トップ  »  ニュースペーパー  »  ニュースペーパー2014年3月号

ニュースペーパー2014年3月号

2014年3月 1日

ソーシャルブックマーク : このエントリーをYahoo!ブックマークに追加 このエントリーをニフティクリップに追加 このエントリーをはてなブックマークに追加 このエントリーをlivedoorクリップに追加 このエントリーをBuzzurlに追加 このエントリーをイザ!ブックマークに追加 このエントリーをFC2ブックマークに追加 このエントリをdeliciousに追加


ビキニ水爆実験被災60年を見直す
 水爆実験時ロンゲラップ島村長だったジョン・アンジャインさん(左)は1972年8月に、弟で後に村長となったネルソン・アンジャインさんは1975年2月に初めて日本を訪れ、ロンゲラップ島の核被害の実態を訴えた。ジョンさんが訪日した1972年、四男のレコジは重体となってアメリカの病院に入院し後に白血病で亡くなった。ジョンさんは帰国後すぐに病院に直行したが間に合わなかった。
(写真:2000年クワジェレン環礁イバイ島で)撮影・文:豊﨑博光(フォトジャーナリスト)

 1954年3月1日、アメリカの水爆実験「ブラボー」により、日本漁船「第五福竜丸」をはじめ多くの漁船が被爆しました。この事件を機に日本では原水爆禁止運動が生まれました。被災から60周年を迎える今日、あらためてビキニの現状とビキニが問いかける今日的意義を考える集会が、3月1日に静岡市で開かれます。

インタビュー・シリーズ:87
ジャーナリズムの仕事は権力を監視すること
特定非営利活動法人OurPlanet-TV代表 白石 草さんに聞く

白石 草さん
プロフィール
 番組制作会社を経て、東京メトロポリタンテレビジョン入社。ビデオジャーナリストとして、ニュース・ドキュメンタリー番組の制作に携わる。2001年に独立し、同年10月OurPlanet-TV設立。
http://www.ourplanet-tv.org/
現在、一橋大学大学院社会研究科客員准教授、早稲田大学ジャーナリズムコース講師。著書に『ビデオカメラでいこう~ゼロからはじめるドキュメンタリー制作』(七つ森書館)、『メディアをつくる~「小さな声」を伝えるために』(岩波書店)ほか多数。

─OurPlanet-TVについてご紹介をお願いします。
 2001年に設立した非営利のオルタナティブメディア(大手資本による既存マスメディアに対する独立系メディア)です。インターネットを利用して、独自に制作したドキュメンタリー番組やインタビュー番組を配信しているほか、オフィス内ではメディアセンターを設置し、子どもから大人まで、誰もが映像制作やメディアリテラシーを学べるよう、ワークショップを行っています。

─昨年12月6日の「『秘密保護法』廃案へ!大集会」(日比谷野外音楽堂)で登壇して発言されました。特定秘密保護法について、あらためてお考えを聞かせてください。
 私の仕事にいちばん近い、知る権利やメディアなどの取材とのかかわりにおいても問題がありますが、この法律は様々な人たちに疑いをかけて、自由に逮捕することが可能な仕組みになっています。特定秘密を扱う人たちの適正評価の問題、なし崩し的にすべてを奪っていく可能性を秘めているものです。現在ある、憲法を軸とした民主主義を脅かす最初の引き金をつくるものだという認識の下、私たちも発信や取材に取り組んでいます。
 法案成立に至る局面で最も問題だと感じたのは、NHKなど非常に力のある大手メディアが、この法律がいったいどういう意味を持つのかということを、丁寧にひも解く解説を十分に展開しなかったことです。言論に携わる人間であれば、どんな立場であっても、この法律は容認しがたいものだと私は考えています。しかし、採決をめぐる各党の動向など、政治の動きだけを伝え、この法律が何たるかという最も重要な点を伝えていなかったメディアが多数あったことは残念でした。
 一方で、市民同士の口コミや様々な工夫によって運動を広げ、これまで社会運動にかかわってこなかった層にも危機感が共有されたと思います。議会制民主主義は機能不全に陥っている中、多数の人が、直接声をあげたり、動いたことは、記憶しておく必要があると思います。
 むしろ、今回の問題は、国民の声に応えなかった国会、とりわけ、民主主義的な手続きを無視して国会運営をした与党自民党の責任は、極めて大きいと思います。しかも、昔の自民党であればこの法律は通らなかったはずです。安倍政権になり、党内の様々な意見を受け止め、多角的に議論することが出来る党ではなくなったように見えます。自民党内の民主主義こそ、深刻な状況にあるのではないでしょうか。
 もう一つ、最近、問題を感じているのは、官僚です。これまで私は、日本のエリートである官僚は、保守的ではあってもバランス感覚があって、人権を含めて、最低限の国際意識を持ち、現実的な線で一番ベターな道を選ぶ人たちだと思ってきました。しかし、どうもそうではないらしいということに、最近、気づきました。官僚のトップに近い方やそれを辞めて政治家になったような方が、私のイメージする「エリート」とは違った。たとえば、生活保護を受けている人たちに「私は努力しているのに、あの人たちは努力していないからダメ」というような言葉を吐くメンタリティの持ち主が、「エリート」の中に少なくないことを知り、危機感を覚えています。自分は成功して豊かだけど、弱い人たちに再配分して、ある程度は社会全体を良くしていこうという、バランス感覚がある保守層はもはや少数派なのでしょうか。行く末が懸念されます。

─OurPlanet-TVが国会記者会館屋上の使用を不許可とされた問題がありましたね。
 2012年7月に、原発再稼働反対の官邸前行動を取材するために、国会記者会館の屋上を使用させるように求めたのですが許可を得られず、仮処分の申し立ても却下されて、同年9月に訴訟を提訴しました。
 特定秘密保護法の問題に関する報道ともつながっていると思うのですが、記者クラブの問題の中でも、とりわけ政治部の抱える課題は大きいと思います。日本のメディアは、当局の情報をいかに早く報道するかというところに重点が置かれています。そうなると、いかに早く当局から情報をもらうかという競争になりますから、当局側と仲のいい方が有利になる。その結果、外部の人間を排除するだけでなく、同じ新聞社内でさえ、別のルートから批判的な立場で取材している記者をブロックするというケースさえ生じてきます。情報元の官庁や企業の情報に依存して、そこの情報ばかり伝えてしまう問題点がある上に、癒着したほうがいい情報が取れるあり方は、市民の利益に立っていません。
 中でも、政治部は深刻だと感じます。政治課題を浮き彫りにする役割を放棄し、まるで、政府公報のように、政府の考えを垂れ流すだけの報道もよく見かけます。政治部の存在そのものが、国を代弁するだけであれば、権力強化に与するだけ。社会にとって、むしろマイナスなのではないかとさえ思えてきます。
 いずれにしても、国から無償で貸与されている記者会館という建物を独占的に使用して、市民の求める情報を発信したいという新しいメディアを、一方的に排除する姿勢はおかしいのではないでしょうか。

