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ニュースペーパー2017年11月

2017年11月 1日

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第48回衆議院議員総選挙
 混乱の中で、第48回衆議院議員総選挙が終了しました。自民党が単独で284議席を獲得し、絶対安定多数の261議席を超えました。連立与党の公明党を加えると、313議席と圧倒的多数を占めています。
 自民党は選挙公約に、自衛隊の明記、教育の無償化・充実強化、緊急事態対応、参議院の合区解消の4項目を中心に、憲法「改正」をめざすと入れました。しかし、安倍総裁は選挙期間中にそのことに触れることはほとんどありませんでした。希望の党が「憲法9条をふくめ憲法改正論議をすすめます」としていることや、日本維新の会が憲法「改正」を否定していないことなどを含め、これまでの安倍総裁の発言からは、今後の政局において一気呵成に改憲に進み出すことが予想されます。改憲阻止に向けたとりくみが、きわめて重要な段階にあります。
 選挙後の立憲野党勢力は、細分された状況にあります。森友・加計学園問題の追求、改憲の発議阻止、戦争法に反対し自衛隊の集団的自衛権行使を行わせないためにも、立憲野党の一致したとりくみが重要となっています。
 今こそ、安倍政権の暴走を止め、個人主義に立った民主政治の実現をめざさなくてはなりません。立憲野党勢力の共闘を基軸に、平和フォーラムは、改憲阻止に向けて全力でとりくんでいくことを決意します。
(平和フォーラム「第48回衆議院議員総選挙の結果を受けて」より。全文は、http://bit.ly/48senkyo)(写真は国会議事堂)

インタビュー・シリーズ:126
映画「チャルカ─未来を紡ぐ糸車」に託す想い
写真家・映画監督  島田 恵さんに聞く


しまだ けいさん プロフィール
 1959年東京生まれ。写真雑誌社、スタジオ写真などを経てフリーの写真家に。86年のチェルノブイリ原発事故後初めて六ヶ所村を訪れ、核燃問題で揺れる村に衝撃を受け取材を始める。90年から2002年まで六ヶ所村に在住。11年から映画制作を開始し、13年「福島六ヶ所未来への伝言」を完成。14年度キネマ旬報文化映画部門7位にランクインする。01年に写真集「六ヶ所村核燃基地のある村と人々」(高文研)で第7回平和・協同ジャーナリスト基金賞を受賞。著書に「いのちと核燃と六ヶ所村」(八月書館)。このたび、映画「チャルカ─未来を紡ぐ糸車」を作成し、核のゴミ(放射性廃棄物)問題を追求した。(チャルカとはインドの手紡ぎ機「糸車」のこと)

─政府は、7月28日、原発から出る高レベル放射性廃棄物(核のゴミ)の最終処分場を選定するための「科学的特性マップ」(適地マップ)を公表し、国土の約65%、約1500自治体を「適地」としました。しかし、日本に「適地」など存在するのでしょうか?安全に何十万年も管理できるのでしょうか?「チャルカ」は2作目の映画ですが、どうして原発に関わるようになったのですか。  「チャルカ」は、東日本大震災後に制作した「福島六ヶ所村未来への伝言」に続いての作品です。それまではドキュメンタリー写真家として六ヶ所村を撮影してきました。原発に関心を持ったのは、1986年のチェルノブイリ原発事故の時です。その後、核燃料サイクル基地の問題で揺れていた六ヶ所村を初めて訪れ衝撃を受け、撮影を始めました。数年後に六ヶ所村に移住し、本格的に村の人々と関わりながら撮影を進めてきました。

─どうしてスチール写真から映画へと移ったのですか。
 大学を卒業して、写真雑誌の手伝いをしているうちに写真に興味がわいてきて、その後、商業写真などのアシスタントを務めながら学んできました。水俣やヒロシマなどを扱ったドキュメンタリー写真の訴える力に感動し、何か自分のテーマを持ちたいと思っていたんです。六ヶ所村の漁師の父ちゃん、母ちゃんたちの闘う姿に出会い、ここで撮っていこうと決めました。六ヶ所村には、1990年~2002年まで在住し、その間、写真集「六ヶ所村核燃基地のある村と人々」などを出してきました。
 もともと六ヶ所村の記録映画を作ろうと思っていました。過去の経緯を含め村のまとまった映像記録が残されていない。村は二分され、推進・反対双方とも深い傷を負わされてきました。何事もなかったかのかのように、核燃が進んでいくのが悔しかった。何か残したいと思っていました。そこで2011年2月にクランクインしたところ、1か月後に3.11東日本大震災と福島原発事故が起ってしまったのです。そこで急きょ福島へも撮影に入り、六ヶ所村とつなげた形の前作「福島六ヶ所未来への伝言」を作りました。全国各地の劇場や自主上映をしていただき、大きな反響をいただき、2014年度のキネマ旬報にランクされ、初めて撮った映画を評価していただき、うれしかったです。


─今回の「チャルカ─未来を紡ぐ糸車」では、高レベル放射性廃棄物の問題を扱っています。政府は7月に放射性廃棄物の処分候補地の「適地マップ」を公表し、選定に向けて動き出そうとしています。その意味でこの映画は、高レベル放射性廃棄物の問題に焦点当てていて、とてもタイムリーな映画だと思うのですが、なぜこの問題に着目したのでしょうか。
 六ヶ所村にかかわってきた中で、実際に各地の原発から放射性廃棄物が次々と運び込まれ、村が「核のゴミ捨て場」になる様子を見てきました。これまで「核のゴミ」については何の対策も取られてこず、ゴミ問題は放置されてきました。原発は例え事故を起こさなくても、日々大量の放射性廃棄物を生み出します。ゴミ問題を抜きに原発は語れません。、何とかこの問題を伝えたいと思っていました。それで、日本では地下処分のための研究施設がある北海道幌延町と岐阜県の瑞浪市周辺を、海外は世界で唯一高レベル放射性廃棄物の処分場が建設されているフィンランドのオンカロ(洞窟の意味・オルキオト原発の隣接地・写真)と、原子力大国フランスのビュール村を舞台に選びました。実際に行ってみると、フィンランドは20億年も安定した地層を持つ「岩盤の国」でした。地震国、火山国であり地下水の多い日本とは全然違う。日本が同じように地層処分をやろうとしていることに危機感を持ちました。

