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ニュースペーパー2015年9月

2015年9月 1日

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 被爆・戦後70年、原水爆禁止日本国民会議の結成50年を迎えた今年の原水爆禁止世界大会は、「核も戦争もない平和な21世紀に!」をメインスローガンに、8月1日に福島大会(参加者850人)、4日~6日は広島大会(同3400人)、7日~9日に長崎大会(同2000人)が開催されました。また、5日には国際会議、6日に原水禁結成50年記念シンポジウムが広島市内で開かれました。大会には、アメリカ、イギリス、ドイツ、オランダ、韓国、ポリネシア、フィリピンから21人の海外ゲストを迎え、核兵器廃絶、脱原発、ヒバクシャの援護・連帯を課題とし、若者・子どもの取り組みなども含めて論議と学習・交流が行われました。特に安倍政権が「戦争をする国づくり」を進めていることから、「憲法の理念を守ろう」との声が大きくあがりました。(写真は、福島大会でのデモ行進(8月1日)、広島大会の開会総会(8月4日)、長崎大会の開会総会(8月7日)、長崎大会の閉会総会(8月9日))

インタビュー・シリーズ:104
落語家だから得られた、やめられない喜び
海外の人に教えられた9条の大切さ
落語家 古今亭 菊千代さんに聞く

古今亭 菊千代さん
ここんてい・きくちよさんのプロフィール
落語四百年の歴史の中で、初の女性真打ち。
「普通に暮らしていく事がむづかしいこの頃ですが『諦めずに、なるべく楽しく元気に生きる、人生は誰のためでもない自分のためのもの』平和のありがたさを常に思いながら、私は大好きな落語と共に、仕事をし、旅を楽しみ、言いたい事を言い、歌を唄い、インコと遊び、ドラムを叩き、パソコンと向かい、物を書き、一日に一回は食べたい物を食べ、着物のバーゲンに走り、そして美味しい日本酒や赤ワインを飲んでいます。」

─羽織に9の字を書かれておられるように、平和運動もがんばっておられる菊千代さんですが、落語との出会い、きっかけは何だったのですか?
 私は子どもの頃からすごく中途半端な人間で、積極的な面もいっぱいあるのですが、何かやりたいことがあっても、みんながいると絶対出来ない、目立ちたいけど目立てない子どもだったんです。大学の時に落語研究会に入った時に、落語はそういう人間でもちゃんとネタを覚えて順番を待っていれば、高座にあがってみんなが見てくれて聞いてくれて、しかも笑わすことが出来る。人の想像力をかき立てて、何も無いところで話術でお客様に想像させて、笑わせるというすごいものだと思いました。18歳の時、女性は絶対落語家は無理といわれていた時代だったので、あきらめていましたが、10年後に、本当にやりたいことは、ずっと落語で、学生時代から師匠、円菊が好きだったので、会社も辞めて、ほとんど落語家になれなかったら死ぬしか無いと思って、その勢いで。うちの師匠も大変にボランティア精神の旺盛な人だったので、かわいそうだということで、女を取るということも、師匠もすごいリスクがあった時代だったのですけれども、取ってもらいました。
 うちの師匠は、大変な苦労人で、大師匠は古今亭志ん生ですが、人の痛みの分かる人で、色んな、手話をやったり、刑務所への矯正活動を積極的にやっている人だったんですね。

─前座、二ツ目、真打ちと進んでこられたのですが、ご苦労があったと思います。
 女は無理と言われていた世界だったので精神的に女だ からダメと言われているのか、人間的にダメと言われて いるのかをちゃんと見極めないといけなかったのですね。 ほとんどは女だからではなく私が出来ていないからしか られたのが多かったと思うし、今となってはそれがすべ女は無理と言われていた世界だったので精神的に女だからダメと言われているのか、人間的にダメと言われているのかをちゃんと見極めないといけなかったのですね。ほとんどは女だからではなく私が出来ていないからしかられたのが多かったと思うし、今となってはそれがすべて楽しい話になっています。
 当人が苦労を感じるのと人が見て感じるのと違うと思います。嫌なこととかつらいことがあったかもしれませんが、すべて修行なので。ただ、師匠やおかみさんは本当に大変だったと、苦労をかけたと思います。