─「報道の中立性」という言葉がありますが。
 もともと「中立性」という言葉は、直接、利害関係を持たないことを意味する言葉であって、左右の真ん中でバランスを取れという意味ではないと、私は認識しています。もちろん、多様な角度から多様な視点を提示することは大原則ですが、政治的に真ん中のラインがあって、そこに合わせるのが中立だと言うのはおかしい。日本では、当局の立場をそのまま垂れ流すことが「中立的」であると勘違いしているメディアもあり、悩ましい状況です。
 ジャーナリズムにとって、もっとも重要なことは権力の監視です。つまり権力をチェックするのが仕事なわけで、私は、市民、民衆の側に立つことが原則だと考えています。いちばん困っている人たち、あるいは権力から虐げられたり、差別されたりする側のところへ立って、権力をチェックしたり、そこの利益にかなうようなことをするのが本来の姿だと考えています。

─ヘイトスピーチの問題についてはどのように見られていますか。
 昨年12月にある大学の講演で秘密保護法の話をした際、最後の質疑で、男子学生の一人が私に噛みついてきました。秘密保護法をメディアは批判しているが、それは一方的だ。中国などの脅威があるから必要だというのです。私は、重大な人権侵害の恐れがあり、国際的にも非難されていることなどを丁寧に説明し、彼は少し反論しましたが、最後は、静かに聞いていました。後で先生とお話ししたところ、彼は非常に社会的なことに関心が高く、きちんと勉強するいい子なのだとおっしゃっていました。
 私も大学でメディアのことを教えていますが、よく勉強し、レポートもきちんと提出する、理解力の高い学生の中に一部、とても右翼的な思想を持っている学生がいます。色々と勉強したあげくそこにたどりついている。
 そのような若者を批判することは簡単です。しかし、彼らは煽られやすい人たちですが、一人ひとりがモンスターでは決してありません。まだ、彼らにとって、魅力的な受け皿が用意されていないのです。本来であれば、先生や友達との会話の中で、少しずつ思想形成が出来たらいいのですが、それができていないのです。
 彼らに必要なのはメディアリテラシーです。メディアリテラシーというと、情報を読み解くことと思われがちですが、彼らに必要なのは、現場の体験です。彼らが自ら現場に出向いて、様々な声を訊き、その体験を通して、メディアに接することができれば、視野の狭い「ネトウヨ」(ネット右翼)から脱皮できるはずだと信じています。

─今後のOurPlanet-TVについて聞かせてください。
 東京大学教授の水越伸さんが著書「メディア・ビオトープ」の中で、日本のメディアのことを「杉林」と評しています。非常に寡占的で、大きなメディアはたくさんあるけど、中間や小さなメディアがのびのび活動出来る環境が整っていないということです。私たちは12年活動をしていますが、インターネットメディアの多くは、出来ては消え、あまり定着していません。電波も寡占状態で、他の国に比べて自由度が低いのが特徴です。
 NHKがインターネットへの参入を本格化させる中で、放送法の体系も根本から見直して、私たちのようなメディアが気軽に電波のエリアにも参入できるような仕組みに変わればいいなと思っています。そして、杉林ではなく、大きなブナの木もあって、白樺もあって、色々な草花もある、水も豊かで多様な生物が生息する雑木林のようなメディア環境に、少しでも近づけたらと思います。
 非営利団体をとりまく状況も、認定NPO制度や優遇税制が整備され、支援がしやすいシステムになりました。また、一般の人たちも、既存のマスメディアだけではなく、もう一つのメディアがあるという意識が芽生え、資金面で支えようという気運が高まっています。徐々に、環境は整ってきていますので、そうした期待に応えていきたいと考えています。
 もう一つ、OurPlanet-TVとしてというより私個人として、3.11を経て、なるべく長生きしたいと思うようになりました。福島を見届けたいのです。これからが重要な時期です。記録し続けるということが重要だと思っています。本当はマスメディアに、もっとがんばってもらいたいのですが(笑)。

インタビューを終えて
 社会運動の未来をになう独立メディア。ステレオタイプの乱立たる既存メディアを白石さんは杉林と表現されました。鬱屈した杉林から突き抜けるような市民のメディアをめざしておられます。その存在自体が特定秘密保護法の世の反面教師に思えました。
(道田哲朗)

このページの先頭へ

暴走する安倍政権~戦後社会の崩壊を許すな~
「戦争をさせない1000人委員会」で全国運動展開
フォーラム平和・人権・環境 事務局長 藤本泰成

国家主義、歴史修正主義者に米国も失望
 自民党が政権を奪取して1年以上が過ぎました。国家主義者、歴史修正主義者の安倍晋三首相の暴走は止まりません。
 安倍首相は「嘘つき」です。2012年12月の総選挙の彼の主張は「強い日本を取り戻す」というものでした。しかし、彼はこの意味をしっかりと説明したことはありません。大衆受けのいい言葉を並べて支持を集めますが、彼の政治目標とする社会がこういうものだと明確にしたことはありません。それは、こういうものだと明確にするならば、決して市民社会の支持を受けないからです。
 2012年の自民党マニフェストは「原発に依存しない社会をめざす」と明確に記載していますが、総選挙での勝利後は「原子力政策の信頼を取り戻す」と記載し、新しい「エネルギー基本計画」では原発推進に舵を切っています。国会の予算委員会においては、安倍首相は自民党の議員の質問に答え、「侵略の定義はない」と主張しました。一国の首相が1974年の「侵略の定義に関する国連決議」を無視するような発言に、国際社会はどのように反応したのでしょうか。マスメディアの反応や国会内での論戦を見ると、日本国内での反応は本当に鈍いものです。
 東京オリンピック誘致の際には、国際社会に向けて「福島第一原発の事故はコントロールされている」「汚染水は完全にブロックされている」などと発言しています。メルトダウンした核燃料がいったいどのようになっているのかさえ分からない、取り出す方法さえ確立できていない、井戸水から高濃度のストロンチウム・セシウムなど放射性物質が検出される、原子炉は水をかけて必死に冷却しているがいつまで続くかも分からない、これがコントロールされていると言える現状でしょうか。
 「積極的平和主義」という彼が好んで使っている文言も、ノルウェーの平和学者ヨハン・ガルトゥングが使用した概念である「国家間における外交努力の積み重ね、政治的融和、経済的協力、文化的調和などへの努力の中で、戦争や暴力の状態をなくしていく」とする考え方とは全く違う意味に勝手に使用しています。圧倒的な戦力、暴力を持って、意に沿わない相手を打ち負かす方法でのつかの間の平和には、つぶされる側の恥辱と憎悪と復讐の怨念がつきまとうでしょう。
 昨年12月26日、周囲の反対を押し切って安倍首相は靖国神社参拝を強行しました。事前に米国への打診が図られていたと言われており、「米国は靖国参拝を望んでいない」との発信は何回もありました。昨年10月に来日したケリー米国務長官、ヘーゲル米国防長官が靖国神社ではなく、千鳥ヶ淵戦没者墓苑を訪れて献花したことも、その一つです。この首相の靖国参拝は、2006年の小泉首相以来7年ぶりとなります。今春の靖国神社例大祭には、麻生太郎副総理以下、4閣僚及び168人の国会議員が参拝しました。米国は今回の首相の参拝に対し「失望した」との異例の批判を行いました。また、中国・韓国のみならず、国連事務総長やロシア、EUからも大きな反発の声が上がっています。
 「村山首相談話」を見直すとの発言や、教科書検定における領土問題での「竹島は日本固有の領土であり、韓国が不法に占有するもの。尖閣諸島も日本固有の領土であり、解決すべき領土問題は存在しない」とする主張など、韓国や中国を刺激し対立をあおるばかりです。中国のハルビンに開設された「安重根記念館」に対しても、植民地支配など日本の過去の歴史に触れることなく、犯罪者と断言して不快感を表明するなど、国家主義・歴史修正主義の立場を明確にしています。
 また、昨年5月の国連社会権規約委員会の日本への勧告書は、従軍慰安婦問題、朝鮮高校への授業料無償化措置の不適応問題などに言及し、「差別である」と明確に指摘しその是正を求めましたが、日本政府は閣議において「従う義務はない」と一蹴しました。

