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ニュースペーパー2015年3月

2015年3月 1日

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安倍政権の暴走を止めよう!1月に連続行動
 安倍政権は昨年末の総選挙での「勝利」を受けて、憲法違反の閣議決定に基づく日米ガイドライン改定や戦争関連法案提出、沖縄・辺野古新基地建設、原発再稼働、歴史認識の改ざん、貧困と格差の拡大、そして憲法改悪などへ突き進もうとしています。こうした動きを止めようと、1月に都内で連続して行動に取り組みました。
 1月24日、東京・「豊島公会堂」で、「川内・高浜原発を再稼働させない!東京集会&デモ」が行われ、約550人が参加、鹿児島と福井の現地の反対運動報告などを受けて「原発再稼働と安倍政権を止めよう!」などとアピールしました。
 1月25日には、沖縄の海の色を象徴した青いものを身につけた人々が、人間の鎖で国会を取り囲みました。政府が沖縄の民意を無視して進める名護市・辺野古への移設計画に反対する実行委員会の呼びかけによるもので、7000人が参加しました。(上写真)
 さらに、通常国会が召集された1月26日の夜に、「安倍政権の暴走に反対する国会前行動」が取り組まれ、2500人が国会前の路上を埋め尽くし、集団的自衛権の行使容認の閣議決定撤回や日米ガイドライン改定・戦争関連法案阻止などを訴えました。

インタビュー・シリーズ:98
歴史の事実をきちんと伝える教科書を 教科書問題を考える横浜市民の会
代表 佐藤 満喜子さんに聞く

佐藤 満喜子さん
さとう・まきこさんのプロフィール
1949年神戸市生まれ、56年から横浜市で育つ。大学卒業後、出版社に勤務。退社後、「専業主婦」に。81年に教科書問題の集会に参加したことをきっかけに、翌年、「教科書問題を考える横浜市民の会」を立ち上げ、代表を長年務める。2009年には「横浜教科書採択連絡会」を結成し、事務局の一員として活動を続ける。他に「かながわ市民オンブズマン」で情報公開運動にも関わる。「家庭にいるようになってから、逆に社会との接点をより感じるようになって、世の中がよく見える」と言う。趣味は、バレエ・ダンスの鑑賞や、ヨーロッパを中心とした独立系の映画をミニシアターで見ること。「ハリウッドものは嫌い。イギリスのぶっとんでいる映画が大好き」。毎年の年賀状に、家族揃ってコスプレをした写真を使うのが恒例に。「もらう方も密かな楽しみにしてくれています」。

─佐藤さんが教科書問題に関わるようになったきっかけを教えて下さい。
 1981年に、中学校の公民や小学校の国語の教科書が偏向していると攻撃された問題が起きた時、作家の井上ひさしさんや教育学者の山住正己さんなど文化人が抗議声明を出したり署名運動が行われたりして、8月には東京の日本教育会館で集会が開かれました。私は出版社に勤めていたことがあることから、表現の自由に関心があって、その集会に参加しました。それまで教育のことにはほとんど関心も無かったのですが、ちょうど翌年から子どもが学校にあがるということもあり、興味を持って、せめて署名運動でも手伝おうかという軽い気持ちでした。
 その後、神奈川県内でも運動を起こそうという呼びかけがあり、翌年に「教科書問題を考える横浜市民の会」を作る事になりました。教科書問題に関心のある方だけでなく、家永裁判(高校日本史教科書『新日本史』の執筆者である家永三郎・旧東京教育大学教授が教科書検定に関して国を相手に起こした一連の裁判)の支援者、さらには児童書に興味のある方まで幅広く集まって、学習会などをやりました。私はたまたま専業主婦だったので、「電話番くらいならできるわ」と言ったら、代表にさせられて、そのままです(笑)。そうした運動の中から、教科書採択の経過が不透明なことが問題になりました。地方ではよくブラックボックスだと言われていましたが、民主的だと思われていた横浜でも同じだったのです。それを明らかにするための運動をやろうということになったのです。

─その後、いわゆる「新しい歴史教科書をつくる会」系の教科書の採択が横浜でも行われるようになりました。
 横浜の採択制度がおかしくなったのは2001年からですが、その前から県の教育委員会に、この教科書の採択を容易にするための請願が出されるようになりました。また、県議会議員からも「学校の先生の意見を聞くな」などといった圧力や、「学校票」(学校からの使いたい教科書の希望票を採ること)の廃止要求も出されてきました。そして、横浜では2009年に初めて「つくる会」系教科書の「自由社」版採択があり、2011年には新たな「つくる会」系教科書である「育鵬社」版が採択されました。それでも神奈川県内の教育委員会は不当な圧力に抵抗していたんですが、状況はだんだん厳しくなってきました。

─2015年は全国で中学校用の教科書が採択される年ですが、さらに厳しくなりそうです。
 横浜では、「育鵬社」版(「つくる会」から分かれた「教科書改善の会」による教科書)の中学社会科教科書「新しい日本の歴史」や「新しいみんなの公民」が多くなるのではないかと懸念をしています。林文子・横浜市長がどのような判断をするかにもかかっていると思います。実は林市長はBMWやダイエーの会長、東京日産自動車販売の社長などを歴任した経済人で、教育に関心が高いわけではありません。しかし、市庁舎建設とカジノを誘致したいがために、自民党との関係を強める目的で、「育鵬社」版の教科書採択を選挙の際の協約に入れているとの噂もあります。

─戦争責任や、アジア各国との関係をどう作っていくかが問われていますが、いまの若い政治家とはそうした基本的な考え方がずれているように思います。
 ネットへの若い人達の書き込みなどを見ていると、「南京大虐殺はなかった」とか「従軍慰安婦はいなかった」などと、本当のことは何も知らずに言っています。しかし、保守的な考えの方がスッと入りやすいのでしょう。間違っていることを指摘すると、何も言えなくなる。
 議員も同じで、きちんと同じ土俵に乗って議論をすることもできない。まさに安倍晋三首相と同じ体質です。今の内閣の閣僚の多くが参加している「日本会議」(日本最大の右翼団体)の主張も同じで、対話が成立しない。海外のことも知らないし、調べようともしません。
 かえって、海外とビジネスをやるような人こそ、そうしたことを勉強しています。内向き指向の世代になっていることも原因かもしれませんね。歴史認識の問題でも互いの国で議論があること、それをどう解決すべきかを考えるべきです。決着がついていないこともきちんと捉えるようにすべきでしょう。