─もともとフィンランドは原発を4基しか持っていませんが、日本では59基もの原発(廃炉も含め)を抱えていますから、使用済み核燃料の量はフィンランドとは比べものになりません。これをどう処分するかは私たちの大きな問題であり、原発を再稼働してこれ以上、核のゴミを増やすことは問題です。さらに高レベル放射性廃棄物の処理・処分に10万年という膨大な時間がかかることを考えると、人類にそれが安全に保てるのかは人知を超えるものがあると思います。例えば1万年先に今の文字や言語が読めるのだろうか。私たちでさえ数百年前の文字や言葉は難解です。そうした問題があるにもかかわらず、核のゴミが捨てられていくことはあまりにも無責任であり未来への冒とくです。
 フィンランドと日本では原発を取り巻く環境が違います。日本は交付金を使い地域にじゃぶじゃぶお金をつぎ込み、有無を言わせず押し付けていきますが、フィンランドには、交付金制度はありません。原子力施設の立地による固定資産税率が高く設定されていて、それが町の財政増収につながっているのです。
 オンカロは原発があった地域に建設されたので、もともと受け入れる地盤がありました。フランスのビュール村は、主だった産業もなく高齢化率も失業率も高い地域です。処分場立地のために周辺地域にたくさんのお金や事業がつぎ込まれてきました。制度や文化の違いはあるけれど、結局は過疎で高齢化した地域、地方の貧しいといわれる地域が、原発や廃棄物処分場に狙われているという構図は、世界共通なのだと思いました。

─「チャルカ」はインドの手紡ぎの糸車のことですね。インド独立の父ガンジーがイギリスの支配から自立するために、自国で生産した綿花を自分たちで紡ぎ、その糸を手織りにした布を産業にしようと提唱し、糸車を回すことは未来への祈りとしたことをタイトルに込めたと言われています。この映画を通して島田さんは、どのようなことを訴えたかったのでしょうか。
 東日本大震災は私たちにとって本当に大切なものは何かを問いかけたと思います。これまで日本は、より便利でより豊かになることを追求し、その結果、大量生産、大量消費、大量廃棄社会となりました。いのちより経済優先で進めてきた社会の行き着いた先が、福島原発事故だったと思います。津波で流された家の跡地で人々が必死に探していたものは、預金通帳ではなく家族の写真でした。その姿は、私たちに本当に大切なものを気づかせてくれたと思います。このまま経済優先社会を推し進めてしまっていいのかと。
 それだけの悲惨な事故を経験しながら、また原発を稼働しようとしている日本の社会は、ガンジーが言った「インドは自らをイギリスに売り渡しているのだと」との言葉と重なりました。原発がなければ電気が足りない、地元経済が成り立たない等と思わされて、私たちは自らを売り渡しているのではないかと。そうした構造から私たちは自立していこう、と伝えたかったのです。

─そのためには身近なことから考えることも大切で、映画ではフランスのビュール村での風車と太陽光で自立している例や、北海道豊富町の酪農家・久世薫嗣(くせしげつぐ)さんの生き方を紹介していますね(本誌10月号に寄稿)。久世さんは「都会ではできないことが、ここでは(田舎)ではできる」として、その実践は非常に興味深いものでした。自分でできる力、それがエネルギー問題の本質ではないでしょうか。
 自分で生きていく知恵や力、生活スタイルを見直すことが必要だと思います。何を食べ、どんなものを着て、どんなエネルギーを使うのか。私たち一人ひとりの小さな選択が未来を変えていくという意識を取り戻したいと思うのです。ガンジーの「あなたがこの世で見たいと願う変化にあなた自身がなりなさい」という言葉をかみしめたいと思っています。

─適地マップが公表され、ほとんど全国各地が高レベル放射性廃棄物処分場の「適地」とされました。今後各地で様々な動きが出てくると思います。処理・処分ができない核のゴミを生み出してしまった私たちの責任を考えるうえでも、この「チャルカ」をたくさんの人に見て欲しいですね。
 はい、ぜひこの映画を見てください。そして、核のゴミを生み出してしまった私たちは、遠い未来の子孫たちの未来を奪っていること、そしていま何をしなければならないかを、一緒に考えていただければ幸いです。

インタビューを終えて
 「信念」を貫くことが、人生でどれだけ難しいことか。何となく周囲の声に流されながら運動を続けてきた自分には、島田さんの映画にかける思いを心底から理解できていないように思う。しかし、12年もの六ヶ所村での生活から紡がれた思いは、実は人間社会の未来を想像する哲学だ。みんなで「チャルカ」を回そう。
(藤本泰成)

映画についてはhttp://shimadakei.geo.jp/
自主上映会開催の案内も。事務局電話070-5568-3311(宮城)FAX042-727-8559
「さようなら原発1000万人アクション実行委員会」では11月1日(水)18:30~東京ウィメンズプラザ視聴覚室で上映会を開催(入場料800円)。原子力資料情報室の伴英幸・共同代表の講演も。

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海から見た辺野古新基地建設の現状
工事の既成事実化で県民の諦め誘う
抗議船船長 西川 正夫

 沖縄県名護市辺野古への米軍新基地建設の現状は、見せかけの本体工事着工と仮設道路工事だと言えます。これは、来年2月の名護市長選挙と、同じく来年11月予定の沖縄県知事選挙へ向け、県民に諦めさせることを狙ったものです。本稿ではそうした工事の実態について報告します。

見せかけの護岸工事と仮設道路建設
 4月25日、華々しく「本体工事着工」と報道して始まったK9護岸工事は、316m延長する予定が100m進んだところでストップしています。沖縄防衛局は「台風対策」と言っていますが、写真のように、根固め袋材(網に砕石を入れた袋)と片側を消波ブロック(テトラポット12.5トン)で囲んであります。このK9護岸の本来の設計は、このような根固め袋材ではなく、被覆ブロック(コンクリート製)で、消波ブロックもテトラポット12.5トンではなく20トンを反対側の埋め立て予定地の外側に設置しなければなりません。
 なんと、「仮設工事」を進めて、後でやり直すつもりであることが判りました。
 被覆ブロックの準備ができていないにもかかわらず、何としても「本体工事着工」を印象付けなければならなかったからです。なんという無駄な作業でしょう。
 辺野古側の海はリーフで囲まれた浅く白い砂の美しい海です。この浜で6月26日から3か所の道路工事が始まりました。K1護岸・N5護岸へ工事資材を運ぶための仮設道路工事です。しかし、仮設道路は大浦湾側を含む辺野古崎全体を囲うように設計されていますが、文化財問題などで大浦湾側の施工はできません。
 現在工事を行っているのは、(1)辺野古側埋め立ての起点K1護岸建設へ向けた仮設道路。(2)通称赤鉄塔下。(3)陸上作業ヤードから降りてくる中仕切り護岸N5建設のための仮設道路です。この3地点の仮設道路工事は、まもなく護岸部へ到達する見込みです。


