て石とされ、悲惨な地上戦を経験した沖縄県民は、日本軍とともに南部に逃げた住民の多くが命を失ったこと、その戦争の最中逃げ惑う住民に対して日本軍が何をしたかを忘れてはいません。元防衛庁職員が「沖縄では軍人は住民を守らないとのイメージが強い」と述懐しています。与那国町民の多くもそのような感覚を持っているに違いありません。集落内を「自衛隊配備反対」の声をあげながら行進している間も、オジイ・オバアが外に出て手を振ってくれました。ある沖縄のオバアの言葉を忘れません。「元気に健康に生きることは二番目に大事、戦争のないことが一番大事、戦争になれば元も子もない」。

米国の利害が見え隠れする日米安保
 2010年12月、日本政府は中国を仮想敵国として動的防衛力と島嶼防衛を構想する「新防衛計画大綱」を閣議決定しました。与那国島への自衛隊配備は、その計画に基づくものです。その裏には、米国のアジア・太平洋戦略があることは論を待ちません。経済・財政状況の悪化する米国では、議会を中心に「米軍の前方展開」という伝統的政策に対する批判が大きくなっています。そのためには、思いやり予算などを米国の言うとおり潤沢に支出する日本との同盟関係のさらなる強化が求められているのです。
 日本は、米国債を東日本大震災後も買い続けています。本年2月の米国債保有額は1兆959億ドルという膨大な額となっています。しかし、中国はそれを超える1兆1,789億ドルを保有しています。1位の中国と2位の日本を合わせると、諸外国が保有する米国債の45%を超えるものとなっています。この2国が友好的関係をつくり米国経済に対抗するとなれば、米国にとって脅威となることは間違いありません。
 日米安全保障体制が、中国を仮想敵とする背景には米国の利害が見え隠れします。1995年、沖縄が少女暴行事件に揺れSACO合意が図られた年、米国は日本の貿易額の25.2%を占めて第1位でした。その年の中国は7.4%を占めるに過ぎなかったのです。
 しかし、2010年の貿易総額は、第1位が中国で20.9%、アジア全体では50%を超えることとなっています。米国は12.5%と大きく落ち込んでいます。今や日本経済を左右するのは、中国であると言っても過言ではありません。10年に初めて3,000億ドルを超えた日中の貿易総額は、震災の影響で伸びが鈍化したと言っても11年には過去最高の3,449億ドルとなっています。一方、米中の貿易総額は11年に4,467億ドルであったと中国メディアが報じています。米国は、日本と中国の対立を煽りながら、一方で06年からの「米中戦略経済対話」や高官級協議を続けてきました。米中の絆は、日本を越えて極めて強力なものになりつつあります。

沖縄の現状を変えるためには


沖縄国際大学から見た普天間基地
 5月9日付けの沖縄タイムスによる世論調査では、沖縄県民の50%が米軍基地の集中が差別だと思うと回答し、同日の琉球新報の世論調査では、69%が不平等と回答しています。米軍基地の集中化の要因は、沖縄戦に端を発しますが、背景に米国の利害と沖縄差別があります。1853年、日本に開国を迫る米国のペリー艦隊来航の衝撃は、明治維新という社会の変革を促し、31年後には福沢諭吉をもってして「脱亜論」に昇華します。「我が国はアジアの東辺にありといえども、その精神は欧米の文化に移りたり」とする論は、欧米社会を範として日本が欧米のごとく振る舞うことと、アジア諸国への侵略と植民地支配を正当化してきました。
 日本の植民地支配の始まりが、1910年の韓国併合ではなく、実は琉球処分とそれ以降の明治新政府による沖縄支配にあったことを忘れてはなりません。1945年の敗戦後も、日本は、同様の思想体系の中で米国の属国とも言える政策を取りつつ経済成長を遂げてきました。敗戦から67年、サンフランシスコ講和条約および日米安保条約から60年、本土復帰から40年、変わらない現実は、そこに要因があります。
 パックスアメリカーナの黄昏、私たちは変わりつつある米国の姿を見ています。そして変わりたくないともがく米国の姿も見ています。沖縄の今は、まさに変わりたくない米国のもがきにも感じられるのです。沖縄の現状を変えるためには、米国との関わり方を変えていくこと、アジア社会との友好関係を形成して行くことが重要となっています。アジアの重要性が増していく中で、私たちは「アジア蔑視の国民的感情」を払拭し、米国支配からの真の独立を勝ち取ることが求められています。アジアの中で生きてきた沖縄の反基地の闘いは、歴史的に大きな意味があるものと思います。