─「つくる会」の自由社版の教科書が売れなかったので、育鵬社版の教科書は巧妙に作られているようです。
 原発の問題では、賛成派と反対派の双方でディベート形式で討論をするようになっています。一見、両方の考えを載せているようですが、最後には「どうやったら原発と共存できるか」という結論になっています。戦争や原爆のことも確かに書かれていますが、他の教科書とは質と量がまったく違って、被害者の人数など、戦争の悲惨さについてはごくわずかの分量しか書かれていません。逆に憲法のことでは、重要な立憲主義や三原則などよりも、天皇制のことや憲法改正のことが多く書かれています。このように巧妙に書かれているのです。
 他の出版社の教科書と比べるとその違いは一目瞭然ですが、学校の先生で教科書の展示会に行く人はごくわずかでしかなく若い先生は他の教科書を知りません。教育委員会も教員のそうした教材研究を後押ししていません。
 戦後教育は教科書を教材として、子どもたちが自ら考え判断できるようにしてきたのが、今は学校現場が忙しすぎて、教科書に頼った教え方になってきています。勤務時間中はトイレにも行けない状態だと言われています。市民もそうしたことを知って理解をしながら運動をしなければいけないと思います。

─教科書採択の経過についても明らかにさせていかなければなりません。
 県や横浜市の教育委員会に教科書採択について、情報公開請求をしています。30年前に神奈川で初めてやったのですが、ほとんど明らかになりました。自治体によって、教育委員会の対応が違うとは思いますが、そうした運動も大切です。
 しかし、「秘密保護法」が施行されるなど、逆戻りになる恐れがあります。権力を持つ者は情報が権力だということに気がついて、権威の後ろ盾を持って、市民に情報を公開しないようになるでしょう。それに対する市民の運動も大切です。

─教科書会社ももっと考える必要があります。
 今では中学の歴史の教科書を作っているのは、自由社や育鵬社を入れても7社しかありません。さらに少子化なので、経営も苦しくなっているのに、国は教科書の価格を昔のままにして上げていません。教科書では儲からないようになってきています。
 そうした中で問題なのは、会社が自主規制をするようになっていることです。圧力をかける政党などがまだ求めていないようなことまで忖度(そんたく)をして、自主規制をしています。図書館から問題になりそうな本を閲覧できないようにするなど、こうした忖度をした自主規制の動きが社会の中に広がっていくことこそ大きな問題ではないでしょうか。


教科書問題も取りあげた「建国記念の日」を考える集会
(2015年2月11日・日本教育会館)
─今年の教科書採択に向けてどのような運動をすすめたらいいでしょうか。
 教科書はそれぞれ中身が違うことを保護者や先生は知りません。取り上げている項目が同じでも、質と量が違うことを知ってほしいと思います。世界に通用しないような教科書では、次の世代が育つのにも障害になります。教科書を選ぶのは、最も教育現場に近い教員がすべきものです。世界的にもそうです。
 様々な人達が集まって「横浜教科書採択連絡会」を作りましたが、歴史や社会の事実にきちんとむきあった教科書を、教育委員ではなく、先生達に選んでもらいたいと思い、活動をしています。歴史認識や政治問題は政府の主張を押しつけるのではなく、論争があることをまず教育の中で伝えてほしいと思っています。平和フォーラムの運動にも期待をしています。

インタビューを終えて
 横浜で教科書問題にとりくみ牽引役として活躍してこられた佐藤満喜子さんは、ちょっとお茶目な方でした。ご夫妻ともに出版関係の仕事に就かれていたと言うことで、出発点は出版への圧力にあったのでしょうか。教科書は歴史認識の問題が、採択には、「地方教育行政法」「教科用図書無償措置法」など面倒な法律が絡みます。本人は「専業主婦」と言いながらどうして、骨太の話を聞かせていただきました。今年は、中学校用教科書の採択の年、私たちも頑張らないとという思いを新たにしました。
(藤本泰成)

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戦争関連法案の問題は何か
憲法の平和主義を空洞化し「海外派兵」へ
名古屋学院大学准教授/「戦争をさせない1000人委員会」事務局次長  飯島 滋明

 2014年7月1日、安倍政権は、日本が攻撃されてもいないのに海外で外国と武力行使をする「集団的自衛権」の行使容認の閣議決定をした。また10月に「日米防衛協力の指針」いわゆる「日米ガイドライン」再改定の「中間報告」が出されたが、そこでは「地理的、時間的、空間的制約なしの日米軍事一体化」がめざされ、「日本政府の閣議決定の内容に従って日本の武力行使が許容される場合における日米両政府間の協力」も約束された。安倍政権は「海外派兵」「海外での武力行使」を可能にする法律の成立や改悪を進めている。

アメリカの戦争に強制的に協力
 いつでも自衛隊を海外に派兵することが可能になる「恒久法」制定、あるいは「我が国周辺の公海及びその上空の範囲」(周辺事態法3条1項3号)という「地理的制約」のある「周辺事態法」の大改悪がされれば、自衛隊は世界中で武力行使が可能になる。後方支援は「作戦支援」であり、「敵対国」となるのは「国際的に見ても軍事的な常識」(1999年4月21日衆院ガイドライン特別委員会公聴会での松島悠佐元陸上自衛隊中部方面総監発言)だが、7月1日の閣議決定では、「いわゆる後方支援と言われる支援活動それ自体は『武力の行使』に当たらない活動である」とされている。
 そこで、たとえば戦争中のアメリカ軍への後方支援がされる可能性がある。安倍政権は「集団的自衛権の行使が必要とする事態を『存立事態』とし、武力攻撃事態対処法や自衛隊法を改正する案を軸に検討」するという。こうした法改悪が実現すれば、日本が攻撃されてもいない「存立事態」の際にも自衛隊の出動、武力行使がなされ、国民、自治体、医療機関や報道機関、運送業者といった「指定公共機関」がアメリカの戦争に強制的に協力させられる可能性がある。
 7月1日の閣議決定の際、安倍首相は「邦人輸送中の米艦船の防御」「駆け付け警護」の例を挙げ、「集団的自衛権」の行使の根拠となる法整備の必要性を力説した。これらの事例は「安倍総理の防衛知識は大丈夫なのか?」(『軍事研究2014年7月号』147頁)と言われるような噴飯ものの事例である。しかし、横須賀を母港とする第7艦隊が日本から戦争に出撃する際、日本のイージス艦やP3Cなどが護衛する任務につくことも正当化される法改悪の可能性もある。ガイドライン改定の中間報告では「装備品等の防御」がアメリカと約束されている。