途中で止まっている護岸工事(名護市辺野古)
深刻な地盤問題と展望のない埋め立て工事
 8月9日、沖縄平和市民連絡会議の北上田毅さんの情報公開請求で「海上作業ヤード施工中止」が明らかになりました。海上作業ヤードとは、軍港となる埋め立て工事の最も深い部分(水深30m)のC1~C3護岸に使うケーソン(大きなものは、5階建てのビルほどもあるコンクリート製の箱)の仮置き場です。防衛省は「ケーソン護岸そのものが中止になったわけでもなく、またケーソンを仮置きせず直接現地に設置する工法に変更したものでもありません」と答えています。すでに2年前からケーソン護岸工事や他の工事も契約済ですが、この海上作業ヤード関連の工事契約3件のみが解約されました。
 かねてから言われていた話ですが、海底地盤に問題があるようです。地下3000mも調査する最新鋭の調査船ポセイドンⅠが2ヵ月半もの長い間、大浦湾を調査しました。また、当初2014年8月から3ヵ月で終るはずのボーリング調査は、再三工期が延長され、3年過ぎた今日も行っています。今年10月に新たなボーリング調査の契約2件を行うとしています。よほど、海底地盤に問題があることがうかがわれます。
 沖縄はもともと琉球石灰でできており、軟弱地盤です。方々にガマ(鍾乳洞)があることは知られており、海底に大きな鍾乳洞があってもおかしくありません。また、ちょうどケーソン工事付近に活断層があるとの指摘もあります。防衛局は「今後については、検討中」と答えていますが、今後の施工が定まらない深刻な事態になっている可能性があります。
 こうした地盤の問題の他、翁長雄志県知事の岩礁破砕許可をめぐる工事差し止め訴訟、文化財問題、埋め立て土砂問題、希少サンゴと移植問題、米国でのジュゴン裁判の動向、何よりも埋め立て予定地の真ん中を走る美謝川の移設については、管理者が稲嶺進名護市長であり、到底承諾を得ることは困難です。

来年の名護市長選と県知事選がヤマ場に
 先の見えない八方塞がりの工事にもかかわらず、〝工事が進んでいる〟という既成事実で、県民の諦めを誘い、来年の名護市長選挙と県知事選挙で基地推進派を押し出し、その後にどんなに税金を費やしてもやりたいように進めようとしているのです。
 現在、仮設道路を作っているK1護岸とN5護岸工事部は、浅い海で工事が容易です。また、ゲート前の座り込みによりスムーズにいかない資材の搬入についても、海上からの搬入を検討しており今後も強引に進める動きになっています。
 見せかけの工事であっても海の破壊は進んでいます。何としても辺野古に結集し、少しでも新基地建設を遅らせ、美ら海を守らなければなりません。
(にしかわまさお)

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青少年をターゲットにした自衛隊の勧誘の実態
「赤紙が来た!」─生徒宛にダイレクトメール


 7月10、11日の両日、ホテルグランドヒル(東京)で「全国自衛隊地方協力本部長会議」が開かれ、制服組トップの陸海空の幕僚長を前にして、全国50地本長が集まった。自衛官募集に向けた、さながら総決起集会となったようだ。このなかで、自衛隊員募集の成果を棒グラフにして張り出し、自衛隊広報官の競争を煽り立て、「必ず目標を達成するとの執念を持て」とはっぱをかける発言も飛び出した。
 これとは別に、高校3年生への募集では「25万人広報官作戦」とし、全国の自衛隊員がそれぞれの郷里で自主的に募集する作戦を打ち出している。携帯する武器は『自衛官への道~新たな自分と出会うために』と題されたマンガ冊子(右)。人気漫画家に依頼したという冊子は、約90万冊印刷されている。民間企業でも見られる企業戦士ぶりが表れているが、こと民間企業ではありえない実態や様々な問題点が垣間見える。

隊員募集で住民票を閲覧
 「赤紙が来た!」とSNSで話題となったのが、2014年7月。折しも安倍内閣が集団的自衛権の行使を容認する閣議決定した直後に、高校3年生宛に自衛官募集のダイレクトメール(DM)が届いたのだ。この絶妙のタイミングの真相は、高校3年生を対象とする自衛官の募集の解禁日が7月1日であるため、たまたま重なっただけのものだ。とはいえ時期が時期だけに、このDMに対する不安や嫌悪が拡がった。
 ところでこのDMの情報はどのように手に入れたのか。学術や統計調査などの目的以外、とりわけ民間企業の商品宣伝や人材募集のために住民基本台帳の閲覧はできないこととなっている。ところが、自衛隊はこの個人情報を、自ら閲覧、もしくは市町村による情報提供によって得ていたのだ。
 住民基本台帳法第11条には、「国又は地方公共団体の機関は、法令で定める事務遂行のために必要である場合には、市町村長に対し、住民基本台帳の一部の写しを閲覧させることを請求することができる」とする。そして自衛隊は、「自衛隊法第29条第1項及び第35条の規定に基づく自衛官等募集事務」が「法令に定める事務」だから閲覧はできるのだと主張している。しかし、この解釈はかなり無理がある。一方、市町村による情報提供はどうか。住基法には「提供」に係る規定はない。ところが、自衛隊は「明文に規定がないからといって、特段の問題はない」として、市町村から住民票の個人情報の提供を受けることをよしとしている。
 個人情報の漏洩が社会問題となり、住民基本台帳法は改正された。その主旨を考えれば、自衛隊員の募集のために、住基法の解釈を甘くするのは問題だ。そもそも人材募集のために住民基本台帳を利用することそのものを、おかしいとは考えないのだろうか。