─落語にかける思い、ここまで突き動かして来たものは?
 当時は女の真打ちはいなかったので、真打ちになるまでと思って落語をやって来たことと平行して、いろんな感動を頂いたんです。噺家になってよかったと思うことがいっぱいあって、それがその後を突き動かしてくれていると思うんです。例えば、ブラジルの日系の方々の前で落語をやらせてもらって、おばあちゃまが、本当に苦労したけれどここに来てあんたの落語を聞けてよかったって泣いてくれたり、ハンセン病の施設の全生園に行って、手を握って喜んでくれて、噺家だからこそ、そういう所に行けて、そう言ってもらえるというのが、やめられない喜びです。落語家だからピックアップされてみんなの前でお話ししなさいよと言ってもらえる。お客さんが反応してくれる、笑ってくれる、感動してくれるという喜びが、やめられない、やめたくないものですね。

─手話をやったり、ハングルをやったり、北朝鮮にも行かれたりというこだわりはどこから来てるのですか?
 手話は、うちの師匠がやっていて、師匠がやれ、と言うことだったのです。やってて良かったなというので、ずっと続けてます。ハングルも、これもピースボートで北朝鮮に行く機会があって、その時、言葉が出来ないので色物として、玉簾ということばが無くても出来るものをやって、南京玉簾というのはかけ声で、「アサッテ、ア、サッテは南京玉簾」となるんですが、後で聞いたら、アサッテ、というのを明後日と訳してたんです。すごく大変な思いをして覚えて、日本語とハングルと両方をしゃべるというものを作ってやりだしました。必然的にやらざるを得なくてやって来ただけのことです。それでやってみた時に、手話の良いところは、耳の聞こえる人にも、手話しか分からない人にも両方の人が同じところで笑ってくれる、それから韓国語と2カ国語でやった時に両方が笑ってくれる。グリーンアンドピースボートって韓国人と日本人が半分半分乗っている船なんです。そこで韓国語を先にやって日本語を後にしたら、韓国人のかたがすごく喜んでくれたんです。日本の文化を日本人と一緒に見ていて、日本人よりも韓国人が先に笑うって、ほんのちょっとのことでそんなこともあるんだなと思いました。すべてやってみて気がついたことです。

─憲法9条についてはどうお考えですか?
 ちょうど10年前の正月からあわせの「9」の紋いりの羽織を作ったのが始まりで、9の紋付を着た落語家っていって呼んで頂いたりするようになりました。私も真打ちになっても、9条について思ったことも無かったんですが、海外に行って日本の素晴らしさを海外の人から言われて、9条を守って来た国に対する敬意というものを、他の国の人から感じたんです。スペインのラスパルマスには9条の碑もあります。
 この半年、9条のことを言っている人もやっと大勢出て来ていますが、10年前は9条に守られていると感じている人は少なかった。それこそ、原発の事故であんなになって、空気のありがたさ、息をすって何でも無い空気のありがたさ、すごい大切なことだ、というのはそうなってみないと分からないのだと思います。
 9条がこれだけ危険だというのがやっとわかって、今、ありがたさが分かってくる。私は、そういう意味では10年前に9条の大切さを思ったので、そうしたらもう止められなくなってしまって、今の状態になっています。

─沖縄の辺野古にも行かれたと聞きました。沖縄の現状については?
 高江にも行きましたし、辺野古にも何回か行ってますし、海上保安庁の人達の乱暴も聞きました。キャンプシュワブでも一緒に座り込みに参加させてもらいました。日本での最高の人権侵害は沖縄だと思って行ってきました。
 最初に行った時に、みんなの元気づけに無理やり落語やれとか言われて、悲しいのはそれなんです、こんなところで面白いこと言えるかって泣きたくなる。その時はつい泣いてしまって、いやあ、落語家が泣いたのがここで一番面白かったとか言われたんです。
 はじめて行った時、おじいが、私達を相手にしないで、一緒に行った韓国の人たちにあんたとあたしたちは一緒よねって、アメリカの基地をおかれて、同じ痛みをもっていると言ってました。私達を同じ痛みを持った人間と見てくれてないのがすごくショックで、その辺から私もどんどん変わりました。で、おばあが、うちでテレビを見ていても何にも役に立たないけれど、ここに座っていれば、孫やひ孫にこのきれいな海を残してやれる。そのため、こんなおばあでも座ってるんだ、と言われたんです。

