2020年、平和軍縮時評

2020年07月31日

増加する軍事支出へ批判を強める市民社会:銀行も核関連企業への投融資を抑制  森山拓也

年間1兆9170億ドルの軍事支出
今年4月にスウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が公開したファクトシート[1]によると、2019年の世界全体の軍事支出額は、冷戦終結後最大の1兆9170億ドルに上った。前年比では3.6%増加しており、年間増加率も2010年以降で最高となった。
冷戦終結後に一旦は減少した世界の軍事支出は、2000年頃から再び増加基調となり、金融危機の影響を受けた2011~2014年を除き、過去最高額の更新が続いている。2019年の軍事支出の伸びを牽引したのは、米国をはじめとする大国だ。軍事支出額の上位5か国に入った米国、中国、インド、ロシア、サウジアラビアで、世界全体の軍事支出の62%を占めた。上位15か国の軍事支出は合計で1兆5530億ドルに達し、世界全体の81%を占めた。
昨年の軍事支出が世界最大だったのは、7320億ドルを支出した米国である。米国だけで世界の軍事支出の38%を占め、軍事支出上位10か国までを合わせた額に匹敵する。前年比で5.3%増加しており、その増加額は2019年のドイツの軍事支出に相当する。SIPRIは米国の軍事支出増加の要因として、リクルートの拡大による人件費の増加と、兵器の近代化を挙げている。トランプ政権はロシアや中国を念頭に大国間の軍拡競争への回帰の姿勢を示しており、通常兵器・核兵器の近代化に取り組んでいる。また宇宙軍の創設や極超音速ミサイルの開発など、新たな軍事技術の開発が軍事支出の増加につながったと考えられる。
第2位の中国の軍事支出は2610億ドルで、世界全体の14%を占める。前年比で5.1%の増加で、2010年と比べると85%も増加している。中国の軍事支出は1994年以降25年連続で増加している。中国の軍事支出拡大は経済成長と並行しており、軍事支出の対GDP比率は2010年から2019年の間、約1.9%を維持している。ただ、中国は近年、南シナ海の軍事拠点化や空母建設、極超音速兵器の開発などを進めており、建国100年となる2049年までに経済から軍事のあらゆる分野で世界トップを目指している。米中派遣争いの中で、今後も軍事支出の増加が予想される。
軍事支出第3位には711億ドルを支出したインドがランクインした。前年比6.8%の増加で、インドが上位5か国に入るのは初である。インドは過去数十年にわたって軍事支出を増やしており、1990年と比べ259%増加している。SIPRIはインドの軍事支出拡大の背景として、隣国である中国とパキスタンとの軍拡競争を指摘している。中国に加え、インドと領土問題など対立を抱えるパキスタンも軍事費を2010年比で70%拡大させ、2019年には103億ドルを支出している。インド、パキスタン、中国の3か国の間では領土をめぐる衝突が起きるなど緊張が高まっており、軍拡競争に拍車がかかる恐れがある。
2019年はインドが軍事支出拡大により、上位5か国に初めてアジア・オセアニア地域から2か国がランクインした。アジア・オセアニア地域はSIPRIの地域別統計で1989年以降に軍事支出の増加が続く唯一の地域だ。2010年以降の増加率でも、アジア・オセアニア地域は最も高い51%である。アジア・オセアニア地域の2019年の軍事支出のうち中国がほぼ半分を占めるが、日本や韓国の軍事支出も大きい。日本の軍事支出は476億ドルで前年より0.1%減少したが、2010年と比べ2%増えている。韓国では軍事支出が急増しており、2019年は前年比7.5%増の439億ドルで、2010年と比べると36%の増加である。

[表1]上位15か国の」軍事費(2019年)

順位 国名 軍事費(10億米ドル) 比率(%)
1 米国 732 38
2 中国 261 14
3 インド 71.1 3.7
4 ロシア 65.1 3.4
5 サウジアラビア 61.9 3.2
6 フランス 50.1 2.6
7 ドイツ 49.3 2.6
8 英国 48.7 2.5
9 日本 47.6 2.5
10 韓国 43.9 2.3
11 ブラジル 26.9 1.4
12 イタリア 26.8 1.4
13 オーストラリア 25.9 1.4
14 カナダ 22.2 1.2
15 イスラエル 20.5 1.1

 

軍事支出削減を求める市民社会、核兵器産業へも厳しい視線

軍事費の増加に対し、市民社会からの批判が高まっている。国際平和ビューロー(IPB)をはじめ世界の100以上の団体が参加する「軍事支出に関するグローバル・キャンペーン」は5月、新型コロナウイルス感染症の拡大をうけ、軍事支出と保健医療支出を比較し、保健医療体制を強化するために軍事費を削減する必要性を訴えた[2]。
新型コロナウイルスのパンデミックの危機は、保健医療体制の整備といった「人間の安全保障」の重要性を改めて示している。一方、世界の軍事支出額は、保健医療への支出と比べ桁違いに大きい。「軍事支出に関するグローバル・キャンペーン」によると、昨年の世界の軍事支出1兆9170億ドルに比べ、保健・医療、緊急支援、教育、難民支援、軍縮などに取り組む国連機関(UNODA、ICRC、WHO、UNICEF、UNHCR等)への人間の安全保障関連支出は211億7986万ドルに留まった(表2)。軍事支出額は人間の安全保障関連支出の100倍に近い大きさだ。
軍事支出の削減は、人々の健康や暮らしを守るために必要な医療機関や病院設備、医療従事者により多くの資金を提供することを可能にする。私たちは新型コロナウイルスのパンデミックに加え、気候変動など地球規模の危機に直面している。人間の安全保障のためにリソースを割くべき時に、軍事支出のこれ以上の拡大は正当化されない。軍縮を求める市民社会の訴えは、危機の今だからこそ説得力を増している。

