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ニュースペーパー2012年12月号

2012年12月 1日

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 11月4日、東京・芝公園を会場に「止めるぞ!オスプレイの沖縄配備 許すな!低空飛行訓練全国集会」が開催され、好天に恵まれる中、全国から約4,000人が参加しました。集会は、平和フォーラムとオスプレイの沖縄配備に反対する首都圏ネットが主催しました。オスプレイが配備された沖縄から、沖縄平和運動センターの山城博治事務局長と宜野湾市議会議員で「普天間米軍基地から爆音をなくす訴訟団」の桃原(とうばる)功事務局次長が参加。山城さんは「憤りや悲しみは頂点に達した。沖縄は日米共同の軍事植民地となっている。日米両政府の姿勢が変わらない限り、沖縄の怒りがやむことはない」と激しく訴えました。集会の最後には、参加者全員でプラカードを掲げて、「オスプレイはいらない」とアピールしました(写真=撮影:今井明さん)。集会後はアメリカ大使館横を通るデモ行進を行い、オスプレイの撤去を訴えました。

【インタビュー・シリーズ その72】
原発事故は個人の一生では終わらない
ハイロアクション福島原発40年実行委員会 福島原発告訴団 大賀 あや子さんに聞く

【プロフィール】
東京都小金井市出身。チェルノブイリ原発事故後、「東京電力と共に脱原発をめざす会」などに参加。1995年に福島県大熊町へ移住。自給農や脱原発福島ネットワークの活動、2010年の秋から、ハイロアクション福島原発40年実行委員会の企画に取り組む。2011年3月11日の東日本大震災・福島第一原発事故以来、5ヵ所の避難先を変わりながら、福島原発告訴団の他に子どもたちを放射能から守る福島ネットワークの活動にも奔走する。

──会津若松市に避難されているそうですが、日常や感じていることを教えてください。
 今は借り上げ住宅の古いアパートに住んでいて、週1回程度、大熊町の女性グループの会合へ参加しています。自分で出かけて行かないと大熊町の人と会えないので、そこで方言を交え、ざっくばらんに今の気持ちや、最近の原発に関するニュースなど、いろんなことを語り合える機会になっています。
 会津若松の夏は暑くて大変です。少し体調を崩したときがあって、県内外の市民活動のネットワークの方は、会合は欠席もしながら、メールや電話で連絡しあって参加しています。
 福島原発告訴団では事務局として電話番を担当しています。みんなで仕事を分け合ってやっているのですが、それでもいっぱいという感じで、毎日忙しくしています。

──3.11の避難直後に感じたことや、それ以前の取り組みについてお聞かせください。


「がんばろう1000万人署名!」集会での
大賀さんの発言は参加者の感動を呼んだ
(2011年12月10日・日比谷野外音楽堂)
 避難が必要な人たちに一刻も早く避難してほしいということをいちばん思いました。強制避難指示が出たのに、その避難地域の人が半日後、1日後にどこまで避難が完了していたのかという情報も出ない、避難指定も拡げられない、事故がどんどん進展悪化していくのに、まったく行政やマスメディアの情報も対策も追いつかず、テレビの前で足踏みしていました。事故が起こって、現実に「原子力安全神話」というものが完全に崩壊した。だからそれなりに最善の対策が取られるのではないかと思ったのは甘かった。私自身が楽観(平常化)バイアスに陥っていた、とわかってきました。
 JCO臨界事故(1999年9月30日・茨城県東海村)の後に、自治体の防災対策やマニュアルが拡充されました。シナリオもばっちりでした。多少言い回しは違っても、用語まで全国で統一されています。でも実際には、マニュアルで細かく決まっていた放送内容など、ほとんど実行されませんでした。11日のことですが、災害対策本部が出来たという一報でもあれば、対策本部が出来るということは、相当メルトダウンの危険性が高まっているときだとわかり、私は近所の人に念のため逃げようと説得したかったのですが・・・。
 大熊町の場合は、津波のためにと言って高台も含む、国道の東側域(原発からは3~4㎞)から体育館へ避難してくださいという防災無線がはっきり聞こえました。これは担当者がマニュアルではなく、もしかして原発も危ないからと、津波の被害がないところも含めて避難指示を出したのかなと考え、よくやってくれたと思いました。それが夕方の4時から5時頃のこと。当日のことも、細かいことを語ればきりがないです。
 3km内は避難と言われたら、3kmと少しでも危ないと普通は考えるだろう、道路が渋滞し始めるだろう、と私は思っていたのですが、ほとんどの人がそう考えなかったようです。脱原発の運動に取り組んできた人でさえ、激しい余震の連続の中で、座して翌日10㎞内避難の放送があるまで留まり続けてしまったという人が多かったそうです。
 福島県に移住する前から、私も特に原子力防災に関心を持っていて、地域の住民がよく考えて、備えられるような取り組みをしたかったのですが、十分にはできませんでした。私自身が何かもっとできることがなかったかと、悔やまれてなりません。