隠される自衛隊の実態
 このDM問題では、高校生のみならず、中学3年生にも陸上自衛隊高等工科学校の案内が送られていた事例があった。この点を指摘された防衛省は、03年に発令された防衛事務次官通達の「中学生に対する個別の募集広報については、当該中学生の保護者又は当該中学生が就学する中学校の進路指導担当者を通じてのみ行うことができる」を周知徹底させるとして改善に乗り出した。
 中学3年生の募集は11月頃から始まるが、16年に確認されたところでは、住民票を閲覧して該当学年の男子のみを抽出書写し、「受験希望者説明会のご案内」なる文書を入れた封書(宛名は当該中学生の姓名に「保護者様」と記載)を戸別訪問で投函している事例があった。この封書を受け取った東京区部の保護者は「何で息子の姓名がわかったのか」「マンションは外部者の立ち入り禁止を明示しているのに何で入ってこられたのか」といぶかしがる。自衛隊東京地方協力本部の担当官は「DMで出したいが経費節減の折、広報官が担当区域を決めて個別配布」していると説明する。
 マンション立ち入りについては、東京立川での自衛隊官舎反戦ビラまきの裁判以降、市民運動などでマンション等への個々配布に非常に神経を使うようになっている。にもかかわらず自衛隊はやすやすと個々配布をするという実態は見逃せない。もちろん中学生の住民票を閲覧している事実も、自衛隊員募集と同様で問題は残る。
 現在、自衛隊は人手不足で悩みを抱える状態だ。特に末端の「兵士」の充足率は7割程度と言われている。そのため、現役自衛官が猛烈企業戦士ぶりを発揮して、人材募集に乗り出しているのだろう。
 募集要綱には一切記載がないが忘れてはならないことがある。現在の自衛隊という職場はどうなっているのか。国民全体の自殺死亡率にくらべて自衛隊員の自殺率は高くなっている。セクハラ、パワハラなどの事件も後を絶たない。危険業務が付随する「職場」であるにもかかわらず、隊員の命と安全を軽視している実態がそこにはあるのだ。
(近藤賢)

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遺伝子組み換え表示の検討始まるも...
「消費者の知る権利」を蔑ろにする食品表示制度
NPO法人日本消費者連盟 事務局長 纐纈 美千世

事業者優先の「加工食品の原料原産地表示」
 今年9月1日に「加工食品の原料原産地表示制度」が施行されました。それまで4品目・22食品群に限って義務付けられていた原産地表示が、原則として全ての加工食品になったことは一歩前進と言えます。たとえば、ロースハムはこれまでの「豚ロース肉、還元水あめ、大豆たん白、食塩...」から、「豚ロース肉(アメリカ)、還元水あめ、大豆たん白、食塩...」と、原材料の中で1番多く使っているものに原産国を書かなければならなくなりました。
 ただ、複数の国の原料を使っている場合は、「豚ロース肉(アメリカ又はカナダ)」(可能性表示)や、「豚ロース肉(輸入)」(大括り表示)といった表示が認められています。極めつけは、可能性表示と大括り表示が一緒になった「豚ロース肉(国産又は輸入)」です。原料価格が変動したり、季節によって調達先が頻繁に変わるため、そのたびに容器包装を変更するのは難しいという事業者の主張に配慮したものです。「国産又は輸入」という表示はあまりにも消費者を愚弄しています。
 また、表示義務は1番多い原料にしか課せられていませんから、2番目以降のものは表示する必要がありません。何より、完全施行までに4年半もの移行期間が設けられたことは問題です。これもまた事業者の「準備期間が必要」という要望に応えたものです。

多くの食品が遺伝子組み換え表示を逃れる
 2013年の食品表示法成立の際、加工食品の原料原産地表示と併せて積み残しの課題とされたのが、遺伝子組み換え表示と添加物表示です。不十分ながら原料原産地表示制度がスタートしたことで、消費者庁は今年4月に「遺伝子組換え表示制度に関する検討会」を立ち上げ、議論を始めました。
 2001年に作られた現在の遺伝子組み換え表示制度は多くの問題を抱えています。一つは、表示義務の対象を8農産物とそれらを原料とする33の加工食品に限定していることです。さらに、表示対象であっても原材料の重量に占める割合が上位4位以下なら表示する必要がないこと、しょう油や砂糖、大豆油、ナタネ油など表示が不要な食品が設けられていることによって、多くの食品が遺伝子組み換え表示を逃れています。
 加工食品の多くに「植物油脂」が使われていますし、お菓子やジュースなどには「果糖ぶどう糖液糖」が入っています。いずれも遺伝子組み換え作物を原料としている可能性が高いものです。「大豆(遺伝子組み換えでない)」と表示された豆腐や納豆を選んでいるから、遺伝子組み換え食品を食べていないと思っている人も多いようですが、実際は日々、多くの遺伝子組み換え食品を口にしています。
 このように現在の表示制度では遺伝子組み換え食品を食べたくないと思っても避けることができません。4月に始まった検討会では消費者団体と事業者団体のヒアリングも行われました。日本消費者連盟をはじめ消費者団体は「消費者の権利を保障するためにも、すべての遺伝子組み換え食品に表示すべき」と意見を述べましたが、事業者は「現行の制度で十分機能しているため、変更の必要はない」と主張。検討会の事業者サイドの委員も「頻繁な表示制度の変更は企業に負担となる」「これ以上表示が増えると見づらくなる」と、表示拡大に反対する意見を繰り返しています。
 消費者の知る権利・選ぶ権利をどう保障するかといった議論を全くすることなく、9月27日の第5回検討会では座長が「義務表示の対象品目は現状維持」とまとめてしまいました。消費者サイドの委員から「消費者が遺伝子組み換え食品を食べていないと誤解するような現在の表示制度は問題」という意見が出ていたにもかかわらずです。このような強引なまとめ方に対し、日本消費者連盟は抗議するとともに、座長の「まとめ」の白紙撤回を要求。さらに、消費者庁には、事業者団体等が主張する「これ以上の表示はできない」ではなく、「遺伝子組み換え食品を食べたくなければ避けられる表示」「消費者の権利を保障する表示制度」をどうすれば実現できるかという視点で議論を行うよう求めました。
 表示は買い手(消費者)と売り手(事業者)の「契約書」のようなものです。私たち消費者は基本的に表示からしか情報を得ることができませんし、表示を信じて買うしかありません。遺伝子組み換え食品を食べたくない人にとっても、食べたい人にとっても表示はあってしかるべきでしょう。検討会は来年3月までに取りまとめを行うことになっています。引き続き検討会の議論を注視しながら、消費者の知る権利・選ぶ権利を求めていく必要があります。
(こうけつみちよ)

諸外国に比べ遅れる日本の遺伝子組み換え食品表示

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ピースアクション学生集会に日本の被爆者や高校生が参加
核兵器の問題を知ることの重要性を確認

 「核兵器の全面的廃絶のための国際デー」の集会が、9月26日、アメリカ最大の平和運動団体であるピースアクション(PeaceAction、1957年設立)の学生組織であるピースアクションマターズ(PeaceActionMatters)の主催で、アメリカ・ニューヨーク州ロングアイランドにあるホフストラ大学で行われました。今年6月に核兵器禁止条約国連会議に参加するためにニューヨークを訪れた時に、被爆者である川副忠子さん(長崎原水禁副会長)から被爆体験を聞いた学生メンバーが中心になり、集会を企画しました。主催者からの要請で、川副さんの他に、ピースデポの山口大輔さん、東京の高校生平和大使などがインターネット電話(スカイプ)で参加したり、ビデオメッセージを送ったりしました。海外からはカザフスタンの核実験被害者も参加し、総勢約20名で、教室での学習集会の後、屋外でキャンドル集会も行われました。