─東京電力の福島原発事故から4年目になりますが、今も10万を超える人が避難をしている、それにもかかわらず原発を再稼働させ、ベースロード電源に位置づけています。
 福島には震災のときから行かせて頂いてます。会津の方で仮設住宅にいらっしゃる方にお会いして、そこの状況の話しも聞きました。本当に酷いことをされ、帰れない人達がいっぱいまだいる。しかも、政府が帰りなさいと言っているところも、本当は帰れない状態で、大丈夫になったのは放射能の基準値を変えただけです。仮設では、急に亡くなられる方もいらっしゃいます。しかも補助金もストップするとか本当にめちゃくちゃです。人の手で制御できないものをやる事が間違いです。だいたいあの福島の除染廃棄物の袋の山をどうするんでしょう。その場しのぎでやってることじゃないですか。震災の次の年に行ったときですが、申し訳ないけれど宮城とかが今戦後だとしたら、私達、福島は戦中なんだとおっしゃっていた。再稼働はそんな中に新たに戦地を作ろうとしているんだと思います。しかも日本は地震があって、噴火があって、さらに外国にも原発を輸出しようとしている。ミサイルが来たら危ないもの、ともかく原発は無くしましょうよ。

─私達はこれからどうすればよいと思いますか?
 これ(「アベ政治を許さない」のタグを着けて)、今一生懸命なんです。お医者さんに午前中行く途中のバス停でも、女の人に「私も集会に行ってます」って声をかけられ、「情報が分からないので今度はいつ行けば良いんですか」って聞かれたんです。病院の看護婦さんにもチラシを渡しました。薬剤師さんにも。戦争法案反対の集会に行くと同じ方向を見ている人たちがいて、よし、となるけれど、帰って来た時も仲間を増やして、孤立感を持たないで、あきらめないでやって行くことが大切です。政治の話しも、そういうことを話題にしても良いんだ、政治イコール生活だと。小さいことをやって行くしか無いと思います。バッジとかタグとか小さいものをつけているのも大切だと思います。心に秘めていても何もならないんで、テレビを見ていても何にも役に立たないと言っていた沖縄のおばあの言葉と同じですね。がんばりましょう。平和フォーラムには期待しています。

インタビューを終えて
 落語にかけた決意が伝わってくる。そして9条の紋付を着て、9条の大切さを訴え続けている。あの優しい笑顔の奥に、日本のかかえている矛盾、全体が視野に入っている。いつまでも手をつないで歩きたい。
(福山真劫)

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戦争法案廃案! 安倍政権退陣へ!
連帯して闘えば負けるはずはない
フォーラム平和・人権・環境 共同代表 福山 真劫

