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ニュースペーパー2018年6月

2018年6月 1日

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6万人が「9条改憲NO!」 5.3憲法集会
 5月3日の憲法記念日、東京・江東区の東京臨海広域防災公園は安倍晋三首相や自民党が企てる改憲に反対する6万人の人々で埋まりました。2015年以来、大きな枠組みで開催されてきた「5.3憲法集会」。昨年秋から全国で展開されてきた、安倍政権下での9条改悪に反対する署名が1350万筆を超えたことが発表されるなど、平和憲法を守ろうという声が一段と高まりました。
 コンサートに続いて、午後1時から始まった集会では、集会実行委員会を代表し、高田健さんが「いま、森友・加計学園疑惑や自衛隊日報隠しなど、政治と国会は異常事態だ。この原因である安倍政権は憲政史上最悪の内閣だ」とあいさつ。落合恵子さんは「平和といのちと人権をないがしろにしてきた安倍内閣だが、いまだに30%の支持がある。これを引き下げるために、もっと抗おう。抗うことは生きる証であり、生きる姿勢だ」と呼びかけました。野党各党代表も安倍改憲に強く反対するアピール。集会後、2コースに分かれてパレードが行われました。(下写真:今井明)

インタビュー・シリーズ:133
道徳が「教科」になったことに対抗する
上杉 聰さん(日本の戦争責任資料センター前事務局長)に聞く


うえすぎ さとし さん プロフィール
 1947年岡山県生まれ。上智大学文学部哲学科卒。元大阪市立大学特任教授。『日本会議とは何か-「憲法改正」に突き進むカルト集団』、『天皇制と部落差別―権力と穢れ』など著書多数。

─今年からの道徳の「教科」化について、どのように考えていますか。
 私は歴史を専門として、部落史に取り組んできましたが、2000年頃から非常に右翼的な歴史・公民教科書が育鵬社などから出され、市民団体と協力して封じ込める闘いをやってきました。
 日本で「道徳」といわれるのは、他国なら宗教の占める分野です。キリスト教、イスラム教、儒教などが世界には大きな影響力を持っていて、近代的な国家から独立して存在してきたわけです。各国は、その領域は宗教にまかせ、政府が近代的な教育を行う、というのが、この200年ぐらいの国際的な動きだったと思います。しかし日本の場合、そういう宗教がなく、仏教さえも、信長以来、権力に屈服させられてきたわけです。国から独立した宗教が存在していなかったのです。
 そのため、欧米と対峙しつつ近代国家を作らなければいけないというとき、諸外国の宗教に対抗しつつ、それに匹敵するものを必要とするようになった。それが天皇を神とした「国家神道」ですが、それはモラルも何もないものですから、補うものとして「修身」が作られてきた歴史があると思います。
 戦後、それが否定され、「道徳」は正規の教科になってこなかったのです。その背景には復古的な勢力とリベラルな平和勢力とのせめぎあいがあり、そのまま蘇ることはなかったわけです。ところが安倍晋三首相-下村博文文科相という体制ができた時、道徳を教科とする流れが具体化し、かなり悪いほうへと進んできました。
 ただ、今の行政と政治の中には、まだリベラルな存在があり、すぐさま昔へ戻るということにはならないと思います。そうした状況をふまえ、私たちの立ち位置を決め、運動をやっていくことになります。そのとき大きな目で見れば、国家から独立して存在するモラルを形成することが日本社会に求められています。これは普遍的な課題です。悪い方向に行かないためには、そうした視点から「道徳」にタガをはめていくことが必要と思います。
 高校では倫理社会というのがあります。道徳とは、本来「倫理」にはいるわけです。それは哲学であったり、人間や社会に対する深い洞察であったり、何が正解であるか簡単に言えないものです。本来「道徳」は、その小中学校版で構わないわけです。長期的には小中の道徳を、高校の倫理と同じにように位置付け直すと考えてもいいと思います。ただ文科省は、すでに逆の方向から、つまり「倫理」を、これまでの修身的な道徳へと格下げする方向で進めていることには警戒が必要です。

―倫理、道徳は必要ということですが、学校現場でどのように取り扱われるべきと考えていますか。
 日本社会が倫理観を持っているのか、が問われています。今のような行政(例えば森友・加計・防衛省問題など)が成り立ってしまう民度の低さの問題を、モラルの問題ととらえてもおかしくないでしょう。どんな社会でもモラルのない社会はあり得ません。そういう領域が社会の中に、あるいは個人の中に存在している。「こんなこと、僕はようしない」「それはやるべきではない」、あるいは「人間としてこれをやりたい」ということが道徳であるととらえるなら、そういう領域を否定すれば、これは世の中も人間も根本が成り立たないと思います。
 本来、倫理・道徳というのは、いつも暫定的で、結論を持たないものです。悩み続けること、評価など絶対にできない人間的な側面、それを豊かに育んでいくことです。文科省が道徳教育をやり、人間の生き方としてはこうすべきです、ということを言い始めたとき、人々の生き方を削ぎ、人間を悩まないロボットにしていきます。
 「手品師」という道徳の教材があります。いい仕事が入った貧しい手品師が、その公演予定日に、ある子どもに自分の手品を見せてあげようと約束をしていた。子どもを取るのか、自分の出世のチャンスを取るのか選択させる教材です。子どもたちに教科書を途中まで読ませて意見を聞くと、7割ぐらいが「対立させることはないのでは」「子どもを晴れ舞台に招待すればいい、それで楽しんでもらえば何の問題もない」と答えるそうです。ところが道徳教科書は最後に、子どもとの約束を大切にし、仕事を蹴ると結論づけます。すると、意見の比率が逆転するそうです。教師の持っている力、大人社会の圧力で、子どもたちの考え悩む領域をどんどん減らしていき、こういうものにはこういう回答をするべきという、期待する人間像を学び込んでいくとき、多くのロボットができるでしょう。とても恐ろしいことだし、人間の思想とか生き方について考える力、悩む力は貧弱になっていきます。人間の劣化の始まりを意味すると思います。そういう意味で道徳の教科化は非常に恐ろしい事と思います。
 学校現場では、こうした方向への傾斜を防ぐ努力が重要な課題になると思います。