外交による安全保障を
 平和行進が行われている最中の12日、沖縄のマスコミは「米政府が7月に垂直離着陸輸送機MV-22オスプレイを那覇軍港に搬入し、組み立てて試験飛行を行うとの意向を日本政府に伝えている」と一斉に報道しました。その後、普天間基地に配備するとしています。オスプレイは、ウィドーメイカーと呼ばれるくらいに事故が多く、今年4月にもモロッコで演習中に墜落。2名の死者を出しています。沖縄では、2004年8月に普天間基地所属の大型輸送ヘリCH-53Dが、沖縄国際大学構内に落下するという事故が起きています。1959年には、宮森小学校へ米軍戦闘機が墜落、17人もの死者を出した事故も起こっています。世界で一番危険と言われている普天間基地へのオスプレイ配備は言語道断です。
 沖縄県民の生命をこれ以上軽視していいものではありません。世論調査においても県民の9割が配備に反対しています。オスプレイや海兵隊は、決して日本の安全を守るものではありません。琉球新報の世論調査では、中国の東シナ海への進出を8割以上が不安と感じつつも、6割以上が「外交努力で解決すべき」とし、「軍事力を強化すべき」との主張を圧倒的に凌駕しています。軍事力に拘泥するのは、国民の少数であることを政治家は心に刻むべきです。外交手段によって安全保障を確立していくことが政治の役割であり、自衛隊配備に反対する与那国島の人々の思いは、まさしくそこにあるのです。
 昨年の東日本大震災と福島原発事故以降、平和フォーラムは「一人ひとりの命に寄り添う社会」を掲げて運動を展開してきました。「国策」の言葉にだまされ続け、日本社会は「我慢」と「自己犠牲」を繰り返してきました。もう、そのような社会に決別しなくてはなりません。
 沖縄は燃えています。これまでの歴史を踏まえ、全国から沖縄に連帯した闘いを進めなくてはなりません。そのことが、社会を変える大きなステップであると確信するからです。

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今通常国会で人権侵害救済機関の設置を
部落解放同盟・中央執行委員長 組坂 繁之

格差社会の中で広がる危険な動き
 経済の停滞と格差社会の広がり、失業者やワーキングプアの増大の中で、差別・排外主義的な風潮が煽られ、悪質な差別事件や人権侵害が後を絶たない現状があります。インターネット上では、部落差別をはじめ様々なマイノリティに対する差別・誹謗中傷の書き込み、排外主義の煽動が横行し、差別がばらまかれています。そして格差社会の中で希望を見出せない若者が、不満解消の矛先をマイノリティに向けたり、国権主義や反人権主義と結び付く危険性も高まっています。
 これらの状況を考えれば、かつてナチスによるユダヤ人やロマの大虐殺につながる兆候が、最初は差別落書きの横行だったことを教訓化し、これらの危険な動きを芽のうちに摘み取らなければなりません。
 一つ一つの差別や人権侵害を許さない取り組みと、それを担保する制度が今こそ必要です。差別事件や人権侵害に、迅速に効果的に対応していくためには、国内人権救済機関(人権委員会)の設置が焦眉の課題です。