[表2]世界の軍事支出と安全保障関連支出(2019年)

市民社会は年間1000億ドル以上が投資されているという核兵器産業にも厳しい目を向け始めている。核軍縮・不拡散議員連盟(PNND)やバーゼル平和事務所は2016年、核兵器予算の削減や核兵器製造に関与する企業からの投資撤退を奨励する「ムーブ・ザ・ニュークリア・ウェポン・キャンペーン」を発足させた[3]。同キャンペーンは、核兵器産業から撤退した資金を、貧困撲滅、気候変動対策、再生可能エネルギーの普及、雇用創出、医療、教育などの分野に再配分することを求めている。
核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)とオランダのNGO「PAX」は、核兵器産業に融資を行う各国の金融機関を調査する「核兵器にお金を貸すな」プロジェクトを行っている。同プロジェクトの2019年の報告書によると、2017年1月から2019年1月の間に、世界で325の金融機関が7480億ドル以上を核兵器製造企業18社に融資した。
一方、同調査では2017年以降に世界で94の金融機関が核兵器製造企業への投資をやめたことも明らかにされている。核兵器製造企業への投資から引き上げられた投資額は、少なくとも555億ドルに上るという。近年、より多くの金融機関が、投資において環境、社会、ガバナンスといった要素を考慮するようになっている。その中で、核兵器をはじめ非人道的兵器の開発に関わらないと明記する金融機関が増加している。
核兵器関連企業への投融資を控える取り組みは、日本の金融機関にも広がりつつある。今年5月、日本国内の16銀行が核兵器やその運搬手段の製造に関わる企業への投融資を自制する指針を定めていることが、共同通信のアンケートで明らかになった[4]。多くの銀行が核関連企業への投融資を自制する背景には、環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)に配慮している企業を選別して投資する「ESG投資」の動きが世界的に広がっていることがある。より多くの銀行が、市民社会から厳しい目を向けられる軍事産業や環境負荷の高い産業との取引を避け、企業イメージの向上を図るようになっている。
共同通信のアンケートは今年2月~3月に計119行に対し文書で実施され、35行から回答があった。核関連企業への投融資自制指針があると回答したのは、北海道銀行、北洋銀行、東北銀行、埼玉りそな銀行、三菱UFJ銀行、三井住友銀行、みずほ銀行、ゆうちょ銀行、あおぞら銀行、住信SBIネット銀行、大垣共立銀行、りそな銀行、関西みらい銀行、みなと銀行、肥後銀行、鹿児島銀行であった。
一方、公開されている指針で核兵器に直接言及しているのは、りそなホールディングスと三菱UFJフィナンシャル・グループのみであった(表3)。りそなホールディングスは2019年1月に核兵器や大量破壊兵器などの非人道的兵器の開発・製造・諸事に関与する企業に融資を行わないと宣言し、三菱UFJフィナンシャル・グループは今年6月に改訂した指針で核兵器の製造に対する融資禁止を明記した。
核兵器をはじめとする非人道兵器が使用されることを望む人々は、おそらく世界で少数のはずだ。それでもこうした兵器を製造する産業が成立する背景には、そこに投融資を行う金融機関の存在が不可欠だ。軍事産業に投融資される資金の出どころには、銀行を利用する私たち市民の預金も含まれる。こうした事実を知れば、多くの預金者は自身の預金が非人道兵器の製造に使われることを望まない。預金者として銀行を利用する市民の監視の目が強まり、欧州を中心に世界では非人道的兵器の製造に関わる企業への投融資を一切行わないと宣言する大手金融機関が増えている。
核兵器の非人道性を強調し、絶対悪ととらえる核兵器禁止条約の存在も、金融機関の核兵器関連企業からの投融資撤退をさらに促すだろう。共同通信のアンケートでは銀行12行が、核兵器禁止条約の成立を受け核関連企業への投資に将来的リスクがあると考えると回答している。先述のICANとPAXによる調査でも、核兵器禁止条約が採択された2017年以降に核兵器からの投資をやめた金融機関が増加している。こうした変化は、市民社会の主導で採択された核兵器禁止条約の成果の一つと言えるだろう。今後も市民社会が莫大な軍事支出や非人道兵器への投融資に厳しい目を向け続けることが変化の鍵となる。

[表3]国内2銀行の投融資指針における核兵器への言及箇所

三菱UFJフィナンシャル・グループ 戦争・紛争において使用することを目的に製造され、一般市民も含めて、無差別かつ甚大な影響を与える核兵器、生物・化学兵器、対人地雷は、クラスター弾と同様に人道上の懸念が大きいと国際社会で認知されています。核兵器、生物・化学兵器、対人地雷の非人道性を踏まえ、これら非人道兵器の製造に対するファイナンスを禁止しています。
りそなホールディングス 核兵器・化学兵器・生物兵器等の大量破壊兵器や対人地雷・クラスター弾等の非人道的な兵器の開発・製造・所持に関与する先や、国内外の規制・制裁対象となる先、またはその虞のある先への融資は行いません。


1 SIPRI, Military expenditure, https://www.sipri.org/research/armament-and-disarmament/arms-and-military-expenditure/military-expenditure
2 Global Campaign on Military Spending, http://demilitarize.org/resources/gdams-healthcare-not-warfare-infographic/
3 「ムーブ・ザ・ニュークリア・ウエポン・マネー」HP:http://www.nuclearweaponsmoney.org/
4 「核兵器関連企業へ投資自制」『神奈川新聞』2020年5月4日朝刊2面.

TOPに戻る