―道徳でいじめに取り組むと文科省は言いますが。
 たしかにいじめの問題もモラルの問題です。日本社会には中世以来、部落差別をはじめ、よそ者を排除して良いし、それこそが「正しい」という悪しき倫理があります。では、それを禁止すれば、それで子どもたちは道徳的になるでしょうか。実は、なんでいじめるのかと聞くと、多くの子どもたちがどこかで、自ら惨めな思いをしています。そのはけ口として、いじめがあるのです。いくら「やってはいけない」と言っても、惨めに思っていたら、人をいじめて満足と優越感を得たいのです。ほとんどのいじめっ子は、心が傷ついています。
 これについて考える素材は「水平社宣言」の中に出てきます。そこに「私たちは、人を尊敬することによって、自らを解放せんとする」と書いています。ようするに「差別する」の反対語は「平等」でなくて、人を「尊敬する」なのです。しかし、人を尊敬する習慣が私たちの中に存在しないのです。「人を尊敬するモラルを、もっと作りましょう。それで私たちは人間として解放されます」と道徳の中に出てくるなら、力になってくると思います。しかし今、これは人権教育の中にしかないのです。道徳の教科化は、そこで行われてきた人権教育を反対に押さえつけています。これでは解決になりません。

―道徳の教科化の中で、学校現場でできることは何でしょうか。
 人権教育の側面を、どの程度教科化の中で実現できるか、という課題があります。しかし、まず授業をやらなければいけない、自分で授業研究する時間もない中で、つい教科書に従い、そのまま教えてしまうのが多くの先生方の現状だと思います。それを変えていくだけの運動を私たちが作れるか、大切な課題と思います。
 道徳の目標が、考え悩むことだとするならば、悩み方を教えるのが一番いい方法かもしれません。たとえば、手品師の話では、子どもとの約束を取るか、自分の仕事を取るかという二者択一にせず、両方を満足できる方法はないかと考え悩む、そして約束した子どもを晴れ舞台に呼び、むしろどんな手品で子どもたち全体の心を温めて喜ばせるか、そんなところで考え悩む、どちらを取るかではなく、もっと大きなところで悩もう、と。
 世の中には解決できない課題が一杯あるのだよ、だから先生も大人も政治家も学者も、悩みをいっぱい抱えている。みんな迷って生きている。そんなとき大人は、こういう風に悩み考えて生きていく、と先生方が見せることができたら、子どもたちは感動すると思います。その先生に従わなくてもいい。でもそれは、ものすごく勉強になるのではないでしょうか。

―現場で教える教員と一緒にウェブサイトで指導案を提示するということですが、どのようなものですか。
 「人権を大切にする道徳教育研究会」、わずか十数人で作っているものですが、その悩み方の素材を作ろうということです。道徳は、倫理、哲学を含む領域なので、それに応じて考え方を深めていかないと、悪質な道徳教育に根本的には勝てないと思います。まず与えられた教材を批判しつつ利用する指導案を提示する形にしています。開設時期は6月です。 https://www.doutoku.info

―2018年夏に中学校道徳教科書採択が全国で行われますが、どのような状況でしょうか。
 昨年の小学校の道徳では、「教育出版」が右翼的な牽引役を果たしました。今年の中学校の場合は「日本教科書株式会社」がその役割を中心で果たそうとしています。この教科書会社は、日本会議の八木秀次を中心にしたグループが、名前と形を変えて作りました。この教科書会社が文科省から認められるについては、非常に不明瞭なところがあります。教科書を出版する会社を文科省が認定する場合、出版の経歴を全部出させて認めてきたのです。ところがこの日本教科書株式会社は、実際には「晋遊舎」という、ヘイト本だとか児童ポルノマンガを出してきたところの子会社です。経営者の経歴を見たら認められることはないはずですが、八木秀次氏のお友達である安倍首相が背後から応援し、その関係がなければ教科書会社として認められるはずのない会社です。ぜひ国会で、マスコミで、なぜこんな教科書会社から「道徳」の教科書を出させたのか、安倍首相の責任を問う運動を作るべきと思います。この会社だけは採択しないよう芽のうちに摘んでおく必要があると思います。そして、こういう悪いところを叩くと同時に、良い教科書、教材を高く評価していく動きも作っていきたいと思います。

インタビューを終えて
 他国では、宗教が道徳を担ってきた。しかし、日本にはそれがない。そのため、戦前においては、国家的宗教として「修身」がつくられ、帝国主義社会において「修身」が力を発揮した。小・中学校において授業で「道徳」を扱う時、この事実は決して忘れてはならない。そのうえで、戦後73年がたち、「教科道徳」が始まった今、この失敗をどういかしていくのか。小・中学校の先生は教材研究に悩む日々を送っていることだと思う。「道徳とは...、生きていくうえでの悩み方を教える」ことだと上杉さんは言われた。先生たちが豊かに考え、悩み...、子どもたちにそのことが伝わることが「道徳」なのではないだろうか。ぜひとも、先生たちには、使命感・責任感を持って、「道徳」教育に取り組んでいただきたい。
(北村智之)

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混迷する国会 私たちの構えを緩めるな
フォーラム平和・人権・環境 共同代表 藤本 泰成

 連休が明けても、国会の空転は止まりません。
 柳瀬唯夫元首相秘書官の参考人招致は、疑惑をさらに深めています。安倍晋三首相が、加計学園の獣医学部新設のプロセスに全く関わっていないと強弁する以外の何ものでもありません。また、麻生太郎財務大臣の、被害者を貶めるような「セクハラ罪はない」「はめられたとの意見もある」などの発言に関しても、安倍首相は、被害者に寄り添うことが大切としながら、「誤解を与える発言は撤回されている」として、身内をかばうことに終始しています。
 安倍政権を支える自民・公明両党は、国会における討論でも疑惑を追及するのではなく、隠すためとしか思えないやりとりを繰り返し、首相の主張に追従する発言を繰り返しています。聞くに堪えない追従の発言は、国会議論のレベルを貶めています。一方、安倍政権が極めてきびしい状況にある中で、野党は、国民民主党の立ち上げなど分裂をさらに深め、一丸となって安倍政権を追い詰める状況になっていません。