被爆体験や北東アジア非核地帯化構想を学ぶ
 まず、川副さんが作成した被爆体験の話を、長崎から送られてきた写真や被爆者が描いた絵を見ながら、アメリカの学生が朗読しました。
 「8月9日に長崎市に投下されたプルトニウム爆弾は、上空で炸裂、爆発の瞬時から強烈な熱線と爆風、そして恐るべき放射線が地上に襲いかかり、街を廃墟にし、生きとし生けるものを殺傷しました。放射線の影響で日を追うごとに軽傷や無傷の人々が爆心地から同心円を描いて死んでいき「死の同心円」と言われました。市民の3分の1近くの約7万4千人が亡くなり、72年経った今でも苦しんでいる人がいます。被害の残酷さを知ると、核兵器を使うことは許されないと分かるはずです。今年7月7日、国連において採択された「核兵器禁止条約」の誕生を喜びたいと思います。しかし、残念ながら日本は参加をしていません。日本政府の態度に憤りを感じています」。
 また、ピースデポの山口さんは北東アジアの状況について発言。「現在の米朝対立は、相互が挑発しあい、核戦争の可能性が増加する危険な情勢になっています。この中、アメリカの核の傘に依存する日本政府は核兵器禁止条約に参加していません。日本政府とマスメディアが北朝鮮の核・ミサイルに抗議するならば、北朝鮮の核施設への先制攻撃や指導者暗殺を含む米韓合同演習にも異議を唱えるべきです。また、日本の自衛隊はミサイル防衛体制の統合等で、米韓軍と一体化を進めています。この状況を変えていくために、北東アジア非核地帯を設立し、アメリカ、ロシア、中国、南北朝鮮、日本の6ヵ国が、非核兵器国は核兵器を持たず、核兵器国は核攻撃を行わないということで、核兵器の脅威を受けない地域を作りだし、核廃絶に向かうべきです」。
 さらに、高校生平和大使はビデオメッセージで活動紹介を行い、2001年に長崎の高校生が始めた活動が全国に拡大し、ヒロシマ、ナガサキの平和メッセージを伝え、署名は100万以上になり、国連に毎年提出していると述べ、最後に平和のメッセージを届けるという歌で締めくくりました。


アメリカの学生と語る川副さん(中央、6月・ニューヨーク)
若い世代の交流に期待
 アメリカの参加者からは、「アメリカの核兵器使用に直接大きな被害を受けた人からの証言を聞くことができるとは信じがたいことだった。また、各国の反核活動家から活動について聞けたのは、素晴らしい。国際連帯という思いが強くなった」、「地球に深刻な影響を与えるのに、最優先とされていない課題を話すことは、とても重要だ。いま米軍に使われている時間と金は信じられないほど多い。核兵器の被害を受けた国々の市民から、その評価を聞くのは大きい」、「これまで核兵器が使用された唯一の国である日本の人々と対話できたのは素晴らしいことだった。わが国により他国が被害を受けたということを認識するのは第一歩である」、「戦争への抵抗は非常に重要であり、アメリカでは特に必要だ。核兵器禁止条約の成立は、非核化への長い道のりの素晴らしい出発だ」、「永久に回復できない打撃を受けた川や土地がある。それはこうした兵器が生み出されたからである。学生は戦争反対が緊急に必要ということがわかっていない。わが国政府が大量に保有する核兵器の問題について知ることが必要である」などの意見が出されました。
 アメリカでは昨年の大統領選でのサンダース旋風を引き継ぎ、トランプ大統領の移民排斥、保険制度改悪に抵抗する運動に多くの若者が参加しています。しかし核兵器問題への関心は高くなく、ニューヨークで会った学生は貴重な存在です。彼らが大学で核廃絶を訴えたことは大きな励ましであり、その活動の一助になれたのは嬉しい限りです。高校生平和大使など若い世代が交流しながら、運動が進んでいくことを期待しています。
(菊地敬嗣)

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日本政府の核廃絶決議案に現れた密約体質
核兵器禁止条約との対比鮮明

23年目の日本「核廃絶決議案」
 国連総会に今年も日本政府から出される核廃絶決議案の素案が明らかになりました。1994年以来毎年出されていますが、国連で採択され署名の始まった核兵器禁止条約の動きと対照的に、内容の後退が目立ちます。
 重要なものでは、核不拡散条約(NPT)再検討会議で核保有国も同意した、「核軍縮につながる核兵器の完全な廃絶を達成する明確な約束」を再確認する文言が無くなっています。日本案を「核廃絶決議」とする根幹と言える部分を削っておいて、核無き世界へのアプローチが様々あるということや、北朝鮮の核実験・ミサイル発射などの深刻な脅威を強調する事で、核兵器禁止条約に参加しない立場を正当化する言い訳をしているようなありさまです。