安倍自公政権の暴走を許すな
   安倍自公政権は、立憲主義、憲法9条、民主主義を壊しつつ暴走を続けています。私たちはその政権と全面的に対決しています。最大の焦点である戦争法案は、7月16日、国会を取り巻く市民の抗議の声の中で、衆議院で強行採決され、参議院段階に舞台が移りました。
 8月9日、長崎の平和記念式典で、被爆者代表の谷口稜曄(すみてる)さんが「今政府が進めようとしている戦争につながる安保法案は、被爆者をはじめ平和を願う多くの人々が積み重ねてきた核廃絶の運動、思いを根底から覆そうというもので、許すことはできません」と指摘しています。私たちも絶対許すことはできません。
 また、8月14日の安倍晋三首相の談話では「二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない。事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない」と国内外の圧力の中で書き込んでいます。そう認識するのであれば、戦争法案は直ちに廃案にすべきです。
 「戦争法案」は憲法9条の枠内だと言い訳をしてみても、衣の下から鎧が見えてきてごまかすことはできません。その本質は、日本が米国の軍事戦略に沿って、中東から東アジアまでを視野に自衛隊が戦争する国、軍事大国となることなのです。
 その安倍政権と「戦争法案」を、右翼の神道政治連盟や日本会議、中央官僚、貧困と格差社会をつくりだす新自由主義の総本山の経団連、日米の軍需産業など安保利権屋集団、電力会社など原発利権屋集団、「米国政府」が裏で支えています。そして安倍政権の取り巻き連中は、マスコミも完全支配下に置こうと躍起です。しかし、この動きは平和を求める世界の大きな潮流とは逆行しています。

「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動」へ結集を
 闘う体制の基本は、「戦争させない・9条壊すな総がかり行動実行委員会」です。私たち平和運動の担い手は、分裂の歴史を超えて「戦争法案廃案・安倍政権の退陣」を基本に統一指導部を作り上げました。それ以降、運動は一挙に高揚すると同時に拡大しています。それは広範な市民、学者、弁護士、学生、宗教者、ママの会、辺野古基地反対グループ、脱原発グループに広がり、全国へと拡大しています。また、保守層や公明党の支持層へも拡大しています。
 学生たちのシールズ(SEALDs)の集会で、「ノーパサラン」(奴らを通すな=ファシストを通すなのスペインの反ファッショ闘争のスローガン)がコールされていました。安倍首相側近の礒崎陽輔補佐官の「法的安定性など関係ない」発言、麻生太郎副総理のナチス発言や安倍政権の暴走ぶりをみていると民主主義の破壊・ファシズムが迫っている不安があります。彼らには、安倍政権がファシスト政権に見えているのでしょう。こんな安倍政権は日本を亡国に導きます。絶対に止めねばなりません。
 安倍自公政権は、まだ私たち反対勢力を、野党をなめています。私たち人一人では、確かに弱いかもしれない。しかし私たちが連帯して団結すれば、絶対に安倍政権に負けるはずがありません。私が若いころに流行った言葉に「エルプエブロ、ウンニード、ハマッセ、ラーベン、シード(団結した民衆は負けることがない)」があります。チリのファシスト・ピノチエットと闘った民衆のスローガンです。連帯の輪を拡大して闘えば、安倍政権に負けるはずがありません。


強行採決許すな!戦争法案廃案へ!7.28大集会
(7月28日・日比谷野外音楽堂)
政治の潮目は変わっている
 政治の潮目は確実に変わっています。朝日新聞の7月の世論調査では、戦争法案に賛成は29%、反対は57%でした。安倍政権の支持率も逆転し、支持は37%、不支持は46%になっています。あのNHKの世論調査(8月)でも、安倍内閣の支持率は37%、不支持は48%と逆転しています。
 総がかり行動実行委員会は、1月から現在まで大規模集会、国会包囲行動、請願行動、毎週火曜日の街宣行動、木曜日の国会前行動など、多様な形での行動を連続して積みかさねてきました。8月30日に国会をとりかこんだ市民の怒りの声を聴いてください。全国での闘いを見てください。私たちの取り組みは安倍政権を大きく揺さぶっています。私たちの闘いに呼応して、9月も多くの闘いが準備されています。民主党、社民党、共産党、生活の党には廃案めざして奮闘してもらいましょう。労働団体にもがんばってもらいましょう。戦争させない・9条を守ろうとするすべての勢力が力を合わせ、全力でがんばりましょう。
(ふくやましんごう)

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被爆70周年原水禁世界大会が開催される
脱原発、核兵器廃絶と平和憲法を守り抜く決意