改憲は遠のいたか 焦燥感に駆られる安倍内閣
 連休明けの安倍内閣の支持率は、NHKの調査で38.0%(不支持44%)、共同通信の調査で39.9%(不支持50.3%)で、不支持が上回ってはいるものの、支持率の大きな低下は見られません。支持の理由の一番が「他よりも良さそう」と言うものです。そのような理由で、この内閣を存続させていいのでしょうか。市民社会の倫理観が問われます。経済政策を理由にする答えもありますが、政府の借金はGDPの230%となり、先進国においては最悪の水準です。未曾有の大地震や世界的バブル崩壊などの状況が到来すれば「国債は紙くずになる」との指摘もあります。「今だけ、金だけ、自分だけ」の安倍内閣の継続で、私たちはどのような将来を描けるのでしょうか。
 安倍内閣は、きびしい政治情勢の中にあって、憲法審査会において「国民投票法」の改正の検討に入ろうとしています。私たちが、東京臨海広域防災公園で憲法集会を行った5月3日、日本会議系の「美しい日本の憲法をつくる国民の会」と「民間憲法臨調」は「第20回公開憲法フォーラム今こそ、憲法改正の国会発議を」とする集会を開催しました。安倍首相は、「私たちが憲法改正に取り組むときがきた」とのビデオメッセージを送っています。自民党は4月20日に、党所属の都道府県議約800人を集めて改憲に関する研修会を開催し、7月にかけて党青年局や女性局による会合、政令市議向けの研修会も検討していると伝えられています。
 焦燥感に駆られて国民的議論の深まりのないまま、改憲の国会発議、国民投票へ突入することも考えられます。情勢のきびしさが、憲法改正発議の加速化に繋がりかねません。私たち改正に反対する側には、しっかりとした構えが必要です。「憲法改正は無理」との声も聞かれますが、そのことで構えを緩めることがあってはなりません。

「正義の力」を信じ、自らの道をしっかりと歩もう!
 慶応大学の片山杜秀教授は、5月3日付けの朝日新聞の「憲法を考える」において、1935年の「天皇機関説事件」と2014年の「集団的自衛権行使容認の閣議決定」が類似していると述べています。「憲法の天皇大権は憲法を超越すると考える人々が国体明徴運動を起こし、美濃部説は退けられ、憲法解釈が百八十度転換します。この『解釈改憲』を土台に、日本は一億玉砕を叫ぶ国家に変貌していきます」との指摘は、きわめて重要です。
 集団的自衛権行使容認が閣議決定され、安全保障関連法(戦争法)が成立する過程で、自衛隊の日報隠蔽問題が起こりました。自衛隊を憲法に明記する安倍首相の改憲案に対する、河野克俊・統合幕僚長の「非常にありがたい」との発言、都議選での稲田朋美防衛大臣(当時)の「防衛省・自衛隊、防衛相、自民党としてもお願いしたい」との応援演説、そして現役自衛官による小西洋之参議院議員に対する「国益を損なう」との発言、立憲主義や法治主義、文民統制などの基本に抵触する発言が相次いでいます。この状況が、1945年8月15日(敗戦)に象徴される悲劇に繋がっていくのだと考えます。
 片山教授は、最後に「戦前日本がたどった轍を踏まないためには、2014年の解釈改憲の前まで、歴史を巻き戻す方策を考えるべきでしょう」と述べています。5月5日の朝日新聞は、幣原喜重郎元首相の直筆原稿が発見されたことを報道しています。幣原元首相は「他国の侵略より救う最も効果的なる城塞は正義の力である」として再軍備に反対する姿勢を示し、「将来は多難だが、地平線上に一条の光明が輝いている」「新日本は厳粛なる憲法の明文をもって、戦争を放棄し軍備を全廃した」「軍備の拡充や他力本願によって国家の安全を求めてはならない」として、憲法9条を肯定し、世界普遍の公論をもって裏付けられた「正義の力」の重要性を説いています。
 戦後すぐの、米国占領下において敗戦の混乱を立て直す任に当たった幣原元首相の言葉を、私たちはもう一度しっかりと見つめ直さなくてはなりません。現状がきびしくとも、私たちは「正義の力」をもって、安倍政権に対峙していかなくてはなりません。
(ふじもとやすなり)

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子や孫に残そう奄美の自然と平和
自衛隊の新基地はいらない!工事差し止め訴訟
奄美ブロック護憲平和フォーラム  事務局長 城村典文

新基地工事で破壊される神秘の森
 鹿児島県奄美大島の北部と南部では、自衛隊警備部隊とミサイル基地配備の造成・建設工事が進行中です。地元の市民団体『戦争のための自衛隊配備に反対する奄美ネット』は昨年4月、鹿児島地裁・名瀬支部に「奄美大島自衛隊基地建設差止仮処分命令申立」を行いました。北部基地が建設される奄美市では「自衛隊誘致」に関する住民説明会は全く開かれず、民間12団体が画策した誘致要望書と奄美市議会誘致決議書を「民意の浸透」として、朝山毅奄美市長が一方的に誘致を判断しました。私たち市民団体は「誘致の撤回と説明会の開催」を求める陳情・請願を幾度となく出しましたが、朝山市長は「配備は国の専権事項・国策」だとして、一切無視の対応でした。
 奄美大島は戦後8年間、沖縄とともに米軍統治下にあり、島民は戦争の悲惨さ、残酷さを人間の蛮行と悟り、もう二度と戦争はしないと誓ったはずです。日本に復帰後、島民の生活も徐々に安定し、ここ数年では、奄美の深い森に希少動植物の生息する、生物多様性が豊かな島だと注目され始め、世界自然遺産登録にも推薦されるにいたっています。
 政府は、奄美大島に自衛隊の新基地を造ることを、専守防衛・南西諸島の防衛力の強化を口実にして正当化していますが、ミサイルも配備される陸上自衛隊の軍事基地によって、島民がこれまで守り続けた神秘の森や奄美固有種の動植物を破壊・絶滅させることは絶対に許せません。

「平和的生存権」「環境権」「電磁波の影響」で提訴
 私たちは2017年4月24日、鹿児島地裁名瀬支部に「子や孫に残そう奄美の自然と平和」をスローガンとした、自衛隊新基地工事差し止め仮処分を提訴しました。訴訟内容は「島民の平和的生存権」「島民を育む環境権」「電磁波の人体への影響・人格権」です。
 仮処分訴訟の審尋(双方に尋問)は5回にわたって行われました。国側は当初から、平和的生存権と環境権について具体的権利性がないと却下を求め、電磁波の影響については全面的に争うことを表明しました。
 一方、原告の私たちは「環境権」について、奄美の先人たちは、自然への畏敬の念をくらしに生かしてきたこと、自衛隊基地建設によって、奄美の自然が培ってきた個性あふれる歴史や文化が、大きな痛手を被ることを訴えました。
 「平和的生存権」については、奄美大島上空で危険な米軍機オスプレイの飛行訓練が常態化しており、そのうえで、自衛隊基地が完成したら、日米の軍事一体化が進められている今日では、米軍との共同訓練が日常化していくことは明らかです。軍事基地があれば島は標的にされると訴えました。
 さらに、配備される監視レーダーから発せられる電磁波によって、周辺住民の健康被害が懸念されます。警備の最前線での監視行動では、監視レーダーは24時間稼働し、電磁波が常時照射されることが不可欠です。国の現行法定基準では身体への影響は免れないと訴えてきました。