通常国会で「集団的自衛権」の行使容認へ
 このような安倍首相の発言は、国内における国家主義者の跋扈を許す結果となっています。東京の新大久保や神奈川・川崎、大阪・鶴橋などで、在日朝鮮人をののしる、いわゆるヘイトスピーチが頻発しました。学校法人京都朝鮮学校への「ヘイトスピーチ」を繰り返してきた「在日特権を許さない市民の会」(在特会)に対して、京都地裁は昨年10月、「民族教育は人格的生存に不可欠な普遍的権利であり、歴史的経緯を踏まえるならば、在日朝鮮人の民族教育は特別な意義を有する」とし、「ヘイトスピーチは、少数集団に属する人々の自尊心や民族的自我を傷つけ、少数集団に対して深刻な被害をもたらす」と断罪しました。しかし、このような実態に対する政府の発言はありません。
 自民党の改憲案は、憲法13条の「すべて国民は、個人として尊重される」を「人として尊重される」と修正しています。このことは「憲法が一人ひとりの命を奪う」と規定することです。現在の安倍政権、自民党の保守政治家は、近代市民社会の歴史に学び「立憲主義」の基盤の中で政治を行っていくという基本的姿勢を欠いています。
 安倍政権は、当初、憲法96条を改正し憲法改正の発議を国会議員の3分の2から、2分の1にすることを画策しましたが、多くの反対と世論動向、参議院選挙の結果を持って断念しました。結果として、戦争をするために「公益と公の秩序」による人権の制限、国防軍や軍法会議の創設、戒厳令の創設など、憲法改悪を持って「戦争する国づくり」を模索する方向をいったんあきらめ、これまで憲法9条に違反するとされてきた「集団的自衛権」の行使を容認し、解釈改憲を持って「戦争する国づくり」を行う方向に転換しました。その初めが、「特定秘密保護法」と「国家安全保障会議(日本版NSC)」であったと言えます。
 安倍政権は、今通常国会において集団的自衛権行使容認の議論を行うことを表明し、首相の私的諮問機関である「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇)も、これまでの議論をまとめ4月にも報告を出すとしています。政府がまとめる「集団的自衛権」行使容認の見解は、安保法制懇の見解を基本にするものと考えられます。
 アーミテージ・レポートが要求しているように、米国ではいわゆるジャパンハンドラーと呼ばれる親日派国防関係者達が「集団的自衛権」行使容認の要求を重ねてきましたが、米国政府が直接それを要求したことはありませんでした。しかし、今年になってキャロライン・ケネディ駐日大使が、朝日新聞のインタビューに答えて「米国の兵士や水兵が攻撃を受けた場合、日本の自衛隊が米兵を守れるのであれば、米国にとって日本はより有効な同盟相手となります」として、「集団的自衛権」行使容認を支持する姿勢を示しています。このことは極めて重要です。
 日本国内の世論は、憲法改正には反対論が多いと考えられますが、「集団的自衛権」行使の容認に関しては、中国や北朝鮮の脅威が連日報道される中で、賛否は拮抗しているように見えます。学者・文化人・運動団体は反対の立場を明確にしていますが、市民社会の世論動向は極めて微妙な状況にあります。

侵略と植民地支配の時代へ後戻りを許すな
 1945年8月15日のポツダム宣言を受諾しての敗戦から69年が経過しました。日本は朝鮮戦争を契機に、警察予備隊、保安隊、自衛隊と軍備を持ち増強を図ってきました。しかし、これまで「専守防衛」の政策のもと、「個別的自衛権」の枠の中に自衛隊の活動を制限し、「集団的自衛権」は憲法解釈上許されないとし、一度として銃の引き金を引くことなく国際社会の信頼を積み重ねてきました。「非核三原則」「武器輸出三原則」など、平和憲法を基本にした政策を打ち出し、侵略と植民地支配の歴史から平和主義の時代へと歩みを進めてきました。安倍政権はまさにその69年の営みのすべてを反故にしようとしています。私たちは、決して侵略と植民地支配の時代へと後戻りしてはなりません。
 このような状況下において、平和フォーラムは多くの平和団体や憲法学者・文化人の方々と議論を重ね、「戦争をさせない1000人委員会」を立ち上げ、「集団的自衛権」行使反対、憲法9条改正を許さない全国運動を展開することを決定しました。著名な憲法学者である奥平康弘さんや高橋哲也さん、ノーベル賞作家の大江健三郎さん、宗教家で作家の瀬戸内寂聴さん、脚本家の倉本聰さんなどを発起人として、歴史的結集をはかりたいと考えています。
 呼びかけのアピールには、「私たちが願い、誓ってきた、人間と人間が殺し合う戦争はもう絶対にしない、国際的な紛争は粘り強く話し合いで解決する、という人類普遍の理想を、安倍政権は、何の痛みも感じることなく捨て去ろうとしています」として、「平和のうちに生きたいとする願いは、世界の人々の共通のものです。私たちはそれをさらに拡げるために、憲法九条を空文化し、集団的自衛権の行使を認め、秘密国家をつくろうとする政府への批判と行動をつよめます」と書かれています。
 私たちは、自らの力で自らの意志で、私たち自身の社会をつくりあげる必要があります。自らの手で、民主的な、平和な社会を奪い取る、日本の「市民革命」を実現しなくてはなりません。アピールは、「隣国を侵略し、さらに世界を相手に戦い、他国で2000万人以上、自国で310万人とも言われる尊い人命を奪い、人間の尊厳を傷つけました」と、私たちの侵略戦争と植民地支配の歴史の反省を記し、「この69年間、日本は一度も戦火を交えることなく、武器によって殺しも殺されもせず、世界に平和を訴え続けてこられたのも、この平和憲法が世界で支持されてきたからでした」と平和憲法の意義を訴えています。決して、私たちは自らの手で、二度と人の血を流してはならないのです。