──もうすでに脱原発を骨抜きにしようという動きもあります。福島では今、どのような動きにありますか。
 私はあまり大所高所で物事を解釈しようとしないもので(笑)。「自分たちが出来ること」をベースに考えています。昨年10月、福島県議会で県内の原発を全て廃炉にする決議が全会一致で可決されました。それが県の復興計画にはっきり書かれています。福島県民はもう答えを出しているということです。県民の中にも、まだ原子力に夢を持つとか経済のために必要という人もいますが、全体としてはこのことはまとまっている感じです。
 しかし一方、「不安の解消」ということが、行政のキーワードになっています。福島の県民健康管理調査の目的自体も、健康不安の解消となっていて、病気の未然防止ということではありません。それは、多くの住民の意識とかい離していると思います。甲状腺検査の結果が紙一枚で、「(嚢胞または結節ありと)判定しました。2年後まで二次検査の必要はありません」という通知では、不安をかき立てられるのは当然です。詳しい情報を求めたときの対応もひどく、情報開示請求に従って手続きをしないと細かいデータが出てこないのです。ごくわずかなネットが使える人や活動的な人でないと情報開示請求をしていないでしょう。
 山下俊一県民健康管理調査センター長が理事長を務める日本甲状腺学会会員へ、原発事故の影響を心配したそういう患者が来ても「検査や治療の対象とならない判定」「追加検査は必要がない」ことを理解し、ご説明いただきたいという、セカンド・オピニオンを封じるような文書を出していたことも明らかになりました。後に「そのような意図で出されたものではない」という言い訳を公式に出させたことは、こちらの取り組みの成果だと思っています。でも、そんな通達に従うような医者をもう信頼できないですけどね。例えば秋田県に良心的な病院があるという情報があっても、遠くてそう簡単に行けない人もたくさんいます。また、市民活動のネットワークにつながっていない人には全然わかりません。

──今後、もっと力を入れたい取り組みなどがあれば聞かせてください。
 「原発事故子ども・被災者支援法」に入っていることが実施されれば、相当いろんなことが前進しますので、力を入れています。まずは初年度の基本方針と実施事業へ向けて、また計画時も実施時も被災当事者の声を反映させる仕組みという点も重視しています。国会では全会一致で成立していますから、皆さんが国会議員の方に接触する機会があれば、完全に実施されるようにプレッシャーをかけてくださいというお願いをしています。広島でお話しした機会には、まさに被爆者援護法とのつながりで熱い関心を寄せていただきました。全国各地で保養や避難の支援を続けてくださっている方々とともに、行政への働きかけと民間の活動と両輪で進めていきたいと思います。
 福島原発告訴団については、検察の捜査・判断で不起訴だった部分があれば、検察審査会に訴える対応なども考えています。常に、市民同士、被害者同士が違いを超えてともにあることをめざしたいと思っています。ハイロアクションの仲間で全国へ避難している人もたくさんいますが、つながりを保って活動を続けています。どこへいても、私たち個人の一生では終わらない取り組みですから。
 大熊町の家には一度だけ夫と私の友人が一時帰宅しました。地震では全く壊れていなかったのですが、カビが生え始めていました。もちろんその家のことや大熊町のことはいろいろと頭によぎります。しかし、自分自身のことは構っていられないのですが、ゆくゆくは近県に移住して農業を再開したいと考えています。

〈インタビューを終えて〉
 政府が、「革新的エネルギー・環境戦略」の2030年代までに原発からの脱却という「革新」的であったはずの戦略を閣議決定しなかったことに失望感が漂っていました。大賀さんは、「国がどのような動きにあろうと、福島では県議会を含めて脱原発を決めましたから」と言われました。福島で起こったことを伝え、福島の仲間に寄り添って取り組むことが全てであると。その静かな口調に迫力を感じずにはいられませんでした。
(道田 哲朗)

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憲法理念の実現をめざす第49回大会
上関原発や岩国基地問題に取り組む山口で開催


2,500人が参加した開会総会(11月9日・山口市)
 上関原発や米軍岩国基地に対して長年取り組んできた山口県で、「『生命の尊厳』をもとに、原発も基地もない平和な社会へ 憲法理念の実現をめざす第49回大会(護憲大会)」が、山口市内の県スポーツ文化センターなどで、11月9日から11日まで開催されました。
 今回の大会は、衆議院の解散目前の政治状況のなかで、(1)未曾有の東日本大震災・福島原発事故被災からの復興と脱原発、(2)沖縄米軍基地・オスプレイ問題に示される民主党政権下でもつづく対米従属から脱却し東アジア地域の人々との友好関係を確立すること、(3)日本の侵略戦争の歴史認識が欠落した「領土問題」などで煽られた、偏狭なナショナリズムと有象無象の憲法理念を無視・敵視する改憲勢力の増長を許さないことが重要な焦点でした。

日中韓のパネリストによる討論
 初日の開会総会は2,500人の参加者を得て行われました。オープニング演奏や上関原発の写真のスライド上映の後、江橋崇実行委員長(平和フォーラム代表)が「東アジアの中で相互に連携し、尊重しあう関係を作り上げよう」と主催者あいさつ、纐纈厚山口県実行委員長が「『護憲』を『愛憲』と置き換え、全国・国際社会に広げよう」、高橋睦子連合副事務局長は「大震災の復興はまだまだ、今後も被災地と連携・支援しよう」、平岡秀夫民主党衆議院議員は「上関原発、岩国基地・オスプレイ問題をかかえる山口県から全国に問題提起しよう」、福島みずほ社会民主党党首は「脱原発、オスプレイ配備反対・沖縄基地撤去、憲法擁護の3点に力を注ごう」と、それぞれあいさつで訴えました。
 藤本泰成実行委事務局長が基調提案を行い、米国でできないオスプレイの低空飛行訓練を日本全国で行う問題から、米国の傲慢な姿勢と何もしない日本政府の姿勢が沖縄をはじめわれわれの日々の暮らしの安全を脅かしていること。偏狭なナショナリズムを煽り、集団的自衛権の行使や現行憲法の廃止をねらう勢力が台頭していること。大震災・原発事故でも復興も被害者救済もおろそかにされていることを指摘し、「豊かさを平等に享受できる社会」「一人ひとりの命が尊重される社会」を憲法は希求しているとし、「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う」と宣言した憲法の原点を忘れてはならないと提起しました。
 引き続く「東アジアとの友好~日中韓関係をめぐって」と題したシンポジウムでは、日中韓の3人のパネリストとコーディネーターの江橋崇平和フォーラム代表(法政大学教授)が討論。韓国の「アジアの平和と歴史教育連帯」で国際協力委員長をしているカン・へジョンさんは「明治維新後、日本はアジアを抜け出して欧米諸国をめざした。『東アジアとの友好』という表題は日本がアジアの外に見える。日本もアジアの一員だ」と重要な問題を指摘しました。日中韓の異なる立場からの議論は、政治・経済・文化のすべての分野で、お互いを尊重・尊敬し、友好関係を構築することが将来にとって重要であり、何が必要か利害を超えて話し合おうとの認識で一致しました。