自衛隊新基地建設で
奄美大島の豊かな自然が破壊された
(2017年12月)
国の主張を鵜呑みにした不当判決に抗告
 しかし、2018年4月27日に鹿児島地裁は、「三項目」について「いずれも却下する」という不当な判断を下しました。裁判所の判断は、環境権では、本来であれば国が率先して奄美のすばらしい自然環境を守らなければならないのに、生態系や生物多様性を破壊する基地建設を支持する判断になっています。アマミノクロウサギを追い出し、基地への再侵入防止の柵を張り巡らす行為を環境に配慮した行為と評価する始末です。
 平和的生存権については、日本国憲法が「基本的人権尊重」「平和主義」を究極の価値と定め、平和的生存権が憲法前文、9条、13条で具現化をしているにも関わらず、実体法がないとの立場を取っています。自衛隊基地の建設により戦争への恐怖が増し、生命・自由が侵害の危機にさらされることになる島民の気持ちに寄り添う配慮もありません。
 また、監視レーダーは訓練時しか使用しないという国の主張を鵜呑みにし、国の採用している電磁波の法定防護基準値以下であるから人体への影響はないと一方的に決めつけ、私たちが主張する「人格権」についても否定しています。これは専門家の意見や知見を無視した裁判所の独断です。
 国際保護連合は奄美琉球の世界自然遺産登録について「登録の延期」を勧告しました。駐屯地の建設にあたって、自然公園の恣意的な線引きが行われたことに対する裁定のように思えます。この勧告も私たちの味方にして即時抗告に臨んでいきます。これからも憲法を盾に闘い続けることを誓い、全国の仲間のみなさんのさらなるご支援をお願いします。
(しろむらのりふみ)

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転換が求められる森林・林業政策
「基本計画」推進や安定財源確保が重要に
全日本森林林業木材関連産業労働組合連合会 書記次長 佐藤 賢太郎


木材価格の低迷、低い労働条件など課題が山積
 森林は、水源かん養、国土の保全、土砂災害等の未然防止、地球温暖化の防止、レクリエーションや教育の場としての利用など、多面的な機能の発揮が求められており、これに応えるためには適切な森林整備と保全を行うことなどが重要となっています。
 一方で、森林・林業・木材に係る状況は、70年代において1億立方メートルを超える木材の需要があったものの、景気の後退等により、減少傾向に歯止めがかからず、2015年においては、総需要量は7516万立方メートルに減少しています。また、木材自給率は34.8%(2016年)と6年連続上昇していますが、住宅分野では、国産材の利用割合が依然として低位な状況にあり、公共建築物の木造木質化の促進、木質バイオマスのエネルギー利用、非住宅分野における木材利用など、これまでの対策を一層推進させなければなりません。しかし、木材価格の低迷により、伐採して運び出すコストをはじめ、再造林や鳥獣害対策などの経費を差し引くと、森林所有者の利益が確保できないという厳しい状況に置かれています。
 また、林業における新規就業者は、林野庁の「緑の雇用」事業等により、年間3000人を超える新たな雇用が生まれていますが、2015年の国勢調査においてはこれまで維持していた5万人を割り込み、約45000人まで減少しています。さらに、林業の高齢化率(65歳以上の割合)は25%で、全産業平均の13%に比べて極めて高い水準にあります。
 こうした中で、林業労働者の処遇や労働環境については、夏場の下草刈り等の季節的な雇用など、約7割の事業体が日給制となっているほか、平均所得は全産業の平均と比べて約110万円も低いなど、低位な労働条件におかれています。さらに、急傾斜地などの危険な作業環境の中でチェーンソー等の刃物を使うことや、重量物である木材を扱うことから、労働災害の発生率(死傷年千人率)が、全産業の14倍と非常に高い水準となっており、大きな課題になっています。


温暖化防止のために森林の整備を
 森林・林業・木材関連の政策は、政府の成長戦略において「攻めの農林水産業」が掲げられるとともに、「森林・林業基本計画」に基づき、新たな木材需要の創出と国産材の安定的・効率的な供給体制の構築によって、林業の成長産業化を推進していくことしています。こうした政策を進めるためには、「森林・林業基本計画」の推進、二酸化炭素等の森林吸収源対策のための安定財源確保が重要となっています。
 地球温暖化対策では、2013~20年において、1990年度比で平均3.5%の温室効果ガスの吸収を森林が確保することとなっており、年平均52万ヘクタールの間伐などの森林整備による吸収源対策を着実に実施する必要があります。その目標達成のためには安定財源の確保も重要となっています。森林吸収源対策の安定財源確保に向けては、今年度の税制改正大綱で、「平成31年(2019年)度税制改正において『森林環境税(仮称)』及び『森林環境譲与税(仮称)』を創設する」と明記されました。

市町村の役割強化が求められている
 また、林業の成長産業化と森林資源の適切な管理の両立のため、森林管理の責務を明確化するとともに、森林管理者が森林管理を実行できない場合に市町村が森林管理の委託を受け、意欲と能力のある林業経営者につなぐシステムとして「新たな森林管理システム」を具体化していくとしています。
 このことにより、市町村が主体となった森林の整備と管理が進められることにより、市町村の役割強化が求められています。しかしその内実としては、市町村で林務を担当する職員が0~1人程度の市町村が約3分の2を占めており、市町村への林務担当職員の配置や国の技術的支援の拡充などが必要となっています。
 こうした情勢を踏まえ、様々な課題が山積している中で、林業の成長産業化を図っていくためには「森林・林業基本計画」の推進や、森林整備等の森林吸収源対策を着実に実施するための安定財源の確保、林業労働力確保に向けた賃金改善・雇用安定、労働安全の確保が重要となっています。そのためにも、山村にある豊富な資源を活かした地域振興・地域林業の確立を図り、都市部への一極集中から山村地域への定住への道筋をつけることが必要です。
(さとうけんたろう)

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東海第二原発の現状と裁判闘争
再稼働を阻止し脱原発社会へのうねりを
東海第二原発運転差止訴訟原告団 大石 光伸