人権委員会設置を大きなステップに


2011年10月14日、
当時の平岡秀夫法相(左から3人目)に
要請を行った(右端が組坂委員長)
 2001年に「人権擁護推進審議会」が人権侵害救済制度の確立を答申してからすでに10年以上が経過していますが、未だに実現していません。このような立法不作為の状況は許されません。
 02年に「人権擁護法案」が国会に提出されましたが、メディア規制など多くの問題点が指摘され03年に廃案になりました。その後の法案の見直しと再提出はなされず、民主党を中心とする政権が誕生するまで状況は変わりませんでした。
 人権救済機関の設置をマニフェストに掲げた民主党の政権になって、しばらくは政治的混迷と「ねじれ国会」など困難な状況の中で、法案づくりはなかなか進みませんでした。そして、やっと今年2月に政府が「人権委員会設置法案(仮称)の骨子(案)」を示すところまでこぎつけました。
 その内容は、1) 人権委員会は国家行政組織法の第3条に基づく委員会として法務省の外局に設置。2) 地方組織は「全国所要の地に事務局職員を配置し、同委員会の任務を実現するための諸活動をおこなわせる」として法務局や地方法務局を活用。3) メディア規制を削除し、報道機関の自主的取り組みを要請。4) 制度発足後5年の実績を踏まえて必要な見直しをする。というものです。
 私たちのこれまでの闘いからすれば、不十分な点も多くあります。しかし独立性を担保した人権委員会の設置を大きなステップとして勝ち取ることが、いま問われていると考えます。不透明な国会情勢の中ではありますが、人権侵害救済機関設置の法案の上程と国会審議による充実、成立を勝ち取るため、皆さんのご協力を訴えるものです。

今年こそ狭山事件の再審実現を
 また、冤罪事件は国家による人権侵害の最たるものだと言えますが、狭山事件の再審実現の闘いも正念場を迎えています。09年9月に3者協議(東京高裁、高検、弁護団)が始まり、やっと裁判所の動きが出てきました(今年4月に第10回目)。しかし、この間の3者協議の中で、一部の証拠が開示されたものの、弁護団が求める重要な証拠は「不見当」(見当たらない)とされ開示されていません。
 足利事件や布川事件でも隠されていた証拠が開示され再審に結びついています。証拠開示、そして事実調べ実現を求める世論を喚起し、今年こそ再審と無罪を勝ち取りたいと考えており、あわせて闘いへの支援を訴えるものです。

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食品表示の一元化をめぐる動き
消費者の知る権利を実現できるのか
日本消費者連盟 共同代表 山浦 康明

「食品表示一元化検討会」が6月に報告
 2007年から08年にかけて、食中毒や食品偽装問題が相次いだり、日用品による事故も多発して消費者被害が拡大しました。また、食品衛生法を所管する厚生労働省、日本農林規格(JAS)法を所管する農林水産省の間の連携もうまくいかず、消費者被害全般について責任ある省庁も存在せず食品安全行政もうまく機能しなかったことなどから、09年9月に新たな行政機関が設置されました。それが内閣府に置かれた消費者庁と消費者委員会です。
食品安全行政に関しては、11年に閣議決定された「消費者基本計画」の中で、食品表示の統一化、原料・原産地表示の拡大が掲げられ、同年の消費者基本計画改訂においてもその方向性が確認されました。さらに、消費者委員会の食品表示部会においても「原料・原産地表示拡大の進め方に関する調査会」を11年1月から7月まで開き、表示の義務対象品目を拡大する際の基本的考え方や品目の選定方法を討議しました(筆者も調査会委員として参加)。
 これらを受けて消費者庁は、11年9月から12年6月まで「食品表示一元化検討会」を設置して、6月に報告書をまとめようとしています。しかし、この検討会の委員の中で消費者側委員は少数であり事業者側委員が多いこと、消費者庁の事務局も事業者の利害を優先して報告書をまとめているなど問題点が多くあります。
 以下、この報告書のたたき台として出されている論点をもとに、問題点をみてみましょう。