国民の生命を守ることなど考えていない
 「駆け付け警護」では、アフガン支援の中村哲医師など実際に海外で国際協力に関わっている人は、自衛隊が「駆け付け警護」をするようになればかえってNGOなどが攻撃対象になると危惧する。安倍首相は「邦人救出」のための自衛隊の派兵や武力行使要件の拡大、ひいては憲法改正を主張しているが、武装した自衛隊が派兵されれば現地の邦人がどのような目に遭うか分かろう。
 安倍首相は機雷除去を認める国会答弁も繰り返しているが、朝鮮戦争時にアメリカの上陸作戦を助けるために日本が機雷除去をさせられたように、機雷除去は上陸作戦の前提となる可能性もある。「国民の生命と安全を守るため」に戦争関連法が必要と言うが、福島などの復興が終わっていないのに原発を再稼働させようとしたり、辺野古への新基地建設に反対する市民に対し法治国家ではありえない暴力行為を海上保安官などが日常的に行っていることからも、安倍政権が国民の生命を守ることなど考えていないことが分かる。戦争関連法案は憲法の平和主義を空洞化し、国民を守るどころか国民が戦場に行かされることになる可能性も念頭に置くべきだろう。

【新法制定、法改悪が想定される「戦争関連法案」の一例】
(1)根拠法
 防衛省設置法3条、自衛隊法3条を改悪し、防衛省・自衛隊を海外派兵のための組織に。
(2)海外派兵のための法整備
 海外派兵のための「恒久法」制定、「周辺事態法」の廃止あるいは大改悪。
(3)アメリカの戦争のための国家総動員体制、武力行使
 日本への「武力攻撃事態」だけでなく、日本が攻撃されていない「存立事態」の際にも自衛隊の「出動」を可能にするため、自衛隊法76条、武力攻撃事態法9条4項2号などの改悪。自衛隊の「武力の行使」を可能にするため、自衛隊法88条の改悪。日本やアメリカの戦争に自治体、指定公共機関、国民を強制的に協力させるため、力攻撃事態法3条1項、国民保護法3条1項、特定公共施設利用法5条などの改悪。個人の権利・自由を制限するため、武力攻撃事態法3条4項、国民保護法5条2項などの改悪。なお、アメリカの艦艇や武器などを守るため、自衛隊法95条の改悪。
(4)「グレーゾーン」への対応
 国際法上は「自衛権」行使の要件を満たさない「グレーゾーン」の際に自衛隊の武力行使を可能にするため、「領域警備法」の制定か、「海上警備行動」(自衛隊法82条)や「治安出動」(自衛隊法78条)などの手続を簡略化。
(5)「駆け付け警護」
 「恒久法」「PKO法」などに「駆け付け警護」任務の新設。
(6)任務遂行のための武器の使用の緩和
 「正当防衛」「緊急避難」に限定されていた武器使用基準を緩和し、「任務遂行」のための武器使用を可能にするため、PKO法24条、周辺事態法11条、船舶検査法6条1項などの改悪。
(7)「機雷除去」「船舶検査」(いわゆる「臨検」)
 世界中で「機雷除去」「臨検」を可能にするため、日本周辺に限定されている「機雷除去」「船舶検査」に関わる「周辺事態法」「船舶検査法」「外国軍用品等海上輸送規制法」などの改悪。
(いいじま しげあき)

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戦後70年の精神─私たちが守るべきもの─
「戦争をしない」ことを基本に「平和国家」へ
フォーラム平和・人権・環境 事務局長 藤本 泰成

 ノーベル賞作家の大江健三郎さんは、「今79歳の僕にとっては、67年間ずっと時代の精神は『不戦』と『民主主義』の憲法に基づく『戦後の精神』でした」「僕もすぐ80歳。デモに参加すると2日間は足が痛むが、集会で話すこともする。そのような自分ら市民を政府が侮辱していると感じるから、『戦後の精神』を持ち続ける老人でいたい」と述べています。日本の知性と言える老人をして、未だ運動の先頭に立たせる日本社会。アジア・太平洋戦争の敗北から70年を迎える今日、「戦後」というものをしっかりと見つめ直さなくてはなりません。

米国とともに世界で戦う「普通の国」へ
 1945年8月15日、ポツダム宣言を受諾して昭和天皇の「玉音放送」がありました。日本社会は、その時から全く価値観の違う世界に飛び込んでいきました。依然として戦前の体制を希求する人々が少なからず存在したに違いありませんが、しかし、多くの人々には「当時の混乱には何かいきいきと動いている感覚があった。個人の権利が保障され、僕も、東京あるいは世界へ出て行って何かやりたいと思った。戦後は明るかった」と大江健三郎さんが言うように、焼け跡・闇市の中においても、漠然とした希望を感じさせるものがあったように思ったのではないでしょうか。
 8月15日の「玉音放送」を境にして、一瞬にして日本社会が変化したわけでありません。日本国憲法と東京裁判が日本を戦前から切り離し、そのことが、戦前と戦後の連続性を断つことにつながったと思います。だからこそ、日本が国際社会への復帰を果たす1952年のサンフランシスコ講和条約の第11条に、東京裁判その他連合国戦争犯罪法廷における判決を受諾する旨が定められているのではないでしょうか。日本では「戦後○年」と表現しながら、社会の営みを見つめてきました。「戦後」が日本社会に与えた影響の大きさを知るべきです。
 しかし安倍晋三首相は、最初の首相就任から一貫して「戦後レジーム」からの脱却を主張しています。そして、集団的自衛権行使容認の閣議決定を行い、不戦を誓った平和国家から戦争をする国へ踏み出そうとしています。戦後社会を規定した日本国憲法は、その前文と第9条で戦争を放棄し、平和国家の礎を築いてきました。政府は、一貫して集団的自衛権の行使は憲法が許さないとしてきました。そのことは、侵略と植民地支配を行い周辺諸国に大きな被害を与えた日本が、平和国家としての信頼を勝ち得ていくにあたって大きな力となりました。
 安倍首相はそのことを覆し、米国とともに世界で戦う「普通の国」になろうとしています。そして、宿願である国連の安全保障理事国入りを、国連の安全保障措置に集団的自衛権をもって参加することで果たそうとしています。戦勝国で構成される安保理に入ることで、敗戦国の汚名を返上できると考えているからに他なりません。しかし、「戦争をする」という手法が、戦後70年の営みを否定し日本の将来を危うくすることは確実です。