偏狭なナショナリズムや改憲の動きも課題
 2日目は、分科会や特別分科会、フィールドワーク、ひろばなどが行われ、震災と原発事故問題や、歴史認識の欠けた偏狭なナショナリズムの問題、最近の改憲論の特徴などについて、熱心に学習、討議、交流をしました。
 最終日の閉会総会は、「オスプレイ配備阻止のとりくみ」について山城博治さん(沖縄)、「震災・原発事故被災地からの訴えととりくみ」について五十嵐史郎さん(福島)、「自衛官人権問題をめぐるとりくみ」について小原慎一さん(神奈川)、「上関原発・岩国基地など山口におけるとりくみ」について桝本康仁さん(山口)の特別提起を受けました。
 「大会のまとめ」を藤本事務局長が提案。「次回は50回の節目。大会の歴史と今をしっかりと総括し、半世紀にわたる私たちの関わりと出発はどうあるべきか。脱原発運動の中で市民社会のあり方と取り組みがスタイルを変えていることを踏まえよう」と集約しました。なお、詳細な報告はホームページをご覧ください。

http://www.peace-forum.com/houkoku/121111.html

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緊張を養分にして育つ戦争の萌芽
ナショナリズムの台頭に立ち向かおう
平和フォーラム・原水禁副事務局長 道田 哲朗

領土を意識させて始まった右への旋回
 時代がまた旋回しようとしています。つくられたのか、起きてしまったのかわかりませんが、島をめぐる紛争がナショナリズムの火をたくましくさせています。緊迫した領土対立で必ず見られたように「弱い態度を見せるな」という様相。互いに緊張が緊張を増殖させています。問題は第一に、この緊張が根深く未解決の歴史課題に根差しているということ。第二に、この緊張を利用して政権政党を大きく右に旋回させようとしていること。第三に、その進むべき方向が憲法改悪に集約されつつあることです。
 今日の政治情況は、ワイマール体制(1919~1933)が破産する過程で、右派政党、右翼政党、極右政党が雨後の筍のように登場したドイツと似てはいないでしょうか。このとき、「ベルサイユ体制打倒」、「ロカルノ条約破棄」、「再軍備」とユダヤ人保有財産の没収などが、各右派政党のそれぞれ主張するスローガンでした。彼らは、失地回復という領土問題の扇動を通じて、ワイマール憲法体制を崩壊させたのです。

植民地侵略の反省はあったのか
 日本は先の戦争に敗れました。しかしアジア諸国に負けたのではない、という奇妙な自負が腹の底にあって、戦争に対する反省と総括は徹底していません。約150年前、アメリカで独立戦争があり、またインドで激しい反英運動が起こったことで、明治維新を達成する条件が与えられました。秋山真之流に言えば、それは「天祐」であり「僥倖」でした。
 この「僥倖」と同じようなことが、第二次世界大戦に敗れた日本にももたらされます。日本の敗戦とともに起こった東西冷戦であり、この新たな世界規模の緊張と対立によって、日本の戦争責任の追及は鈍り、日本国民が、戦争の被害について日記に書きとめることはあっても、加害でなしたさまざまな事実にしっかり向き合う「つらい」機会を逸してきました。そして何より「僥倖」だったのは朝鮮戦争です。朝鮮戦争が隣の国で起きることによって、疲弊していた日本の産業は息を吹き返すことができました。
 銃剣をたずさえてアジア大陸に踏み込んでいったとき、最初に踏んだ地は台湾であり、朝鮮半島です。朝鮮半島は保護国という名の植民地となり、のちに併合して、言語を含めたアイデンティティーをさえ奪い取りました。最も長い期間、日本が加害を強いてきたであろう朝鮮半島が、第二次世界大戦ののち、また新たな事情によって戦場の地とされ、その戦時景気によって日本の産業は甦ったのです。このような「僥倖」が他の歴史の例にあるでしょうか。台湾出征から日清戦争、下関条約、第二次世界大戦のあとに中国で起こった国共内戦も、大いに日本にとって「僥倖」でした。
 あまりの運の良さ、あまりの「僥倖」で歴史の評価と不可分な国境線も曖昧となりました。元軍隊慰安婦や南京虐殺など歴史改ざんをしながら、戦争と侵略の歴史に反省を行わない隣人に、虐げられた国々の人々が寛容でいられるでしょうか。しかし、いま日本で起きていることは、先の戦争の無反省から生じた緊張をナショナリズムの増長に利用しようとする流れです。

領土問題とナショナリズムの「高揚」に強い懸念
 山口で開催された「憲法理念の実現をめざす第49回大会」(※)は、今日の領土問題とナショナリズムの「高揚」に強い懸念を表明し、第一に、この問題が歴史と結びつき、日本の侵略史の評価を抜きにして語ることはできないこと。第二に、憲法の視点による領土問題の解決が重要なこと。第三に、紛争を抑制しナショナリズムによる緊張激化をもたらしてはならないことを確認してきました。
 戦争は、戦争を実際に開始することで、戦争に反対する勢力を圧殺します。これも第一次、第二次大戦のドイツが恐ろしい教訓を残してくれています。歴史と戦争、憲法がひとつに連なるテーマとなる時代の旋回を迎えました。ナショナリズムが緊張という養分を吸って増長するのを許してはなりません。