目立つ事業者の利害を優先した動き


「食品表示の改善を求める集会」
(2011年12月20日・衆院議員会館)
論点1:食品表示の目的について
 新たな食品表示制度の「目的」を「消費者基本法に示された消費者の権利を踏まえつつ、食品の安全性に関わる情報が消費者に確実に伝えられることを最優先とし、また、品質など消費者の選択に資するために重要な情報の提供」としています。しかし、表示の目的は消費者の選択権を確保し消費者の知る権利を実現できるものとする必要があります。消費者の知る権利に対応する事業者の情報開示義務を明記すべきです。
論点2:食品表示の考え方について
 表示事項に優先順位をつけて安全性に関わるものに限定しようとしたり、「わかりやすい表示」という表現で、文字を大きくして内容を簡素化するなどの事業者の意見を前面に出しているのは問題です。事業者が利益拡大を図るために様々な化学物質を使用して製品をつくっていることがわかるように、原料・原産地の表示は原則として全て義務化することや、韓国の表示制度も見習って、例えば添加物の用途をわかりやすく記載させる必要があります。
論点3:食品表示の適用範囲について
 外食や量り売りでは、容器包装食品と同様な情報提供は困難としています。しかし、最近拡大している外食や量り売り、自動販売機、インターネット販売、カタログ販売などにも表示制度の適用範囲を拡大する必要があります。
論点4:加工食品の原料原産地表示について
 前述のように、加工食品の原料・原産地表示については、11年の消費者基本計画改定でも取り上げられ、同年8月12日の消費者委員会の提言でも「食品表示が消費者の商品選択に資するものである」との報告があることから、表示義務の対象を広げるべきです。しかし、「食品表示一元化検討会」では拡大に反対する事業者側の委員の声が上がっていることは大きな問題です。
論点5:栄養強調表示などについて
 栄養強調表示はもとより、遺伝子組み換え食品の表示制度の改善、アレルギー表示の充実など、消費者目線に立った食品表示制度にしなければなりません。
 消費者団体では、6月に出される報告書の問題点を広く訴え、事業者の利害を優先した表示制度を許さない運動を続けていきます。

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第一次集約を迎える「さようなら原発1000万人署名」
「提出して終わり」でない取り組みを

署名用紙に様々な想いがこもる
 作家の大江健三郎さんや落合恵子さん、ルポライターの鎌田慧さんら9人の著名人の呼びかけによる、「さようなら原発1000万人署名」がスタートして約1年。この間、国内外から多くの署名が毎日事務局に届いています。問い合わせも毎日途切れることなく続いています。その署名が、4月末時点ですでに660万筆を超え、5月中旬には700万筆を超えようとする勢いです。
 署名は全国各地から来ています。原発のない沖縄や小笠原、徳之島、与論島などからも届いています。特に与論島では、人口約5,500人のところで1,200筆も集まりました。徳之島では署名の実行委員会が市民の手でつくられ集められました。沖縄の竹富島からは、人口340名の島で150名分が届きました。
 また97歳の女性が駅頭に立って集めた署名、生協や病院、お寺、教会など様々な階層、職種、地域、団体、個人の方々から様々な想いがこもった署名が届いています。大分県や宮崎県などのように署名数が県民の1割を超えた地域もあります。
 さらに海外からもアメリカやEU、韓国やインドなどのアジアの国々等40ヵ国を超える地域から、様々な言語に翻訳された署名が送られてきています。その数も4万筆近くになりました。署名に同封された手紙はその想いを熱く伝えています。これらは、七つ森書館から近く本となって出版される予定となっています。
 今回の署名は、個人や小さい団体から送られてくるものが圧倒的に多く、毎日ポストを見るのが楽しみとなっています。数は1筆や2筆、家族分だけというのもたくさんあります。また、一人で500筆、1,000筆と集められる方もおり、頭が下がる思いです。それだけ今回の事故は、社会の様々な層を動かしたものであり、脱原発へ向けた想いが各地で芽吹いていることが感じられます。この想いを大切にしなければならないと、手紙を開くたびに感じています。