裁判報告会
(2017年1月26日・水戸市内)
2038年までの運転期間の延長を申請
 1978年に運転を開始した東海第二原発は、今年11月28日で運転40年を迎える。「まさかあの古い原発を動かさないだろう」というのが周辺住民の多くの人の実感である。そして日本原子力発電(株)(日本原電)の存在感が薄いためか、首都圏の住民の間では「東海第二?どこにあるの」というのが実情である。
 2014年5月、日本原電は規制委員会に再稼働申請(設置変更許可申請)を行った。福島第一原発をはじめ、70年代の輸入原発の「基本設計」は、日本での厳しい地震・津波を想定しない設計で作られている。原子炉の基本設計は変えられないので、東日本大震災後の新規制基準に対応するには、あれもこれもと付け足していわば付け足しの設備で防護しようとすると莫大な設備費用がかかり、東海第二原発の安全対策費は総額1740億円に膨れあがった。それでも東海第二原発の再稼働を命綱とする日本原電は昨年11月、2038年までの運転期間延長申請を行った。
 なりふり構わない日本原電は周辺自治体6市村から要求されていた同意権を認める旨を表明。3月末に周辺6市村と「実質的事前了解権」を認めた新たな安全協定を結んだ。異例の拡大で物議を醸した。最後の砦となる地元了解をめぐって今後攻防がはじまる。
 福島原発事故をうけて改正された原子炉等規制法に原発の「原則40年稼働」が入ったが、例外として20年延長が認められる。福島原発事故の生々しい記憶が薄い西日本の原発から再稼働をさせようという企みは崩れ、東海第二原発の審査は40年期限を前に、一気にトップランナーとなった。最も古くて、日本一人口密度の高い首都圏の東海第二原発の再稼働を許可せざるを得ないところに追い込まれた。
 11月までのあと半年で4つの許認可を審査しなければならず、時間に迫られての審査は必ずミスや欠落を起こす。規制委は審査書類を早く出すように日本原電を「叱咤激励」している。日本原電は申請書補正のために社員に違法残業を強いて中央基準監督署から是正勧告を受けている。
 日本原電は安全対策費1740億円を自己調達できず、銀行からの融資も断られ、東京電力と東北電力に泣きついて資金支援を要請した。かの犯罪加害企業の東電が、他者の再稼働資金を支援するという前代未聞の事態に発展した。規制委員会は経理的基礎の審査で、東電からの支援意志表明文書を見せられて「はいそうですか」と茶番を演じた。
 東海第二原発は、あらゆる面から無理がある原子力ムラの最も弱い環である。

事故を起こせば関東一円に被害、首都も壊滅
 東海第二原発差止の「裁判闘争」は、2012年7月、地元茨城を中心に宮城・福島・栃木・群馬・埼玉・千葉・東京・神奈川・静岡の住民ら266名が日本原電・国を相手に提訴した。原告らは、福島原発事故で広範に放射能汚染された被害者や、子どもたちの放射線健康影響を心配する母親たち、かけがえのない農地や海を放射能汚染された農家や水産関係者をはじめ、東海村JCO臨界事故(1999年9月30日)で中性子被ばくした方もいる。
 住民側は、福島原発事故という歴史的国民的災禍を教訓に、法廷での住民の訴えに耳を傾け、独立した「司法判断」を求めてきた。18年2月までに20回の口頭弁論が開かれ、原告側住民は59の準備書面を提出し、東海第二原発が脆弱で事故を引き起こす要素が揃っていること、事故を起こせば関東一円に甚大な被害をもたらし、首都も壊滅することを主張してきた。
 だが、被告の日本原電は「絶対的安全性は求められていない」「安全性は国の許認可で認められている」とし、国は「規制委員会で審査中」として、いずれも具体的な問題点に対する住民側の指摘に対して反論せず、規制委の許可を待つ「引き延ばし戦術」で抵抗した。国相手の請求は「許可するな」という訴えであり、許可をおろしてしまえば、住民の訴えは事実上無効となり、許可取消訴訟に移行せざるを得ない。不真面目極まりない。
 裁判は3人目の裁判長となる。新しい裁判長の任期中の2020年までに判決を求める方針である。しかし本訴判決を待っていてはその危険を防止することはできないので、原告団では差止「仮処分」申立を行う準備に入った。司法は住民・市民の裁判に対する関心を測っている。
 裁判闘争は、住民の広範な反対運動の中のひとつの分野である。あらゆる方法で最も弱い環での東海第二原発の再稼働を阻止して、原子力ムラの出鼻をくじき、脱原発の社会へのうねりを再結集させる首都攻防は、首都圏住民の声と勇敢な行動による。
 これまでも、原告、賛同人の力の持続力で傍聴席はいつもいっぱいとなっている。6月7日が新裁判官による最初の法廷である。ぜひ水戸地裁へ参集を。
(おおいしみつのぶ)

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もんじゅを廃炉に追い込んだぞー!裁判闘争に勝利し、訴訟を取り下げ
新もんじゅ訴訟原告団 福井事務局  宮下 正一


第1回口頭弁論に入廷する原告ら
(2016年3月23日・東京地裁前)
 2018年5月7日午前11時30分、東京地方裁判所の第103号大法廷において「もんじゅの廃炉措置計画が認可されたことにより、我々は34年を要したもんじゅ裁判闘争に勝利したものと評価し、この訴訟を取り下げることとします」と海渡雄一弁護士が意見陳述を行いました。原告団と弁護団ともに、もんじゅの廃炉を確認した瞬間だったのです。

250キロ圏内の106名の原告で訴訟
 もんじゅの設置許可処分の取り消しを求める裁判は、1985年の提訴から2005年の最高裁判決まで闘われた第1次もんじゅ訴訟と、2015年12月25日に提訴した新もんじゅ訴訟の2回に渡るものでした。2015年11月20日の高浜原発3・4号機の再稼働反対を求める関西電力本社前での行動中に、河合弘之弁護士より私(宮下)に電話が入りました。内容は「規制委員会から文科大臣にもんじゅについて勧告行ったが、このまま放置すると原子力研究開発機構の首のすげ替えなどいい加減な措置で終わりそうだから裁判でもんじゅの廃炉を求めていきたい。県民会議も協力して欲しい」と言うことでした。
 早速、原子力発電に反対する福井県民会議で協議をはじめ、東京地方裁判所において提訴するのなら一緒に裁判闘争をやろうということになりました。12月8日、福井市と東京地方裁判所にて「新もんじゅ訴訟」を行うとの記者会見を行い、いよいよこの裁判が出発しました。
 原告団を募集するための説明会を12月13日に福井県敦賀市において、河合弁護士と甫守和樹弁護士も同席して行いました。会議には、福井県内や京都・大阪からも参加され、全員が原告になることになりました。原告の募集はその日から開始され、12月の中旬までに、もんじゅより250キロ圏内の福井24、兵庫15、愛知14、鳥取11、岐阜10、京都10、大阪8、滋賀5、石川4、和歌山3、長野1、三重1の106名から同意を頂きました(兵庫県の1名の方が都合により提訴後に原告を辞退)。弁護士は、河合弘之、海渡雄一の2人の共同代表と16名の皆様でした。
 提訴日は、河合弁護士より政府にクリスマスプレゼントをしようと言うことで、12月25日に行いました。2016年1月31日には、第1回原告団会議を行い、共同代表に中嶌哲演、池島芙紀子、兼松秀代を選んで裁判闘争を進めることになりました。3月22日に日本原子力研究開発機構が行訴法22条1項に基づき訴訟参加申立を行い、東京地裁は5月9日に機構の訴訟参加を認めたため、原告と被告である国、訴訟参加者である機構という変則的な裁判が開始されました。

