ニュースペーパー

2021年04月01日

憲法改正手続法改正案の問題点

日本体育大学教授(憲法学) 清水雅彦

憲法改正手続法とはそもそも何か

「日本国憲法の改正手続に関する法律」のことを、マスコミや時に運動体なども「国民投票法」と表現しているが、この略称は正確ではない。なぜなら、法律の正式名称のどこにも「国民投票」という文言がないし、確かに大部分は憲法改正に際しての国民投票に関する規定から構成されているが、それ以外の規定もあるからである。略すなら、「憲法改正手続法」や「改憲手続法」であろう。本稿では「憲法改正手続法」と表現する。ちなみに、「憲法改正」のことを「憲法改定」と表現する人もいるが、これは法律用語ではない。

この法律は、第1次安倍政権の2007年に制定された。憲法96条に憲法改正に際しての国民投票のことが書かれていながら、これに関する具体的な法律がないので制定の必要がある、というのが安倍政権の説明であった。しかし、憲法改正が差し迫っていなかったので、特に問題はなかったのである。この法案の議論は、1997年に憲法調査推進議員連盟(改憲議連。自民党・公明党だけでなく、民主党国会議員も多数含まれていた)が結成され、2001年に改憲議連が「日本国憲法改正国民投票法案」を発表したように、改憲派が改憲に向けたムード作りのために展開した側面が大きい。

憲法改正手続法改正案とは何か

昨年11月26日開催の衆議院憲法審査会で、与党など提出の憲法改正手続法改正案についての審議が始まり、採決が持ち越された。これは2016年に改正された公職選挙法の7項目(名簿の閲覧、在外名簿の登録、共通投票所、期日前投票、洋上投票、繰延投票、投票所への同伴)に揃えて憲法改正手続法も改正しようとするものである。これを立憲野党が法案提出から8国会をまたいで抵抗してきた。なぜこれほどまでに抵抗してきたのか。

まず、7項目は2016年の改正公職選挙法の内容であり、2019年の改正公職選挙法の内容は反映しておらず、この間、議論されてきた郵便投票の対象拡大は入っていない。また、7項目の中には、期日前投票時間の短縮や繰延投票期日の短縮といった投票環境の後退を招くものも含まれており、仮に通常の選挙で許されることがあったとしても、憲法改正に際しての国民投票では同一に扱えないからである。

そもそも憲法改正手続法に問題がある

改憲問題について、一部運動体などには「国民投票で否決すればいい」という主張があるが、それは問題である。なぜなら、憲法改正手続法自体に問題があるからである。具体的には、公務員・教員の地位を利用した運動規制(従来の労働・人権・憲法運動を先導してきた公務員・教員に対する規制となる)、投票14日前からの勧誘広告放送の制限(それ以前は財界等資金力のある改憲勢力が自由に宣伝でき、資金力のない市民・市民団体などは意見表明の点で不公平になる)、罰則規定(投票干渉罪・投票の自由妨害罪・買収罪・利害誘導罪は労働組合や市民運動などの弾圧に利用されかねない)、会派の所属議員数に比例した国民投票広報協議会(憲法改正は賛成か反対かの二者択一の問題なのに、国会の多数派である改憲派に有利な形で広報資料などが作成される危険性がある)、短い周知期間(憲法改正の発議後60~180日としているが、60日は短い)などである。

また、2007年に制定された際には参議院で18項目もの附帯決議が、2014年の一部改正の際には衆議院で7項目、参議院で20項目もの附帯決議がなされた。そうであるなら、憲法改正手続法改正案の議論をするといった場合、まずは法そのものにある問題点や附帯決議の項目について審議すべきである。先に公職選挙法並びの7項目の改正ではない。

狙いは改憲

そして、立憲野党が特に憲法改正手続法改正案の審議に抵抗するのは、法案可決後に自民党が改憲そのものの議論をしようとしているからである。安倍政権は、2018年3月に自衛隊の存在を明記する憲法9条改正案など4項目の改憲条文案をまとめている。昨年の新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、緊急事態条項の改憲の必要性も自民党から出てきた。自民党はとにかくどこからでも改憲の議論を始め、改憲をしたいのである。

しかし、このコロナ禍、急いで改憲の必要があるのであろうか。今、集中して取り組むべきことは、新型コロナ対策である。仮に憲法審査会で議論するとしても、憲法審査会は「日本国憲法及び日本国憲法に密接に関連する基本法制について広範かつ総合的に調査を行[う]」組織でもあるのだから、憲法の観点から新型インフルエンザ等対策特別措置法や戦争法などについて議論すべきだ。国民民主党は憲法審査会での憲法論議に前向きで、立憲民主党の中には改憲議連に名を連ねていた議員がいるが、対応を誤ってはいけない。(しみずまさひこ)

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