原発再稼働阻止の世論づくりへ


国内外から続々と届く署名
 第一次署名集約日を5月末と設定して、それへ向けて各地でも取り組み強化と集約作業が進められていると思います。1,000万筆にどれだけ近づけることができるかと同時に、その署名を持って、今の政治状況にどのように訴えていくかが今後問われています。
 その署名集約集会を6月6日に、日比谷野外音楽堂で開くとともに、署名を直接、野田佳彦首相や横路孝弘衆院議長、平田健二参院議長へ提出できるよう進めています。あわせて国会議員への働きかけとしての院内集会、全政党への要請行動など、署名を軸とした政治への働きかけを丁寧に行わなければなりません。マスコミへのアピールも重要となってきます。想いの詰まった署名だからこそ、ただ単に提出しただけでは済まないものです。具体的要求と合わせて、それを実現できる努力を続けて行かなくてはなりません。
 現在、福井県にある大飯原発の再稼働が大きな焦点になっています。おおい町議会は5月14日、再稼働への同意を明らかにしました。今後、町長や福井県知事の判断が焦点になってきますが、その他にも周辺自治体の了解も重要なファクターになるはずです。安易に同意させない世論づくりが重要になってきます。この署名をその世論づくりに役立てていきます。

7月16日は東京・代々木公園で大集会を開催
 署名行動と並行してこれまで、昨年9月19日の6万人が参加した東京・明治公園での「さようなら原発集会」などを開催してきました。そして今年の7月16日には東京・代々木公園で、前回を上回る10万人の結集をめざす集会を開催することになりました。  ちょうど夏の「電力危機キャンペーン」が始まる時期であり、政府が進める「エネルギー・環境会議」が、今後のエネルギー政策をめぐる国民的討論を8月にはまとめるとしたちょうどその直前です。また、来年度の概算要求が検討される時期にも当たります。  こうしたことから7月16日に、今世紀最大規模の脱原発運動の総結集を図ることで、大衆的に大きな世論をつくり上げることが大切です。署名と大集会の二つの取り組みを通して脱原発世論を一気に高め、政策転換を迫っていきたいと考えています。さらなるご協力をお願いします。

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核セキュリティー上の大問題はプルトニウム

膨大な余剰プルトニウムを持つ日本
 この物質を少量持っているとされるだけで、国際社会から経済制裁を受けたり、戦争を仕掛けられたりするという大変な核兵器物質が、高濃縮ウランと分離プルトニウムです。ソウルのサミットで話し合われた核セキュリティーの根本問題がこれです。
 2010年の核拡散防止条約(NPT)再検討会議の前にワシントンで行われた初の核セキュリティーサミットに続いて、今年3月、ソウルで開かれた第2回目のサミットに参加したアメリカのオバマ大統領は、分離プルトニウムの危険性を次のように強調しました。
「われわれは、リンゴほどの大きさのごく少量のプルトニウムが何十万人もの人々を殺傷し、世界的危機をもたらしうることを知っている。核テロリズムの危険性は、世界の安全保障にとって最大の脅威の一つであり続けている」。この言葉は、主に原発の使用済み燃料の再処理を追求する国々へ向けられたものでしょう。前回のサミットで、直前にプラハでロシアと戦略核兵器削減条約(新START)に調印し、NPT再検討会議に向け世界の核軍縮を先導しようとしていたときと比べ、その威光が小さくなっているのは否めませんが、今回の演説は日本のマスコミでは、ほとんど報道されないのはなぜでしょうか。
 さらに「分離済みプルトニウムを大量に増やし続けることは、絶対にしてはならない」とも語ったのは、核燃料再処理計画を自国で進めることを望んでいる韓国に向けた意味合いが強いにしても、日本も無関係どころではありません。膨大な余剰プルトニウムを持つ日本は、再処理やウラン濃縮を望む国々に対して、「日本モデル」を提供しているのです。