戦争をさせない1000人委員会の集会
(1月29日・衆院)
侵略と植民地支配の真摯な反省から
 安倍首相は、これまで一貫して、東京裁判を否定し、先の戦争を自存自衛の戦争でありアジア解放の戦争と位置づけて来ました。「侵略戦争の定義はない」と発言し、靖国神社への参拝を強行し、慰安婦問題の強制性を否定する発言を繰り返してきました。安倍首相の就任以来、日中、日韓の関係は最悪のものとなっています。
 第二次世界大戦を同盟国として戦ったドイツは、敗戦後、徹底して戦争犯罪を糾明し、その責任を問うてきました。そのことによってドイツは今やEUの中心的役割を果たす国として世界から認められています。安倍首相は、戦後70年にあたって未来志向となる談話を発表するとしています。国会答弁では「村山談話を含む歴代首相の歴史認識を全体として受け継ぐ」とは言っても、「国策を誤り」「痛切な反省の意」「心からのお詫びの気持ち」などの具体的表現に触れることを避けています。程永華(チェン・ヨンホワ)在日中国大使は、新年会の挨拶で「歴史を真剣に省み、村山談話など歴史を反省する約束を守ることを希望する」と表明しています。村山富市元首相は「20年もたつのです。見直してくれればいいんです」としながら、ドイツの哲学者ヘーゲルの言葉を引用し「いい方向にアウフヘーベンして下さい」と発言しています。
 今、日本は大きな岐路に立たされています。日本社会がどう決断するのか、そのことは世界から注目をされています。平和フォーラムは、侵略と植民地支配の真摯な反省の上に立って、「平和国家」の歩みを「戦争をしない」ことを基本により確実なものにしていくことが、将来に向けて私たちに課せられた課題なのだと考えています。守るべきものは守りながら、新しい時代への日本を模索しなくてはなりません。
(ふじもとやすなり)

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農協改革─その狙いは何か
大資本の参入・利益追求を進める政策
農業ジャーナリスト  神山 安雄

 政府・自民党とJA全中(全国農業協同組合中央会)が2月9日、農協改革の骨格について合意した。(1)JA全中の農協法上の地域の単位農協に対する指導・監査権の廃止、(2)JA全中の2019年3月末までの社団法人化、(3)准組合員の利用規制の見送り、といった内容だ。
 JA全中の監査権の廃止では、JA全中の監査部門(JA全国監査機構)を分離して新たな監査法人を設置。貯金量200億円以上のJAに公認会計士による会計監査を義務づけるが、新設の監査法人と一般の監査法人のどちらかを選ぶ「選択制」にする。新設の監査法人は部門を分け、会計監査と業務監査の両方を行えるようにする。JA全中は、社団法人化しても、農協法の付則で代表機能、総合調整機能などの役割を位置づけることになった。

規制改革会議の提言が発端
 経済界が中心の政府の規制改革会議は2014年5月、農業委員会・農業生産法人制度の見直しとあわせて、農協改革を提言した。提言は(1)農協法にもとづく中央会制度の廃止、(2)JA全農の株式会社への転換、(3)単位農協の信用事業の農林中金・信用農協連への移管、共済事業の共済農協連の下での窓口・代理業化、(4)准組合員の事業利用の制限(正組合員の2分の1以下に)など、農協の総合事業と中央会制度の廃止といった農協の組織・事業の解体を迫るものだった。
 その後、政府・自民党間で調整が行われ、自民党がまとめた農協改革案が、政府の「農林水産業・地域の活力創造プラン」2014年6月の改訂版に盛り込まれた。
 「プラン」改訂版は、「農業の成長産業化に向けた農協・農業委員会等の改革の推進」として、農協改革については―(1)単位農協の農産物の有利販売と生産資材の有利調達に最重点を置いた事業運営(経済事業へのシフト)。(2)全農・経済連は農協出資の株式会社への転換を可能に。(3)農林中金・信連・全共連も農協出資の株式会社への転換を可能にする方向で検討。(4)農協法上の中央会制度は、適切な移行期間を設け「自律的な新たな制度に移行」。(5)農協の「自己改革」を強く要請する内容になった。

地域に根ざした協同組合への改革案
 一方、農協グループは14年11月、「JAグループの自己改革について」をまとめ、「持続可能な農業」と「豊かで暮らしやすい地域社会」の実現のため、「農業者の所得増大・農業生産の拡大・地域の活性化」を基本目標とした自己改革に取り組むとした。
 農協が「食と農を基軸として地域に根ざした協同組合」の役割を果たすため、農業振興と地域振興の一体的な取り組みを進めるとして、第1の争点の中央会制度は、全中への当然加入など統制的な権限等を廃止し、「農協法上の自律的な制度として新たな中央会に生まれ変わる」。経営相談・監査機能、代表機能、総合調整機能に集約・重点化して組織運営・事業展開をするとし、新たな中央会の「農協法上の措置」を求めた。
 第2の争点の「准組合員」は、利用を制限するのでなく、「農業や地域経済の発展を共に支えるパートナー」としてJA事業・運営への参画を推進。第3に、全農の株式会社化は影響など検討するとした。