3月に「戦争をさせない1000人委員会」の立ち上げ集会
 「戦争をさせない1000人委員会」は、3月4日に発足集会を開き、さらに、3月20日に日比谷野外音楽堂で「安倍政権の暴走を許さず、戦争をさせないアクション」を開催します。

●3.4「戦争をさせない1000人委員会」発足集会
日時3月4日(火)15時~
場所参議院議員会館101会議室
内容
・1000人委員会発足確認
・戦争をさせない1000人委員会と地方のとりくみについて
・署名等のとりくみ提起

●3.20「安倍政権の暴走を許さず、戦争をさせないアクション」(「戦争をさせない1000人委員会」キックオフ集会)
日時3月20日(木)18時~
場所日比谷野外音楽堂(日比谷公園内)
内容
・呼びかけ人代表あいさつ
・戦争をさせない1000人委員会アクションの提起
・アピールほか

(ふじもとやすなり)

このページの先頭へ

オスプレイの全国展開を止めよう
米軍機飛行の「自由」と「空の治外法権」

自治体と住民が主導する説明会の開催を
 日米両政府が2月7日に、高知県の陸上自衛隊高知駐屯地、航空自衛隊土佐清水分頓基地、福岡県の航空自衛隊築城基地の使用を想定し、MV22オスプレイが参加して実施される予定だった日米共同統合防災訓練は天候不良のため、オスプレイの参加が見送られました。出発地である山口県の岩国基地での積雪のため、米側は参加を見合わせ、南海トラフ巨大地震を想定したとされる防災訓練は、自衛隊のみで規模を縮小して実施されました。高知県では昨年10月にも、「台風の影響」でオスプレイの参加が見送られています。
 また、2月~3月にかけて新潟県の関山演習場と群馬県の相馬原演習場で、オスプレイを使用した共同訓練が予定されていました。結局、年が明けて1月20日、オスプレイの参加見送りが発表されましたが、昨年12月25日、平和フォーラムは新潟県平和運動センター、群馬県平和運動センターと、上空の飛行が予想される長野県の長野県労組会議とともに、防衛省に対し交渉を行いました。
 交渉で防衛省の担当者は事前の情報提供について、「米軍側からの事前通告が義務付けられているわけではなく困難である」という姿勢でしたが、住民説明会の開催については、自治体からの要請があれば開催すると回答しています。また、オスプレイの機体の安全性について、科学的、技術的な知見に基づく根拠を示すよう求めたところ、米国の調査報告だけに頼らず、パイロットや技術者を加えた「分析評価チーム」で分析と評価を行っているとする回答を得ています。モロッコやフロリダで起きた事故については、機体の影響を否定し人為的ミスと結論付けていますが、この分析評価チームなるものの実態を明らかにしておらず、今後追及する必要があります。
 昨年10月16日、滋賀県高島市の饗庭野演習場でオスプレイ参加の下、実施された合同軍事演習では、演習に先立って9月26日に説明会が開催されています。しかし、これは必ずしも住民の懸念に答えることが出来たものとは言えませんでした。昨年来、全国知事会も関係自治体の意向を尊重するよう繰り返し要請や声明を出しています。今後は政府主導の形ではなく、自治体や住民が主導する形での説明会を追求するべきです。


2013年12月25日に行われた交渉で
防衛省の担当者に要請書を手渡す
作業委員会をつくって政府交渉を行う
 平和フォーラムでは、市民グループなどとともに「米軍機飛行問題追及・作業委員会」をつくって、昨年7月12日と12月5日に政府と交渉を行ってきました。オスプレイを含む米軍機には、航空特例法が適用され、国内航空法の一部が免除されています。しかし、「地位協定の実施に伴う航空特例法」となっていながら、日米地位協定にはその根拠となる箇所が見当たりません。その点について質問すると外務省の担当者は、「安保条約で基地を提供しているのだから、目的に沿う訓練を行うのは当然認められている」と回答し、条文の根拠は示しませんでした。いつからそういう説明をしているのかとの質問には、「従来から認められている」として、その従来とはいつからか期日を示すよう求めると、「従来からとは従来からだ」との回答を繰り返しました。
 また国土交通省に同じ点を追及すると、外務省の管轄に当たる部分であり、回答は差し控えるとしました。空の安全を守る航空法については国交省が責任を負っているはずであって、外交上の問題でもない内政課題に答えられないとはおかしな話であり、その無責任な姿勢については、今後も追及していかなければなりません

相次ぐ米軍機に関連する事故
 10月には和歌山県で「津波防災訓練」と称したオスプレイの使用が計画されています。オスプレイの訓練に関わる一連の動きは「沖縄の負担軽減」に名を借りた全国展開であり、実際には全く目的が異なる訓練です。
 また、昨年12月26日、神奈川県三浦市で米原子力空母艦載のヘリコプターが不時着し、2人の乗組員が負傷する事故が起こっています。1月9日には同県綾瀬市で戦闘攻撃機FA18Eスーパーホーネットが金属製部品の落下事故を起こしています。相次ぐ米軍機の墜落事故や部品の落下事故。オスプレイに限らず、こうした事故機が日米合意違反の飛行であったことが疑われます。今後も政府交渉などを行いながら、全国各地ですでに始まっているオスプレイの訓練参加、本格運用を止めていかなければなりません。
 平和フォーラムのウェブサイトに、「No_Osprey」と題するオスプレイ・低空飛行訓練問題に関する交渉の概要や、その他の資料を集積するためのページを設置しました。どうぞご覧ください。
http://www.peace-forum.com/no_osprey/