日本政府内で議論される核燃料サイクル


ソウルで開催された核セキュリティーサミット
(White Houseホームページより・2012年3月25日)
 原発中心の「エネルギー政策」を進めることで、日本はすでに核兵器物質のプルトニウムを45トンも溜めました(5キロで核弾頭の製造が可能)。この状況は、サミットで合意された「核兵器物質の管理の強化」だけで対応できるものでしょうか。日本の外交は、核兵器物質生産禁止条約を追求しているはずですが、世界に対して、その言葉に説得力があるでしょうか。核兵器廃絶を訴える一方で、六ヶ所村で年間原爆1,000発分ものプルトニウムを生産できる再処理工場を動かそうとしています。すでにある45トンの使い道も不明なままです。
 現在、再処理を含めた核燃料サイクルが政府内で議論されています。原子力政策自体が東京電力福島第一原発の事故を受けて見直されている中、原子力委員会の「原子力発電・核燃料サイクル技術等検討小委員会」で議論されているのが、使用済み核燃料の再処理と直接処分との比較です。政策決定の選択肢を出す前提となる大事な議論ですが、その事務局が小委員会座長の指示にも従わず、コスト比較の数字をごまかすようなことを繰り返しています。比較対象の一方である直接処分の方に、再処理工場建設費や廃止措置関連費用を上乗せするなど、再処理路線を続けるための操作を行っているのです。
 それでも、再処理が割高になることが明らかなのですが、これは、同委員会の近藤駿介委員長自らも「皆さん勝手に足し算しちゃった」と誤りを認める発言をするくらい問題があった、2004年検討の「政策変更コスト」の計算の焼き直しです。事務局の構成が、再処理路線を推進してきた文科省・経産省の出身者や電力会社、メーカーに雇用されている事務局員が多いなど、「利害の衝突」によるものとも考えられます。利害関係者はこのようなポジションにつかないことが国際常識です。
 プルトニウムは、コストをかけてMOXに加工して原発で利用するよりも直接処分するほうが安いことが英政府機関の試算でも明らかになっています。英仏に送った日本の使用済み燃料から取り出したプルトニウムも、核セキュリティーを考えるなら、テロリストにも狙われやすい地球を半周する輸送を続けるより、同様に処分することを検討すべきです。核拡散上の大問題を引き起こす計画に、毎年1,100億円もの予算を使い続けるのか、「エネルギー・環境会議」が出す選択肢についての国民的議論の中で問い直しましょう。

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東北アジアの非核化を求めて(2)
米軍の軍事行動で西太平洋の緊張高まる

際限なく広がる日米の軍事協力
 今年1月に米・オバマ大統領が発表した、アジア・太平洋に重点を置く「新国防戦略」については、本誌3月号で紹介しましたが、その後、在日米軍再編ロードマップの見直し、日米首脳会談開催と共同声明発表など、国民が状況を理解する間もないほど、日米の軍事協力は際限なく広がりつつあります。これら急速な日米の軍事協力が中国を意識したものであることは明らかです。
 すでに2010年にゲイツ国防長官によって、中国のエリア接近阻止戦略に対抗する「統合エア・シーバトル」(空軍、海軍共同軍事作戦)構想が打ち出されましたが、この構想に基づく作戦が具体化する中で、在沖縄米海兵隊をとりあえず沖縄、グアム、オーストラリア、ハワイへと分散移駐させる。さらにフィリピン軍基地への移駐も検討されているというのが現状と言えます。
 今年に入っての米軍の一連の行動を見てみましょう。日米間では、06年の米軍再編ロードマップによって、3月26日に、航空自衛隊の総体司令部と関連部隊が東京の府中基地から在日米軍横田基地(福生市)に移転し、日米空軍の一体運用が始まることになりました。さらに12年度中には陸上自衛隊の中央即応集団司令部が在日米軍司令部のあるキャンプ座間(神奈川県)に移転し、地上部隊の一体運用が開始されます。