農協改革はTPP反対運動つぶしにもつながる
(2014年5月14日の日比谷野音での集会)
"新自由主義"的攻勢を撥ね返そう
 安倍政権の農政は"新自由主義"農政である。「グローバル資本主義」は、新自由主義を基本思想にして、企業の売買を含む証券投機と公企業の民営化・規制緩和によって多国籍大資本の利益を最大限に追求しつづけている。「農協改革」もその一環だ。「農業の成長産業化」を看板に、一般企業の農地所有をめざす農業委員会制度と農業生産法人制度の改革(規制緩和)とあわせて「農協改革」を打ちだした。家族農業経営(農家)が組織し、正組合員・准組合員が一体となり農業振興・地域振興に取り組もうとする農協への攻勢は、家族農業経営を押しのけて大資本の参入・利益追求を進める政策でしかない。農協の経済事業と信用・共済(保険)事業の分離の狙いは、国家戦略会議「繁栄のフロンティア部会報告」(2012年7月)が「銀行や流通業者等の民間企業が農業にかかわりやすい環境を整えるための改革」として「たとえば農協の金融部門と流通部門を分離」とあからさまに述べたことでも明らかだ。
 大企業の参入による「成長」論に対峙して、農協の「自己改革」案は、「持続可能な農業」と「豊かな暮らしやすい地域社会」作りのための農業振興・地域振興の一体的取り組みという地域の「内発的発展」論をかかげ、准組合員にも利用制限を設けない等、"新自由主義"的攻勢に辛うじて踏みとどまった。組織論だけに終始した安倍政権の攻勢に対して、農協の「自己改革」は地域からの運動をもって応えていくべきだ。今後の動きを注視しなければならない。
(かみやまやすお)

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原水禁発足50周年に思う(2)
反核・反原発の唯一の全国組織として
原水爆禁止日本国民会議 専門委員 和田 長久

すべての核被害者の支援運動に参加
 原水爆禁止日本国民会議(原水禁)は、1965年2月1日に結成され、今年50周年を迎えました。原水禁は、反核兵器、反原発運動を全国的に進めている日本で唯一の組織であり、国際的にも反核・反原発の運動を進めている運動体です。
 ウラン採掘から、精錬、さらに核物質への転換の過程で発生する放射性物質や、原発の燃料、核兵器の原料となるウラン・プルトニウムなどの精製と、実験・使用・使用後の被害、廃棄物、それによるさまざまな被害に反対し、また国際的な連帯した運動を行っています。  当然のことながら、これら被害者の国際的な支援・救援運動にも参加しています。運動は労働組合が中心であるため、迅速性にやや欠けることもありますが、最近は原水禁に参加していない市民団体・グループとの共同行動も積極的に取り組んでいます。

原発に反対する市民運動との共闘
 原水禁の結成は、ソ連の核実験に賛成または反対しない人たちとの決別でした。原水禁は全ての反核運動に積極的に取り組みました。反原発運動に取り組みだしたのは60年代末からで、その前に日本に寄港し始めた原子力潜水艦寄港反対運動に触発されます。活動家から「原潜の寄港は日本の核基地化だけでなく、原潜搭載の原子炉の事故も問題ではないのか」と質問が寄せられ、おりから70年代に急速に建設が進もうとしている原発に焦点を当て、問題に取り組みはじめます。
 しかし、当時はほとんど資料もなく、事務局は原発の仕組みから勉強を始めます。やがて原水禁の運動に少し遅れて、各地で市民運動が始まり、こうしたなか大阪大学で「放射化学」の研究を行っている久米三四郎さん(09年8月31日没)が反対運動の講師として動き始めます。久米さんは生涯を講師の立場を貫いた科学者ですが、専門家としての話は分かりやすく、運動は一気に広がっていきました。また、原発に反対する大学研究者などによる「全国原子力科学者・技術者連合」(全原連=70年12月結成)の人たちも、原水禁や市民運動と協力を始めます。やがて、久米さんらの肝いりで「原子力資料情報室」が生まれ、プルトニウム研究会の高木仁三郎さん(2000年10月8日没)が事務局長となり、原発の問題点を発信しはじめます。また久米さんの提起で「反原発新聞」が発行されます。西尾漠さん(原水禁副議長)は、第1号からの編集長です。
 このように、運動は少しずつ広がっていきますが、電力会社の壁は厚く、私たちは運動の幅を広げることを強く求めました。しかし電力会社は、反対運動に対して陰湿な嫌がらせを行う一方、金に飽かして原発支持の「原子力ムラ」を科学者やマスコミにつくっていきます。

政党の介入によって潰えた統一の運動
 一方、原水爆禁止日本協議会(日本原水協)は、原発問題についてはきわめて消極的で、1977年から85年まで開催された原水禁、原水協の「統一世界大会」は、その実体を示しています。77年の大会の原発分科会では、原発の危険を議論するより、原水禁運動が原発問題に取り組むことの是非が大きな議論になり、米国代表や西独代表らが閉会総会への出席を拒否しました。また、ウラン採掘や放射性廃棄物問題の分科会が、「フォーラム」と低く設定され、参加の先住民代表が差別だとして退場するなど、多くの問題が生じています。
 それでも統一大会は少しずつ成果をあげ、原発の危険性を共有できる大会になりつつありました。しかし1984年4月に日本共産党機関紙「アカハタ」が「原水協は原水禁運動の本流である。......庇を貸して、母屋を取られるようなことがあってはならない」と露骨な介入を行い、結局、統一大会は形だけの85年大会を開催した後、中止となります。また、原水禁との共同行動に積極的だった吉田嘉清原水協副代表、平和委員会の森賢一事務局長らが解任されます。平和・原水禁運動にとっては重苦しいいやな時代でした。


原水禁世界大会では原発問題も大きな課題に
(2014年8月・広島)
3.11以後、幅広い運動に
 しかし状況は大きく変わりました。2011年3月11日の「東京電力福島第1原発事故」後、原水協系の人たちも原発反対の立場を鮮明にしており、私たちが求めていた幅広い反原発運動が広がっています。しかし安倍政権と、電力会社は住民の電気料金を使って、巻き返しを図っています。94年1月に死去した初代の原水禁代表・森滝市郎さんが掲げた「核絶対否定」「核と人類は共存できない」との思いを、私たちは広く共有し、脱原発の運動をさらに広げ、核兵器も原発もない世界を一日もはやく実現していかなければなりません。
(わだながひさ)