このページの先頭へ

進む企業のための「農政改革」
食の安全や環境に配慮した政策へ転換を

経済界が求める株式会社の農地取得
 環太平洋経済連携協定(TPP)交渉が山場を迎えようとする中、国内農業政策も大きく変わろうとしています。日本農業は長期にわたる自民党政権のもとで、農業就業人口の減少や高齢化、農業所得の大幅減、耕作放棄地が増加してきました。2009年の政権交代によって、民主党政権のもとで「食料・農業・農村基本計画」が見直され、多様な担い手がつくる日本農業の姿が展望され、戸別所得補償制度による米の生産費補填等の直接支払制度など、自民党農政とは別の道が模索されてきました。
 しかし、2012年の再度の政権交代とTPP交渉を背景にして、再び農政の改革が進められようとしています。安倍晋三首相は、農林水産業を「成長戦略」の柱の一つにあげ、競争力強化をめざすとして、農業の担い手への農地集積をはじめ、生産・加工・販売を一体的に担う6次産業化、輸出倍増などを柱に、「今後10年間で農業・農村の所得を倍増させる」との目標を掲げました。
 そのため、1月から始まった通常国会において「農政改革」を進めるとして、予算や関連法案を提出しています。具体的には、(1)「農地中間管理機構」(農地集積バンク)による担い手への農地利用の集積・集約の加速化、(2)一律支払いなど構造改革にそぐわないとして戸別所得補償制度の見直し、(3)国による生産数量目標の配分などの米の生産調整制度(減反制度)の廃止、(4)農業が持つ多面的な機能に着目した日本型直接支払制度の創設などをあげています。
 こうした一連の農政改革のねらいは企業の農業参入にあります。特に、経済界は、現在は株式会社に認められていない「企業による農地所有の自由化」を求めています。これまで農地法で定められていた「農地を所有するのは耕す農民である」という原則を解体しようと目論んでいます。「農地中間管理機構」では、これまでの農業委員会が持っていた農地の移動への権限を排し、外資系を含む株式会社の農地取得への道筋を強引に開こうとしています。そこに参入する企業が、生産・加工・販売を一元的に担い「効率的で競争力のある農業を産業として作り上げる」というシナリオが描かれています。
 しかし、企業の農地所有は投機目的になる恐れも強いことから、地域の自治体や農業者からは反対の声が多く出されています。また、平野部が少ない日本の特質から、規模拡大が効率化、生産性向上と必ずしも結びつきません。強引な大規模化は、逆に中山間地域と言われる、効率面だけを見れば不利な地域の農業をつぶす結果になることも予想されます。


山間地が多い日本の農村は
大規模化も限界(福井県池田町)
「食料・農業・農村基本計画」の見直しも焦点
 農山村地域は、水源かん養をはじめ、国土や環境の保全、景観の形成、そして地域社会の維持や雇用の場の確保など、多様な役割を果たしています。この多面的機能は、それぞれの地域において持続的に農林漁業を営むことによって発揮されているものです。
 こうしたことから、単に規模拡大・効率化一辺倒の政策ではなく、食の安全や環境問題などに配慮した政策への転換が重要です。そのためには、農林水産業を資源循環型社会の基軸として位置づけ、それを評価する運動が必要になっています。各地で進められている、生産・加工・販売の一体化によって生産者の収益確保を図るための「6次産業化」の推進、農業・農村がもつ環境保全などの多面的機能を評価して、農家への直接支払いの充実も必要です。
 民主党政権時の2010年に作られた「食料・農業・農村基本計画」では、そうした方向が打ち立てられてきました。しかし、同基本計画も見直しが進められています。その論議を主導するのは、産業競争力会議や規制改革会議であり、「強い農業づくり」の名のもとに、農業を担う主体を、「農民から企業へ」「人から資本へ」転換させるものになる恐れがあります。
 世界的な食料需給逼迫や価格高騰が続く中、食料自給率引き上げや「直接所得補償制度(経営所得安定制度)」の拡充、食品の安全性の向上などの、これまでの基本計画が掲げてきた政策の重点課題を中心に、地域の実情に合わせた「多様な担い手の役割発揮」「地域の特色ある産地づくり」を進めていくことが大切です。また、再生可能エネルギー促進に向け、バイオマスや小水力発電など農村地域での分散型エネルギーの導入で農村地域の活性化に結びつけていくことも課題です。
 平和フォーラムはこうした課題に向け、農民・消費者団体と連携した運動を進めることにしています。

このページの先頭へ

福島原発事故から3年―安倍政権の原発推進政策に対決しよう!
3・11福島県民大集会・各地の連帯集会に結集を

福島原発事故から3年―安倍政権の原発回帰
 福島原発事故から3年目を迎えようとしているいま、原発事故をめぐる状況は、ますます深刻化しています。止まらぬ放射能汚染水をはじめ、いまだ事故の収束の見通しも立たない中で進む作業に伴う様々なトラブル、15万人を超える避難者、健康や将来の不安に揺れる住民など多くの問題が次々と立ち現われています。目に見えない放射能の被害により、特に福島では復興に大きな障害が続いています。
 そのような中、現在、日本の原発は全て停止した「原発0」の状況にあります。しかし一方で、安倍政権は、前政権の民主党政権が国民的意見を求めて「2030年代原発稼働ゼロ」を目指す政策を決めた「革新的エネルギー・環境戦略」をいとも簡単に放棄しました。昨年12月に明らかにした「エネルギー基本計画(案)」においては、原発を「基盤となる重要なベース電源」として位置づけ、原発依存度を可能な限り低減させながらも「その規模を確保する」と、将来にわたって原発を稼働し続けていくことを打ち出しています。
 さらに、六ヶ所再処理工場の建設推進や高速増殖炉もんじゅの延命など破たんに瀕している核燃料サイクル路線の継続を打ち出し、高レベル放射性廃棄物の対策については、国としての対応を積極的にすすめていくこととし、これまでの公募方式の処分地選定方法から、国が前面に出て決めようとする動きに方針転換することを明らかにしました。原発の再稼働や核燃料サイクルの推進など、福島原発事故がなかったかのように原発推進政策に回帰しようとする安倍政権の進める原子力政策は、「特定秘密保護法」や「集団的自衛権の合憲化」などの一連の右翼的な政策とともに、市民の「命」や「暮らし」に脅威を与える危険な政策であり、許すことはできません。