被災地の傷跡はいまだ癒えず―福島大会
 東日本大震災・福島原発事故から4年半が過ぎようとする今でも、復興や事故の収束には多くの課題が残され、その見通しすら定かではない中で、8月1日に、5回目となる福島大会が、被災者が多く暮らすいわき市で開かれました。平中央公園での屋外集会と市内デモ、その後の屋内での学習講演会(講師:河合弘之弁護士)を行い、翌2日は、被災地へのフィールドワーク、3日に東京電力への申し入れを行いました。
 集会は、地元の高校生の「じゃんがら念仏踊り」で始まり、川野浩一・大会実行委員長(原水禁議長)は「核と人類は共存できないという確信の下、脱原発、核兵器廃絶を訴えよう」とあいさつし、安倍政権が進める戦争法案に対して「平和憲法を守り抜こう」と呼びかけました。このことは今大会を通じて繰り返し訴えられました。
 福島からは、今だ11万人を超える人たちが避難生活を余儀なくされ、苦しい生活や、政府の被災者切り捨ての動きに対する批判が上がりました。全町避難が続く楢葉町の青山基さん(町議会議長)が「福島原発事故で安全神話が否定されたにもかかわらず川内原発(鹿児島県)を再稼働させようとしている」ことを批判しました。「国に対し、脱原発の方向性を明確にした、再生可能エネルギーを主とするエネルギー政策への転換を求め続けます」とする福島大会アピールを採択して、デモ行進を行いました。
 フィールドワークでは、大熊町や双葉町など放射線量が高い地域を訪ね、除染作業の現状や無人の街並みを視察し、事故の深刻さを再確認しました。


被災地を視察する福島大会参加者(8月2日・楢葉町)
核兵器廃絶と脱原発の課題をトータルに捉える
 広島大会(4~6日)、長崎大会(7~9日)では、核兵器廃絶と脱原発の課題が密接に関わっていることから、核問題をトータルに捉えて論議をしました。これは、ここ数年原水禁世界大会の中で意識して取り組んできた課題です。
 核兵器廃絶の課題では、核保有国の強引な姿勢が、非核保有国との間で対立をおこし、核軍縮の合意文書も出せなかった今年の核不拡散条約(NPT)再検討会議を振り返り、核兵器廃絶へむけた議論を深めました。さらに、日本の原子力政策の中のプルトニウム利用政策が、核拡散の面からも国際的に問題になっています。特に約48トンものプルトニウムを保有することは、周辺国からも脅威と感じられ、核兵器の転用も懸念されています。
 また、非核保有国の中で日本だけが再処理を認められていることから、他の国が再処理をして、プルトニウムを利用したいという欲求を誘発することが、核拡散の点からも問題だと指摘されました。韓国では米韓原子力協定の改定で小規模ながらも再処理の権利を認めさせたことが報告され、台湾でもプルトニウムを取り出すことが米国に認められたとの報告がなされました。私たちの足元から核問題をとらえることの重要性が、分科会や国際会議を通じて繰り返し提起されました。

あらゆるヒバクシャの援護連帯を訴え
 脱原発の課題では、大会直後に川内原発の再稼働(8月11日に実施)の動きがあり、この問題について、新規制基準や地震・火山の問題、防災・避難計画の不十分性などを弁護士の海渡雄一さんや原子力資料情報室の西尾漠さんらが指摘しました。
 また、再稼働が予定される川内(鹿児島)や高浜(福井)、伊方(愛媛)からも現地報告がありました。さらに、核燃料サイクル阻止1万人訴原告団代表で弁護士の浅石紘爾さんからは、核燃料サイクル政策の破たんが明らかになり、日本の原子力政策そのものが行き詰っていることが指摘されました。
 ヒバクシャ課題では、被爆から70年を迎え被爆者の平均年齢も80才を超えていることから、残された課題(国家補償や在外被爆者、被爆体験者、被爆二世・三世など)の解決が一刻も早く求められていることが訴えられました。
 在外被爆者の課題では、戦争捕虜で被爆したオランダ兵の二世を招いた分科会や、中国人の強制連行と被爆をテーマにしたフィールドワーク(広島)なども行われ、日本の加害の歴史も含め認識を深めました。
 さらに、世界に拡がる核被害者の実態を豊崎博光さん(フォトジャーナリスト)や振津かつみさん(医師)が提起した他、南太平洋にあるフランス領ポリネシアのムルロア環礁でのフランスの核実験の被害者の現状を、現地からロランオルダムさんを招いて報告を聞き、あらためて「核と人類は共存できない」ことを明らかにしました。
(井上年弘)