※「憲法理念の実現をめざす第49回大会」の報告は、本誌4ページとホームページをご覧ください。
http://www.peace-forum.com/houkoku/121111.html

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TPP交渉ここが問題(その5) 交渉参加を急ぐ政府の姿勢
不足している情報公開 アメリカの要求を受ける日本

0.007%しか説明を受けず。多くの自治体が参加に懸念  衆議院の解散・総選挙という事態の中で、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉への日本の参加問題が、再び注目されています。TPP交渉への参加について、これまで野田佳彦首相は「地方での説明会などを通じ、国民への説明や情報提供に努め、国民的議論を経た後に結論を出す」としてきました。しかし、今年に入ってからTPPの説明・意見交換会等は、報道機関や市民団体の主催を含めても、「87回、97団体、約8,800人が参加」(内閣官房10月24日発表)しただけでした。この数字は全人口の約0.007%でしかありません。しかも7月以降は全く開かれず、TPP問題が判断できるような情報提供や議論がなされたとはいえません。
 一方、各地の都道府県議会や市町村議会では、TPP交渉に慎重な意見書採択をしています。2010年10月の菅直人前首相のTPP参加検討表明以来の約2年間で、都道府県議会で99件、市町村議会は2,144件で意見書が採択されました(農水省調査。同一団体で複数の意見書が決議されている場合もある)。そのほとんどが「参加すべきでない」「慎重に検討すべき」という内容です。これは農産物等の関税撤廃などTPPの内容に対する強い懸念があるとともに、この間の政府からの説明や国民的議論が十分になされていないことへの不信感が高いことを物語っています。
 そうした状況の中で、野田政権がTPP交渉参加へ前のめりに進むことに、多くの懸念が出されています。交渉参加を打ち出す背景には、アメリカでオバマ大統領が再選され、今後、交渉が加速するのではないかと言われていることが上げられています。7月に新たにカナダとメキシコがTPP交渉に参加することが認められましたが、これまでのTPP交渉で決まった合意内容を丸呑みすることが参加の条件であることや、各国別に追加的な規制緩和や市場開放に繋がる措置を実行させられていると言われています。

牛肉輸入規制を緩和、かんぽ保険でも譲歩


TPP交渉参加に反対する超党派議員集会
(11月15日・憲政記念館)
 日本の場合、交渉参加表明もしないうちから、日米事前協議のかたちでアメリカからの要求を受け入れてきました。1月に始まった日米協議の中では、①米国産輸入牛肉の月齢制限、②日本郵政による保険事業(かんぽ)、③自動車の「非関税障壁」がアメリカから課題として取り上げられました。
 そのため、牛海綿状脳症(BSE)に関わって続けられてきた米国産牛肉の輸入制限については、現行の20ヵ月齢以下の牛の肉に限ってきたものが、厚生労働省の諮問を受けた食品安全委員会が9月に、30ヵ月齢以下までの輸入を認める答申を行いました。これを受け来年早々にも規制が緩和され、米国産の牛肉の大部分が規制を受けずに輸入が行われることになります。
 また、日本郵政の保険事業(かんぽ)が医療保険分野への新たな事業に参入することに対して、アメリカの保険業界は強く反対をしてきました。そうしたことを反映して、今年4月に「郵政見直し法」が成立した直後に、日本郵政の齋藤次郎社長は「がん保険」への参入を凍結すると発表しました。現在、がん保険はアメリカン・ファミリー保険が約7割のシェアを持っています。かんぽの参入がないことで日米の事前協議の障害が減ったと言われています。
 最後の問題は自動車です。アメリカ側は、日本で米国車が売れないのは、自動車関連規制や流通構造、軽自動車に有利な税制などにあるとして規制撤廃を求めています。すでに発効されている韓国とアメリカとの米韓自由貿易協定(FTA)でも大きな課題となり、最終的には一定台数までは韓国の排ガス基準・安全基準に適合しないアメリカ製自動車の輸入も認められました。TPPの見本の一つと言われる米韓FTAの結着は、日米間の方向を示していると言えます。
 このような実態について、政府からの十分な説明や議論がなされていない中で、交渉に拙速に参加することは大きな問題があるとの批判が高まっています。

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原子力規制委員会の災害対策指針は問題だらけ
自治労脱原発ネットワークアドバイザー 末田 一秀

予定より半年遅れで発足、目立つ後退姿勢
 原子力規制委員会が当初の予定より半年遅れて発足しました。5人の委員には「原子力ムラ」出身者が含まれるものの、原子力緊急事態発令中であるという例外規定を使って人選の国会同意を先送りする手続きが取られる中での船出です。
 発足当初から、記者会見で政党機関紙の記者を排除したり、委員会傍聴席に私服警官を配備したり、これまでの原子力安全・保安院や原子力安全委員会(安全委員会)よりも後退した、開かれた行政とは言えない出来事が続きました。中でも問題だと思われるのが、規制委員会の最初の仕事となった原子力災害対策指針の策定手続きです。10月3日にたたき台、同24日に素案が提示され、31日に決定されるという経過をたどりましたが、その間、関係自治体等の意見聴取が行われただけでした。
 これまで安全委員会はこのような指針を策定・改訂するときにはパブコメ手続きを実施し、広く意見募集を行っていました。今回は明らかな後退です。これから原子力規制委員会は、各種の指針類を整備していくことになりますが、このようなことが繰り返されないよう求めていく必要があります。
 これまで安全委員会が定めていた原子力防災指針が「防災対策を重点的に充実すべき地域」(EPZ)を原発から半径8~10㎞圏内のみとしてきたことが福島での被害の拡大を招きました。そこで、防災計画の見直しでは、どの範囲まで計画策定するかが課題となります。検討にあたっては、福島原発事故でも高レベルの汚染が飯館村など北西方向に拡がったように、同心円状に拡がらないことを考えなければなりません。
 ところが、従来のEPZに代わって原子力災害対策指針で「緊急時防護措置を準備する区域」(UPZ)とされた区域は、相も変わらず「概ね30㎞を目安」とされています。山や谷の存在によっても風の流れは変わってしまうので、風向きや地形条件を反映した放射能の拡散予測計算を行って、それを計画に反映することが求められます。滋賀県や岐阜県などは独自に予測計算を行い、滋賀県はUPZを42㎞にまで拡げるとしています。