9月20日、核兵器禁止条約の国連での署名式
中央に事務総長 左2人目に中満泉 事務次長
右端はICAN事務局長のベアトリス・フィン
(UN Photo/Kim Haughton)
核兵器禁止条約とノーベル平和賞
 7月7日に採択された核兵器禁止条約は、9月20日に国連で各国の署名が開始され、その日のうちに50ヵ国以上が署名しました。批准した国もすでにタイなど3ヵ国になり、批准国数が50ヵ国に達した90日後には発効します。今年のノーベル平和賞に、ヒバクシャとともに核兵器廃絶にむけた運動を展開して来た国際NGOの「核兵器廃絶キャンペーン」(ICAN)が選ばれた理由も、核軍縮への国際世論をたかめたこの動きにあります。
 核兵器禁止条約の交渉にも参加せず、署名もしない日本の「核廃絶決議案」には、条約への言及はありません。決議案の共同提案国には、昨年は入っていたオーストリアやスイスなどが今年は入っていません。代わりに、米国、英国の核保有国や米国の「核の傘」に依存する北大西洋条約機構(NATO)加盟国やオーストラリアが入っています。日本政府の核依存への傾斜がより一層明らかになったと言えるでしょう。日本案へは核兵器禁止条約の参加国からの反発が予想されます。「非核国と核保有国の橋渡しをする」と主張しながら、自らの核依存を見直す事も無く、NPT体制強化を言いながらNPTに入らないインドの核を認めるような日印原子力協定を結んだ外交のあり方は、とても国際的な説得力を持つものとは言えません。歴史的な核兵器禁止条約の実現に貢献したICANに平和賞を授与したノーベル委員会など国際社会のあり方とは対照的です。
 核軍縮関連のノーベル平和賞では、2009年受賞のオバマ大統領がプラハ演説で掲げた理想と実績には大きなギャップがありましたし、1974年の佐藤栄作元首相の非核三原則の裏には、沖縄への核兵器再持ち込みを許容する密約がありました。それでも、欺瞞的で実態とは違っていても「核抜き本土並み」という建前だけは保持していました。今の日本政府の核廃絶決議案に至っては、もはやそうした建前を維持しようという意図さえも感じられません。戦後外交の柱であったはずの「核廃絶」を、もはや全く通じない詭弁を弄しただけの文言にして、中身を捨ててしまうのでしょうか?
 沖縄返還の対米交渉に当たった佐藤政権の密約の前には、吉田茂の51年の旧日米安保条約、岸信介の安保条約改定と密約の続いた歴史がありますが、その存在を許して来た外交のあり方がもう成り立たなくなる限界に達したのではないでしょうか。
 2009年米国の核態勢見直し検討時に、日本から戦術核の維持を求めて働きかけたような、国民への欺瞞を続けることは許されません。このとき、前政権の核依存態勢によるごまかしを終わらせるために、2009年12月、当時の岡田克也外相がとった行動が、今後日本がとるべき外交のあり方のヒントを示しています。岡田外相は、米国の国務・国防両長官に書簡を送り、核兵器の役割を核攻撃に対する抑止に限定して、NPT加盟の非核保有国に対する核兵器の使用を禁止する考えを支持する事を表明、「我が国外交当局者が、貴国に核兵器を削減しないよう働きかけた、あるいは、より具体的に、貴国の核卜マホーク(TLAM/N)の退役に反対したり、貴国による地中貫通型小型核(RNEP)の保有を求めたりしたと報じられて」いるが、仮にそのようなことがあったとすれば、「それは核軍縮を目指す私の考えとは明らかに異なる」と伝えました。そして米国は実際に2010年の核態勢見直しで核卜マホークの退役を決めたのです。
 核兵器禁止条約で国際世論の高まる今、日本のとるべき外交手段は、このような具体的なものであるべきです。「核廃絶」を標榜しながら核兵器依存を強める現在の日本政府には、核兵器禁止条約に参加するような理想を取り戻すと共に、米国に核先制不使用政策を求めるなど、安全保障政策にも冷静で具体的な提案が求められます。
(金生英道)

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非核三原則──持ち込ませず についての議論が必要?

 石破茂元防衛相が9月6日のテレビ朝日の番組で、米国の核の傘で守ってもらいながら「持たず、つくらず、持ち込ませず、議論もせず」でいいのかと発言して論議を呼んでいます。これでは抑止力が弱まりはしないか、という問いかけです。一方、日本に対する核以外の攻撃に対しても核で報復するオプションを米国が維持することを望んできた日本が「持ち込ませず」と言うのは勝手すぎないか、とも問えます。日本は米国が「核を先には使わない」という「先制不使用政策」をとることに反対しているのです。
 オバマ政権が2009年と16年に「先制不使用政策」の採用を検討しながらこれを見送った主要な理由の一つが日本でした。16年には日本が不安を感じて核武装するかもしれないという懸念をジョン・ケリー国務長官が表明したと報じられました。先制不使用策採用を支持し日本自身の核依存度を減らす形で「持ち込むな」と言いやすくするのか。持ち込みを容認してすっきりさせるのか。ここで議論の前提となる要点をいくつか整理してみましょう。

1)実は非核2.5原則──寄港密約
 日本側の「持ち込み」の概念には、寄港・通過と配備が含まれる。米国側は事前協議の対象となるイントロダクション(導入=配備)には、寄港・通過は入らないと解釈。日本はこの定義の違いを理解しながら、事前協議要請がないのは寄港がないということだとの論法を使い続けた。民主党政権の岡田克也外相が委託した有識者委員会(座長:北岡伸一東京大学教授)は2011年3月「暗黙の合意による広義の密約があった」と結論づけた。安倍晋三首相も14年1月31日の衆院予算委員会で、寄港・通過の「密約」について「ずっと国民に示さずにきたのは間違いだった」述べている。

2)実は非核2原則?──沖縄再配備密約
 有事の際の沖縄への再持ち込み合意の「密約」があったことを、1969年11月19日の佐藤・ニクソン「合意議事録」が示している。2009年12月に佐藤栄作元首相邸で存在が確認されたものだ。米側が「日本を含む極東諸国防衛のため、重大な緊急事態が生じた際は、日本と事前協議を行ったうえで」沖縄への再持ち込みと通過の権利の承諾を必要とするとし、日本側は「そうした事前協議があれば、遅滞なくその要求に応える」と記されている。
 有識者委は、この件は引き継ぎがされておらず密約と言い切れないとの結論を下した。だが、これらの二つの「密約」は今も米国側では活きていると見られている、と分析する日米の専門家が少なくない。石破発言の後、非核三原則を堅持すると主張した日本政府は二つの密約について米国と破棄の確認をすべきだ。

3)めざすは戦略原潜の寄港と日本母港化?
 1992年以来、米海軍の水上艦船・攻撃原潜には核は搭載されていない。1991年9月27日、ブッシュ(父)大統領が一方的核削減措置の一環として、これらの艦船から核兵器を撤退すると宣言した。続くクリントン政権が水上艦船の非核化を決定する。最後まで作業の残っていた海上発射の核付きトマホーク巡航ミサイルの弾頭の解体が2012年に終了した。
 残っている艦船用核兵器は戦略原子力潜水艦搭載の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)だけだ。戦略原潜は、特別な示威行為以外は寄港を必要としない。2003年以降、米本土の母港以外の寄港例は3回だけだ。石破発言の後、「日本の安全保障政策に携わる関係者の1人は、非核三原則を見直し、核兵器を搭載した米軍の原子力潜水艦を日本に配備すれば済むと指摘」した(ロイター:9月6日)という。まさか戦略原潜の日本母港化要請ではあるまい。

4)海外配備は欧州配備の航空機用核爆弾のみ
 地上発射の戦術核は、上述の一方的削減措置により全面的に撤去され、解体された(地対空用の核弾頭及び核地雷はすでに配備から外されていた)。現存の戦術核はB61型核爆弾約300発しかない。実際に配備されているのは欧州5カ国(ベルギー、ドイツ、イタリア、オランダ、トルコ)の6基地にある約150発だけだ。

5)欧州核のような核共有の検討?
 石破元防衛相は核共有の検討が必要とも述べている(テレビ朝日9月7日)。上記5ヵ国に配備された核は、いざとなればトルコを除いて受入国のパイロットがそれぞれの国の「2重目的機」(通常兵器・核兵器のどちらでも搭載可能)に載せて爆撃任務を遂行する計画だ。通常は米国側の管理下に置かれ、米国大統領の使用許可があって初めて、受入国の航空機に搭載される。一方、受入国が欧州配備の核兵器の使用に関する協議に参加できる仕組みになっていて、受入国側にも拒否権が存在する。元防衛相の望みはB61型核爆弾の配備と使用の拒否権か?