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課題が山積する福島第一原発の現状
原子力資料情報室 上澤千尋

きわどかった4号炉の使用済み燃料プールの冷却
 昨年暮れの12月22日、東京電力は福島第一原発4号炉の使用済み燃料貯蔵プールにあった燃料集合体すべての他の場所への移動を完了したと発表した。
 2011年3月の事故当時、4号炉は定期検査期間を利用した炉心シュラウドの交換工事を行なっていた。このため、原子炉内にあった燃料集合体がすべて取り出されて原子炉建屋4~5階部分にある使用済み燃料プールに移送されており、保管容量(1590体)の満杯近い1535体の燃料集合体が保管されている状態であった。保管されていた燃料のうち、1331体が使用済み(ないしは使用途中)の燃料であり、204体が未使用の新燃料である。
 燃料集合体の使用の程度と原子炉から取り出してからどれくらい時間が経っているかの情報があれば、それぞれの集合体の発熱量のおおよそを計算することが出来て、どれくらい次の危機が迫っているか予測することが出来たはずであるが、事故当時、私たちはその情報を得ることは出来なかった。ところが、米国エネルギー省は、それらの情報を当時の原子力安全・保安院を経由して東京電力から入手していたようで、いくつかのパターンを仮定してプールが干上がり、水素ガスが発生するまでの時間を試算している。もっとも厳しいケースでは2日間で燃料が露出しはじめ、4日目ぐらいで大量の水素ガスの発生が想定されている。
 3号炉から回り込んだとされる水素の爆発で、4号炉の建屋は4階付近を中心に大きく破壊されており、次に大きな放射能放出があるとすれば4号炉の燃料プールからの可能性が最も高かった。事故発生間もない頃、米国原子力規制委員会が日本にいる自国市民に対して、福島第一原発から80キロメートルより外に避難するよう情報を出したのは当然である。原子力資料情報室もインターネットを通じて、100キロメートル以遠への避難を考慮すべきとの情報提供をした。一時、沸騰寸前までになった燃料プールの水が干上がらずにすんだのはまったく奇跡的である。

乾式キャスクが足りず計画変更
 4号炉の燃料は、共用プールと6号炉の使用済み燃料貯蔵プールに移送された。2012年7月に新燃料2体を試験的に共用プールに移送を開始し、集合体のチェックを行なった。共用プールには保管容量6840体(のちに破損した使用済み燃料収納用にプール内の使用済み燃料貯蔵ラックの取替を行なったため保管容量が6799体になった)の施設中にすでに6375体の使用済み燃料を貯蔵しており、他の原子炉からの燃料を受け入れる余裕はなかったが、共用プール中の使用済み燃料を乾式キャスクに入れて敷地内の仮保管設備に1004体移すことで共用プール内のすきまを確保した。
 ガレキの撤去、輸送容器用クレーンと燃料取扱機の設置などを終え、本格的に4号炉から移送を開始したのは2013年11月からで、2014年11月までに新燃料22体と使用済み燃料1331体を共用プールに移送した。しかし、予定通りの期間内に移送を行なうには輸送容器が足りなくなり、共用プールから仮保管設備への移送をやめ、4号炉のプール中にあった新燃料180体を6号炉の使用済み燃料プールに移送することにした。これが終了したのが12月22日である。

他の原子炉の使用済み燃料も
 共用プールに燃料輸送がすんだからといって、問題がなくなったわけではない。容量の問題もあるし、共用プールが他の施設と比べて特別に丈夫なわけでもない。また、仮保管設備の乾式キャスクはあくまで仮の手段であることを忘れてはいけない。さらに、今後取り出し作業が進められる1・2・3号炉の使用済み燃料プールには使用済み燃料1393体、新燃料180体が埋もれているはずである。これらの使用済み燃料プールからの燃料取り出しは、汚染の程度が高いことから困難を極めるだろう。さらには将来的には5・6号炉にあわせて2830体ある使用済み燃料と416体ある新燃料のことも考えなくてはならない。

炉心溶融によってつくられるデブリのゆくえ
 もっとも重大な問題が熔融デブリ(原子炉の炉心にある核燃料が過熱し、燃料集合体または炉心構造物が融解、破損する炉心溶融によってつくられる生成物)のゆくえであろう。高エネルギー加速器機構らが中心となって開発をすすめている宇宙線ミューオン(ミュー粒子)を利用して、原子炉内の熔融デブリのゆくえを探す装置が2月12日に福島第一原発1号炉のそばに設置されたというニュースが流れた。透過力の非常に強い素粒子をつかって、質量数が大きく密度も高いため比較的透過しにくい熔融デブリの位置がつかめるのではないかと期待されているが、東海第二原発での実証実験を見る限り、ぼやけた像が見えるだけであまり期待できない。経済産業省の「廃炉・汚染水対策チーム会合/事務局会議」の資料や、東京電力の「福島第一原子力発電所1~4号機の廃炉措置等に向けた中長期ロードマップ」における資料をみても、実用段階の技術とはいいがたくデータ採取の段階という印象だ。
(かみさわちひろ)

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核削減の勢いは?
NPT再検討会議に向けて


世界の核兵器 2014.12
 5年に一度の「核不拡散条約(NPT)」再検討会議の開催(4月27日から5月22日)が迫っているので、核軍縮の動向について整理しておきましょう。以下に紹介するデータは、核兵器の数を追い続けている専門家として著名な「米国科学者連合(FAS)」のハンス・クリステンセンと「自然資源防護協議会(NRDC)」のロバート・ノリスのものです。2人のデータは、核問題専門誌『ブレティン・オブ・ジ・アトミック・サイエンティスツ』の連載記事「ニュークリア・ノートブック」、FASのサイト、「ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)」の年鑑に載っています。