実効ある防災計画の策定を自治体に求めよう
 原子力規制庁も、拡散予測計算結果を10月24日に公表しました。しかし、この計算は地形条件を反映しないソフトで行われたという致命的な欠陥を有しています。しかも、入力にあたって方位を間違えたり、風向きを全く逆に入力したりしていたことが明らかになりました。
 そもそも福島事故時に計算結果が隠ぺいされたことで有名になったSPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)というコンピュータシステムは、事故時の放射能の拡散計算のために180億円以上をかけて開発されたもので、各地の地形条件を反映した計算を行えます。なぜ、これを使わないのでしょうか。理由は、原子力災害対策指針で導入された避難の判断基準に国際原子力機関(IAEA)の値の採用を予定しているからです。原子力災害対策指針を決めたものの、基準の数値やヨウ素剤の服用方法など多くのことが「今後の検討課題」と先送りされています。
 IAEAが避難の判断基準に7日間で100ミリシーベルトの被曝量になる値を提案しているため、規制庁が10月に公表した試算は7日間で100ミリシーベルトになる距離を示しています。SPEEDIでは7日分の計算はできないというのが言い訳なのです。
 しかし、そもそも判断基準にIAEAの値などを使わず、福島の教訓を踏まえて設定すれば、7日間の計算をする必要などありません。避難の判断基準は、実際には7日間で100ミリシーベルトの被曝量になる値として、空間線量率1,000マイクロシーベルト/時が使われます。通常時の約2万倍に相当するこの値が実際に計測された場合に避難すべきという判断がされることになります。つまり、どんなに立派な避難計画を作っても、少々の線量では避難は実施されず、まさに絵に描いた餅。高い線量になってから避難指示が出て外に出れば、高レベルの被曝は避けられません。
 各地の自治体は、防災計画の改定を来年3月末までに終えるよう国から求められています。おざなりの見直しで再稼働の条件が整ったなどと言われないよう、取り組んでいく必要があります。(1)地形条件を反映した予測計算を行い、UPZの範囲を目安とされる「概ね30Km」にとらわれずに広めに設定すること、(2)自治体が原子力災害対策指針より厳しい値を決めることは可能なので、避難の判断基準はIAEA基準よりも厳しい値とすること、(3)ヨウ素剤の服用地域も防災計画に位置付けて、対策を準備することなどを基本に自治体に要求していきましょう。実効ある防災計画の策定は容易ではないはずです。

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米国の核問題専門家が重大指摘
日本の使用済み核燃料は国際的関心

 10月28日に東京・明治学院大学で開催された、国連軍縮週間シンポジウム「『核なき世界』への新局面─原発、プルトニウム、核兵器」では、核兵器廃絶運動の観点に新しい視野を広げる、原発からの使用済み核燃料に焦点を当てる講演が行われました。
 米国の余剰プルトニウム処分問題に関わり、また70年代には核燃料再処理を放棄する政策決定にも影響を与えた核問題専門家、フランク・フォンヒッペル教授(プリンストン大学公共・国際問題)が使用済み燃料の乾式貯蔵、プルトニウムの管理と処分、再処理中止の必要性などを話されました。2030年代に原発ゼロとするにもかかわらず、核燃料サイクルを当面推進するという、日本のエネルギー・環境戦略の根本的矛盾への関心と、原発ゼロへの国際的圧力の報道もあって、活発な討論になりました。

各国では乾式貯蔵方式を導入
 国際原子力機関(IAEA)によれば、1975年の予測では2000年までに2,000ギガワットを超える原子力発電容量に対して、ウラン資源が足りないはずでしたが、2012年の予測になると2050年まででもその半分にもならない程度の原子力発電容量で、低コストのウラン資源も需要をはるかに上回る量が確認されています。この間に米国は再処理政策を撤回、電力会社が自ら、  高コストの再処理、増殖炉計画をやめました。
 しかし日本では、政策の変更ができず、プルトニウムを国内に9トン、海外を含めて44トン以上保有するに至っています。さらにプルトニウムを取り出す再処理の継続を決定した理由は、六ヶ所村のある青森県からの圧力があります。それは、再処理をやめた場合に、(1)英仏から返還される再処理廃棄物を保管しない、(2)「原子力船むつ」の使用済み燃料中間貯蔵施設の運用を許可しない、(3)六ヶ所再処理工場に貯蔵されている使用済み燃料を各原発に送り返す、というものです。
 現在、使用済み核燃料は、原発サイト内のプールから、再処理を前提として六ヶ所村の施設のプールに運ばれています。震災で福島第一原発4号機の使用済み燃料プールがどういう状態になったかということと、そのすぐそばにあって津波をかぶったにもかかわらず、健全な乾式貯蔵キャスクの状態を比較すれば、一定時間冷却された使用済み燃料は、安全上、乾式キャスク保管にするべきなのは明白です。単純な構造でコストも低いため、原子力発電所を持つほとんどの国は乾式貯蔵方式を導入しています。再処理工場を本格稼働させれば、さらに毎年8トンのプルトニウムが追加されます。プルトニウム・ウラン混合酸化物(MOX)燃料として原発で燃焼させても、燃料中のプルトニウムなど超ウラン元素は30%しか減少しません。高速増殖炉も実現性がありません。