6)再配備の必要性は?
 日本の外交官は2009年、上述のトマホーク用弾頭の維持を求めた。このとき、米科学者連合(FAS)の核問題専門家ハンス・クリステンセンはこう指摘した。「日本への配備に頼らない広範な核能力から言って、核の傘が日本に核兵器を再導入するオプションの維持を必要とするという一部の政府関係者の主張は、根拠が薄弱だ」(『世界』09年12月号岩波書店)。戦略原潜のSLBMや、米本土のミニットマン3大陸間弾道弾(ICBM)、戦略爆撃機(一部はグアムに前方展開)があり、場合によってはノース・カロライナ州の基地に配備されている戦闘爆撃機も使えるからだ。最近の韓国への再配備論についても「軍部は必要性を感じていない」と述べている。戦略爆撃機の日本配備はどうか?「これらの爆撃機はすでにグアムに配備されており、中国や北朝鮮からのミサイル攻撃にさらされやすい日本に置く必要はない」(核情報へのメール:17年3月19日)。
(「核情報」主宰田窪雅文)

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《投稿コーナー》
朝鮮人犠牲者追悼文拒否にみる小池都知事の歴史改竄と本質
平和憲法を守る荒川の会 共同代表 森本 孝子

関東大震災時に侵した過ちを繰り返してはならない
 今年9月1日、墨田区横網公園は、その隅に安置された関東大震災時の朝鮮人虐殺追悼碑前での追悼式に参列する人であふれた。受付の人に聞くと例年150人くらいの所、500人が参列したとのこと。追悼碑は、1923年(大正12年)の関東大震災50年を記念して、2度とこのような過ちを繰り返さないという思いで建立されたもので、毎年、時の知事(あの石原慎太郎知事でさえ)がメッセージを送ってきたというが、今年は小池百合子都知事がメッセージ不送付を決めた。
 3月の議会で、性教育攻撃やジェンダーバッシングなど極右的な行動で知られる古賀俊昭都議会議員が「この碑に刻まれている6000人と言う数字は根拠がなく、日本人に対するヘイトスピーチであり、都の施設から撤去すべきであり、追悼文の送付も再考すべきである」と発言したのを受けてのことだ。この議員発言に呼応するように、右翼団体「そよ風」が追悼碑撤去を求める街頭行動や都への申し入れを行い、9月1日にも追悼式会場の奥で独自集会を開催していた。また、墨田区長も追随してメッセージの不送付を決めた。
 小池知事は追悼文不送付について「大震災に関連して亡くなった方々は国籍を問わず多かった。すべての方々への慰霊を行いたいという意味から、特別な形での追悼文の提出は控えさせていただいた」と記者会見で答えた。自然災害で亡くなった人と、人災で亡くなった人を一緒に追悼することへの疑問が出され、関東大震災時の虐殺を認めるかと聞かれて、「歴史の問題は学者に任せたい」と言った。
 このやり取りを聞いて、安倍晋三総理が「侵略と言う定義はない。学者が判断するものだ」と国会で答えた場面を思い出した。歴代の自民党総裁たちは日本の侵略戦争を認めているし、日本も参加した国連総会では2度も「侵略」の定義を行っている。不勉強なのか、意図的なのか。こうした対応に、主催者代表として挨拶した宮川泰彦さん(日朝協会東京都連合会長)は、「忘却は再び悪夢を呼ぶ。関東大震災時に侵した過ちを繰り返してはならない」と厳しく批判した。


関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式
(2017年9月1日・墨田区)
多文化共生の実現は私たちの活動にかかっている
 関東大震災時には、朝鮮人だけでなく中国人や社会主義者なども虐殺されたが、何と言っても一番多くの犠牲者を出したのは朝鮮人だった。日本政府が実態調査をせず、事件の隠滅に走る中で、関東大震災の翌月に東京の朝鮮人たちが「在日朝鮮同胞慰問会」を立ち上げ実態調査を行った。当時日本に留学していた学生たちも参加し、聞き取りや地域調査によって積み上げたのが6000人と言う数字だ。また、国の中央防災会議の報告書では殺された朝鮮人の数を震災全体の死者10万5千人余の1~数%と推計している。
 毎年9月の第1土曜日(今年は9月2日)に墨田区八広の虐殺現場で行われてきた追悼式は今年で36回を重ね、ここでも例年以上の参加者があった。主催者の一人である西崎雅夫さんは、式の冒頭あいさつの中で、当時の様子を紹介し「地震の混乱の中で朝鮮人が放火・爆弾投棄・井戸に毒を入れたなどの流言飛語が流され、自警団が結成され、朝鮮人虐殺事件が起きた。その後、千葉から軍隊が出動し、朝鮮人を打ち殺すなどをしたことで犠牲者が多かった。今の時代を危惧している。各地で歴史修正主義の嵐が吹き荒れ、法律ができた後もヘイトデモが続き、朝鮮学校が無償化から排除され続けている。多文化共生を実現する日はまだ遠いかもしれないが、その実現は私たち一人一人の活動にかかっている」と述べた。
 また、遺族として紹介された法政大学の慎蒼宇さんが語った祖父の慎昌範さんのすさまじいまでの体験談は、人間がここまで惨くなれるものかと言う思いに駆られた(詳しくは朝鮮大学校発行の朝鮮に関する研究資料第9集「関東大震災における朝鮮人虐殺の真相と実態」参照)。朝鮮人虐殺に関する著書や資料はたくさんある。最近出された加藤直樹著『9月東京の路上で』や、上記の西崎雅夫著『関東大震災朝鮮人虐殺の記録』は必見である。
 小池都知事は「ダイバーシティ」構想(多様な人材を積極的に活用しようという考え方)を打ち上げたが、外国人は排除であり、「希望の党」の政策協定書には「外国人参政権に反対」とある。安倍政権の「戦後レジュームからの脱却」、そして小池知事の「日本をリセット」は、平和憲法を破壊し、戦前回帰の道を辿ろうとする点であまりにも共通点が多い。
 ドイツのワイツゼッカー元大統領の歴史的名演説「過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危機に陥りやすいのです」を改めて心に刻みたい。
(もりもとたかこ)