各地で続く合同軍事演習
 アジア・太平洋では、2月7日~17日にかけてタイ・米合同軍事演習が行われ、日本、韓国も参加しました。米・インド合同軍事演習が、4月上旬から約10日間の日程で行われ、直後の16日から27日にかけては、フィリピン軍との合同演習が南シナ海で行われ、さらにベトナムとも4月23日から、米第7艦隊の旗艦であるブルーリッジが参加する米・ベトナム合同軍事演習が行われました。
 この間、4月には、米海兵隊2,500人のオーストラリア常駐の第1陣として200人が移駐しましたが、さらにオーストラリア領・ココス島に無人偵察機配備の動きが浮上しています。
 こうした米軍による一連の軍事行動は、西太平洋での緊張を極度に高めています。対抗する形で、中国海軍とロシア海軍が4月22日~29日まで黄海で大規模な合同軍事演習(海上協力2012)を行っています。
 しかし、中国、フィリピン間で起こっているスカボロー島(黄岩島)領有権紛争では、フィリピン海軍艦船と中国監視船による長期間の対峙が続いており、フィリピン政府は米軍を後ろ楯に強気の姿勢を続けている中で、引き際を失った状態となっており、まさに戦争直前の状況と言えます。

北朝鮮を刺激する日米韓の軍事協力
 4月の朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の通信衛星打ち上げは、このような中国とフィリピン、さらに中・米緊張が高まりつつある中で行われたのです。衛星打ち上げは失敗しましたが、朝鮮半島での軍事的緊張だけでなく、日米韓3国の軍事協力関係を一気に押し進める結果をもたらしました。
 韓国政府は北朝鮮の衛星発射予告を受け、直ちに韓国配備のミサイルについての協議を米国に申し入れました。韓国はこれまで米国によって300kmと制限されてきた弾道ミサイル(液体燃料・玄武2)の射程距離を800~1000kmへ延長することと、弾頭重量を500kgに制限されてきた巡航ミサイル(玄武3・射程500~1,500km)の弾頭重量の変更を求めたのです。
 また、現在禁止されている固体燃料ロケットの開発も求めていると伝えられます。固体燃料なら常時発射態勢が可能です。さらに、現在配備中の巡航、弾道ミサイルも公開するなど、北朝鮮を挑発するかのような姿勢を見せています。
 5月9日に韓国紙・中央日報は日米韓3国が合同軍事訓練を行う方向で調整していると報道しました。米韓合同軍事演習には、これまで幾度も日本の自衛隊が参加していますが、それは全てオブザーバー参加でした。日本の植民地下にあった韓国には、自衛隊に対して強い拒否感が存在していたためですが、もし日米韓合同軍事演習が開催されれば、初めての軍事演習となります。
 5月に韓国国防相が来日するのに合わせて、「軍事情報包括保護協定」(GSOMIA)、「物品役務総合提供協定」(ACSA)の覚え書きが交わされると伝えられています。
 さすがにこうした協定が日韓で結ばれることに、韓国内では反対の声が相次いでいます。日米韓の軍事協力が、北朝鮮を刺激することは確実で、北朝鮮はさらなるミサイル開発、核武装へと進んで行く可能性があります。日本の運動も問われています。

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《各地からのメッセージ》
従来の運動では思いつかないアピールで「脱原発」を
岡山県平和・人権・環境労組会議(県平和センター) 議長 梶原 洋一


平和行進の出発式(2011年7月27日)
 岡山県平和センターには官民15単産が加盟し、文字通り平和・人権・環境を守る運動を精力的に行っています。また、県内に六つの地域組織があり、自衛隊日本原駐屯地を抱える美作地区平和センターの「2.11反核・軍縮・日本原基地撤去を求める集会」など、その地ならではの運動課題にも独自に取り組んでいます。
 一方、部落解放共闘会議や超党派の団体である「日本と南北朝鮮との友好を進める会」等の事務局も担っており、あらゆる差別の解消と人権の保障された社会の実現のために地道に運動を続けています。
 通常活動としては、「2.11『建国記念の日』を考える平和学習会」「5.3憲法施行周年記念集会」「6・15南北共同宣言記念講演会」「8月の水週間の取り組み」「世界人権宣言周年記念集会」等に取り組み、その他、米国等が核実験を行えば『平和の像』前で「抗議の座り込み」を行っています。
 また、中国ブロックでの結束も固く、原水禁広島大会への積極的参加はもとより、山口県の上関原発反対現地集会や島根県の島根原発反対現地集会等にも、バスを仕立てて参加しています。
 あの「3.11」は岡山県平和センターにも大きな衝撃が走りました。これまでの運動の弱さを厳しく問い直すと共に、決意新たに「脱原発」に取り組もうと、県内の市民団体等に呼びかけ、「さようなら原発1000万人アクションin岡山実行委員会」を立ち上げ、2011年9月11日に結成総会と講演会・パレードに取り組みました。以後、ほぼ月1回の割合で、学習会・パレード・ライブ・映画会・街頭署名や自治体交渉等に取り組んでいます。この実行委員会には、現在までに23を超える市民団体が集い、実行委員長には弁護士の方が就任し、従来の労働運動では思いつかなかったストリートミュージシャンによる街頭ライブ等、広く県民に「脱原発」をアピールしています。
 今後も、全国の仲間と連帯し、平和・人権・環境を守る運動を力強く推進していきたいと思っています。 