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原水禁結成50年記念シンポから学ぶこと
「核と人類は共存できない」闘いの歴史
広島県原水禁・代表委員 金子 哲夫

核被害の実相を知らせ、脱原発運動に寄与
 原水爆禁止日本国民会議が結成されてから50周年を迎えた今年、原水禁世界大会・広島大会では、大会最終日の8月6日に、従来の「まとめ集会」の形を変えて、「原水禁結成50年記念シンポジウム―核と人類は共存できない―」が開催され、私もパネラーの一人として参加しました。藤本泰成・大会事務局長の司会で始まったシンポジウムは、4名のパネラーが参加し、それぞれの立場から、原水禁国民会議が原水禁運動に果たしてきた役割と課題を語りました。
 フォトジャーナリストの豊崎博光さんは、「原水禁が1971年にマーシャル諸島を訪れ、水爆実験の被害者の調査を行って以来、他の団体に先駆けて核被害の実相を世界に知らせ、救援運動を続けてきた」と、その歴史にふれ、その後、87年9月にニューヨークで開催された「第1回核被害者世界大会」に結実したこと、さらにそれ以後も原水禁は毎年、世界の核被害者を招き、核被害の実相を学び続けてきたことの意義を強調しました。原水禁副議長で原子力資料情報室共同代表の西尾漠さんからは、「原子力資料情報室」の設立や「はんげんぱつ新聞」の発刊に、原水禁国民会議が大きな役割を果たしてきたと述べた上で、反原発運動を進める地元住民運動が切実に求めていた「(1)科学者、専門家の協力、(2)資料や情報の提供、(3)各地の運動の経験交流、(4)国際的動向に関する情報」などに応えることを通じて、反原発運動の情報・連絡センターとしての機能を果たし、その後も中心的役割をはたしてきたことが報告されました。
 元原水禁事務局次長の井上啓さんからは、「広島、長崎の惨状が国内に伝えられたのは、1952年8月6日号として発行された『アサヒグラフ』が初めてだった」と指摘しながら、「原水禁運動のスタートとなった東京・杉並での署名活動は、水爆実験に反対というだけでなく、『人類の生命と幸福を守る』という思想があった」ことが強調されました。そして、「原水禁運動は、何より市民から始まった超党派の運動が運動の基本であることを改めて認識しなければならない」ことが訴えられました。


50周年記念シンポジウム(8月6日・広島市)
原水禁運動の先駆性と揺るがぬ基本理念
 私は、広島県原水禁の基本原則である「誰もが参加できる、民主的で開かれた国民運動、広島・長崎の被爆体験が原点、核と戦争をすすめる行動に反対、核の平和利用と軍事利用は一体であり、核被害を生みだす」を再確認しなければならないことや、自分自身が参加した核実験抗議の座り込みや国家補償の問題で学んだことを報告しながら、森瀧市郎初代議長の「核と人類は共存できない」という言葉には、「弱者に被害を押し付け『差別』を強制する核社会」を鋭く告発した底の深い思想であることを強調しました。
 フロアから発言した原水禁専門委員の和田長久さんは、特に、池山重朗さん(元原水禁事務局次長)、市川定夫さん(前原水禁議長)などが果たしてきた役割をきちんと評価する必要があることが強調されました。
 シンポジウム後の参加者の感想文の中では、「原水禁が果たしてきた役割を学ぶことができた」という声がある反面、「なぜ今この時期にやるのか」「もっと他の課題があるのでは」という声も寄せられています。私は、このシンポジウムに参加するにあたって改めて原水禁運動の歴史を振り返りながら「今の時代だからこそ、原水禁運動の先駆性と揺るがぬ基本理念で粘り強く闘ってきた歴史に学ぶこと」が大切だと強く感じました。「核と人類は共存できない」「核絶対否定」の理念が作られてきた経過に学び今に生かすためにも、50周年記念事業として出版された森瀧先生の著書「核と人類は共存できない─核絶対否定の歩み」(七つ森書館)を読んでいただくことを切望します。
(かねこてつお)