巨大事故の危険性は存在し続ける
 2016年3月23日の第1回目の口頭弁論では、東京地方裁判所の前の歩道において原告と弁護団そして支援者による集会が行われました。裁判が始まる45分前に東京地裁前の歩道で、原告と弁護士がもんじゅ裁判の意義や問題点を発言し、支援者が取り囲む小集会行ってから入廷行進を行って裁判に臨んできました。その後も、裁判が終わるたびに、国会議員会館の会議室で記者会見と弁護団による報告会を行ってきました。
 この裁判を進める中で、2016年12月21日に原子力関係閣僚会議においてもんじゅの廃炉が決定したのです。1兆2000億円を超える税金が投じられたもんじゅは、研究成果の報告もなく、国会における議論もなく突然に廃炉が決まったのです。私たちは、もんじゅの廃炉を求めて長年闘ってきたのですからこの決定は、心の底から嬉しい限りです。
 廃炉決定後の第6回口頭弁論(2017年3月8日)終了後に原告団と弁護団が協議を行い、政府の廃炉決定があったが、原子力規制委員会における廃炉の認可まではこの裁判を継続することを確認しあいました。私は、もんじゅを廃炉にしたいと裁判を始めましたが、本当にもんじゅが廃炉になるとは思っていなかったのです。しかし、これまで動力炉・核燃料開発事業団から始まり、核燃料サイクル開発機構、原子力研究開発機構へと事業主体が変わり続け来たような「首のすげ替えは、絶対許さない」との思いはとても強いものがありました。そのことから、海渡弁護士が言われる「勝利的訴訟の取り下げ」は私たちの心を端的に表現されています。
 もんじゅの廃炉が決定しましたが、これからが長い道のりを歩むことになると思います。政府などは、30年で廃炉と言っていますが、とてもそんな時間で出来るはずはありません。同時に、もんじゅの運転による危険性は無くなりましたが、プルトニウムやナトリウムの安全な処理がない限り、巨大事故の危険性が存在し続けるからです。私たちは、もんじゅの安全な廃炉に対し、監視を強めていく必要があります。最後に、18名の弁護団と、これまでご支援頂きましたみなさまに心より深く感謝申し上げます。
(みやしたまさかず)

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米プルトニウム処分用工場、核弾頭用工場に?
MOX利用計画の破綻と六ヶ所再処理工場

 米国エネルギー省の「国家核安全保障局(NNSA)」は、5月10日、サウス・カロライナ州の「サバンナリバー施設(SRS)」で建設中のプルトニウム・ウラン「混合酸化物(MOX)」燃料製造工場を核兵器のピット(プルトニウムからなる芯の部分)製造工場に改造することを提案しました。これは、年間80個のピット製造能力を2030年までに確保するようにとの国防省の要求に応えるためものもので、SRSで最低年間50個、そして、ニューメキシコ州のロスアラモス国立研究所(LANL)で最低年間30個を製造するという案です。
 元々、LANLの実験レベルのピット製造能力を拡大するという計画がありましたが、そこへSRSのMOX工場をピット製造工場に転換するという案が浮上していました。建設費の高騰で中止されそうなMOX工場の他の用途を提示するとともに、LANLの施設の能力も拡大する形で、雇用の維持・拡大を求める両州の要望にも応えようというもののようです。

余剰プルトニウムのMOX利用計画破綻
 SRSのMOX工場は、2000年に米ロ両国がそれぞれ34トンずつ処分することで合意した軍事用余剰プルトニウムをMOX燃料にするために2007年から建設されているものです。軍縮交渉の一環として軍事用に必要ないと宣言したプルトニウムをMOX燃料にし、商業用の原発(軽水炉)で燃やして使用済み燃料にすれば、その中にあるプルトニウムは放射能の高い核分裂生成物と混ざった状態となる。核兵器にまた利用するにはこの使用済み燃料を再処理して取り出さなければならない。つまり、不可逆的な形で軍縮が達成できるし、プルトニウムがテロリストに悪用されることがなくなるというわけです。
 しかし、2002年に建設・操業総費用30億ドルと見積もられていた同工場は、すでに60億ドルを投入した今日も、やっと外側の建物が出来上がっただけという状態です。進捗率は70%以上と言われていますが、中身は入っていません。現在総費用は210~280億ドル(2002年基準ドル)と推定されています。オバマ政権もトランプ政権も建設中止を提案していますが、サウス・カロライナ州選出議員らの抵抗で細々と建設が続けられている状態です。両政権の提案は、プルトニウムを特殊な化学物質と混ぜ、分離が難しい状態にしたうえで、ニューメキシコ州の岩塩層に設けられた地下処分場「廃棄物隔離パイロット・プラント(WIPP)」に入れて処分するというものです。これは「希釈・処分」方式と呼ばれています。完全な工事放棄の決定にはエネルギー省によるこの方法の正式なコスト見積もりが必要とされていて現在はその結果を待っている段階です。
 このように約50トンの軍事用余剰プルトニウムを抱える米国はその処分に手を焼いてます。日本はほぼ同量の民生用プルトニウムをため込んでしまっていますが、それにもかかわらず、使用済み燃料からプルトニウムを取り出す六ヶ所再処理工場の運転をできるだけ早く開始しようとしています──MOX燃料はうまくいっても普通の低濃縮ウランの約10倍ものコストがかかるというのに。同工場に隣接してMOX工場も建設中です。
 2015年9月、16年2月と2回にわたって、14人の元エネルギー・国家安全保障関係米政府高官・専門家らが、米エネルギー省長官に対し、MOX計画を中止して別の処分方法を導入するよう要請する書簡を送っています(2回目は一人が亡くなり13人に)。書簡は、六ヶ所再処理工場の運転開始計画や中国・韓国の再処理計画を止めるよう働きかける上で説得力を持てるよう米国のMOX計画も止めるべきだと論じています。署名者の中には、対日政策に大きな影響力を持ち、駐日大使候補にもなったジョセフ・ナイ元国防次官補も入っています。2016年の原水禁世界大会に参加したSRS監視団体のトム・クレメンツ代表も、米国のMOX工場計画と六ヶ所再処理計画の両方の中止の必要性を訴えていました。今回のNNSAの提案は、MOX計画の終焉が一歩近づいたことを意味するものと見られています。しかし、昨年末、ピット工場計画の浮上をスマホで伝えてきた際、クレメンツ代表は次のように嘆いていました。「ロスアラモスとSRSは残念ながらこの仕事を狙って競っている。それで私はどの毒にするかを選べるってわけだ──MOXかピットか」。