鈍化する核削減
 上の表にあるように2人は、2014年12月現在の世界の核弾頭の総数を約1万6300発と推定しています(この他、米国は核弾頭のプルトニウムの芯<ピット>の部分を2万発近く保管)。そのうち予備なども含めた軍事用の「保有核」が約1万100(残りは解体待ちの退役核)、運用状態にある「配備核」は約4000発以上、数分で発射可能な「高い警戒態勢」状態に置かれているものが米ロ合わせて約1800発という状態です。
 図1は、2人が2013年に作成した表に米政府が2014年4月29日に公表した数字と、2人の2014年と2015年(14年末)のデータを挿入して作ったものです(棒グラフの先端のシミのようなのが米ロ以外の国のものです)。世界の軍事用保有核数の減り方の鈍化が見えます。前回の再検討会議開催時の約1万1200発から約1万100発に減っただけです。米国政府が発表した09年から13年の各年の9月末現在の米国軍用保有核数はそれぞれ、5113、5066、4897、4881、4804。2人は14年末の数字を4765と推定します。09年からの米国の削減数はわずか350発程度ということです。

図1 世界の核兵器数の変遷

 クリステンセンが2012年12月に発表した論文に載っている図2は、米ロそれぞれの軍用保有核数と配備戦略核数の推移を示しています。予測範囲は、新戦略兵器削減条約(新START)が削減の期限(2018年)から3年後の2021年に(延長合意がなければ)失効すると定めていることから21年までとなっています。上述の米国のデータ発表などを反映させれば若干数字は異なってきますが、大体の傾向はこの通りです。両国が大幅削減するか一方的削減を実施しないとこの状況が続きます。世界の核兵器の93%以上を保有する両国の数字が大きく変わらなければ世界の総数も変わりません。出典の詳細については、ウェブサイト「核情報」のデータコーナーをご覧下さい。
(田窪雅文:「核情報」主宰)

図2

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《投稿コーナー》1都10県で東日本連絡会を結成
オスプレイの配備撤回!低空飛行訓練を許さない!
神奈川平和運動センター 事務局長 小原慎一

 2012年10月の沖縄・普天間基地への垂直離着陸機オスプレイ(MV22)配備強行後、1年半を経過した頃から、神奈川の米海軍厚木基地や東京の米空軍横田基地へのオスプレイの飛来、東日本での訓練拠点化の動きが明らかになりました。この時期、安倍政権の「集団的自衛権行使容認」に反対する世論が高まり、6月下旬にかけて、閣議決定阻止の諸行動が展開されていました。さすがにこの頃は具体的な動きはありませんでしたが、7月1日の閣議決定強行後から、その動きが顕在化しました。
 厚木基地への最初の飛来は、その閣議決定を検証する参議院での審議の最中である7月15日でした。基地に隣接する丘陵で抗議行動を行う私たちの上空を飛ぶオスプレイは、すでにほぼ垂直(ヘリ)モードでした。2012年9月の日米合同委員会合意による「垂直モードでの飛行は基地内で、市街地でのモード転換は極力少なくする」ということは最初から反故にされていました。
 この合意は、飛来直前まで、隠し、騙し続けた普天間への配備にむけて、沖縄の人たちを再度騙す日米両政府の合作であることが浮き彫りになったと言えます。

オスプレイの各地への連続飛来の実態は
 その後の東日本各地への飛来実態を分かった範囲で並べてみると、以下のようになります。
 7月15日─昼頃、厚木基地に飛来、夕方、米軍海兵隊のキャンプ富士へ移動。7月19~21日─札幌・陸上自衛隊丘珠駐屯地の民間エアショーへ2機飛来、行き帰りに横田基地で給油。7月27日─小野寺防衛相とウィスラー在沖海兵隊司令官の小笠原諸島視察で、2機を使用。8月18~23日─厚木基地を拠点に陸上自衛隊の東富士・北富士演習場での訓練目的に4機飛来、20、21日に離着陸や夜間訓練実施。8月29日─離島災害救助訓練を理由に横田基地へ2機、31日に伊豆大島間を物資と記者団を乗せ往復。9月6~7日─横田基地の航空祭で2機を展示。10月24日─横田基地に3機飛来、翌25日に1機が米海軍横須賀基地へ。海軍・自衛隊幹部を乗せ体験飛行。もう1機は厚木基地周辺を旋回、さらに1機が茨城・航空自衛隊百里基地へ。航空観閲式で展示。11月6~9日─「みちのくアラート」=日米豪共同訓練で、厚木基地と宮城県の陸上自衛隊霞目駐屯地を連日2機が往復。霞目駐屯地と大島(気仙沼)間で輸送訓練。海上着艦訓練は強風のため中止。途中で1機が厚木基地へ引き返すこともあった。この他に東・北富士演習場での訓練が天候を理由に中止された(10月上・中旬)。
 これまでの飛来状況は、軍事訓練(厚木基地~東・北富士演習場が主)のほか、防災訓練や展示会へのデモンストレーション的参加に区分できます。飛行実態は自由勝手で、市街地上空での配慮は微塵も見られません。配備直後、米軍が提示していたのは沖縄以外の計6ルートでの低空飛行訓練であり、これ自体が法的根拠はもとより、日米地位協定上も疑義がありますが、この間の飛行はその6ルートとは全く別のものです。しかも飛来地域の地元自治体への連絡・通報は直前であり、ひどいものは事後通告となっています。


普天間基地に配備されたオスプレイ
政府との交渉、自治体への一斉要請行動を
 私たちは、厚木基地への飛来をめぐって、南関東防衛局へ幾度かの要請、抗議行動を展開してきましたが、目的、法的根拠、情報開示など、どれも回答は曖昧で、もはや地方の防衛局では、地域住民や自治体への説明責任も果たせません。オスプレイの事故と構造上の欠陥はすでに様々な報告で明らかです。このままでは、首都圏をはじめ東日本全体が危険区域となりかねません。
 こうした状況から、1月17日、関東ブロックの1都7県に新潟、長野、静岡の各県を加えて『オスプレイ配備と飛行訓練に反対する東日本連絡会』を結成しました。各県の平和運動センターに加え、この間、構造的な危険性や国内法上の問題点などの具体的な研究・検討に関わってきたグループ、ピース・デポや各地の市民運動団体も参加しています。重点的な活動として、情報連絡体制を確立し、国との統一交渉を推進することを確認しました。さらに、関係自治体への積極的な情報提供や各地での一斉要請行動にも取り組みます。
 もとより最大の目標は、普天間基地への配備機の撤去と、米空軍機(CV22)の追加配備や自衛隊への導入阻止です。北陸から上信越に至る通称ブルーラインでの低空飛行訓練計画、東・北富士演習場での訓練と厚木基地の拠点化、横田基地への空軍機配備や陸上自衛隊木更津駐屯地の整備工場の設置計画など、課題は山積しています。結束してとりくむ決意です。
(おばらしんいち)