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各地の脱原発の動きから
住民無視の再稼働をもくろむ浜岡原発
原水爆禁止静岡県民会議 事務局長 鈴井 孝雄


中部電力に橋本勝六・県原水禁代表委員(右2人目)が申入れ
(2017年3月10日・中電静岡支店前)
 中部電力(中電)は1967年9月28日に浜岡原発の建設を申し入れ、旧浜岡町は同日、条件付き受け入れを表明してから50年となる。幾多の闘いがあったが、2007年の静岡地裁判決は、少なくとも1、2号炉の停止判断は出すだろうとの期待を裏切り、総ての原発の稼働を認め原告の主張を棄却した。しかし、危険性を認識していたのか、中電は08年12月、1、2号炉の廃炉を自ら発表した。
 そして2011年に3・11福島原発事故が起きた。民主党政権は、最も危険と見られていた浜岡原発を政府主導によって停止した。しかし、それから今日まで、中電は再稼働を全く諦めていない。約2000億円もかけて22mの防波壁を作り、高台に非常用発電機を設置し、ベント装置や海水流入防止扉を設置したりしている。これを見学した人々は防波壁の高さや幾多の改善に驚いている。だがどこまで信じているかは疑問である。現実の福島を知った以上、原発安全神話の再来はない。
 本年6月25日に行われた県知事選挙では、原発再稼働に慎重な川勝平太さんが勝利した。そして、選挙中はあいまいな表明に留まっていたが、選挙後、浜岡原発の再稼働に同意しないと明確にした。さらに原発立地市の意識調査を御前崎市自身が実施しないため、静岡新聞社が実施したが、その結果、賛成33%、反対39%で、反対が賛成を上回った。確実に原発を危険視する見解が増えているのである。
 長年、地元で反対運動をして来た伊藤実さんは、かつては村八分の状況だったが、今は意識の変化を感じると述べている。御前崎市の北東に位置する牧之原市では、2011年に永久停止決議を行っているが、停止しておいた方が良いとする回答は4.3ポイント増え、51.6%と半数を超え、安全が確認できれば稼働した方が良いとする回答は2.8ポイント減の21%である。
 もし再稼働されるなら、それは住民の意思を無視したものである。新たな活断層が原発直下で発見されている。活断層の巣の上に原発があり、どんなに安全を装っても、直下から突き上げられたら耐えられるはずがない。そして核のごみの処分は全く見通しが立たない。原発を抱えて軍事力で防衛などできるわけがない。
(すずいたかお)

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〔本の紹介〕
「沖縄からアメリカ 自由を求めて! 画家 正子・R・サマーズの生涯」
正子・R・サマーズ著/原義和編/宮城晴美監修・解説 高文研

 本書は2016年9月に88歳で他界された正子・ロビンズ・サマーズさんの自伝です。貧困による遊郭への身売り、沖縄戦、日本軍慰安所、戦争花嫁として渡米、離婚、シングルマザー、画家・・・。すさまじい人生行路で、常に希望を見失うことなく闘い続けたひとりの女性の貴重な英文手記の翻訳出版です。
 著者は4歳で那覇市にあった辻遊廓に身売りされ、16歳のときに浦添の日本軍慰安所に連れて行かれます。軍とともに南部に撤退し、凄惨な沖縄戦に巻き込まれますが、まさに九死に一生を得て生き延びます。戦後の1950年、米公法717(国際結婚・アメリカ入国の法的環境が整えられた法律)による結婚第1号として渡米し、アメリカでBornAgain(生きなおし)の機会を得ます。渡米後も苦難が待ち受けていましたが、正子さんは自らの力で状況を切り開き、独学で絵画を発展させ、画家になります。
 この本は画家の正子・R・サマーズの激動と希望の生涯の記録です。これまで決して世に出ることがなかった沖縄近現代史の裏面にも光を当てる画期的な記録であり、特に日本軍に動員された遊郭の女性たちの内側から見た状況は、自身の体験を通して具体的に描写した初めての証言であり、歴史的価値のあるものです。「うりやジュリやったさ(こいつは遊女だったんだ)」と、侮蔑の眼差しを向けられ、差別・抑圧の中、声を上げられなかった女性たちの沈黙の叫びが、この本には息づいています。女性の尊厳を貫いた正子さんの人生はまさに「女の一生」であり、さらには「画家の一代記」ですが、沖縄とアメリカで生き抜いた正子さんの言葉は、現在の沖縄、アメリカ、日本の関係をも映し出しています。
 正子さんの人生を描いたテレビドキュメンタリー「BornAgain-画家正子・R・サマーズの人生」は、放送文化の向上に優れた功績をあげたとして、第54回ギャラクシー賞優秀賞(2017年)を受賞、そのナレーションを担当した樹木希林さんがこの本の帯文を寄稿しています。さらに今後、正子さんの作品の絵画展・パネル展などが展開されていく予定です。ぜひ読んでいただきたいお薦めの一冊です。
(市原まち子)

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核のキーワード図鑑


逃げられぬ原発事故の恐ろしさ

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「第49回食とみどり、水を守る全国集会in熊本」開催案内

 平和フォーラムなど実行委員会主催で毎年開催している「食とみどり、水を守る全国集会」は、「火の国から燃える思いを!がまだし築こう共生の環~食みどり水の復興をめざして~」を集会スローガンに、次の通り開かれます。
日程:11月17日(金)14:00~18日(土)12:00
会場:熊本市「ANAクラウンプラザホテル熊本ニュースカイ」他

第1日目
《全体集会》(14:00~14:50)あいさつ、情勢と運動の提起など。
《全体シンポジウム》(14:55~17:15)テーマ「熊本地震の復旧・復興から見えてきた課題」パネラーとしてJA農協支所長や熊本日日新聞社編集委員他が討論。
《特別報告》(17:20~17:45)「水俣病問題とは何か」報告者=島田竜守さん(水俣市立水俣病資料館館長)
《全体交流・懇親会》(18:50~20:30)高校生による「山鹿灯籠踊り」のアトラクション他

第2日目
《分科会》(9:00~12:00)「シンポジウム・水俣病問題を考える」「食の安心・安全・安定をめぐって」「食料・農業・農村政策をめぐって」「森林・水を中心とした環境問題をめぐって」「フィールドワーク・熊本地震の被災地を訪ねて」。

問い合わせ等は平和フォーラムまで

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