究極の選択──MOX工場かピット工場か
 現在米国が保有する核兵器のピットは1978~89年にコロラド州ロッキーフラッツ工場で製造されたものです。冷戦時代に年間1000個レベルでピットを製造していた同工場は環境汚染・労働者被曝問題のために89年に運転中止に追いやられ、92年に閉鎖となりました。冷戦の終焉の時期だったのでこの後新しくピットを製造する必要も特にありませんでしたが、この時に中断された最後の核弾頭の製造が実施されたのがLANLのプルトニウム施設です。2003年から11年にかけて戦略原子力潜水艦用の核弾頭W88が29個製造されました。同施設は13年から16年まで安全性問題で閉鎖となります。現在試験用ピットを年間3~4個製造している状態です。
 エネルギー省と国防省は2008年にピットは最低85~100年は使用できると述べています。つまり、1978年から85年後の2063年までは交換用のピット製造は必要ないということになります。米科学者連合(FAS)の核問題専門家ハンス・クリステンセンによると、現在米国の保有核は4000発、解体待ちが2550発、総数6550発です。このほか、保管中のピットが2万個以上あります。LANL地元の監視団体ロスアラモス・スタディ・グループのグレッグ・メロー事務局長らはなぜ2030年までに年間80個のピット製造が必要になるのか、雇用効果はどれほどあるのかなどについて議論すべきだと述べています。
(「核情報」主宰田窪雅文)

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《投稿コーナー》
佐賀の空にオスプレイはいらない!自衛隊への配備反対 4月1日に総決起集会
佐賀空港への自衛隊オスプレイ等配備反対地域住民の会 事務局 蒲原 嘉一

佐賀空港は自衛隊とは共用しない─地元漁協が決議
 佐賀空港への自衛隊オスプレイ等配備反対地域住民の会が4月1日、「佐賀の空にオスプレイはいらない!4.1決起集会」を開催しました。私たちの会は、2014年8月下旬に3自治会の会長を中心に、地元の公民館で数十人規模の集会を開いたのが始まりです。翌年からは会場を地域の体育館へと移し、参加者も600~1000人へと年ごとに増加、今年は約1400人の方々に参加を頂きました。
 集会開催のキッカケは、2014年7月下旬の「佐賀空港へのオスプレイ配備」と報道された新聞記事でした。月内には当時の防衛副大臣が来訪し、次の様な内容も明らかになりました。

 しかし、佐賀空港は佐賀県と地元川副町が、三十数年もの時間をかけ1998年7月、やっと開港に至った経緯があります。開港前の90年3月には地元の川副町と農協および漁協の三者が各々に佐賀県と公害防止協定を結びました。特に地元漁協と交わした公害防止協定の覚書付属文書には「自衛隊とは共用しない」と明記されています。
 また、佐賀空港は県営で、空港使用には県知事の許可が必要ですが、滑走路隣接の自衛隊基地建設予定地は民間所有、それも地元漁協が所有しています。当然、漁協は「自衛隊基地反対で、土地は売らない」と決議しています。自衛隊基地用地の強制収用は法律上できません。
 このような状況の下、4月1日の集会の開催方針は昨年末までに決定。(1)開催案内チラシを地元(約6,000軒)へ戸別配布、(2)県知事への署名簿を提出、同時に記者会見実施、(3)当日は地域の皆さん主体に発言、(4)講演では沖縄の現状を語ってもらう、(5)開始~終了の時間を90分以内に納める等を決めました。
 案内チラシは多くの方に支援を頂き、3月上旬の2日間で配布完了。また、反対署名は県内を始め全国から集まった1万4292筆(提出3回目、累計12万6331筆)を県知事宛てに提出し、引き続き県庁記者クラブで決起集会開催の会見を行いました。


佐賀空港オスプレイ住民の会の集会
(4月1日・佐賀市)
自衛隊ヘリ墜落事故で問題先送りに
 このような経過を述べると順調のように感じられますが、今年の決起集会には、ある種の危機感を持って臨んでいました。今年秋には自衛隊の「オスプレイ新規導入5機」が米国から日本に輸入されます(配備先は未定)。また、昨年6月の佐賀県議会及び11月の佐賀市議会では、受け入れ容認決議が賛成多数で可決され、県知事も2月県議会で「自衛隊受入れ宣言」をするのでは、との憶測が流れていたからです。
 しかし、何が起こるか分からないのが現実です。2月5日夕刻、目達原基地所属のヘリ1機が整備後の確認飛行中に民家へ墜落、民家全焼・女児が軽傷、そして操縦士2名が死亡する事故が発生しました。事故現場の処理後、小野寺五典防衛大臣が来県し、知事との会談で「ヘリ事故の原因究明優先、佐賀空港の自衛隊基地化等問題は先送り」となりました。
 こうした中での4月1日の決起集会は、現役の海苔漁師でもある私たちの会の古賀初次会長の開会挨拶に続き、地域の皆さんに「3分間メッセージ」で生の声を発信して頂きました。川副町農政協議会の江口広樹会長からは、農業者の立場から空港近隣の農作業時の危険性や、昨年秋には協議会で基地建設反対決議をしたことが報告。合併前の旧川副町・江口善己元町長からは、空港建設時の公害防止協定に触れ「自衛隊とは共用しないことが前提。協定の約束を無視している」と訴えられました。
 西川副校区老連の古賀一彦会長は「自然豊かで住み易く愛する郷土に戦争を呼ぶ基地は不要」と述べ、佐賀市立中川副小学校の教諭からは、2月のヘリ事故に触れ、小学生がさらされている危険性が指摘されました。さらに、隣接する福岡県・柳川市の市民の方からも、飛行コース下に暮らす不安についてお話を頂きました。
 講演では、沖縄の琉球新報の滝本匠記者が「沖縄の現状と佐賀空港問題」と題し、2016年12月の名護市沿岸部でのオスプレイ不時着・大破事故及びオスプレイの機体構造、日米合意を無視した米軍機の訓練など、沖縄の現状について詳しく話して頂きました。
 今回の集会はみなさんに大変好評でした。しかし、私たちも「佐賀の空にオスプレイはいらない」から「日本の空にオスプレイはいらない」へと進化する時期を迎えています。活動を広げていくためにも、みなさま方のご支援をお願い致します。
(かもはらよしかず)