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各地からのメッセージ
1000人委員会設立で運動が様変わり
あいち平和フォーラム 事務局長 浅井 昇


 あいち平和フォーラムは現在、愛教組、自治労、私鉄総連、全農林、政労連、森林労連、愛高組、部落解放同盟の8団体と個人加盟で組織しています。団体加盟の組織人員は52,100人ですが、愛教組、自治労で約80%、私鉄を含めると3産別で93%になります。個人会員は自治体議員や組合OBが中心で10数名程度です。個人の会員は年会費3,000円を徴収しています。
 組織的課題は中央段階で加盟している組織の中に、未加入の組織があることです。また、年間予算が120万円程度しかない中で、半分が中央の平和フォーラムへの分担金です。自称、日本一貧乏な平和フォーラムです。
 主な活動としては、原水禁世界大会、5.15沖縄平和行進、3.1ビキニ・デー集会、東海ブロック主催の憲法フォーラムなどです。愛知の独自の取り組みとして自治体平和要請行動と平和行進、さらに、食とみどり、水を守る運動としてアジア・アフリカ支援米の取り組みが毎年の恒例活動です。
 そうした中、昨年の5月2日、「戦争をさせない1000人委員会あいち」の設立以降、運動が様変わりしました。独自集会(学習会)を4回、街頭デモ行進、政党要請行動等を実施するとともに、駅頭での署名や街頭抗議行動などの運動を精力的に展開しました(写真)。
 昨年10月に計画した「戦争をさせない1000人委員会・東海ブロック1000人集会」は台風により直前で中止となりましたが、本年5月31日にあらためて実施することが決定しています。
 会員の活動参加状況の調査では、2013年が613名だったのに対し、2014年は1,056名と増加しています。ホームページも開設しています。メンテナンスが大変ですが、広く社会にアピールするためには不可欠と考えています。
 市民団体や市民のみなさんとの運動は、愛知では初めてのことであり、戸惑いや調整の難しさはありますが、地域の平和・護憲の取り組みは「1000人委員会」を抜きにしては考えられず、そのために平和フォーラムは引き続き、その物心両面で中心的役割を担うことが期待されています。
(あさいのぼる)

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〔映画の紹介〕
『ジョン・ラーベ~南京のシンドラー~』
2009年(独・仏・中)フローリアン・ガレンベルガー監督


 日本軍による南京侵攻(1937年)から70年となる2007年を前後して、世界中で南京大虐殺をテーマにした映画が作られました。今回紹介する『ジョン・ラーベ~南京のシンドラー~』もその一つです。数々の映画賞を受賞し、柄本明や香川照之といった日本人俳優が出演していますが、これまで国内では公開されてきませんでした。その理由は、安倍首相をはじめとする歴史修正主義者たちが否定したくてたまらない南京大虐殺の真実を描いているからにほかなりません。
 主人公ジョン・ラーベは、当時シーメンスの南京支社長を務めていた実在の人物です。日本軍によって南京が陥落した時、残された欧米人は逃げ遅れた中国人を匿うために安全区をつくります。「日本軍との交渉はドイツ人が適任」という理由で委員長を任されたラーベは、安全区に攻め入ろうとする日本軍を相手に綱渡りの交渉を続けていきます。
 当初、ラーベは中国人に対する差別意識を隠そうともしないナチス党員でした。しかし、日本軍が虐殺の限りを尽くす中で、時には自らの命を危険にさらしながらも安全区を守るために奔走します。妻の乗った旅客船がゼロ戦によって撃沈され、お抱えの運転手の首を目の前で切り落とされても、ラーベは気丈に振舞い日本軍を相手に一歩も引きません。20万人の中国人を守るために抵抗し続けるラーベの姿からは、追いつめられてこそ発揮される人間の美しさを見ることができます。
 この映画のもう一つの見どころは、日本軍の蛮行を堂々と演じ切った日本人俳優たちです。なかでも朝香宮鳩彦王役の香川照之は、憎たらしいまでに見事な演技を見せてくれます。国内からの非難をものともせず皇族の役を演じ切った香川は、第1回「ラーベ平和賞」の受賞者に選ばれました。
 「戦後70年新しい東アジアへの一歩へ!市民連帯」は4月4日(土)14時から連合会館2F大会議室でこの映画の上映会を行います。大谷猛夫さん「(南京への道・史実を守る会」の共同代表)の講演もあります。歴史認識を巡るたたかいが佳境を迎える今こそ、みなさんの観覧をお持ちしています。
(パク・スンハ)

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核のキーワード図鑑


地球が人質とされる日が...

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「フクシマを忘れない!さようなら原発!」
3月に脱原発集会

 2011年3月11日の東日本大震災・東京電力福島第一原発事故から4年になります。いまだに12万人が福島県内外に避難を続けている一方で、原発の再稼働が次々に進められようとしています。3月に脱原発をめざして様々な集会が予定されています。

●「原発のない福島を!県民大集会」
日時:3月14日(土)12:30~
場所:福島市県営あづま総合体育館(024-593-1111)
   JR福島駅西口から集会用シャトルバス
   10:30から15分間隔で運行
内容:アトラクション、県民集会(トークリレー、アピール採択)、展示
主催:「原発のない福島を!県民大集会」実行委員会(事務局・福島県平和フォーラム)

●「フクシマを忘れない!さようなら原発大講演会」
日時:3月28日(土)19:00~
場所:新宿文化センター(新宿区新宿6-14-1)(地下鉄「東新宿駅」「新宿3丁目駅」下車)
内容:トーク(大江健三郎、鎌田慧、落合恵子)
   福島現地からの報告(佐藤和良・いわき市議・福島原発告訴団代表)
   フクシマの放射能汚染の現実から(今中哲二・京都大学原子炉実験所)
主催:さようなら原発1000万人アクション

●NONUKESDAY集会
日時:3月8日(日)13:00~
会場:日比谷野外音楽堂(集会)国会周辺(デモ・国会包囲)
主催:さようなら原発1000万人アクション、首都圏反原発連合など

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