「NPT再検討会議の結果と展望」をテーマに国際会議
 原水禁世界大会の国際会議は、8月5日に広島市内のホテルで「2015年NPT再検討会議の結果と展望そして私たちの役割~核兵器廃絶と日本のプルトニウム政策」をテーマに開催されました。5月に開かれた核不拡散条約(NPT)再検討会議の結果を受けて、核兵器廃絶に向けた日本の役割について考えるとともに、深刻な原発事故を経験したにもかかわらず再稼働しようとする動きや、原発輸出、核燃料サイクルとたまり続けるプルトニウムの問題など、日本の原子力政策が国際社会に与える影響について議論しました。
 パネラーとして、アメリカ最大の平和団体「ピースアクション」のポール・マーチンさん、イギリスのヨーク大学で核問題や国際安全保障の研究をするニック・リッチ-さん、韓国の市民団体「参与連帯」のイ・キョンジュさん、WEBサイト「核情報」を主宰する田窪雅文さんが出席しました。

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「安倍談話」の欺瞞性とその本質
歴史認識の確立と過去の清算、平和への再出発を
フォーラム平和・人権・環境 共同代表 福山 真劫

安倍首相の狙いと現実
 安倍晋三首相は8月14日、国際的にも、国内的にも注目されていた「安倍談話」を閣議決定し、発表しました。
 安倍首相の狙いは「戦後レジームからの脱却」「村山談話からの脱却」です。しかし世界の潮流は「村山談話にある日本は加害者としての歴史認識」を安倍談話の中に明確に書き込むことです。それ故に、その内容は安倍首相の本音である「戦後レジームからの脱却路線」と、村山談話にある「国策をあやまり、侵略と植民地支配、反省とお詫びとそれを踏まえた憲法路線」とが交錯しており、非常にわかりにくいものとなっています。新聞によると村山富市元総理は「最後は焦点がぼけ、何を言いたかったかさっぱりわからない。」と述べたそうです。その通りであり、安倍談話の内容は考え方が分裂しており、一貫した思想・哲学が感じられません。
 饒舌に多くのことが書き込まれていますが、日本が引き起こした侵略戦争と植民地支配は絶対に許されない重大な犯罪という認識もそれに対する真摯なお詫びもありません。それがゆえに、現在安倍が進めている「戦争する国」路線の修正もなく、不協和音を立て続けている中華人民共和国、大韓民国へのメッセージも弱く、戦後70年を経過しても未解決の日本軍慰安婦や、強制連行・強制労働、日朝国交正常化等への具体的言及もありません。
 結局、村山談話の本質を改ざんし「米国の意向」を忖度しながらの、安倍自公政権が「現実に推進している政策」を真逆の美辞麗句で覆い隠すものとなっています。戦後70年に際し、歴史認識の確立と過去の清算、平和への再出発を求めてきた勢力は、こんな曖昧な「安倍談話」を絶対に許しません。