再稼働を許さない闘いを
 今年は、福島原発事故の対応とともに原発の再稼働が大きな焦点となります。昨年7月の原子力規制委員会による「新規制基準の導入」により、現在、泊原発、柏崎刈羽原発、大飯原発、高浜原発、伊方原発、玄海原発、川内原発、そして2月14日には中部電力が浜岡原発4号機の再稼働申請を行い、現在8原発13基の原発が再稼働に向けた安全申請を原子力規制委員会に提出しています。電力側は、安倍政権の進める「エネルギー基本計画」を後押しするように着々と再稼働―原発推進への動きを強めています。2013年度中には審査の結果がでることはありませんが、4月以降、原発の安全が「確認」されれば、順次、再稼働へ向けた地元自治体の了解などを経て夏までに再稼働していく原発がでることも予想されています。
 申請が出されている北海道(泊原発)、愛媛(伊方原発)、鹿児島(川内原発)などの各現地では、再稼働反対の全国集会や県民集会などが取り組まれています。原子力規制委員会の審査結果への対応とともに、自治体や世論への働きかけが取り組みの焦点です。原発そのものの安全性はもとより、地域防災の問題も解決されていないなかでの強引な再稼働への動きを十分警戒しなければなりません。原水禁としても当該の立地県とともに再稼働を許さない世論形成と具体的運動を全国化していくことが求められています。
 安倍政権の原発推進の流れに対決していかなければなりません。再稼働や核燃料サイクルの推進に多くの血税や電力料金を資金として投入するのではなく、福島原発事故の収束や山積する問題への対応に全力をあげるべきときです。脱原発を進める運動にとって、今年はまさに正念場ともいえる年となります。そのための世論の高揚と具体的な運動を各地で起こし、強化することが必要です

各地で取り組まれるフクシマ連帯行動
 福島原発事故から3年目を迎えようとする3月には福島をはじめ全国各地で連帯する集会が開かれます。福島においては3月8日に県内3カ所(郡山市、福島市、いわき市)で「原発のない福島を!県民大集会」が開かれます。山口や京都などでも同日に集会が予定されています(さようなら原発のウェブサイトで紹介)。東京においては、さようなら原発1000万人アクションが3月15日に日比谷野外音楽堂で連帯集会を開催します。また、福島県民集会をスタートに関東各地を回るキャラバン行動(静岡からも出発)も取り組まれ、福島原発事故を風化させず、脱原発へ向けた取り組みの強化を訴えようとしています。
 安倍政権の原発推進政策に対決し、何としても脱原発社会の実現につなげる活動の一層の強化がいまこそ求められています。安倍政権と対決する重要な年となる2014年であり、私たちの運動の真価が問われる年でもあります。ぜひ福島現地での集会や各地の連帯集会への結集をお願いします。

○3月8日11:00~「原発のない福島を!県民大集会」(郡山市、福島市、いわき市)○3月15日13:30~「さようなら原発集会(」東京)
なお、当日は9:30~夢の島・第五福竜丸展示館(江東区)から日比谷野外音楽堂までデモ行進もあります。

福島連帯キャラバン
○北関東コース・3月8日郡山市から15日の日比谷まで
○南関東コース・3月11日静岡から14日北関東コースに合流
http://sayonara-nukes.org/参照

このページの先頭へ

ビキニ水爆被災60年を見直す─3.1と3.11─
豊﨑博光(フォトジャーナリスト)

 ビキニ水爆被災とは、アメリカが1954年3月から5月まで、太平洋中西部、マーシャル諸島のビキニ環礁などで行った6回の水爆実験のうち、3月1日の実験の放射能(〝死の灰〟)によってマグロ漁船・第五福竜丸などの乗組員やマーシャル諸島の人びとなどが被災したことで、今年で60年目を迎えます。6回の実験はキャッスル作戦とよばれ、合計爆発威力は広島原爆の約3200発分に相当する48メガトン、放射能は日本を含む太平洋全域、アジアやインド、アフリカの一部と南北アメリカ、ヨーロッパの各地に飛散し〝地球被ばく〟を引きおこしました。
 3月1日に行われたブラボー実験(15メガトン。広島原爆の約千倍)はビキニの東約160キロで操業していた第五福竜丸の乗組員23人、180キロのロンゲラップ島住民82人(4人が妊娠中)、270キロのロンゲリック環礁のアメリカ人気象観測員28人、470キロのウトリック島住民157人(9人が妊娠中)に放射能をあびせました。
 とくに、白いパウダー状の放射能をあびたロンゲラップ島の人びとは、米軍に避難させられるまでの間、汚染された水や食料の摂取、汚染された服を着続けたことなどから半数致死量に近い放射線をあびたため下痢や嘔吐、火傷や脱毛などの急性症状にみまわれました。しかし、駆けつけた米医師団はプロジェクト4.1研究とよぶ核戦争時の兵士の最大許容被ばく放射線量を知るために治療は行わず観察を続けたのです。翌55年、一部のロンゲラップ島住民はシカゴの研究所に招かれ、ホールボディカウンターで体内に蓄積した放射能量を測られました。


マーシャル諸島最初の核被害者グループ「エラブ」を
ビキニ島などの被害者と共に創設したロンゲラップ島の
被害者リミヨさん(左)とロコさん姉妹。
ロコさんは2008年、脳梗塞で亡くなった(マジュロ島、2006年)
ロンゲラップ島住民の帰島
 水爆被災から3年後の1957年6月、ロンゲラップ島の人びとは降り落ちた放射能が残る故郷の島に帰りました。帰島についてブルックヘブン米国立研究所の報告書は、「...研究と産業分野における放射性物質の広範な使用は人びとをさまざまな形で被ばくさせる可能性を増大させています。それゆえ、人間に対する放射線の知識が必要とされており、人びとが(ロンゲラップ島に)住むことは人間に関するもっとも価値ある生態学的放射線データを提供してくれる」と書きました。アメリカなどで始まっていた原子力発電などに携わる人間への影響を知るためでした。
 帰島後、ロンゲラップ島の人びとの間では死流産や甲状腺異常、ガンが見られ、80年代に入ると被ばく3世の子どもたちに内臓や手足に欠陥が見られ始めました。1985年5月、「子どもたちの将来のために」として全員で故郷の島の南約190キロのクワジェレン環礁メジャト島に移住。以後今日まで、人びとはメジャト島や首都のマジュロ島などに分散して暮らしています。2005年にロンゲラップ島の一部の放射能除染作業が終わって帰島がよびかけられたが、放射能への不安から帰島は思うように進んでいないという。マーシャル諸島では、自分の島に住まない者は大洋を漂うヤシノミと同じといいます。ビキニ水爆実験はロンゲラップ島の人びとの健康をむしばんだだけでなく、故郷の島の居住を不可能にしたことで伝統や文化など生存の基盤を破壊したのです。