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【本の紹介】
フクシマと沖縄
前田哲男 著


高文研 刊
 2011年3月11日の事態が、日本の戦後の多くの闇を照らし出し、隠されていた真実を明らかにした。原発の安全神話、沖縄への米軍基地押しつけ、原子力村、日米安保村といわれる利権屋集団、偽りの繁栄、偽りの平和、政府の無力さ、そして私たちの弱点までも。
 平和フォーラム・原水禁は、脱原発運動に取り組んできたし、そして沖縄闘争に取り組んできた。しかし史上最悪の原発事故が起こり、10万人を超える人たちが避難したままで、展望が見えない中、再稼働・原発推進への動きが加速している。沖縄では復帰40周年のこの年に基地はさらに強化されようとしている。この現状に対して私たちの責任は免れるのかと問うたときに事は深刻である。多くの人々に従来の自らの生き方、そして関わってきた脱原発・平和運動・民主主義実現運動のあり様の見直しを鋭く迫られている。そして多くの誠実な人々は「見直し・再出発」をめざして苦闘している。私も誠実さはともかく「このこと」に気付いている一人である。
 前田さんはこの本の中で、フクシマも沖縄も「国策の被害者」として、「国策を推進してきた側」を自らの個人史と重ね合わせながら、鋭く告発・追及している。そして「脱原発」と「脱基地」への道として、新しい出発を提起している。前田さんは1938年に福岡県戸畑市(現・北九州市)に生まれ、1961年長崎放送に入社。ジャーナリストとして、彼の反核・平和運動が始まり、現在に至る。長い闘いの個人史を背負っている。
 ともかく読んでみよう。この中に、日本の反核・平和運動の原点と広がりと歴史が書かれており、私たちの課題を再整理することができる。またその中に、1967年の原水禁大会での故・森滝市郎議長の「私たちは核兵器即ち軍事利用に反対するとともに、核の平和利用にも反対し、核絶対否定の立場を貫く以外はありません」という演説も出てくる。そして本の最後は、「オキナワもフクシマもほんとうの意味でのたたかいはこれからはじまる」と結ばれている。そうだこれから始まるのだ。今度こそ責任を果たそう。
(福山 真劫)

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さようなら原発1000万人署名
第一次集約集会を開催

 昨年5月から、取り組んできた「さようなら原発1000万人署名」を現在開会中の通常国会閉会中の6月に署名を提出することになりました。これに伴い、原発廃止に向けた私たちの堅固な意志を確認する場として「第一次集約集会」を開催することになりました。どなたでも参加できます。なお、署名は5月末までに届いたものを第一次分として提出しますが、それ以降も継続しますので、ご協力をよろしくお願いします。

■「さようなら原発1000万人署名」第一次集約集会
日時:6月6日(水)18:00~
会場:東京・日比谷野外音楽堂(地下鉄「日比谷駅」3分、「霞ヶ関駅」5分)
内容:オープニングコンサート(寿[KOTOBUKI])集会、パレード
※パレードコース
日比谷野音~東京電力本社~銀座~鍛冶橋(予定)

◎7月16日には大集会を開催

■7.16さようなら原発10万人集会
日時:7月16日(月・休)13:00~(予定)
会場:東京・代々木公園B地区

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