美辞麗句で隠す戦争する国づくりは許さない
 「なんの罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた事実」「これほどまでの尊い犠牲の上に、現在の平和がある。これが戦後日本の原点であります。二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない。事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない」「先の大戦への深い悔悟の念とともに、我が国はそう誓いました」と書いています。
 安倍首相がそう本気で思っているのであれば、なぜ安倍談話の翌日15日に靖国神社に有村治子女性活躍相、高市早苗総務相、山谷えり子拉致問題担当相の3大臣が参拝するのか、なぜ自衛隊が国外で闘うことになる戦争法案成立を強行するのか、沖縄・辺野古に新基地建設を強行するのか、軍事大国化へ進み続けるのか。なぜ日朝国交正常化に動き出さないのか。
 さらに「唯一の被爆国として、核兵器の不拡散と究極の廃絶をめざし」とあります。それではなぜ米国の核の傘に入っているのか、東北アジア非核地帯構想へ踏み出さないのか、再処理でプルトニウムを貯め続けるのか。「戦時下、多くの女性たちの尊厳や名誉が深く傷つけられた過去を、この胸に刻み続けます」とあります。なぜ韓国の世論を無視して、日本軍慰安婦問題を「解決済み」とするのか。犠牲者と向き合わないのか。
「暴力の温床ともなる貧困とも立ち向かい」とあります。なぜ世界の貧困・差別に立ち向かわずに、「自衛隊派兵の戦争法案」なのか、なぜ国内で貧困と格差社会推進の政策をとり続けるのか。

何を学び、何を打ち出さねばならないのか
 安倍首相は、当日の記者会見冒頭に「政治は歴史から未来への知恵を学ばねばなりません」と述べました。いったい彼はどんな知恵を学んだというのでしょうか。
 いま学び、打ち出さなければならない方向に対する知恵は、(1)村山談話に基づく歴史認識を明確にすること、(2)その認識に基づき、「日本軍慰安婦」、「強制連行・強制労働」など過去の加害について清算すること、(3)日中関係は、尖閣諸島問題を棚上げし、戦略的互恵関係の深化をめざし、日中首脳会議開催など関係改善を進め、友好関係を確立すること、(4)日韓関係も、竹島課題を棚上げし、韓国が求めている「日本軍慰安婦」など過去の清算を図り、首脳会談などを通じて友好関係を確立すること、(5)朝鮮民主主義人民共和国関係は、日朝ピョンヤン宣言(2002年)に基づき日朝国交正常化交渉に取り組み、その中で核の課題、拉致の課題等にも取り組むこと、(6)憲法違反であり、日本を戦争する国へ導く戦争法案を廃案にすること、沖縄・辺野古への基地建設を中止することです。
 日本政府がそうした路線を進むことによって、東アジアは一挙に平和への道が開けます。安倍政権が、こうした路線を選択できず、時代遅れの危険な「軍事大国化」をめざしているのであれば、直ちに退任してもらうしかありません。
 平和フォーラムは、安倍談話の欺瞞性と本質を見抜き、引き続きアジアにおいて、非核・平和の確立をめざして、すべての勢力と連帯して全力で取り組みます。
(ふくやましんごう)

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核のキーワード図鑑


核があればこそのわが未来

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9月に東西で「さようなら原発」全国集会を開催

 8月11日に再稼働が強行された鹿児島・川内原発に続き、各地の原発の再稼働が進められようとしています。これに反対して、9月に京都と東京で全国集会が開催されます。多くの方の参加を呼び掛けています。

●「さよなら原発全国集会in京都~高浜・川内・伊方原発の再稼働を許さない!!」

日時:9月6日(日)13:00~プレイベント(音楽・トークショーなど)、14:00~15:30本集会

会場:京都市下京区大宮七条「梅小路公園芝生広場」(京都駅中央口より塩小路通を西へ徒歩15分)

内容:スピーチ嘉田由紀子さん(前滋賀県知事)、鎌田慧さん(ルポライター)、中尾ハジメさん(京都精華大学教員)、各地の取り組み報告など


●「さようなら原発さようなら戦争全国集会―NONUKESNOWAR―」

日時:9月23日(水・秋分の日)12:30~オープニングライブ、13:30~集会、15:15~デモ行進

会場:東京都渋谷区「代々木公園B地区・けやき並木」(JR「原宿駅」、地下鉄「明治神宮前駅」「代々木公園駅」、小田急駅「代々木八幡駅」下車)

内容:呼びかけ人等のスピーチ(鎌田慧、澤地久枝、落合恵子、河合弘之)/福島、川内からの訴え/韓国から/戦争法案反対の行動から/沖縄から

サブステージ、ブース出店もあります。

問合せ:「さようなら原発」1千万人署名市民の会TEL:03-5289-8224

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