核実験被害の調査
 アメリカは、ビキニ水爆実験だけでなく、マーシャル諸島で67回の核実験を行い実験場のビキニやエニウェトク島を含むマーシャル諸島のすべての人びとの暮らしに影響を与えています。マーシャル諸島の核実験被害を調査し2012年9月に公表された国連人権理事会特別報告者の報告書は、アメリカが核実験被害の全容を公表していないため安全な水や食料の確保による本来の自足持続型の暮らしが脅かされていること、故郷以外の島で暮らさざるを得ない人びとの〝難民〟のような状況などは人びとの人権を侵害しているとしています。
 ビキニ水爆実験で被害をうけたロンゲラップ島などの人びとの被ばくデータは、核戦争時にどれだけの数の兵士が生き残り戦えるか、原子力発電所などで働く人びとがどれだけの量の放射線をあびると働けなくなるかなどを知るために使われました。そこには、放射線をあびさせられた人びとの人権や尊厳の無視があります。幸いにして核戦争は起きていませんが、原発は世界各地に広がりチェルノブイリ原発や福島第一原発の事故などによって多数の人びとと原発労働者が被害を受けています。2013年5月に公表された国連人権理事会特別報告者の福島第一原発事故被害の調査報告書も、放射能の拡散状況を知らせずに多数の被害者を生みだし、被害者の健康調査に偏重があるなど人権の侵害が著しいと書いています。
 3・1と3・11。ビキニ水爆実験被災の60年を見直すことは福島第一原発事故で生みだされた被害者の人権を考える機会になると思われます。
(とよさきひろみつ)

このページの先頭へ

核使用を極限の状況に限定せよと岸田外相
許し難い?あっぱれ? 米「核態勢の見直し」の焼き直し?

 岸田文雄外相が1月20日に長崎での講演で、核兵器の使用を極限の状況に限定すべきだと述べました。これに対し、核戦争を認めるのかという声と、使用を限定するべきとしたことを評価する声とがあります。『核兵器非人道性声明に日本が署名』(本誌2013年12月号)で見たとおり、日本政府は、生物・化学兵器及び大量の通常兵器による日本に対する攻撃に対しても、核兵器で報復する「先制使用」のオプションを米国が維持することを望むとの立場を表明してきており、それが署名で変わったのではありません。北朝鮮の脅威を強調しながら「『核兵器のない世界』の実現に向けて国際社会の取組を主導していく」と主張した今回の講演は、良くも悪くも日本政府の政策が変わっていないことを示しているようです。講演の核使用に関わる部分(◆)(順不同)と、米国が2010年4月に発表した「核態勢の見直し(NPR)」の関連部分(●)を比べて見ると、両者の関係が浮かび上がってきます。
(田窪雅文:核情報主宰)

 

◆歴史的な観点からは、冷戦後の21世紀において、核兵器の役割は大きく減ってきていることは確かです。しかし、同時に、核リスクが多様化する世界においては、核兵器の役割が増大している地域があることも事実です。......北朝鮮による核開発、イランの核問題、拡散上機微な関連物質や技術の拡散を含め、拡散上の懸念はより深刻になっています。北朝鮮が...3度の核実験を実施し...核・ミサイル開発を止めていません...またテロリストが核兵器を奪い使用する可能性も指摘されています。
◆核兵器国は、NPT上の不拡散義務を遵守している非核兵器国に対し、核兵器を使用したり、核兵器によって威嚇しないことを約束するように求めます。
◆万一の場合にも、少なくとも、それを、核兵器の使用を個別的・集団的自衛権に基づく極限の状況に限定する、こういった宣言を行うべきだと考えます。

●冷戦終焉以来、国際的な安全保障環境は劇的に変わった。世界的核戦争の脅威は遠のいたが、核攻撃のリスクは高まった。今日、最も差し迫った極端な脅威は、核テロリズムである。...今日のもう一つの緊急の脅威は、核拡散である。新たな国...が核兵器を取得する恐れがある。核の野望を追求する北朝鮮とイランは、不拡散の義務に違反し、国連安保理の指示を無視し、彼らが作り出した危機を外交的な手段によって解決しようとの国際的努力に抵抗している。
●米国は、NPTに加盟し、その核不拡散の義務を遵守している非核兵器国に対しては、核兵器を使用したり、使用するとの威嚇をしたりしない。
●核兵器を保有している国、核不拡散の義務を遵守していない国の場合には...米国は、米国あるいはその同盟国・パートナーの死活的国益を守るために極限の状況でのみ核兵器の使用を考慮する。

◎国際司法裁判所勧告的意見(1996年7月8日):国家の存亡そのものが危険にさらされるような自衛の極限の状況における、核兵器の威嚇または使用が合法であるか違法であるか否かについて裁判所は最終的な結論を下すことができない。

◆また、生物兵器禁止条約(BWC)や化学兵器禁止条約(CWC)をさらに普遍化させ、これらの大量破壊兵器の脅威を無くしていくことも、核兵器の役割を低減することにつながると考えます。
◆核軍縮・不拡散に向けた国際社会の取組を主導する際には、北朝鮮による核・ミサイル開発の進展がもたらす脅威を含む厳しい安全保障環境への対応、アジア太平洋地域における将来の核戦力のバランスの動向、軍事技術の急速な進展を踏まえた日米同盟の下での拡大抑止の信頼性といったものと釣り合ったものである必要があります。つまり、現時点での厳しい安全保障環境の中で、国民の生命財産を守るためにはどうあるべきかという冷静な認識です。

●いずれ、核兵器を持っているすべての国が核攻撃の抑止を核兵器の唯一の目的としても安心できるように、地域的安全保障構造を強化し、化学・生物兵器をなくするための努力を続ける...そして、とりわけ生物化学兵器を含む他の脅威を抑制する上での進展を評価する中で、米国は、核攻撃の抑止を核兵器の唯一の目的とする政策に移行するのが賢明と言える状況に関して、同盟国・パートナーと協議する。
●米国の同盟国の中には、核とミサイルの拡散を含め、安全保障環境における変化についての不安を募らせ、米国が自国の安全保障にコミットし続けることを再保証するよう望んでいる国々がある。再保証をすることに失敗すれば、非核国のうちの一ヶ国、あるいはそれ以上が自らの核抑止を追求する決定をする可能性がある。そして、それは、NPT体制の崩壊と核兵器使用の可能性の増大の一因となりうる。

◎岡田外相就任記者会見(2009年9月17日):私の持論は、核を先制使用するということを明言するような国に核軍縮やあるいは核の不拡散を、特に核軍縮を言う資格があるのかということであります。
国務・国防長官宛て書簡(2009年12月24日):12月15日、日豪共同イニシアチブで設置された「核不拡散・核軍縮に関する国際委員会(ICNND)」が報告書を公表しました。その中には、すべての核武装国による措置として核兵器の目的を核兵器使用の抑止のみに限定すべきこと、NPT非核兵器国に対する核兵器の使用を禁止すべきことなどの提案が含まれています。これらに関し「、核兵器のない世界」への第一歩として、私は強い関心を有しています。