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加盟団体の活動から(第6回)
家族農業の圧殺を許さない!
全日本農民組合連合会 会長 斎藤 孝一


TPP反対集会
(2012年4月・日比谷野外音楽堂)

 戦後民主主義の土台となった「農地解放」は、1945年の連合国軍最高司令部(GHQ)の指令による上からの改革で始まりました。これを成功に導いたのは、戦前からの小作争議で培われた農民運動であり、それを主導したのは1922年に創立された日本農民組合です。同組合は太平洋戦争で一旦解散させられますが、46年に再結成され、「農地解放運動」の中心的役割を果たしました。それを母体に、58年に全日本農民組合連合会(全日農)が結成されました。
 全日農の運動の中心は、日本農業の土台を作り、国民の食料を確保し、国土を守ってきた家族農業の発展にありました。しかし、戦後の自民党農政は、家族農業の役割を軽視しながら、自らの選挙基盤として「生かさず、殺さず」の農政を続けてきました。これに対し全日農は、生産者米価を中心とした農産物価格の引き上げ要求運動をはじめ、米の生産制限(減反政策)反対、空港や道路など公共事業にともなう農地取り上げ反対闘争、出稼ぎ農民問題の解決等の運動を全国的に展開してきました。
 ところが、1980年代以降、農業政策は大転換し、経営の大規模化や農畜産物の貿易自由化を押し進めてきました。そのため、全日農は農畜産物輸入自由化反対、所得補償制度の創設、有機農業の推進、飼料稲生産拡大などに取り組んできました。
 しかし、農業の縮小は激しく進行し、農業総生産額は1984年の11兆7千億円をピークに、2008年には8兆5千億円にまで減少、農業所得はほぼ半減し、基幹的農業従事者の8割は65歳以上となっています。また、食料自給率は38%(昨年、カロリーベース)まで減少し、政府目標の2025年までの45%達成は不可能になっています。
 安倍政権と財界は、この深刻な危機を、農業の小規模性と農民の経営能力不足に責任を押し付け、家族農業を一掃し、大規模企業型農業への転換を押し進めています。また、農業協同組合の解体も目論んでいます。家族農業は、生産と暮らしが重なる経済社会です。株式会社のみが跋扈する農村にしてはなりません。私たちは、家族農業が果たすべき積極的な役割を中心に据えた農業政策を要求して運動を行っています。
(さいとうこういち)

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〔本の紹介〕
近代日本150年―科学技術総力戦体制の破綻
山本義隆著/岩波新書

 安倍晋三首相は2018年の年頭所感で、今年で150年目にあたる明治維新に触れ、「国難とも呼ぶべき危機を克服するため、近代化を一気に推し進め、その原動力となったのは一人ひとりの日本人」だと持ち上げました。
 たしかに明治維新は、日本における近代国家の成立の出発点と言えるものでしょうが、手放しで称賛できるとは思えません。明治政府が掲げた「富国強兵」「殖産興業」のスローガンのもと、人々の生活の激変ぶりは筆舌に尽くしがたいものがありました。『女工哀史』など一部の書で過酷な労働実態が描かれていますが、一般的な明治維新以降の描かれ方は、司馬遼太郎の一連の著作が支配的になっているようです。しかし、歴史の全体像を見るには、政権エリートである明治の志士たちの栄光に寄り添う、あまったるい司馬史観ではなく、歴史に埋もれてしまうことを強要された人々の歴史を掘り起こしていくことが必要だと思われます。
 本書は、1868年の明治維新以降から、アジア・太平洋戦争の敗戦を経て、戦後の経済成長の時代を貫き、科学技術の観点から日本の近代化を捉え返したものです。著者である山本義隆の視点は、安部首相や司馬遼太郎とは当然にして違い、「明治以降の日本の近代化は、中央官庁と産業界と軍そして国策大学としての帝国大学の協働により、生産力の増強による経済成長とそのための科学技術の振興を至上命題として進められてきた」と、産学官軍の協働が日本の近代化を進められてきたことを明確にし、この「明治の殖産興業、富国強兵の歩みは、『高度国防国家建設』をめざす戦時下の総力戦体制をへて、戦後の『経済成長・国際競争』へと引き継がれた」として、この過程を多数の文献を渉猟して読み解いています。
 「科学」というと価値中立的なイメージもありますが、欧米の産業革命に遅れて近代化の歩みを始めた日本が、欧米から「科学技術」を貪欲に吸収し、「科学」がいかに軍事に利用できるか、国策に、産業振興に利用できるか、というところで産学官が協働し、その流れが今もなお続いていることに自覚的になる必要があるでしょう。大学で軍事研究が行われ、政府からそのための資金が流されている今こそ、読んでおきたい本です。
(近藤賢)

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核のキーワード図鑑


地球上 核保有国は増えるばかり......

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「はんげんぱつ新聞」創刊40年

 1978年5月に創刊した「はんげんぱつ新聞」は今年で40年を迎えた。反原発・脱原発がまだ社会の少数派であった時代から、全国各地の闘いの息吹を伝え、現地の闘いを全国の闘いとして結び付けてきた新聞だ。今日では、安倍政権の原発推進政策に対抗し、脱原発を勝ち取るための重要な新聞である。これを機会に各地・各団体でもぜひ購読をお願いしたい。
毎月1回発行、B4版4ページ年間購読料3000円
申込みは、反原発運動全国連絡会(電・FAX:03-3357-3810)

オスプレイ飛ばすな!6・5首都圏行動

 米空軍仕様のオスプレイ配備計画が、予定を前倒しして、2018年夏から順次、東京・横田基地に配備されることが発表されました。今回は、横田・厚木・木更津・沖縄基地周辺の方、国会議員、専門家と、さまざまな立場の方からお話を伺い、デモ行進で市民にアピールします。
日時:6月5日(火)18:00開場18:30開演19:45デモ
出発場所:千代田区「日比谷野外音楽堂」(地下鉄「霞ヶ関」「虎ノ門」「内幸町」下車)
内容:集会とデモ
主催:戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会

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