すでにあるプルトニウムをどうするか


 現実的な計画として、2つの方法が紹介されました。深ボアホールというのは、セラミックで固定化して地中深く埋設するというもの。キャン・イン・キャニスター(下写真)は、セラミック内に固定し缶に入れて容器内に並べ、そこに高レベル廃棄物・ガラス混合物を注入するものです。
 プルトニウム処分問題を抱えているのは日本だけではありません。米国は核兵器開発や増殖炉研究開発で、約50トンの余剰プルトニウムがあります。フランスでは、MOX工場を建設中ですが、コスト高騰で使う電力会社が見つかるか不明です。
 英国では、再処理計画からのプルトニウム約100トン(日本のプルトニウム17トンは含まない)があり、MOX燃料工場建設の提案も、使う原発が建てられるか未定。日本がプルトニウム処分法について共同研究を提案すれば、英米両国は恐らく大きな関心を持つと思われます。
 フォンヒッペル教授は、米国の高官と会談した日本側の関係者の「リーク」のような形で報じられる「米国側のメッセージ」については、「われわれがテロリストの手に渡らぬようにしようと試みているまさにその物質、分離済みプルトニウムを大量に増やし続けることは、絶対にしてはならない」(オバマ大統領)という日本に対するメッセージの重要性を強調しました。そして、「再処理を追求するなら原子力も維持せよ」という米国政府内外からのメッセージの背景を説明し、その矛盾点を指摘しています。

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「持ち込ませず」は無理と大阪市長
――第7艦隊が核兵器搭載?

 橋下徹大阪市長が11月10日、広島市での囲み取材で、核廃絶の実現可能性について疑問を呈し、非核三原則の「持ち込ませず」についても無理だと述べました。その根拠は、第7艦隊が核兵器を持っていないはずがないというものです。
 橋下市長は言います。「『持ち込ませず』というところが、本当にそれが現実的にどうなのかというところは、しっかりと確認して、『持ち込ませず』は無理だと。......日本が拠点となりながら、太平洋を全部あの米国の第7艦隊が守っているわけですよ。米国の第7艦隊が、じゃあ、核兵器を持っていないのかというと、そんなことあり得ないですよ」(ニュースサイトJ-CAST 11月12日他)。
 「安全保障と核については、しっかりと政治家である以上は考える、議論する、国民の皆さんにきちんと問題提起はする。こういうことは必要だと思います」というのは、この見解に基づく主張でした。

米国専門家、第7艦隊は核搭載なしと指摘
 ところが、米国の核政策に関する権威として知られる「米国科学者連合」(FAS)のハンス・クリステンセン核情報プロジェクト部長は、筆者へのメール(2012年11月15日)で、こう言っています。「第7艦隊の艦船にも、米国海軍の他のどの水上艦あるいは攻撃原子力潜水艦(攻撃原潜)にも核兵器は搭載されていない。これらの艦船のすべての核兵器は、1991年から92年に陸揚げされた。そして、94年にクリントン政権が、水上艦すべてを非核化することを決定し、空母を含め、すべての水上艦の核兵器搭載機能を除去した。その後は、海軍の非戦略核で残っていたのは、陸上攻撃用の核弾頭型巡航ミサイル『トマホーク』だけだった。しかし、オバマ政権の2010年『核態勢の見直し』は、この核兵器を退役させることを決めた。その結果、米国海軍は、日本の港に、いや、何処にも核兵器を持ち込む必要はない。橋下市長が、米国の空母が核兵器を持っていないことが考えられないと言うのなら、核廃絶を考えることができないというのは不思議ではない。空母にも、日本を訪れている他のどの艦船にも核兵器は搭載されていないから、この問題について議論をしようという彼の提案は、そもそも意味をなさない」。
 米海軍が配備している核兵器は、戦略原子力潜水艦(戦略原潜)搭載の戦略核兵器だけであり、戦略原潜は他国の港には寄港しないから、海軍による持ち込みはあり得ないということです。

海軍の持ち込みを不要にした日本の運動と岡田書簡
 2013年退役予定のトマホークの延命を図ろうという動きが、2009年、「核態勢の見直し」を巡る議論の中でありました。これらのミサイルは、1991年9月27日にブッシュ(父)大統領が、水上艦船及び攻撃原潜から核兵器を撤退すると宣言したため、翌年以来、原潜には搭載されず、陸上で保管されてきたものです。このトマホークを維持しないと日本が不安に感じ、核武装してしまうと主張する人々が米国内にいました。
 背景には、日本に対する核以外の攻撃に対しても、核で報復するオプションを米国が維持することを望むとしてきた日本の政策があります。日本政府は、核を先には使わないとする「先制不使用策」に反対する立場を1982年以来、国会で繰り返し表明してきました。この立場を裏返せば、米国が核兵器の役割を縮小すれば、日本の核武装をもたらすという議論となります。
 2009年にいち早くこの状況を把握したクリステンセン部長の指摘を受けた日米の運動やマスコミ報道の結果、岡田克也外相(当時)は、同年12月24日、米国務・国防両長官に書簡を送り、「我が国外交当局者が......貴国の核卜マホーク(TLAM/N)の退役に反対したり、貴国による地中貫通型小型核(RNEP)の保有を求めたりしたと報じられて」いるが、そのようなことを「仮に述べたことがあったとすれば、それは核軍縮を目指す私の考えとは明らかに異なる」と伝え、自分は「核兵器の目的を核兵器使用の抑止のみに限定すべき」との日豪主導の「核不拡散・核軍縮に関する国際委員会」(ICNND)報告書の勧告に「強い関心を有して」おり、「政策への適用の可能性について、今後日米両国政府間で議論を深めたい」と述べました。
 この書簡は、核弾頭型トマホークの予定通りの退役を決めた2010年「核態勢の見直し」に重要な影響を与えました。つまり、日本の運動が、核搭載艦船寄港の可能性をなくすのに貢献したということです。