このページの先頭へ

「核問題とウランを考える」(3)
日本のウラン採掘と残土の被害─危険性を訴えた20年の闘い

米大統領の提案で始まる原発・ウラン採掘
 日本の敗戦で、日本の研究機関や大学が保有していた原子力関係の機器は米占領軍によって、すべて廃棄されていたのが、1953年の米・アイゼンハワー大統領の国連演説「平和のための原子力」で、再び研究・施設の建設が可能となりました。
 政府は1954年に原子力予算を計上し、原発建設に取り組み始め、科学技術庁、原子力委員会が設置されます。こうした動きのなか、通産省(当時)工業技術院地質研究所は、国内でウラン採掘が可能ではないかと考え、日本各地で探査を行います。しかしウラン鉱床はなかなか見つからず、坑道を掘って探査されたのは、倉吉、東郷、人形峠、三好、垂水、東濃の六ヵ所だけでした。しかもほとんどが東郷、人形峠に集中しており、結局人形峠周辺だけ採掘されることとなりました。
 1956年7月に原子燃料公社(67年に動力炉・核開発事業団=動燃に吸収される)が設立され、ウラン採掘に本格的に取り組むことになります。

人形峠のウラン残土を残して公社は撤退
 人形峠は、岡山県苫田郡鏡野町上齋原(旧上齋原村)と鳥取県東伯郡三朝町にまたがる峠で、当初は名前もない峠だったのを、政府が「人形峠」と名付けたのです。
 1957年9月16日に原子力委員長の正力松太郎も出席して開鉱式が行われ、ウラン鉱石の採掘が始まります。採掘したウランは1959年3月に茨城県東海村に建設された精錬試験施設に送られ、精錬され、ウランが分離されます。
 採掘は1958年から64年にかけて行われ、人形峠周辺の12地区で採掘したウラン鉱石は総計85,509tでしたが、分離されたウランは46.6kgといわれます。1964年には人形峠に精錬試験精錬所が建設、稼働を始め、1965年度に313.4kg、66年度に709kgのウランを分離しています(いずれも原子力年報)。
 しかし原子力発電の燃料としてはあまりにも少量で、結局、燃料公社は人形峠周辺のウラン鉱山から、厖大な放射能を含んだ残土を放置したまま、撤収します。
 この大量のウラン残土が放置されていることが明らかになるのは、1988年8月で、残土の量は45万m3にもなります。この時、共同通信・鳥取支社記者として取材にきた土井淑平さんは、地元鳥取県東郷町(現・湯梨浜町)の方面(かたも)の榎本益美さんと初めて出会います。こうして土井さん(2001年退社)、榎本さんを中心に、鳥取、岡山両県の市民、労組、社民党、原水禁などが参加する残土撤去の運動が始まります。

2週間働けば、いずれ肺ガン死
 土井さんはウラン残土問題が出てから、国会図書館で「原子燃料公社年報」のコピーを手に入れ、各年度の人形峠・各ウラン鉱山のデータを調べていくうちに、1957年度の夜次地区の坑内ラドンが異常に高いことに気づき、大阪大学の久米三四郎さん(当時、2010年死去)に検討してもらいます。
 その結果、放射線の数値は驚くべきもので、最大1リットル当たり10万ピコキュリーで、放射線管理区域で働く職業人の1万倍に相当し、米物理学者・ゴフマンのヒバク評価をもとにすると、2週間働けばいずれ肺ガン死するというものでした。
 方面地区自治会と旧動燃との交渉によって、1990年8月に、同地区の残土16,000m3のうち、放射能レベルの高い「ウラン鉱帯」の3000m3を撤去するとの撤去協定書が結ばれます。旧動燃は約束した残土をまず岡山県内にある事業所に運び込もうとしますが、岡山県知事が反対したため、実行不可能になり、協定の実施を求める自治会は裁判に訴えることになります。2004年10月の最高裁で撤去が確定しますが、旧動燃は方面集積場から300mの麻畑地区のウラン残土堆積場に移動させようとします。
 これに鳥取県の片山善博知事(当時)が異議を表明し、文部科学大臣、県知事、三朝町長、日本原子力研究機構理事長の合意によって、結局放射性のレベルの高い残土は米ウラン精錬所の「ホワイト・メサ」へ持って行く。低い残土は三朝町の工場でレンガにすることで、ようやく決着がつきました。
 レンガは文科省の発表で、0.022マイクロシーベルト/時間です。しかし「核に反対する津山市民会議」が撤去された跡地にツアーを組み、開発機構も参加して計測したところ、残土跡地で最高0.9マイクロシーベルト/時間、レンガで最高0.35マイクロシーベルトが出ていました。到底安全とはいえません。
 しかしこの間、西尾邑次元鳥取県知事が、東郷町議会と県保養地・久松閣で談合し、残土を東郷町に据え置くことを決める秘密会合などがあり、東郷町議会の決議寸前までいっていたのを、情報公開で明らかにし、潰していきます。
 また、なかなか決着がつかない中、榎本さんが残土の袋を旧動燃事務所前に運び込むなどして、問題を広げ、これがその後の鳥取県知事の支援につながっていきます。
 1988年から20年に及ぶ運動と闘いに、まずは拍手を送りたいと思います。
(原水禁国民会議専門委員和田長久)山のデータ

このページの先頭へ

核のキーワード図鑑


そして原発の亡霊が復活する

このページの先頭へ

東北アジアの平和のために、新しい日韓関係を


 領土問題や歴史認識を巡って国家間の対立が深まる日本と韓国。2月6日~9日、平和フォーラムの代表団は韓国を訪れ、現地の平和運動団体や国会議員、労働組合などと意見交換を行ってきました。
 日韓の間には、日米韓軍事同盟や核再処理の問題など共通の課題を抱えています。東北アジアの緊張を緩和し非核化地帯をつくるためには、日韓の平和運動が連携をより強化していく必要があります。2月7日にはシンポジウム「日本の軍事大国化と日韓平和運動の当面の課題」がソウルの国会議員会館で行われ、専門家や最大野党の民主党のホン・イクピョ議員、革新政党である統合進歩党のイ・サンギュ議員なども参加し、熱い議論が交わされました。藤本平和フォーラム事務局長は「いまの情勢を打開するためには、日韓の運動が連携していくことが不可欠だ。そのためにも日本は過去の植民地支配に対する謝罪と賠償を行い、日韓の新しい友好関係をもって東北アジアの平和を作っていかなければいけない」と発言、大きな拍手が送られました。(写真)

このページの先頭へ

同じカテゴリの記事

一覧を見る

メルマガ登録・解除

平和フォーラムメールマガジンをお読みください

   

バックナンバー powered by まぐまぐトップページへ

FeedアイコンRSS