残された課題――先制不使用を日本の核政策に
 残念ながら、先制不使用支持の岡田外相(当時)の考えは、外務省の方針とはなりませんでした。核以外の攻撃にも核で報復するオプションを残せと言い続けていては、「持ち込ませない」の法制化は、米軍の必要とは関係なく、不可能でしょう。また、核兵器の非人道性と非合法化を訴える文書に署名するのも難しいでしょう。
(田窪 雅文:ウェブサイト核情報主宰)

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教科書採択問題「横浜方式」の危うさ
横浜教科書採択連絡会事務局
教科書問題を考える横浜市民の会 代表
佐藤 満喜子

強引なやり方で「つくる会」系教科書使用
 「教科書問題? 関心はあるけど詳しくないし......」、「学校現場は目の前の問題で超多忙。でも教科書をそのまま教えるわけではないから」、「教科書が違ったって受験に響くわけじゃないでしょ?」。おそらくこれが世間一般の教科書問題への反応であろう。しかし、関心が低い中で、教科書採択から発した「とんでもない横浜方式」は全国に拡散し、さらに今や横浜の教科書行政は「そこまでいっちゃったの?」の状況を呈している。
 2009年、横浜市教育委員会は、全国の教育委員会で唯一、「新しい歴史教科書を考える会」(つくる会)を母体とする自由社版の歴史教科書を採択した。偏った歴史観で貫かれ、「憲法改正を可能にする有権者」や「人権よりも国に忠実な国民」を育てる長期的な構想の手段として編集された教科書である。この教科書が、中田宏前横浜市長による教育委員の入れ替え、その教育委員たちの採択審議会答申無視と無記名投票採決、現場教師の意見を排除した採択手続きへの変更など、不明朗で強引な「横浜方式」を使って採択されたのである。
 2011年には、市民らの強い反対運動にも関わらず、過半数の教育委員が政治色を丸出しにして、自由社と同趣旨の育鵬社版の歴史および公民教科書を採択した。育鵬社版採択の教育委員会は全国で18ヵ所あるが、上記のような「横浜方式」が持ち込まれた採択がいくつも見られた。

「教育の独立」を無視した保守系市議の介入


「こんな教科書はごめんだ!」集会で発言する佐藤さん
(6月22日・かながわ県民センターホール)
 そして採択後の横浜では、子どもたちを置き去りにして「とんでもない教科書行政」が次々に行われている。採択地区統一(無償措置法16条に逆行)、各校に「伝習館高校事件判決」(学習指導要領が教員の教育活動が適法であるか判断する基準になり得るかが争われ、最高裁がその法規性を認めた判決)を"いいとこ取り"した教科書使用の通知、市立高校採択への事務局介入(事務局が、高校が出した日本史の希望教科書を勝手に変更して答申案作成)、市教育委員会発行の副読本である関東大震災のときの朝鮮人虐殺記述の再改訂(保守会派市議の「軍・警察の関与」や「虐殺」の語への批判に屈服して回収・再改訂を約束、職員を処分)など、範囲は高校教科書や副読本、職員の懲戒処分にまで広がっている。「つくる会」系教科書を採択すると、ことは教科書だけでは済まなくなり、コンプライアンスさえ怪しくなるのである。
 注意したいのは、いくつかが市議会保守系議員の介入によって起きていることである。今や横浜市議会の保守系若手議員は、「教育の独立」などお構いなしに、短絡的発想で介入している。日本会議などの右派団体が議員に呼びかけ、教科書や教育内容に圧力をかけ、教育委員会が屈していくという構図である。否決されたものの、横浜市議会では、教員や組合の教科書批判を禁ずる措置を国に求める意見書が自民党から提案された。憲法さえ無視した意見書がてらいもなく出されるような議会の水準は、市民として不安である。

教科書採択制度の改善に声をあげよう
 現場教員の声を無視し、教育委員の独善的採択を行うと、子どもにどう影響するのか。自由社版歴史教科書には前例のないほど多数の事実の間違いが記載され、年表はなんと他社教科書の盗作である。自由社は、誤りの多くを新版では削除したが、旧版の訂正を行っていない。市教委もなんら改善措置をとらず、子どもたちを放置したままであるため、横浜市の中学2、3年生は、多数の間違いと盗作年表の教科書を使わされ、受験を迎えようとしている。私たち大人は、今後彼らの被る不利益をどう償えばよいのか。
 素人の教育委員が、一度に数百冊の教科書の適否を判断できるわけがない。先進諸国では地区別採択はなく、学校別採択と教員の教科書採択権は世界標準である(ユネスコ勧告)。横浜の教科書採択制度改善に、声をあげていただきたい。

《各地からのメッセージ》
護憲・反戦平和のナショナルセンターとして
大分県平和運動センター 事務局長 河野 泰博

 大分県平和運動センターは、20単産・単組、18市町村にある16地区平和運動センターで構成され、約25,000名の組合員が結集しています。  大分の特徴は、「平和センター・社民党ブロック」といわれる、選挙から護憲・反戦平和・原水禁等、平和運動センターが取り組む運動諸課題の全て、そして部落解放同盟と共闘組織を作り闘争に取り組んでいることです。そのために月1回のペースで、さまざまな諸課題について協議し、行動を展開しています。もう一つの特徴は、運動は地区を基本とし、単産は「人もカネも出すが口は出さない」ということです。  闘争としては、「米海兵隊日出生台実弾砲撃訓練反対」と大分の対岸にある四国愛媛の伊方原発廃炉を主体として取り組んでいます。米海兵隊の日出生台訓練は、1996年の「沖縄の負担軽減」という美名のSACO合意によって、全国5ヵ所の自衛隊演習場で実施されるようになり、大分県では今年9回目の訓練が実施されました。私たちは受け入れが決定してから「日出生台対策会議」を立ち上げ、(1)海兵隊の本土分散移転訓練は沖縄の負担軽減ではなく本土の沖縄化になる。(2)訓練は恒常化し拡大する。(3)その結果、基地化の可能性が強いことを指摘し、県当局に反対するように申し入れてきました。県は言葉では「縮小・廃止」まで踏み込みましたが具体的には何もありません。今日の状況は私たちの指摘どおりに進行しています。
 この闘いは「安保条約廃棄」の闘いでもあります。今後も九州ブロック、基地ネットの支援を受けながら、安保に風穴を開ける闘いを進めていきます。
 もう一つは「伊方原発廃炉」の取り組みです。福島原発事故までは「対岸」のことだということで、取り組みが弱かったことを反省し、現在愛媛県との共闘会議を立ち上げ、「廃炉」に向けて差し止め訴訟裁判の原告団募集や学習会、署名行動を行っています。
 今後は山口県とも共闘して、上関原発問題も取り組んでいきます。 組合員減少で組織的には厳しい状況が続いていますが、護憲・反戦平和のナショナルセンターとして今後もがんばります。(写真は8月18日に大分県玖珠町で開催された「オスプレイ沖縄配備阻止!日出生台日米共同訓練反対!九州ブロック総決起集会」)

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【本の紹介】
深海魚
勝又 進 著


青林工藝舎 2011年刊
 「勝又進」と聞いて、思い当たる方もいらっしゃるではないでしょうか。「ふぇみん婦人民主新聞」や「狭山パンフ」(狭山差別裁判)などの運動関係の発行物で、漫画・イラストをながく提供されていました。
 漫画家としては、60年代に雑誌「ガロ」でデビューして以来、土俗的な世界を多く描き続け、漫画好きの間では知られた存在でした(2007年逝去)。宮城県石巻市出身で、大学院では原子核物理学を専攻していました。原発震災を契機のひとつとして編まれたこの短編集では、そんな著者の経歴をも反映した、(しかし創作傾向のなかでは)やや異色となる諸作品が収録されています。
 表題作「深海魚」、そして「デビルフィッシュ(蛸)」は原発労働者を主題とした作品です。専門的な知識と、現地取材を前提として、詳細に描かれた地獄のような労働現場の実態だけではなく、労働者の生活風景や原発周辺の自然を織り込むことによって、淡々としながらも、より一層のリアリティが生み出されています。近代化の象徴とされてきた原発が、その内部に抱え込んできた差別構造の下、こうした被曝労働者の存在ありきで動かされてきたという事実が読む者に迫ります。
 そのほかにも、著者の生まれ育った東北地方を思わせる農村の孤独な青少年を主人公にした作品群、そして著者の得意とした狸や河童が登場する、民話風の作品群が収録されています。変わりゆく村落共同体を背景に、少年と狸の交流と別れを描いた「わら草紙」が、とくに味わい深く感じます。
 これらのさまざまな作品に共通しているのは、近代化の中で隠蔽され、見えなくされていった物事、人々に向けられた眼差しです。
 著者の作品集で入手しやすいものとしてほかに『赤い雪』(青林工藝舎)がありますので、こちらも併せてお勧めします。
(山本 圭介)

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最高裁裁判官の国民審査
憲法・人権軽視の裁判官には×印を!

 2月16日、衆議院総選挙と同時に、第22回最高裁裁判官国民審査の投票が行なわれます。
 最高裁判所は、国会、内閣と並ぶ三権の一つ、司法の最高機関であり、その判断次第で人の生命や財産、権利にも、国の指針にも大きく影響します。最近でも「一票の格差」や「日の丸・君が代訴訟」の判決が出されています。しかし、裁判所は国の機構のなかではもっとも改革が遅れており、判決はいまなお「人権の番人」とはとてもいえません。
 最高裁裁判官国民審査は、主権者が裁判官の判断をチェックする重要な機会です。しかし、国会議員や大臣に比べて、最高裁判事はもとより最高裁長官が誰かも知られていません(現在は竹崎博充長官)。そのため、大多数が棄権のつもりで無印投票をしていますが、無印は信任です。○や△は無効です。きわめて非民主的、前近代的な方法です。
 平和フォーラムは、審査対象となる裁判官についての情報を十分に提供することや、○×式に改めることを求めていますが、改善されていません。また、投票のやり方や信任・不信任のルールの説明も不十分です。期日前投票も、国民審査は投票日7日前からしかできません。
 いまの制度では「×」印をつけることだけが権利行使です。今回は、須藤正彦、千葉勝美、横田尤孝、白木勇、岡部喜代子、大谷剛彦、寺田逸郎、大橋正春、山浦善樹、小貫芳信の10人の裁判官が審査対象です。過去実績や経歴を検討するとともに、制度自体に対する批判としても、できるだけ「×」を増大させましょう。意見が違うのでやめさせたい裁判官、憲法と人権を守らない裁判官、民主的な改革に逆行する裁判官には「×」印をつけましょう。わからないときは投票用紙を返しましょう。なお、詳細はホームページをご覧ください。
http://www.peace-forum.com/jinken/121216.html

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